663)β-カリオフィレンの医薬品としてのエビデンス

図:β-カリオフィレンは香辛料やハーブや大麻草の精油に含まれるセスキテルペンの一種(①)で、カンナビノイド受容体タイプ2(CB2)の選択的アゴニストとして作用する(②)。CB2の活性化は、抗炎症作用・鎮痛作用・抗不安作用・抗うつ作用・抗がん作用などを示す(③)。β-カリオフィレンは直接的な抗菌作用があり、さらにCB2受容体を介する機序以外で遺伝子発現やシグナル伝達系に作用する(④)。その結果β-カリオフィレンは、様々な炎症性疾患や疼痛性疾患や神経変性疾患やがんに対して治療効果を発揮する。

663)β-カリオフィレンの医薬品としてのエビデンス

【精油の薬効】
漢方薬は複数の生薬(薬草などの天然の薬物)を熱水で抽出した煎じ液(煎じ薬)を服用します。
煎じた抽出エキスをインスタントコーヒーを作るのと同じ方法(スプレードライ法)で乾燥粉末にしたエキス製剤も使用されています。
エキス製剤の効果は煎じ薬に比べてかなり劣ります。その最大の理由は、スプレードライ法で乾燥粉末にする過程で、水と一緒に精油がほとんど蒸発して無くなってしまうからです。
精油成分には重要な薬効成分が多く含まれています
精油(せいゆ)は英語ではエッセンシャル・オイル(essential oil)と言います。
精油は植物が産出する揮発性の油状物質で、多数の化合物の複雑な混合物です。各植物や部位によって特有の配合成分を有し、特有の香りと機能を持ちます。
植物は、代謝産物や排出物、フェロモン、昆虫の忌避剤などとして精油を産出すると考えられています。
精油は植物の花、葉、果皮、樹皮、根、種子などから抽出され、その芳香から食品産業などで香料として利用されています。香料以外にも、芳香剤、入浴剤、石鹸、化粧品、育毛剤、口腔内消毒剤などの生活雑貨品や医薬部外品としても用いられています。
精油は水に溶けにくく油に良く溶けます。
通常の油は揮発性がありませんが、精油は揮発性がある点が油と異なります。揮発性があるのは分子が小さいからです
精油成分には、炭素が10個で構成しているC10のモノテルペン類と、炭素が15個(C15)で構成されるセスキテルペン類が含まれます。精油はセスキテルペンまでで、炭素数が20のジテルペン以上になると分子量が大きくなるため揮発しにくくなるので精油ではなくなります。

【植物由来の精油には殺菌作用がある】
精油には植物にとって様々な作用がありますが、その一つが昆虫や細菌などの害を防ぐ作用です。
1930年ごろソ連のレニングラード大学のボリス・トーキンが、植物を傷つけるとその周囲にいる細菌などが死ぬ現象を発見し、植物が周囲に何らかの揮発性物質を放出したためと考えて、この揮発性物質をフィトンチッド(Phytoncide)と命名しました。「Phyto」は「植物」を意味し、「cide」は「殺す」を意味し、「植物由来の殺菌成分」という意味です。
フィトンチッドは、 微生物の活動を抑制する作用をもつ、樹木などが発散する化学物質です。植物が傷つけられた際に放出し、殺菌力を持つ揮発性物質です。
植物の精油に含まれるテルペノイドなどには殺菌力を持つ成分が数多く含まれており、これらの物質がフィトンチッドの本体と考えられています。
例えば、防虫薬として昔から利用されている樟脳(しょうのう)はクスノキの精油の二環性モノテルペンケトンです。
このような抗菌作用を持つ精油成分はがん細胞の増殖抑制や細胞死を誘導する作用を示すものもあり、がん治療への応用が検討されている物質もあります。

