653)免疫原性細胞死の誘導法(その2):白金製剤+ピリドキシンは抗腫瘍免疫を誘導する

図:シスプラチン(①)によってがん細胞が死滅する(②)。シスプラチン治療にビタミンB6の一種のピリドキシン(Pyridoxine)を併用すると(③)、死滅したがん細胞からカルレチキュリン(CRT)やATPやHMGB1(High-mobility group box 1 protein)などのダメージ関連分子パターン(damage-associated molecular patterns ; DAMPs)が放出される免疫原性細胞死が起こりやすくなり(④)、抗腫瘍免疫を増強することができる(⑤)。 

653)免疫原性細胞死の誘導法(その2):白金製剤+ピリドキシンは抗腫瘍免疫を誘導する

【ビタミンは生命活動に不可欠な栄養素】
私たちが生きていくためには、食物からの栄養素の摂取が必要です。
脂肪、糖質、たんぱく質、ビタミン、ミネラルを五大栄養素といいます。この5つの栄養素のどれが不足しても、体の正常機能が障害されます。
ビタミン(Vitamin)の「ビタ(vita)」は「生命」とか「活力」を意味する言葉で、生命に不可欠な物質という意味をこめて名づけられました。
ビタミンは、体の中で三大栄養素(脂肪、糖質、たんぱく質)の代謝を助ける働きをしています。多くの酵素反応や遺伝子発現に必須の働きを担っています。
脂肪・糖質・たんぱく質のように、細胞の構成成分を作ったり、エネルギーになるものではありませんが、それがないと体という“機械”がスムーズに働かない、いわば“潤滑油”のような働きをしているのです。
ビタミンは水に良く溶ける「水溶性ビタミン」と、水にはほとんど溶けず油に溶ける「脂溶性ビタミン」に大別されます。
水溶性ビタミンには、ビタミンB群(ビタミンB1、B2、B6、B12、ナイアシン、パントテン酸、葉酸、ビオチン)とビタミンCが含まれます。
脂溶性ビタミンにはビタミンA、D、E、Kがあります。

【ビタミンB6は100種類くらいの酵素反応に関与する】
ビタミンB6 (vitamin B6) 活性を持つ化合物には、ピリドキシン (pyridoxine)ピリドキサール (pyridoxal) およびピリドキサミン (pyridoxiamine) の3種類があります。
これら3種類のビタミンB6はピリドキサール・キナーゼによってピリドキサール-5'-リン酸(pyridoxal-5'-phosphate)に変換されます。ピリドキサール-5'-リン酸がビタミンB6の活性型で、様々な酵素反応の補酵素として働きます。

図:ビタミンB6活性をもつ化合物にはピリドキサール、ピリドキシン、ピリドキサミンの3つがあり、ピリドキサール・キナーゼでリン酸化されて活性型のピリドキサール・リン酸に変換される。

ビタミンB6は生鮮食品中では、通常、リン酸やたんぱく質と結合した状態で存在していますが、調理や消化の過程で分解され、最終的にはピリドキサール、ピリドキサミン、ピリドキシンとなって吸収されます。
ビタミンB6は、補酵素(酵素の働きを助ける成分)としてアミノ酸や脂質や糖質の代謝、赤血球のヘモグロビンの合成、神経伝達物質の合成、免疫機能の正常な働きの維持などにおける多くの酵素反応に関与しています。
ビタミンB6が不足すると、皮膚炎、舌炎、口内炎、口角症、貧血、リンパ球減少症になります。また、成人の場合は、うつ状態、錯乱、脳波異常、痙攣発作など神経系に異常が起こることもあります。とくに抗生物質を長期間投与された患者などでは欠乏症になる恐れが指摘されています。
一方、大量に摂取した場合は、感覚性ニューロパシー(感覚神経障害)が起こることが報告されています。
ビタミンB6を多く含む食品は、野菜、魚介類、肉類などです。特にマグロ(赤身)には多く、よい供給源となります。食事以外では腸内細菌によって合成され、供給されています。

