631)がんに勝つ食事:ケトジェニック野菜スープ

図:グルコース(ブドウ糖)とインスリンとインスリン様成長因子-1(IGF-1)はがん細胞の増殖を促進する。したがって、低糖質食は血糖とインスリンとIGF-1によるシグナル伝達系を抑制して(①)、がん細胞の増殖や浸潤や転移や抗がん剤抵抗性を阻止する(②)。食事の糖質を減らし脂肪を増やすケトン食は、脂肪酸の分解によってケトン体を増やし(③)、ケトン体のβヒドロキシ酪酸はがん細胞の増殖を抑制する(④)。野菜に含まれる様々なファイトケミカルは多彩なメカニズムでがん細胞の増殖を抑制する(⑤)。ケトン食と野菜スープを組み合わせた食事は、がんに勝つ最強の食事法となる。

631)がんに勝つ食事:ケトジェニック野菜スープ

【日本食はがん予防に有効なのか?】

私は20年くらい前(平成7年〜平成10年)に国立がんセンター(現在の国立がん研究センター)研究所のがん予防研究部第一次予防研究室の室長をしていました。
がんの第一次予防というのは、食生活や生活習慣の改善によってがんの発生を予防することです。がん検診を使って早期診断・早期治療でがん死を減らそうというのが第二次予防で、がん治療後の再発を予防することを第三次予防と言います。
その当時から、大腸がんや乳がんや前立腺がんなどの欧米で多いがんの増加が問題視されていました。赤身の肉や動物性脂肪の摂取が大腸がんや乳がんや前立腺がんなど欧米型のがんの発生リスクを高めると考えられており、近年の日本におけるこれら欧米型のがんの増加は食事が欧米化しているためだと考えられています。
そのため、大豆や魚の多い和食(日本食)はがん予防の食事として理想に近いと考える研究者も多くいます。
魚油に含まれるドコサヘキサエン酸(DHA)エイコサペンタエン酸(EPA)大豆に含まれるイソフラボンのがん予防効果に関しては多くの研究があります。

日本食の場合は塩分が多いのが欠点ですが、欧米の食事に比べて魚や大豆製食品やキノコ類や海草類が多く、赤身の肉や動物性脂肪が少ないという点では健康的と考えられています。

しかし、白米主体の主食や、砂糖やみりんなど糖質の多い味付けなど、糖質摂取量が多いという観点から、最近は日本食のがん予防効果について疑問視する意見が増えています。

糖質は血糖を高めてインスリンの分泌を高めるので、がんを促進する作用があります。主食のご飯(白米)は発がんリスクを高める要因として無視できないことに、がん予防の研究者は最近気がついてきました。

米は日本人の主食なので、ご飯が発がんリスクを高めるという意見は受け入れがたい面もありますが、最近になって糖質制限の健康作用が注目されるようになって、がんの予防や治療においても米食の是非について議論されるようになっています。

【白米は糖尿病を増やし、糖尿病はがんを増やす】

日本を含めて世界中で糖尿病は増えています。
日本では糖尿病は1960年代くらいまでは極めて稀な病気でしたが、現在では5人に一人が糖尿病あるいは糖尿病予備軍と言われるくらいに増えています。

厚生労働省の平成28年「国民健康・栄養調査」によると、20歳以上の人口(約1億500万人)のうち、「糖尿病が強く疑われる者」の割合は、12.1%(男性16.3%、女性9.3%) で、「糖尿病の可能性を否定できない者」の割合は12.1%(男性12.2%、女性12.1%)となっています。
つまり、「糖尿病が強く疑われる者」と「糖尿病の可能性を否定できない者(糖尿病予備軍)」はそれぞれ1,000 万人以上で、「糖尿病あるいは糖尿病の可能性のある人」は2000万人を超えています。このような糖尿病の増加はがんの発生を増やす重要な原因の一つと認識されています
糖尿病ががんの発生を増やすことは多くの研究で明らかになっているからです。

図:日本では1960年代まで糖尿病は極めて稀な疾患であったが、現在では人口の20%を超えている。 

日本で行なわれた大規模調査では、糖尿病と診断されたことのある人はない人に比べ、20~30パーセントほどがんの発生率が高くなることが報告されています。
 

最近のメタ解析によると,糖尿病は非ホジキンリンパ腫,膀胱がん,乳がん,大腸がん,子宮内膜がん,肝がん,膵がんなどの発症リスクを高めることが示されています。
 

さらに、糖尿病があるとがんの進行が早く転移しやすいことも指摘されています。
高血糖や高インスリン血症ががん細胞の増殖を促進するからです。
様々なメカニズムで、糖尿病はがんの発生や進展を促進することが明らかになっています。 (216話参照)

白米摂取量が多いほど2型糖尿病の発症が増えることが明らかになっています。以下のような報告があります。

White rice consumption and risk of type 2 diabetes: meta-analysis and systematic review.(白米の消費量と2型糖尿病のリスク:メタ解析と系統的レビュー)BMJ.2012 Mar 15;344:e1454.