【βカリオフィレンは香辛料やハーブの精油に含まれる】
テルペン類(テルペノイド)とは
植物体内でメバロン酸経路により生合成され、イソプレン骨格(C5H8)がいくつか結合してできた化合物の総称です。
モノテルペンはイソプレンが2個結合(C10H16)し、ジテルペンはイソプレンが4個結合し、セスキテルペンはイソプレンが3個結合したものです。「モノ(mono-)」は「1個」、「ジ(di-)」は2個で、「セスキ(sesqui-)」は1.5個の意味です。
炭素が10個で構成しているC10のモノテルペン類と、炭素が15個(C15)で構成されるセスキテルペン類は揮発性が高く、空気中を漂いにおいを作り出しています。炭素数が20のジテルペン以上になると分子量が大きくなるため揮発しにくくなります。
このような揮発性の高い植物成分を精油と言います。
ベータ・カリオフィレン(β-caryophyllene)は、多くの香辛料や植物性食品の精油に含まれるセスキテルペンです。
炭素数15と水素数24のC15H24で酸素や窒素は含まないセスキテルペン系化合物で、4員環と9員環がトランス縮環したビシクロ[7.2.0]ウンデカン骨格を有する非常に稀な構造を持つ天然物質です。

図:β-カリオフィレンはイソプレン骨格が3個縮合した炭素数15個のセスキテルペンで、香辛料などの精油に多く含まれている。

βカリオフィレンは黒胡椒、オレガノ、バジル、ローズマリー、シナモン、セロリなどの多くのハーブやスパイスの精油に豊富に含まれています。大麻草にも多く含まれています。
日本(厚生労働省)も米国(食品医薬品局)も食品添加物として認可していますので、極めて安全性の高い天然成分です。

【β-カリオフィレンは医薬品になる可能性がある?】
前述のようにβ-カリオフィレンは香辛料やハーブなど植物の精油に広く含まれる天然成分です。食品添加物としても認可され、食品と同じ扱いの植物成分です。
精油の様々な薬効は古くから経験的に知られており、様々な伝統医療や民間療法で古くから利用されています。
β-カリオフィレンの薬理作用に関しては多くの報告があり、様々な疾患に対する治療効果も指摘されています。β-カリオフィレンに関する最近のレビューとして以下のような総説論文があります。

Polypharmacological Properties and Therapeutic Potential of β-Caryophyllene: A Dietary Phytocannabinoid of Pharmaceutical Promise.(β-カリオフィレンの多彩な薬理学的特性と治療薬としての可能性:医薬品となる可能性を秘めた食事性フィトカンナビノイド)Curr Pharm Des. 2016;22(21):3237-64.

【要旨】
背景:β-カリオフィレンは、さまざまな香辛料、果物、薬用植物、観賞植物の精油(エッセンシャルオイル)に豊富に含まれる天然の二環性セスキテルペンである。米国食品医薬品局(FDA)および欧州の機関により、食品添加物や味覚増強剤や香料として承認されており、フィトカンナビノイド(植物性カンナビノイド)と呼ばれている。
方法:βカリオフィレンに関する利用可能なすべての文献は、複数の文献データベースを通じて収集された。
結果:βカリオフィレンは、カンナビノイド受容体タイプ2(CB2)に対して完全なアゴニスト作用を発揮する。CB2はいくつかの疾患の重要な治療ターゲットになるGタンパク質共役受容体である。CB2受容体の活性化は、CB1受容体活性化でみられる精神作用を欠いている。
さらに、CB2受容体活性化はペルオキシソーム増殖活性化受容体(PPAR)アイソフォーム(PPAR-αとPPAR-γ)を活性化し、Toll様受容体複合体(CD14/TLR4/MD2)の活性化によって引き起こされる経路を阻害する。さらに、免疫および炎症性プロセスを抑制し、μ-オピオイド受容体依存性経路との相乗効果を示す。
さらに、ニコチン性アセチルコリン受容体(α7-nAChR)の強力なアンタゴニストであることが発見され、セロトニン作動性およびGABA作動性受容体によって媒介される効果を欠いている。
また、遺伝子発現やシグナル伝達経路への作用や、直接的な相互作用を介して、多数の分子標的を制御する。
心臓や肝臓や消化管や神経組織や腎臓の保護作用、さらに抗酸化、抗炎症、抗菌、免疫調節などのさまざまな薬理作用が実験研究で報告されている。それは、神経障害性疼痛や神経変性疾患や代謝性疾患において強力な治療効果を示唆している。
結論:このレビューでは、様々な疾患における、βカリオフィレンの薬理学的作用および治療への応用、その分子機構とシグナル伝達経路に関する包括的な考察を提供する。このレビューはまた、好ましい薬理学的および多面的治療特性の可能性とともに、好ましい経口生体利用性、親油性および物理化学的特性を考慮したさまざまな病理の新規候補としてのさらなる発展の可能性を検討する。

