393)食物繊維の抗がん作用

図:食物繊維は「不溶性食物繊維」と「水溶性食物繊維」に大別される。不溶性食物繊維は便の量を増やし、大腸運動を促進して、二次胆汁酸や食品中の発がん物質と腸粘膜との接触を阻止して大腸がんの発生を予防する作用がある。一方、水溶性食物繊維は、食品中のコレステロールの吸収を抑制したり、食後の血糖値の急激な上昇を抑制する作用がある。さらに、ビフィズス菌や乳酸菌などの腸内細菌によって発酵され、乳酸や短鎖脂肪酸(酢酸、プロピオン酸、酪酸)が生成される。乳酸はエネルギー源として利用されるだけでなく、腸内pHを低下させて悪玉菌の増殖を抑制する。短鎖脂肪酸は、体内に吸収されて糖新生やATP産生に利用されるだけでなく、短鎖脂肪酸の受容体であるGPR41(FFA3)やGPR43(FFA2)を介して生体の代謝を調節する作用や、遺伝子発現の調節作用(酪酸のヒストン脱アセチル化酵素阻害作用によるヒストンアセチル化)がある。空腹感を抑制する作用や抗炎症作用なども報告されている。このように、食物繊維はエネルギー産生や生体機能の調節や発がん抑制など重要な役割を果たしている。

393)食物繊維の抗がん作用

【食物繊維もカロリーになる】
食物繊維とは、人間の消化酵素によって消化されない食物中の難消化性成分の総称です。多くは植物の細胞壁を構成する成分で、化学的には多糖類(糖が多数つながったもの)です。
同じ多糖でもデンプンやグリコーゲンは消化管内で酵素によってグルコース(ブドウ糖)に分解されて体内に吸収されてエネルギー源となりますが、食物繊維は人間の消化酵素で分解されないため、エネルギー源とはなりにくいと一般には考えられています。
しかし、水溶性食物繊維(イヌリン、ペクチン、βグルカン、グルコマンナンなど)は腸内細菌による発酵によって乳酸短鎖脂肪酸(酢酸、プロピオン酸、酪酸)のような有機酸が生成され、これらはエネルギー源として体内で利用されています。
つまり、乳酸や酢酸やプロピオン酸は糖新生の材料になり肝臓でグルコースの生成に使われます。また、これらはTCA回路に入って分解されてATP産生に使われます。酪酸は大腸粘膜上皮細胞のエネルギー源として使われます。
酪酸が大腸粘膜上皮の糖新生遺伝子の発現を亢進し、プロピオン酸を材料に腸粘膜で糖新生が促進されるという報告があります。以下のような論文があります。

Microbiota-generated metabolites promote metabolic benefits via gut-brain neural circuits.(腸内細菌で生成された代謝産物が腸-脳神経回路を介して有益な代謝を促進する)Cell. 156(1-2):84-96. 2014年

【要旨】
水溶性食物繊維は、体重と血糖のコントロールにおいて有益な代謝を促進するが、基本的なメカニズムはほとんどわかっていない。最近の研究結果によると、腸粘膜上皮細胞における糖新生は、グルコース代謝やエネルギー産生における制御において有益な効果を有することが示されている。この研究では、水溶性食物繊維の腸内細菌の発酵により生成される単鎖脂肪酸であるプロピオン酸と酪酸が、腸上皮細胞における糖新生を相乗作用的に促進することを明らかにした。
酪酸はcAMP依存性メカニズムを介して腸の糖新生の遺伝子発現を活性化する。一方、プロピオン酸は糖新生の基質(材料)となり、さらに脂肪酸受容体のFFAR3が関与する腸-脳の神経回路を介して腸の糖新生の遺伝子発現を活性化する。
このような、正常マウスにおける体重や血糖コンロトールに対する単鎖脂肪酸や食物繊維の発酵による有益な効果は、腸の糖新生の遺伝子が欠損したマウスでは腸内細菌叢の組成が同じ条件でも認められない。
つまり、水溶性食物繊維の発酵によって生成される単鎖脂肪酸による代謝における有益な作用は、腸粘膜における糖新生の制御が重要な役割を果たしている。

