がんの予防や治療における漢方治療の存在意義を考察しています。がん治療に役立つ情報も紹介しています。
「漢方がん治療」を考える
654)アンジオテンシン阻害剤はがん組織の結合組織を減少して抗がん剤治療の効果を増強する
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/19/8f/fa5efc6e09d958b45e06a7bb2a6103f9.jpg)
図:膵臓がん組織の間質にはヒアルロナン(ヒアルロン酸)やコラーゲンが増生している(①)。ヒアルロナンは水分を保持して組織圧が高くなって血管を押しつぶしている(②)。そのため、がん組織は血流低下によって抗がん剤のがん組織への到達が妨げられ(③)、抗がん剤が効きにくい状況にある(④)。アンジオテンシン阻害剤のロサルタンはがん組織内の結合組織を減少させ(⑤)、組織圧が低下して血管が拡張し、抗がん剤ががん細胞に到達しやすくなる(⑥)。その結果、抗がん剤の効果が高まる(⑦)。
654)アンジオテンシン阻害剤はがん組織の結合組織を減少して抗がん剤治療の効果を増強する
【膵臓がんは結合組織が多いので、抗がん剤や放射線治療や免疫療法が効きにくい】
膵臓がんは抗がん剤や放射線の感受性が低い(効果が出にくい)ので、根治手術ができなければ、予後は極めて厳しくなります。ステージ4の膵臓がんは強い抗がん剤治療を行なっても生存期間中央値は6〜12ヶ月程度で、5年生存率は2%以下です。
治療成績を高めるためには、「膵臓がん細胞は、なぜ抗がん剤や放射線や免疫療法が効かないのか」という、膵臓がんの生物学的な理由を理解し、それに対処する必要があります。
がん細胞自体が他の種類のがん細胞より強いのかというとそうではありません。がん細胞の性質より、間質の性質の方が重要であることが指摘されています。つまり、膵臓がん組織は「強い間質反応による結合組織の増生」という組織学的特徴があります。
間質反応とは、がん細胞の周りに炎症細胞や線維芽細胞が増殖し、コラーゲンやヒアルロナン(ヒアルロン酸)が分泌されて結合組織ができ、その中に様々な間質細胞や血管が複雑に絡み合った構造ができる状態です。
この結合組織の増生はがん細胞への抗がん剤や免疫細胞への到達を妨げているから、治療効果が出ないという考えです。
以下のような総説論文があります。
Shattering the castle walls: Anti-stromal therapy for pancreatic cancer(城壁を粉砕する:膵がんの抗間質療法)World J Gastrointest Oncol. 2018 Aug 15; 10(8): 202–210.
【要旨】
5-フルオロウラシル、フォリン酸、イリノテカン、オキサリプラチン(FOLFIRINOX)、およびnab-パクリタキセル+ゲムシタビンなどの強力な化学療法が行なわれているが、転移のある膵臓がんにおける治療成果は依然として不十分である。
膵臓がんにおける豊富な線維性間質の存在が、抗がん剤治療が効きにくいという状態の決定的な要因であると考えられている。
明らかに、腫瘍間質は細胞傷害性薬物の腫瘍組織内への浸透を制限する物理的障壁として作用し、放射線療法の有効性を低下させる低酸素環境を作り出す。さらに、腫瘍間質は、がん細胞の増殖や進行において重要な支持的役割を果たしているので、腫瘍間質を構成する細胞性因子(例えば、膵星細胞)や非細胞性因子(例えば、ヒアルロナン)をターゲットにした薬剤の開発に研究者は注目している。本論文は、膵臓がん組織の間質の構造的特性と、がん細胞との相互作用を簡単にまとめ、転移のある膵臓がんの治療における抗間質療法(anti-stromal therapies)の現状を要約することを目的とする。
膵臓がんの病理所見の特徴の一つは間質における結合組織の増生です。結合組織の豊富な間質(desmoplastic stroma)が膵臓がんの病理所見の最大の特徴と言っても過言ではありません。(下図)
図:膵臓がん組織では、がん細胞(膵臓腺管がん細胞)を多量の結合組織が取り囲んでいる。結合組織や細胞外マトリックスは線維芽細胞や活性化した膵星細胞から産生される。
全てのがん組織にはがん細胞(実質細胞)の他に間質が存在します。間質には線維芽細胞や炎症細胞や免疫細胞のような細胞成分の他に、ヒアルロナン(ヒアルロン酸)やコラーゲン線維のような非細胞成分や、血管やリンパ管などが存在します。このような間質は、がん細胞を支持し、生存や増殖を促進する役割を担っています。
膵臓がんの間質も、その構成する細胞や非細胞成分は他のがんと基本的には同じです。ただ、間質組織の占める割合が他の固形がんに比べて極めて大きいという特徴があります。一般に、多くの膵臓がんでは間質ががん組織の80%以上を占めていると言われています。そのため、がん組織は硬くなります。
膵臓がんの間質ではヒアルロン酸(ヒアルロナン)が増えています。
ヒアルロン酸(hyaluronic acid)は学術上はヒアルロナン(hyaluronan)といいますが、一般的にはヒアルロン酸と呼ばれています。
ヒアルロン酸はN-アセチルグルコサミンとグルクロン酸の二糖単位が連結した構造で、極めて高分子量で、水分を保持し、弾力性を高めるので、シワを消す目的で美容整形で注射されている成分と同じです。水との親水性が高い為、保水力が高く、肌のハリや弾力を保つ為には必要な成分です。変形性膝関節症などで痛みを軽減する目的で関節に注入する場合もあります。
図: ヒアルロン酸(ヒアルロナン)はN-アセチルグルコサミンとグルクロン酸の二糖単位が連結した構造で、分子の間に水分子(H2O)を保持するので、保水力が高く、膨潤性を示す。
このように水分を多量に保持する作用があるので、がん組織の間質にヒアルロン酸が増えると、がん組織の体積が増え、組織に圧力が高まります。その結果、がん組織内の血管を押しつぶして、抗がん剤や免疫細胞の到達を阻害すると考えられています。さらに、低酸素状態が強くなると放射線治療の効き目を弱めます。
結合組織の多いがんが治療成績が不良であることは、スキルス胃がんや乳がんの硬がんなどでも知られています。結合組織が増えているがんは予後不良と一般的に考えられています。したがって、がん組織の結合組織(特にヒアルロン酸)を減らす方法ががん治療法として研究されています。
【アンジオテンシン阻害はがん組織の血液循環を良くして抗がん剤治療の効果を増強する】
がん組織の結合組織や細胞外マトリクスによって血管が圧迫され、血流が低下していることが、抗がん剤の効き目を低下させていると考えられています。血管の圧迫を軽減する方法としてアンジオテンシン阻害剤の有効性が報告されています。
以下のような方向があります。
Angiotensin inhibition enhances drug delivery and potentiates chemotherapy by decompressing tumour blood vessels.(アンジオテンシン阻害は、腫瘍血管を減圧することによって薬物送達を増強し、化学療法を増強する)Nat Commun. 2013;4:2516. doi: 10.1038/ncomms3516.
