70)冷えは抗がん力を低下させる

図:がんの進行やがん治療によって体力の消耗(気虚)や貧血・栄養状態の悪化(血虚)が進行すると代謝の低下や体の冷え(陽虚)が起こる。体の冷えは、血液や体液の循環を悪化させ、さらに臓器・組織の活動や新陳代謝を低下させる。この悪循環を断ち切るには、駆お血薬や利水薬や補陽薬などを適切に組み合わせることが必要。

70)冷えは抗がん力を低下させる

【がん患者さんは冷え症の人が多い】
冷え」とは、抹消の血管が収縮して皮膚に流れる血液が不足して、手足や腰や背中などが冷たく感じる状態です。「冷え症」という病名が使われますが、冷え症の状態が長く続いていて冷えやすい体質を持っているという意味で「冷え性」という用語を使う場合もあります。
西洋医学では冷え症というのはあまり問題にされませんが、漢方では「
冷えは万病の元」という認識を持ち、冷えを取る生薬は漢方治療において重要な役割を果たしています。
体の冷えを訴える人は多いのですが、がん患者さんは冷え症の方がさらに多いように思います。それは、冷えが体の抵抗力や治癒力の低下を引き起こしてがん発生の一因になっている可能性と、がんの進行や治療にともなって生じる体力の消耗やストレスが血液循環を悪化させて冷えの原因となっているためだと思います。
がん予防には肉を減らし野菜を多く摂取する食生活が基本になりますが、野菜の多い食事やあっさりした食事は体の冷えの一因にもなります。精神的なストレスは、交感神経を緊張させて血管を収縮させ、血液循環を悪化させる原因となり、がん治療に伴う貧血や体力の消耗も血行を悪化させて冷え症の一因となります。
がん予防に理想的な食事や生活習慣を実践されている方ががんになった場合、ストレスや冷えが原因ではないかと思うことがよくあります。科学的な根拠があるわけではないのですが、経験的には、
冷えはストレスとならんで、がんを発生させる要因の一つのようです。

【冷えは治癒力や抵抗力を低下させる】
体を構成する細胞は外部から取り入れた栄養素を素材にして、タンパク質や脂質や核酸など細胞の構成成分を合成すると同時に不要なものは処分し、炭水化物や脂肪酸を酸化してエネルギーを作り出しています。この仕組みが
物質代謝(ぶっしつたいしゃ)です。また、組織や臓器内においては、古くなった細胞がアポトーシスで死んで、細胞分裂で新しい細胞が絶えず入れ替わっています。このような物質代謝と細胞の入れ替わりが組織の新陳代謝(しんちんたいしゃ)です。
新陳代謝は、生体の恒常性維持(こうじょうせいいじ)機能や修復・再生機構の基礎であり、新陳代謝が悪い状態では自然治癒力は十分働きません。
冷えは組織の血液循環やエネルギー産生や新陳代謝が悪くなった状態ですので、
冷えがあることは治癒力低下の指標と考えます。がんの漢方治療においては、冷えを改善することは治癒力や抵抗力を高める上で重要な手段なのです。
再発予防の漢方治療では、免疫力を高めると同時に、血液循環や新陳代謝を良くすることを目標にしますが、そのとき冷えを改善する漢方薬をうまく使うことがポイントです。冷えはがんに対する抵抗力や免疫力といった抗がん力全般を弱めるからです

【食品や生薬には寒熱の区別がある】
寒気(さむけ)や体の冷えなどの症状を訴え、温かい飲み物を好むような状態を「
寒証(かんしょう)」といい、新陳代謝や血液循環が低下し生体熱量が不足しているような状態と解釈されます。この場合には体を温める漢方薬を用いなければなりません。一方、身体の熱感、顔面の紅潮、冷たいものをほしがるような状態を「熱証(ねっしょう)」と呼び、この場合には体を冷やす薬で治療します。その逆を行えば、病気はますます悪化してしまいます。
それぞれの生薬には、体を温めたり冷やしたりするという性質(薬性)があり、寒熱の証に合わせて使用します。食品でもショウガやトウガラシは体を温めますが、キュウリやスイカや柿などは生で食べると体を冷やします。同様に、薬物の寒熱に基づいて熱・温・涼・寒性の4つ、あるいは平性を加えて5つに分類しています。熱性や温性のものは体を温め、涼性・寒性のものは体を冷やす作用を持ちます。冷え症や寒証の人には体を温める薬を使わなければなりませんが、熱のある人(熱証)や暑がりの人には体を冷やす薬が使われます。薬や食品を「温かい」だの「冷たい」だのというのは、西洋薬や健康食品では問題にされませんが、漢方ではこの寒熱の考え方を無視して薬を使うことはできません。

