がんの予防や治療における漢方治療の存在意義を考察しています。がん治療に役立つ情報も紹介しています。
「漢方がん治療」を考える
180)水素の抗がん剤副作用軽減作用
図:細胞の酸素呼吸によって体内で絶えず発生しているスーパーオキシドと過酸化水素は、鉄イオンや銅イオンと反応してヒドロキシラジカルを発生する。ヒドロキシラジカルは強力な酸化作用を持ち、細胞や組織を酸化して障害を起こす。水素分子は、ヒドロキシラジカルを選択的に消去し、ヒドロキシラジカルによる酸化障害によって発生する様々な疾患の治療法として理想的な特徴を持っている。
180)水素の抗がん剤副作用軽減作用
酸化ストレスの増大ががんの再発や悪性進展を促進することは第174話で解説しています。
抗がん剤や放射線治療は酸化ストレスを増大させ、酸化ストレスの軽減は副作用の緩和に役立ちます。酸化ストレスを軽減する方法として、食事やサプリメントや漢方薬についても第174話で解説しています。
今回は漢方薬とは関係ありませんが、『水素分子(H2)』が抗がん剤治療の効果を弱めずに、酸化ストレスを軽減して副作用を緩和する効果があることを紹介します。
【ヒドロキシラジカルを消去する水素分子(H2)】
水素(原子番号1、元素記号H)は、物質を構成する元素としては宇宙で最も量が多いのですが、地球の大気中には1ppm以下の微量しか存在しません。水素分子(H2)は最も軽く、常温では無色無臭の気体で、非常に燃えやすい特徴を持っています。水素は大気中で5%以上になると空気中の酸素と反応して爆発します。酸素と激しく反応するということは、酸化性物質と非常に高い反応性(抗酸化作用)を持つことを意味します。_
水素は私たちの体内でも発生しています。すなわち、食品中の非消化性食物繊維を大腸内の腸内細菌が発酵する過程で水素が発生しています。また、水素含有ガスの吸入は潜函病の治療に使用され、人体に極めて安全性が高いことも証明されています。(潜函病はダイバーなどの高気圧環境下にいた人が水面に上がることによって急激な減圧により生体内に生じた窒素気泡によって起こる病気です)
太田成男・日本医大教授(細胞生物学)らは2007年に、水素含有ガスが、体に最も有害な活性酸素であるヒドロキシラジカルを効率よく除去し、脳虚血後の障害を軽減できることを報告しました(Nature Medicine 13: 688-94, 2007)。すなわち、脳の血液の流れを一時的に止め、活性酸素を大量に発生させたラット(虚血再灌流モデル)に1~4%の水素を含んだガスを吸わせると、脳のダメージが軽減することを明らかにしました。_
この研究では、水素は活性酸素のうち細胞障害作用の最も強い活性酸素のヒドロキシラジカルのみを消去し、細胞機能にも関与しているスーパーオキシドや過酸化水素は消去しないことを示しています。また、水素は生体膜を拡散し種々の細胞内小器官に浸透しうる(血液脳関門も容易に通過する)ので、活性酸素による酸化障害の治療法として理想的な特徴を持っています。(図)
パーキンソン病モデルラットを用いた実験でパーキンソン病の発症や進行の抑制効果や、臓器移植後の臓器障害の軽減など、酸化ストレスが関係する病態の治療剤としての有効性が報告されています。_マウスを使った実験で、水素ガスの吸入や水素含有水の飲用によって、抗がん剤のシスプラチンの抗がん作用は弱めずに副作用の腎臓障害や体重減少を軽減できることが報告されています。
【水素はシスプラチンの腎臓毒性を緩和する】
シスプラチンは多くのがんに効果がある抗がん剤ですが、腎臓毒性が用量制限毒性(dose-limiting toxicity)となっており、腎臓障害が発生すると十分な量を投与できなくなります。
シスプラチンは腎臓細胞のミトコンドリアのダメージが引き起こして活性酸素のヒドロキシラジカルの産生量を増やし、このヒドロキシラジカルによって腎臓細胞が酸化障害を受けることが腎毒性の主な原因になっています。
一方、シスプラチンは細胞における還元型グルタチオンの産生量を減少させるので、細胞の抗酸化力が低下し、腎臓が酸化障害によるダメージを受けやすくなります。このように、ヒドロキシラジカルを主体とする活性酸素による酸化ストレスの増大が、シスプラチンの副作用の原因になっています。
そして、ヒドロキシラジカルのスカベンジャー(消去物質)は、シスプラチンの腎臓障害を軽減できることが動物実験で示されています。
水素分子はヒドロキシラジカルを強力に消去する活性を持っています。水素分子の投与が、シスプラチンの抗腫瘍効果を弱めることなく、その腎毒性を軽減することがマウスを使った実験で報告されています。
Molecular hydrogen alleviates nephrotoxicity induced by an anti-cancer drug cisplatin without compromising anti-tumor activity in mice.(水素分子は抗腫瘍効果を弱めることなく、抗がん剤シスプラチンによる腎臓毒性を軽減する)Cancer Chemother Pharmacol. 64(4):753-61. 2009 |
