がんの予防や治療における漢方治療の存在意義を考察しています。がん治療に役立つ情報も紹介しています。
「漢方がん治療」を考える
763)医薬品転用(Drug Repositioning)による膠芽腫(グリオブラストーマ)の補完・代替医療
図:がん治療以外で使用されている既存の医薬品の抗がん活性を検討してがん治療薬を探索する研究が行われている。薬物から目的外の薬効を探索して別の疾患の治療薬を開発する手法を医薬品の転用や再利用(Drug RepositioningあるいはDrug Repurposing)という。培養細胞(in vivo)や動物実験(in vitro)やコンピューターを使った解析(in silico)などで抗がん活性をスクリーニングし、抗がん活性が見つかれば、安全性や薬物動態のデータがあるので、臨床試験などの研究開発の期間を短縮でき、開発費用も節減できる。既に他の治療薬として使用されている場合は、保険適用外の使用でがん治療に直ちに使用できる。治療が困難な膠芽腫(グリオブラストーマ)の補完・代替療法に多くの転用薬が利用され、有効性が認められている。
763)医薬品転用(Drug Repositioning)による膠芽腫(グリオブラストーマ)の補完・代替医療
【医薬品の転用(再利用)と適用外使用】
医薬品の開発には莫大な費用と長い年月がかかります。研究開発に費やされる費用は年々増えているのですが、認可される薬は開発費の増加に比例していないことが指摘されています。
例えば、全世界で医薬品開発に1年間に使われた費用は1975年には40億ドルで、2009年には400億ドルと10倍になっていますが、1年間に認可された新薬は1976年26個で2013年は27個とほぼ同じです。(Int J Biol Sci. 10(7): 654–663.2014年)。
物価上昇分を調整した実質ベースで、10億ドルの研究開発費当たりで認可される新薬の数は、1950年以降、約9年間毎に半減しており、60年間で80分の1になっていると報告されています。1個の新薬の開発にかかる費用が、物価上昇分を調整した実質ベースで比較して60年前の80倍になっているということです。(Nat Rev Drug Discov. 11(3):191-200.2012年)
また、欧米のデータでは、新規の薬効成分が発見されてから薬として認可されるまでの期間は1990年代は平均9.7年で2000年代は13.9年に延びています。(Nat Rev Drug Discov. 10(6):428-38. 2011年)
新薬として認可されるには、既存の医薬品より有効性や安全性で優位性が証明されなければなりません。つまり、新しい薬ほど認可されるハードルが高くなります。
また、既存の薬で病気がコントロールできている場合は新薬の開発は必要ありません。既存薬で病気が治っていない領域の新薬の開発に費用が向けられます。
つまり、がんや神経変性疾患など難病の治療薬(臨床試験で失敗するリスクが高い)の研究開発の比重が次第に増えていることも、一つの新薬が認可されるのに必要な開発費用と期間が増えている理由になっています。
がん治療薬の開発は、開発リスクが高いことが指摘されています。米国のデータでは、2003年から2011年の間に第1相臨床試験の開始がFDA(米国食品医薬品局)に認められた物質のうち、最終的に医薬品として認可されたのは6.7%で、この数値は他の領域の医薬品(がん治療薬以外の薬)の半分の成功率と報告されています。
動物実験などの基礎研究でがんの治療薬として効果が期待されて臨床試験の許可を得た候補薬のうち、20個に1個程度しか最終的に薬として成功していません。残りは、開発中止になるので、それまでの研究開発費用は無駄になるということです。
米国で2000年から2009年の10年間に認可された新薬は212種類で、そのうちがん治療薬は24種類で、このうち14種類は血液がんの治療薬です。つまり、固形がんの治療薬は特に開発が難しいようです。
がん治療薬の開発は失敗するリスクが極めて高いので、がん領域の薬の開発に参入しない方針の製薬会社は多いと言われています。
最近は細胞の受容体やシグナル伝達物質をターゲットにした分子標的薬が開発されていますが、それほど大きな治療効果は得られていません。
このように、がん治療薬の開発は製薬会社にとって非常にリスクが高いので、新薬として認可された薬は、その薬自身の研究開発に費やした費用の何十倍もの研究開発費を回収しないと元が取れないために、がんの新薬は年々高額になっています
