69)がん細胞のワールブルグ効果と生薬の抗腫瘍効果

図:細胞は血中のグルコースを取り入れ、解糖系、TCA回路、電子伝達系と酸化的リン酸化系を経てエネルギーを産生している。がん細胞ではミトコンドリアにおける酸化的リン酸化によるエネルギー産生が低下し、細胞質における嫌気性解糖系を介したエネルギー産生が増加していることが知られている。がん細胞における解糖系酵素を阻害したり、ミトコンドリアを活性化することによってがん細胞にアポトーシス(細胞死)を誘導できる可能性が報告されている。

69)がん細胞のワールブルグ効果と生薬の抗腫瘍効果

【細胞内でのエネルギー産生過程】
細胞を働かせる元になるエネルギーは、栄養として食事から取り入れたグルコース(ブドウ糖)を分解してATPを作り出すことによって得ています。ATPはアデノシン3リン酸(Adenosine Triphosphate)の略語で、エネルギーを蓄えて供給する分子としてエネルギーの貨幣としての役割を持っています。
ヒトの血液中にはおよそ80~100mg/100mlのブドウ糖が存在します。
ブドウ糖は血液中から細胞に取り込まれ、1)
解糖(glycolysis)、2)TCA回路クエン酸回路クレブス回路と呼ばれる)、3)電子伝達系酸化的リン酸化系をへて、二酸化炭素と水に分解され、エネルギーが取り出されます(図)。
解糖はグルコースがピルビン酸になる過程で、この酵素反応は細胞質で行われます。ピルビン酸は酸素の供給がある状態ではミトコンドリア内に取り込まれて、TCA回路と電子伝達系によってさらにATPの産生が行われます。酸素の供給が十分でないとピルビン酸は細胞質で乳酸に変わります。この状態を
嫌気性解糖(aerobic glycolysis)と言います。運動をして筋肉細胞に乳酸が貯まるのは、酸素の供給が不足して嫌気性解糖が進むからです。。
酸素が十分にある状態では、ミトコンドリア内で効率的なエネルギー生産が行われます。
すなわち、ミトコンドリアの基質に取り込まれたピルビン酸は、
ピルビン酸脱水素酵素によって補酵素A(CoA)と結合してアセチルCoAになり、さらにアセチルCoAは、TCA回路に入ってNADHやFADHが生成されます。この酵素反応はすべてミトコンドリアの基質で行われます。
こうして生成されたNADHとFADH2は、ミトコンドリア内膜に埋め込まれた酵素複合体に電子を渡し、この電子は最終的に酸素に渡され、まわりにある水素イオンと結合して水を生成します。このようにTCA回路で産生されたNADHとFADH2の持っている高エネルギー電子をATPに変換する一連の過程を
酸化的リン酸化(oxidative phosphorylation)と呼び、これの酵素反応をおこなうシステムを電子伝達系(electron transfer system)と呼びます。こうしてつくられたATPはミトコンドリアから細胞質へ出て行き、そこで細胞の活動に使われます。

【がん細胞はミトコンドリアの働きを抑制している】
上記のように、細胞は酸素呼吸によってミトコンドリアにおけるTCA回路と電子伝達系における酸化的リン酸化によって、グルコースから効率的にエネルギー(ATP)を産生しています。
一方、酸素がない状態では、細胞質にある嫌気性解糖系(グルコースを嫌気的に分解して乳酸を生成する代謝系)によってエネルギー(ATP)が産生されます。
さて、約80年も前に、
オットー・ワールブルグ(Otto Warburg)博士は、がん細胞ではミトコンドリアにおける酸化的リン酸化によるエネルギー産生が低下し、細胞質における嫌気性解糖系を介したエネルギー産生が増加していることを発見しました。これをワールブルグ効果と言いますが、その理由については、いろんな説があり、議論されています。
がん細胞がグルコースを大量に消費することは良く知られています。がん細胞を検出するPET検査は、がん細胞がグルコースを正常細胞よりも大量に消費する現象を利用しています。
グルコースを大量に消費するのに、なぜ効率的なエネルギー産生系であるミトコンドリアの酸化的リン酸化を使わずに、解糖系を使うのか、不思議に思われていました。ミトコンドリアで効率的にエネルギー産生を行う方が、細胞の増殖にもメリットがあると考えられるからです。
この疑問に対する合理的な考えとして、
がん細胞が死ににくくなる(アポトーシスに抵抗性になる)原因はミトコンドリアにおける酸化的リン酸化の低下にあるという考えが発表されています
細胞分裂しない神経や筋肉細胞を除いて、正常の細胞は古くなったり傷ついたりするとアポトーシスとメカニズムで死にます。この
アポトーシスを実行するときに、ミトコンドリアの電子伝達系や酸化的リン酸化に関与する物質が重要な役割を果たしています。つまり、がん細胞ではアポトーシスを起こりにくくするために、あえてミトコンドリアにおける酸化的リン酸化を抑制するメカニズムが働いているということです。
アポトーシスが起こりにくくするためにミトコンドリアにおける酸化的リン酸化を抑え、必要なエネルギーを細胞質における解糖系に依存しているという様に解釈できると言うことです。

【がん細胞のミトコンドリアを活性化するとアポトーシスが起こりやすくなる】
最近の研究によって、がん細胞におけるミトコンドリア内での酸化的リン酸化を活性化すると、がん細胞のアポトーシス(細胞死)が起こりやすくなることが報告されています。
がん細胞の酸化的リン酸化を活性化する薬として、ピルビン酸脱水素酵素を活性化する
ジクロロ酢酸ナトリウムや、カフェインなどが知られています。ジクロロ酢酸ナトリウムの抗腫瘍効果に関しては、現在臨床試験が行われています。
また、がん細胞のエネルギー産生は細胞質における嫌気性解糖に依存しているため、
解糖系酵素を阻害する薬はがん細胞をエネルギー枯渇に陥らせて殺す作用が期待できます
がんの漢方治療で使用される
半枝蓮(ハンシレン)は、解糖系酵素を阻害することが報告されています。
半枝蓮の抗腫瘍効果については、39話66話でも紹介しています。
半枝蓮は、癌細胞にとって85%ものエネルギー産生源である解糖系の酵素を阻害し、がん細胞をエネルギー不足に追い込むことによってがん細胞を殺すというメカニズムが提唱されています。
また、お茶やコーヒーに含まれる
カフェインが酸化的リン酸化を刺激してがん細胞のアポトーシス感受性を高める作用も報告されています。
七葉一枝花竜葵のような抗がん生薬の抗腫瘍効果の研究でも、ミトコンドリアを介したアポトーシスを誘導する作用が報告されています。
以上のことから、
半枝蓮などの抗がん生薬やジクロロ酢酸ナトリウムやカフェイン(お茶やコーヒー)の組み合わせは、正常細胞にダメージを与えずにがん細胞を殺す作用が期待できるかもしれません。(ただし、これはまだ仮説の段階です)

(文責:福田一典)

 

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