米国のハーバード大学からの報告です。2012年1月までに報告された研究の中から、白米摂取と2型糖尿病との関係を検討した4件の前向きコホート研究を抽出し、メタ解析を行っています。これらの研究は米国、オーストラリア、中国、日本で行われたもので、7コホートが含まれていました。

調査開始時に糖尿病でなかった352,384人を対象に4〜22年間の追跡で、13,284例が2型糖尿病を発症しました。白米の平均消費量は西洋諸国とアジア諸国で大きく異なり,西洋では1週間に5杯(1杯=調理した白米158g)未満であったのに対し、中国では1日平均4杯でした。

解析の結果,白米の最低摂取群と比較した最高摂取群の糖尿病の相対リスク(RR)は東洋人が1.55〔95%信頼区間(CI)1.20〜2.01〕、西洋人が1.12(同0.94〜1.33)で、両者の差は統計的に有意でした(P=0.038)。

これは、米を多く食べる東洋人では白米の最高摂取群では2型糖尿病リスクが55%高まったが、週に平均5杯と米の摂取量の少ない欧米ではリスク上昇率は12%にとどまるという結果です。

4研究の全参加者を対象とした用量反応性メタ解析では、白米摂取1日1皿増加当たりの糖尿病の相対リスクは1.11(95%CI 1.08〜1.14)でした。
つまり、白米の摂取量が多いほど2型糖尿病の発症リスクが増加し、この関係は東洋人(中国人と日本人)で顕著であるという結果です。そして、1日の白米摂取が1杯増えるごとに2型糖尿病の発症リスクが11%上昇するという結論です。

グリセミック指数が高い食事は2型糖尿病発症リスクの上昇に関連することが知られています。
グリセミック指数(GI値)は、炭水化物が消化されてグルコース(ブドウ糖)に変化する速さを相対的に表す数値で、GI値が高いほど食後血糖値が上昇しやすいことを意味します。

白米は世界的に消費量が多く、グリセミック指数が高い食材です。したがって、世界的な糖尿病患者の増加に白米の摂取が関連しているかどうかを検討した結果、白米摂取量と2型糖尿病発症リスクとの間に有意な関連が認められたということです。

この論文の結論は、「白米の消費量の増加は2型糖尿病の発症リスクの増加と有意に関連しており、特にアジア(中国と日本)の人々ではその関連は顕著である。」となっています。

中国では糖尿病が爆発的な勢いで増加していることが問題になっています。その原因の第一が白米摂取にあることは多くの研究者が指摘しています。
日本でも、国立がん研究センターによる多目的コホート研究(JPHC研究)で、白米の多量摂取が糖尿病の発症率を高めていることが指摘されています。

Low-carbohydrate diet and type 2 diabetes risk in Japanese men and women: the Japan Public Health Center-Based Prospective Study.(日本の男女における低炭水化物食と2型糖尿病の発症リスク:多目的コホート研究)PLoS One. 2015 Feb 19;10(2):e0118377.

この研究では、糖尿病の既往がない45~75歳の男性27,799人と女性36,875人を対象に、食物摂取量は食物摂取頻度調査票を用いて確認し、前向きに追跡し、5年間に診断された2型糖尿病のオッズ比を、ロジスティック回帰を用いて推定しています。

その結果、日本人女性において低炭水化物食と2型糖尿病リスク低下との関連が認められました。糖質摂取が多い上位5分の1のグループに比較して、糖質摂取が少ない下位5分の1のグループの2型糖尿病の多変量調整オッズ比は、0.63(95%CI:0.46~0.84)でした。
この論文の著者らは、2型糖尿病の発症に白米の多量摂取が関連している可能性を指摘しています。