【ビタミンB6はがんを予防する】
他のビタミンに比べるとビタミンB6はその効能があまり知られていない目立たないビタミンですが、100種類くらいの酵素反応に必要なビタミンで、抗がん剤治療の副作用予防と抗腫瘍効果増強に有効であることが知られています。がん患者さんに役立つビタミンと言え、がん治療中は積極的に摂取することが推奨されるビタミンです。
ビタミンB6ががんを予防することは、あまり知られていませんが、がん予防効果があることが報告されています。
以下のような報告があります。

Vitamin B6 and risk of colorectal cancer: a meta-analysis of prospective studies.(ビタミンB 6と結腸直腸がんのリスク:前向き研究のメタアナリシス)JAMA. 2010 Mar 17;303(11):1077-83.

【要旨】
背景:100種類くらいの酵素反応に関与する補酵素であるビタミンB6が、結腸直腸がんの発症リスクを低下させることが多くの研究で示されている。
目的:ビタミンB6摂取またはピリドキサール5'-リン酸(活性型ビタミンB6)の血中濃度と大腸がんのリスクとの関連性を評価する前向き研究のメタ解析を用いて系統的レビューを行うこと。
データソース:2010年2月までのMEDLINEおよびEMBASEデータベースの検索によって該当する研究を同定した。
研究の選択:ビタミンB6摂取または血中ピリドキサール5'-リン酸レベルと結腸直腸がん、結腸がん、または直腸がんのリスクとの関連について相対リスクと95%信頼区間を報告した前向き研究を含めた。
データ抽出:2名のレビューアが独自にデータを抽出し、試験の質を評価した。ランダム効果モデルを用いて研究特異的相対リスクをプールした。
データ合成:ビタミンB6摂取量に関する9件の研究および血中ピリドキサール5'-リン酸レベルに関する4件の研究がメタ解析に含めた。最高レベル対最低レベルのカテゴリーのビタミンB6摂取量および血中ピリドキサール5'-リン酸レベルについての結腸直腸がんのプールされた相対リスクは、それぞれ0.90(95%信頼区間:0.75-1.07)および0.52(95%信頼区間:0.38-0.71)であった。ビタミンB6摂取量の研究の間で異質性があったが(P = 0.01)、血中ピリドキサール5'-リン酸レベルの研究の間ではなかった(P = .95)。ビタミンB6摂取の研究の中で不均一性に大きく寄与した1研究をメタ解析から除外すると、プールした相対リスクは0.80(95%信頼区間:0.69-0.92)であった。結腸直腸がんのリスクは、血中ピリドキサール5'-リン酸レベルが100 pmol / mL増加するごとに49%減少した(相対リスク=0.51; 95%信頼区間:0.38-0.69)。
結論:このメタ解析では、ビタミンB6の摂取量と血中ピリドキサール5'-リン酸の濃度は、結腸直腸がんのリスクと逆相関していた。

ビタミンB6の摂取量や活性型ビタミンB6(ピリドキサール5'-リン酸)の血中レベルが高いほど大腸がんの発症リスクが低いということです。
ビタミンB6が膵臓がんの発症リスクを低下することが報告されています。 

Serum B6 vitamers (pyridoxal 5′-phosphate, pyridoxal, and 4-pyridoxic acid) and pancreatic cancer risk: two nested case–control studies in Asian populations.(血清ビタミンB6(ピリドキサール5'-リン酸、ピリドキサール、4-ピリドキシン酸)と膵臓がんリスク:アジア人集団における2つの症例対照研究)Cancer Causes Control. 2016 Dec; 27(12): 1447–1456.

