がんの予防や治療における漢方治療の存在意義を考察しています。がん治療に役立つ情報も紹介しています。
「漢方がん治療」を考える
153)脳内麻薬ベータ・エンドルフィンの抗がん作用
図:強い鎮痛作用をもつモルヒネはケシの未熟果から採られ、鎮痛剤としてがん治療に使われている。モルヒネと同じような作用をもつ物質が体内(特に脳)に存在し、内在性オピオイドや脳内麻薬などと呼ばれる。その一つのベータ・エンドルフィンは、モルヒネより強力な鎮痛作用や免疫力増強や抗ストレス作用などの効果があり、体内のベータ・エンドルフィンの産生を高める治療はがんの治療にも役立つ。
153)脳内麻薬ベータ・エンドルフィンの抗がん作用
【オピオイドとオピオイド受容体】
オピオイド(Opioid)とは「オピウム(アヘン)類縁物質」という意味です。
アヘン(阿片)はケシ(芥子)の未熟果から得られる液汁を乾燥させたもので、モルヒネやコデインなどの麻薬を含みます。アヘンの英語名は「opium(オピウム)」と言い、アヘンに含まれるモルヒネなどのアヘンアルカロイドが結合する細胞の受容体をオピオイド受容体と言います。オピオイド受容体はモルヒネ受容体とも呼ばれ、モルヒネは脳内のオピオイド受容体(モルヒネ受容体)に働いて、鎮痛作用などの効果を発揮します。
このオピオイド受容体は、モルヒネなどのアヘンアルカロイドが結合して作用を発揮する受容体として見つかりましたが、体内にもこのオピオイド受容体に結合して作用する物質があります。モルヒネなどの外来性のオピオイドはアルカロイドという化合物ですが、体内には、モルヒネ様の作用を示すペプチド(アミノ酸が数個から数十個つながってもの)が見つかっています。この内在性オピオイドは脳内に多く存在し、モルヒネと同様の作用を示します。鎮痛作用があり、また多幸感をもたらすと考えられており、そのため脳内麻薬と呼ばれることもあります。
オピオイド受容体や内在性オピオイドは複数の種類があります。ナチュラルキラー細胞やリンパ球など免疫細胞にもオピオイド受容体が見つかっており、オピオイドと免疫との関連が指摘されています。特に、ベータ・エンドルフィンが免疫力を高める効果が注目されています。
【ベータ・エンドルフィンの抗がん作用】
生体内のオピオイドはペプチドであり、作用する受容体の違いによってエンドルフィン類(μ受容体)、エンケファリン類(δ受容体)、ダイノルフィン類(κ受容体)の3つに分類されます。
エンドルフィン(endorphin)は「体内で分泌されるモルヒネ」という意味です。アルファ、ベータ及びガンマの各エンドルフィンがあり、その中でも、ベータ・エンドルフィンはモルヒネに比べて6.6倍の鎮痛作用があり、多幸感や免疫増強の作用も知られています。
ベータ・エンドルフィンは31個のアミノ酸からなるペプチドです。
マラソンなどで長時間走り続けると気分が高揚してくる作用「ランナーズハイ」は、エンドルフィンの分泌によるものとの説があり、性行為をすると、ベータ・-エンドルフィンが分泌されると言われています。
肉体的な痛みや疲労が高まると、脳の下垂体部分からベータ・-エンドルフィンが分泌され、肉体的・精神的な苦痛やストレスを抑える働きがあります。
つまり、ベータ・エンドルフィンは抗ストレス作用や忍耐力の増大や、身体的や精神的な苦痛を和らげる効果があります。
ベータ・-エンドルフィンは、免疫にも非常に大きく関係しています。
体内に侵入した異物や体内に発生したがん細胞を攻撃するナチュラルキラー細胞やリンパ球にはベータ・-エンドルフィンに対するレセプター(受容体)が存在に、このレセプターにベータ・-エンドルフィンがくっつことによりこれらの細胞が活性化します。
このように、ベータ・エンドルフィンは、強力な鎮痛作用の他に、抗ストレス作用、忍耐力増強、免疫増強などの効果があり、がんの治療にも役立つことが理解できます。
【ベータ・エンドルフィンの分泌を高める方法】
ベータ・エンドルフィンは気持ちがいい、楽しいと感じたときに分泌され、免疫力を強化し、自己治癒力を高める作用があります。
瞑想や気功・太極拳をするとα波が出てリラクゼーションになるといわれますが、このときにもベータ・エンドルフィンの産生が高まることがリラクゼーション効果と関係することが報告されています。がん治療におけるイメージ療法や気功の有用性が報告されていますが、その作用機序としてベータ・エンドルフィンの関与が指摘されています。
鍼灸が効くメカニズムの一つに、鍼灸の刺激によって体内のベータ・エンドルフィンの分泌が高まることが報告されています。
漢方薬に使用される生薬の研究でも、ベータ・エンドルフィンの分泌との関連を指摘した報告があります。体力増強や抗ストレス作用などのアダプトゲン効果の作用機序の一つに、体内モルヒネのベータ・エンドルフィンの関与を指摘した意見もあります。
さらに、最近注目されているのが、低用量ナルトレキソン療法という治療法です。
ナルトレキソンはオピオイドとオピオイド受容体の結合を阻害する薬で、麻薬やアルコールなどの依存症の治療に使用されています。薬物依存症の治療に使う量の10分の1くらいの低用量のナルトレキソンを投与すると免疫力やがんに対する抵抗力を高める効果が報告されています。
薬物依存症の治療に使用する量(1日50mg)では、脳内におけるオピオイドとオピオイド受容体の結合を完全に1日中阻害し、薬物依存を治す効果があります。
しかし、この量の10分の1(3~5mg)の低用量を投与すると、その阻害作用は数時間しか続きません。このように、ベータ・エンドルフィンとオピオイド受容体が1日数時間阻害される状況が続くと、体はその阻害されている状況を代償するために、より多くのベータ・エンドルフィンを産生するようになります。たとえば、睡眠前に低用量(3~4.5mg)のナルトレキソンを服用すると、朝には体内でベータ・エンドルフィンの産生が著明に高まると報告されてます。体内でのベータ・エンドルフィンの産生増加は、免疫力増強や抗ストレス作用や耐久力増強や鎮痛作用の効果を引き起こすことが想定されています。
このようにイメージ療法や瞑想、気功、鍼灸、漢方薬、さらに低用量のナルトレキソン療法など、体内におけるベータ・エンドルフィンの産生を高める治療法はがん治療にも役立ちます。
(低用量ナルトレキソンについてはこちらへ:)
(文責:福田一典)
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