がんの予防や治療における漢方治療の存在意義を考察しています。がん治療に役立つ情報も紹介しています。
「漢方がん治療」を考える
154)理気薬の抗がん作用
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図:中国でがん治療に古くから使用されている漢方薬「Liqi」は、4種類の理気薬(枳実・八月札・仏手柑・木香)を組み合わせた処方で、その抗腫瘍効果が動物実験などで報告されている。
154)理気薬の抗がん作用
【4種類の理気薬を組み合わせた漢方薬「Liqi」の抗がん作用】
中国で古くからがんの治療に使われている漢方薬(中医薬)に「Liqi」という処方があるそうです。この漢方薬の抗がん作用を動物実験で研究した報告があります。
(Anti-tumor effect of Liqi, a traditional Chinese medicine prescription, in tumor bearing mice. BMC Complement Altern Med 9:20, 2009)
この処方は以下の4種類の生薬から構成されていますが、いずれも理気薬に分類される生薬です。
1)Poncirus trifoliate (L.)Raf 生薬名は枳実(キジツ)/枳穀(キコク)でミカン科のカラタチの果実。日本ではミカン科のダイダイ(Citrus aurantium)やナツミカン(Citrus natsudaidai)の果実を用いる。未成熟果実を枳実、成熟果実を枳穀と言う。 芳香性のリモネンを主成分とする精油やフラボノイドのヘスペリジンやナリンギンなどが含まれる。 胃腸の非生理的な収縮を抑制し、腸蠕動を強めてリズムと整える。抗炎症作用や抗アレルギー作用がある。 芳香性健胃薬として、消化不良や腹部膨満感や食欲不振に用いる。 |
2) Akebia Trifoliate Koidz アケビ科のアケビの成熟果実で、生薬名を八月札(ハチガツサツ)という。ツル性の茎は木通という。 種子は脂肪油を含み、数種のトリテルペノイドサポニンを含有。乳がんなどへの治療効果が研究されている。 |
3)Citrus medica var. sarcodactylis Swingle 仏手柑(ブッシュカン)というインド原産のミカン科の常緑低木。果実は拳のように亀裂が入り、あるいは指のように分かれている。果肉はほとんど完全に退化。薬用として芳香性健胃薬になる 精油やヘスペリジンなどを含み、特有の強い香りがあり、腸管運動の抑制や鎮痙作用がある。 漢方では、理気・健胃・止痛・止嘔の効能があり、胃痛や消化不良、食欲不振、腹満感などに効果がある。 |
4)Saussurea lappa キク科のモッコウの根で、生薬名を木香(モッコウ)という。 芳香性理気薬で、主に胃腸の働きを整え消化吸収を促進し、胸や腹の脹満感や痛み、嘔吐、下痢などを治す。 精油成分のコスツノライド(costunolide)には、抗炎症作用やがん予防効果が報告されている。その作用機序として、コスツノライドのNF-κB阻害作用が報告されている。 |
この研究では、3種類の腫瘍を、3種類の系統のマウスに移植した実験モデルで検討し、Liqiという漢方薬を煎じた液をエキス粉末にして投与すると、移植腫瘍の増殖と転移が著明に抑制されることが報告されています。
その機序として、免疫増強作用や、がん細胞の増殖を抑える効果が推測されています。
【理気薬とは】
「気」というのは、漢方医学では「体を動かす生命エネルギー」を意味する仮想概念です。
気の量が不足している状態を「気虚(ききょ)」と言い、体力や活動力が低下し、疲労や倦怠感を訴える状態です。気虚の場合には、気の量を増やす補気(ほき)作用をもった漢方薬で治療します。気を増すことは生命エネルギーの量を増やして、元気を出させることになります。
気の量が十分でも巡りが悪いと、体の組織や臓器の働きは悪くなります。
気の巡りが停滞している状態を「気滞(きたい)」と言います。