2型糖尿病は米をよく食べるアジア諸国で急増しています。
白米を多く食べるほど2型糖尿病の発症リスクが有意に上昇し、その結果、がんの発症も増えます。「白米摂取ががんを増やす」ということを示しています。

日本食は白米を主食にしている点でがん予防にマイナスと言えます。白米が認知症を増やすデータも報告されています。

【糖質摂取は肥満を増やし、肥満はがんの発症リスクを高める】

肥満ががんの発生を促進することは多くのエビデンスで支持されています。 肥満はインスリン抵抗性を高め、高インスリン血症を引き起こします。インスリンはインスリン様成長因子-1(IGF-1)の活性も高めます。インスリンとIGF-1はがんの発生や進展を促進します。
多くの疫学研究から、大腸がん、乳がん、膵臓がん、子宮体がん、腎臓がん、胆のうがん、肝臓がんなど多くのがんの発生率が肥満によって増えることが示されています。

肥満ががん治療後の再発率を高め生存期間を短くすることも多くの報告で明らかになっています。
肥満ががんの発生や進展を促進する理由の第一は、インスリン抵抗性が亢進してインスリンの分泌が増えるからです。

インスリンの働きに影響する様々な生理活性物質が脂肪細胞から分泌されており、肥満によって体脂肪が増えるとインスリンの働きが低下します。脂肪組織から分泌されるアディポネクチンという蛋白質にはインスリンの働きを高める作用がありますが、内蔵脂肪が増えると分泌量が減り、アディポネクチンの血中濃度が低下するとインスリン抵抗性(インスリンの作用低下)が高まります。

インスリンの働きが弱くなると、それを補うために体はインスリンの分泌量を増やして血中のインスリン濃度を高めて代償しようとします。

インスリンは様々なメカニズムでがん細胞の発生や増殖を促進します。インスリンががん細胞の増殖促進や細胞死(アポトーシス)の抑制など、がんを悪化させる様々な作用が明らかになっています。インスリンの分泌を減らすこと自体にがん予防効果があります。(
375話参照)

インスリン分泌が増えて血糖値が正常にコントロールされている間は糖尿病と診断されませんが、そのうちインスリンを分泌するランゲルハンス島のβ細胞が疲弊して十分なインスリンが分泌されなくなると、高血糖状態が持続して糖尿病と診断されます。糖尿病と診断される前の高インスリン血症が続いている間に、がん細胞の発生と増殖が促進されます
糖質摂取が肥満を促進することは良く知られています。ンスリンは脂肪合成を増やし、肥満を促進するホルモンだからです。

日本人のインスリン分泌能は欧米人の半分程度と言われています。インスリンは血糖を下げる作用と肥満を促進する作用があります。
インスリン分泌能が高い欧米人は糖質摂取によって肥満になりやすい体質を持っていますが、糖尿病は発症しにくい体質です。欧米人は著明な肥満にならないと糖尿病は発症しません。

一方、インスリン分泌能の低い日本人は、高糖質食でも肥満になりにくい代わりに糖尿病になりやすい体質を持っています。実際に、日本人は欧米人に比べると肥満は非常に少ないのですが、糖質摂取量が増えて糖尿病が増えています。

米国では「肥満の流行(Obesity Epidemic)」と表現されるくらい急速に肥満が増加しています。米国ではこの30年間で肥満(BMIが30以上)は2倍以上、小児の肥満や成人の高度の肥満(BMI35以上)は約3倍になっています。米国の人口の3分の1が肥満(BMI30以上)、3分の1が過体重(BMIが25〜30)です。

BMIBody Mass Indexの略(日本語ではボディマス指数)で、体重(kg)÷身長(m)÷身長(m)で求められます。肥満度の指標として使用されます。

精製した穀物や、高フルクトース・コーンシロップや砂糖のような単純糖質が増えたことが、米国における肥満と糖尿病の増加の元凶だと考えられています。

以前は肉と脂肪の摂取過剰が肥満の原因だと考えられ、1970年代以降は肉と脂肪を減らす食事指導が行われ、実際に脂肪とタンパク質の摂取量が減っているのに、肥満が爆発的に増えています。最近では、糖質を減らし、タンパク質や脂質(特にオリーブオイルやω3系多価不飽和脂肪酸)を増やす方が良いと考えられています。