【要旨】
がん細胞および間質細胞は、物理的な力(固形ストレス)を血管に及ぼして血管を圧迫し、組織の血流を減少させる。腫瘍組織の間質マトリックスも固形ストレスに寄与し、特にヒアルロナンはその膨潤性の性質のために血管圧迫の主要な原因となっている。
ここでは、予想外にも、ヒアルロナンがコラーゲンに富む腫瘍においてのみ血管を圧迫することを示し、コラーゲンとヒアルロナンの両方が腫瘍血管を減圧するための重要な標的であることを示す。
アンジオテンシン阻害剤のロサルタンは、アンギオテンシンII受容体1シグナル伝達の下流に位置する線維化促進性シグナルとなるTGF-β1、CCN2およびET-1の発現低下を誘導し、間質性コラーゲンおよびヒアルロナン産生を減少させる。
その結果、ロサルタンは腫瘍の固形ストレスを軽減し、血管灌流の増加をもたらす。
この物理的メカニズムによって、乳がんと膵臓がん実験モデルにおいて、ロサルタンは腫瘍への薬物と酸素の供給を改善し、それによって化学療法を強化し、低酸素症を軽減する。したがって、この安価で、何十年にもわたって安全に使用されているアンジオテンシン阻害剤は、がん治療薬として急速に再利用される可能性がある。
ロサルタン(Losartan)は最初に市販されたアンジオテンシンII受容体拮抗薬で、主に高血圧の治療に使用されています。日本では1998年7月に「高血圧症」について、2006年4月に「2型糖尿病性糖尿病性腎症」について承認されています。
アンジオテンシンII受容体のシグナル伝達系ががん組織における間質性コラーゲンおよびヒアルロナンの産生に関与しているので、アンジオテンシンII受容体拮抗薬のロサルタンが、がん組織の結合組織を現象させて、血管の圧迫を軽減し、がん組織における血流を増やすことによって抗がん剤の効果を高めるという結果です。
この論文では固形ストレス(solid stress)という用語を用いています。固形がんのがん組織の構成成分による圧力という意味です。
がん組織の中では、がん細胞だけでなく、線維芽細胞などの間質細胞やマクロファージやリンパ球などの免疫細胞も存在します。さらに結合組織も増生しています(下図)。
図:がん組織はがん細胞(実質細胞)と間質から構成される(①)。間質では線維芽細胞や活性化膵星細胞が結合組織や細胞外マトリックスを産生するだけでなく、増殖因子やサイトカインを産生してがん細胞や炎症細胞の増殖を刺激し、免疫細胞の働きを抑制している(②)。特に、膵臓がんでは間質反応が亢進し、結合組織の顕著な増生が特徴。膵臓がんの治療においては、がん細胞のみをターゲットにしても抗腫瘍効果は極めて小さい。がん細胞とそれを取りまく様々な間質細胞や細胞外マトリックスから構成される「がん組織の微小環境」もターゲットにすることが重要。
これらの構成成分によって組織圧が高まります。このような固形ストレスが血管を圧迫して血液循環を低下させています。
血液循環の低下は抗がん剤のがん組織内への到達を妨げます。低酸素になると、放射線照射の効き目も弱くなります。酸素がないところでは放射線による細胞傷害活性が低下するためです。(589話参照)
前述の論文では、血管を圧迫する固形ストレスとしてヒアルロナンとコラーゲンの両方が重要だと言っています。そして、アンジオテンシン阻害剤のロサルタンがヒアルロナンとコラーゲンの産生を抑制して固形ストレスを低下させる作用を報告しています。
膵臓がんにおける結合組織の産生を行う膵星細胞の活性化を抑制する方法としてメトホルミンとビタミンD3とレチノイドがあります。(618話参照)
つまり、ロサルタン+メトホルミン+ビタミンD3+イソトレチノインは膵臓がんの抗がん剤治療や放射線治療や免疫療法の効き目を高める可能性があります。
【ロサルタンは膵臓がんの抗がん剤治療の奏功率を高める】
局所進行膵臓がん患者に対し、従来の化学療法に降圧薬のロサルタンを併用した術前補助化学療法を実施したところ、従来であれば切除不能とされる腫瘍が手術で摘出可能になり、生存率の向上につなげられたことが、最近報告されています。米国マサチューセッツ総合病院の研究グループが実施した第2相の臨床試験の結果です。
Total Neoadjuvant Therapy With FOLFIRINOX in Combination With Losartan Followed by Chemoradiotherapy for Locally Advanced Pancreatic Cancer: A Phase 2 Clinical Trial.(局所進行性膵臓がんに対するロサルタンと併用したFOLFIRINOXとその後の化学放射線療法による全術前補助療法:第2相臨床試験)JAMA Oncol. 2019 May 30. doi: 10.1001/jamaoncol.2019.0892. [Epub ahead of print]
【要旨】