気滞は体を動かす原動力である気が滞る状態で、精神的な抑うつや種々の臓器機能の失調や障害などにより引き起こされます。気滞を改善するためには、気の巡りを良くする生薬(理気薬)が用いられます。
また気功によって心身の調和を計りながら気の巡りをよくすることも有力な方法です。アロマテラピーや適度な運動によってリフレッシュしてストレス解消を行なうことも気の巡りを良くします。
理気薬には陳皮(チンピ)、枳実(キジツ)、枳穀(キコク)、木香(モッコウ)、厚朴(コウボク)、香附子(コウブシ)、蘇葉(ソヨウ)、薄荷(ハッカ)などがありますが、独特の香りをもったものが多いのが特徴です。このような香りは、気分を鎮めたり不安を取り除く作用とも関連し、気の巡りが滞った気滞の改善効果が理解できます。ハーブの香りを利用してリラクセーション効果をもたらすアロマエラピーも、気の巡りを良くする効果と関連していると思われます。
気の巡りを良くする気功や適度な運動や、リラクセーションががんの予防や治療にプラスに作用することは、多くの人が認めています。
生薬の理気薬は、気の巡りを良くして体調を整えることによって治癒力を高める効果が期待できます。さらに理気薬にはがん予防や抗がん作用のある成分が多く含まれていることも知られています。
【精油の抗がん作用】
理気薬には特有の香りを持つものが多く、その香りは精油成分によります。
精油(せいゆ)は、植物に含まれる揮発性の芳香物質です。香りの成分で、その種類によって、食欲を高める効果、血液循環を良くする効果、気の巡りを良くする効果など様々な薬効が知られています。免疫力を高める効果やがん細胞の増殖を抑える効果も報告されています。
理気薬として使用される蘇葉(ソヨウ)や薄荷(ハッカ)などのシソ科の植物には、その精油成分中のモノテルペン類(perillyl alcoholなど)に強い発癌抑制効果と抗腫瘍効果が報告されています。
柑橘類の皮に含まれる精油の主成分のモノテルペン類のリモネン(limonene)には、動物発がん実験モデルで、多くのがんの発生を予防する効果が報告されています。
精油成分の免疫増強作用も報告されています。
ストレスによる免疫力低下が、香りを嗅がせることにより予防できるという動物実験の結果が報告されています。マウスに高圧ストレスを与えると、胸腺が萎縮して免疫機能が低下します。久留米大学免疫学教室の研究グループは、このストレスを与える前3週間と与えたあとの24時間にレモンとオークモス( oakmoss )の香りをマウスに嗅がせました。すると、ストレスで引き起こされる胸腺の萎縮が防げて免疫抑制が軽減されました。
精油成分の効果は臭いによるものだけでなく、経口摂取による直接的な効能が多く知られており、漢方薬の薬効成分として精油成分は重要です。
煎じ薬をインスタントーコーヒーのようにスプレードライ法で粉末にする過程では、水と一緒に精油成分も揮発して無くなります。煎じ薬に比べてエキス顆粒製剤の効き目が弱いのは、大事な薬効成分の精油成分が無くなるからです。特にがんの予防や治療として漢方薬を服用する場合は、煎じ薬を服用することが大切です。
【柑橘類はがん予防成分の宝庫】
柑橘類はどれもミカン科の常緑樹の果実で、世界中に数百種類もあります。温州みかん、オレンジ、レモン、グレープフルーツ、八朔、など様々な柑橘類が販売されています。
漢方薬の理気薬には、柑橘類由来の生薬が多くあります。
陳皮(ちんぴ)は温州みかんの皮です。上述の枳実、枳穀、八月札、仏手柑なども柑橘系の生薬です。
柑橘類には、精油のリモネン、フラボノイドのヘスペリジン、カロテノイドのベータ・クリプトキサンチン、水溶性食物繊維のペクチン類など作用メカニズムの異なる様々ながん予防物質が見つかっています。
柑橘類は多種多様ながん予防成分を含む食品素材の代表であり、日頃の食事に柑橘類を果皮を含めて積極的に取り入れることはがんの発生や再発予防に効果が期待できます。生薬としても、がん予防や治療において役立つ成分の宝庫です。
