がんの予防や治療における漢方治療の存在意義を考察しています。がん治療に役立つ情報も紹介しています。
「漢方がん治療」を考える
632)漢方治療は抗がん剤によるうっ血性心不全の発症率を低下する
図:多くの抗がん剤は心臓毒性を有し、心臓機能の低下やうっ血性心不全を引き起こす。漢方治療が抗がん剤による心臓毒性を軽減することが報告されている。漢方薬以外にもコエンザイムQ10、ミルクシスル、魚油に含まれるドコサヘキサエン酸(DHA)やエイコサペンタエン酸(EPA)、大麻草成分のカンナビジオール、2-デオキシ-D-グルコースなどが抗がん剤による心臓毒性を軽減する効果が報告されている。抗がん剤治療中にこれらを併用することは抗がん剤による心機能低下やうっ血性心不全の発生予防に役立つ。
632)漢方治療は抗がん剤によるうっ血性心不全の発症率を低下する
【抗がん剤による心臓毒性】
多くの抗がん剤は心臓に対する毒性を示します。この心臓毒性は将来的にうっ血性心不全の原因となります。抗がん剤による心臓毒性は最も重大な副作用の一つです。
近年、患者の生命予後の延長や治療を受ける患者の高年齢化、分子標的薬を含む新規抗がん剤の登場によって、心臓毒性のマネジメントの重要性は増しています。
抗がん剤治療によるうっ血性心不全の発症を予防にするためには、抗がん剤治療中から、心筋傷害を軽減する対策を実施する必要があります。そのためには、抗がん剤治療によるうっ血性心不全について理解し、その予防法を知って実践することはがん治療における補完治療として重要です。
抗がん剤の副作用としては、白血球や血小板が減少する骨髄抑制と、吐き気や下痢などの消化器毒性がよく知られていますが、その他に、心臓、肝臓、腎臓、肺、神経系などの主要臓器に障害をきたすこともあります。
心臓毒性を示す抗がん剤としては、ドキソルビシン(アドリアマイシン)などのアントラサイクリン系抗がん剤がよく知られています。
その他、シクロホスファミド、5-フルオロウラシル、パクリタキセル、ハーセプチンなども心臓毒性の発現が報告されています。
ドキソルビシンによる心毒性は、1)投与後数時間以内に発現し、可逆性の不整脈などが主体の急性毒性、2)投与の数日後から数週間以内に発現する心筋炎や心外膜炎などの亜急性毒性、3)投与後数週間から数ヶ月以上して発現する慢性毒性の3種類に分類されます。
一般的には、ドキソルビシンの心臓毒性とは3の慢性毒性を指し、心筋障害による致死的なうっ血性心不全を来すことが知られています。
この慢性毒性(心筋症)はドキソルビシンの総投与量が多くなるほど発症率が高まります。450mg/m2を超えると発現頻度が高くなり、1000mg/m2を超えると50%に達すると言われています。
うっ血性心不全を発現すると、利尿剤やジギタリス製剤などの治療に対する反応が悪く、死亡率が30~60%と極めて高いと言われています。
高齢者や心疾患を持っていたり、左乳房や縦隔への放射線照射との併用や、心臓毒性を持つ他の抗がん剤との併用の場合は、特に心臓毒性に対する注意が必要です。
【乳がんの抗がん剤治療や放射線治療が心血管疾患のリスクを高めている】
乳がんの抗がん剤治療では、ドキソルビシン(アドリアマイシン)などのアントラサイクリン系抗がん剤や、シクロホスファミド、パクリタキセル、フルオロウラシル、ハーセプチンなど心臓毒性を示す抗がん剤が多く使われます。
AC療法(ドキソルビシン+シクロホスファミド療法)は、乳がんの患者さんに対して行う標準的な抗がん剤治療です。術前化学療法と術後補助化学療法のいずれにも使用されています。
ドキソルビシン(アドリアシン)とシクロホスファミド(エンドキサン)は、1日目(Day 1)に投与し、2~21日目は休薬します。
通常の1回の投与量はドキソルビシンは60mg/m2、シクロホスファミドは600mg/m2です。
60mg/m2は体表面積1m2当たり60mgという意味です。
3週間隔で通常4回投与します。4回の投与でドキソルビシンの総投与量は240mg/m2、シクロホスファミドは2400mg/m2になります。
EC療法(エピルビシン/ シクロホスファミド併用療法)やCEF療法(シクロホスファミド/ エピルビシン/ フルオロウラシル併用療法)も乳がんの抗がん剤治療として使用されます。
EC療法では1回にエピルビシン100 mg/m2、シクロホスファミド600 mg/m2を3週間隔投与、4~6コース反復します。したがって、エピルビシンの総投与量は400〜600 mg/m2になります。