重要性:局所進行膵臓がん患者は、以前から予後不良である。術前補助療法の開発と評価が重要である。
目的: 局所進行膵臓がんに対して行うFOLFIRINOX(フルオロウラシル、ロイコボリン、オキサリプラチンおよびイリノテカン)とロサルタンの化学療法とその後に化学放射線療法を行う術前補助療法の有効性を、マージン陰性(R0)切除率で評価すること。
デザイン・設定・参加者:2013年8月22日から2018年5月22日までに大規模病院で局所進行性の切除不能膵臓がんと診断された49人の患者を対象とした。患者はEastern Cooperative Oncology Groupのパフォーマンスステータスが0または1であり、血液学的検査や腎機能および肝機能に問題のない状態であった。解析のための追跡期間の中央値は17.1ヶ月(範囲は5.0〜53.7ヶ月)で、試験が完了した時に27人の患者が生存していた。
介入:患者はFOLFIRINOXとロサルタンを8サイクル受けた。化学療法後にX線診断で切除可能な腫瘍の大きさになった患者は、カペシタビンを用いた短期間の化学放射線療法(5 GyE×5のプロトン照射)を受けた。血管浸潤が持続している患者は、フルオロウラシルまたはカペシタビンによる長期化学放射線療法を受けた。
主な評価項目:マージン陰性(R0)切除率
結果:49人の患者(女性26人、男性23人、年齢中央値63歳 [範囲、42〜78歳] )のうち、39人が8サイクルのFOLFIRINOXとロサルタンを完了した。 10人の患者は、がんの進行(5人)、ロサルタン不耐性(3)、および毒性(2人)のために8サイクル未満であった。 7人の患者(16%)が短期化学放射線療法を受け、38人(84%)が長期化学放射線療法を受けた。
42人の患者(86%)が手術を受けた。参加した49人の患者のうち34人の患者でR0切除が達成された(69%; 95%信頼区間:55%-82%)。
無増悪生存期間中央値は17.5カ月(95%信頼区間:13.9-22.7ヶ月)であり、全生存期間中央値は31.4カ月(95%信頼区間:18.1-38.5)であった。切除を受けた患者では、無増悪生存期間中央値は21.3ヶ月(95%信頼区間:16.6-28.2ヶ月)であり、全生存期間中央値は33.0ヶ月(95%信頼区間:31.4から未達)であった。
結論と考察:FOLFIRINOX、ロサルタン、および化学放射線療法による集学的術前補助療法は、局所進行膵管腺がんのステージを低下させ、マージン陰性(R0)切除率を61%に改善する。
膵臓がんは症状が出にくく早期発見が困難なため、多くは切除不能の進行した状態で見つかっています。
局所進行膵臓がんとは、腫瘍が膵臓の周辺に限局するも、腹部の主要な血管に浸潤しているため、手術で切除するのが難しい状態のすい臓がんです。このような局所進行膵臓がんの場合、術前に化学療法や放射線治療によって、がん組織の縮小を目標にした治療を行います。このような術前補助療法によってがんがかなり縮小すると、切除が可能になります。手術で切除できると生存期間を延ばすことができます。
この臨床試験は、未治療の局所進行膵臓がん患者49人(平均年齢63歳)を対象に、FOLFIRINOX(5-フルオロウラシル+ロイコボリン+オキサリプラチン+イリノテカン)療法とロサルタン、化学放射線療法を組み合わせた術前補助化学療法を行い、中央値で17.1カ月追跡しました。
マージン陰性切除というのは、切除したがん組織の切除断端にがん組織が見つからない状況です。
切除した組織の切除断端にがん細胞が存在すれば、がん組織の取り残しがあることを意味し、完全な切除ができなかったことを意味します。
この新しい術前補助化学療法を実施したところ、治療開始前に手術不可能と判断された対象患者のうち34人(69%)では腫瘍を切除することができたほか、30人(61%)ではマージン陰性切除を達成し、周囲の組織に浸潤した腫瘍も含めて完全に切除することができました。また、このような患者では、無増悪生存期間と全生存期間がいずれも延長しました。
つまり、進行した膵臓がんの化学療法でロサルタンを併用すると奏功率を高めることができることを示唆しています。
【ロサルタンは卵巣がんの腫瘍間質を正常化する】
以下のような報告があります。
Losartan treatment enhances chemotherapy efficacy and reduces ascites in ovarian cancer models by normalizing the tumor stroma.(ロサルタン治療は、卵巣がんの実験モデルにおいて、腫瘍間質を正常化することによって化学療法の有効性を高め、腹水を軽減する。)Proc Natl Acad Sci U S A. 2019 Feb 5;116(6):2210-2219. doi: 10.1073/pnas.1818357116. Epub 2019 Jan 18.
