279)肝硬変・肝臓がんの漢方治療

図:肝臓がんには他のがんとは異なる特徴がある。その一つは、発がんリスクと臓器機能が逆相関することで、慢性肝炎から肝硬変へ進展するに従い、肝機能は低下し、発がんリスクは高くなる。もう一つの特徴は「多中心性発がん」で、肝臓発がんの原因である肝炎ウイルス感染とそれによる慢性炎症による肝臓がん発生リスクは肝臓全体に及んでおり、1個のがんをつぶしても、残った肝臓に第2、第3の肝臓がんが発生してくる。肝硬変・肝臓がんに対する漢方治療においては、肝機能を良くすることと、発がんを予防することを同時に行う必要がある点が、他のがんの漢方治療と異なる点である。

279)肝硬変・肝臓がんの漢方治療

【肝臓がんは多中心性発がん】
肝臓がんの自覚症状は全身のだるさやみぞおち付近の痛みや黄疸などですが、初期には症状がほとんどでません。肝臓は「沈黙の臓器」とも呼ばれ、肝硬変も肝臓がんも初期には症状はほとんど無く、症状が出たときはかなり進行した状態で、治療も困難です。したがって、肝硬変や肝臓がんによる死亡を減らす基本は、手遅れになる前の早期の段階で発見し、治療を開始することです。
肝臓がんの約9割はC型肝炎(約8割)かB型肝炎(約1割)のウイルスに感染し、慢性肝炎肝硬変を合併しています。肝臓がんの予防と早期発見には、まずは血液検査で肝炎ウイルス感染の有無を調べ、感染していたら肝臓専門医に受診し、適応があれば、インターフェロンや抗ウイルス剤による治療を受けて肝炎の進行を抑え、がんの発生を予防します。さらに、超音波検査などでがんができていないかを定期的にチェックし、がんが見つかったら、手術、ラジオ波治療、肝動脈塞栓療法などによる治療を受けることになります。
しかし問題は、肝臓がんは1年以内の再発率が15~20%と高いという点です。その理由は、肝臓がんの原因である肝炎ウイルス感染とそれによる慢性炎症による発がんリスクは肝臓全体に及んでおり、1個のがんをつぶしても、残った肝臓に第2、第3の肝臓がんが発生してくるためです。
肝臓に肝炎ウイルスが感染して炎症を引き起こす病気がウイルス性肝炎です。肝炎が長く持続(慢性化という)している状態を慢性肝炎と言い、慢性炎症の結果、肝臓のコラーゲン線維が多くなり硬くなった状態が肝硬変です。肝硬変では正常の肝細胞の数が減少し、血液循環も悪くなっているので、有害物質や老廃物を処理する解毒力が低下し、さらに蛋白質の合成能力が低下して栄養状態も悪化していきます。
ウイルス性慢性肝炎あるいは肝硬変患者の肝臓は、肝臓全体が肝がん発生のリスクに曝されていて、最初に検出できたがんを根治できたとしても次々に新たながんが発生します。これを「多中心性発がん」と言い、肝臓がんが1個見つかれば他の場所にもすでにがんの芽である前がん病変や微小がんが存在するので再発しやすいということで、肝臓がんの宿命みたいなものです。どこが最初に大きくなるかだけの問題で、肝臓がんが発生するリスクは肝臓全体に存在しているのです。肝硬変を合併している場合には、最初に見つかった肝臓がんを手術したあと3年間で3分の2の症例で残存肝に再発をおこします。
胃がんや肺がんなど他のがんの場合、「再発」というのは、最初のがん(原発巣)のがん細胞が周囲に浸潤したり他の臓器に転移していたりして、どこかに生き残っていたがん細胞が増殖することによって起こります。したがって、早期発見によってがんが小さいうちに治療すれば、再発を防ぐ確率が高くあります。一方、肝臓がんの場合は、原発のがんを完全に取り除いても、残った肝臓に新しいがんが発生して再発をくりかえすので、早期発見しても再発は免れないのです。

【肝臓がんの発生を遅らせる植物成分】
コーヒーが肝臓がんを予防することは276話で解説しています。
コーヒーを多く飲むほどC型慢性肝炎の進行速度が遅くなり、肝臓がんの発生率が半分程度に減ることが複数の疫学研究であきらかになっています。その理由として、コーヒーに多く含まれるポリフェノールなどによる抗酸化作用や抗炎症作用の関与が指摘されています。
野菜を多く摂取することが肝臓がんの予防に効果があることも報告されています。厚生労働省研究班の多目的コホート研究(JPHC Study)では、野菜、緑黄色野菜、緑葉野菜の摂取量が多い上位3分の1のグループは、最も少ない下位3分の1のグループと比較して、肝臓がんのリスクがそれぞれ 39%、 35%、 41%低下したことを報告しています。この理由も、野菜に含まれる成分の抗酸化作用や抗炎症作用などが関与していると考えられています。
肝臓の炎症や線維化や発がんを促進する因子と抑制する因子が知られており、促進する因子を減らし、抑制する因子を増やせば、肝硬変の進展や肝臓がんの発生を遅らせることができます。


肝臓がんの早期発見と治療の繰り返しでは限界があり、発がん自体を抑制する予防法の確立が最も重要となります。
肝臓の炎症を抑え、抗酸化力を高めて肝臓の酸化障害を抑え、さらに微小循環を改善したり、がん細胞の増殖を遅くするようにすれば、がんの発生や再発が予防できるのですが、西洋医学には適当なものがありません。この戦略において、ハーブや漢方薬の中に有効な成分が多く見つかっています。ウイルス駆除だけを治療戦略としてきた米国でも、その限界が明らかになるにつれ、薬草などの伝統医療を使った治療法に注目するようになりました。

