がんの予防や治療における漢方治療の存在意義を考察しています。がん治療に役立つ情報も紹介しています。
「漢方がん治療」を考える
392)ケトン食と食物繊維
図:超低糖質と高脂肪の食事でケトン体の産生を高めるケトン食と、大腸内での短鎖脂肪酸の産生を増やす食物繊維の多い食事(高食物繊維食)は、抗がん作用において相乗効果が期待できる。ケトン体と短鎖脂肪酸はミトコンドリアで分解されてATP産生に使われるが、糖質摂取を避けることによってインスリン分泌を刺激しないエネルギー産生源となる。ケトン体のβ-ヒドロキシ酪酸と短鎖脂肪酸の酪酸はともにヒストン脱アセチル化酵素を阻害してヒストンのアセチル化を亢進する。ヒストンアセチル化はがん細胞の増殖を抑制する。短鎖脂肪酸は脂肪酸受容体のGPR43への結合を介してがん細胞の増殖を抑えるという報告もある。
392)ケトン食と食物繊維
【食物繊維が消化管内で発酵して短鎖脂肪酸が生成する】
牛は草だけ食べて、大量のミルクと肉を作っています。
ゴリラは霊長類で最も大きな体です(体重はオスが150kgを超えます)が、食糧は主に木の葉や樹皮です。季節によっては果実を食べますが、乾季に食物が少なくなると植物の葉や芽や樹皮や根などを食べています。
牛もゴリラも、草や木の葉の食物繊維を消化管内でバクテリアが発酵して短鎖脂肪酸(酢酸、プロピオン酸、酪酸など)を作っています。
牛は胃で発酵させるので、糖質も食物繊維と一緒に発酵させて短鎖脂肪酸になってから吸収されます。ゴリラは大腸で発酵させるので、糖質は小腸で吸収され、消化されなかった水溶性食物繊維が発酵されます。
食物繊維は「消化酵素で消化されない食物中の成分」で、水に溶けない「不溶性食物繊維」と、水に溶ける「水溶性食物繊維」があります。
不溶性食物繊維は糞便量を増やすなどの物理的な効果が大きく、水溶性食物繊維は腸内細菌による発酵を受けて短鎖脂肪酸が生成されます。短鎖脂肪酸は、大腸の粘膜細胞や他の組織のエネルギー源として利用されています。
短鎖脂肪酸はエネルギー源としてだけでなく、遺伝子発現の制御や、脂肪酸受容体(GPR43など)を介した代謝制御やがん細胞の増殖抑制など、様々な健康作用を発揮します。
ウシやヒツジのような草食動物は、セルロース繊維の多い植物を消化するために長い腸をもち、胃腸には莫大な量のバクテリアが住み着いて食物繊維や糖質を発酵させています。炭水化物の発酵によって生成した酢酸やプロピオン酸や酪酸などの有機酸(短鎖脂肪酸)を吸収して、細胞内のミトコンドリアでさらに分解してエネルギーを産生しています。
肉食動物は糖質を消化管内で消化酵素を使って分解してグルコースやフルクトースといった単糖にして吸収してエネルギー源としますが、草食動物は消化管内で炭水化物(糖質と食物繊維)をバクテリアで発酵させてできた短鎖脂肪酸を吸収してエネルギー源にしています。
これらの短鎖脂肪酸は肝臓でアミノ酸や脂肪の合成にも使われます。消化管内のバクテリアはアミノ酸も合成して草食動物に供給しています。
炭水化物を発酵させて有機酸を作る部位は、ウシやヤギやヒツジのような反芻動物では反芻胃で行われ、ウサギは盲腸で、ウマでは大腸です。ゴリラも大腸です。
東京大学名誉教授の高橋迪雄先生は、草食動物は炭水化物をバクテリアで発酵させる「発酵タンク」を持つ動物と定義しています。
【ゴリラはエネルギーの半分以上を食物繊維から得ている】
ゴリラとチンパンジーは森林に棲み、どちらも樹木の柔らかい芯や葉を食べています。手に入るときは果物を食べます。
果物が手に入りにくいとき、ゴリラは葉だけに頼りますが、チンパンジーは毎日果物を探し続けます。ゴリラと違って、チンパンジーは樹木の芯と葉だけでは生きていくことができない理由があるからです。
果物を見つけるために、チンパンジーはゴリラより遠くまで出かけなければならないため、より小さく、敏捷です。
ゴリラは果物がない高地の森林にも棲息しますが、チンパンジーが棲むのは低地に限られます。
ゴリラは木の葉だけで生きていけるので、あまり移動せず一カ所に定住しています。
このゴリラとチンパンジーの食事における違いは、ゴリラは大腸で食物繊維を発酵させて多くのエネルギーを産生できるからだと考えられています。次のような報告があります。
The western lowland gorilla diet has implications for the health of humans and other hominoids.(ニシローランドゴリラの食事は、ヒトおよび他のヒト上科の霊長類の健康と密接な関係がある。)J Nutr. 127(10):2000-5. 1997年
【要旨】
人間における食事と大腸機能の関連を研究するモデルとしてニシローランドゴリラの食事を研究した。
