がんの予防や治療における漢方治療の存在意義を考察しています。がん治療に役立つ情報も紹介しています。
「漢方がん治療」を考える
864)cGAS-STINGを活性化する抗腫瘍免疫増強法
図:抗がん剤と放射線治療はがん細胞のDNAにダメージを与え、細胞質内にdsDNA(二本鎖DNA)が存在するとcDAS-STINGシグナル経路が活性化され(②)、インターフェロン(IFN)の分泌が誘導され(③)、T細胞(④)とNK細胞(⑤)が活性化される。死滅したがん細胞は樹状細胞やマクロファージなどの抗原提示細胞に貪食され(⑤)、dsDNAによってcGAS-STING経路が活性化され(⑥)、1型IFN(インターフェロン)とNF-κBが活性化され、T細胞を活性化する(⑦)。活性化したT細胞とNK細胞は細胞傷害性サイトカインの産生などによってがん細胞を死滅する(⑧)。ジスルフィラムはcGAS-STING経路を活性化する(⑨)。プロパゲルマニウムはT細胞とNK細胞の両方を活性化する(⑩)。ピドチモドは抗原提示細胞を活性化する(⑪)。ピドチモド、メラトニン、IP6&InositolはNK細胞を活性化する(⑫)。抗がん剤治療と放射線治療にこれらの免疫増強作用のある治療法を併用すると、抗腫瘍免疫を増強できる。
864)cGAS-STINGを活性化する抗腫瘍免疫増強法
【DNAががん細胞に対する免疫応答を惹起する】
DNAやRNAといった核酸は遺伝情報の伝達物質ですが、細菌やDNA/RNAウイルス由来の核酸は哺乳類の核酸とは異なる特有の配列や修飾を持っており、これらを特異的に認識するシグナル伝達経路は古くから研究されてきました。
一方でそうした非自己由来の核酸のみならず、自己の細胞由来の核酸も抗原として働き自然免疫細胞を活性化することが明らかになり、こうした免疫応答の制御異常ががんや自己免疫疾患など様々な病気の原因となることがわかってきました。
細胞内のDNAを認識する経路としてcGAS-STING経路が知られています。cGAS-STING経路は免疫細胞のみならず、線維芽細胞やがん細胞といった様々な細胞に発現し、I型インターフェロン(IFN-I)などの抗腫瘍免疫応答を増強するサイトカインの産生を誘導します。
従来DNAは核内に存在していますが、DNA損傷によって生じた自己のDNAや病原体由来のDNAが細胞質内に取り込まれると、DNAセンサーであるcGASがこれらを認識し、セカンドメッセンジャーであるcGAMPを産生します。下流のアダプター分子であるSTINGがこのcGAMPを認識して活性化すると、小胞体からゴルジ体へ移行してリン酸化酵素であるTBK1と結合し、転写因子IRF3を核内に移行させ、I型インターフェロンの遺伝子発現を誘導します。
すなわち、cGAS-STING経路(cGAMP synthase-stimulator of interferon genes pathway)は、免疫系が異常なDNA(特にウイルスやがん細胞のDNA)を検出する際に重要な役割を果たす経路です。この経路は体の細胞がDNAウイルスや細胞内細菌、さらには自己のDNAの異常を検出し、その反応を開始する機構を提供します。
この経路は次のように動作します:
- 細胞の内部で異常なDNAが検出されると、酵素cGAS (cyclic GMP-AMP synthase)がそのDNAと結合します。
- cGASがDNAと結合すると、アデノシン3リン酸(ATP)とグアノシン3りん酸(GTP)からcGAMP (cyclic GMP-AMP)という物質を産生します。
- 生成されたcGAMPは、小胞体に存在するSTING (Stimulator of Interferon Genes)という受容体に結合します。
- STINGは小胞体からゴルジ体に移行して活性化され、さらにタンパク質TBK1とIRF3を活性化します。これにより、インターフェロンと呼ばれるウイルス防御因子の生産が促進されます。
- これらのインターフェロンは隣接する細胞に警告信号を送り、ウイルスの感染を防いだり、細胞の自己防御機構を高めたりします。
- さらに、TBK1はNF-κBを活性化して炎症応答を誘導します。
図:cGAS/STING経路。cGAMPが結合したSTINGは,TBK1/IRF3などの活性化を通じて,I型インターフェロン応答および炎症応答を引き起こす.
