がんの予防や治療における漢方治療の存在意義を考察しています。がん治療に役立つ情報も紹介しています。
「漢方がん治療」を考える
110)キノコに含まれるエルゴステロールとビタミンD2
図:キノコに含まれるエルゴステロールは太陽光の紫外線によってビタミンD2になる。ビタミンDには様々な抗がん作用が知られている。
110)キノコに含まれるエルゴステロールとビタミンD2
【エルゴステロールとは】
霊芝やアガリクスなどキノコ由来の生薬や健康食品の薬効成分として、免疫力を高める多糖体のβグルカンと、体内でビタミンDになるエルゴステロールを言及した宣伝が多いようです。
βグルカンはマクロファージやリンパ球やナチュラルキラー細胞の活性を高め、インターフェロンなどの抗腫瘍性のサイトカインの産生を高めることによって抗腫瘍効果を発揮すると言われています。
ここでは、エルゴステロールについて解説します。
エルゴステロールは、キノコやカビなどの菌類において生成され、コレステロールやステロイドホルモンと類似の構造を持つ分子量が約400の脂溶性(脂に溶け水に溶けない)の物質です。
菌類の細胞膜を構成する物質で、動物におけるコレステロールと同じような働きをしています。
キノコ類ではエルゴステロールは0.2~0.3%程度含まれるようです。
エルゴステロールは紫外線に当たるとビタミンD2になります。ビタミンDは抗がん作用があることが知られています(後述)。
また、エルゴステロール自体に、腫瘍組織の血管新生阻害作用などの抗がん作用があることが動物実験などで示されています。
たとえば、愛媛大学医学部生化学からの研究では、エルゴステロールをマウスに経口投与(体重1kg当たり400又は800 mg)すると、移植した肉腫の増殖速度が著明に低下することが報告されています。エルゴステロールにはがん細胞を直接殺す作用はなかったが、腫瘍の血管新生を阻害する作用が認められたそうです。
【ビタミンDの抗がん作用】
ビタミンDは、ビタミンD2(エルゴカルシフェロール)とD3(コレカルシフェロール)の総称です。ビタミンD2は植物に含まれるエルゴステロールから生成され、ビタミンD3は動物の体内でコレステロールから生成されます。ビタミンDはカルシウムの代謝を調節し、骨や歯の発育や維持に必要なビタミンです。
体内では7-デヒドロコレステロールから皮膚で紫外線によってビタミンD3に変換されます。体内で生成されたビタミンD3と食物から摂取したビタミンD2およびD3は肝臓で25位が水酸化されて25(OH)ビタミンDに変換され、さらに腎臓などで1α位が水酸化されて活性型の1,25(OH)2-ビタミンDになります。
近年、ビタミンDのがん予防効果が注目され、その作用メカニズムの研究や、ビタミンD摂取によるがん予防の臨床試験が行われています。
活性型の1,25(OH)ビタミンDは細胞の増殖や分化や死に関する複数の遺伝子の働きを調節する作用があり、がん細胞の増殖や転移を抑制し、アポトーシスという細胞死を誘導する作用が確かめられています。このようなビタミンDの抗がん作用が再発予防に関与していると推測されています。
多くの疫学的研究で、大腸がんや乳がん、前立腺がん、非ホジキンリンパ腫などでは、ビタミンD の血中濃度が高いほど、がんの発生率が低下することが報告されています。
さらに、肺がんや大腸がんでは、血中のビタミンDの濃度が高い人ほど、再発率が低く、長く生存することが報告されています。
例えば、304人の大腸がん患者を追跡した研究では、ビタミンDの血中濃度が高い上位25%の人は、血中濃度が低い下位25%の人に比べて、大腸がんによる死亡率が約半分であったと報告されています。(J Clin Oncol 26:2984-2991, 2008)
臨床試験で検討されたビタミンDのがん予防効果や抗がん作用については、研究によって結果が異なりますが、これは服用量との関連もあるようです。
ビタミンDのサプリメントを1日400IU(10μg)投与した臨床試験では、大腸がんや乳がんの発生率を下げる効果は認められませんでした。(N Engl J Med, 354: 684-696, 2006, J Natl Cancer Inst ,100:1581-1591,2008)
しかしこの研究に対しては、サプリメントの投与を受けなかった対象群の人も食事から十分量のカルシウムやビタミンDを摂取しているので、ビタミンDの投与量である1日400IU(10μg)が少なすぎるという意見もあります。つまり、400IUのビタミンDは骨粗しょう症の予防には有効でも、がんの予防には足りないという意見です。
実際に、食事から平均で1日に7~8μgのビタミンDを摂取している報告されていますので、10μgの補充では、十分な効果が得られないのかもしれません。
