23) 守る治療(補法)と攻める治療(瀉法)

図:がんの漢方治療では、体に備わる抗がん力(体力、免疫力、治癒力など)を高める補法と、がん細胞を攻撃する瀉法のバランスが大切。

23) 守る治療(補法)と攻める治療(瀉法)

【がんの漢方治療では補剤と瀉剤を上手に使う】
 漢方では、体力や抵抗力を維持する上で不足している気血水を補う治療を「補法」と言い、その時に使用する漢方薬を「補剤」と言います。一方、体に害になっている原因を取り除く治療を「瀉法」と言い、瀉法に使う漢方薬を「瀉剤」といいます。
 がんの漢方治療においては、状況や病状によって、補法と瀉法のバランスを考えることが大切です。例えば、がんの発生や再発の予防を目的とする場合には、がん細胞を攻撃する必要はないので、体の免疫力や治癒力を高めて体を守る治療が主体になります。
 がん細胞が増殖し、その結果体力や抵抗力が低下しているがん患者の場合は、体力や抵抗力や治癒力を高める「守る治療」だけでなく、がん細胞の増殖を抑える「攻める治療」も一緒に行います。
 守る治療の場合でも、単に滋養強壮や免疫増強の作用をもった生薬の組み合わせでは不十分です。抗病反応を効率的に高めるためには、血液や体液の循環を良くし、不安や抑うつを緩和して、体全体の機能を良くすることが大切です。そのためには、気血水の量的不足を補うだけでなく、巡りを良くすることも大切です。
 攻める治療に関して西洋医学のがん治療(抗がん剤や放射線治療など)を行っている場合は、漢方治療は副作用の軽減を目標に守る治療に重点をおきます。西洋医学の攻撃的な治療の適応にならない場合は、がん細胞を攻撃する抗がん生薬の併用を考慮します。
 体力や抵抗力が低下した状態では、抗がん剤などの攻撃的な治療を十分行なうことができません。がん細胞への攻撃(瀉法)を十分に行なうためには生体側の「虚」の状態を改善しておかなければなりません。手術や放射線照射、抗がん剤治療を受けた生体は、生理機能が衰退して「虚」の状態になっていると考えられます。したがって、これらの侵襲的治療を行なっている時には不足した体力を補うことが必要となるのです。
 がん細胞を殺す目的での瀉法には漢方単独では限界もあります。特殊な抗がん生薬を用いたがん治療の有効性を強調した報告も散見されますが、ある程度大きくなった進行がんでは、がんを縮小させることは困難な場合も多いようです。がん細胞の攻撃に関しては西洋医学の侵襲的治療も適切に利用するほうが、漢方薬単独で全てを対処するより有効な場合が少なくありません

【扶正去邪の法則】
 病因(発病要因)は、大きく内因と外因に分けられます。内因は人体内部から病気を生じさせる要因で、外因は外来性の発病要因です。内因・外因によって身体の失調が生じると、正常な機能や代謝が阻害されて、体内に病的状態が発生し、これが人体をさらに障害することになります。気滞(機能停滞)・お血(血行停滞)・水滞(水分停滞)がこれにあたります。
 人間の正常な生理機能を損なうものは「」といいます。邪とは全ての病原要因の総称で、外界からの病因だけでなく、生体内の諸機能の異常によって生じる機能失調(お血・気滞・水滞など)なども含んだ概念です
 漢方医学の認識では、疾病は人体の正気と病邪が闘争(邪正闘争)するプロセスであって、なかでも正気の強弱が直接的に疾病の発生・進行・転帰を決定するとしています。正気とは、生体内の全ての抗病物質を包含する漢方概念であり、現代医学的には、防御機構・恒常性維持機構・免疫監視機構・修復システムなどを包括する生体の自然治癒力そのものなのです免疫のシステムや、活性酸素の害を防ぐ抗酸化力や、DNA変異を修復するDNA修復システムなども、漢方医学でいうところの「正気」の作用と基本的に一致していますがんの漢方治療においては、がん細胞そのものやがん細胞の悪化を促進させる生体の機能失調(お血・気滞・水滞など))を取り除く「去邪法」に加えて、生体機能を高めて正気を充実させる「扶正法」を同時に考慮している点に特徴があり、この扶正去邪の方法が漢方治療によるオーダーメイドのがん治療の真髄になっています。

【がん治療における扶正去邪の応用】
 がん治療においては、がん細胞の強さと体の抵抗力との駆け引きが大切です。体の抵抗力や体力が十分あれば、がん細胞を攻撃する治療も十分行なうことができます。しかし、体力が低下している場合には、がんを攻撃する方法は十分行なえませんので、体力を回復させる方法を優先します。がんにおける漢方治療の目的は、まさにがん細胞の強さと体の抵抗力の程度を見極めて、がんに対する体の抵抗力を高めることにあります。
 がんにおいては、病気の元であるがん細胞が病邪になるのですが、組織の炎症やフリーラジカルなどがんを悪化させる要因の全てが病邪になります。また精神的ストレスや栄養不良や循環異常など、生体の抵抗力や免疫力を低下させる要因も病邪になります。一方、がん細胞に対する免疫細胞を中心とした攻撃力が正気になります。消化吸収機能を高めて栄養状態を改善したり、血行を改善して組織の新陳代謝を促進して治癒力を増強したり、免疫賦活作用をもつ生薬を使って積極的に免疫力を増強させる方法が扶生法になります。このように病気の原因(病邪)を除去する「去邪法」と、病邪に対する生体の抵抗力(正気)を扶ける「扶生法」という二つの戦術的方法をバランスよく応用することががんの漢方治療の基本となります
 気虚(生命エネルギーの不足)や血虚(栄養物質の不足)など物質的な不足や、気滞(機能停滞)やお血(血行停滞)や水滞(水分停滞)といった循環障害や機能の停滞は、免疫力や治癒力の低下につながります。漢方薬の滋養強壮作用や補益作用は手術後の体力回復に有効です。抗酸化作用やフリーラジカル消去活性は、抗がん剤や放射線療法による正常細胞への障害を軽減します。免疫賦活作用や造血機能促進などの作用も、これら侵襲的治療による抵抗力や治癒力の低下を防いでくれます。最近の研究では、漢方薬の中に使われている生薬の成分に、がん細胞の薬剤耐性を阻止する活性が見つかっていますし、がん細胞にアポトーシスを誘導する成分も報告されています。
 西洋医学の標準的治療では、「邪」の中でもがん細胞だけをターゲットにしており、体の治癒力や抵抗力を高めることは全く眼中になく、がんを取り除くためなら体の治癒力や抵抗力を犠牲にしても構わないという考え方をします。その理由は、生命機械論の立場をとる西洋医学では体の治癒力(自己治癒力や自然治癒力という)の存在を軽視しているからです。漢方では、体の治癒力を妨げている原因を見極め、それに対処することによって、個々の患者さんに応じた方法で治癒力を高めるための理論と方法を大切にしています。

(文責:福田一典)

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