【要旨】
卵巣がん患者において、腫瘍組織の結合組織増加およびアンジオテンシン誘導性の線維形成は、患者の生存と逆相関することが示されている。
我々は、2つの同所性ヒト卵巣がん異種移植片モデルを用いて、高密度の細胞外マトリックスを改変することによって、薬物送達および治療効果を増強する方法を検討した。承認されたアンジオテンシン阻害剤であるロサルタンを用いて、アンジオテンシン・シグナル伝達系を標的とすることにより、細胞外マトリックス含量および関連する「固形ストレス(solid stress)」を減少させ、より良い抗がん治療効果をもたらすことができると仮定した。
ここでは4つの発見を報告する。
(i)ロサルタン治療は腫瘍微小環境を正常化することによって、パクリタキセル(卵巣がん治療に使用される抗がん剤)の有効性を高め、血管灌流と薬物送達の改善をもたらす。
(ii)ロサルタンは、抗線維化作用を持つmiRNA(antifibrotic miRNAs)を誘導することによって細胞外マトリックスを枯渇させる。
(iii)ロサルタン単独では腫瘍量を減少させることはないが、腹水の発生率および腹水症の量の両方を減少させる。
(iv)卵巣がんの標準治療と同時にアンジオテンシン系阻害剤を投与されている患者は、他の降圧薬を服用している患者と比較して30カ月長い生存期間を示した。
我々の研究結果は卵巣がん患者におけるロサルタンと化学療法の併用に関する臨床試験を実施する上での理論的根拠と裏付けとなるデータを提供する。
アンジオテンシンは腫瘍組織の間質の結合組織の増生を促進します。結合組織の増生による固形ストレスによって血管が圧迫されて、抗がん剤ががん細胞に到達できないので、治療効果が低下します。
アンジオテンシン系の阻害剤であるロサルタンは線維化を抑制して、結合組織の多い微小環境を改善することによって抗がん剤治療の効果を高めるということです。
【アンジオテンシン阻害とスタチンは乳がんの再発を予防する】
以下のような報告があります。
Reduced risk of breast cancer recurrence in patients using ACE inhibitors, ARBs, and/or statins.(アンジオテンシン変換酵素阻害薬、アンジオテンシン受容体遮断薬、および/またはスタチンを使用している患者における乳がんの再発リスクの減少。)Cancer Invest. 2011 Nov;29(9):585-93. doi: 10.3109/07357907.2011.616252.
【要旨】
研究の背景:疫学的および生化学的な研究結果は、スタチンおよびアンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害剤またはアンジオテンシン受容体遮断薬(ARB)の抗悪性腫瘍薬としての役割を示唆している。この研究では、これらの薬剤の使用と乳がんの再発リスクとの関連性を評価した。
方法:1999年から2005年の間にII / III期の乳がんで治療を受けた患者の医療記録を解析した。スタチンおよびACE阻害薬/ ARBの使用者は、初回診断後の病状のない時期に少なくとも6ヵ月間これらの薬を服用した患者と定義された。主要評価項目(primary endpoint)は無病生存期間であり、副次評価項目(secondary endpoint)は全生存期間であった。カプランマイヤーおよびコックス比例ハザードモデルを使用した。
結果:合計703人の患者が含まれた。追跡期間の中央値と最大値は、それぞれ55ヶ月と118ヶ月であった。合計168人の患者がACE阻害薬またはARBを使用し、156人の患者がスタチンを使用し、そして81人が両方を使用した。
単変量解析は、ACE阻害薬/ アンジオテンシン受容体遮断薬(ハザード比= 0.57; 95%信頼区間:0.37-0.89; p = 0.013)またはスタチン(ハザード比 = 0.43; 95%信頼区間:0.26-0.70; p < .001))を使用した患者の間で乳がん再発の有意な減少を示した。複数の変数を調整した後、ACE阻害剤/ アンジオテンシン受容体遮断薬(HR = 0.49; 95% CI: 0.31-0.76; p = .002))およびスタチン(HR = 0.40; 95% CI: 0.24-0.67; p < .001)の使用による再発予防は有意なままであり、両方の薬物を使用した人には相加効果が見られた(HR = 0.30 95%CI:0.15-0.61; p = 0.001)。全生存期間に関して関連は見られなかった。
結論:ACE阻害薬/ アンジオテンシン受容体遮断薬(ARB)、スタチン、およびその組み合わせの使用はすべて、乳がんの再発リスクの低下と関連していた。この結果はさらなる研究を推奨している。
再発率は半分以下に低下させても全生存率の低下が認められなかったのは、乳がんは再発しても治療によって生存期間が長いので、追跡期間の中央値が55ヶ月、最大値が118ヶ月では、統計的有意な差がでないということかもしれません。
【レニン・アンジオテンシン系は体液の保持と恒常性を制御している】
生物は体液(体内の水分や血液)を保持しその恒常性を維持する必要があります。
海水に発生した生物が、塩分の少ない淡水で生きられるように進化し、さらに陸に上がって生活する過程で、体の中に水分を保持するメカニズムが必要になってきます。
体内の水分が少なくなれば口渇を感じて水分を摂取し、脱水になれば尿の量を減らすようにホルモンが作用します。
出血して血液を失えば、血管が収縮して血圧を維持します。
このような、体内にナトリウムや水分を保持したり、尿量や血圧を調節する体内の制御システムの中心になっているのが、レニン・アンジオテンシン・アルドステロン系です。
外傷によって血液が失われると、交感神経系が刺激されて、レニン、アンジオテンシン、アルドステロン、カテコラミン、ナトリウム利尿ペプチドが分泌され、体液が減少した状況で血圧を維持しようと働きます。
このようなメカニズムが進化しなければ、生き物は海の中から陸に上がって生存はできません。また、外傷による失血で簡単にショック状態になり、生存に不利になります。
レニン・アンジオテンシン・システム(renin-angiotensin system:RAS)は、血管収縮や血圧の制御、ナトリウム保持とカリウム排出の制御を行っています。
レニンの発見は120年前(1898年)です。腎臓皮質の抽出物の中に血圧を上昇させる物質として発見されています。
1934年には、犬の腎臓の動脈を機械的に閉塞すると慢性の高血圧が発生することが示されています。
腎臓の動脈が閉塞して腎臓に血液が来なくなると、血流を維持するために腎臓は血圧を上昇させる物質を産生するというメカニズムです。