【要旨】
研究の背景:ビタミンB 6は膵臓がんの発症に関連する経路における重要な酵素補因子である。膵臓がんの予防因子としてビタミンB 6を評価するためには、自己申告された食事情報に内在する限界を克服するためのバイオマーカーが必要である。
方法:ピリドキサール5'-リン酸(PLP)、ピリドキサール(PL)、4-ピリドキシン酸(PA)、およびPA /(PLP + PL)比(PAr)を含む血清ビタミンB6関連物質のレベルが、膵臓がん発症のリスクと関連していたかどうかを評価するために、中国の上海およびシンガポールの81,501人の参加者の2つの前向きコホート内で、187例の膵臓がんの症例および258人の個別にマッチした対照の2つの症例対照研究が行われた。 PLP、PLおよびPAは診断前血清試料中で定量された。オッズ比および95%信頼区間(CI)は、潜在的交絡因子を調整した条件付きロジスティック回帰を使用して計算した。
結果:上海とシンガポールのコホートの対照(コントロール)群におけるピリドキサール5'-リン酸(PLP)濃度の中央値(5〜95%区間)は、それぞれ25.7(10.0〜91.7)nmol / Lおよび58.1(20.8〜563.0)nmol / Lであった。プールされた分析において、血清PLPの高値は膵臓がんのリスクの減少と関連していた(P = 0.048)。最も高いカテゴリーのPLP(> 52.4 nmol / L)の調整オッズ比は、ビタミンB 6欠乏群(<20 nmol / L)と比較して0.46(95%CI 0.23、0.92)であった。血清PL、PA、またはParと膵臓がんリスクとの間に関連はみられなかった。
結論:血中のピリドキサール5'-リン酸の高値は膵臓がんの発症を予防する可能性がある。このがん予防効果は、血中ビタミンB 6の低い集団でより明白になるかもしれない。

ビタミンB6不足は膵臓がんのリスクになる可能性を指摘していますビタミンB6のサプリメントでの補充は膵臓がんの予防に役立つ可能性を示唆しています。
4-ピリドキシン酸はピリドキサール5'-リン酸(PLP)の分解産物です。がん組織の炎症が強いとピリドキサール5'-リン酸が亢進するので、血中の4-ピリドキシン酸の量は炎症の指標にもなっています。また、血中の4-ピリドキシン酸が高いと予後が悪いという報告もあります。
ビタミンB6は乳がんの予防にも効果があるようです。以下のような報告があります。

Prediagnostic plasma pyridoxal 5’-phosphate (vitamin B6) levels and invasive breast carcinoma risk: the Multiethnic Cohort.(診断前の血漿ピリドキサール5'-リン酸(ビタミンB 6)濃度と浸潤性乳がんリスク:多民族コホートでの研究)Cancer Epidemiol Biomarkers Prev. 2012 Nov; 21(11): 1942–1948.

【要旨】
研究の背景:実験的研究および疫学的研究から、ビタミンB6が乳がんのリスクを減らす可能性が示唆されている
方法:ハワイと南カリフォルニアの多民族コホートにおいて、ビタミンB 6の活性型であるピリドキサール-5'-リン酸の診断前血漿中濃度と閉経後乳がんリスクとの関連を症例対照研究によって検討した。706例の乳がん患者と、生年月日、民族、試験場所、採血日、採血時間、採血前の絶食時間、および更年期ホルモンの使用について一致させた対照706例を比較した。オッズ比および95%信頼区間は、条件付きロジスティック回帰モデルを用いて計算した。
結果:血漿ピリドキサール-5'-リン酸濃度が高い上位4分の1の群は、濃度が低い下位4分の1の群の女性と比較して、浸潤性乳がんのリスクが30%減少していた(95%信頼区間:0.50〜0.98)(P = 0.02)。この関連は、ホルモン受容体陽性腫瘍を伴う症例に限定されるように思われた。がん診断の1年以上前に採血された血液サンプルを持つ女性に限定された分析でも、同様の関連が認められた(OR = 0.69、CI:0.48-0.99、傾向に対するP = 0.03)。
結論:これらのデータは、血中ビタミンB6の高値が閉経後の浸潤性乳がんのリスクの低下と関連していることを示唆している。
研究の重要性:これらの結果は、他の2つの前向き研究からの結果と合わせて、閉経後乳がんの予防におけるビタミンB 6の役割を示唆している。ホルモン受容体の状態による、乳がんリスクとビタミンB 6の関連性の潜在的な異質性をさらに調査するためには、さらなる研究が必要である。

