がんの予防や治療における漢方治療の存在意義を考察しています。がん治療に役立つ情報も紹介しています。
「漢方がん治療」を考える
827)ドコサヘキサエン酸はがん細胞の抗がん剤感受性を高める
図:放射線照射や抗がん剤はがん細胞の活性酸素の産生を高め(①)、細胞増殖抑制や細胞死誘導を引き起こす(②)。がん細胞はNrf2の活性を亢進し(③)、活性酸素消去酵素や抗酸化物質の産生を増やすことによって活性酸素種を消去し、酸化ストレスを軽減している(④)。2-デオキシ-D-グルコース(2-DG)とメトホルミンはNrf2の活性を阻害する作用がある(⑤)。ドコサヘキサエン酸(⑥)が細胞膜の脂質に多く取り込まれると、活性酸素による過酸化脂質を増やすことによって細胞膜の酸化傷害を増強し(⑦)、がん細胞の増殖抑制と細胞死誘導を亢進する(⑧)。
827)ドコサヘキサエン酸はがん細胞の抗がん剤感受性を高める
【「がん細胞の抗がん剤感受性を高める方法」が必要なわけ】
がん治療における問題の多くは、「固形がんに対する抗がん剤治療の有効性が低い」ことと「抗がん剤治療の副作用がきつい」ことの2点に起因していて、これを解決することが、進行がんの治療成績を高める上で最も重要と言えます。
急性白血病や悪性リンパ腫のような血液がんの場合は、抗がん剤治療で治る場合があります。血液がんに対する抗がん剤治療の成功をもとに、固形がんでも全身に転移して手術や放射線治療の適応にならない場合の治療法として抗がん剤治療が行われるようになりました。固形がんというのは、肺がんや膵臓がんや胃がんのようにがん細胞の塊(腫瘍組織)を形成する悪性腫瘍です。
しかし、固形がんに対する抗がん剤治療は血液がんほどの効果が認められないという現実に直面することになりました。その理由は、塊を作る固形がんは、急性白血病や悪性リンパ腫のような血液がんとは異なる様々な理由があって、抗がん剤が効きにくくなっているからです。
例えば、急性白血病や悪性リンパ腫は腫瘍細胞の性質が均一で、細胞分裂の頻度が高いので、副作用が耐えられるギリギリの高用量の抗がん剤を投与したり、骨髄移植を併用する高用量の抗がん剤治療によって、がん幹細胞を含めて腫瘍細胞を全滅することができます。
しかし、塊を作って、血液循環が不十分な部位がある(抗がん剤が到達しにくい)固形がんの場合は、高濃度の抗がん剤治療を行っても、がん幹細胞が生き残る可能性が高いといえます。 また、がん組織自体が酸性化している固形がんや低酸素のがん組織には、抗がん剤が効きにくいという理由もあります。
通常の抗がん剤治療は、副作用が耐えられる最大量を投与してがん細胞を短期間で死滅させる方法が基本になっています。急性白血病や悪性リンパ腫ではこの方法が有効です。しかし、固形がんの場合は、この方法は必ずしも有効ではありません。精巣腫瘍や小細胞性肺がんのように抗がん剤治療が著効を示す固形がんもありますが、多くの固形がんに対しては、抗がん剤の効き目は限定的です。
しかし、なぜ効かないかという理由が判れば、その原因を解決すれば抗がん剤治療が固形がんにも効くことになります。つまり、「固形がんにおける抗がん剤感受性を高める」ことができれば、進行がんでも治る可能性が高くなります。
「抗がん剤は効かない」「副作用で苦しむ」と否定や拒否をするより、「抗がん剤が効く方法や副作用を軽減する方法を見つけて、賢く実践する」ことがより建設的です。