中央アフリカ共和国に生息するゴリラは200種類以上の植物と100種類以上の果物を食べていた。これらのうち、多く食べていた31種類の食糧を集め、栄養素の解析を行った。
乾燥重量100g当たりの主要栄養素の平均は、脂肪が0.5±0.4g、タンパク質が11.8±8.2g、消化できる炭水化物(=糖質)が7.7±6.3g、食物繊維が74.0±12.9gであった。
食物繊維の代謝エネルギーは6.28 kJ/g (1.5 kcal/g)であるので、ゴリラが食べている食事は、乾燥重量100g当たり810 kJ (194 kcal)のカロリーがある。
このことは、ゴリラの食事における主要栄養素のカロリー比率は、脂肪が2.5%、タンパク質が24.3%、糖質が15.8%、そして、食物繊維の大腸内での発酵によって産生される短鎖脂肪酸が体内で代謝されて産生されるエネルギーが57.3%を占めている。つまり、ゴリラは食物繊維の腸内発酵によって大量のエネルギーを得ている。
人間もまた、ゴリラが食べているのと同様の植物の葉や食物繊維が多く、脂肪やコレステロールの少ない食事を行って進化したと思われる。
ゴリラの食事における主要栄養素と食物繊維の割合は、大腸がエネルギー産生に重要な役割を果たしていることを示唆している。食物繊維の多い食事と、ヒト上科(hominoid)の大腸において食物繊維を発酵させてエネルギーを産生できる機能的能力は、現代人の健康に重要な影響を与えることを示唆している。
Hominoid(ヒト上科) は、ヒトの仲間と大型類人猿をくくるサル目(霊長目)の分類群です。
ニシローランドゴリラ(学名:Gorilla gorilla gorilla, 英名:Western Lowland Gorilla)は、サル目(霊長目)-ヒト科-ゴリラ属に分類される哺乳類で、ナイジェリアからザイールにかけてのアフリカ大陸西部に生息しています。
現生では最大の霊長類で、オスは平均体重が150kg程度、大きいもので体重200kgを超えます。果実や草、葉、つるなどを主に食べています。この草食のゴリラの食事の内容が、人間の健康と食事を考える上で参考になるという論文です。
ニシローランドゴリラの食事を調べてみると、乾燥重量あたり、脂肪が0.5%、タンパク質が11.8%、消化できる炭水化物(=糖質)が7.7%、食物繊維が74.0%でした。
通常、食物繊維は動物の消化管内で分解できないので、カロリーにはならないと考えます。
ゴリラの食事を脂肪とタンパク質と糖質といった自力で消化できるものだけだと考えると(食物繊維はエネルギー源にならないと考えると)、ゴリラの食事のカロリー比率は、脂肪が5.9%、タンパク質が57.0%、糖質(消化できる炭水化物)が37.1%になり、低脂肪高タンパク質食を食べていることになります。
しかし、草食動物のように腸管内で食物繊維がバクテリアで発酵してできる短鎖脂肪酸がエネルギー源となる場合、食物繊維の代謝エネルギーは6.28 kJ/g (1.5 kcal/g)になるという報告があります。
ゴリラの場合は実際に大腸で大量の食物繊維が発酵しているので、ゴリラの食事の栄養素(脂肪、タンパク質、糖質、食物繊維の発酵でできる短鎖脂肪酸)のカロリー比率は脂肪が2.5%、タンパク質が24.3%、糖質が15.8%、短鎖脂肪酸が57.3%になるという結果です。
短鎖脂肪酸にはエネルギー源としてだけでなく、がん予防効果など様々な健康作用が知られています。食物繊維の多い食事が健康的である理由の一つは腸内細菌で発酵を受けて短鎖脂肪酸が生成するからです。
人間もゴリラと同じヒト上科(霊長類)なので、食物繊維の多い食事を実行すると腸内での発酵によって短鎖脂肪酸のエネルギー比率が高くなり、より健康的になるはずだというのがこの論文の趣旨のようです。
【人間も食物繊維からのカロリー摂取を増やせる】
上記の論文の要旨で、『人間もまた、ゴリラが食べているのと同様の植物の葉や食物繊維が多く、脂肪やコレステロールの少ない食事を行って進化したと思われる。(原文はWe suggest that humans also evolved consuming similar high foliage, high fiber diets, which were low in fat and dietary cholesterol.)』と記載されていますが、これは間違いです。人間は250万年くらい前から肉食として進化しています。
人類はオランウータンやゴリラやチンパンジーと共通の祖先から進化しました。動物進化の系統樹において、約1300万年前にオランウータン、約650万年前にゴリラ、約490万年前にチンパンジーが人類から分岐したと考えられています。