このようなお金がかかる新薬の開発において、近年注目されているのが、既存の医薬品が他の治療薬にならないかを検討する医薬品転用(再利用)です。がん以外の疾患の治療に用いられている既存薬を、がんの治療薬として転用(再利用)する研究が注目されています。
医薬品転用は「ドラッグ・リポジショニング(Drug Repositioning)」あるいは「ドラッグ・リパーポジング(Drug Repurposing)」の日本語訳です。「Repositioning」や「Repurposing」というのは、位置や立場(position)や目的や意図(purpose)を新たにする(re-)という意味です。医薬品の「転用」や「再利用」という意味です。
ヒトでの安全性や体内動態が既に確認されている既存薬や、ある疾患の治療薬として臨床試験が行われたが有効性が証明できなかった物質を対象にして、これらの物質の新たな薬効を見つけ出し,実用化につなげていこうというのがDrug Repositioning(あるいはDrug Repurposing)という方法です。
新規の開発よりも、開発の費用を減らし期間も短縮できるというメリットがあります。
がん治療薬の場合、そのような既存薬や薬の候補成分を、培養がん細胞(in vitro)や移植腫瘍などを使った動物実験(in vivo)で抗がん活性を見つければ、すでに安全性や薬物動態が判っているので比較的早く臨床試験を実施できます。
最近は、薬剤の候補物質がデータベース化され、細胞の受容体やシグナル伝達物質の構造のデータベースや、抗がん剤による遺伝子発現パターンのデータベースなど様々な情報をコンピューターを使って探索する方法(in silico)もあります。
「in silico」という用語は,「コンピュータ(シリコンチップ)の中で」の意味で、in vitro(試験管内で)やin vivo(生体内で)に対応して作られた用語で、コンピューターを駆使した研究です。
米国では、FDA(米国食品医薬品局)が承認した既存薬や、開発に失敗して製薬企業内で保存されている物質のデーターベースが公開されており、様々な手法で新たな薬効を見つける研究が進んでいます。
図:がん治療薬以外の既存の医薬品や、がん以外の疾患を対象に開発されて臨床試験で開発中止になった薬物を対象に、それらの薬物の抗がん活性を検討してがん治療薬を探索する研究が行われている。他の治療薬として開発された(あるいは臨床試験で効果が証明されずに開発中止になった)薬物から目的外の薬効を探索して別の疾患の治療薬を開発する手法を医薬品の転用や再利用(Drug RepositioningあるいはDrug Repurposing)という。がん以外の疾患を対象に開発された医薬品あるいは薬の候補を、培養細胞(in vivo)や動物実験(in vitro)やコンピューターを使った解析(in silico)などで抗がん活性をスクリーニングする。もし抗がん活性が見つかれば、安全性や薬物動態のデータがあるので、臨床試験などの研究開発の期間を短縮でき、開発費用も節減できる。既に他の治療薬として使用されている場合は、保険適用外の使用でがん治療に直ちに応用できる場合もある。
【膠芽腫は増殖が早く再発しやすい】
膠芽腫は神経細胞(ニューロン)と神経膠細胞(グリア細胞)の両方の細胞を作り出している神経幹細胞に遺伝子変異が蓄積してがん化した腫瘍です。神経幹細胞は側脳室の壁の部分の脳室下帯に存在し、成人になっても新たなニューロン(神経細胞)とグリア細胞(神経膠細胞)を作り出しています。
成人の脳の脳室下帯に存在する神経幹細胞は長期間存在し、増殖活性を持っています。したがって、神経幹細胞には細胞分裂時のDNA複製エラーが蓄積します。神経幹細胞に遺伝子変異が蓄積するとがん幹細胞になって、脳内を移動して離れた場所に膠芽腫を形成するのです。
膠芽腫は増殖活性が高く、進行が早く、ヒトの悪性腫瘍の中で最も予後不良の腫瘍と言われています。
手術や放射線治療や抗がん剤治療などが行われますが、このような集学的治療をおこなっても平均生存期間は12~15カ月程度であり,5年生存率は5%以下と言われています。
膠芽腫は周囲の脳組織にしみ込むように広がっていくのが特徴で、腫瘍と正常脳との境界が不鮮明となり、そのため手術によって腫瘍を完全に摘出することは極めて困難です。