【抗がん剤を投与するとその抗がん剤に耐性の細胞が生き残る】
がん細胞を死滅させる抗がん剤治療はがんの増大を防ぐ主要な手段です。しかし、高用量の抗がん剤投与によって最初は腫瘍を縮小できても、次第に抗がん剤に抵抗性のがん細胞が増えて、抗がん剤でがんの増大を抑えることができなくなります。
例えば白金製剤のシスプラチンは多くのがんの治療に使われています。シスプラチンは2つの塩素原子部位でDNAと結合するため、DNA鎖内に架橋が形成され、DNA複製を阻害し、細胞分裂しているがん細胞および正常細胞を死滅させます。
最初は良く効いてがんが縮小するのですが、抗がん剤治療を継続していると次第にシスプラチンに抵抗性のがん細胞が増えていきます。
抗がん剤を始める前から、そのがん組織にはシスプラチンに感受性の細胞と抵抗性の細胞が存在し、シスプラチンの投与によって、シスプラチン感受性のがん細胞が死滅し、シスプラチン抵抗性のがん細胞が生き残ります。抗がん剤治療を継続すると、次第にシスプラチン抵抗性のがん細胞が増えるために、最終的には抗がん剤が効かなくなります。(図)
図:抗がん剤治療前のがん組織のがん細胞は薬剤耐性の程度において不均一で、薬剤耐性の低いがん細胞や高いがん細胞が混在している(①)。抗がん剤のシスプラチン投与を行うと、シスプラチンに感受性のがん細胞は死滅するが、耐性のがん細胞は生き残る(②)。生き残ったがん細胞は増殖してがんは再発する(③)。さらにシスプラチンを投与しても、がん細胞は死滅せずにさらにシスプラチン耐性細胞の比率は増し、がん組織は増大する(④)。
シスプラチン投与がシスプラチン耐性がん細胞を増やすというのはダーウィンの進化論と同じです。シスプラチンで死滅する細胞は淘汰されて子孫を残さずに滅び、シスプラチンに抵抗性のがん細胞だけが選択的に生き残り、増殖を続けます。抗がん剤治療ががん細胞の悪性進展の選択圧として働きます。抗がん剤を使用すると抗がん剤に抵抗性の細胞を生き残らせるという強い選択圧が加わります。
つまり、抗がん剤治療は、薬剤耐性の出現を促進するという欠点を持っています。
【がん細胞は様々なメカニズムで抗がん剤耐性を獲得する】
がん組織の中に抗がん剤耐性のがん細胞が初めから存在していない場合でも、抗がん剤を使っている間にがん細胞が抗がん剤に抵抗性になる性質を獲得していく場合もあります。
例えば肺腺がんで分子標的薬のチロシンキナーゼ阻害剤(イレッサ、タルセバなど)が効いても、多くは10から14ヶ月程度で効かなくなります。通常の殺細胞作用を持った抗がん剤治療も、数ヶ月から1年もすれば効かなくなってきます。
がん細胞が抗がん剤でダメージを受けると、いろんなメカニズムを使って生き残る手段を獲得してきます。治療前からがん組織の中に耐性細胞が存在する内因性(intrinsic)の原因だけでなく、抗がん剤治療が薬剤耐性の性質の獲得を促進する獲得性(acquired)の抗がん剤耐性もあります。
抗がん剤を細胞の外に排出するポンプの作用を持つタンパク質の合成を増加させたり、抗がん剤を不活化させる物質や薬の目標になるタンパク質を増産させて薬剤の作用を妨害します。抗がん剤の攻撃目標がDNAであれば、DNA修復を促進することにより細胞死を阻止しようとします。