その他にもビタミンB6のがん予防効果を示す疫学研究は多く報告されています。
ビタミンB6は多くの酵素反応に関与し、DNA修復や免疫機能や恒常性維持機能など、体の治癒力や防御力を高める働きがあるので、がんの予防にも効果があるのだと思います。
例えば、糖尿病におけるDNA傷害をビタミンB6が阻止することが報告されています。
以下のような報告があります。

Protective role of vitamin B6 (PLP) against DNA damage in Drosophila models of type 2 diabetes.(2型糖尿病のショウジョウバエモデルにおけるDNA損傷に対するビタミンB 6の保護的役割)Sci Rep. 2018 Jul 30;8(1):11432. doi: 10.1038/s41598-018-29801-z.

【要旨】
ビタミンB6の欠乏ががんの発症リスクを増加させることが多くの研究で示されており、さらに糖尿病ががんの発症リスクを高めることが示されている。我々はショウジョウバエを用いた以前の研究において、活性型ビタミンB6のピリドキサール5 'リン酸の欠乏が染色体異常(がんの必要条件の1つ)を引き起こし、血液とリンパ液中のグルコース含有量を増加させることを報告した。
そこで、糖尿病におけるDNA傷害とピリドキサール5 'リン酸の関連を検討した。
この研究の目的のために、我々は2つのショウジョウバエ2型糖尿病モデルを作成した。1つはインスリンシグナル伝達の阻害よる実験的糖尿病モデルで、もう1つは高糖質食でハエを飼育する実験モデルである。我々は、高グルコースが染色体異常を誘発することを示した。さらに興味深いことに、ピリドキサール5 'リン酸欠乏は両方の糖尿病モデルにおいて染色体異常を高頻度に引き起こし、ピリドキサール5 'リン酸レベルの低下と高血糖が相乗的にDNAを傷害することが示された。
ピリドキサール5 'リン酸が枯渇した糖尿病細胞における遺伝子異常と糖化最終生成物(AGE)の産生は、AGE産生阻害作用のあるアルファリポ酸によって両方とも阻止された。これはピリドキサール5 'リン酸による遺伝子異常の抑制は、AGE産生の抑制が関与している可能性を示唆している
糖尿病とがんとの関連において、ピリドキサール5 'リン酸の低下が関与している可能性を示唆している。

グルコース(ブドウ糖)は細胞や組織の様々なタンパク質に結合する性質を持っています。タンパク質の分子内に含まれる遊離アミノ基はブドウ糖のアルデヒド基と非酵素的に結合します。この給合はいったん形成されると自然に解離することはありません。これを「タンパク質の糖化」といいます。
タンパク質の糖化は血糖値の高さに比例して起こるため、寿命の判明しているタンパク質の糖化度を測定すれば、過去のある一定期間の血糖の高さを推定することができます。この原理を利用したのが、糖尿病の検査に使われるヘモグロビンA1c(HbA1c)です。赤血球の寿命は約120日なので、赤血球に含まれるヘモグロビンというタンパク質の糖化の度合いを測定すると、過去1〜2ヶ月間の血糖値の指標になると考えられています。
体内で生成した糖化タンパク質はその後分解して様々な低分子物質が生成します。これらの物質を糖化最終生成物(advanced glycation endproducts;AGE)と言います。AGE(エイ・ジー・イー)というのは糖化反応による生成物の総称で、多数の種類が知られています。このAGEという物質が、さらにタンパク質を変性させ、炎症や酸化ストレスを高めて老化を促進します。
AGEは細胞や組織の働きを障害します。すなわち、AGEは細胞外の結合組織に蓄積して結合組織のタンパク質(コラーゲンやエラスチンなど)をクロスリンク(架橋)して、弾力性を低下させます。これは血管や皮膚が硬くなる原因になります。
AGEは細胞のタンパク質も架橋して変性させます。糖の摂取が多くなり、細胞内での糖代謝が亢進すると細胞内のAGEも増えます。細胞膜や細胞内のタンパク質にAGEが結合すると細胞の老化が進み、働きが低下します。
すなわち、AGEsはタンパク質を架橋して変性させ、正常な働きを阻害します(下図)。

