がんの予防や治療における漢方治療の存在意義を考察しています。がん治療に役立つ情報も紹介しています。
「漢方がん治療」を考える
635)漢方治療は肺がん患者の生存率を高める
図:(右)漢方治療は体力・免疫力を増強する効果と直接的な抗腫瘍作用(がん細胞の増殖抑制、アポトーシス誘導など)によって、QOL(生活の質)の改善と延命効果がある。
(左)台湾の医療ビッグデータを利用した疫学研究で、上皮成長因子受容体チロシンキナーゼ阻害剤(EGFR-TKI)による治療を受けた進行非小細胞肺がん患者において、EGFR-TKI単独で治療した患者と比較して漢方治療を併用した患者の方が生存率が高いことが示されている。
635)漢方治療は肺がん患者の生存率を高める
【日本におけるがん死亡の原因の第一位は肺がん】
日本における2018年のがん死亡予測のデータでは、肺がんによる死亡は男性が55,100人、女性が22,400人、男女合計で77,500人です。これはがん死亡者数の約20%です。
肺がん死亡はこの数十年間の間に顕著に増えています。現在では、1960年頃の10倍以上、1980年頃の3倍以上です。この30年間で2倍以上に増えています。
罹患率では大腸がんと胃がんの方が肺がんより上です。これは、大腸がんや胃がんより肺がんは治癒しにくい(予後が悪い)ことを意味します。
全ステージを含めた5年生存率は大腸がんが70%前後、胃がんが65%前後に対して、肺がんの場合は男性が27%、女性が43%です。(肺がんの場合は女性の方が生存率が高いのが特徴)。
手術で切除ができなければ抗がん剤治療が主体になりますが、5年生存率はステージ3で20%程度、ステージ4で5%くらいです。
つまり、すでに転移があって手術できなかったり、あるいは手術後に再発した場合は、抗がん剤治療になりますが、このようなステージ4の肺がんの5年生存率は5%程度というのが現時点の状況です。
図:日本では、肺がん、大腸がん、膵臓がんの死亡数が近年急激に増えている。
【漢方治療は肺がんのEGFR阻害剤治療の効果を高める】
台湾でも肺がんの増加が問題になっています。
台湾では最近10年間で肺がんががん死亡原因の第一位で、2016年の肺がん死亡者数は全がん死亡者の25.4%でした。台湾の肺がん死亡者数は30年間で5.7倍に増えています。したがって、肺がん治療の成績を高めることが重要な課題になっています。
肺がんの標準治療に漢方治療を併用すると、死亡率が軽減することが報告されています。以下のような論文があります。
Conventional treatment integrated with Chinese herbal medicine improves the survival rate of patients with advanced non-small cell lung cancer.(標準的治療と漢方治療の併用による統合医療は進行した非小細胞肺がん患者の生存率を改善する)Complement Ther Med. 2018 Oct;40:29-36.
【要旨】
目的:本研究の主な目的は、進行した非小細胞肺がん患者において、漢方治療と組み合わせた上皮成長因子受容体チロシンキナーゼ阻害剤(EGFR-TKI)による治療が、EGFR-TKI単独で治療した患者と比較して5年生存率を改善できるかどうかを評価することである。
介入と主な結果の対策:この研究は、2000年から2010年までの国民健康保険研究データベース(National Health Insurance Research Database)のサブデータセットの情報に基づいており、その期間に非小細胞肺がんと診断された合計14,244人の患者を対象にした。除外基準およびマッチングプロセスによる選択の後、2,616人の非小細胞肺がん患者を解析の対象とした。漢方治療を併用した群と併用しなかった群の生存率を比較した。
結果:補助療法として漢方治療を使用している進行非小細胞肺がん患者は、漢方治療を併用しなかった群と比較して、生存率の有意な改善を示した。[ハザード比= 0.8; 95%信頼区間:0.73-0.87、p値<0.001]。
Kaplan-Meier法による生存分析に基づくと、漢方治療利用者の5年生存率は4.9%高く、最も顕著な違いは2年生存率の12.75%の上昇であった。生存率分析に加えて、我々は進行非小細胞肺がん患者に処方された10種類の最も使用されている単一ハーブとハーブ処方を提供する。
結論:この全国的な後向きコホート研究は、漢方治療が分子標的薬の副作用を軽減し、進行非小細胞肺がん患者の5年生存率を延長するための効果的な補助療法であることを支持する証拠を提供している。
上皮成長因子受容体チロシンキナーゼ阻害剤は、上皮成長因子受容体(epidermal growth factor receptor:EGFR)のチロシンキナーゼ活性を阻害する薬です。
EGFRは細胞膜上から細胞内まで貫通して存在している受容体であり、本来細胞膜上で成長因子であるEGFなどと結合すると、細胞が正常に増殖するシグナル伝達を活性化します。