CEF療法では、1回の投与量がシクロホスファミド500 mg/m2、エピルビシン100 mg/m2、フルオロウラシル500 mg/m2で、3週間隔投与で4~6コース反復されます。したがって、エピルビシンの総投与量は400〜600 mg/m2になります。
さらに、術後の放射線治療(左側)では、心臓への照射も起こり、これが心筋傷害や血管傷害の原因になっています。通常、乳房温存手術後の放射線治療の総線量は50グレイ(Gy)程度です。
このように、乳がんの抗がん剤治療と放射線治療では、心臓への障害が起こりやすいと言えます。
米国心臓協会(American Heart Association)は乳がん治療と心血管疾患の関わりについて新たな科学的声明(Scientific Statement)をまとめ、Circulation(2018年2月1日オンライン版)に発表しています。
この声明では、米国では乳がん患者332万人に対して心血管疾患を有する女性は4,780万人と推定しています。また、乳がんの早期検出と治療法の改善により、心血管疾患を合併しながら長期生存を続ける乳がんサバイバーが増加したが、65歳以上の高齢サバイバーでは乳がんよりも心血管疾患で死亡する者が多いと言っています。このため、がんの治療中および治療後に心血管危険因子を適切に管理することが重要であると警告しています。
つまり、乳がん患者は治療に伴う心毒性を認識しなければならないと注意喚起しています。
アントラサイクリン系薬、アルキル化薬、ホルモン療法薬、HER2標的薬などは心不全を引き起こす可能性があります。その他にも、放射線療法による冠動脈疾患、代謝拮抗薬による冠動脈攣縮、タキサン系薬による徐脈、サイクリン依存性キナーゼ(CDK)4/6阻害薬によるQT延長などの副作用が指摘されています。このため、この声明では「乳がん治療中の心毒性の監視、予防、管理が極めて重要であり、治療後も長期にわたる遅発性心毒性のモニタリングが必須である」と指摘しています。
この声明では、心機能障害のリスクを上昇させる乳がん治療としては、以下を挙げています。
1) 高用量のアントラサイクリン系薬剤による治療:250mg/m2以上のドキソルビシンまたは600mg/m2以上のエピルビシン
2) 心臓が照射範囲内に入る高線量の放射線療法:30Gy以上の放射線療法
3) 連続治療:低用量のアントラサイクリン系薬剤による治療(250mg/m2未満のドキソルビシンまたは600mg/m2未満のエピルビシン)およびその後のtrastuzumab(ハーセプチン)による治療
併用療法:低用量のアントラサイクリン系薬剤による治療(250mg/m2未満のドキソルビシンまたは600mg/m2未満のエピルビシン)と、照射範囲内に心臓が入る低線量の放射線療法(30Gy未満)の併用
つまり、乳がん治療において標準的に広く行われているレベルの抗がん剤治療や放射線治療は、心臓にかなりの毒性があると言えます。アントラサイクリン系抗がん剤(ドキソルビシンやエピルビシン)だけでなく、ハーセプチンやシクロホスファミドや放射線治療が加わると、さらに心血管傷害のリスクが上がります。
補助化学療法や放射線治療は乳がんの再発予防には有効ですが、長期的には心血管疾患のリスクを高めるのは確実です。心血管疾患のリスクを減らす方法を併用することも重要と言えます。
図:乳がんの治療で使用される抗がん剤には心臓に毒性のあるものが多い。左乳房の放射線照射では心臓が放射線によるダメージを受ける可能性もある。米国心臓協会(American Heart Association)は乳がん患者は治療に伴う心毒性を認識しなければならないと注意喚起している。
【漢方治療はドキソルビシンの心筋障害を軽減する】
抗がん剤治療による心筋障害は特に乳がんの患者さんで問題になっています。心筋毒性のある抗がん剤が多く使われ、左乳房の場合は放射線治療も影響し、治療後の乳がんサバイバーの数が多いのと、乳がんは比較的予後が良いため治療後に長期間生存するので、晩期後遺症としての心臓疾患の発症が問題となるのです。
乳がん患者のドキソルビシンによるうっ血性心不全の発症リスクを漢方治療が低下させるという報告があります。
Traditional Chinese medicine is associated with a decreased risk of heart failure in breast cancer patients receiving doxorubicin treatment.(中国伝統医学の漢方薬は、ドキソルビシン治療を受けている乳がん患者の心不全リスクの低下と関連する)J Ethnopharmacol. 2019 Jan 30;229:15-21.