酢酸は炭素が2個、プロピオン酸は炭素が3個、酪酸は炭素が4個の単鎖脂肪酸です。それぞれいろんな中間代謝産物を介してエネルギー代謝の経路に組み込まれてエネルギー源となります。
酪酸はヒストン脱アセチル化酵素阻害作用があり、様々な遺伝子の発現を亢進する作用があります。
この論文では、腸粘膜上皮細胞で単鎖脂肪酸のプロピオン酸を材料に糖新生が起こっており、糖新生に関与する酵素を酪酸が亢進しているという報告です。水溶性食物繊維を多く摂取してプロピオン酸や酪酸の生成を増やすことは、体内のエネルギー産生や糖代謝に有益な作用を示すという報告です。
この発見がかなり重要であることは、掲載された雑誌がCellだからです。Cellは生物学や医学の学術雑誌としてはNatureやScienceとともに世界最高峰の学術雑誌です。つまり、「水溶性食物繊維の発酵によって生成される単鎖脂肪酸は、生体におけるエネルギー代謝やグルコース代謝において、重要な役割を担っている」という発見は極めて重要であることを示しています。

超個体(super-organism)という概念があります。多数の個体から形成され、まるで一つの個体であるかのように振る舞う生物の集団のことで、人間と腸内細菌の関係も超個体の一例だと考えられています。
すなわち、人間の細胞は約60兆個ですが、腸内には100種類以上、100兆個以上の細菌が棲みついており、ビタミンなど様々な有用成分を生成した人間の健康に役立つ作用を持ち、さらにエネルギー産生にも寄与しています。つまり、水溶性食物繊維を多く摂取することは、腸内細菌の人間への有益な作用を高めることになります。

前回(392話)、ゴリラは木の葉や樹皮など繊維成分の多い食糧を食べ、大腸における食物繊維の発酵によって生成される短鎖脂肪酸によって50%以上のエネルギーを得ているという論文を紹介しています。食物繊維のカロリーは1g当たり1.5kcalで計算されています。
食物繊維は消化吸収されないため、従来は栄養的に不要なものと考えられていましたが、栄養源になるだけでなく、最近は多くの生理作用が明らかになり、栄養素の一つとして認識されています。

糖質、脂質、タンパク質を3大栄養素といい、ビタミンとミネラルを加えて5大栄養素と言います。食物繊維は第6の栄養素、植物に含まれるフィトケミカルが第7の栄養素と言われています。
エネルギー源になるのは糖質と脂質とタンパク質と水溶性食物繊維ということになります。

【短鎖脂肪酸は遺伝子発現や代謝を調節する作用がある】
食物繊維は水溶性と不溶性に大別されます。不溶性食物繊維(セルロース、ヘミセルロース、リグニン、キチン、キトサン)は、便のかさを増やし、大腸の運動を促進する作用があります。

一方、水溶性食物繊維はコレステロールの吸収を抑制したり、食後の血糖値の急激な上昇を防ぐ効果があります。さらに腸内最近で発酵されてできる乳酸や短鎖脂肪酸はエネルギー源となり、さらに、短鎖脂肪酸は遺伝子発現や代謝の調節作用など様々な生理作用が明らかになっています。
短鎖脂肪酸に特異的に結合する受容体も見つかっており、かなり多様な生理機能が最近多くの論文で報告されています。
すなわち、短鎖脂肪酸(酢酸、プロピオン酸、酪酸)が結合する受容体として、Free Fatty Acid Receptor 2(FFA2)Free Fatty Acid Receptor 3(FFA3)が見つかっています。FFA2はGPR43、FFA3はGPR41としても報告されていますが、これらの受容体が脂肪組織や免疫組織、内分泌組織、消化管組織など広く分布し、短鎖脂肪酸が結合することによって生体の栄養摂取や代謝を調節していることが報告されています。
酪酸(butyrate)はヒストン脱アセチル化酵素阻害作用があり、遺伝子発現を制御する作用があります。例えば、酪酸はp21cip1というタンパク質の発現を亢進して、がん細胞の増殖を抑制する効果があります。
p21cip1は細胞周期の進行を担うサイクリン依存性キナーゼ(CDK)の活性を抑制するインヒビターの一つで、細胞増殖の停止、分化や老化に関わっており、がん抑制因子として捉えられています。
つまり、ヒストン脱アセチル化酵素(histone deacetylase)の阻害は、p21cip1のような細胞周期の進展を阻害する遺伝子の発現を高めることによってがん細胞の増殖を抑える作用が報告されており、ヒストン脱アセチル化酵素阻害剤はがんの治療薬として注目されています。
ケトン体のβヒドロキシ酪酸は酪酸のHがOHに代わっただけの構造で、酪酸と同様にヒストン脱アセチル化酵素の阻害作用があります。βヒドロキシ酪酸のヒストンアセチル化作用については322話で解説しています。