【慢性肝炎と肝硬変の漢方治療】
炎症が強く肝細胞の障害が著明なときには、炎症を抑え、肝細胞を保護する作用がある柴胡(サイコ)、黄芩(オウゴン)、茵陳蒿(インチンコウ)、山梔子(サンシシ)、五味子(ゴミシ)などが有効です。
炎症が持続して体力や免疫力や食欲が低下している場合には、抗炎症作用のあるサイコ、オウゴンに加えて、人参(ニンジン)や甘草(カンゾウ)のような補益薬(抵抗力を高める薬)と半夏(ハンゲ)・生姜(ショウキョウ)・大棗(タイソウ)のような健胃薬を同時に含む小柴胡湯(しょうさいことう)が適する状態といえます。小柴胡湯のように抗炎症作用と同時に体の抵抗力を高める薬を組み合わせた漢方薬を和剤といいます。
エキス製剤の小柴胡湯は慢性肝炎には使えますが、肝硬変には使用が禁止されています。肝硬変に小柴胡湯を使った症例に間質性肺炎の副作用が認められたからです。 
一方、炎症の活動性が低く、体力や肝臓機能の低下した状態(=虚)であれば、人参(ニンジン)・黄耆(オウギ)・白朮(ビャクジュツ)・茯苓(ブクリョウ)などの滋養強壮薬(補益薬)を主体とした補中益気湯(ほちゅうえっきとう)や人参養栄湯(にんじんようえいとう)のような補剤といわれる漢方薬を用いたほうが効果があります。これらに、さらに組織の血液循環を改善する生薬や、肝臓の解毒能や抗酸化力や免疫力を高める生薬などを、病状に応じて併用するとがんの発生を抑える効果が出てきます。
肝臓機能の低下は、肝臓の線維化によって血液循環が悪くなることが重要な原因となっています。したがって、肝臓の血液やリンパの流れを良くするだけでも肝機能や解毒機能を高める効果があります組織の血流を良くする桃仁(トウニン)・牡丹皮(ボタンピ)・芍薬(シャクヤク)・桂皮(ケイヒ)などを含む桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)を併用すると良い場合があります。
欝金(ウコン)、莪朮(ガジュツ)、丹参(タンジン)、田七人参(デンシチニンジン)などの生薬には血液循環を良くするだけでなく、肝機能を改善する効果も知られています。
炎症の持続は、慢性肝炎から肝硬変への進展や発がん過程を促進させる要因として重要です。炎症の過程で炎症細胞から分泌される炎症性サイトカインや増殖因子などが病気の悪化に関与しています。
腫瘍壊死因子-α(tumor necrosis factor-alpha, TNF-α)は、C型肝炎における炎症反応の中心的なメディエーターであることが報告されています。TNF-aの血中レベルは、C型肝炎患者におけるALT(肝細胞が障害されると血中に放出される酵素の一種)の血中レベルや線維化の程度と相関することが報告されています。また、インターフェロン治療によって肝炎が軽快した患者においてTNF-αの血中濃度が低下することが知られています。
このような炎症性サイトカインは発がん過程やがん細胞増殖に促進的に働きます。シソ科のオウゴン、ハンシレン、カゴソウには、強い抗炎症作用やがん予防効果が知られています。
血中のTNF-αを低下させる生薬やハーブもいくつか知られています。お茶、イチョウ葉エキス、生姜、ナツシロツメクサ(feverfew)などが、TNF-αを低下させることが報告されています。多くのハーブに含まれるケルセチン(quercetin)というフラボノイドには、TNFαの産生を阻害する強い活性があります。ケルセチン以外にも、フラボノイド類にはTNF-αの産生を阻害する活性をもつものが多くあります。
腫瘍は血管新生(angiogenesis)が伴わないと増殖しません。一般に炎症反応は血管新生を促進することが知られています。慢性炎症状態は酸化ストレスを増大し、腫瘍組織の血管新生を促進することになりますが、抗炎症作用や抗酸化作用をもった生薬は、酸化ストレスと血管新生を抑制して肝臓がんの発生を予防する効果が期待できます。腫瘍の血管新生を阻害してがんの発生や再発を予防する方法をAngiopreventionと言います。(136話参照)
肝臓がんの化学塞栓療法に漢方薬を併用すると生存率を高めることができることが臨床試験で示されています。その理由の一つは、漢方薬が血管新生を阻害して肝臓がんの再発を抑制するためだと思われます。また、抗がん作用をもった生薬(半枝蓮・白花蛇舌草・竜葵・七葉一枝花など)も肝臓がんの再発予防に効果が期待できます。
漢方治療によって進行した肝臓がんが退縮した症例が報告されています(234話参照)。
このように、肝機能を良くする生薬や炎症や発がん過程を抑制する生薬を組み合わせることによって、肝硬変による肝機能低下を改善し、肝臓がんを予防する効果を高めることができる点が、西洋医学にない漢方治療の特徴です。

◯ 台湾の医療ビッグデータの解析で漢方治療がウイルス性慢性肝炎患者の肝臓がんの発生を抑制する結果が報告されています。

609)漢方薬は慢性肝炎患者の肝臓がんの発生を抑制する

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