したがって、手術でできるだけ摘出した後に放射線療法と抗がん剤治療が行われます。しかし、放射線治療や抗がん剤治療によって生き残るがん細胞がいるため、再発しやすいということです。このような「放射線治療や抗がん剤治療によって生き残るがん細胞」として「がん幹細胞」の存在が重要と考えられています。
他の悪性腫瘍と比較しても膠芽腫は極めて再発しやすい腫瘍です。手術や抗がん剤治療や放射線治療が、膠芽腫の再発を促進することが、多くの研究で指摘されています。手術や抗がん剤治療や放射線治療はがん幹細胞の増殖と血管新生を促進する作用があります。つまり、治療後に再発を誘導し促進しているメカニズムを阻止する必要があります。
【再発した膠芽腫に対する確立した治療法はまだない】
膠芽腫は悪性脳腫瘍の中で最も頻度の高い腫瘍で、頭蓋内腫瘍の約10%を占めます。初発腫瘍の治療としては、開頭手術で腫瘍部分を可能な限り摘出し、その後、放射線治療と抗がん剤のテモゾロミド(テモダール)の併用治療を行って,退院後に外来でテモゾロミドを維持療法として追加するというのが標準治療になっています。
膠芽腫細胞は周囲の脳組織にしみ込むように広がっているので、MRIの画像上で腫瘍組織を全摘出したつもりでも膠芽腫細胞が残ることが多く、残ったがん細胞を死滅するために放射線治療とテモゾロミドの併用治療が行われます。
放射線治療単独と放射線治療+テモゾロミドの併用治療を比較した2件の臨床試験で、放射線治療+テモゾロミドの生存期間延長効果が証明され、2005年に報告されています。したがって、手術+放射線+テモゾロミド治療は2005年からは世界中で標準治療となっています。しかしこれは、2005年以降、治療法の進歩が無いことを意味します。膠芽腫の生存率はこの15年間全く改善が無い事も意味します。
再発したときには様々な治療法が提案されていますが,まだ確立された標準治療はありません。再手術や広範囲定位放射線治療(ガンマナイフなど)が可能であれば、それらが検討されます。さらに、テモダールを継続する方法、テモダール以外の他の化学療法に変更する方法、アバスチン療法を併用する方法などが行われていますが、まだ有効性のエビデンスのある治療法はありません。
2021年6月に遺伝子改変したヘルペスウイルスを使った脳腫瘍治療薬の承認されました。がん細胞だけで増殖するように遺伝子を改変し、がん細胞を死滅させる一方、正常な細胞では増殖しない特徴があり、再発した膠芽腫の新たな治療法として注目されています。
【膠芽腫を根治するためには、がん幹細胞をターゲットにしなければならない】
膠芽腫が再発しやすいのは、膠芽腫のがん幹細胞が抗がん剤や放射線治療に抵抗し、生き残るためです。がん幹細胞の自己複製や増殖を制御しているシグナル伝達系としてWnt/βカテニン、ノッチ(Notch)、ヘッジホッグ(Hedgehog)、mTORC1、CXCR4/CXCL12、VEGF/VEGFR-2などがあります。がん幹細胞を消滅するには、これらのシグナル伝達系を阻害することが必要です。
つまり、膠芽腫の根治を達成するには、がん幹細胞特性の維持に関与するこれらのシグナル伝達系をターゲットにする必要があります。
がん以外の疾患の治療に用いられている医薬品やサプリメントなどで、これらのシグナル伝達系を阻害するものがあり、それらを利用すると膠芽腫の治療に役立ちます。
図:膠芽腫細胞のHedgehog、Notch、Wnt/β-Catenin、mTORC1、CXCR4/CXCL12、VEGF/VEGFR-2の各シグナル伝達系を阻害すると、がん幹細胞特性を阻害して、がん細胞を死滅できる。
【副作用の少ない安価な薬の組合せによる膠芽腫治療】
単独での抗腫瘍効果は弱くても、組み合わせることによって強い抗腫瘍効果を発揮できる薬もありますが、このような薬は抗がん剤としては認可されることはありません。
しかし最近、このような効果の弱いが抗腫瘍効果が期待できる医薬品やサプリメントを組み合わせてがん治療を行う研究が多く報告されるようになりました。
その理由の一つは、抗がん剤の新薬があまりに高額なわりに、延命効果も少なく、副作用も強いためです。例えば、次のような論文があります。
A conceptually new treatment approach for relapsed glioblastoma: coordinated undermining of survival paths with nine repurposed drugs (CUSP9) by the International Initiative for Accelerated Improvement of Glioblastoma Care.(再発したグリオブラストーマに対する概念的に新規の治療アプローチ:グリオブラストーマの治療成績の改善を促進するための国際的取組みによる9種類の転用医薬品による生存経路の協調的な弱体化)Oncotarget 4(4):502-30, 2013