このような研究から、腎臓から分泌されるレニンが、急速で短時間作用性の血圧上昇物質であるアンジオテンシンを産生する機序が解明されています。
レニンは血管拡張因子のブラジキニンを分解して不活性化する作用もあります。つまり、レニンは血管収縮の方向に向かわせます。
血圧や血中ナトリウム量が低下すると、肝臓でアンジオテンシノーゲンが産生されて血中に放出され、腎臓から分泌されるされたんぱく質分解酵素のレニンで分解されて10個のアミノ酸からなるアンジオテンシン-I(AngI)が産生されます。さらにアンジオテンシン変換酵素(angiotensin converting enzyme:ACE)によってアンジオテンシン-II(AngII)が産生されます。アンジオテンシン変換酵素(ACE)は主に肺の血管内皮細胞に発現しています。
AngIは不活性な前駆体で、AngIIが活性体です。
AngIIは受容体のタイプ1(AT1R)とタイプ2(AT2R)に結合して、それぞれの受容体を活性化して作用を発揮します。
AngIからAngIIへの変換はACEの他にChymaseという酵素によっても起こります。Chymaseは心臓の肥満細胞(mast cell)、血管内皮細胞、間葉系の間質細胞、腎臓のメサンギウム細胞や血管内皮細胞などで産生されます。Chymaseは心臓や血管や腎臓において、特に病的状態でのAngIIの産生が関与しています。
AngIIはACE2によってAng1-7に変換される経路もあります。Ang1-7は血管拡張性の作用を示します。
ACE2はcarboxypeptidaseで、AngIIのC末端のアミノ酸を1個除去してアミノ酸7個のポリペプチド(Ang1-7)を産生します。
ACEとACE2の活性のバランスでAngIIの量が制御されます。
AngIIはさらに他のプロテアーゼで分解され、Ang(2-8)[AngIII]、Ang(3-8)[AngIV]が産生されます。
AngIIIはAngIIと同様の作用を示しますが、弱い活性です。AngIVは腎臓や脳の血流を増やして、組織を保護する作用があります。
このように、活性型のAngII以外に、それから派生した物質も様々な作用を示すことによって、レニン・アンジオテンシン系全体が複雑に制御されています。(下図)
図:肝臓で作られるアンジオテンシノーゲン(AGT)が、腎臓から分泌されるされるたんぱく分解酵素のレニンで分解されて10個のアミノ酸からなるアンジオテンシン-I(AngI)が産生され、さらにアンジオテンシン変換酵素(angiotensin converting enzyme:ACE)によって8個のアミノ酸からなるアンジオテンシン-II(AngII)が産生される。AngIIの産生は主に血管系組織で起こる。AngIからAngIIへの変換はACEの他にChymaseという酵素によっても起こる。AngIIはACE2によってAng1-7に変換される経路や、AngIIがさらに他のプロテアーゼで分解され、AngIII [Ang(2-8)]、AngIV[Ang(3-8)]が産生される。(参考:EMBO Mol Med. 2; 247-257, 2010)
【アンジオテンシンIIは受容体を介して作用を発揮する】
アンジオテンシンIIは薬理学的に作用が異なる2種類の受容体に結合して作用します。
タイプ1受容体(AT1R)とタイプ2受容体(AT2R)の2種類です。この2つの受容体は7回膜貫通型のGタンパク質共役型受容体です。
AT1Rは腎臓、心臓、脳、副腎、血管平滑筋、肝臓などで発現しています。
AT1RとAT2Rは循環系や腎臓において逆に作用して制御しています。
血液中を循環しているAngIIは血圧を上昇させたり、副腎皮質からアルドステロンの分泌を促進し、腎臓の尿管上皮細胞に作用してナトリウムと水分を保持する働き(全身作用)があります。さらにAngIIは炎症を増悪させ、組織傷害を促進する局所作用があります。これはタイプ1受容体(AT1R)を介した作用です。
一方、AT2Rは血管を拡張する作用や、心血管系を傷害から保護する作用や、腎臓の線維化を抑制する作用、炎症を抑制する作用、細胞増殖を抑制する作用があります。(下図)
図:肝臓で作られるアンジオテンシノーゲン(AGT)が、腎臓から分泌されるされるレニンで分解されて10個のアミノ酸からなるアンジオテンシン-I(AngI)が産生され、さらにアンジオテンシン変換酵素(angiotensin converting enzyme:ACE)によってアンジオテンシン-II(AngII)が産生される。AngIIは2種類の7回膜貫通型のGタンパク質共役型受容体を介して作用を発揮する。タイプ1(AT1R)は血管を収縮して血圧を上昇し、腎臓の尿管上皮細胞に作用してナトリウムと水分を保持する働きがある。さらにAT1Rは炎症を増悪させ、酸化ストレスを亢進し、線維化を亢進する。一方、AT2Rは血管を拡張し、、心血管系を傷害から保護する作用や、腎臓の線維化を抑制する作用、炎症を抑制する作用、細胞増殖を抑制する作用がある。(参考:EMBO Mol Med. 2; 247-257, 2010)
【アンジオテンシンIIは慢性炎症や発がんに関与している】
レニン・アンジオテンシン・システムの研究領域において、この20年間での進歩は、このシステムが組織局所や細胞内でも存在することが発見されたことです。
この局所におけるレニン・アンジオテンシン・システムの存在は、心臓、腎臓、脳、膵臓、生殖系、リンパ管系、脂肪組織などで確認されています。
このような組織や細胞内でのレニン・アンジオテンシン・システムの存在は、AngIIの全身循環系に対する作用の他に、炎症や細胞増殖や線維化にも関与することが明らかになっています。
AngIIは活性酸素の産生を増やし、細胞増殖や細胞死、細胞の移動や分化、細胞外基質の再構築などに関連し、遺伝子発現に影響し、細胞内の様々なシグナル伝達系に作用し、組織や細胞の傷害を促進する方向で作用しています。
腎臓や心臓や血管系においては、AngIIは炎症性サイトカインの遺伝子発現を促進し、組織に炎症細胞を集積させ、炎症反応を亢進します。
高血圧においては、AngIIは腎臓におけるアンジオテンシノーゲンを誘導して、腎臓だけでAngIIを産生できるようになります。
AngIIはサイトカインやケモカインの産生を誘導し、炎症細胞を炎症が起こっている局所に集める作用があります。
炎症は血管の内皮細胞を活性化して、血管内皮由来の因子によって血管の透過性が亢進し、炎症局所において白血球が集積してきます。
AngIIは血管内皮増殖因子(VEGF)の産生を増やし、血管の透過性を亢進します。
セレクチン、VCAM-1(vascular cell adhesion molecule-1)、ICAM-1(intercellular adhesion molecule-1)などの血管内皮の接着因子の受容体の発現も亢進します。
