37)倦怠感を改善する漢方治療

図:がん患者に起こる倦怠感は様々な要因が関連しているので、その治療は多方面からのアプローチが必要である。西洋医学の一般的な治療に加えて、それぞれの原因に対応する漢方薬を利用することも有用である。

37)倦怠感を改善する漢方治療

【がん患者の倦怠感は多くの要因が関与】
 
倦怠感というのは、心身が非常に疲れて、「体がだるい」という疲れやすさや脱力感、「やる気が出ない」という精神的疲労感を自覚することです。がんの診断を受けた段階の患者さんの半数以上、抗がん剤や放射線治療を受けている人の80%以上が倦怠感を感じていると言われています。
 単なる肉体疲労による倦怠感は適度な休息だけで回復しますが、
がん患者で発生する倦怠感は栄養補給や休息だけでは解決せず慢性的に持続するのが特徴です。その理由は、がんの場合は、悪液質や感染症の存在、抗がん剤などの攻撃的治療による正常組織・臓器のダメージ、栄養素の不足、不安感などの精神的ストレス、貧血、不眠、抑うつ、自律神経失調など複数の要因が倦怠感の発症に関与しているからです。
 倦怠感が強いとQOL(生活の質)を低下させ、抗がん剤などのがん治療の継続も困難になります。痛みや吐き気を緩和する薬はたくさんありますが、倦怠感を緩和する治療はまだ十分ではありません。
 がん患者における倦怠感を軽減する治療法として、点滴や輸血、栄養素やカロリーの高い食事や栄養補助食品、不安感や不眠を緩和する薬、がん性悪液質の原因となっている腫瘍壊死因子アルファ(TNF-α)やプロスタグランジンの産生を抑える
副腎皮質ホルモンサリドマイドシクロオキシゲナーゼ阻害剤ω3不飽和脂肪酸(ドコサヘキサエン酸やエイコサペンタエン酸)などが用いられています。適度な運動が倦怠感の緩和に有効であることも報告されています。これらに加えて、滋養強壮作用を持つハーブや漢方薬の有用性も指摘されています。

【倦怠感に対する人参の効果】
 西洋薬には栄養素の補充による治療はあっても、滋養強壮効果をもった医薬品はありません。一方、漢方治療では、
滋養強壮作用をもった生薬がたくさん用意されています。漢方では生命エネルギーを「」という概念で認識し、気の量を増やす(補気作用という)漢方薬を臨床経験の中から見いだしてきました。がん患者における倦怠感の緩和に対しても、ハーブや漢方薬の利用が検討されるようになっています。 
 例えば今年の米国臨床腫瘍学会(ASCO)でも、メイヨークリニックのグループが、
アメリカ人参(panax quinquefolius)ががんに関連した倦怠感を改善することを、ランダム化臨床試験で認めたことを発表しています(Abstract No:9001)。
 この研究は、余命6ヶ月以上で倦怠感を1ヶ月間以上経験している282人のがん患者を対象に、各グループ69~72名の規模で8週間の投与を行った臨床試験です。その結果、プラセボ(偽薬)のグループでは倦怠感が緩和したのが10%であったのに対して、1日1000mgのアメリカ人参の摂取で25%、1日2000mgの摂取では27%の患者において倦怠感が緩和しました。また、治療に満足した人はプラセブ群が13%であったのに対して、1日2000mgのアメリカ人参を摂取したグプープでは34%でした。副作用はプラセボとアメリカ人参の間に差はありませんでした。
 この研究は米国でサプリメントとして利用されているアメリカ人参での検討ですが、日本では
高麗人参紅参田七人参が漢方薬やサプリメントとして利用されています。これらはGinseng(ジンセン)類と総称されて、滋養強壮作用が古くから知られています。漢方では人参は補気薬の代表で、種々のストレスに対する体の抵抗力を高め、各種のがんによって引き起こされる食欲不振や体力減退や全身倦怠感、がん治療後の身体衰弱や生体防御能の低下の改善に効果があることが多く報告されています。
 