【要旨】
再発したグリオブラストーマにおける治療成績を改善するために、従来の細胞毒性のある抗がん剤の組合せに基づく治療法でなく、他の病気の治療薬として使用されていて安全性が高く使用経験の長い既存の医薬品を組み合わせる治療法の確立を目指した。
この治療法で使用する医薬品は、
a)薬理学的に十分に研究されている
b)正常細胞に対する毒性が少なく患者に投与して副作用が起こりにくい
c)グリオブラストーマの増殖を促進する良く知られている経路や因子に対して阻害作用を示す根拠がある
d)組み合わせることによってグリオブラストーマの増殖を阻害する効果が相乗的に高まる可能性がある
という4つ基準を満たすものを用いた。
これらの基準に合致する9種類の医薬品を見つけ、再発したグリオブラストーマに標準治療であるStuppプロトコール(Stupp Protocol:放射線治療と低用量のテモゾロマイドの連日服用の組合せの治療法)で治療を行ったあとに、さらにテモゾロマイドの低用量連日投与に加えて、これらの医薬品を併用する治療法を提案した。
この9種類の医薬品の組合せはCUSP9(Coordinated Undermining of Survival Paths;「生存経路の協調的弱体化」)と名付けられ、アプレピタント(aprepitant)、アルテスネイト(artesunate)、オーラノフィン(auranofin)、カプトリル(captopril)、 グルコン酸銅(copper gluconate)、ジスルフィラム(disulfiram)、ケトコナゾール(ketoconazole)、 ネルフィナビル(nelfinavir)、セルトラリン(sertraline)が、低用量のテモゾロマイドの連日投与の治療に追加された。
この論文では、個々の薬がどのようにグリオブラストーマの増殖を抑制し、テモゾロマイドによる治療に対してグリオブラストーマ細胞が抵抗するメカニズムをこれらの薬がどのように阻止するかを考察した。これらの薬の相互作用のリスクと、これらの薬の組合せが生活の質(QOL)と全生存率の両方を高めることができるかを解説した。
グリオブラストーマ(神経膠芽腫)は極めて治療が困難で予後不良の悪性腫瘍です。再発するとほとんどが余命1年以内です。再発したグリオブラストーマの治療成績を高める目的で再開発医薬品の組合せの効果が検討されているという話です。米国のバーモント大学の研究者を中心とした国際的な取組みが行われているようです。
「coordinated undermining of survival paths(生存経路の協調的な弱体化)」というのは、がん細胞の生存のための様々なシグナル伝達系や因子(生存経路)を、9種類の再開発医薬品を組み合せて用いることによって阻害することを意味しています。
この論文で報告された医薬品はがん治療以外で使用されてますが、がん細胞の増殖を抑制する作用が報告されています。そして多くは比較的安価です。
アプレピタント(aprepitant)はニューロキニン-1(NK-1)受容体拮抗薬で、制吐剤として、抗がん剤に伴う悪心・嘔吐の治療に用いられています(商品名:イメンド)
アルテスネイト(Artesunate)は抗マラリア薬で、がん細胞の多く含まれる鉄と反応して活性酸素を産生してがん細胞の酸化ストレスを高めてがん細胞を死滅させます。(459話参照)
オーラノフィン(auranofin)は慢性関節リュウマチの治療に使われる金製剤です。チオレドキシン還元酵素(thioredoxin reductase)を阻害してがん細胞の酸化ストレスを高める作用によってジスルフィラムの抗腫瘍効果を増強します。(424話、427話、431話、509話参照)
カプトリル(captopril)はアンジオテンシン変換酵素阻害薬(ACE阻害薬)と呼ばれる降圧剤です。
ジスルフィラム(disulfiram)はアルデヒド脱水素酵素を阻害する作用によって断酒薬として使用されています。がん幹細胞はアルデヒド脱水素酵素の発現と活性が亢進していることが知られており、その阻害剤の抗腫瘍効果が注目されています。(509話参照)