中国では大量の米が消費され食事中の糖質の割合が多いのが特徴です。体を多く動かすので、農村部の多い中国では今まで肥満はあまり問題になっていませんでしたが、経済成長とともにライフスタイルが変わり、中国の都市部では肥満が増加し、糖尿病も急激に増えています。

糖質摂取はインスリン分泌を増やして体脂肪を増加させやすいので、摂取カロリーが過剰になると、容易に肥満を発症します。肥満はさらにインスリン分泌を増やし、肥満をさらに助長します。食後の高血糖は酸化ストレスを高めます。このような状況はがん細胞の発生や増殖を促進することになります。

図:糖質の多い食事は食後血糖値を高める(①)。血糖値の上昇はインスリン分泌を増やす(②)。インスリンは脂肪合成を亢進して肥満を促進する(③)。肥満は脂肪組織において炎症性サイトカインの産生を増やし、アディポネクチンの産生を減らす(④)。その結果、インスリン抵抗性が亢進し(⑤)、さらにインスリン分泌を増やし、悪循環を形成する(⑥)。インスリン産生が増えると、いずれ膵臓のβ細胞が疲弊してインスリン分泌が低下して糖尿病が発症し(⑦)、血糖が上昇する(⑧)。高血糖は炎症と酸化ストレスを亢進する(⑨)。高インスリン血症と高血糖と炎症と酸化ストレスはがん細胞の発生や増殖を促進する(⑩)。つまり、糖質の多い食事はがんの発生と進展を促進する。

【ケトン食はアディポネクチンの産生を増やす】  

アディポネクチンは脂肪細胞から分泌される善玉ホルモンのような蛋白質で、肝臓や筋肉細胞のアディポネクチン受容体に作用してAMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)を活性化し、インスリン抵抗性を改善し、動脈硬化や糖尿病を防ぐ作用があります。

ケトン食がアディポネクチンの産生を増やす効果があることが報告されています。ケトン食は糖質摂取を減らし、脂肪摂取量を増やして、脂肪の燃焼によるケトン体を増やす食事です。
肥満した小児および青年を対象にして、低カロリー食とケトン食の代謝に対する影響を比較した研究が報告されています。(J Pediatr Endocrinol Metab. 25(7-8):697-704.2012年) 
この研究では、58人の肥満者をケトン食と低カロリー食のどちらかに振り分けて6ヶ月間の食事療法を行いました。

食事療法の開始前と終了時(6ヶ月後)の比較において、低カロリー食とケトン食の両方のグループにおいて体重、体脂肪量、腹囲、空腹時インスリン値、インスリン抵抗性指数の著明な減少あるいは低下が認められました。しかし、効果はケトン食の方が高かったということです。両グループともインスリン感受性は統計的有意に上昇しましたが、活性の高い高分子量アディポネクチンの増加を認めたのはケトン食のグループだけでした。
この論文の結論は、「ケトン食療法は、体重の減量や代謝数値の改善において低カロリー食よりも効果が高く、肥満小児の体重減量の治療法として、安全で実施可能な食事療法であることが明らかになった」と記載されています。
この研究で最も注目すべき点は、高分子量アディポネクチンの値が、低カロリー食では有意な上昇を認めず、ケトン食でのみ増加が認められた点です。

アディポネクチンは血中に1分子ずつバラバラにではなく、複数個がくっついた形で存在しています。低分子量(3量体)、中分子量(6量体)、高分子量(12~18量体)です。中でも高分子量アディポネクチンが生理活性が強いことが知られていますので、活性の高い高分子量のアディポネクチンの値がケトン食で増加したことは、ケトン食が寿命の延長やがんの予防に効果があることを示唆しています。
アディポネクチンの寿命延長作用と抗がん作用については316話で解説しています。
また、ラットを使った実験で、ケトン食が、脂肪組織におけるアディポネクチンmRNAの量を増やすことが報告されています。(J Clin Neurosci. 17(7):899-904.2010年 )
アディポネクチンには、がん細胞の増殖や転移の抑制など様々な抗がん作用があることが報告されています。人の胃がん細胞を移植したマウスにアディポネクチンを注射すると、がんが著しく縮小したという報告があります。
ケトン食は、がん細胞へのブドウ糖(グルコース)の供給を減らし、さらにインスリンやインスリン様成長因子の産生を減らすことによって増殖シグナルを低下させるメカニズムなどによって抗がん作用を発揮します。
ケトン体のβヒドロキシ酪酸は抗炎症作用(NLRP3インフラマソーム阻害作用など)や抗酸化力の増強作用などによってがん予防や抗老化や寿命延長作用が報告されています。(467話480話参照)

