102)抗がん剤治療の吐き気・嘔吐を緩和する小半夏加茯苓湯

図:小半夏加茯苓湯を構成する3つの生薬。小半夏加茯苓湯は半夏・生姜・茯苓の3つの生薬の相乗効果によって吐き気や嘔吐を緩和する効果を発揮する。つわり、乗り物酔、薬の副作用によって起こる悪心、嘔吐、食欲不振などに用いられている。抗がん剤治療後の吐き気や嘔吐の緩和にも効果が期待できる。

102)抗がん剤治療の吐き気・嘔吐を緩和する小半夏加茯苓湯

【がん患者の吐き気・嘔吐の原因】
がん患者さんが吐き気を起こす原因として、抗がん剤や放射線治療の副作用、消化管の通過障害、脳圧亢進、精神的・心理的要因などがあります。
消化管の通過障害や、脳腫瘍やがんの脳転移による脳圧亢進は、それを引き起こしている原因を除去する必要があります。
一方、抗がん剤や放射線治療の副作用や精神的・心理的要因による吐き気は、薬による緩和がある程度可能です。
抗がん剤による吐き気や嘔吐は、抗がん剤によって消化管粘膜からの
ヒスタミン分泌が起こって迷走神経や中枢神経が刺激され、最終的に延髄(えんずい)にある嘔吐中枢が刺激されておこります。この刺激が軽度であれば吐き気(悪心)、強ければ嘔吐となります。
抗がん剤による吐き気・嘔吐には症状のあらわれ方によって、抗がん剤投与後24時間以内に現れる
急性嘔吐と、それ以降に現れる遅延性嘔吐、抗がん剤を連想させるものを見ただけで現れる心因性の予期性嘔吐などがあります。それぞれ各種制吐剤や精神安定剤などの医薬品を適切に使うことによって症状の軽減がはかられます。
抗がん剤治療による吐き気・嘔吐の治療には
5-HT3受容体拮抗薬副腎皮質ホルモンが使われます。抗がん剤によって消化管の腸クロム親和性細胞からセロトニンが遊離し、消化管粘膜内の求心性迷走神経終末に存在するセロトニン5-HT3受容体に結合・刺激して嘔吐中枢を経て嘔吐を誘発します。それに対し5-HT3受容体拮抗薬は、5-HT3受容体と優先的に結びついて塞いでしまうこと(拮抗)によって、セロトニンの働きを遮断します。延髄の嘔吐中枢にも5-HT3受容体が存在し、セロトニンが結合して直接嘔吐を引き起こします。
すなわち、
5-HT3受容体拮抗薬はセロトニンによる迷走神経終末や延髄の嘔吐中枢の刺激を遮断することによって、吐き気や嘔吐を抑えます
5-HT3受容体拮抗薬には商品名で、カイトリル、セロトーン、ゾフラン、ナゼア、ナボバンなどがあります。
さらに、
副腎皮質ホルモンを併用することによって吐き気止め効果を高めることができます。
5-HT3受容体拮抗薬と副腎皮質ホルモンの併用によって抗がん剤治療の急性嘔吐の7~8割は抑制できると報告されていますが、遅延嘔吐や予期嘔吐に対しては、その効果はあまり強くありません。
抗がん剤治療に伴う吐き気や嘔吐に対して、
生姜(しょうが)の鎮吐作用に関する臨床試験が行われ、幾つかの試験では、生姜の効果が認められています。生姜を5-HT3受容体拮抗薬と併用することによって、急性嘔吐や遅延性嘔吐の抑制効果が高まるという報告があります