【要旨】
伝統医療との関連性:ドキソルビシン治療を受けた乳がん患者にとって、心血管疾患は重要な関心事である。中国伝統医学の中医薬(漢方薬)は、乳がん患者への補完療法として提供されており、台湾における医療の重要な要素である。しかし、漢方薬の利用パターンとその乳がん患者における有効性の関連性は不明である。
材料および方法:台湾で1997年から2010年の期間にわたって収集されたデータのサンプルから、漢方薬治療を受けた24,457人の乳がん患者と漢方治療を受けなかった24,457人の乳がん患者を抽出した。すべての登録患者はドキソルビシン化学療法を受けていた。これらの患者は年齢、治療開始時期、他の疾患の合併状況、ハーセプチンやタモキシフェン治療において一致するように1:1ペアで選択した。うっ血性心不全の累積発生率を両群間で比較した。FineとGrayの回帰ハザードモデルを用いてうっ血性心不全のリスクを評価した。
結果:漢方薬非使用群に比較した漢方薬併用群に置けるうっ血性心不全の発症リスクのハザード比は、年齢、ハーセプチン、タモキシフェン、糖尿病薬、心血管薬、スタチンおよび併存疾患について調整後において0.68(95%信頼区間=0.62-0.76, p < 0.0001)であった。
さらに、漢方薬を併用しない群に比べて、白花蛇舌草(Baihuasheshecao)使用群のうっ血性心不全の発症リスクの調整ハザード比は0.29(95%信頼区間:0.15-0.56、p = 0.0002)であった。
結論:漢方薬治療を併用すると、放射線療法の併用の有無にかかわらず、通常の化学療法を受けた乳がん患者のうっ血性心不全の発生率が有意に減少した。
この研究は、いわゆる台湾医療ビッグデータを解析したものです。
台湾の医療制度は、「全民健康保険(National Health Insurance)」という台湾政府が管理するシステムで、国民全員を加入対象とした完全な社会保険制度です。
健康保険証はICカードで、医療事務の電子システム化が進んでおり、オンライン請求率は2006年には99.98%に達しています。
このような状況で、台湾では国民全体の医療情報(年齢、性別、病名、治療内容など)がデータベース化されています。この「全民健康保険研究データベース(National health insurance research database; NHIRD)」を使った疫学研究が台湾から数多く発表されています。
がんの場合はNHIRDの中に「難治性疾患患者登録データベース(Registry for Catastrophic Illness Patients Database)」というデータベースもあります。
台湾の全民健康保険(National Health Insurance)では、がん患者は西洋医学の標準治療だけでなく、中医学治療(漢方治療)も保険給付され、それらの保険請求の情報がデータベース化されています。したがって、漢方治療を受けたがん患者と漢方治療を受けなかったがん患者で、生存率や生存期間の比較も可能になっています。使用された漢方薬の内容も解析できます。
台湾におけるがん治療における中医薬治療の実態に関して多くの報告があります。これらの研究で、漢方治療を受けたがん患者は漢方治療を受けなかったがん患者より副作用が少なく、生存率が高いことが報告されています(608話、609話、610話参照)。
ハザード比(Hazard ratio)というのは追跡期間を考慮したリスクの比です。この論文のリスクはうっ血性心不全の発症率です。
この報告において、漢方薬非使用群に対する漢方薬使用群のうっ血性心不全の発症率のハザード比が0.68というのは、追跡期間中に漢方薬を服用したがん患者は漢方薬を服用しなかったがん患者に比べてうっ血性心不全の発症率が32%減少したという意味になります。
95%信頼区間とは,仮に同様な試験を100回した場合に95回はこの値の幅の中に入るという意味です。95%信頼区間が0.62-0.76というのは、同様な試験を100回行なえば、95回はハザード比が0.62〜0.76の間に入ることを意味します。
この研究では白花蛇舌草を服用した群のうっ血性心不全の発症リスクの調整ハザード比は0.29(95%信頼区間:0.15-0.56)という結果を報告しています。
白花蛇舌草(ビャッカジャゼツソウ)はがんの漢方治療で最も使用頻度の高い生薬の一つです。様々な抗がん作用があり、抗がん剤治療と併用して奏功率を高めたり、生存率を高める効果が多く報告されています。さらに、この論文では、白花蛇舌草を用いた漢方薬は、抗がん剤による心筋障害の軽減にも効果が期待できることを明らかにしています。
乳がんだけでなく、多くのがんの抗がん治療において白花蛇舌草を多く用いた漢方治療を積極的に行う根拠になると思います。(白花蛇舌草については612話、206話参照)
ラットを使った実験で以下のような報告があります。
Protective effect of Sheng-Mai Yin, a traditional Chinese preparation, against doxorubicin-induced cardiac toxicity in rats(ラットにおけるドキソルビシン誘発性の心臓毒性に対する中国伝統処方の生脈飲の保護作用)BMC Complement Altern Med. 2016; 16: 61.