さらに、ケトン食が寿命延長作用と抗がん作用のある高分子量アディポネクチンの産生を増やすという臨床試験の結果は、ケトン食の抗がん作用と寿命延長効果をさらに支持することになります(下図)。  

図:超低糖質ケトン食(低糖質食+高脂肪食)はがん予防効果や抗老化作用や寿命延長作用が確認されている。そのメカニズムとして、糖質摂取量が少ないと、酸化ストレスが軽減し、インスリン/インスリン様成長因子-1(IGF-1)シグナル伝達系が抑制される(①)。低糖質・高脂肪食はケトン体の産生を増やす(②)。ケトン体のβヒドロキシ酪酸は、NLRP3インフラマソームの活性阻害などによる抗炎症作用、酸化ストレスに対する抵抗性の亢進、アディポネクチン産生の亢進などの作用を有する(③)。これらのメカニズムによる総合作用の結果、がん予防や老化抑制や寿命を延ばす作用がある。

【ケトン食はがん細胞の発生や増殖や転移を抑制する】

人間では、ケトン食のがん予防効果やがん治療における有効性はまだ証明されていません。大規模な臨床試験の結果がまだ得られていないからです。しかし、症例報告や小規模な臨床試験のレベルでは、ケトン食の抗がん作用が報告されています。

動物実験ではケトン食の抗腫瘍効果を示唆する結果が数多く報告されていますが、動物実験の個体数が少なかったり、結果が一致しなかったりという理由で、まだ確定的な結論は出せない状況です。
そこで、複数の実験をまとめて解析するメタ解析で、動物実験におけるケトン食の有効性を検証することが行われています。以下のような論文があります。

Roles of Caloric Restriction, Ketogenic Diet and Intermittent Fasting during Initiation, Progression and Metastasis of Cancer in Animal Models: A Systematic Review and Meta-Analysis(動物実験モデルにおけるがん細胞の発生と進展と転移の過程におけるカロリー制限とケトン食と間歇的断食の効果:系統的レヴューとメタ解析)PLoS One. 2014; 9(12): e115147.

動物を使った発がん実験で、カロリー制限やケトン食や間歇的断食(intermittent fasting)などの食事療法のがん予防効果が研究されています。しかし、結果が一致しない報告もあるので、それらの有効性については、まだ結論が出せない状況です。
そこで、今まで報告された実験結果をメタ解析で統計的に解析してみたという研究報告です。

最近20年間に報告された「食事と発がん」に関する59件の論文の実験結果を統計的に解析しています。その結果、カロリー制限とケトン食では発がん予防効果が認められ、間歇的断食では発がん予防効果は認められなかったという結論になっています。

カロリー制限は代謝と酸化ストレスを低下させる機序で発がん予防効果を発揮します。
間歇的な断食はがん細胞への短期間のグルコース供給の制限によりがん細胞の増殖を遅らせると考えられています。

ケトン食は、超低糖質+高脂肪食で、がん細胞に対するグルコース供給の制限と、ケトン体による抗腫瘍効果によってがん予防効果を発揮すると考えられています。

この論文でのメタ解析の結果では、カロリー制限とケトン食ではがん予防効果が認められ、間歇的断食ではがん予防効果は認められなかったという結論になっています。
以下のような論文もあります。

Anti-Tumor Effects of Ketogenic Diets in Mice: A Meta-Analysis(マウスにおけるケトン食の抗腫瘍効果:メタ解析)PLoS One. 2016; 11(5): e0155050.

ケトン食単独の抗腫瘍効果を検討したマウスの実験の結果をメタ解析しています。マウスの実験では、ケトン食は腫瘍の増大速度を遅くする効果が認められています。

【がんの予防や治療における糖質制限やマイルドケトン食の勧め】

がんの予防や治療において、血糖やインスリン分泌を高める糖質の摂り過ぎにもっと注意を払うべきだと思います。

がん予防においては、ご飯などの穀物を主食にするという常識から離れた方が良い時期にきているように思います。
欧米では糖質が主食という概念はありません。メインディッシュは肉や魚料理で、パンやイモや豆は付け合わせのような位置づけです。