ケトコナゾール(ketoconazole)はイミダゾール系抗真菌剤で、真菌の細胞膜合成を阻害することにより、抗真菌作用を示します。
ネルフィナビル(nelfinavir)はプロテアーゼ阻害剤でHIV感染症(エイズ)の治療薬です。
セルトラリン(sertraline)は選択的セロトニン再取込阻害薬とよばれる薬で抗うつ作用や抗不安作用があります。
この論文の発表のあと、欧州ではケトコナゾールとネルフィナビルが製造中止になったので、新しいプロトコールではケトコナゾールの代わりにイトラコナゾール(itraconazole)、ナルフィナビルの代わりにリトナビル(ritonavir)が入っています。
ジスルフィラムと銅がキレート(結合)したものが抗腫瘍効果を発揮するという報告から、ジスルフィラムの抗腫瘍効果を高める目的でグルコン酸銅(copper gluconate)が加えられていますが、その後の研究で、胃内でジスルフィラムは銅とキレートすることが報告されたので、新しいプロトコールではグルコン酸銅は省かれています。その代わりにCOX-2阻害剤のcelecoxibが新しく加わっています。
この論文に続いて次のような論文(同じ研究グループからの報告)が出ています。
CUSP9* treatment protocol for recurrent glioblastoma: aprepitant, artesunate, auranofin, captopril, celecoxib, disulfiram, itraconazole, ritonavir, sertraline augmenting continuous low dose temozolomide.(再発グリオブラストーマに対するCUSP9治療プロトコール:持続低用量テモゾロマイド治療の効果を高めるアプレピタント、アルテスネイト、オウラノフィン、カプトリル、 セレコキシブ、ジスルフィラム、イトラコナゾール、 リトナビル、セルトラリンの組合せ)Oncotarget. 5(18):8052-82.2014年
米国のバーモント大学とドイツのウルム大学の研究グループからの報告です。
【要旨】
再発グリオブラストーマに対するCUSP9治療プロトコールを1年前に報告した。今回、このプロトコールに少しの修正を加え、CUSP9*と命名した。
CUSP9*はアプレピタント(aprepitant)、アルテスネイト(artesunate)、オーラノフィン(auranofin)、カプトリル(captopril)、 セレコキシブ(celecoxib)、ジスルフィラム(disulfiram)、イトラコナゾール(itraconazole)、 セルトラリン(sertraline)、リトナビル(ritonavir)の9種類の薬の組合せで、これらは全て国で認可されており、がん以外の治療目的で広く使用されている。
個々の薬は、グリオブラストーマの生存や増殖を促進する経路の一つあるいは幾つかを阻害する作用がある。このような生存のために経路を阻害することによって、グリオブラストーマに対する標準的な抗がん剤治療の効果を高めることができる。
一度に9種類もの多くの薬を使うことに抵抗があるかもしれないが、CUSP9*のオリジナルの組合せ(CUSP9)での経験から、副作用が少なく十分に使用可能である。
これらの薬の組合せは、AKTリン酸化、アルデヒド脱水素酵素、アンジオテンシン変換酵素、 炭酸脱水酵素-2と9と12、 シクロオキシゲナーゼ-1と2、カテプシンB、ヘッジホッグ、インターロイキン-6、5-リポキシゲナーゼ、マトリックス・メタロプロテアーゼ2と9、哺乳類ラパマイシン標的タンパク質、ニューロキン-1、P糖タンパク質、チオレドキシン還元酵素、組織因子、20 kDa translationally controlled tumor protein、血管内皮細胞増殖因子のシグナル伝達経路や活性を阻害する
グリオブラストーマは再発すると予後が極めて悪いので、CUSP9*の臨床試験を実施する価値がある。
つまり、それぞれ単独では抗腫瘍効果が弱くても複数の薬を組み合せることによって、グリオブラストーマの生存や増殖に働いている複数の経路や因子を阻害して、治療に役立てることが可能かもしれないという話です。
この論文で報告されている再開発医薬品はがんの補完・代替医療では既に利用されており、有効性や安全性に関する論文も増えています。