この論文ではβ-カリオフィレンはDietary Phytocannabinoid(植物性カンナビノイド)の一種と記載しています。
体内には大麻成分のカンナビノイドの成分が結合する受容体(カンナビノイド受容体CB1とCB2)があります。
カンナビノイド受容体に作用する物質として、生体内で合成される内因性カンナビノイド(アナンダミド、2-アラキドノイルグリセロールなど)、大麻草に含まれる植物性カンナビノイド(Δ9-テトラヒドロカンナビノール、カンアビジオールなど)、医薬品の開発目的で合成されている合成カンナビノイドなどがあります(図)。
β-カリオフィレンはカンナビノイド受容体のCB2の選択的アゴニスト(作動薬)なので、植物性カンナビノイド(フィトカンナビノイド)の一種ということになります。

図:カンナビノイド受容体は7回膜貫通型の受容体(①)で、大麻草由来のΔ9-テトラヒドロカンナビノール(Δ9-THC)などの植物性カンナビノイド(②)が結合する受容体として発見された。その後、カンナビノイド受容体に作用する体内成分としてアナンダミドなどの内因性カンナビノイド(③)が発見され、さらに合成カンナビノイド(WIN55212-2など)が医薬品開発などの目的で合成されている(④)。

【β-カリオフィレンはカンナビノイド受容体CB2の選択的アゴニスト】
βカリオフィレンには抗炎症作用や鎮痛作用や抗がん作用などが知られています。その作用機序としてカンナビノイド受容体CB2の選択的アゴニストであることが明らかになっています。以下のような論文があります。

Beta-caryophyllene is a dietary cannabinoid(ベータ・カリオフィレンは食事由来のカンナビノイドである)Proc Natl Acad Sci USA. 105(26): 9099–9104. 2008年

【要旨】
大麻草(Cannabis sativa L.)由来の植物性カンナビノイドとアラキドン酸由来の内因性カンナビノイドは、カンナビノイド受容体のタイプ1(CB1)とタイプ2(CB2)の選択性のない天然のリガンド(受容体に結合して活性化する物質)である。
CB1受容体は精神変容作用の発現に関与しているが、CB2受容体の活性化は炎症性疾患や疼痛性疾患、動脈硬化、骨粗しょう症の治療のターゲットとして注目されている。
この論文では、植物由来の精油成分の一つであるベータ・カリオフィレン(β-caryophyllene)がCB2受容体に阻害定数(Ki)が 155 ± 4 nMで選択的に結合し、CB2を活性化する機能的CB2アゴニストになることを報告する
興味深いことに、ベータ・カリオフィレンは多くのスパイスや植物性食品の精油成分として含まれており、大麻の主要成分でもある。
分子構造の検討からベータ・カオフィリンは、CB2タンパク質の117番目のフェニルアラニン(F117)と258番目のトリプトファン(W258)の芳香環との間でリガンドとパイ・パイ積重ね相互作用(ligand π–π stacking interactions)することが明らかになった。
ヒトの単球を用いた実験で、ベータ・カオフィリンはCB2と結合することによってアデニル酸シクラーゼ(adenylate cyclase)を阻害し、細胞内のカルシウム波伝播(intracellular calcium transients)を引き起こし、マイトジェン活性化キナーゼ(mitogen-activated kinases)のErk1/2とp38を弱く活性化した。
ベータ・カオフィリンは500nMの濃度で、リポ多糖(LPS)で誘導される末梢血単球における炎症性サイトカインの発現亢進を阻害し、LPSによるErk1/2とJNK1/2のリン酸化を抑制した。
さらに、マウスを用いてカラギーナン(carrageenan)で炎症反応を誘導する実験で、体重1kg当たり5mgのベータ・カオフィリンの経口投与は炎症反応を強力に抑制した。しかし、CB2受容体を欠損したマウスではベータ・カオフィリンはカラギーナン誘導性炎症反応を抑制できなかった。
以上の結果は、この天然物質(ベータ・カオフィリン)が、生体内(in vivo)においてCB2受容体に作用してカンナビノイドと類似の作用を示すことを示している。
ベータ・カオフィリンは食品中に含まれるCB2受容体の機能的リガンドであり、大麻草に含まれるカンナビノイドと類似の作用を発揮する。