cGAS-STING経路は、体の自然免疫防御の一部であり、がんや自己免疫疾患の発症にも関連していると考えられています。例えば、この経路が過剰に活性化すると、体が自己の細胞を誤って攻撃する自己免疫反応を引き起こす可能性があります。一方、この経路ががん細胞の異常なDNAを検出し、適切に反応できないと、がんの進行が許される可能性があります。
【自然免疫と獲得免疫】
免疫システムは病原体やがん細胞から生体を守る働きを担っています。この免疫システムは自然免疫(非特異的免疫)と獲得免疫(特異的免疫)に分けられます。
自然免疫は先天的に備わった免疫で、微生物などに特有の分子パターンを認識して異物を攻撃します。マクロファージや好中球には細菌などの病原体に共通した情報を認識できる受容体を細胞表面に持っていて病原体を認識して貪食します。さらにマクロファージはナチュラルキラー細胞を活性化します。
一方、獲得免疫は,後天的に外来異物の刺激に応じて形成される免疫です。高度な抗原特異性と免疫記憶を特徴とします。(下図)
図:細菌やウイルスなどの病原菌に対して好中球やマクロファージやナチュラルキラー(NK)細胞が排除する。抗原による感作の必要のない第一次防衛機構が「自然免疫」となる(①)。病原菌の抗原が樹状細胞に取り込まれ(②)、抗原を貪食した樹状細胞はリンパ節に移動して抗原の情報をT細胞やB細胞に渡して活性化し(③)、病原菌に対する抗原特異的な免疫応答によって病原菌を排除する(④)。この抗原特異的な免疫応答が「獲得免疫」となる(⑤)。
病原微生物が侵入したり、何らかの原因で炎症が起こると、血管から顆粒球や単球などが遊走して来ます。このように炎症反応によって集まってきたり、あるいは組織に常在していた樹状細胞やマクロファージは、侵入した細菌やウイルス粒子、あるいは死滅した細胞の死骸や断片などを取り込み、リンパ液の流れに沿って所属リンパ節に移動します。
樹状細胞やマクロファージは取り込んだタンパク質を分解し、その結果産生されたペプチド(アミノ酸が数個から数十個つながったもの)をMHC(major histocompatibility complex:主要組織適合抗原複合体)分子の上に提示します。
活性化した樹状細胞はリンパ節で手当たりしだいにナイーブT細胞(まだ一度も活性化されたことのないT細胞)とくっつきあって、何かを確かめます。ナイーブT細胞はその表面にT細胞抗原認識受容体(TCR)を持っています。樹状細胞の表面に提示されたMHC+抗原ペプチドとピタッとくっつく受容体(TCR)をもったナイーブT細胞と出会うと、そのT細胞を活性化します。
抗原を提示して活性化している樹状細胞にはCD80/86という補助刺激因子が発現しており、T細胞のCD28と結合し、刺激を送ります。
さらに、活性化した樹状細胞はサイトカインを放出しており、ナイーブT細胞はそれを浴びることになります。
このようにT細胞抗原認識受容体(TCR)を介するシグナルとCD28を介する補助刺激とサイトカインによる刺激を同時に受けたTリンパ球は初めて活性化し、TCRの特異性を保ったままで分裂・増殖して自らのクローンを増やします。
CD4陽性T細胞(ヘルパーT細胞)は、Th1またはTh2のパターンを示すサイトカイン産生細胞へと分化します。
CD8陽性T細胞(キラーT細胞)は成熟し、細胞質内にパーフォリンやグランザイムなどを含んだ細胞傷害顆粒を持つエフェクター細胞になります。
エフェクター細胞はリンパ節を離れ、胸管を経て循環血液中へと流れ込み、血流に従って全身を巡ります。炎症の起こっている組織から産生されるサイトカインやケモカインなどの作用でエフェクターT細胞は炎症部位に集まり、病原菌やがん細胞の攻撃に参加します。
図:病原菌(細菌やウイルスなど)に由来する抗原(①)を未熟樹状細胞(②)が取り込んで成熟して抗原を提示するとき(③)、MCH(major histocompatibility complex:主要組織適合抗原複合体)分子にペプチド抗原を載せて細胞傷害性T細胞やヘルパーT細胞に提示する(④)。このとき、MCH+ペプチド抗原にぴったり結合するTCR(T細胞受容体)を持つT細胞は、補助刺激因子(CD28とCD80/86など)や樹状細胞から放出されるサイトカインの働きで活性化され、抗原を認識するT細胞がクローン性に増殖し(⑤)、病原菌を抗原特異的に攻撃する(⑥)。
