250)食品や生薬の成分によるDNAメチル化の制御

図:DNAメチルトランスフェラーゼ(DNAメチル基転移酵素)はDNAのシトシン塩基の5位炭素原子にメチル基を付加する酵素で、DNAのメチル化の状態を維持する。DNAメチルトランスフェラーゼを阻害すると、DNA複製の際にDNAメチル化維持が阻害され、スイッチがオフになっていたがん抑制遺伝子のスイッチがオンになって、がん細胞の増殖が抑えられる。緑茶ポリフェノールのエピガロカテキンガレートや大豆イソフラボンのゲニステインなどDNAメチルトランスフェラーゼの活性を阻害する天然成分が報告されている。


250)食品や生薬の成分によるDNAメチル化の制御


【DNAメチル化は遺伝子発現のスイッチをオフにする】
前回の249話ではエピジェネティクス(epigenetics)について解説しました。エピジェネティクスというのは、DNAのメチル化やヒストン(DNAと結合しているタンパク質)のアセチル化など、クロマチン(DNAとタンパク質の複合体)の後天的な修飾によって遺伝子発現が制御されることです。
DNAの遺伝情報に基づいてメッセンジャーRNA(mRNA)が転写され、さらにmRNAからタンパク質が合成されます。このように遺伝子情報がタンパク質の合成を介して、細胞の構造や機能に変換される過程を「遺伝子発現」と言います。
遺伝子にはその発現を調節する部分があり、これを
プロモーターと言います。遺伝子を使うか使わないかを制御している領域のことです。
遺伝子が発現するためには、DNAからRNAを作るRNAポリメラーゼという酵素や遺伝子発現を調節する転写因子がこのプロモーター領域に結合することが必要です。このプロモーター領域には、CpG(C はシトシン、Gはグアニン)という配列が繰り返された部分があり、DNAメチル化とは、DNAのCpGという配列の部分でC(シトシン)にメチル基(-CH3)いう分子がつくことです。
プロモーター領域のDNAにメチル化が起こると、RNAポリメラーゼや転写因子が結合できなくなり、遺伝子からmRNAが転写される段階が阻害され、遺伝子発現のスイッチがオフになるのです。このように、エピジェネティスによって遺伝子発現のスイッチが切られることを「遺伝子のサイレンシング(silencing)」と呼ばれています。
細胞が分裂する際にはDNAが複製されますが、このとき、メチル化されているかいないかの状態も複製されます。このDNAのメチル化を行う酵素がDNAメチルトランスフェラーゼ(DNAメチル基転移酵素)です。DNAのシトシン塩基の5位炭素原子にメチル基を付加する酵素で、DNAのメチル化の状態を維持する働きがあります。

【多くのがんでがん抑制遺伝子のサイレンシングが起こっている】
がんの発生を抑える遺伝子として、がん細胞の増殖を抑える遺伝子(がん抑制遺伝子)やDNAの修復をする遺伝子があります。このようながん細胞の発生を抑えてくれる遺伝子のメチル化がおこれば、そのがん抑制遺伝子はオフになり、発がんしやすくなります。最近の研究で、がん抑制遺伝子の遺伝子発現を調節するプロモーター部分のDNAのメチル化やヒストンの修飾によって、がん抑制遺伝子のサイレンシング(silencing)が起こっていることが多くのがん細胞で認められています。
DNAに傷がついて間違った塩基に変換したり、遺伝子が途中で切れたりすることをDNAの「変異」と呼び、DNA変異を引き起こす物質を変異原物質とよびます。環境中には、たばこ・紫外線・ウイルス・食品添加物など変異原物質が充満しています。体内でのエネルギー産生や物質代謝の過程や慢性炎症などで発生する活性酸素も変異原性があります。がんの治療で使われる放射線や抗がん剤も変異原作用があり、放射線治療や抗がん剤治療が別の新たながんの発生の原因となることもあります。これを2次がんと言います。
DNAは4種類の塩基(アデニン、グアニン、シトシン、チミン)の配列によってタンパク質のアミノ酸配列を決めているので、この塩基配列に欠損があったり、異なる塩基に置き換わったりすると、アミノ酸配列(つまり、タンパク質の構造)に変化が起こり、細胞の機能がおかしくなります。
一般的に、細胞のがん化は遺伝子の変異によって起こると考えられています。細胞の増殖や分化や死に関連する遺伝子(がん遺伝子やがん抑制遺伝子)に突然変異が起こって、これらの遺伝子の働きに異常が起こるために細胞ががん化するという考えです。しかし、最近の研究によって、遺伝子の変異とは関係ない、エピジェネティック(epigenetic)な機序によるがん遺伝子やがん抑制遺伝子の発現異常による発がんメカニズムの重要性が指摘されるようになったのです。