図:糖質は水酸基(-OH)を多数持ち、アルデヒド基(-CHO)かケトン基(>C=O)を持つ。アルデヒド基を持つ単糖をアルドース、ケトン基を持つ単糖をケトースと呼ぶ。グルコース(ブドウ糖)はアルドースで、フルクトース(果糖)はケトースになる。分子内に遊離性のアルデヒド基やケトン基を持っていると還元性を示すので、このような糖類を還元糖と言う。還元糖はタンパク質やアミノ酸と反応してタンパク質の糖化を引き起こし、糖化したタンパク質は分解して糖化最終生成物(AGEs)となる。糖化したタンパク質やAGEsはタンパク質の架橋や変性を引き起こし、タンパク質の機能を低下し、炎症反応や酸化ストレスを高める作用がある。その結果、老化を促進し、動脈硬化やアルツハイマー病や糖尿病合併症など様々な疾患の進行を促進する。

マクロファージなどの炎症細胞や血管内皮細胞にはAGEsで修飾されたタンパク質が結合する複数の種類の受容体があり、これらの受容体にAGEs修飾タンパク質が結合すると細胞内のシグナル伝達系が活性化されて、増殖因子や炎症性サイトカインの産生が促進され、活性酸素の発生も増えてきます。
糖質を多く摂取すると血糖が上昇し、タンパク質の糖化やAGEsの産生が増えます。健常者でも、皮膚コラーゲン中のAGEs蓄積量は加齢とともに増加し、糖尿病患者で同年齢の健常者よりもAGEsの量が多いことが報告されています。  
糖化によるAGEsの生成・蓄積は、糖尿病における様々な組織の機能低下だけでなく、動脈硬化や認知症や骨粗鬆症や皮膚の弾力低下など、加齢に伴う多くの老化現象の根本的な原因となっています。  
アルファリポ酸はAGEsの生成を阻害します
この論文の実験では、糖尿病のモデルで、ピリドキサール・リン酸の低下で起こる染色体異常がアルファリポ酸で阻止されたので、糖尿病における染色体異常にAGEsの関与があると考察しています
実際に、ビタミンB6は抗老化のサプリメントとしても有名で、その作用メカニズムはAGEsの産生抑制です。
つまり、ビタミンB6とアルファリポ酸の組合せは、老化予防とがん予防に有効である可能性が示唆されます。

【ビタミンB6はシスプラチンの抗腫瘍効果を増強する】
シスプラチン(cisplatin : CDDP)は白金錯体に分類される抗がん剤で、多くの種類のがんの治療薬として使用されています。
シスプラチンは、DNAの構成塩基であるグアニンとアデニンのN-7位に結合します。2つの塩素原子部位でDNAと結合するため、DNA鎖内には架橋が形成され、その結果、DNAの複製を阻害したり、mRNAの転写を阻害して、細胞にダメージを与え、死滅させます。がん細胞だけでなく、細胞分裂している正常細胞の分裂も阻害するため、副作用も非常に強い薬です(下図)。

図:シスプラチンの2つの塩素(Cl)原子が、DNAの塩基の水酸基(多くはグアニンとアデニンのN-7位)に結合し、DNA鎖内に架橋(クロスリンク)が形成され、DNAの複製やmRNAの転写を阻害して、細胞にダメージを与え、細胞周期の停止(増殖抑制)と細胞死(アポトーシス)を誘導する。

シスプラチンの抗がん作用のメカニズムは、前述のようにDNAに付加体を結合させることによるDNAの複製や転写の阻害がメインだと考えられていました。しかし、最近の研究では、シスプラチンの抗がん作用はDNAに結合することより、細胞内で酸化ストレスを高める機序の関与が大きいと考えられています。その理由は、シスプラチンの抗がん作用は抗酸化剤の投与で減弱すること、シスプラチン耐性細胞では抗酸化システムの増強が起こっていること、などが明らかになっているからです。
このシスプラチンの抗腫瘍効果をビタミンB6が増強することが報告されています。

Prognostic impact of vitamin B6 metabolism in lung cancer.(肺がんにおけるビタミンB 6代謝の予後に対する影響)Cell Rep. 2012 Aug 30;2(2):257-69.