しかし、細胞内のEGFRの遺伝子に変異をきたすと成長因子と結合しなくても、細胞を増殖させるシグナルが常にスイッチがオンの状態となり、細胞分裂が止まらなくなり、がん細胞が無制限に増殖してしまいます。この細胞内のEGFR遺伝子変異は特に肺がんで認められます。
上皮成長因子受容体チロシンキナーゼ阻害剤(EGFR-TKI)は細胞内のEGFR遺伝子変異による異常な酵素の活性を抑え、がん細胞の増殖に関与しているシグナル伝達を止めがんの増殖を抑えます。
EGFR-TKI単独で治療した患者とEGFR-TKIと漢方治療を併用した場合の生存率を比較しています。この論文のKaplan-Meier法による生存曲線はトップの図に引用しています。
この研究は、いわゆる台湾医療ビッグデータを解析したものです。
台湾の医療制度は、「全民健康保険(National Health Insurance)」という台湾政府が管理するシステムで、国民全員を加入対象とした完全な社会保険制度です。台湾では国民全体の医療情報(年齢、性別、病名、治療内容など)がデータベース化されています。この「全民健康保険研究データベース(National health insurance research database; NHIRD)」を使った疫学研究が台湾から数多く発表されています。
がんの場合はNHIRDの中に「難治性疾患患者登録データベース(Registry for Catastrophic Illness Patients Database)」というデータベースもあります。
台湾の全民健康保険(National Health Insurance)では、がん患者は西洋医学の標準治療だけでなく、中医学治療(漢方治療)も保険給付され、それらの保険請求の情報がデータベース化されています。したがって、漢方治療を受けたがん患者と漢方治療を受けなかったがん患者で、生存率や生存期間の比較も可能になっています。使用された漢方薬の内容も解析できます。
台湾におけるがん治療における中医薬治療の実態に関して多くの報告があります。これらの研究で、漢方治療を受けたがん患者は漢方治療を受けなかったがん患者より副作用が少なく、生存率が高いことが報告されています(608話、609話、610話参照)。
肺がん患者に使用された漢方処方のうち頻度が多かったのは、白花蛇舌草、半枝蓮、貝母、黄耆、半夏、丹参、黄芩、十薬(ドクダミ)、茯苓、鶏血藤でした。
方剤では香砂六君子湯、百合固金湯 、清燥救肺湯、補中益気湯、散腫潰堅湯、帰脾湯、生脈散、麦門冬湯、甘露飲、六君子湯でした。
つまり、滋養強壮作用を主体とする補剤(六君子湯や補中益気湯など)や生薬(黄耆、茯苓など)をベースにして、症状に応じた生薬(貝母、半夏、鶏血藤など)と、清熱解毒剤と言われる抗炎症と抗がん作用のある生薬(白花蛇舌草、半枝蓮、丹参、黄芩、など)を組み合わせた処方が多く使われているようです。
【進行非小細胞性肺がんの補助療法としての中医薬治療の有効性】
ステージIIIからIVの進行した非小細胞性肺がん患者の抗がん剤治療に中医薬(漢方薬)治療を併用した場合の有効性を検討した24の臨床試験のデータをメタ解析した結果が報告されています。以下のような報告があります。
The efficacy of Chinese herbal medicine as an adjunctive therapy for advanced non-small cell lung cancer: a systematic review and meta-analysis.(進行非小細胞性肺がんの補助療法としての中医薬治療の有効性:系統的レビューとメタ解析)PLoS One. 2013;8(2):e57604.
【要旨】
進行した非小細胞性肺がんの治療において、標準治療と補完・代替医療との併用、特に中医薬治療(Chinese herbal medicine)の併用に関して多くの研究が行われている。しかし、その有効性に関しては十分に検討されていない。
この研究の目的は、進行した非小細胞性肺がんの治療において、標準的な抗がん剤治療に中医薬治療を併用した場合の有効性を評価することにある。
11のデータベースを検索し、条件に合う24の臨床試験を選び出した。これらの臨床試験に含まれる2109人の患者のデータを解析した。2109人のうち、1064人は抗がん剤治療と中医薬の併用による治療を受け、1039人は抗がん剤治療のみを受けた。(6人の患者は脱落した)
抗がん剤治療単独群に比べて、抗がん剤と中医薬を併用した群は1年生存率が有意に向上した。(相対比 = 1.36, 95% 信頼区間 = 1.15-1.60, p = 0.0003)。
その他に、併用群では奏功率(相対比 = 1.36, 95% 信頼区間 = 1.19-1.56, p<0.00001) や、カルノフスキー・パフォーマンス・スコア(Karnofsky performance score)で評価した全身状態の改善の率(相対比 = 2.90, 95% 信頼区間 = 1.62-5.18, p = 0.0003)も向上した。
一方、副作用に関しては、併用群で著明な軽減が認められた。例えば、グレード3~4の吐き気や嘔吐の頻度は併用群で顕著に低減した(相対比 = 0.24, 95%信頼区間 = 0.12-0.50, p = 0.0001) 。ヘモグロビンや血小板の減少の頻度も併用群では低下した。