多くの抗がん剤は細胞のアポトーシスを引き起こすことによって効果を発揮します。細胞には自ら細胞死を実行するプログラムが内在しており、細胞が強く傷付くとこのプログラムによって死にます。この細胞死をアポトーシスといいます。アポトーシスに抵抗性になるBcl-2サブファミリーのタンパク質を増やしたり、アポトーシスを誘導するBaxサブファミリーの活性を抑制してアポトーシスに対する抵抗性を獲得します。
あるいは、活性酸素の産生増加によって細胞膜の脂質が酸化傷害を受けて細胞が死滅することもあります。放射線照射や多くの抗がん剤は、活性酸素を発生して細胞にダメージを与えます。正常細胞に比べてがん細胞には鉄イオンが多く含まれます。この鉄イオンは活性酸素の産生を増やす作用があります。その結果、正常細胞よりがん細胞の方が放射線治療や抗がん剤治療によってダメージを受けやすくなります。このような鉄介在性の細胞死をフェロトーシスといいます。フェロトーシスに対してがん細胞は抗酸化システムを増強して抵抗します。
このようなアポトーシスやフェロトーシスによる細胞死が起きにくくなるという性質の獲得も抗がん剤耐性の重要なメカニズムです(図)。
図:がん細胞は様々なメカニズムで抗がん剤の効き目を弱めている。例えば、抗がん剤の分解や代謝による不活性化の促進(①)、排出ポンプを増やして抗がん剤を細胞外への排出の促進(②)、抗がん剤のターゲット分子の増産(③)、アポトーシスに抵抗性になるBcl-2サブファミリーのタンパク質を増やしたり、アポトーシスを誘導するBaxサブファミリーの活性を抑制して細胞死に対する抵抗性の獲得(④)、抗酸化システムを増強して活性酸素による細胞死(フェロトーシス)に対する抵抗性の獲得(⑤)、ダメージを受けたDNAなど細胞成分の修復の促進(⑥)など多くのメカニズムが知られている。
【ドコサヘキサンエン酸(DHA)はがん細胞の抗がん剤感受性を高める】
ドコサヘキサエン酸(DHA)は細胞膜の構造成分です。DHAは体内でα-リノレン酸から生成される代謝経路は存在しますが、その内因性合成の効率は極めて低いので、主に食事によって提供されます。食事やサプリメントで摂取後、DHAは血漿リン脂質に組み込まれます。
細胞分裂しているがん細胞は、がん細胞の細胞膜を合成する過程で血漿リン脂質から脂肪酸を取り込みます。したがって、DHAの摂取を増やして血漿リン脂質のDHA濃度を高めると、がん細胞にDHAが多く取り込まれます。
DHAは1分子に不飽和結合が6個存在し、活性酸素を産生しやすく、DHAを多く取り込んだがん細胞は、アントラサイクリンなどの酸化ストレスを高める抗がん剤の効果が高まることが報告されています。
例えば、急速に進行する遠隔転移を伴う乳がん患者(n=25)のアントラサイクリンをベースにした化学療法に毎日1.8 gのDHAを追加することの有効性と安全性を検討した臨床試験が行われています。その結果、血漿DHAの取り込みが高い患者では全生存期間が有意に延長する結果が得られています。
Improving outcome of chemotherapy of metastatic breast cancer by docosahexaenoic acid: a phase II trial(ドコサヘキサエン酸による転移性乳がんの化学療法の結果の改善:第II相試験)Br J Cancer. 2009 Dec 15; 101(12): 1978–1985.