【冷えを改善する生薬】
熱産生は原則的に代謝の副産物です。代謝や循環が低下して熱産生が低下すると体の冷えが自覚されます。歳を取ると足腰の冷えを自覚するようになりますが、その基本は代謝が低下しているからです。このように体のエネルギー生成の低下(気虚(ききょ)の状態)が進行して、体の熱産生作用の低下により寒け・冷えなどの症状が強くなった状態を漢方用語で陽虚(ようきょ)といいます。
川の流れも気温が下がれば凍りつくように、身体も冷えが強くなると「気(き)・血(けつ)・水(すい)」の流れが悪くなり滞りやすくなります。したがって、陽虚になって代謝が低下すると水分の吸収・排泄が低下するために消化管内や組織間に水分が停滞して、浮腫や水様性下痢が出現しやすくなります。血液の循環も悪くなると多くの臓器や組織の活動や新陳代謝はますます悪くなります。この悪循環を断つためには、代謝を亢進させて熱産生を高める必要があり、このような陽虚の状態を改善することを補陽(ほよう)といい、それに用いる生薬を
補陽薬(ほようやく)といいます。同時に、血液循環を良くする駆お血薬や、体液の流れや水分の排泄を促進する利水薬(りすいやく)を併用すると冷えを改善する効果が高まります
高麗人参(こうらいにんじん)、桂皮(けいひ)、附子(ぶし)、芍薬(しゃくやく)、当帰(とうき)、川きゅう(せんきゅう)など多くの生薬に血管拡張作用が知られています。これらを服用すると、顔のほてりや発汗、手足が暖かくなるなどの効果が出てきますが、これは末梢血管拡張作用の結果です。
体の冷えがあると、体内の水の代謝が悪くなるうえに、冷えによって腎臓の働きも低下して体外への水の排泄が悪くなり、体内に余分な水分が貯留します。これを
水毒(すいどく)あるいは水滞(すいたい)といいます。逆に水毒が冷えの原因になることもあります。したがって、冷えの漢方治療ではたまった水を追い出す利水薬も重要です。
比較的体力の低下した女性に冷えに使われる
当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)は、貧血を改善し血液循環を良くする当帰(とうき)、芍薬(しゃくやく)、川きゅう(せんきゅう)に、体液の流れを良くする蒼朮(そうじゅつ)、沢瀉(たくしゃ)、茯苓(ぶくりょう)を加えた漢方薬です。たまった水を追い出すことが冷え症の改善に効果があると考えた組み合わせです。
高齢者の冷えに使われる
八味地黄丸(はちみじおうがん)には、新陳代謝を活性化し体を温める附子(ぶし)、桂皮(けいひ)に血液循環をよくする牡丹皮(ぼたんぴ)、体液の流れを良くする沢瀉(たくしゃ)、茯苓(ぶくりょう)などが組み合わされています。
附子(ぶし)(ハナトリカブトの塊根)は補陽薬の代表です。成分のアコニチンというアルカロイドには血管拡張・血行促進・強心・強壮作用・鎮痛作用などがあり、身体を温めて極度に低下した新陳代謝機能の活性化します。桂皮(けいひ)(クスノキ科のニッケイ類の樹皮)には血行を促進して体を温め、元気をつけ興奮性を増し、腹中を温める効果があります。
乾姜(かんきょう)はショウガを蒸してから乾燥したもので、体の中を温め、身体の機能低下と低体温を回復させる目的で使用します。
冷え症の治療では西洋医学より漢方の方がはるかに高い効果を発揮します。このような冷えを改善する生薬をうまく利用すると、がんに対する治癒力をさらに高めることができます。

(文責:福田一典)

(漢方煎じ薬の解説はこちらへ

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