さらに、この研究では、非小細胞性肺がんに高頻度に使用される生薬が同定された。この系統的レヴューでは、進行した非小細胞性肺がんの治療において、中医薬治療は抗がん剤治療の補助療法として有用で、抗がん剤の副作用を軽減し、生存率を向上し、抗がん剤による腫瘍の縮小効果(奏功率)を高め、全身状態を良くする効果があることが示された。
しかしながら、今回検討したランダム化比較臨床試験の多くは小規模なものばかりで、大規模なランダム化試験は含まれていないので、今後はさらに大規模な臨床試験の実施が必要である。
このメタ解析の結果は下の表にまとめています。
表:ステージIIIとIVの進行肺がん患者の抗がん剤治療において、中医薬を併用した場合の効果を検討した24のランダム化臨床試験のデータをメタ解析した報告がある。抗がん剤治療に中医薬治療を併用すると、(1)毒性(副作用)を軽減し、(2)生存率を向上し、(3)奏功率を高め、(4)全身状態(KPS)を改善することが示されている。
1年生存率は抗がん剤単独群が40.5%に対して抗がん剤+中医薬併用群が55.7%で生存率は36%の向上です。
短期的な抗腫瘍効果の指標である奏功率(完全奏功と部分奏功)は、抗がん剤単独群が28.3%に対して抗がん剤+中医薬併用群が38.3%で、これも36%の向上を認めています。
患者の全身状態はカルノフスキーのパフォーマンスステータス(Karnofsky Performance Status:KPS)で評価していますが、このKPSが治療後に改善した割合は、抗がん剤単独群が10.9%に対して抗がん剤+中医薬併用群が35.2%で、全身状態の改善した割合は3.25倍に向上しています。
副作用については、吐き気や骨髄抑制(白血球・ヘモグロビン・血小板の減少)について比較されていますが、全ての検討項目において、中医薬を併用することによって副作用が軽減することが示されています。特に、グレードIII~IVの重度の副作用の発生率が低下することが示されています。
以上の結果から、この論文の結論は、「進行非小細胞性肺がんの抗がん剤治療に中医薬治療を併用すると、毒性(副作用)を軽減し、生存率を向上し、奏功率を高め、全身状態(KPS)を改善することが示された」となっています。「ただし、個々の臨床試験の規模が小さいので、大規模な臨床試験での確認が必要である」という条件もついています。
このメタ解析では、ステージIIIとIVに絞っています。早期の肺がんで行った臨床試験を含めると結果にばらつきが大きくなるのと、進行しているほど治療効果の差が出やすいので、進行がんに絞ったと記述されています。
また、ランダム化臨床試験の質を評価する指標としてJadad score(ハダッドスコア)があります。5点満点で3点以上あれば比較的質の高いランダム化試験となります。このメタ解析では、Jadad scoreが3点以上のもののみを集めて解析しています。したがって、この論文の結果の信頼性は高いと言えます。
一般的に、メタ解析で有効性が示されれば、かなりエビデンスが高いという評価になります。しかし、大規模なランダム化試験で有意な結果がでなければ確定的とは言えません。このメタ解析の元になった臨床試験は全て中国で実施されたもので、24の臨床試験で2100人程度のデータを集めているので、一つの臨床試験の規模は平均で100人弱なので、小規模と言わざるを得ません。信頼のおける大規模なランダム化臨床試験が必要だというコメントです。
しかし、抗がん剤治療に漢方薬や中医薬を併用しても、悪い結果になる可能性は低く、むしろ良い効果が得られると言えます。
この中医薬(漢方薬)は基本的には煎じ薬です。患者毎に、その症状や治療の状況に応じて適した漢方薬が処方されるのですが、患者毎に薬が違うので、西洋薬のような単一の薬剤によるランダム化二重盲検臨床試験の実施は極めて困難なのが実情です。
また、この論文では、非小細胞性肺がんに高頻度に使用される生薬としては、黄蓍(オウギ)、南沙参(ナンシャジン)、麦門冬(バクモンドウ)、甘草(カンゾウ)、茯苓(ブクリョウ)、白花蛇舌草(ビャッカジャゼツソウ)、天門冬(テンモンドウ)、桃仁(トウニン)、田七人参(デンシチニンジン)が挙げられています。これらの生薬については以下にまとめていますが、その薬効から肺がん患者に使用される頻度が高いことが理解できます。
この他にも、肺がんの治療に役立つ生薬は多くありますが、肺がんの抗がん剤治療の漢方治療にこれらの生薬を中心にした処方を併用することは有効性が高いと思います。
肺がんだけでなく、多くのがんの治療に、症状やQOL(生活の質)の改善と延命において適切な漢方治療の併用は有効です。
ただ、この事実は西洋医学の標準治療を行っている多くの医師からは無視され、正しく評価されていません。従って、日本ではがん治療における漢方治療へのアクセスは標準治療を実施する医療機関の段階で閉ざされており、がんの統合医療はあまり発展していないのが現状です。
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