AngIIはシクロオキシゲナーゼ-2(COX-2)を活性化してプロスタグランジンや活性酸素の産生を増やす作用もあります。
AngIIは炎症反応を増悪させるので、自己免疫疾患の発症に関与しています。
AngIIはT細胞機能に影響するTh1/Th17介在性の多発性硬化症の発症に関与することが報告されています。
AngIIはAT1受容体を介して、Th1とTh17サイトカイン(特にIFN-γとIL-17)の産生を亢進します。
ACE阻害剤やアンジオテンシン受容体阻害剤を用いてレニン・アンジオテンシン・システムを阻害すると、Th1とTh17サイトカインの産生を阻止し、抗原特異的制御性T細胞を誘導して、自己免疫疾患を抑制します。
脳組織のレニン・アンジオテンシン・システムが認知機能に影響することが指摘されています。
脳のレニン・アンジオテンシン系の活性化がアルツハイマー病の発症に関与しています。
アルツハイマー病の脳組織ではレニン・アンジオテンシン・システムの活性が亢進し、レニン・アンジオテンシン・システムの阻害は、アルツハイマー病の認知機能を改善します。
血液脳関門を通過できるACE阻害剤(perindopril, captopril)は認知機能を改善することが報告されています。
819,491人のコホート研究では、アンジオテンシンII 阻害治療(ACE阻害剤かタイプ1AngII受容体阻害剤)を受けている人は認知機能が改善することが明らかになっています。
ACE阻害剤とタイプ1AngII受容体阻害剤の併用は認知機能の改善において相加効果が示されています。(ただし、この2つの薬剤の併用は、低血圧や高カリウム血症や腎臓障害を引き起こすリスクを高めるので、副作用を引き起こさない量の摂取が重要です。)
これらの薬がパーキンソン病の改善に有効であることも報告されています。
アンジオテンシンIIの阻害が活性酸素の産生を減らして、虚血性脳傷害を軽減することが報告されています。AngIIはAT1受容体を介してNAD(P)Hオキシダーゼを活性化し、活性酸素の産生を増やし、組織の酸化傷害を増やし、組織や臓器の老化を促進します。その結果、加齢関連の慢性疾患の発症を促進します。
【アンジオテンシンII阻害は抗がん作用を示す】
アンジオテンシンIIのタイプ1受容体(AT1R)の活性化はがん細胞の増殖や血管新生を促進することが明らかになっています。
AT1Rは様々な正常細胞に発現していますが、がん細胞にはAT1Rの発現量が亢進していることが報告されています。がん組織で産生されるアンジオテンシンIIとがん細胞に発現しているAT1Rが、がん細胞の発生や進展において重要な関与を行っている可能性が報告されています。
AngII-AT1Rシグナル伝達系の活性化が上皮成長因子受容体(EGFR)の発現を亢進する作用も報告されています。
したがって、ACE阻害剤やAR1T阻害剤は抗がん作用を示すことが指摘されています。アンジオテンシンII阻害剤は肺がんにおけるタルセバの効果を高めるという報告があります。
Renin-Angiotensin System Blockers May Prolong Survival of Metastatic Non-Small Cell Lung Cancer Patients Receiving Erlotinib (レニン-アンジオテンシン・システムはエルロチニブ投与を受けている転移のある非小細胞性肺がん患者の生存期間を延長する可能性がある)Medicine (Baltimore). 2015 Jun; 94(22): e887.
エルロチニブ(Erlotinib)は上皮成長因子受容体(EGFR)のチロシンキナーゼを選択的に阻害する内服の抗がん剤で、商品名をタルセバと言います。非小細胞性肺がんや膵臓がんの治療に使われています。
転移している非小細胞性肺がんに対してエルロチニブで治療を行った117例の患者を解析したところ、アンジオテンシン変換酵素阻害剤(angiotensin-converting enzyme inhibitors:ACEIs)かアンジオテンシン2受容体タイプ1の阻害剤(angiotensin-2 receptor 1 blockers:ARBs)を服用していた患者さんの生存期間が長かったという結果が得られたという報告です。
この117例のうち、転移のある非小細胞性肺がんの診断のついた時点で、アンジオテンシン変換酵素阻害剤(ACEIs)かアンジオテンシン2受容体タイプ1の阻害剤(ARBs)のどちらを服用している患者は37例でした。このレニン・アンジオテンシン系阻害剤のグループ(renin-angiotensin system blockers:RASBs)が、RASBsを服用していない非小細胞性肺がん(転移あり)80例を対照にして比較しています。
全症例の平均年齢は61歳で、全例が抗がん剤治療かエルロチニブ治療を受けていました。
RASB群は対照群に比べて、喫煙率が高く、高血圧と虚血性心疾患の率が高く、エルロチニブ、サイアザイド系利尿薬(thiazides)、βブロッカー、カルシウム・チャネル・ブロッカーを使用している頻度が高いことが認められています。
追跡期間の中央値は18.9ヶ月(1〜102ヶ月)です。
追跡期間の中央値はRASB群が17ヶ月で対照群が11ヶ月と統計的有意差を認めました(P=0.033)
処方されたRASB剤で最も多かったのはバルサルタン(valsartan)でした(37例中12例が服用)。
解析の時点で98例(83.7%)が死亡していました。
全生存期間の中央値はRASB群で17ヶ月、対照群は12ヶ月でした(P=0.016)。
興味深いことに、エルロチニブで治療を受けている場合に、RASBの使用による生存期間の延長が最大でした。
RASB+エルロチニブの全生存期間が34ヶ月に対して対照群は25ヶ月でした。
エルロチニブ治療でACEIの使用者は4例のみであったため、この生存期間の延長はおもにARBs(アンジオテンシン2受容体タイプ1の阻害剤)によるものでした。
アンジオテンシンIIの阻害剤が大腸がんの抗がん剤治療の効果を高めるという報告があります。
Angiotensin II type-1 receptor blockers enhance the effects of bevacizumab-based chemotherapy in metastatic colorectal cancer patients.(アンジオテンシンIIタイプ-1受容体阻害剤は転移のある結腸直腸がんにおけるベバシズマブを併用した抗がん剤治療の効果を高める)Mol Clin Oncol. 2015 Nov;3(6):1295-1300.