【不溶性食物繊維は大腸がんの予防には効果がない】

多くの疫学研究の結果は、食物繊維は大腸がんの予防効果があることを示しています。そこで、1990年代ころから、食物繊維のがん予防効果を検証する臨床試験がおこなわれました。
しかし、食物繊維をサプリメントで多く摂取しても、大腸がんの予防効果は期待できないという研究結果が発表されています。日本で行われた臨床試験では、食物繊維が多く含まれる小麦ふすまビスケットを摂取すると大腸がんの発生と成長を促進する結果が得られています。食物繊維が腫瘍を刺激して増大させたと考えられます。Int J Cancer. 116(5):762-7. 2005年
米国の臨床試験でも小麦ふすまを添加しても大腸腺腫の発生を予防する効果は認められていません。N Engl J Med. 342(16):1156-62. 2000年
ただし、ここで問題なのは食物繊維のサプリメントとして小麦ふすまを使ったことです。小麦ふすまはほとんどが不溶性食物繊維です。水溶性食物繊維はほとんど含まれていません
不溶性食物繊維が主体の小麦ふすまでは、便の量を増やして便秘を改善する効果がありますが、下剤が大腸がんの発生と成長を促進することが実験で指摘されていますので、同様に不溶性食物繊維にも大腸がんを促進する作用があるのかもしれません。

この当時はまだ、水溶性食物繊維の発酵による単鎖脂肪酸の抗がん作用について十分に知られていなかったのと、不溶性と水溶性の食物繊維の違いもあまり認識されていませんでした。
私は1995年から1998年まで国立がんセンター研究所のがん予防研究部で研究していましたが、食物繊維のがん予防効果が注目されたころで、実際に私自身、酪酸の抗がん作用なども研究していましたが、まだ水溶性と不溶性の食物繊維の作用の違いを認識している研究者はほとんどいなかった頃です。
最近になって、単鎖脂肪酸の受容体が発見されたり、Cellのような超一流の雑誌に単鎖脂肪酸の研究結果が掲載されるようになってきたので、これから水溶性食物繊維の健康作用や抗がん作用のメカニズムが明らかになって来ると思います。
しかし、その最新の研究結果を待つまでもなく、日頃の食生活に水溶性食物繊維を積極的に増やすことは有益だと言えます。
水溶性食物繊維を豊富に含む食材は,オート麦(燕麦)、オートミール、大麦、ナッツ類,種子類,豆類,柑橘類などです。抹茶、カレー粉、プルーン、ゆず、かんぴょう、ゆりね、ゴボウ、オクラ、ゴマなどにも多く含まれます。

糖質制限を行うときは水溶性食物繊維のサプリメントを利用するのが良いと思います。水溶性食物繊維のがん予防や抗腫瘍効果を検討する動物実験では、イヌリンペクチンが使用され、有効性が報告されています。
イヌリンはフルクトースの重合体で様々な健康作用が知られています。
ペクチンは、野菜や果実、特に柑橘類に多く含まれている天然の高分子多糖類で、セルロースと共に植物体において、その基本構造を形成するための成分です。
イヌリンとペクチンは料理にも使われ、比較的安価で販売されています。私が利用しているのはイヌリンで500gで1000円程度で販売されています。イヌリンを1日50g程度を摂取し、葉菜類など食物繊維の多い食品を多く摂取すると、単鎖脂肪酸の抗腫瘍効果が期待できます。
ケトン食と併用すると、ケトン体と単鎖脂肪酸の相乗効果が期待できます。(392話参照)
水溶性食物繊維は漢方薬に使われる生薬にも多く含まれます。
漢方薬は生薬を煮出して服用します。生薬は食物繊維が豊富ですが、生薬を煎じると、水溶性食物繊維は煎じ液の方に溶け出し、不溶性食物繊維はカス(滓)の方に残ります。
つまり、煎じ薬は水溶性食物繊維を多く含みます。
このような煎じ薬に含まれる水溶性食物繊維が、抗がん剤の副作用軽減や悪液質の症状緩和や抗腫瘍効果に役立っている可能性が示唆されます。(194話「水溶性食物繊維のsickness behaviorの改善作用」参照)


 

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