つまり、この論文は香辛料や大麻草などの精油成分に多く含まれ、食品添加物としても使用されているβ-カリオフィレンはカンナビノイド受容体CB2の選択的なアゴニストであり、精神作用を示すCB1には作用しないので、様々な病気の治療に使用できる可能性を指摘しています。

【カンナビノイド受容体はGタンパク質共役受容体】
薬用植物の活性成分の研究から、体内の受容体が発見された例が幾つかあります。その代表が、ケシの未熟果に含まれるモルヒネやコデインなどのアヘンアルカロイド(オピオイド)が結合するオピオイド受容体や、大麻草に含まれるカンナビノイド(大麻草に含まれる薬効成分の総称)が結合するカンナビノイド受容体です。
オピオイド受容体もカンナビノイド受容体も、動物が植物成分を薬効として利用するために存在する訳ではありません。もともと生体内で内因性のリガンド(受容体に結合して活性化する成分)があって特異的な受容体との間にシグナル伝達系を作っていたものが、その受容体に結合する成分が植物にたまたま含まれていたというだけです。

オピオイド受容体は、最初はアヘンに含まれるモルヒネなどのアヘンアルカロイドが結合する細胞の受容体として見つかり、その後、このオピオイド受容体に結合する内因性オピオイドとしてベータ・エンドルフィンエンケファリンなどのいわゆる脳内麻薬(内因性オピオイド)が発見されました。
そして、これらの内因性オピオイドとオピオイド受容体が生体機能の調節に重要な役割を担っていることが明らかになったのです。
大麻草(マリファナ)には多数の化合物が含まれていますが、その中にはカンナビノイドと呼ばれる大麻草固有の成分が100種類以上存在します。カンナビノイドの一部は体の中のカンナビノイド受容体に結合することによって様々な薬効を発揮します。
オピオイド受容体もカンナビノイド受容体もGタンパク質共役型受容体(GPCR)です。
オピオイド受容体やカンナビノイド受容体に作用するシグナル分子(リガンド)は何らかの薬効や毒性を示すことになり、医薬品開発のターゲットとして可能性を持っています。
麻薬も大麻も古くから医薬品として人類が使用してきました。その薬効は最初は経験的に見つかったのですが、近代の研究によって、それらの成分が作用する受容体やシグナル伝達系が存在することが明らかになってきたということです。

【内因性カンナビノイド・システムが体の働きを調節している】
大麻由来のカンナビノイドが結合する受容体が存在することは、体内にカンナビノイド受容体に作用する体内成分が存在することを意味しています。カンナビノイド受容体と反応する体内物質を内因性カンナビノイドと言います。
カンナビノイドが結合する受容体としてCB1CB2の2種類が見つかっています。CB1もCB2も7回膜貫通型のGタンパク質共役型受容体です
1964年にイスラエルのワイズマン研究所の ラファエル・メコーラム(Raphael Mechoulam) 博士らによって、大麻の精神変容作用の原因成分としてΔ9-テトラヒドロカンナビノール(THC)が分離され、1988年にTHCが直接作用する受容体が発見されカンナビノイド受容体タイプ1(CB1)と命名されました。
CB1は中枢神経系のシナプスに存在し、感覚神経の末端部分にも存在します。脳で最も広く分布するGタンパク質共役型受容体ですが、末梢神経系やさらに筋肉組織や肝臓や脂肪組織など非神経系の組織にも分布しています。
数年後にタイプ2の受容体(CB2)の遺伝子が発見されました。CB2は主に免疫系の細胞に発現しています
1992年に内因性カンナビノイドのアナンダミド(anandamide)が発見されました。アナンダミドはサンスクリット語の「内なる至福」を意味します。
さらに、2番目の内因性カンナビノイドとして2-アラキドノイルグリセロール(2-arachidonoylglycerol; 2-AG)発見され、さらにいくつかの内因性アンナビノイドが見つかっています。
内因性のカンナビノイドが同定されると、それらの生合成や分解に関与する酵素や、受容体とリガンドが結合したあとのシグナル伝達経路が解明されました。
つまり、体内には内因性カンナビノイド(アナンダミドや2-アラキドノイルグリセロールなど)と、それらを合成する酵素や分解する酵素、内因性カンナビノイドが結合するカンナビノイド受容体によって内因性カンナビノイド・システムが構成されています。