がん研有明病院の消化器科からの報告です。
ベバシズマブ(Bevacizumab)は、血管内皮細胞増殖因子(VEGF)に対する モノクローナル抗体です。VEGFの働きを阻害することにより、血管新生を抑えたり 腫瘍の増殖や転移を抑えたりする作用を持つ分子標的薬です。商品名はアバスチンで、他の抗がん剤と併用することでよい治療成績が得られています。
組織局所のレニン・アンジオテンシン系が血管内皮細胞増殖因子(VEGF)や上皮成長因子受容体(EGFR)の発現を促進して血管新生を促進することが知られています。
そこで、アンジオテンシンIIタイプ-1受容体の阻害剤とベバシズマブを併用すると抗腫瘍効果が増強するのではないかという仮説のもとに、181例の転移のある結腸直腸がんの患者を対象に臨床試験を行っています。
ファーストラインのオキサリプラチンをベースにした抗がん剤とベバシズマブの併用による抗がん剤治療を受けている患者が、セカンドラインの抗がん剤治療を受ける前からアンジオテンシンIIタイプ-1受容体阻害剤を服用していた群と服用していなかった群の2つのグループに分け、セカンドラインの抗がん剤治療の治療効果を比較しています。
無増悪生存期間中央値(median progression-free survival)は、セカンドラインの抗がん剤とベバシズマブとアンジオテンシンIIタイプ-1受容体阻害剤の併用群(n=56)が8.3ヶ月に対して、アンジオテンシンIIタイプ-1受容体阻害剤を使用しなかった群(n=33)では5.7ヶ月でした。(ハザード比=0.57: 95%信頼区間は0.35〜0.94, P=0.028)
全生存期間中央値(median overall survival)は、アンジオテンシンIIタイプ-1受容体阻害剤を使用した群が26.5ヶ月に対して、使用しなかった群では15.2ヶ月でした。(ハザード比=0.47, 95%信頼区間は0.25〜0.88, P=0.019)
以上の結果から、この論文の著者は、転移のある結腸直腸がんの治療にアンジオテンシンIIタイプ-1受容体阻害剤に使用は生存期間を延長する効果があるという結論を述べています。
以下のような報告もあります。
Impact of renin-angiotensin system blockade on clinical outcome in glioblastoma.(グリオブラストーマの臨床成績におけるレニン・アンジオテンシン系阻害の影響)Eur J Neurol. 2015 Sep;22(9):1304-9.
【要旨】
研究の背景と目的:グリオブラストーマは手術や放射線治療やテモゾロマイド(temozolomide)による治療が行われるが、その予後は極めて不良でである。降圧剤として使用されているアンジオテンシン-II阻害剤は血管新生阻害作用があり、グリオーマを含め様々ながんの動物実験モデルで抗腫瘍効果が報告されている。そこで、アンジオテンシン-II阻害剤の使用がグリオブラストーマの治療効果を高めるかどうかを検討した。
方法:新規に診断され、放射線治療とテモゾロマイドによる化学療法の併用治療を受けた81例の患者を解析した。
この後向き試験(retrospective study)の目的は、無増悪生存期間と全生存期間に対するアンジオテンシン変換酵素阻害剤とアンジオテンシン-II受容体タイプ1阻害剤の影響を評価することである。
結果:解析した81例のグリオブラソトーマの患者のうち、26例が降圧剤による治療を受けていた。7例がアンジオテンシン変換酵素阻害剤を使用し、19例がアンジオテンシン-II受容体タイプ1阻害剤を使用していた。
放射線治療後6ヶ月の時点で機能的に自立していた患者の率は、アンジオテンシン-II受容体タイプ1阻害剤の使用者で85%に対して、それ以外の患者群では56%であった(P=0.01)
アンジオテンシン-II受容体タイプ1阻害剤の使用者の無増悪生存期間は8.7ヶ月(それ以外の患者群では7.2ヶ月)、全生存期間は16.7ヶ月(それ以外の患者群では12.9ヶ月)であった。
多変動解析の結果、アンジオテンシン-II受容体タイプ1阻害剤の使用は、無増悪生存期間(P=0.004)と全生存期間(P=0.04)の両方を統計的有意に延長する要因であった。
結論:放射線治療とテモゾロマイド治療にアンジオテンシン-II受容体タイプ1阻害剤を併用することはグリオブラストーマ患者の予後を改善する可能性が高い。この仮説を検証する前向き臨床試験を行う必要がある。
グリオブラストーマは治療を受けても2年以上の生存は困難な腫瘍です。
グリオブラストーマの診断で放射線治療とテモゾロマイド(商品名テモダール)の併用による標準治療を受けた連続した81例を過去に遡って(retrospectiveに)解析しています。その結果、降圧剤としてアンジオテンシン-II受容体タイプ1阻害剤を使用して患者は、この薬を使用していない患者と比べて、生存期間が長かったという結果が得られたという報告です。
アンジオテンシン変換酵素阻害剤では有効性が確認されていませんが、それはアンジオテンシン変換酵素阻害剤を服用していた患者が7例と少なかったために統計的な有意差がでなかったのかもしれません。
いずれにしろ、グリオブラストーマは血管が豊富な腫瘍であるため、血管新生阻害作用のあるアンジオテンシン-II受容体タイプ1(AT1R)阻害剤の服用はメリットがあるようです。
AT1R阻害剤が血管内皮増殖因子(VEGF)の産生を抑制することが知られています。
乳がん細胞の増殖や転移や血管新生を抑制する結果も報告されています。エストロゲン受容体陽性の乳がん細胞にはアンジオテンシンII受容体(AT1R)の発現が亢進しており、AT1R阻害剤で乳がん細胞の増殖が抑制されることが報告されています。
ACE阻害剤を服用している高血圧患者は乳がんの発生が少ないという報告もあります。
同様な作用は前立腺がんでも報告されています。
がん患者さんで血圧が高い人は、アンジオテンシン-II受容体タイプ1阻害剤を服用するメリットはあります。
高血圧でなくても、低血圧を起こさないレベルのアンジオテンシン-II受容体タイプ1阻害剤かACE阻害剤を服用するメリットは高そうです。
【アンギオテンシンII阻害剤は寿命を延ばす】
以下のような論文があります。
Angiotensin Converting Enzyme (ACE) Inhibitor Extends Caenorhabditis elegans Life Span(アンジオテンシン変換酵素阻害剤は線虫の寿命を延ばす)PLoS Genet. 2016 Feb 26;12(2):e1005866. doi: 10.1371/journal.pgen.1005866. eCollection 2016.