この報告では「DHAの併用には有害な副作用がなく、がん細胞に高度に組み込まれると化学療法の結果を改善することができる」という結論になっています。DHAは、抗がん剤治療の副作用を強めずに、がん細胞の抗がん剤感受性を高めるということです。
ドコサヘキサエン酸(DHA)が抗がん剤の効き目を高める効果があることが、多くの種類のがん細胞を使った実験で示されています。培養がん細胞を使用して、これらの細胞をDHA存在下で培養すると、さまざまな種類の抗がん剤に対する感受性が高まることが報告されています。
さらに臨床試験で、化学療法の前に開始され、化学療法中に継続されたDHAの長期(数週間)補給は、抗がん剤に対するがん細胞の感受性を増加させることが示されています。特に、アントラサイクリンなどの酸化ストレス誘発性抗がん剤の抗腫瘍効果を高めます。同様の結果が放射線療法でも観察されています。
抗がん剤や放射線に対するがん細胞のDHA誘発性の感受性増加は、抗酸化物質であるα-トコフェロールを添加することによって用量依存的に阻止されました。 これはDHAの抗腫瘍効果が酸化傷害と関連することを意味します。
6つの二重結合を持つDHAは、最も過酸化性の高い脂肪酸の1つであり、化学療法に対する腫瘍細胞の感受性の増加は、抗がん剤によって誘発される酸化ストレスの結果として、膜に富むDHAの過酸化に一部起因すると考えられています。(下図)
図:放射線照射や抗がん剤はがん細胞の活性酸素の産生を高め(①)、細胞増殖抑制や細胞死誘導を引き起こす(②)。活性酸素は細胞膜の脂質を酸化して細胞にダメージを与える(③)。ドコサヘキサエン酸(④)が細胞膜の脂質に多く取り込まれると、活性酸素による過酸化脂質を増やすことによって細胞膜の傷害を増強し、細胞死誘導を亢進する(⑤)。
アントラサイクリン関連の心筋毒性は、化学療法によって生成された活性酸素種による直接的な心筋傷害の結果として考えられているため、DHAの追加はこの毒性を潜在的に増幅する可能性があります。しかし、この試験では心臓毒性の増強は報告されていません。
その理由の一つは、心筋細胞は細胞分裂していないので、食事から摂取したDHAは細胞分裂しているがん細胞に多く取り込まれ、心筋細胞にはあまり取り込まれないためと考えられます。
つまり、乳がんのアントラサイクリンベースの抗がん剤治療にDHAを併用しても、副作用は増強せず、抗腫瘍効果を高めることができます。この際、抗酸化物質のサプリメントは摂取しない方がよいと言えます。むしろ、抗酸化作用を阻害する治療法の併用が有効になります。
【ドコサヘキサエン酸は乳がんの補助化学療法の効果を高める】
術前補助化学療法(NeoAdjuvant Chemotherapy)は、手術前に抗がん剤を投与して、がんを小さくさせることで、がんの切除を可能にしたり、臓器の機能を温存させる目的で行います。目にみえない小さな転移を根絶させることも目的としています。
一般的には、術前補助化学療法と手術を組み合わせることで治療効果を高めることができ、再発率を低下できると考えられています。乳がんの手術前の補助化学療法の効果をドコサヘキサエン酸(DHA)が増強することが報告されています。
手術前の補助化学療法としてシクロホスファミド/ドキソルビシン/5-フルオロウラシル(CAF)療法を受けた48人の局所進行乳がん患者を対象として、オメガ3不飽和脂肪酸(介入群)またはプラセボ(対照群)の無増悪生存期間と全生存期間を比較した二重盲検ランダム化比較試験の結果が報告されています。
Effects of Omega-3 Supplementation on Ki-67 and VEGF Expression Levels and Clinical Outcomes of Locally Advanced Breast Cancer Patients Treated with Neoadjuvant CAF Chemotherapy: A Randomized Controlled Trial Report(術前補助化学療法の CAF 化学療法で治療された局所進行乳がん患者の Ki-67 および VEGF 発現レベルと臨床転帰に対するオメガ-3 補給の効果: 無作為化比較試験報告)Asian Pac J Cancer Prev. 2019 Mar 26;20(3):911-916.
この臨床試験では、細胞分裂の指標のKi-67の発現率は対照群が42.4±4.8%に対して介入群(オメガ3投与群)では39.2±5.3%で統計的有意な低下を認めました。血管内皮細胞増殖因子の発現もオメガ3不飽和脂肪酸投与群で有意に低下しました。介入群の全生存期間(30.9±3.71週間)は、対照群(25.9±3.6週間)と比較して有意に延長しました。
つまり、オメガ3脂肪酸の補給は、CAF補助化学療法と乳房切除術で治療された局所進行乳がんの全生存期間と無増悪生存期間を改善することが示されました。
魚油の抗がん効果は、主にオメガ3系多価脂肪酸であるエイコサペンタエン酸 (EPA) とドコサヘキサエン酸 (DHA) によると考えられています。しかし、DHAは膜組成を変化させるという独特の効果があるため、抗がん作用に関与する主要なオメガ3脂肪酸と見なされています。
臨床現場でヒトのがんを予防または治療するための抗がん剤としてのDHAの使用はまだ十分に確立されていませんが、最近の多くの研究で、DHAが他の抗がん剤のアジュバント(補助療法剤)として非常に効果的であることが示されています。
DHA を他の抗がん剤と組み合わせると抗がん剤の有効性が向上し、治療に伴う副作用も軽減されることが多くの動物実験や臨床試験で報告されています。ドコサヘキサエン酸は抗がん治療の有効性を向上させる副作用の無い天然の強力な補助療法剤と考えられています。以下のような総説論文があります。
Docosahexaenoic acid: a natural powerful adjuvant that improves efficacy for anticancer treatment with no adverse effects.(ドコサヘキサエン酸:抗がん治療の有効性を向上させる副作用の無い天然の強力な補助療法剤)Biofactors. 2011 Nov-Dec;37(6):399-412.