内因性カンナビノイドのアナンダミドと2-アラキドノイルグリセロールは細胞膜のリン脂質からホスホリパーゼによって生成されるアラキドン酸の代謝産物です。

内因性カンナビノイドは生理的あるいは病的刺激によってオンデマンド(要求に応じて)に細胞膜のリン脂質を分解して合成・分泌されて、カンナビノイド受容体を刺激して生理作用を示します。

内因性カンナビノイドシステムの活性化は、リガンド(内因性カンナビノイド)がCB1やCB2と直接的に作用する他に、内因性カンナビノイドの細胞内取り込みや細胞内での分解の阻害によっても起こります。
CB1とCB2を阻害剤でブロックしても、植物カンナビノイドや合成カンナビノイドや内因性カンナビノイドが作用を及ぼすことが知られており、これは、これらのカンナビノイドがCB1とCB2以外のターゲットが存在することを示唆しています。
つまり、カンナビノイド系は極めて複雑なネットワークやメカニズムで生体機能を制御していると言えます。

【内因性カンナビノイド・システムの異常が様々な疾患を引き起こしている】
カンナビノイド受容体タイプ1(CB1)は中枢神経系において様々な神経伝達調節を行っており、記憶・認知、運動制御、食欲調節、報酬系の制御、鎮痛など多岐にわたる生理作用を担っています。
カンナビノイド受容体タイプ2(CB2)は免疫細胞や白血球に多く発現し、免疫機能や炎症の制御に関与しています。
CB1は中枢神経系に多く発現し、CB2は免疫細胞に多く発現していますが、カンナビノイド受容体(CB1とCB2)は多くの組織の細胞に存在し、多彩な生理機能の調節に関与しています。

カンナビノイド受容体のCB1やCB2に結合する内因性カンナビノイドとしてアナンダミド(Anandamide)2-アラキドノイルグリセロール(2-arachidonoylglycerol)などが発見されています。

この内因性カンナビノイド・システムが関与している疾患として、多発性硬化症、脊髄損傷、神経性疼痛、がん、動脈硬化、脳卒中、心筋梗塞、高血圧、緑内障、肥満、メタボリック症候群、骨粗鬆症など多数の病気が報告されています。
内因性カンナビノイド・システムは神経細胞の損傷などに対して細胞を保護する作用や回復を促進する作用に関与しています。
つまり、これらの疾患の治療に内因性カンナビノイド・システムの制御(活性化や阻害など)が有効である可能性が示唆されているのです。

現在、カンナビノイド受容体に作用する物質として、生体内で合成される内因性カンナビノイド(アナンダミド、2-アラキドノイルグリセロールなど)、大麻草(Cannabis sative)に含まれる植物性カンナビノイド(テトラヒドロカンナビノール、カンナビジオールなど)、医薬品の開発目的で合成されている合成カンナビノイドなどがあります。
 

【CB2の活性化は抗炎症作用や鎮痛作用や細胞保護作用や抗がん作用を示す】
カンナビノイド受容体のCB1は中枢神経系に多く発現しており、CB1の活性化は多様な精神作用を示します。
大麻に含まれるカンナビノイドで最も含量の多いテトラヒドロカンナビノール(THC)はCB1とCB2を活性化し、鎮痛や食欲増進や吐き気を軽減する作用や筋肉けいれんを緩和する作用などがあります。しかし、THCを多く摂取すると、不眠やめまいや運動失調や気分の高揚などの副作用が問題になります。また、肝臓では、CB1が炎症や線維化の増悪に関与しています。(425話参照)
一方、CB2のアゴニスト(受容体に結合して作用を示す作動薬)は、炎症を抑制する抗炎症作用や鎮痛作用があります。
CB1とCB2のアゴニストの混合物である植物カンナビノイドの副作用(有害作用)の多くはCB1のアゴニストによることが明らかになっており、CB1に作用せずCB2に選択的なアゴニストは有用な薬物になることが示唆されています。
CB2の活性化が有効な疾患として、様々な種類の疼痛、がん、神経系の炎症や変性による疾患、免疫異常、咳、炎症性疾患、心血管疾患、肝疾患、腎臓疾患、骨の異常、かゆみ(掻痒)などが報告されています。
選択的CB2受容体アゴニストによる治療効果が期待できる疾患として以下のような多くの疾患が報告されています。(Philos Trans R Soc Lond B Biol Sci. 2012 Dec 5; 367(1607): 3353–3363.の表1より)