カエノラブディティス・エレガンス (Caenorhabditis elegans) は線虫の1種で、生物学の実験に良く使われます。加齢や寿命の研究にも使われています。インスリン・シグナル伝達系が働かないと寿命が延長するという事実も、この線虫の変異体を解析して得られています。
この論文では、FDA(米国食品医薬品局)が認可している医薬品を、線虫の寿命を延ばすかどうかでスクリーニングしています。その結果、アンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害剤のカプトプリル(captopril)を投与すると線虫の寿命が顕著で延びることが発見されました。そこで、アンジオテンシン変換酵素(ACE)の遺伝子が変異してACE活性が低下している変異体を解析すると、ACE活性が低下すると寿命が延びることが示されました。
アンジオテンシン変換酵素(ACE)の遺伝子が変異している線虫では、カプトプリルによる寿命延長効果は認められませんでした。
その結果、アンジオテンシン変換酵素(ACE)を阻害する薬は、加齢関連疾患の発生や進展を抑制し、寿命を延ばすことができるという結論です。
アンジオテンシンIIタイプ1受容体(AT1R)の阻害はマウスの寿命を延ばす作用が報告されています。
ある実験では、29ヶ月齢で通常のマウスは全例死亡しましたが、この受容体を欠損したマウスでは85%が生きていました。
アンジオテンシンIIタイプ1受容体(AT1R)の欠損したマウスは通常のマウスより寿命が7ヶ月(26%)延長しました。
つまり、AT1受容体を欠損するマウスは寿命が延長するということです。
高血圧のラットにアンジオテンシンII変換酵素阻害剤やアンジオテンシンII受容体阻害剤でアンジオテンシンIIの活性を阻害すると、寿命が2倍になるという実験結果も報告されています。
ACE阻害剤とアンジオテンシンII受容体タイプ1(AT1R)阻害剤は、活性酸素の産生を減らして酸化傷害を軽減し、生存を延ばす遺伝子の発現を亢進し、寿命を延ばすことが示されています。
このように、組織局所におけるレニン・アンジオテンシン系が、炎症や老化やがんにも関与することが明らかになり、レニン・アンジオテンシン系の抑制や阻害が抗老化作用や抗がん作用を示すことが明らかになってきました。
アンジオテンシンII(AngII)がその受容体(特にAT1R)に結合するとミトコンドリアの機能異常を促進し、細胞内の活性酸素の発生量と増やし、細胞や組織のダメージを促進します。
ラットを使った実験では、AngIIシグナル系を阻害すると神経変性を抑制し、寿命を延ばすことが明らかになっています。
加齢関連疾患や慢性炎症性疾患やがんを予防して健康寿命を延ばすという観点から、レニン・アンジオテンシン系を抑制する薬は有用だと言えます。
アンジオテンシンIIは血圧制御やナトリウムと水分の保持といった全身作用の他に、局所において、活性酸素の産生を増やし、炎症を増悪させ、mTOR経路を活性化する作用が知られています。その結果、哺乳動物における老化と加齢関連疾患の発生と進展を促進します。多くの動物実験で、アンジオテンシンIIの阻害剤はがん予防と寿命延長の効果が示されています。
レニン・アンジオテンシン系を阻害する医薬品としてアンジオテンシン変換酵素(ACE)の活性を阻害するACE阻害剤(一般に'-prils'という名称がつく)とアンジオテンシンII 受容体タイプ1(AT1R)を阻害するアンジオテンシン受容体阻害剤(一般に'-sartans'という名称がつく)が数多く販売され、高血圧や心疾患の治療薬として使用されています。アンジオテンシン阻害剤はがん予防と寿命延長に効果が期待できると思います。
図:肝臓で作られるアンジオテンシノーゲン(AGT)が、腎臓から分泌されるされるレニンで分解されて10個のアミノ酸からなるアンジオテンシン-I(AngI)が産生され、さらにアンジオテンシン変換酵素(angiotensin converting enzyme:ACE)によってアンジオテンシン-II(AngII)が産生される。AngIIは2種類の7回膜貫通型のGタンパク質共役型受容体を介して作用を発揮する。タイプ1(AT1R)は血管を収縮して血圧を上昇し、アルドステロンの分泌を促進し、ナトリウムと水分を保持する働きがある(全身作用)。さらにAT1Rは組織局所において、活性酸素の産生を増やして酸化ストレスを亢進し、炎症を増悪し、mTORC1活性を亢進する。その結果、老化を促進し、がんを含めた様々な加齢関連疾患の発症と進展を促進し、寿命を短縮する方向で作用する。ACEやAT1Rの働きを阻害する薬が高血圧や心臓疾患の治療に用いられており、抗がん作用や寿命延長作用が注目されている。
« 653)免疫原性... | 655)セファラ... » |