がんの予防や治療における漢方治療の存在意義を考察しています。がん治療に役立つ情報も紹介しています。
「漢方がん治療」を考える
435)アマゾンの秘薬コパイバ(Copaiba)とβ-カリオフィレン
図:アマゾン川流域ではコパイバと呼ばれるCopaifera属の木に傷をつけて流れ出る樹液が、古くから病気の治療に利用されている。この天然の樹液には精油と樹脂が含まれ、精油の主成分はセスキテルペンのβ-カリオフィレンである。β-カリオフィレンはカンナビノイド受容体タイプ2(CB2)の選択的アゴニストであり、抗炎症作用や鎮痛作用や抗がん作用が知られている。コパイバ・オイルに含まれるその他の精油成分なども抗菌作用や創傷治癒を促進する作用などがある。コパイバ・オイルもβ-カリオフィレンも安全性は高く、米国食品医薬品局(FDA)は食品添加物として認可しており、経口摂取ができる。コパイバ・オイルは市販されており、β-カリオフィレンも食品添加物として入手できる。安全性の高い天然成分によるCB2受容体を介した抗炎症や鎮痛の治療に利用できる。
435)アマゾンの秘薬コパイバ(Copaiba)とβ-カリオフィレン
【植物由来の精油には殺菌作用がある】
精油(せいゆ)は英語ではエッセンシャル・オイル(essential oil)と言います。精油は植物が産出する揮発性の油状物質で、各植物や部位によって特有の配合成分を有し、特有の香りと機能を持ちます。
精油は植物の花、葉、果皮、樹皮、根、種子などから抽出され、その芳香から食品産業などで香料として利用されています。香料以外にも、芳香剤、入浴剤、石鹸、化粧品、育毛剤、口腔内消毒剤などの生活雑貨品や医薬部外品としても用いられています。
精油には植物にとって様々な作用がありますが、その一つが昆虫や細菌などの害を防ぐ作用です。
1930年ごろソ連のレニングラード大学のボリス・トーキンが、植物を傷つけるとその周囲にいる細菌などが死ぬ現象を発見し、植物が周囲に何らかの揮発性物質を放出したためと考えて、この揮発性物質をフィトンチッド(Phytoncide)と命名しました。「Phyto」は「植物」を意味し、「cide」は「殺す」を意味し、「植物由来の殺菌成分」という意味です。
植物の精油に含まれるテルペノイドなどには殺菌力を持つ成分が数多く含まれており、これらの物質がフィトンチッドの本体と考えられています。
例えば、防虫薬として昔から利用されている樟脳(しょうのう)はクスノキの精油の二環性モノテルペンケトンです。
【精油にはテルペン類の成分が多く含まれる】
精油は水に溶けにくく油に良く溶けます。通常の油は揮発性がありませんが、精油は揮発性がある点が油と異なります。揮発性があるのは分子が小さいからです。
テルペン(terpen)は
植物体内でメバロン酸経路により生合成され、イソプレン骨格(C5H8)がいくつか結合してできた化合物の総称です。植物や昆虫や菌類などによって作り出される天然成分で、もともとは精油から見つかった一群の炭素10個の化合物(モノテルペン)に与えられた名称であるため、炭素10個を基準として体系化されています。
すなわち、モノテルペンはイソプレンが2個結合して炭素が10個(C10H16)、ジテルペンはイソプレンが4個結合し炭素が20個、セスキテルペンはイソプレンが3個結合したもので炭素が15個です。「モノ(mono-)」は「1個」、「ジ(di-)」は2個で、「セスキ(sesqui-)」は1.5個の意味です。
テルペン類のうち、カルボニル基やヒドロキシ基などの官能基を持つ誘導体はテルペノイド(terpenoid)と呼ばれます。
炭素10個で構成しているモノテルペン類と、炭素15個で構成されるセスキテルペン類は揮発性が高く、空気中を漂いにおいを作り出しています。
炭素数が20のジテルペン以上になると分子量が大きくなるため揮発しにくくなります。
つまり、精油成分にはモノテルペン類(炭素10個)とセスキテルペン類(炭素15個)が多く含まれます。炭素数が20のジテルペン以上になると分子量が大きくなるため揮発しにくくなるので精油に含まれなくなります。
漢方薬は複数の生薬(薬草などの天然の薬物)を熱水で抽出した煎じ液(煎じ薬)を服用します。煎じた抽出エキスを、インスタントコーヒーを作るのと同じ方法(スプレードライ法)で乾燥粉末にしたエキス製剤も使用されています。