血中ビタミンD濃度と大腸がんの発生率に関する5つの疫学研究をメタ解析した報告によると、ビタミンDの大腸がん予防効果を副作用なく期待できる摂取量として、1日1000~2000IU(25~50μg)が推奨されています。(Am J Prev Med, 32: 210-216, 2007)
ビタミンD(1100IU/日)とカルシウム(1400~1500mg/日)をサプリメントで投与したランダム化二重盲験試験では、がんの発生自体を半分以下の減少させる効果が認められています。(J Clin Nutr. 85:1586-1591, 2007)
このような複数の研究結果を総合すると、1日1000~2000IU(25~50μg)のビタミンDの摂取であればがんの発生や再発予防に効果が期待できそうです。
ただし、成人の場合の摂取量の上限(過剰摂取による健康障害を起こすことのない最大摂取量)は50μg(2000IU)となっていますので、これ以上の摂取は推奨できません。ビタミンDを過剰に摂取すると、血清中のカルシウムとリン酸濃度が高くなり、腎臓などへのカルシウムの沈着や、吐き気や食欲不振や便秘などの副作用が起こることがあります。また、フィンランドで行われた研究では、喫煙者では、ビタミンDの血中濃度が高い上位25%は膵臓がんの発生率が3倍になるという報告がありますので、喫煙者はビタミンDのサプリメントは逆効果かもしれません。
【適度な日光浴も大切】
ビタミンDの状態で吸収されたものは、そのまま肝臓や腎臓で代謝されて活性型のビタミンDになります。一方、吸収されたエルゴステロールは皮膚で紫外線によってビタミンD2になります。したがって、適度な日光浴や屋外での運動を行うと、体内のビタミンDの量をさらに増やすことができます。
あまり外に出ないような人や、日照時間の短い冬の季節には、天気の良い昼間に外で日光浴や軽い運動をすることは抗がん力を高める上で有効だと言えます。
ただし、日焼けするような強い紫外線を長く浴びることは、皮膚がんや悪性黒色腫の原因となりますので、紫外線の強いときは日光浴や屋外での活動も適度にした方が良いようです。
アフリカ系アメリカ人はビタミンDの不足が多いという結果が報告されています。皮膚の色が黒いのは皮膚のメラニン色素が多く、皮膚の紫外線の吸収を低下させるので、皮膚におけるビタミンD産生が低下するためと考えられています。皮膚が黒くなるまで日焼けするのは、一見健康そうにみえますが、皮膚のしみやがんの発生を高めるだけでなく、ビタミンDの産生を低下させてがん予防にはマイナスになる可能性があることも知っておくことが大切です。
ビタミンDは魚やキノコ(特に乾燥したキクラゲ、干しシイタケ)に多く含まれ、これらはがん予防の観点からも有用な食品です。適度な運動が大腸がんや乳がんの治療後の再発予防に有効であることも知られています。魚やキノコの豊富な食事や、屋外での適度な運動のような健康的な生活習慣は、体内のビタミンDの量を増やすことによって、健康増進とともにがんの再発予防に効果があると言えます。
このような食事や生活習慣が困難な場合は、喫煙者以外は1日1000IU(50μg)程度のビタミンDのサプリメントを摂取することも効果が期待できそうです。
【生薬に含まれるエルゴステロールとビタミンD2】
キノコは紫外線を受けるとエルゴステロールがビタミンD2(エルゴカルシフェロール)になりますので、生のものより天日で乾燥するとビタミンD2の量が増えます。
霊芝や梅寄生などのキノコ由来の生薬にはエルゴステロールとビタミンD2(エルゴカルシフェロール)が多く含まれます。
食品では、100g当たりのビタミンDの量は、乾燥した白キクラゲが970μg、乾燥キクラゲ435μg、干しシイタケ16.8μgです。
魚は100g当たり10~40μg程度のビタミンDを含み、特に肝臓に多く、あんこうのきもには110μgが含まれています。肉や卵や牛乳は数μg以下で、多くは含まれていません。
エルゴステロールもビタミンDも脂溶性ですので、お湯で煎じる漢方薬の煎じ液の中にはあまり含まれない可能性があります。しかし、界面活性作用のあるサポニンの豊富な生薬(人参、黄耆、柴胡、大棗、甘草など)と一緒に煎じると脂溶性の成分もかなり煎じ薬に含まれるようです。人参、黄耆、柴胡、大棗、甘草は多くの漢方薬に含まれる頻度の高い生薬です。
したがって、霊芝やアガリクスなどのキノコの生薬や健康食品を単独で煎じるより、サポニンの多い他の生薬を含む漢方薬と一緒に煎じると抗がん効果を高めることができると思います。
(文責:福田一典)
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