食品とがん予防の関連を検討した疫学研究の多くが、柑橘類の摂取ががん予防に有効であると結論づけています。動物発がん実験を用いて柑橘類に含まれるがん予防成分を研究した結果、モノテルペン類のリモネン(limonene)、フラボノイドのヘスペリジン(hesperidine)、カロテノイドのベータ・クリプトキサンチン(β-cryptoxanthin)、クマリンのオーラプテン(auraptene)、ポリメトキシフラボノイドのノビレチン(nobiletin)、水様性食物繊維のペクチン類などの多彩な成分にがん予防効果が報告されています。
がん予防の作用メカニズムはそれぞれの成分によって異なっています。果皮に多く含まれているリモネンはがん細胞の増殖を抑制しアポトーシスという細胞死を誘導することが、カロテノイド類やフラボノイド類やオーラプテンには抗酸化作用や抗炎症作用などが報告されています。水様性食物繊維のペクチン類や低分子のオリゴ糖には、ビフィズス菌や乳酸菌などの善玉菌を増やして、腸内環境を改善し免疫機能を高めて抗腫瘍効果を示すことも報告されています。
異なる作用メカニズムを持つがん予防物質を組み合わせて用いると、相乗効果によってがん予防効果が高まります。柑橘類には実に様々な活性成分が含まれていますが、これほどまでにがん予防成分が多様な食品素材も稀です
柑橘類は古くから薬用利用が盛んな植物素材の一種であり、陳皮(温州みかんの乾燥果皮)や枳実・枳穀(カラタチやダイダイやナツミカンの果実を乾燥したもの)など生薬の原料としても頻用されていることも、柑橘類が多彩な薬効をもっていることを示しています。
【リモネンの抗がん作用】
柑橘類の果皮の独特の香りは精油(エッセンシャルオイル)によるもので、その主成分はモノテルペン類のリモネンです。柑橘類の果皮の精油成分の中でリモネンが90%以上を占めています。
リモネンにはラットの乳腺、皮膚、肝臓、肺、胃など多くの臓器における発がん実験で予防効果が報告されており、ラットの乳がんや膵臓がんなどでがんを小さくする抗腫瘍効果も報告されています。
リモネンには、フェースII解毒酵素の合成を増やして発がん物質を解毒する力を増強して発がんのイニシエーションを抑制する作用、がん細胞の増殖を抑制しアポトーシスという細胞死を引き起こしてがんの発育を抑制する抗プロモーション作用など、多彩なメカニズムで相乗的にがん予防効果をしめし、予防だけでなく、転移や再発の予防、がん治療にも効果が期待されています。果皮には様々なフラボノイドも含まれていて、抗酸化作用や抗炎症作用などによりがん予防効果を助けています。
アリゾナ大学医学部のハーキン博士らは、アリゾナ州の住民を対象に、柑橘類の摂取状況と皮膚がんの発生状況を疫学的に検討しました。柑橘類の摂取と皮膚がんの発生率との間に明らかな相関は認めれれませんでしたが、皮も利用している人が住民全体の約35%いて、その人たちは皮を摂取していない人たちに比べて皮膚がんが約66%に減ったと報告されています。そして、柑橘類の果皮を食事に多く取り入れている人ほど皮膚がんの発生が少ないということでした。果皮に含まれるリモネンやフラボノイド類やオーラプテンなどの総合的な効果が予想されます。柑橘類が乳がんの予防に効果があることも報告されています。
リモネンなどの精油成分は、唾液や胃液の分泌を高めて消化吸収を促進し、食欲を高めます。副作用もほとんどないので、食事の中で柑橘類の皮を使うことはがんの再発予防にも有効です。ミカンの皮を千切りにして食べたり、皮ごとフレッシュジュースとすると、蒸発しやすい精油のがん予防効果を活用することができます。
このように、柑橘類系の生薬に含まれる精油やフラボノイドは、胃腸の状態を良くして食欲を高めると同時に、抗がん作用や免疫増強作用があるので、がんの漢方治療においても積極的に利用する価値はあるようです。
しかし、気の巡りを良くしすぎると気を消耗して気虚に陥りやすいと言われていますので、補気薬も併用して、気が消耗してしまわないようにする注意が必要です。
(文責:福田一典)
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