伝統的な中医学理論に基づく現代の漢方処方である生脈飲(Sheng-Mai Yin)は、東アジアにおいて循環器疾患の治療に使用されてきました。この研究では、生体内(in vivo)でのドキソルビシン誘発心臓毒性に対する生脈飲の心臓保護を検討しています。
ラットに2週間にわたって6回の注射でドキソルビシン(2.5mg /kg)を注射し、生脈飲は1日に8.35、16.7および33.4 g / kg、または16.7 g / kgを1日2回の用量で、ドキソルビシンの投与の同じ時期に2週間にわたって胃内投与しています。
生脈飲の効果を評価するために、心臓重量、左心室質重量、心機能、心臓組織の病理、線維化の指標のプロコラーゲンタイプIとプロコラーゲンタイプIII、トランスフォーミング増殖因子-β1(TGF-β1)、B型ナトリウム利尿ペプチド(BNP)、単球走化性タンパク質、インターフェロンガンマ、インターロイキン6、TGF−β1、トール様受容体−2などの発現レベルを測定しました。
その結果、生脈飲の投与は、ドキソルビシン投与で増加するB型ナトリウム利尿ペプチド(BNP)を減少するなど心筋障害を軽減し、心臓の線維化を抑制し、心臓機能を維持する効果が認められました。
つまり、生脈飲(ショウミャクイン)は、ドキソルビシンによって誘発される心筋の傷害と線維化を抑制し、心機能を保護する作用があるという結果です。
生脈飲(あるいは生脈散)は人参・麦門冬・五味子の3種類から構成される漢方薬です。煎じ液にした場合が生脈飲(ショウミャクイン)、粉末にした場合が生脈散(ショウミャクサン)と呼ばれます。
滋潤作用のある補気薬(人参)と滋陰薬(麦門冬・五味子)を組合わせて、体液不足と体力低下があるときに使用する気陰双補の基本方剤です。
構成生薬の3薬すべてが強心・中枢の興奮に働き、脱水を防止するとともに、元気をつけ抵抗力を強める効果があります。様々な病態における気陰両虚の基本として使用され、あるいは多くの漢方薬に配合されています。がんの漢方治療でも、体力や心機能低下があるときには人参・麦門冬・五味子をよく配合します。
【ドキソルビシンの心臓毒性を軽減するサプリメントと生薬】
ドキソルビシン(アドリアマイシン)の心臓毒性を緩和するサプリメントとしてコエンザイムQ10(CoQ10)が知られています。
CoQ10は抗酸化作用があり、昔は心不全の治療薬として用いられており、ドキソルビシンの心臓障害から保護する作用が報告されています。
ヨーロッパで使用されているハーブのミルクシスルもドキソルビシンの心臓毒性を緩和する効果が報告されています。
魚油に含まれるドコサヘキサンエン酸(DHA)やエイコサペンタエン酸(EPA)が抗がん剤による心臓毒性を軽減する効果が報告されています。以下のような報告があります。
Protective Effects of ω-3 PUFA in Anthracycline-Induced Cardiotoxicity: A Critical Review.(アントラサイクリン誘発性心毒性におけるω-3系多価不飽和脂肪酸の保護効果:批評的総説)Int J Mol Sci.2017 Dec 12;18(12). pii: E2689. doi: 10.3390/ijms18122689.