図:グリオブラストーマ(膠芽腫)で活性化されている様々な生存経路(増殖シグナル伝達系や因子)の阻害作用がある9種類の既存の医薬品(再開発医薬品)を用いた治療がCUSP9(Coordinated Undermining of Survival Paths with Nine repurposed drugs)という名称で報告されている。このCUSP9は「9種類の再開発医薬品による生存経路の協調的な弱体化」という意味であり、個々の薬の抗腫瘍効果は弱くても、グリオブラストーマ細胞の生存に必須の増殖シグナル伝達系や因子を阻害する医薬品(がん以外の治療で使用されている医薬品)を組み合せることによって抗腫瘍効果を得ることができる可能性が示唆されている。このような副作用の少ない再開発医薬品の組合せによる治療は「体に優しいがん治療」として期待できる。
以上のように、グリオブラストーマの増殖や細胞死を制御する様々なメカニズムが代替医療のターゲットになっています。
グリオグラストーマのグルコース代謝は、解糖系の亢進と酸化的リン酸化の抑制というワールブルグ効果が顕著です。ワールブルグ効果の是正において、ケトン食、2-デオキシグルコース(2-DG)、ジクロロ酢酸の効果が期待できます。
がん幹細胞に多く発現しているアルデヒド脱水素酵素1A1(ALDH1A1)の阻害剤のジスルフィラム(509話参照)、ヘッジホッグ(Hedgehog)シグナル伝達系を阻害するメベンダゾール(401話、522話参照)、転写因子のFoxO3aを活性化する治療法(339話)はがん幹細胞を死滅させる方法として有効です。
多形神経膠腫(glioblastoma multiforme)に対するメベンダゾールの効果は2011年に偶然に発見されました。グリオブラストーマを移植したマウスを使った研究で、マウスにおけるギョウ虫の繁殖を防ぐ目的でフェンベンダゾール(Fenbendazole)を投与したマウスでは移植腫瘍が増大しないことが発見されました。
フェンベンダゾール(Fenbendazole)は動物に使われるベンゾイミダゾール系の寄生虫治療薬の一種です。さらに研究を進め、ベンゾイミダゾール系薬物の中でメベンダゾールが最も強力にグリオブラストーマの増殖を抑制することが明らかになりました。 グリオブラストーマ細胞をマウスに移植する動物実験でメベンダゾールの経口投与(50mg/kg)は顕著に生存期間を延長(63%程度の延長)を示しました。(Neuro Oncol. 13(9): 974–982.2011年)
さらに、グリオブラストーマはカンナビノイド受容体のCB1とCB2を発現しており、医療大麻やβカリオフィレンはカンナビノイド受容体を介して抗腫瘍効果を発揮します。大麻成分のカンナビジオールはCB1/CB2とは関係ないメカニズムでグリオブラストーマの増殖を抑制します。(455話、529話参照)
その他にも、mTORC1阻害剤のラパマイシン、チオレドキシン還元酵素やNF-κB活性を阻害するオーラノフィンなどを組み合せれば、グリオブラストーマの予後を改善できると思います。(下図)
図:青字は膠芽腫(グリオブラストーマ)の治療のターゲットを示す。手術・放射線・抗がん剤治療が標準治療として行われている(①)。解糖系の亢進と酸化的リン酸化の抑制というワールブルグ効果に対して、ケトン食、2-デオキシグルコース(2-DG)、ジクロロ酢酸が抑制できる(②)。Wnt/βカテニンはメベンダゾール、ビタミンD3、イベルメクチンが阻害する(③)。アルデヒド脱水素酵素1A1(ALDH1A1)の阻害剤のジスルフィラム(④)、ヘッジホッグ(Hedgehog)シグナル伝達系を阻害するメベンダゾール、イトラコナゾール、ビタミンD3(⑤)、転写因子のFoxO3aを活性化する治療法(⑥)、Notchシグナル伝達系(⑦)を阻害するオールトランス・レチノイン酸(ATRA)は、がん幹細胞を死滅させる。ヒドロキシクロロキンとβカリオフィレンはケモカインのCXCR4/CXCL12シグナル伝達系を阻害する(⑧)。βカリオフィレンはカンナビノイド受容体CB2を介して抗腫瘍効果を発揮する(⑨)。大麻成分のカンナビジオールはCB1/CB2とは関係ないメカニズムでグリオブラストーマの増殖を抑制する(⑩)。ヒドロキシクロロキン、イトラコナゾール、メベンダゾール、ニトロキソリンは血管新生を促進する血管内皮細胞増殖因子(VEGF)/VEGF受容体(VEGFR)シグナル伝達系を阻害する(⑪)。
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