エキス製剤の効果は煎じ薬に比べてかなり劣ります。その最大の理由は、スプレードライ法で乾燥粉末にする過程で、水と一緒に精油がほとんど蒸発して無くなってしまうからです。
生薬や薬草やハーブの薬効はそれらに含まれる多くの成分の相乗効果によって成り立ちます。精油に含まれる揮発性のテルペノイドとその他の非揮発性の成分(アルカロイドやフラボノイドなど)が相互作用することによって、天然薬の薬効は決まります。精油成分(モノテルペンやセスキテルペン)が消失すると漢方薬の薬効はかなり低下することになります。
【アマゾンの民間薬コパイバにはβカリオフィレンが多く含まれる】
精油成分には殺菌作用だけでなく、様々な薬効を有する成分が含まれています。
森林の中に入って、すがすがしい空気にひたる「森林浴」にはリラックス効果や免疫増強効果があることが報告されています。この森林浴の効果も樹木から発散される精油成分によるものと考えられています。
精油には多数の薬効成分が多く含まれています。アロマテラピーでは、このような薬効を有する芳香性の精油を利用しています。
樹木から得られる樹脂や精油は古くから病気の治療に用いられています。現在も用いられているものも多くあり、これらの天然成分が実際に薬効があることを証明しています。
コパイバ(Copaiba)はアロマテラピーでも使用される精油の一種です。アマゾン川流域に広く分布するマメ科の樹木のCopaifera属の木から採取される天然樹液です。コパイバはCopaifera officinalis (コパイババルサムノキ)などのCopaifera属の木に傷をつけて流れ出る樹液を集めます。この樹液はOleoresin(含油樹脂)と呼ばれ、樹木の樹脂(松やにのように樹木が分泌する不揮発性の固体または半固形体の物質)と精油(揮発性の油)が混じった液体です。
アマゾン川流域ではいまだ伝統的な治療師による薬草を使った民間療法が用いられています。このコパイバはアマゾンの原住民たちが古来より万能薬として外用や内服で利用してきました。現在でも民間薬として利用されています。
コパイバは外傷や火傷、皮膚疾患、様々な炎症性疾患、感染症(気管支炎、梅毒、淋病、リーシュマニア)、消化性潰瘍、がんなど多くの疾患の治療に利用されています。
コパイバ・オイルは米国食品医薬品局(FDA)が食品添加物としても認可しており、経口摂取して毒性が低い精油です。動物実験での致死量として体重1kg当たり数グラム程度のデータがあるので、成人が1日に体重1kg当たり数10mg程度はほとんど毒性がないと考えられます。(注意:原液の摂取は刺激が強いので、ジュースや油で薄めて服用します)
このコパイバ・オイルの主成分はセスキテルペンのβカリオフィレンです。βカリオフィレンが40~60%程度含まれているようです。
β-カリオフィレンにはカンナビノイド受容体CB2を活性化する作用によって抗炎症作用を示すことが明らかになっています。(434話参照)
コパイバの抗炎症作用や鎮痛作用は古くから多くの報告があります。最近の報告では、コパイバの抗炎症作用や鎮痛作用はβ-カリオフィレンによるカンナビノイド受容体CB2の選択的アゴニスト(作動薬)作用で説明されています。
選択的CB2受容体アゴニストによる治療効果が期待できる疾患として以下のような多くの疾患が報告されています。(Philos Trans R Soc Lond B Biol Sci. 2012 Dec 5; 367(1607): 3353–3363.の表1より)
・手術後疼痛(acute or post-operative pain)
・慢性炎症性疼痛(persistent inflammatory pain)
・神経障害性疼痛(neuropathic pain)
・骨転移を含むがん性疼痛(cancer pain including bone cancer pain)
・掻痒症(pruritus)
・パーキンソン病(Parkinson's disease)
・ハンチントン病(Huntington's disease)
・筋萎縮性側索硬化症(amyotrophic lateral sclerosis)
・多発性硬化症(multiple sclerosis)
・自己免疫性ぶどう膜炎(autoimmune uveitis)
・エイズ脳炎(HIV-1 brain infection)
・アルコール性神経障害(alcohol-induced neuroinflammation/neurodegeneration)