【要旨】
非小細胞肺がんの患者は、シスプラチンなどの細胞傷害性薬剤で治療されている。
全ゲノムを対象にするsiRNAのスクリーニングを通じて、in vitroおよびin vivoでのシスプラチン応答の中心的な制御因子としてビタミンB6代謝が関与することを明らかにした。
細胞内グルタチオンの枯渇を伴う代謝障害を増悪させることによって、ビタミンB6はシスプラチン介在性DNA損傷を悪化させ、それによって多くのがん細胞株のアポトーシス感受性を高める。
さらに、ビタミンB 6は、複数の化学療法薬を含む、異なる種類の物理的および化学的ストレスによるアポトーシス誘導に対してがん細胞の感受性を高める。
この効果は、ビタミンB 6の活性型を生成する酵素のピリドキサールキナーゼ(pyridoxal kinas)を必要とする。
ストレス反応におけるビタミンB6の一般的な役割と一致して、ピリドキサールキナーゼの低発現レベルが非小細胞肺がんの患者の予後不良と関連することが、独立した2つの集団(コホート)の研究で明らかになった。
これらの結果は、ピリドキサールキナーゼの発現レベルが非小細胞肺がん患者の予後と関連するバイオマーカーとなることを示唆している

以下のような報告もあります。

Vitamin B6 metabolism influences the intracellular accumulation of cisplatin.(ビタミンB6代謝はシスプラチンの細胞内蓄積に影響する) Cell Cycle. 2013 Feb 1; 12(3): 417–421.

【要旨】
ビタミンB 6代謝は、栄養欠乏、温熱療法、低酸素、放射線照射、ならびにDNA損傷剤シスプラチンを含む細胞傷害性化学療法薬への曝露を含む、様々な細胞障害に対する非小細胞肺がん細胞の適応反応に影響を及ぼす。
したがって、生理活性型のビタミンB6を生成する酵素であるピリドキサールキナーゼのsiRNAを介した発現抑制は、細胞傷害作用から非小細胞肺がん細胞を保護する。
したがって、ビタミンB 6の前駆体の1つであるピリドキシンの投与は、in vitroおよびin vivoでシスプラチン誘発性細胞死を増強させるが、それはピリドキサールキナーゼが発現される場合に限られる
逆に、還元型グルタチオン(GSH)などの抗酸化剤は、シスプラチンの毒性からがん細胞を保護することが知られている。
ピリドキシンは、シスプラチン投与によって形成されるシスプラチン-DNA付加物の量を増加させ、結果として生じるDNA損傷応答を増強させる。
一方、還元型グルタチオンの存在下では、非小細胞肺がん細胞においてシスプラチン-DNA付加物は検出できないレベルに低下し、DNA損傷応答が引き起こされない。
したがって、ビタミンB 6代謝と還元型グルタチオンがシスプラチンと薬物動態的に相互作用するのかどうかを考察した。
この短いコミュニケーションにおいて、我々は、還元型グルタチオンがシスプラチンの細胞内蓄積を阻害する一方で、ピリドキシンがピリドキサールキナーゼ依存的にシスプラチンの細胞内蓄積を増強することを示す。重要なことに、そのような薬物動態学的効果は、シスプラチンの細胞内流入および細胞外流出に関与する細胞膜トランスポーターとは関連しない。

シスプラチン、カルボプラチン、オキサリプラチンなどの白金製剤にビタミンB6のサプリメントでの補充は、抗腫瘍効果を高める効果が期待できそうです。ただ、この場合、ビタミンB6はピリドキサールやピリドキサミンでなく、ピリドキシンであることが重要のようです。