ω-3系多価不飽和脂肪酸ががんや心血管疾患など多くの病気の予防や治療に有効であることは多くの基礎研究および臨床試験で示されています。
さらに、抗がん剤治療による心機能障害やうっ血性心不全などの心血管系の副作用をω-3 多価不飽和脂肪酸が予防する作用が報告されています。つまり、抗がん剤治療中に食事やサプリメントでDHAやEPAのようなω-3系多価不飽和脂肪酸を摂取することは、心臓毒性やうっ血性心不全の発症予防に役立つ可能性が示唆されています。
生薬の中にも、抗酸化作用や細胞保護作用によって、抗がん剤による臓器ダメージから保護する効果をもったものが報告されています。
ドキソルビシンの心臓毒性に対する生薬の保護作用を、マウスやラットを使った動物実験で検討した研究がいくつか報告されています。
このような動物実験で、田七人参(でんしちにんじん)、当帰(とうき)、枸杞子(くこし)、甘草(かんぞう)が、動物実験などでドキソルビシンの心臓障害を緩和する効果があることが報告されています。
1)田七人参(でんしちにんじん):田七人参(三七人参とも呼ばれる)はウコギ科のサンシチニンジン(Panax notoginseng)の根で、高麗人参の仲間です。
田七人参には、血管や心臓や肝臓に対する効果があります。
肝細胞の保護作用と、障害を受けた肝細胞の再生を促進する効果があるので、肝機能障害に使用されます。
また、止血作用があるので、喀血、吐血、血便など出血がある場合に使用されます。
伝統的かつ経験的に、田七人参が心臓機能を良くし、心筋のダメージに対して保護作用を示すことは良く知られています。心筋梗塞や狭心症の治療に田七人参が利用されています。
さらに、抗がん剤による心臓障害に対して田七人参サポニンが保護作用を示す動物実験の研究結果が報告されています。(Planta Med. 74:203-209, 2008)
この研究では、ドキソルビシンの抗がん作用を低下させず、ドキソルビシンによる心臓毒性に対して田七人参サポニンは心臓保護作用を示すことが報告されています。(論文の詳細は第67話で紹介しています)
2)当帰(とうき)
:当帰はセリ科のトウキ又はその他近縁植物の根です。
血管拡張と血行促進により身体を温める効果があり、冷えを改善します。補血作用があり、体力の衰えや貧血や皮膚の乾燥を軽減する効果があります。婦人科領域の主薬であり、貧血、冷え症、生理痛、月経不順などの治療に用いられます。
さらに、心臓疾患や脳血管疾患の治療にも使用されています。マウスを使った実験でドキソルビシンの心臓障害を緩和する効果が報告されています。以下のような報告があります。
Angelica sinensis: a novel adjunct to prevent doxorubicin-induced chronic cardiotoxicity.(当帰:ドキソルビシンによる慢性心臓毒性を予防する新しい補助療法)Basic Clin Pharmacol Toxicol. 101:421-426, 2007
この論文では、当帰(Angelica sinensis)は中国医学で心臓血管疾患や脳血管疾患の治療に広く用いられているので、ドキソルビシンで誘発される慢性的な心筋毒性に対する当帰の効果を検討したと記述しています。
マウスに当帰の熱水抽出エキス(15g/kg)を4週間毎日経口投与しています。その後にドキソルビシンは15mg/kgの静脈内投与を週に1回投与しています。
心筋毒性は、心電図、心筋細胞中の抗酸化活性、クレアチンキナーゼとAST(アスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ)、心筋の組織変化で評価しています。
ドキソルビシンの累積投与量が60mg/kgになると、死亡、心電図におけるQT延長や心拍数減少、心筋細胞の抗酸化活性の低下、血清AST値の上昇が生じます。
ドキソルビシンを投与する前に当帰エキスを4週間前投与しておくと、死亡率を有意に減少さえ、心臓機能を良くし、血清中のASTを低下させ、心筋細胞の抗酸化活性を正常化し、不整脈を減らし、心臓の伝道系異常を正常化することを示しています。
しかし、当帰エキスの投与はドキソルビシンの抗腫瘍活性を妨げませんでした。
以上の結果から、当帰エキスはドキソルビシンによる心筋細胞の酸化傷害に対して心筋細胞保護作用を示し、ドキソルビシンによる抗がん剤治療の副作用軽減のために新規の治療法になると言っています。
3)枸杞子(くこし):ナス科のクコの果実で、疲労回復や老化防止の効果があり、民間薬として昔から不老長寿の薬として利用されています。 欧米でも、クコの実は、非常に強い抗酸化作用と抗老化作用をもつ食品として人気があります。
Protective effect of Lycium barbarum on doxorubicin-induced cardiotoxicity.(ドキソルビシンの心臓毒性に対するクコの保護効果)Phytother Res. 21:1020-1024, 2007
この論文では、ラットを用いてドキソルビシンを5mg/kg静脈内注射で週1回、3週間投与する実験で、38%のラットが死にましたが、クコシを25mg/kg毎日摂取させることによって致死率は13%に低下し、心臓機能のダメージも顕著に低下しました。ドキソルビシンの抗腫瘍効果を妨げる作用は認められませんでした。
4)甘草(かんぞう):甘草の心臓保護作用が報告されています。
Cardioprotective effects of Glycyrrhiza uralensis extract against doxorubicin-induced toxicity.(ドキソルビシン誘導性毒性に対する甘草エキスの心筋保護作用)Int J Toxicol.2011 Mar;30(2):181-9.
