がんの予防や治療における漢方治療の存在意義を考察しています。がん治療に役立つ情報も紹介しています。
「漢方がん治療」を考える
109)高価な漢方薬や健康食品が売れるわけ
図:偽の薬であっても、薬を飲んだという暗示によって治癒効果が現れ、これをプラセボ効果という。プラセボ効果は、薬に対する期待感や、治療を受ける安心感、医師に対する信頼感などによって高くなる。さらに薬の値段が高いほどプラセボ効果が高くなることも報告されている。漢方薬や健康食品も高価なものほど売れるのは、これと関連しているかもしれない。
109)高価な漢方薬や健康食品が売れるわけ
【値段の高いものが効くと思う心理】
高価なものほど品質が良く効き目がありそうな気になります。人間のこの心理をついて、安いものでも高く売った方がよく売れると、健康食品などではわざと法外な価格にしている場合もあります。
また、入手しにくい希少なものほどひょっとしたらがんの特効薬になるのではないかと期待感をもたせます。少ししか採取できない希少な薬草を、高級な包装で販売していると、非常に高額でも購入してみたくなります。
しかし、高価なものほど効くわけではありませんし、希少だから効くという根拠もありません。単なる錯覚です。
しかし、このように高いものほど効くのではないかと患者さんが思う心理は治療現場においてはよく経験されます。
たとえば、インフルエンザの予防接種は自由診療であるため、価格は各診療所においてバラバラです。ある調査によると1回分が最低価格は1000円で最高は6500円、一番多いのは3000円だということです。
安くしているところは注射液原価にわずかの手数料で患者さんへのサービスのつもりでやっているはずです。当然、安いところに行く患者さんの方が多いはずですが、平均よりも高いところへ行く患者さんも結構多いということです。
インフルエンザワクチンはどこで注射しても品物は同じもので、効き目に差はないはずです。しかし、安い価格で注射しているところは粗悪品を使っているのではないかと、間違った判断をする方もいるようです。つまり、医療機関では同じものを使っていても、安いところよりも高いところのものを信頼してしまうという患者心理が働くようです。
インフルエンザワクチンを注射していても、インフルエンザにかかることがあります。そのとき、1回5000円のクリニックで注射を受けた人は運が悪かったとあきらめるだけですが、1回1000円でワクチン接種を受けた人は、粗悪品を打たれたのではないかと疑うかもしれません。
つまり、患者さんへのサービスのつもりで安くしても、必ずしも感謝されるわけでは無いという現実があるのは確かです。そのためあまり安くするのは考えものです。
漢方薬を作る生薬の価格や品質にはかなりの差があります。日本産は高く、中国産は安いのが一般的です。日本薬局方の基準に合格した生薬でも、価格の開きはかなりあります。例えば、高麗人参は日本産の品質の良いものだと500g当たり2万円くらいしますが、中国産の安いものでは3000円程度のものもあります。しかし、価格が6倍するから薬効成分が6倍というわけではありません。日本薬局方という厚生労働省が定めた品質や薬効成分の基準に合格したものであれば、薬効にそんなに極端な違いはありません。
高いものほど、効果が高いというのは錯覚かもしれませんが、しかし心理的には高い方が効くように医者も含めて多くの人が感じます。
高価な生薬を少量使うより、安い生薬を多く使う方が、費用を安くして効果を高めることもできます。このように努力して、安い漢方薬を提供する努力をしても、患者さんには、あまり評価されないかもしれません。高い漢方薬の方が効くと単純に思っている方が多いようにも思います。
【高価な方がプラセボ効果が高い?!】
プラセボ(プラシーボ, placebo)というのは「偽薬」という意味で、偽の薬であっても薬を飲んだという暗示によって治癒効果が現われることを「プラセボ効果」といいます。
プラセボ効果だけでも30%とか40%もの人の症状が改善することが知られています。このようなプラセボ効果の存在は心理効果や暗示作用が、体の治癒力に強く影響することを意味しているのです。