【シスプラチン+ピリドキシンは免疫原性細胞死を引き起こす】
従来、抗がん剤の抗腫瘍効果は、がん細胞を直接死滅させる機序によると考えられてきました。しかし、免疫応答を誘導して、免疫監視機構を活性化する機序も関与していることが指摘されています。免疫応答を引き起こすような細胞死を免疫原性細胞死といいます。
シスプラチンとビタミンB6の一種のピリドキシンを併用すると抗腫瘍免疫を増強することが報告されています。
以下のような報告があります。

Immune-dependent antineoplastic effects of cisplatin plus pyridoxine in non-small-cell lung cancer.(非小細胞肺がんにおけるシスプラチンとピリドキシンの免疫依存性抗腫瘍作用)Oncogene. 2015 Jun 4;34(23):3053-62. doi: 10.1038/onc.2014.234. Epub 2014 Jul 28.

【要旨】
シスプラチンは広く使用されている抗悪性腫瘍薬である。シスプラチンの抗腫瘍効果は、ビタミンB 6前駆体のピリドキシンと組み合わせることによって増強することができる。ここでは、非小細胞肺がんの同所性マウスモデルを用いて、ピリドキシンとシスプラチンの相乗的相互作用を検討した。
シスプラチンとピリドキシンは抗腫瘍作用において相乗効果を示した。しかしながら、この相乗作用は免疫系が正常なマウスにおいてのみ観察された。Tリンパ球を欠く無胸腺マウスでは、シスプラチンとピリドキシンの相乗効果は認められなかった。 シスプラチンとピリドキシンの併用療法によって非小細胞肺がんから治癒した免疫正常マウスは、同じがん細胞株での皮下再移植に対して抵抗性になった。
培養細胞を用いたin vitroの実験で、シスプラチンとピリドキシンは非小細胞肺がんに対して相乗的な殺傷作用を引き起こすだけでなく、小胞体ストレス応答およびがん細胞表面でのカルレチキュリンの曝露を含む免疫原性細胞死の徴候も誘発した。In vitroでシスプラチン+ピリドキシンで処理した非小細胞肺がん細胞は、免疫適格マウスへの移植に防御的な抗がん免疫応答を誘発した。
まとめると、これらの結果は、シスプラチンとピリドキシンの併用が、非小細胞肺がんに対する免疫依存的抗腫瘍効果を媒介することを示唆している。 

シスプラチンで治療するときにピリドキシンを併用すると、カルレチキュリンの細胞表面への移行を増やして免疫原性細胞死を起こしやすくするという結果です。
シスプラチン+ピリドキシンの相乗効果は免疫応答の正常なマウスでは認められ、免疫不全のマウスでは認められないので、免疫依存的な機序での抗腫瘍メカニズムが作用しているという結論です
シスプラチン+ピリドキシンはがん細胞により小胞体ストレスを高めるためだと考察しています。

図:細胞がダメージを受けて死滅するとき、細胞内に存在する成分が放出されて炎症細胞や免疫細胞を刺激する。ミトコンドリアのATPや核のHMGB1(High-mobility group box 1 protein)は細胞外に放出されると樹状細胞を刺激する(①)。小胞体のカルレチキュリン(Calreticulin)は細胞表面に出て、樹状細胞に認識され、貪食のシグナルとなり、がん抗原を提示する働きを活性化する(②)。ピリドキシンは小胞体ストレスを引き起こす(③)。小胞体ストレスの高い状態で放射線や抗がん剤でがん細胞が死滅するとカルレチキュリンが多く露出した死細胞となる(④)。このような免疫応答を引き起こしやすい細胞死を「免疫原性細胞死」という(⑤)。シスプラチン治療にピリドキシンを使用すると免疫原性細胞死を誘導してがん抗原に特異的な抗腫瘍免疫を高めることができる。