また、がんの食事療法で多くの人が実践しているニンジンジュースの大量飲用も、ニンジンには100g当たり糖質が5g程度含まれ、しかもグリセミック指数は白米と同じレベルなので、カロテノイドが多くてもグリセミック負荷を高める点が気になります。糖質が少ない葉っぱものの野菜を多く摂取する方が良いように思います。カロテノイドががんを予防するというエビデンスはありません。

糖質を減らした分のカロリーを油脂で補う場合、抗がん作用や健康増進作用のあるω3系不飽和脂肪酸の豊富な亜麻仁油やエゴマ油(紫蘇油)や魚油(DHA, EPA)、オリーブオイル、ココナッツオイル、MCTオイルを主体にすると、脂肪を増やしても健康に問題ありません。
動物性の飽和脂肪酸は循環器疾患を増やすというデータは多くありますが、ω3系多価不飽和脂肪酸やオリーブオイルは多く摂取するほど健康作用があります。
人間での大規模な臨床試験や疫学研究によるエビデンスはありませんが、多くの基礎研究と小規模な臨床研究から、糖質制限やケトン食ががん予防の食事療法として有効である可能性はかなり高いと言えます。

私は20年間以上前からがんの一次予防を専門に研究し、この15年間はクリニックを開業して、がんの一次予防と三次予防(再発予防)に関する患者指導を行っています。

糖質制限やケトン食によるがん予防効果の可能性を知り、私自身の診療で実践しだしたのは7年くらい前からで、それ以前は糖質制限やケトン食ががん予防に有効であるという意見は私を含めて皆無だったと思います。

しかし、がんの予防や治療にケトン食を使ってみて、「糖質制限やケトン食はがん予防法として有効」であるという確信を持つようになりました。


がん治療の目的では、糖質摂取を10〜20g程度に制限する厳密なケトン食を推奨していますが、がんの発生や再発の予防の目的であれば、糖質摂取を80グラム程度まで許容し、中鎖脂肪酸(MCTオイル)やオメガ3系不飽和脂肪酸やオリーブオイルを増やしたマイルドなケトン食で十分に目標を達成できると思っています。
がん予防の基本は「糖質の取り過ぎに注意する」ことが最も重要だと思います。

 

図:高糖質食はインスリン分泌を亢進し、肥満と2型糖尿病とがんの発症を促進する。一方、ケトン食は肥満と2型糖尿病とがんの発症を阻止する。

【野菜はがん予防成分の宝庫】
がんの発生や再発を促進する要因としては、糖質や動物性脂肪や赤味の肉の取り過ぎ、喫煙、飲酒、運動不足や肥満が上げられます。
一方、野菜や果物や豆類など植物性食品、精製度の低い穀物、魚油や紫蘇油や亜麻仁油に多く含まれるω3不飽和脂肪酸は、がんの発生や再発を予防する効果が指摘されています。
特に、野菜や豆類には、免疫力を高める成分、活性酸素やフリーラジカルの害を防ぐ成分、発がん物質を不活性化する成分、がん細胞の増殖を抑える効果をもつ成分などが多く見つかっており、これらの成分を多く摂取することががんの発生や再発の予防に寄与すると考えられています。つまり、植物には、「免疫増強作用」「抗炎症作用」「抗酸化作用」「解毒作用」「がん細胞増殖抑制作用」などのがん予防に役立つ成分が多く含まれているのです。
植物に含まれるこのような薬効成分をファイト・ケミカル(phyto-chemical)と呼んでいます。Phytoは植物、chhemicalは化学を意味する言葉で、したがって、ファイトケミカルとは植物に含まれる化学成分を意味しています。
これらのファイトケミカルから、がん予防効果をもった成分が多くみつかっており、それらはサプリメントとしても利用されるようになっています。例えば、大豆のイソフラボン、ゴマのリグナン、トマトのリコピン、ブロッコリーのスルフォラファン、お茶のカテキン、緑黄色野菜のカロテノイド、ブルーベリーのアントシアニン、赤ワインのポリフェノール、キノコのβグルカンなどが有名です。
日頃の食事で、抗がん作用のあるファイト・ケミカルを多く摂取することは、がん細胞の発生や増殖の抑制に有効です

 