この様に病原菌やがん細胞に対してリンパ球が抗原特異的に攻撃する場合、T細胞やB細胞などのリンパ球がクローン性に増殖する必要があります。「リンパ球のクローン性増殖」とは、ターゲットとなる病原菌やがん細胞に特異的に反応するリンパ球が細胞分裂を繰り返して同じ細胞を増やすことです。
ナチュラルキラー(NK)細胞やマクロファージなどががんの種類に関係なく攻撃を仕掛けるようなものを自然免疫あるいは非特異的免疫といいます。
ナチュラルキラー(natural killer)細胞(略してNK細胞)は、ターゲットの細胞を殺すのにT細胞と異なり事前に感作させておく必要が無いことから、生まれつき(natural)の細胞傷害性細胞(killer cell)という意味で名付けられました。「感作」というのは、前もって抗原に対する認識能を高めておくことで、感作させておく必要がないというのは、初めて出あった細胞でも、直ちにその異常細胞を認識して攻撃できるということです。NK細胞の細胞質にはパーフォリンやグランザイムといった細胞傷害性のタンパク質をもち、これらを放出してターゲットの細胞を死滅させます。
がん細胞を見つけると直ちに攻撃するため、がんに対する第一次防衛機構として、特に発がん過程の初期段階でのがん細胞の排除において重要な役割を果たしています。
【細胞内のDNAが自然免疫を発動させる】
自然免疫は,微生物などが有する固有の分子パターンを異物として認識し、速やかに発動する特徴を持つ先天的に備わった免疫システムです。
従来,獲得免疫の補助的な役割を果たすにすぎないと考えられていましたが、異物の感染に際して、初めに自然免疫が発動しなければ獲得免疫が発動しないことが明らかになり、自然免疫の重要性が再認識されています。
細菌やウイルスから放出された核酸、すなわち宿主の細胞外にある核酸はToll様受容体などの核酸センサータンパク質により認識され,自然免疫応答を引き起こします。
一方、細菌やウイルスの感染により宿主の細胞質中に放出された核酸も自然免疫応答を引き起こします。この細胞質中の核酸を認識して自然免疫応答を引き起こすのに重要な機能を担っているのがcGAS-STING経路というシグナル伝達系です。
cGAS-STING経路は、病原体の感染に対する自然免疫応答のメカニズムとして見つかりましたが、損傷ミトコンドリアや老化した核などから細胞質へと漏出してくる自己DNAに対しても応答して炎症応答を引き起こすことが明らかになり、これら損傷オルガネラが原因となる疾病・病態の治療の標的分子としても注目を浴びています。
さらに、がん細胞に対する抗腫瘍免疫の誘導においても、このcGAS-STING経路の重要性が認識されています。つまり、死滅したがん細胞を貪食した抗原提示細胞においてcGAS-STING経路が活性化されて、抗腫瘍免疫が増強されます。
図. 死滅したがん細胞を貪食した抗原提示細胞内で cGAS-STING経路が活性化し、キラーT細胞やナチュラルキラー(NK)細胞が活性化されて、がん細胞を攻撃する。
【抗がん剤や放射線治療は抗腫瘍免疫を刺激する】
体内では、免疫システムががん細胞を見つけて除去しています。このがん細胞に対する免疫監視機構を利用してがん細胞を特異的に排除する治療法が免疫療法です。
DNA損傷を誘発してがん細胞に細胞死を引き起こす古典的ながん治療法(抗がん剤、放射線)とは非常に異なるアプローチであると考えられています。
しかし、最近の研究では、放射線療法や化学療法などの古典的ながん治療も抗腫瘍免疫を誘発し、それが治療効果に重要な役割を果たしていることが明らかになりました。
例えば、がん組織に放射線照射を行うと、がん細胞が死滅して細胞内成分が放出されるとこれらの成分が危険シグナルとなって自然免疫が活性化されます。同時に死滅したがん細胞からがん抗原が放出され、このがん抗原の情報を抗原提示細胞(樹状細胞やマクロファージ)が細胞傷害性T細胞(CTL)に提示してCTLは活性化され、獲得免疫が成立すると、生き残ったがん細胞を攻撃して排除しようとします。
このような非照射のがん細胞にも免疫細胞の作用が働くことをアブスコパル効果(Abscopal efffect)と言います。