【要旨】 目的:シスプラチンは多くのがんの治療に広く使用されている抗がん剤であるが、シスプラチンの投与は酸化ストレス増大による腎臓毒性によって制限されることが多い。私たちの研究グループは水素分子(H2)が抗酸化剤として有効であることを報告してきた。(Ohsawa et al. in Nat Med 13:688-694, 2007).この研究では、酸化ストレスを軽減する効果によって、水素分子がシスプラチンの抗腫瘍効果を阻害することなく、副作用を軽減することを明らかにした。 方法:マウスにシスプラチン(腹腔内に17mg/kg)を投与した後、水素を1%含有する空気の充満したケージで飼育した。また、水素含有ガスの吸入の代わりに、水素水(0.8mMのH2を含む水)を自由に飲用させた。有効性は、酸化ストレス、死亡率、体重減少について評価して対象グループと比較検討した。腎臓障害の程度は、腎臓の病理学的所見、血清クレアチニンと尿素窒素(BUN)の測定によって評価した。 結果: 1)水素の吸入は、シスプラチンによって引き起こされる死亡と体重減少を改善し、腎臓障害を軽減した。 シスプラチンを17mg/kg1回投与したコントロール群のマウスは、シスプラチン投与2日目から死亡し始め、6日目の生存率は60%であった。一方、1%水素含有空気の充満したケージで飼育したグループでは、5日目まで生存率は100%で、9日目の生存率は80%であった。 シスプラチン投与3日後の体重減少は、コントロール群が9.7%で、水素吸入群が3.5%であった。 シスプラチン投与72時間後には、血清クレアチニンと尿素窒素は約2~4倍に上昇した。シスプラチン投与72時間後の血清クレアチニン値の平均値は、コントロール群が9.6mg/Lに対して1%水素吸入群は5.7mg/L、尿素窒素(BUN)値の平均は、コントロール群が863mg/Lに対して水素吸入群は477mg/Lであり、1%水素含有空気の吸入によって腎臓障害の軽減を認めた。 2)水素分子は水に溶解し、0.8mMの飽和濃度に達した。水素水を飲用すると血中に移行する。 血中の水素濃度を測定するためには数mlの血液が必要なので、ラットを用いて、水素水の飲用で水素が血中に移行するかどうかを検討した。飽和濃度(0.8mM)の水素水をラット1匹(230g)当たり3.5mlを胃内にカテーテルで注入し、3分後に血中の水素濃度を測定した。血中の水素濃度は、食後投与で3.7倍、空腹時投与で7.6倍に上昇した。すなわち、水素水の飲用で、体内に水素分子を投与することができることが示された。 3)マウスにシスプラチン投与後、水素水を自由に飲用させると、酸化ストレス、死亡率、体重減少が改善した。 腎臓における酸化ストレスの評価として、脂質の過酸化によって生じるmalondialdehyde (MDA)の量を測定した。シスプラチン投与によって腎臓組織のMDAは約1.5倍に上昇したが、水素水を飲用した群では正常レベルに低下した。 水素水の飲用は、病理学的検査で腎臓細胞のアポトーシス(細胞死)の減少を認め、血清クレアチニンとBUNで評価した腎臓障害も軽減した。その効果は1%水素含有空気とほぼ同じレベルであった。 4)水素水はシスプラチンの副作用を顕著に軽減したが、シスプラチンの抗腫瘍効果は弱めないことを、培養細胞を使った実験(in vitro)と移植腫瘍マウスを使った実験(in vivo)で確認した。 結論:水素は、シスプラチンの副作用を軽減するので、抗がん剤治療中の患者のQOL(生活の質)を改善する効果が期待できる。 |
シスプラチンは白金製剤で、細胞分裂しているがん細胞のDNAにダメージを与えて抗がん作用を発揮します。この抗がん作用には水素分子は何ら影響を及ぼしません。
シスプラチンはSH(sulph-hydryl)基に親和性があるので、SH基を持っているグルタチオン(GSH)の枯渇を引き起こします。その結果、抗酸化力が低下し、活性酸素、とくにヒドロキシラジカルが蓄積して、腎臓障害を引き起こします。シスプラチンは主に腎臓から排泄されるため、腎臓に最もダメージを与えます。
DNAにダメージを与える抗がん剤は、通常は細胞分裂している細胞(骨髄細胞、腸粘膜細胞など)にダメージを与えて副作用を引き起こします。しかし、抗がん剤治療によって活性酸素の産生量が増えたり、抗酸化力が損なわれると、分裂をしていない細胞にも酸化障害によってダメージを与えます。
多くの抗酸化剤(ビタミンE、ビタミンC、セレン、カロテノイド、メラトニンなど)がシスプラチンの腎臓毒性を軽減する効果があることが動物実験で確かめられています。水素分子は、これらと比較して、より高い効果が期待できます。
その理由は、水素はヒドロキシラジカルのみを消去し、スーパーオキシドや過酸化水素には作用しないからです。ヒドロキシラジカルは細胞傷害を引き起こす有害な活性酸素ですが、スーパーオキシドや過酸化水素は、正常細胞の増殖やシグナル伝達や、生体の防御機構にも重要な役割を果たしています。したがって、水素は抗がん剤による酸化ストレスを軽減する理想的な抗酸化剤と言えます。
一般に抗がん剤の量を増やせば、抗がん作用は強まりますが、副作用も強くなります。しかし、抗がん作用と副作用とは完全に表裏一体ではありません。細胞分裂を行う骨髄細胞や粘膜細胞に対する毒性は抗がん作用と関連しますが、細胞分裂を行っていない組織に対する副作用(腎毒性や神経障害など)に対しては、抗がん作用を妨げずに副作用を軽減できます。
したがって、抗酸化作用をもったサプリメント(αリポ酸、セレン、CoQ10、メラトニンなど)や漢方薬に、水素ガス吸入の併用は、シスプラチンの抗がん作用を弱めずに、酸化障害による副作用軽減に効果が期待できます。
◎ 自宅でできる『水素ガス吸入療法』についてはこちらへ:
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