【生姜の吐き気止め作用】
生姜はショウガ科のショウガの根茎(肥大した地下茎)です。学名はZingiber officinaleで、英語はGingerです。食品や香辛料としてポピュラーですが、世界中の民間療法でも利用されています。中国やインドでは2500年以上前から、頭痛、吐き気、関節痛、風邪などの治療に利用されています
漢方薬に使う場合は
ショウキョウを言います。ショウキョウは食欲を増進し、消化機能を高め、吐き気を止め、体を温めるなどの効果があり、多くの漢方薬に加えられます。また、辛み成分には抗炎症作用やがん予防効果が報告されています。
生姜の吐き気止め作用は、多くの国で民間療法として利用されており、その有効性は経験的に知られていました。
さらに、その効果を確かめるための二重盲検の臨床試験も多く実施されています。
その結果、
妊娠にともなう吐き気(つわり)、乗り物酔い、手術後の吐き気に対する有効性が報告されています
さらに、
抗がん剤の吐き気・嘔吐に対する研究では、5-HT3受容体拮抗薬と併用して5-HT3受容体拮抗薬の制吐作用を増強し、急性嘔吐の他に遅延性嘔吐にも効果があることが報告されています。
臨床試験の結果では、1日1~2gに相当する量の生姜で吐き気止め作用が認められていいますが、この量は漢方薬で使用する量とも一致しています。
生姜を取りすぎると、血小板の凝集力を阻害して出血が止まりにくくなるという報告がありますが、実際に行われた臨床試験では、1日15gの生姜を食べても、血液凝固を妨げる効果は認められなかったという報告もあります。
漢方治療では1日1~3g程度の乾燥した生姜(ショウキョウ)を使用しますが、この量では血液凝固を妨げる可能性は低いと言えます。

【小半夏加茯苓湯の制吐作用】
漢方治療では、効果をより高めるために複数の生薬を組み合わせる方法を臨床経験の中から蓄積してきました。吐き気・嘔吐を治療する漢方薬として
小半夏加茯苓湯(しょうはんげかぶくりょうとう)という処方があり、つわりや胃腸炎で起こる吐き気に良く効きます。
小半夏加茯苓湯は吐き気止めの作用のある
半夏(はんげ)生姜(しょうきょう)茯苓(ぶくりょう)という3つの生薬を組み合わせて作られています(表)。



半夏
(ハンゲ)
サトイモ科カルスビシャクの塊茎を乾燥したもの。カラスビシャクは全国に自生し、雑草として扱われている。
塊茎には鎮吐作用や去痰作用がある。ただし、単独で使用するとえぐ味が強く、咽を刺激して吐き気を催す。


生姜
(ショウキョウ)
ショウガ科ショウガの根茎。
健胃作用、食欲増進、鎮吐作用がある。ハンゲと併用してハンゲの刺激性やえぐ味を緩和し、鎮吐作用を増強する。


茯苓
(ブクリョウ)
サルノコシカケ科のマツホドの外層を除いた菌核。
胃腸機能を促進し、消化管内の余分な水分の排出を促進することによって吐き気を軽減する。

半夏はサトイモ科のカラスビシャクの塊茎で、吐き気を止め胃部のつかえを軽減する効果がありますが、えぐみが強く、刺激性があって単独では使いにくい欠点があります。生姜はショウガの根茎で、前述のごとく制吐作用があり、さらに半夏のエグミを軽減する効果があります。茯苓はサルノコシカケ科のマツホドの菌核で、胃腸機能を改善し胃内の水分の停滞を改善する作用があります。したがって、これらの3種類の生薬を組み合わせることによって、吐き気を止める作用を相乗的に高めると同時に副作用の軽減が達成できます。
さらに、半夏は抑うつ症状や不安感を軽減する効果があります。茯苓も精神安定に働いて、動悸・不安感・驚きやすい・不眠などに効果があります。このような効果は、心因性の予期性嘔吐の緩和にも役に立ちます。

以上のことから、
抗がん剤の吐き気を抑制する目的に、5-HT3受容体拮抗薬と副腎皮質ホルモンを併用した標準的な吐き気止め対策に加えて、小半夏加茯苓湯のような漢方薬を併用することは有効だと言えます。特に、5-HT3受容体拮抗薬と副腎皮質ホルモンの併用でも十分にコントロールができない遅延性嘔吐予期性嘔吐の緩和にも効果が期待できます。予期性嘔吐の緩和には、さらに精神安定作用や抗不安作用を有する生薬を加えると効果を高めることができます。さらに、食欲や体力や免疫力を高める生薬を併用することによって、さらに抗がん剤の副作用を軽減できます。

(文責:福田一典)


 

(漢方煎じ薬の解説はこちらへ


コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
« 101)NF-κB活... 103)抗がん剤... »