【DNAメチル化の状態は変えることが可能】
DNAの突然変異は不可逆的な変化で、一旦発生すると、その変異が自然に正常に戻ることはなく、細胞分裂するたびにその変異は引き継がれます。したがって、遺伝子の突然変異によって起こった遺伝子異常は元に戻すことはできません。
一方、エピジェネティック(epigenetic)な変化は、細胞分裂のDNA複製時にその状態は引き継がれますが、その状態を変えることができます。DNAのメチル化の状態は、DNAメチル基転移酵素(DNA methyltransferase)の働きによって細胞分裂して増えた細胞にも引き継がれます。
がん抑制遺伝子のサイレンシングが起こっていれば、細胞分裂で増えたがん細胞にもDNAメチル基転移酵素の働きによって同じようにがん抑制遺伝子のサイレンシングが引き継がれます。しかし、DNAメチル基転移酵素の働きを阻害する薬を投与すると、細胞分裂のDNA複製の時にDNAのメチル化が阻害されるため、今までDNAのメチル化で発現が抑制されていたがん抑制遺伝子のスイッチがオンになり、がん細胞の増殖が抑制されたり、がん細胞が死滅するようになります
細胞のがん化がDNAの突然変異による不可逆的なものであれば、がんの治療はがん細胞を死滅させる方法しか有効ではありません。変異をもったがん細胞は死滅させないことには治療できないからです。しかし、DNAメチル化のようなエピジェネティックな可逆的な変化であれば、がん細胞を死滅させなくても、おとなしくさせることが可能です。つまり、悪者を殺さななくても、再教育して正常(あるいはおとなしい状態)に戻すことができるというわけです。
「がんは遺伝子が変異しているから、栄養療法や食事療法は効果が無い」という意見がありますが、これは細胞のがん化の原因として突然変異だけしか知られていなかったときには正しかったのですが、エピジェネシスによる細胞のがん化が知られるようになってからは、「栄養療法や食事療法でがん細胞の増殖を抑えることができる」ということは可能性が高いと考えられるようになりました。DNAメチル化を阻害する作用がある天然成分が報告されており、そのような成分を含む食品や漢方薬ががんの予防や治療に役立つ可能性が指摘されているからです。

【緑茶ポリフェノールのDNAメチル基転移酵素阻害作用】
緑茶のがん予防効果は多くの研究で明らかになっています。例えば、緑茶を日頃から飲用ている人はがんが少ないという報告や、がん治療後の再発率が低下するという報告があります。多くの動物実験において、緑茶や緑茶ポリフェノール(エピガロカテキンガレートなど)が、発がん物質の作用を打ち消したり(抗イニシエーション作用)、がんの進行を遅らせる(抗プロモーター作用)効果があることが知られています。
このような緑茶ポリフェノールのがん予防効果のメカニズムとして、抗酸化作用や抗炎症作用や細胞シグナル伝達の阻害などが指摘されています。さらに最近では、DNAメチル化阻害作用などのエピジェネティックな作用メカニズムの関与が注目されています。すなわち、緑茶ポリフェノールがDNAメチル基転移酵素に対して直接的な阻害作用を有することが報告されており、緑茶ポリフェノールの中でもエピガロカテキンガレートが最も阻害活性が高いというデータが報告されています。
培養したがん細胞にエピガロカテキンガレートを添加すると、DNAメチル基転移酵素阻害作用によって、ハイパーメチル化されたがん抑制遺伝子の脱メチル化によってがん抑制遺伝子の再発現が起こり、がん細胞の増殖抑制や細胞死(アポトーシス)の誘導が起こるという実験結果が報告されています。
また、エピガロカテキンガレートは、メチル基ドナーのS-アデノシルメチオニンの量を減らすことによってDNAメチル化を間接的に阻害する作用も報告されています。
茶ポリフェノールの発がん予防効果に関しては、臨床試験もいくつか行われており、そのがん予防効果が期待されています。抗酸化作用や抗炎症作用や細胞シグナル伝達の阻害作用に加えて、エピジェネティックな作用機序によるがん抑制遺伝子の活性化は、緑茶ポリフェノールが進行がんにも効果が期待できることを示唆しています。

【DNAメチル基転移酵素を阻害する天然成分】 
緑茶ポリフェノールの他にも、大豆イソフラボンのゲニステインウコンのクルクミン、赤ぶどうの皮に含まれるレスベラトロール、アブラナ科野菜のスルフォラファンなど、がん予防効果が報告されている様々な成分についても、DNAメチル化やヒストンのアセチル化の調節などエピジェネティックな作用を示す研究結果が報告されています。
大豆に含まれるイソフラボンのゲニステイン(genistein)は女性ホルモン(エストロゲン)様作用によって乳がんや前立腺がんの発生を予防する効果が知られています。さらに、抗酸化作用やシクロオキシゲンーゼ-2阻害作用などの抗炎症作用、細胞内シグナル伝達阻害による増殖抑制作用、血管新生阻害作用など、様々な抗腫瘍作用が報告されています。さらに最近は、ゲニステインにDNAメチル基転移酵素の阻害作用があることが報告されています。
マウスの実験で、妊娠マウスにゲニステインを投与すると、生まれてきた子マウスの遺伝形質の変化が認められるという報告があります。つまり、胎児期の発育過程で、ゲニステインは胎児DNAのメチル化に影響して、遺伝子発現に変化を与える効果があることを示しています。培養がん細胞を使った実験では、DNAメチル基転移酵素の阻害作用によって、ハイパーメチル化されたがん抑制遺伝子の再発現を促進してがん細胞の増殖を抑える効果が報告されています。
つい最近までは、がん抑制遺伝子の働きの低下は遺伝子の突然変異によるものと考えられてきました。しかし、最近の研究で、細胞のがん化の過程で、多くのがん抑制遺伝子のサイレンシング(エピジェネシスによる遺伝子発現の抑制)が起こっていることが明らかになり、DNAメチルトランスフェラーゼを阻害することによってがん抑制遺伝子を再び発現させる方法ががんの予防や治療の手段として注目されるようになり、エピジェネシスをターゲットにしたがん治療薬の開発も盛んに行われています。
食品や生薬のがん予防効果や抗腫瘍効果のメカニズムも、抗酸化作用や免疫増強作用、抗炎症作用、細胞シグナル伝達阻害作用などが主に検討されてきましたが、遺伝子発現に作用して増殖や転移を抑えている可能性は高いようです。DNAメチルトランスフェラーゼの活性阻害作用をもった天然成分を利用すれば、がんとの共存の可能性も高まると思います。



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