がんの予防や治療における漢方治療の存在意義を考察しています。がん治療に役立つ情報も紹介しています。
「漢方がん治療」を考える
38)外科手術と漢方治療
図:手術後にみられる生体機能の異常を漢方的な病態認識で把握し、それぞれの異常を是正するような漢方薬を用いて治療することによって、手術後の回復を促進し合併症を防ぐことができる。
38)外科手術と漢方治療
【外科手術と気血水との関係】
外科手術に伴う生体機能の異常に対処するとき、気血水や虚実や寒熱など漢方的な病態認識法を利用すると、西洋医学では対処しにくい症状に対しても治療が可能です(図)。
術前・術後の倦怠感や精神不安は気の異常によると考えられます。気虚(ききょ)(気が不足して元気が出ない状態)には、高麗人参(こうらいにんじん)などの補気薬を含む四君子湯(しくんしとう)や補中益気湯(ほちゅうえっきとう)などの適応となり、抑うつには気の巡りを良くする厚朴(こうぼく)・紫蘇葉(しそよう)の入った半夏厚朴湯(はんげこうぼくとう)がよく用いられます。
手術による出血によって術後は血虚(けっきょ)(貧血や栄養不良状態)の証が多くみられ、その場合は補血剤の四物湯(しもつとう)・十全大補湯(じゅうぜんだいほとう)・人参養栄湯(にんじんようえいとう)などが用いられます。
駆お血(くおけつ)剤を用いて組織の血液循環を改善すると、ダメージを受けた組織の修復を促進する効果があります。体力がある状態(実証)には桃仁(とうにん)・牡丹皮(ぼたんぴ)の入った桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)のような薬方を用い、体力が不足している場合(虚証)には当帰(とうき)・川きゅう(せんきゅう)の入った当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)やきゅう帰膠艾湯(きゅうききょうがいとう)などが用いられます。
水の異常には体液の不足した陰虚(いんきょ)と、流れが停滞した水滞(すいたい)があります。水滞を改善する利水剤には、利尿作用や水分分布の異常を調節する作用があります。
メスを入れるということは、東洋医学でいう経絡(けいらく)という気の流れる道を断ってしまうことになり、気血水の流れを障害します。手術後の体力や抵抗力の回復の目的に補剤を用いるときには、気血水の循環を良くする駆お血(くおけつ)剤や理気(りき)剤や利水(りすい)剤を適切に併用することがポイントです。
【漢方薬は手術後の回復力を促進する】
手術後の漢方治療の要点は、手術により傷ついた正気(せいき)(=体に備わる治癒力・抵抗力)をできるだけ早く回復させ、がん再発を予防するための免疫力を増強することが目標になります。滋養強壮効果や血液・体液の循環を促進し新陳代謝を良くする効果を利用すれば、傷の修復を促進し、回復のための時間を短縮させ、合併症を軽減させることができます。
手術前の準備として体力や抵抗力を高め臓器機能を調節することは、手術の適応能力を高め、手術が順調に成功するポイントとなります。特に高麗人参(こうらいにんじん)と黄耆(おうぎ)は体力や抵抗力を高める重要な生薬であり、この両方を含む参耆剤(じんぎざい)(十全大補湯(じゅうぜんだいほとう)・人参養栄湯(にんじんようえいとう)・補中益気湯(ほちゅうえっきとう)など)は手術の適応能力を高める基本方剤といえます。
手術後の栄養管理法において水分や電解質の補正や栄養の補給は治療の基本ですが、さらに漢方薬を併用することによって組織の新陳代謝を賦活化し、体の中から体力を回復させる考え方も大切です。
【手術後の合併症を予防する漢方薬】
手術による組織破壊に対する修復反応や、それに伴う臓器や組織の負担や失調などが引き金となって、消化吸収機能が低下し食欲不振となり、それがさらに体力の低下を生むという悪循環を形成します。この悪循環を断ち切るために、組織の血液循環や新陳代謝を促進し、消化吸収機能を高めるように作られた漢方薬は有効です。
手術で抵抗力や免疫力が低下すると、健常人には感染しないような弱毒菌にも感染して重篤な状態に陥りやすくなります。これを日和見(ひよりみ)感染といいます。補剤は免疫力を高めることにより、感染症全般に対する抵抗力を高める効果があります。
術後の呼吸器感染症には、痰の排出を促進し生成を抑制する漢方薬が用いられます。例えば、清肺湯(せいはいとう)は体に潤いを持たせる性質の鎮咳・去痰薬(麦門冬(ばくもんどう)・天門冬(てんもんどう)・貝母(ばいも)・杏仁(きょうにん)など)が多く含まれているので、粘っこくて切れにくい痰を伴う頑固な咳に適した漢方薬で、肺がんの肺葉切除症例に用いて術後の喀痰障害(痰を出せない状態)を改善して無気肺(肺に空気が入らない状態)の発生防止に有効であると報告されています。
手術後に現われる胸やけ、げっぷ、腹鳴、腹満などの症状は水滞や気滞と関係していることが多く、茯苓飲(ぶくりょういん)や胃苓湯(いれいとう)などの利水と理気の作用をもった健胃薬が奏功する場合があります。
手術後のイレウス(腸閉塞)の予防や治療には大建中湯(だいけんちゅうとう)が有効です。大建中湯は山椒(さんしょう)・人参(にんじん)・乾姜(かんきょう)・膠飴(こうい)より構成されます。腸蠕動が過度に亢進している場合には腸管運動を抑制し、腸がマヒしている場合には蠕動を刺激するというように、腸管運動のバランスを良くすることによってイレウスを治します。腸を早く動かしてイレウスを予防する目的で大建中湯の予防的投与を行う試みもなされています
【手術前のハーブの使用には要注意】
前述のように漢方治療では、手術の適応能力を高め、術後全身状態の速やかな回復をはかる目的で、補剤を中心とした漢方薬の手術前からの摂取が勧められています。
しかし米国では、手術前のハーブ類の摂取の危険性を警告した論文が数多く発表されています。米国の麻酔医や外科医の間では、手術の2週間前からハーブ類の摂取を禁止するように患者を指導するのが一般的です。その理由は、ハーブ類は麻酔薬などの薬物の代謝速度に影響して麻酔薬の効き目を変化させる可能性があることと、血小板凝集阻害などの作用によって血液が固まりにくくなって出血のリスクを高めるからです。血小板凝集が阻害されると創傷治癒を遅延させる可能性もあります。
手術前の使用の中止が勧告されているハーブ類としては、ニンニク、ショウガ、イチョウ葉、高麗人参、麻黄、当帰、ウコン、エキサセア、セント・ジョーンズワート、フィーバーフュー、バレリアン、カバなど多数あります。
このようなリスクは実際に多く経験されているわけではないのですが、安全性が十分に確認されるまでは、可能性のあるリスクは避けた方が良いと考えに基づいています。高麗人参の場合は1日10グラム以上と大量に摂取すれば問題ですが、通常使用する1日3グラム程度なら問題はないという意見の方が多いと思います。ニンニクやショウガもサプリメントから過剰にとるのは避けた方が良いのですが、食事から普通に摂取する分には問題ありません。
漢方薬は適切に使用すれば手術のリスクを高めることはないのですが、手術前に漢方薬やハーブを使用する時は、漢方治療に詳しい医師に相談する方が良いかもしれません。
(文責:福田一典)
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