図:野菜には、抗酸化や抗炎症や解毒や免疫増強などの作用を持った成分が豊富に含まれる。これらの成分を日頃から多く摂取すると、がんの発生や再発の予防に効果がある。

【ファイト・ケミカルを効果的に摂取できる野菜スープ】
日頃の食生活において、新鮮な旬の野菜を多く食べることが大切であり、1日5皿とか1日350gとか具体的な目標が述べられています。ただし、生野菜では野菜中の成分の消化管からの吸収(生体利用性)が低いことに注意が必要です。
植物の細胞は硬い細胞壁で囲まれています。植物の細胞壁はいくつかの繊維成分からなっており、その主要成分であるセルロースを消化する酵素「セルラーゼ」を人間は持っていません。
草食性の動物は、消化管の中にセルロースを分解する微生物を棲まわせていて、胃や盲腸で発酵を行っているため、生の植物を摂取しても、その細胞の中から有効成分を体内に取り入れることができます。
ヒトは硬い繊維質を十分に発酵させるほどには大腸は長くはなく、セルラーゼを産生する腸内微生物を棲まわせていないため、植物を生のまま食べたのでは、細胞内の成分はそう容易には溶け出しません。良く噛む程度では硬い細胞壁を壊して内容成分を溶け出すことは十分にはできないからです。
つまり、野菜に含まれる抗酸化やがん予防効果をもつ薬効成分(ファイトトケミカル)の多くは、生の野菜を食べた場合にはあまり体内に吸収されないということになります。
野菜を水に入れて加熱すると、野菜の細胞壁を構成しているヘミセルロースやペクチンが溶け出し、さらに、細胞内のガスの膨張による細胞壁の破壊などの作用も組み合わさって細胞壁の破壊が起こります。熱によって植物の細胞壁が壊され有効成分が抽出されて、生体に利用可能な状態になるのです。
また複数の研究で、トマトは加熱した方がリコピン(カロテノイドの一種)やナリンゲニン(フラボノイドの一種)やクロロゲン酸(フェノール類)などの薬効成分の体内吸収が高まることが知られています。
野菜の煮汁(スープ)には、抗酸化能で言えば、生野菜と比べて数倍から100倍以上も有効成分が溶け出しているという報告もあります。

図:植物の細胞は硬い細胞壁で囲まれていて、ヒトの消化酵素では細胞壁を壊すことはできない。加熱することによって細胞壁が壊れ、細胞内の成分が溶け出しやすくなる。加熱してスープにした方が生野菜で食べるより、植物中の薬効成分の体内吸収の効率が格段に高くなる。

【がん治療中も加熱した野菜スープなら安心】
ミキサーで粉砕してジュースにすれば、細胞壁は破壊されて植物に含まれる成分の生体利用性が高まります。しかし、抗がん剤治療中などで免疫力が低下しているときは、生のジュースよりも加熱したスープの方が安全です。
無農薬や減農薬の生野菜であれば、付着している寄生虫の卵や病原性大腸菌のような病原菌も心配です。抗がん剤などのがん治療によって白血球や好中球が減少すると感染症にかかりやすくなります。抗がん剤は免疫力を低下させるので、抗がん剤治療などで免疫力が低下している時は、生の野菜や果物は、それに含まれる細菌によって胃腸炎などの感染症を引き起こす危険性を高める可能性があります。
したがって、抗がん剤治療中や、無農薬や減農薬野菜の場合は特に、加熱した野菜スープでの摂取が好ましいと言えます。スープ以外の調理法としては、電子レンジや蒸気での調理法が野菜の栄養成分を保持する方法として適しています。
生の野菜を支持する意見の根拠となっているのは、加熱することによってビタミンCなど一部の成分が壊れるという意見です。しかし、ビタミンCが熱により失活すると言う意見は、純粋なビタミンCを蒸留水溶液で実験した場合の話であって、野菜などに含まれる他の抗酸化能のあるフェノール性化合物の共存下では分解はほとんど起こりません。
また、野菜を熱水で加熱した場合、水溶性のビタミンやミネラルが溶出して損失してしまうというのは、煮汁(スープ)を捨てた場合であり、スープを摂る場合には、水溶性ビタミンの損失はほとんど問題になりません。むしろ、加熱してスープにする方が、野菜に含まれる薬効成分を多く、しかも安全に摂取できるということです
糖質を制限し、がん細胞を抑制する脂肪と野菜のファイトケミカルの豊富なケトジェニック野菜スープはがんに勝つ最強の食事だと思います。国立がんセンター研究所に勤務していた頃から20年間以上、がんの予防と治療に役立つ食事を研究してきましたが、ケトン食と野菜スープに行き着いたという事です。
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