【要旨】
疫学的研究は、魚油の摂取が増えるとがんの発生率が低下することを示している。
魚油の抗がん効果は、主にオメガ3脂肪酸であるエイコサペンタエン酸 (EPA) とドコサヘキサエン酸 (DHA) によると考えられている。しかし、DHAは膜組成を変化させるという独特の効果があるため、抗がん作用に関与する主要なオメガ3脂肪酸と見なされている。
臨床現場でヒトのがんを予防または治療するための抗がん剤としてのDHAの使用はまだ十分に確立されていないが、最近の研究では、DHAが他の抗がん剤のアジュバント(補助療法剤)として非常に効果的であることが示唆されている。
この論文では、抗がん剤の有効性の改善におけるDHAの役割を示す研究を紹介する。いくつかの in vitro および動物研究では、DHA を他の抗がん剤と組み合わせると抗がん剤の有効性が向上し、治療に伴う副作用も軽減されることが多いことが示唆されている。
細胞膜への DHA の取り込みは薬物の取り込みを改善するが、脂質過酸化の増加は、DHA を介した抗がん剤の有効性を高めるもう1つのメカニズムである。
さらに、シクロオキシゲナーゼ-2、NF-κB、ペルオキシソーム増殖因子活性化受容体ガンマ、マイトジェン活性化プロテインキナーゼ、AKT、および BCL-2/BAX を含むいくつかの細胞内標的が、抗がん剤とDHA の相加効果および相乗効果に関与することが示されている。多くの研究結果は、DHA が抗がん剤の抗がん特性を大幅に改善できる安全な天然化合物であることを示唆している。
抗がん治療での DHA の使用は、患者のリスクや副作用を減らし、治療効果を改善できる。
【ドコサヘキサエン酸は肺がんの抗がん剤治療の奏功率を高める】
抗がん剤の有効性は、がんが縮小したかどうかで判断されます。CTなどの画像診断でがんの大きさ(腫瘍の最長径の和)が30%以上縮小した状態が4週間以上続いた場合に「有効」と言います。
画像診断でがんが消失した場合を完全奏功と言い、30%以上縮小したが消失はしていない場合を部分奏功といいます。抗がん剤を使った患者のうち、完全奏功と部分奏功を足した割合を奏功率あるいは有効率と言っています。
進行肺がんにおいて、抗がん剤治療は延命や症状の緩和を目的に行われますが、非小細胞性肺がん患者に対するファーストライン治療の奏功率は30%以下です。「ファーストライン」とは、がんの化学療法において、最初に使う抗がん剤のことです。ファーストラインが効かなかったときに使う次の抗がん剤をセカンドライン、その次に使う抗がん剤をサードラインといいます。
抗がん剤治療においてドコサヘキサエン酸(DHA)の併用が、副作用を強めずに、抗腫瘍効果を高めることが多くの臨床試験で示されています。
例えば、進行した非小細胞性肺がん患者のファーストラインの抗がん剤治療(カルボプラチン+ビノレルビン or ジェムシタビン)に魚油のサプリメントを併用した場合の奏功率と臨床的有用性が、併用しなかった場合と比べてメリットがあるかどうかを比較検討した臨床試験の結果が報告されています。
Supplementation with fish oil increases first-line chemotherapy efficacy in patients with advanced nonsmall cell lung cancer.(魚油のサプリメントは進行した非小細胞性肺がん患者におけるファーストラインの抗がん剤治療の効果を高める)Cancer. 2011 Aug 15;117(16):3774-80