手術後疼痛(acute or post-operative pain)
慢性炎症性疼痛(persistent inflammatory pain)
神経障害性疼痛(neuropathic pain)
骨転移を含むがん性疼痛(cancer pain including bone cancer pain)
掻痒症(pruritus)
パーキンソン病(Parkinson's disease)
ハンチントン病(Huntington's disease)
筋萎縮性側索硬化症(amyotrophic lateral sclerosis)
多発性硬化症(multiple sclerosis)
自己免疫性ぶどう膜炎(autoimmune uveitis)
エイズ脳炎(HIV-1 brain infection)
アルコール性神経障害(alcohol-induced neuroinflammation/neurodegeneration)
不安関連障害(anxiety-related disorders)、
双極障害や人格障害や注意欠陥・多動性障害や物質使用障害における衝動(impulsivity)
コカイン依存(cocaine dependence)
外傷性脳障害(traumatic brain injury
脳卒中(stroke)
動脈硬化症(atherosclerosis)
全身性硬化症(systemic sclerosis)
炎症性腸疾患(inflammatory bowel disease)
アルコール性肝疾患(alcoholic liver disease)などの慢性肝障害(chronic liver diseases)
糖尿病性腎症(diabetic nephropathy)
骨粗しょう症(osteoporosis)
咳(cough)
がん(乳がん、前立腺がん、皮膚がん、膵臓がん、結腸直腸がん、肝臓がん、転移性骨腫瘍、悪性リンパ腫、白血病、神経膠腫など)

以上のように、CB2アゴニストは多くの疾患に対して治療効果を示す可能性が報告されています。
これらの疾患にβ-カリオフィレンを試してみる価値はあります。 

【β-カリオフィレンは鎮痛作用がある】
βカリオフィレンに抗炎症作用や鎮痛作用がありますが、この作用はカンナビノイド受容体タイプ2(CB2)の活性化を介する作用です。以下のような論文があります。

The cannabinoid CB₂ receptor-selective phytocannabinoid beta-caryophyllene exerts analgesic effects in mouse models of inflammatory and neuropathic pain.(カンナビノイド受容体タイプ2に選択的に作用する植物カンナビノイドのβカリオフィレンは炎症性疼痛および神経障害性疼痛のマウスの実験モデルで鎮痛作用を示す)Eur Neuropsychopharmacol. 24(4):608-20. 2014年

【要旨】
多くの植物の精油に含まれるβ-カリオフィレンは、カンナビノイド受容体タイプ2(CB2)の選択的なアゴニストであることが明らかになっている。β-カリオフィレンは香辛料を始めとする多くの食用植物に比較的高濃度で含まれている。
カンナビノイド受容体CB2が炎症性疼痛や神経障害性疼痛の制御に重要な役割を担っていることが多くの研究によって明らかになっている。
本研究では、炎症性疼痛と神経障害性疼痛の動物実験モデルを用いてβ-カリオフィレンの鎮痛作用を検討した。
炎症性疼痛の実験モデルであるホルマリン・テストでは、経口的に投与したβ-カリオフィレンは炎症性疼痛のレベルを軽減した。
神経障害性疼痛の実験モデルでは、β-カリオフィレンを経口投与することによって、熱痛覚過敏(thermal hyperalgesia)と機械的異痛症(mechanical allodynia:通常では痛みを引き起こさない機械的刺激に対して痛みを感じる状態)を緩和し、脊髄組織の炎症を軽減した。
β-カリオフィレンを長期間投与しても、鎮痛効果の耐性は生じなかった。
CB2の合成アゴニスト(JWH-133)の皮下注射よりもβ-カリオフィレンの経口投与の方が鎮痛効果は強かった。
以上の結果から、天然の植物成分であるβ-カリオフィレンが、慢性的な強い疼痛の治療に極めて有効であることが示された。