この報告では、マウスにドキソルビシン(20mg/kg)を1回腹腔内投与して心筋傷害を誘導しています。ドキソルビシンを投与すると心筋細胞の逸脱酵素の乳酸脱水素酵素(LDH)やクレアチン・キナーゼのアイソザイム(CK-MB)の血中の値が上昇します。
この実験で、甘草エキス(100mg/kg)を8日間、経口で投与するとLDHとCK-MBの上昇が顕著に抑制されました。
つまり、甘草の抽出エキスがドキソルビシンによる心筋傷害を阻止したという結果です。
甘草エキスの投与によってドキソルビシンの抗腫瘍活性は妨げられませんでした。その機序として、心筋細胞のグルタチオン・ペルオキシダーゼの活性とグルタチオンの量が増加していたという結果を報告しています。この論文の結論は、ドキソルビシンの心臓毒性の軽減に甘草の投与が有効であるとしています。
甘草(かんぞう)はウラル地方、シベリア、モンゴル、中国北部に分布するマメ科の多年草のウラルカンゾウ(Glycyrrhiza uralensis)や同属植物の根および根茎を用います。
甘草は漢方薬の中で最も多く配合され、他の薬物の効能を高めたり、毒性を緩和する作用があります。「百薬の毒を解す」と言われ、他の生薬の刺激性や毒性を緩和する目的でも配合されます。
甘草の主な薬効成分であるグリチルリチンは砂糖の30から50倍の甘味があり、漢方薬の苦味を軽減する効果もあります。グルチルリチンにはステロイド様作用、抗炎症作用、抗潰瘍作用、鎮咳作用などがあります。
肝機能を改善する作用もあり、強力ネオミノファーゲンCやグリチロンなどのグリチルリチン製剤もあります。
甘草を多量に服用すると浮腫、高血圧、低カリウム血症などの偽アルドステロン症やミオパチーの副作用が出ます。そのため、1日量は1〜3グラム程度を使用します。
生の甘草は抗炎症作用や解毒作用が強く、炒めて炙甘草にすると補気作用が強くなります。したがって、煎じ薬の場合は、炎症や化膿症には生甘草を用い、体力低下や胃腸機能の低下には炙甘草を用いるという使い分けをしています。
以上の研究は動物実験ですので、人間の場合には、どの程度の効果があるかは、まだ不明です。
しかし、抗酸化作用や細胞保護作用があり、心臓疾患に経験的に使用されてきた生薬が、動物実験でドキソルビシンの心臓傷害を緩和し死亡率を低下させているので、人間でも効果が期待できます。
ドキソルビシンだけでなく、心筋障害を引き起こしやすいシクロフォスファミド、5-フルオロウラシル、パクリタキセル、ハーセプチンなどの抗がん剤治療に田七人参、当帰、枸杞子、甘草を含む漢方薬を併用することは有用性があると思います。さらに、前述の白花蛇舌草、生脈飲に含まれる人参・麦門冬・五味子の配合も効果を高めます。
【2−デオキシ-D-グルコースの心筋保護作用】
がん細胞は正常細胞に比べてグルコース(ブドウ糖)の取込みが多く、ATP産生や細胞分裂するための物質合成に大量のグルコースを必要としています。したがって、グルコースの取込みや利用を妨げれば、ATP産生や物質合成が低下し、抗がん剤や放射線治療の効き目が高くなります。
2-デオキシ-D-グルコース(2-DG)はグルコース(ブドウ糖)の2位のOHをHに変換したグルコース類縁体です(下図)。
がん細胞はグルコーストランスポーターを多く発現しているので、2−デオキシ-D-グルコース(2-DG)も多く取り込みます。取込まれても解糖系で代謝されないので、2-DGを多く取り込んだがん細胞はグルコース代謝の阻害作用が著明に現れます。
培養細胞を使った実験や動物にがん細胞を移植した動物実験で、2-DGを投与すると抗がん剤や放射線治療の治療効果が高まることが多くの実験系で確認されています。
さらに動物実験で、2-DGが脳や心臓に対する抗がん剤や放射線のダメージを軽減する作用が認められています。その作用機序についてはまだ十分に解明されていませんが、AMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)の活性化やオートファジーの阻害など複数のメカニズムが示唆されています。以下のような論文があります。
Caloric restriction mimetic 2-deoxyglucose antagonizes doxorubicin-induced cardiomyocyte death by multiple mechanisms.(カロリー制限と同様の作用がある2-デオキシグルコースはドキソルビシンによる心筋細胞死を複数のメカニズムで阻止する)J Biol Chem. 2011 Jun 24;286(25):21993-2006.