この研究では、進行肺がん患者56例を対象にして、抗がん剤治療のみ(31例)と抗がん剤に魚油(EPA+DHAが1日2.5g)を併用した群(15例)に分けて検討しています。
奏功率(完全奏功+部分奏功)は魚油併用群が60.0%に対してコントロール群が25.8%で統計的有意(P=0.008)に向上が認められました。また臨床的有用性(完全奏功+部分奏功+病状安定)は魚油併用群が80.0%でコントロール群が41.9%で、これも統計的有意でした(P=0.02)。
1年生存率は魚油併用群で60.0%に対してコントロール群は38.7%でした(P=0.15)。副作用の程度には両群の間に差は認められませんでした。
以上の結果から、抗がん剤治療に魚油(EPA+DHA)を併用すると、抗腫瘍効果を高め生存率を高める効果が期待できるという結果でした。
表:非小細胞性肺がんのファーストラインの抗がん剤治療(カルボプラチン+ビノレルビン or ジェムシタビン)に魚油サプリメントを併用すると、奏功率(完全奏功+部分奏功)と臨床的有用性(完全奏功+部分奏功+病状安定)が、併用しなかった場合と比べて統計的有意な向上が認められた。
【ドコサヘキサエン酸はがん細胞のフェロトーシスを促進する】
私たちの体内には、体重60kgで平均4g程度(2~6gくらい)の鉄が存在します。鉄は全て食事から体内に摂取しています。鉄はイオンの価数が変化する遷移金属で、簡単に二価イオン(Fe2+)と三価イオン(Fe3+)の両方の型を行き来するので、電子の移動を伴う生体反応に利用されます。
血液中では鉄イオンはトランスフェリンに結合して細胞まで運ばれます。トランスフェリンは細胞膜にあるトランスフェリン受容体と結合し,エンドサイトーシスによって取り込まれ、細胞内に鉄イオンを放出します。
増殖活性の高いがん細胞は、細胞膜のトランスフェリン受容体の発現量が増え、正常細胞に比べて鉄の取込みが増えています。鉄イオンは細胞の呼吸、核酸合成、増殖などに必須な補助因子として重要な役割を果たしています。したがって、がん細胞は鉄の需要が増え、鉄の取込みが増えています。
さらに、がん細胞内では鉄イオンの調節に破綻をきたし、酸化還元活性のあるフリーの2価鉄(Fe2+)が過剰に存在する状況になっています。 鉄は過剰になると活性酸素発生の触媒作用を発揮することによって細胞の酸化傷害を引き起こします。フリーの2価鉄は過酸化水素(H2O2)と反応して酸化作用の強いヒドロキシルラジカルを発生させ、さらに脂質と反応して脂質ラジカルを発生させて強い細胞傷害を引き起こします。
がん細胞内に過剰な2価鉄イオンが存在することを利用して、がん細胞を死滅させる治療が注目されています。鉄が関与するフェロトーシス(ferroprosis)という細胞死の存在とメカニズムが明らかになってきたからです。フェロトーシスでは、鉄依存的な活性酸素種の発生と過酸化した脂質の蓄積によって細胞死が起こります。細胞内の鉄に依存する細胞死であり,ほかの金属類には依存しません。「フェロ(Ferro)」は「鉄」という意味です。
図:がん細胞はトランスフェリン受容体の発現が増加し、鉄の取り込みが増えている。細胞内の鉄は活性酸素種の産生を増やし、細胞膜の脂質を過酸化して細胞膜を傷害し、細胞膜を破綻して細胞死を誘導する。この細胞死をフェロトーシスという。
がん細胞は細胞分裂をして数を増やし、増殖します。細胞数を増やすために、細胞膜に使う脂肪酸の合成が亢進しています。さらに、がん細胞は自分で作った脂肪酸以外に、食事から摂取して血液中に存在する脂肪酸を積極的に取り込んで、細胞膜の合成に使います。つまり、食事からのDHAやEPAの摂取を増やすと、がん細胞の細胞膜にDHAやEPAが多く取り込まれます。