約440万年前に現在のエチオピアの地域のジャングル(密林)に生息していた初期人類のラミドゥス猿人(Ardipithecus ramidus)の食事は、チンパンジーと大差なく、脳の大きさも同様だったと考えられます。
チンパンジーの脳容積は400cc程度で、現代人の成人男性の脳容積の平均は約1350ccです。チンパンジーと同程度の脳容積しかなかった初期人類から、高度の知能をもった現生人類に進化する過程で脳容積は3倍以上に増えました。
チンパンジーやゴリラが数百万年もの間ほとんど脳重量が増えていないのは、森に残って植物性食糧だけを食べてきたからです。
氷河期が始まった250万年前ころから人間は森を出て、狩猟や漁で肉食になってアラキドン酸やドコサヘキサエン酸のような不飽和脂肪酸の摂取が増えたことが脳の重量を増やす上で必要だったからです。(詳細は376話参照)
しかし、ゴリラと人間の遺伝子の違いは3%と言われています。
ゴリラのように食物繊維を積極的に摂取すれば、腸内細菌によって水溶性食物繊維が発酵して短鎖脂肪酸が増え、エネルギー産生にも寄与するかもしれません。
上記の論文では、食物繊維は腸内細菌の発酵によって短鎖脂肪酸が生成されれば、1g当たり1.5 kcalのエネルギーに変換されるようです。
栄養素1g当たりのエネルギーは糖質とタンパク質が4kcalで脂肪が9kcal(中鎖脂肪酸中性脂肪は8 kcal)です。従来、食物繊維は人間の消化酵素で分解できないので、吸収されないからカロリーにはならないと考えられていますが(あるいは量が少ないので無視されている)、水溶性食物繊維を1日200g程度摂取して腸内細菌で発酵させれば、人間でも総カロリーの10%以上になるのかもしれません。
食物繊維の摂取を増やせば、短鎖脂肪酸の産生が増えることは人間でも確認されています。
【食事からのタンパク質摂取量には限界がある】
ケトン食の場合、糖質摂取を10%以下にすると、残りの90%を脂質とタンパク質で分担することになります。
がんのケトン食では、カロリーはやや少なめに設定して、タンパク質のカロリー比を30%以下、脂質が60%程度ということになります。
タンパク質の摂取量は無制限に増やせない理由があります。それは、肝臓でタンパク質を安全に代謝できる量に限界があるからです。例えば、Wikipediaには「体重80Kgの人間の肝臓が安全に代謝できるタンパク質量は1日あたり285~365g」と記載されています。
肝臓で処理できる量を超えたタンパク質を摂取すると、血中の尿素やアンモニアの濃度が増えて、致命的になる場合もあります。
「Rabbit starvation(ウサギ飢餓)」や「protein poisoning(タンパク質中毒)」という言葉があります。ウサギの肉のように脂肪の少ない肉で摂取カロリーの半分以上を食べるような食事を続けていると数週間で死亡すると言われています。
脂肪や炭水化物が極端に少ない高タンパク質食は危険だということです。
いろんな研究がありますが、タンパク質摂取量で安全なのは、カロリー比率で35%以下、体重1kg当たりで4gのタンパク質が限界のようです。
体重60kgの人だと1日に240gのタンパク質というのは、脂身の少ない肉(鳥肉、牛肉や豚肉の赤身)で約1kgになります。
安全を考えれば、タンパク質のカロリー比は25%程度、体重1kg当たり2g程度に抑えておくのが良いと言えます。
脂肪のカロリー比を65%とすると、重量比では45%程度になります。(1g当たりのカロリーは糖質とタンパク質が4kcal、普通の脂肪が9kcal、中鎖脂肪酸中性脂肪が8kcalとして計算)
例えば2000kcalとすると脂肪は65%の1300kcalで145g、糖質は10%の200kcalで50g、タンパク質は25%の500kcalで125gとなります。脂肪145gは全体の45%というわけです。
さて、ケトン食では糖質はカロリー比で10%以下、タンパク質は上限があり、脂肪をカロリー比で65%程度摂取する食事になります。
ここでゴリラの研究から、食物繊維のカロリーを加算できれば、糖質をもっと減らせ、脂肪も減らせるかもしれません。つまり、食物繊維が大腸で発酵して短鎖脂肪酸が多く産生されてエネルギーに寄与すれば、脂質の重量比を35%程度に減らせます(下表)。
短鎖脂肪酸の酪酸は、ケトン体のβ-ヒドロキシ酪酸と同様にヒストン脱アセチル化酵素を阻害して、ヒストンタンパク質や非ヒストンタンパク質のアセチル化を亢進します。このようなタンパク質のアセチル化亢進はがん細胞の増殖抑制の方向で作用します。
また、最近の研究で、短鎖脂肪酸は脂肪酸受容体のGPR43などを介して代謝やがん細胞の増殖に影響することが報告されています。
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