【要旨】
食事からのカロリー摂取を減らすカロリー制限が心血管系の健康状態を良くすることが知られている。グルコース類縁物質の2-デオキシ-D-グルコースはカロリー制限と同様の作用を示すことが複数の動物実験で報告されている。しかしながら、2-DGが心機能に有益な作用を示すかどうかはまだ不明である。
この研究では、抗がん剤で副作用として心筋障害を引き起こすドキソルビシンの投与で引き起こされる心筋細胞死に対して2-DGが抑制作用を示すかどうかを検討した。
新生児ラットの心筋細胞を0.5mMの2-DGで処理すると、ドキソルビシンで誘導される心筋細胞のダメージや細胞死を顕著に抑制した。
2-DGは細胞内ATP量を17.9%低下させたが、ドキソルビシンによって引き起こされる著明なATP枯渇は阻止し、これが2-DGによる心筋細胞死の抑制に寄与していると考えられた。
さらに、2-DGはAMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)の活性を高めた。
AMPKシグナルの阻害剤(compound Cまたは干渉RNA)を投与すると、2-DGの心筋細胞保護作用は阻止された。
逆に、薬や遺伝子的方法でAMPK活性を増強すると、ドキソルビシンの心筋細胞障害は抑制された。2-DGとAMPK活性化剤を併用すると相加効果は認めなかった(注:両方とも同じ機序でドキソルビシンによる心筋障害を抑制するので、併用しても相加や相乗効果は得られないということ)
さらに2-DGはオートファジー(自食作用)を誘導するが、このオートファジーは細胞内タンパク質の分解であり、その活性化は細胞の状況によって良い場合(細胞障害から保護する)と悪い場合(細胞障害を悪化する)がある。
2-DGはオートファジーを活性化するが、ドキソルビシンによって引き起こされる細胞障害性のオートファジーは阻止した。
以上のことから、カロリー制限と同様な作用を示す2-DGはドキソルビシンで誘導される心筋細胞のダメージや細胞死を阻止することが明らかになり、その作用機序としては、ATP量の維持、AMPKの活性化、ドキソルビシンによって誘導されるオートファジーの阻害など複数のメカニズムが関与していることが示唆された。
このように、2-DGはがん細胞の抗がん剤感受性や放射線感受性を高め、正常細胞に対しては抗がん剤や放射線のダメージから守る作用があります。2-DGを抗がん剤治療や放射線治療と併用する根拠と有用性は高いと言えます。
【CB1阻害はドキソルビシンによる心臓毒性を軽減する】
カンナビノイド受容体CB1はドキソルビシンの心臓毒性を亢進し、CB1の阻害はドキソルビシンの心臓毒性を軽減することが報告されています。以下のような報告があります。
Pharmacological Inhibition of CB1 Cannabinoid Receptor Protects Against Doxorubicin-Induced Cardiotoxicity.(カンナビノイド受容体CB1の薬理学的阻害はドキソルビシンによって誘導される心臓毒性を軽減する)J Am Coll Cardiol. 2007 August 7; 50(6): 528–536.
【要旨】
研究の目的;ドキソルビシンによって引き起こされる心臓毒性のin vivo(動物を使った生体内での実験)およびin vitro(細胞培養の系での実験)を用いて、カンナビノイド受容体1(CB1)の阻害剤の効果を検討した。
研究の背景:ドキソルビシンは非常に有効性の高い抗がん剤の一つであるが、強い心臓毒性の副作用があるため、臨床での使用には制限がある。様々な生理的および病的な状況において、内因性カンナビノイドはCB1受容体を介して心臓機能を低下させる作用があり、このような作用はCB1アンタゴニスト(拮抗薬)によって阻止できる。
方法:心臓左室機能、アポトーシスの指標、CB1/CB2受容体の発現量、内因性カンナビノイド濃度などを種々の方法で解析した。
結果:マウスを用い、体重1kg当たり20mgのドキソルビシンを腹腔内に1回投与してから5日後の検査で、左心室収縮期圧や左室駆出分画(ejection fraction)や心伯出量など様々な心機能の指標は顕著に低下した。内因性カンナビノイドのアナンダミドの心筋内濃度はコントロール群に比較して上昇を認めた。しかし、カンナビノイド受容体CB1とCB2の発現量には変化は認めなかった。
CB1のアンタゴニスト(受容体に結合してその働きを阻害する薬:拮抗薬)であるrimonobantやAM281を投与すると、ドキソルビシンによって引き起こされる心筋細胞のアポトーシスが阻止され、心機能低下が顕著に改善した。
培養心筋細胞株H9c2細胞を用いたin vitroの実験で、ドキソルビシンは培養心筋細胞の生存率を低下させ、アポトーシスを引き起こしたが、心筋細胞をCB1の拮抗薬で前処理すると、心筋細胞のアポトーシスは阻止された。
この阻害作用は、CB1とCB2のアゴニスト(受容体に働いて機能を示す作動薬)やCB2のアンタゴニスト(拮抗薬)では認められなかった。
結論:以上の結果は、ドキソルビシンによって引き起こされる心臓毒性に対して、カンナビノイド受容体CB1の拮抗薬や阻害剤が有効な治療薬となる可能性を示唆している。
CB1受容体の働きを阻害することはドキソルビシンの心臓毒性を軽減できるという報告です。
カンナビジオールにはCB1受容体の阻害作用があります。その他の機序でもカンナビジオールには心筋保護作用が知られています。以下のような報告もあります。
Cannabidiol Protects against Doxorubicin-Induced Cardiomyopathy by Modulating Mitochondrial Function and Biogenesis(カンナビジオールはミトコンドリアの機能と新生を制御することによってドキソルビシン誘発性心筋障害を防ぐ)Mol Med. 2015; 21(1): 38–45.