EPAは二重結合が5個、DHAは二重結合が6個存在する多価不飽和脂肪酸です。不飽和脂肪酸は酸化されて過酸化脂質になります。EPAやDHAは酸化されやすいので、鉄を多く含み、活性酸素の産生が増加しているがん細胞では、EPAとDHAは過酸化脂質を増やし、細胞膜の酸化傷害を増強します。つまり、EPAやDHAを多く取り込んだがん細胞はフェロトーシスを起こしやすくなるのです。
放射線治療や多くの抗がん剤は、がん細胞に活性酸素を産生してフェロトーシスで最終的に死滅することが明らかになっています。したがって、食事からのDHAの摂取を増やすと、放射線や抗がん剤による細胞死を起こしやすくなります。
図:食事(①)からのドコサヘキサエン酸(DHA)は細胞膜に取り込まれる(②)。DHAは酸化を受けやすいので、がん細胞内で鉄介在性に活性酸素の産生が高まると(③)、脂質の過酸化によって細胞は酸化傷害を受け(④)、フェロトーシスの機序で死滅する(⑤)。抗がん剤と放射線照射はがん細胞に比較的選択的にフェロトーシスを誘導する(⑥)。食事からのDHAの摂取量を増やすと、がん細胞のフェロトーシスを増強できる。(赤丸は活性酸素による脂質酸化を示す。DHAは酸化を受けやすいことを示している。)
抗がん剤や放射線に対するがん細胞のDHA誘発性の感受性増加は、抗酸化物質であるα-トコフェロールを添加することによって用量依存的に阻止されることが示されています。 これはDHAの抗腫瘍効果が酸化傷害と関連することを意味します。
6つの二重結合を持つDHAは、最も過酸化性の高い脂肪酸の1つであり、化学療法に対する腫瘍細胞の感受性の増加は、抗がん剤によって誘発される酸化ストレスの結果として、膜に富むDHAの過酸化に一部起因すると考えられています。
がん細胞の抗酸化力を阻害すれば、DHAによる抗がん剤や放射線に対する感受性をさらに高めることができます。がん細胞の抗酸化力を抑制する方法として2-デオキシ-D-グルコース、メトホルミンなどが有効です。これらを併用すると、がん細胞を酸化ストレスによって死滅できます。(トップの図)
放射線治療や抗がん剤治療以外で、がん細胞に活性酸素の発生量を増やす方法として、高濃度ビタミンC点滴、アルテスネイト、ジクロロ酢酸ナトリウムなどがあります。がん細胞にDHAを多く取り込ませた後に、このような活性酸素を多く発生する治療を行うと、がん細胞を選択的に死滅できます。
図:食事(①)からのドコサヘキサエン酸(DHA)やエイコサペンタエン酸(EPA)は細胞膜に取り込まれる(②)。多価不飽和脂肪酸は酸化を受けやすいので、がん細胞内で鉄介在性に活性酸素の産生が高まると(③)、脂質の過酸化によって細胞は酸化傷害を受け(④)、フェロトーシスの機序で死滅する(⑤)。抗がん剤、放射線照射、アルテスネイト、鉄剤、高濃度ビタミンC点滴、スルファサラジン、ジクロロ酢酸ナトリウムはがん細胞に比較的選択的にフェロトーシスを誘導する(⑥)。食事からのDHA/EPAの摂取量を増やすと、がん細胞のフェロトーシスを増強できる。(赤丸は活性酸素による脂質酸化を示す。多価不飽和脂肪酸は酸化を受けやすいことを示している。)
詳細は以下のサイトで紹介しています。
http://www.f-gtc.or.jp/DHA/DHA-51.html
画像をクリックするとYouTubeの動画に移行します。
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