【倦怠感を緩和する漢方薬】
 倦怠感や疲れやすさは漢方では気虚ととらえ、人参黄耆などの補気薬を含む漢方薬が使用されます。その代表が補中益気湯という漢方薬で、体力や免疫力の増強を介して食欲不振や全身倦怠感を改善する効果が指摘されています。消化器腫瘍を対象として、化学療法による食欲不振や全身倦怠感などの症状に対する補中益気湯の有効性を検討する臨床試験が行われ、80%以上の患者において食欲不振や全身倦怠感の改善が認められています。
 抗がん剤治療などで骨髄がダメージを受けて貧血や栄養状態の低下(
血虚)があるときには、十全大補湯人参養栄湯のような気虚と血虚を補う気血双補剤が使用されます。
 マウスの実験において、十全大補湯混合飼料を摂取させることによって、悪液質誘起作用のあるTNFによる体重減少を阻止し、TNF負荷によって誘導されるナチュラルキラー細胞活性の低下を軽減することが報告されています。
 しかし、このような
補剤だけでは、がん患者の倦怠感の治療には不十分な場合もあります感染症や炎症や悪液質の存在、血液循環や新陳代謝の低下、肝臓や腎臓などの諸臓器の働きの低下などが複雑に関与しているからです
 微熱があって感染症や炎症があるときには、
柴胡黄ゴンなどの抗炎症作用(漢方では清熱解毒作用という)のある生薬を考慮し、新陳代謝が極度に低下して冷えが強いときには附子乾姜のような補陽薬を使用します。
 抗炎症作用のある生薬には、炎症反応を抑えたりがん細胞の増殖を抑制することによって悪液質を改善する効果が報告されています。血液循環や新陳代謝や解毒機能を良くする漢方薬も悪液質の改善に有効です。
がん性悪液質が強い時には、補気薬や補血薬だけでなく、清熱解毒薬や駆お血薬を組み合わせることが効果を高めるポイントになります
 また、不安やうつ状態など精神的要因がからんでいるときには、
加味逍遙散香蘇散半夏厚朴湯など理気作用(気の巡りを良くする作用)をもった気剤が倦怠感の改善に有効な場合があります。



全身倦怠感の原因


西洋医学的治療


漢方的治療法
栄養素の消耗・不足 ビタミンなどの栄養補助食品 健脾薬・補気薬
摂取カロリー不足 食事療法、点滴 健脾薬・補気薬・補血薬
貧血 鉄剤、輸血 補血薬
組織・臓器のダメージ 肝保護剤 補血薬・駆お血薬・利水薬
炎症・悪液質の存在 抗炎症剤、副腎皮質ホルモン、サリドマイド、など 清熱解毒薬・駆お血薬
精神的ストレス(不安など) 抗不安薬、精神安定剤 利気薬
不眠 睡眠薬 補気薬・補? 薬・利気薬

【目に見えない副作用に対処する漢方治療】
 倦怠感は本人にとっては非常に辛い症状ですが、自分以外の人には理解してもらいにくい症状で、主治医にも十分に症状を伝えにくいため、その治療に関しては軽視されています。痛みや吐き気や白血球減少などに対する治療法(支持療法)は発展してきました。しかし、このような支持療法を使用して、目にみえる副作用だけを対処していても、いつのまにか消化管機能の低下や失調が発生し、食事が取れなくなり、抵抗力がなくなってしまうということはよく経験されます。
体の抵抗力や治癒力や生命力といった目に見えない要素に適切に対処できないのは西洋医学の本質的な欠陥といえます。
 
漢方治療が抗がん剤治療や放射線治療の補完医療として意味があるのは、倦怠感のような数値で表現しにくい自覚症状に対処する治療法を持っているからです。

(がん性悪液質の補完・代替医療についてはこちらへ


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