疼痛は様々な原因で発生します。
怪我などで炎症が起こると痛みを起こす物質が発生し、この物質が末梢神経にある「侵害受容器」という部分を刺激することで痛みを感じるます。この炎症性により発生する疼痛は「侵害受容性疼痛」と呼ばれています。
何らかの原因により神経が障害され、それによって起こる痛みを「神経障害性疼痛」といいます。
帯状疱疹が治った後の痛みや坐骨神経痛や多発性硬化症や脊髄損傷による痛みなどがあります。
マウスを使って様々な疼痛モデルで実験を行い、β-カリオフィレンは炎症性疼痛や神経障害性疼痛の両方に効果があることを報告しています。
ラットを使った疼痛モデルでもβ-カリオフィレンの鎮痛作用が確認されています。

 In Vitro and In Vivo Characterization of the New Analgesic Combination Beta-Caryophyllene and Docosahexaenoic Acid . (β-カリオフィレンとドコサヘキサエン酸の新規の組合せによる鎮痛作用のin vitroとin vivoにおける検討)Evidence-based Complementary and Alternative Medicine: eCAM. 2014;2014:596312. doi:10.1155/2014/596312.

この論文ではラットの実験モデルでβ-カリオフィレンの鎮痛作用を確認し、抗炎症作用があるドコサヘキサエン酸を併用すると鎮痛効果が増強することを報告しています。
マウスを使った実験で、β-カリオフィレンがNK細胞活性を高める作用が報告されています。

Chemotherapeutic potential of the volatile oils from Zanthoxylum rhoifolium Lam leaves. Eur J Pharmacol. 2007 Dec 8;576(1-3):180-8.

エールリッヒ腹水腫瘍を移植した実験モデルでZanthoxylum rhoifolium Lamという南アメリカの樹木の葉から得られる精油をマウスに投与すると生存率が向上することが報告されています。その生存率を高める活性成分はβ-カリオフィレンであることが明らかになっています。その作用機序として、直接的な抗腫瘍作用ではなく、ナチュラルキラー(NK)細胞活性を高めることが報告されています。
マウスにがん細胞を移植するとマウスのNK細胞活性は抑制されますが、β-カリオフィレンを1日体重1kg当たり20mgの投与で、NK細胞活性は正常に戻ったという結果です。
精油成分がNK細胞活性など免疫細胞の働きを良くして抗腫瘍活性を示すことが報告されていますが、β-カリオフィレンもNK細胞活性を高めて抗腫瘍活性を発揮するということです。

【βカリオフィレンはシスプラチンの腎障害を軽減する】
CB2アゴニストは抗炎症作用や臓器保護作用があります。以下のような論文があります。

β-caryophyllene ameliorates cisplatin-induced nephrotoxicity in a cannabinoid 2 receptor-dependent manner(βカリオフィレンはカンナビノイド受容体2に依存する作用機序でシスプラチン誘導性の腎障害を軽減する)Free Radic Biol Med.  52(8): 1325–1333. 2012年

【要旨】
ベータ・カリオフィレン(β-caryophyllene)は、多くの香辛料や植物性食品の精油に含まれる天然のセスキテルペンであり、抗炎症作用が知られている。
最近の研究で、ベータ・カリオフィレンは内因性カンナビノイド・システムのカンナビノイド-2受容体(CB2)の天然のアゴニスト(受容体に結合して作用を示す作動薬)であることが明らかになっている。CB2は主に免疫細胞に発現し、炎症を抑制する働きを担っている。
本研究においては、マウスに抗がん剤のシスプラチンを投与して発症させた腎臓障害のモデルを用いてベータ・カリオフィレンの効果を検討する目的で行った。シスプラチンによる腎障害は活性酸素や一酸化窒素ラジカルによる酸化傷害と炎症によって尿細管がダメージを受けて発症する。
形態学的なダメージの程度や、炎症応答(炎症性サイトカインの産生、好中球やマクロファージの浸潤など)の程度の検討から、ベータ・カリオフィレンが用量依存的にシスプラチンによる腎臓障害を軽減することが示された。
活性酸素に一酸化窒素ラジカルによる酸化ストレスの程度や酸化傷害による細胞死のレベルを顕著に軽減した。
このようなシスプラチンによる腎臓障害に対するベータ・カリオフィレンの保護作用はCB2ノックアウト・マウス(CB2遺伝子を欠損させたマウス)では認められなかった。
以上のことから、ベータ・カリオフィレンはカンナビノイド受容体のCB2を介するメカニズムでシスプラチンによる腎臓障害を抑制する効果ががあることが示された。
ベータ・カリオフィレンの人間に対する安全性は極めて高いので、炎症や酸化ストレスによって引き起こされる様々な疾患や病体の治療薬として非常に有望な治療薬となる可能性がある。