【要旨】
ドキソルビシンは広く使用されている抗腫瘍活性の高い抗がん剤であるが、その用量依存的な心臓毒性によって臨床使用に限界がある。
ドキソルビシンの心臓毒性には活性酸素や一酸化窒素による酸化ストレスの亢進や、心筋細胞や血管内皮細胞のミトコンドリア機能の障害や細胞死が関与している。
カンナビジオールは大麻に含まれる精神活性を持たない成分であり、有害作用は少なく、抗酸化作用や抗炎症作用を有し、さらに最近は抗腫瘍活性も報告されている。
ドキソルビシン誘発性の心筋障害のマウスの実験モデルを用いて、カンナビジオールの効果を検討した。
ドキソルビシン誘発性心筋障害は心筋細胞のダメージのレベル(血清中のクレアチニンキナーゼと乳酸脱水素酵素の値)、活性酸素や一酸化窒素による細胞傷害のレベル(細胞内のグルタチオン量、グルタチオンペルオキシダーゼ1活性、脂質過酸化、3-ニトロチロシン形成、誘導性一酸化窒素合成酵素mRNAレベル)、心筋細胞死(アポトーシス、ポリADPリボースポリメラーゼ1依存性)、心筋機能(心拍出機能と左室内径短縮率)で評価した。
ドキソルビシンはミトコンドリア新生を抑制し、ミトコンドリア機能を低下させ(呼吸酵素複合体IとIIの活性低下)、心筋細胞における脱共役たんぱく2と3(uncoupling protein 2 and 3)とmedium-chain acyl-CoA dehydrogenase mRNAの発現を低下させた。
カンナビジオールの投与は、これらのドキソルビシン誘発性の心筋機能の障害を改善し、活性酸素や一酸化窒素による細胞ストレスと細胞死を軽減した。
カンナビジオールは障害されたミトコンドリア機能をミトコンドリア新生を改善した。
これらの実験結果は、ドキソルビシンによる心筋障害に対する新たな治療法をしてカンナビジオールの有用性を示唆しており、ミトコンドリアの機能や新生に対するカンナビジオールの作用は、他の多くの組織障害の実験モデルでのカンナビジオールの作用機序を説明できるかもしれない。
CB1活性をアロステリック機序で抑制するカンナビジオールは、抗がん剤による心臓や肝臓のダメージによる副作用に対して抑制効果を発揮する可能性があります。
抗がん剤の副作用予防のサプリメントとしてカンナビジオール・オイルの有用性を示す報告は多くあります。
図:抗がん剤のドキソルビシンは心筋にダメージを与える。カンナビノイド受容体CB1はミトコンドリアの新生や機能を低下させることによってドキソルビシンによる心筋傷害を増悪させる。CB1は大麻成分のΔ9-テトラヒドロカンナビノールによって活性化される。カンナビジオールはCB1受容体をアロステリック機序で阻害する。したがって、カンナビジオールはCB1の活性を低下させ、ミトコンドリア新生を亢進し、ミトコンドリア機能を高めて、ドキソルビシン心筋傷害を軽減する。
以上から、心臓毒性のある抗がん剤治療中に、漢方薬、コエンザイムQ10、ミルクシスル、魚油に含まれるドコサヘキサエン酸(DHA)やエイコサペンタエン酸(EPA)、カンナビジオール、2-デオキシ-D-グルコース(2-DG)などを併用すると、抗がん剤による心臓毒性を軽減する効果が期待できます。抗がん剤治療による心機能低下やうっ血性心不全の発生を予防することは極めて重要です。
さらに、これらは、他の臓器機能の障害を軽減し、抗がん作用を増強する効果もあるので、がん治療の補完療法として併用する根拠があると言えます。
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