・不安関連障害(anxiety-related disorders)、
・双極障害や人格障害や注意欠陥・多動性障害や物質使用障害における衝動(impulsivity)
・コカイン依存(cocaine dependence)
・外傷性脳障害(traumatic brain injury
・脳卒中(stroke)
・動脈硬化症(atherosclerosis)
・全身性硬化症(systemic sclerosis)
・炎症性腸疾患(inflammatory bowel disease)
・アルコール性肝疾患(alcoholic liver disease)などの慢性肝障害(chronic liver diseases)
・糖尿病性腎症(diabetic nephropathy)
・骨粗しょう症(osteoporosis)
・咳(cough)
・がん(乳がん、前立腺がん、皮膚がん、膵臓がん、結腸直腸がん、肝臓がん、転移性骨腫瘍、悪性リンパ腫、白血病、神経膠腫など)
以上のように、CB2アゴニストは多くの疾患に対して治療効果を示す可能性が報告されています。したがって、β-カリオフィレンを大量に含むコパイバが、アマゾンで「万能薬」や「秘薬」と表現されているのも、それほど誇張ではないかもしれません。
コパイバ・オイルは欧米や日本でも販売されているポピュラーな精油です。コパイバ・オイルはネット上で販売されています。
ただし、βカリオフィレンは食品添加物として純度85%以上のものがコパイバオイルより安価に入手できるので、病気の治療の目的ではβカリオフィレンそのものを利用するのも良いかもしれません。
【β-カリオフィレンは抗炎症と鎮痛作用がある】
前述のコパイバや大麻や黒こしょうなどの香辛料の精油に広く含まれるβ-カリオフィレンがカンナビノイド受容体タイプ2(CB2)の選択的アゴニストであることは前回(434話)解説しています。
β-カリオフィレンはnMのレベルでCB2受容体に結合してアゴニスト(作動薬)として作用します。
β-カリオフィレンは生体利用性が高く、直ぐに代謝されることはなく、経口摂取後の最高血中濃度到達時間(Tmax)は1時間以上と報告されています。天然の植物性ポリフェノール(フラボノイドなど)は生体利用性が極めて悪いのと対照的と言えます。
マウスを使った実験で、1日体重1kg当たり5mg以下の投与量で、β-カリオフィレンは強い抗炎症作用と鎮痛作用を示しました。この効果はCB2受容体を欠損させたマウスでは認められなかったので、β-カリオフィレンの抗炎症と鎮痛作用はCB2を介することが証明されています。
β-カリオフィレンがCB2を介する機序で、炎症性サイトカインの産生を抑制する作用や、神経障害性疼痛を緩和することが報告されています。
そのため、このFDAが認可している食品添加物(β-カリオフィレン)がカンナビノイド受容体CB2の活性化による薬効が注目されています。
オピオイド系鎮痛薬で軽減できない強い痛みに対して、オピオイド系鎮痛薬に、精神作用のないCB2アゴニスト(作動薬)を併用すると、オピオイドの鎮痛作用を増強し、さらにオピオイドの副作用を軽減できることが報告されています。
【β-カリオフィレンは抗炎症作用と鎮痛作用と抗不安・抗うつ作用がある】
疼痛は様々な原因で発生します。
怪我などで炎症が起こると痛みを起こす物質が発生し、この物質が末梢神経にある「侵害受容器」という部分を刺激することで痛みを感じます。この炎症性により発生する疼痛は「侵害受容性疼痛」と呼ばれています。身の危険を察知するための痛みでもあります。
何らかの原因により神経が障害され、それによって起こる痛みを「神経障害性疼痛」といいます。
帯状疱疹が治った後の痛み、坐骨神経痛や多発性硬化症や脊髄損傷による痛み、糖尿病神経障害による痛み・しびれなどがあります。疾患としての痛みです。
さらに、不安やストレスなど、心理・社会的な要因で起こる痛み(心因性疼痛)もあります。神経障害性疼痛などで慢性的に強い痛みが続くと、不眠や不安や抑うつ状態になり、心因的要因も重なってますます症状が重くなるという悪循環に陥ることもあります(下図)。
慢性疼痛性疾患や炎症性疾患やがんなどで、治療法がないときにCB2を活性化する方法は試してみる価値はあると思います。
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