【アマゾンの民間薬コパイバにはβカリオフィレンが多く含まれる】
精油成分には殺菌作用だけでなく、様々な薬効を有する成分が含まれています。
森林の中に入って、すがすがしい空気にひたる「森林浴」にはリラックス効果や免疫増強効果があることが報告されています。この森林浴の効果も樹木から発散される精油成分によるものと考えられています。
精油には多数の薬効成分が多く含まれています。アロマテラピーでは、このような薬効を有する芳香性の精油を利用しています。
樹木から得られる樹脂や精油は古くから病気の治療に用いられています。現在も用いられているものも多くありますが、これはこれらの天然成分が実際に薬効があることを証明していることになります。
コパイバ(Copaiba)はアロマテラピーでも使用される精油の一種です。アマゾン川流域に広く分布するマメ科の樹木のCopaifera属の木から採取される天然樹液です。コパイバはCopaifera officinalis (コパイババルサムノキ)などのCopeifera属の木に傷をつけて流れ出る樹液を集めます。この樹液はOleoresin(含油樹脂)と呼ばれ、樹木の樹脂(松やにのように、樹木が分泌する不揮発性の固体または半固形体の物質)と精油(揮発性の油)が混じった液体です。
アマゾン川流域ではいまだ伝統的な治療師による薬草を使った民間療法が用いられています。このコパイバはアマゾンの原住民たちが古来より万能薬として外用や内服で利用してきました。現在でも民間薬として利用されています。
コパイバは外傷や火傷、皮膚疾患、様々な炎症性疾患、感染症(気管支炎、梅毒、淋病、リーシュマニア)、消化性潰瘍、がんなど多くの疾患の治療に利用されています。
コパイバは米国食品医薬品局(FDA)が食品添加物としても認可しており、経口摂取して毒性が低い精油です。動物実験での致死量として体重1kg当たり数グラム程度のデータがあるので、成人が1日に体重1kg当たり数10mg程度はほとんど毒性がないと考えられます。
このコパイバ・オイルの主成分はセスキテルペンのβカリオフィレンです。βカリオフィレンが40〜60%程度含まれているようです。
コパイバの抗炎症作用や鎮痛作用は古くから多くの報告があります。コパイバの抗炎症作用や鎮痛作用はβ-カリオフィレンによるカンナビノイド受容体CB2の選択的アゴニスト(作動薬)作用で説明されています。

多くの製薬会社がCB2の選択的アゴニストを医薬品として開発していますが、β-カリオフィレンは天然成分で食品に多く含まれ、特許がとれないので、あまり積極的な研究は行われていないようです。しかし極めて安価で安全性も高いので、がんやその他の難病の代替医療で試してみる価値はあります。βカリオフィレンががん細胞の増殖を抑制する効果も報告されています。

βカリオフィレンは1日1から2グラム程度をオリーブオイルやジュースなどに溶かして飲用します。
私は今までに数十人の進行がんや神経難病(筋萎縮性側索硬化症など)や自己免疫性疾患の患者さんに使用してきましたが、副作用はほとんど経験していません。長期にリピートしている患者さんも多数いるので、効果は実感できるようです。
特に、抗炎症作用や鎮痛作用は強いようです。筋萎縮性側索硬化症などの神経変性疾患や自己免疫疾患にも効果があります。進行がんにも試してみる価値はあります。
2008年にProc Natl Acad Sci USA.という超一流の学術雑誌に発表され、βカリオフィレンがCB2を活性化することが知られても、特許が取れないので一般にはあまり利用されていないようです。安価な食品成分では製薬企業のは利益にならないからです。しかし、試してみる価値は非常に高いと、最近実感しています。患者さんのリピートが多いからです。

 
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