さて、米国のデューク大学のダン・アリエリー教授らは、値段の安い偽薬(プラセボ)よりも高い偽薬の方がプラセボ効果が高いことを証明しています。
痛みを軽減すると偽って偽薬(実際はビタミンC)を投与するときに、その偽の鎮痛剤を1錠2ドル50セントと言って投与した場合と、1錠が10セントといって投与した場合では、その偽薬の鎮痛効果は、1錠2ドル50セントと言って投与した場合の方が明らかに高かったという実験結果を報告しています。(JAMA. 299:1016-1017, 2008)
つまり、価格が高い方が、期待感が大きくてプラセボ効果も大きく現れるということのようです。この研究でアリエリー教授は「人を笑わせ、そして考えさせてくれる研究」に贈られるイグ・ノーベル賞医学賞を2008年に受賞しています。
特許の切れた薬がジェネリック(後発)医薬品として安く売られていますが、安いということを強調して宣伝するのは、効き目を弱めているのかもしれません。
【期待感や安心感や信頼感をもたせる漢方治療や健康食品】
健康食品の宣伝は誇大広告が多いのですが、その内容があまりに事実からかけ離れているとウソになるのですが、適度な誇張は効果を高めているのかもしれません。
がんの患者さんが健康食品やサプリメントを選ぶときの最大の基準はその広告に記載されている内容に、どれだけの期待感を持つかにかかっています。期待感を持てばもつほど、たとえその健康食品の効き目が弱くでも(あるいは無くても)、ある程度の効果は現れるのです。
多くのがん患者さんが、多くの健康食品を利用しています。その中には単純な食品に過ぎないものも多いのですが、非常に効果を実感されている方も多くいます。そんなものが効くわけが無いと心の中では思っていても、多分、プラセボ効果が現れていると思うので、その主張や感想は尊重しています。多くの医師は、そのような効果はプラセボ効果だと言って簡単に否定するのですが、プラセボ効果の方が本当の医薬品よりも自覚症状を改善したりQOL(生活の質)を高めることがあることを認識して、その効果を利用することも大切かもしれません。
そのように考えると、多少誇大な宣伝や、やや高めの価格も、あながち悪いとは言えないかもしれません。プラセボ効果を高める効果があるという点では、誇大広告や価格の要素も無視できません。
がん治療において、プラセボ効果をうまく利用できることには、重要な意味があります。信じられる薬ほど、薬理作用以上の効果を発揮することができるからです。漢方薬は、2000年以上の経験の重みをもっており、まだ解明されていない未知の作用もあります。人によって効き目は異なりますが、薬が合った場合には劇的によくなることも知られています。そのような事実が漢方薬への期待感を高めています。
がん治療においては、まったく方法がない、頼るものがないという不安感があると、がんの進行は早まることが知られています。このような不安感や絶望感は免疫機能を弱めることが精神神経免疫学の研究で証明されています。ひょっとしたら自分には劇的にきいてくれるかもしれないと、期待をもてる薬があることはそれだけで、QOLを高め、免疫力を高めることになるのです。
がんに効くかもしれないと宣伝されている健康食品を、多くのがん患者さんが利用している理由は、この点にあります。
また、診療する医師も、その医師が漢方薬に懐疑的な気持ちで処方していたら、プラセボ効果も低くなります。漢方治療が効くと信じている医師からの説明を憂ければ、信頼感や期待感によってプラセボ効果が高まると思います。
効果を高めるために品質を追求すると費用が高くなります。しかし、値段があまり高いと続けるのが大変です。一方、あまり安いとありがた味も無く、プラセボ効果も無くなります。
できるだけ効果のあるものを、できるだけ安くという目標は、本来なら最も評価されるべきですが、価格が効果に影響するというアリエリー教授らの報告は、確かに考えさせられる研究だと思います。
(文責:福田一典)
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