ビタミンB6にはピリドキシン、ピリドキサール、ピリドキサミンの3種類があり、これらが体内でピリドキサール・キナーゼでピリドキサール・リン酸になってビタミンB6としての働きを示します。シスプラチンなどの抗がん剤の効果を高める目的ではピリドキシンを使用する必要があるかもしれません。今月の論文に以下のような報告があります。

Pyridoxine Preferentially Induces Auditory Neuropathy Through Mitochondrial Dysfunction and Endoplasmic Reticulum Stress-Mediated Apoptosis.(ピリドキシンはミトコンドリア機能障害と小胞体ストレス介在生アポトーシスによって聴覚神経障害を優先的に誘導する)Ann Otol Rhinol Laryngol. 2019 Jun;128(6_suppl):117S-124S. doi: 10.1177/0003489419836116.

【要旨】
目的:ピリドキシンの毒性による聴覚神経障害に関してはまだ十分に解明されていない。本研究では、内耳のコルチ器官(organ of Corti)の生体外外植片および蝸牛神経芽細胞株(VOT-33細胞)を用いて、聴覚性神経障害に対するピリドキシンの作用の根底にある直接的なメカニズムを調べた。

方法:らせん神経節ニューロンを含むコルチ器官の移植片および培養VOT-33細胞をピリドキシンで処理した。

結果:移植したコルチ器官の神経線維において、ピリドキシンは神経細胞骨格タンパク質であるNF200を減少させた。また、VOT-33細胞に対して、ピリドキシンは細胞周期のG0 / G1期で停止させ、カスパーゼ-3活性化およびPARP切断によって示されるように、アポトーシスを誘導した。さらに、ピリドキシンは活性酸素種の生成を亢進し、ミトコンドリア膜電位遷移の変化を引き起こした。さらに、Bcl-2ファミリータンパク質の発現を亢進し、その結果としてのCa 2+蓄積と、リン酸化PERK、カスパーゼ12、Grp78、およびCHOPなどの小胞体ストレス関連のタンパク質の発現を誘導した。

結論:ピリドキシンは、コルチ器官の生体外移植植片中の神経線維の細胞死を高度に誘導し、蝸牛神経芽細胞株VOT-33細胞においてミトコンドリア介在性の小胞体ストレスを引き起こし、アポトーシス細胞死を著しく増加させた

コルチ器官は内耳にある感覚器官です。主にリンパ液を伝わってきた音の振動を有毛細胞が感知し、聴細胞を興奮させて音の刺激を伝える器官です。ピリドキシンは聴覚神経系において、小胞体ストレスを誘導し、細胞死を誘導するということです。
小胞体ストレスを与えた状態で抗がん剤で死滅すると、カルレチキュリンが細胞表面に露出され、これが強力な「eat-me」シグナルとなって、マクロファージや樹状細胞に認識されます。
アントラサイクリンやオキサリプラチンは免疫原性細胞死を起こしやすくします。
オキサリプラチンに比べるとシスプラチンは免疫原性細胞死を起こしにくいのですが、小胞体ストレスを高める治療を併用すると免疫原性細胞死を誘導できます
2-デオキシ-D-グルコース(652話参照)とピリドキシンを併用すると、シスプラチンをはじめ、多くの抗がん剤治療の効き目を高めることができます。
医薬品やサプリメントとしてビタミンB6製剤は入手できます。医薬品もサプリメントも、ピリドキサールとピリドキシンがあります。ピリドキシンの製剤を使うのが良いと思います。
ピリドキシン塩酸塩製剤としては富士製薬工業の「ビタミンB6錠」というのがあります。
また、がん細胞の小胞体ストレスを高める方法として高脂血症治療薬のシンバスタチンとアルコール中毒治療薬のジスルフィラムも有効です。(634話参照)
糖尿病治療薬のメトホルミンや牛蒡子のアルクチゲニンも小胞体ストレスを高めます(626話参照)
これらを併用してがん細胞の小胞体ストレスを高める方法は抗がん剤治療後の抗腫瘍免疫を高め、がん細胞を消滅させる方法として試してみる価値はあります。

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