同様に、抗がん剤治療も、分裂しているがん細胞を死滅させるだけでなく、この死滅した細胞から放出された細胞成分が自然免疫を刺激し、がん抗原が樹状細胞などの抗原提示細胞に認識されて、がん抗原特異的な抗腫瘍免疫を引き起こします(下図)。
図:放射線治療や抗がん剤治療でがん細胞が死滅するとがん抗原が放出される(①)。がん抗原は樹状細胞やマクロファージなどの抗原提示細胞に取込まれ、ペプチドに分解されて抗原ペプチドとして抗原提示細胞上のMHC(主要組織適合抗原複合体)に提示される。MHCはがん抗原を介してCTL(細胞傷害性T細胞)上のTCR(T細胞受容体)と反応してCTLを活性化する(②)。抗原提示を受けたがん抗原特異的なCTLは増殖し(③)、がん抗原を持っているがん細胞を攻撃する(④)。
【細胞質DNAにより活性化するcGAS-STING経路】
DNAウイルスなどの感染により宿主細胞の細胞質に放出されたDNAは、細胞質に存在するcGAS(cyclic GMP-AMP synthase)タンパク質に結合し,cGASを活性化します。
活性化したcGASは,ATP(adenosine 5′-triphosphate)とGTP(guanosine 5′-triphosphate)を基質にして,cGAMP(cyclic GMP-AMP)を産生します。
環状 GMP-AMP シンターゼ (cyclic GMP-AMP synthase :cGAS)は細胞質の DNA センサーであり、細胞に感染した病原体の DNA を感知するタンパク質として発見されました。その後の研究により、cGAS はがん細胞由来の DNA も検出し、抗腫瘍免疫を開始することが明らかになりました。
自己 DNA は核またはミトコンドリア内で区画化されていますが、病原体 DNA は細胞の感染中に細胞質に放出されます。cGAS は細胞質内のこの DNA に結合し、ATP と GTP を 2'3'-サイクリック GMP-AMP (cGAMP) に変換します。
図:細胞質に存在するDNAはcGAS(cyclic GMP-AMP synthase)を活性化し、ATPとGTPを基質にして、cGAMP(cyclic GMP-AMP)を生成する。
cGAMPはセカンドメッセンジャーとして細胞質内を移動し,小胞体に局在する4回膜貫通タンパク質STINGに結合します。
cGAMPに結合したSTINGは、小胞体からゴルジ体に移動し、TBK1(TANK-binding kinase 1)キナーゼを活性化し,活性化したTBK1は転写因子IRF(interferon regulatory factor 3)をリン酸化します。
リン酸化されたIRF3は二量体化して核へ移行し、ゲノムDNAのインターフェロン応答配列に結合し、I型IFN(interferon)の産生を誘導します。
I型IFN(複数のIFNαと1種類のIFNβ)は,抗ウイルス応答に関与する多彩なエフェクタータンパク質の産生を標的細胞内で誘導します。STINGは,IRF3に加えて,転写因子NF-κB(nuclear factor-κB)も活性化し,IL6(interleukin-6)やTNFα(tumor necrosis factor-α)などの炎症性サイトカインの発現誘導も行います。(下図)
図:細胞質内の二本鎖 DNA (dsDNA) は cGAS を活性化し、ATP と GTP からサイクリック GMP-AMP (cGAMP) への変換を引き起こす。 cGAMPは小胞体膜上のアダプタータンパク質のインターフェロン遺伝子刺激因子 (Stimulator of Interferon Genes:STING)に結合する。cGAMPがSTINGに結合すると、STINGは小胞体からゴルジ体へ移動し、TANK結合キナーゼ(TBK1)およびIκBキナーゼ(IKKα/β)を活性化する。これらのキナーゼは、転写因子のインターフェロン制御因子 3 (IRF3) と NF-κB を活性化し、I 型インターフェロン (IFN) やその他のサイトカインの産生を誘導する。
つまり、細胞質内のDNAを検知するセンサーがcGASで、cGASがセカンドメッセンジャーのcGAMPを産生し、cGAMPがSTING(インターフェロン遺伝子の刺激因子)を活性化し、cGAMP に結合した STING は、下流のキナーゼ TBK1 および IKK を活性化し、それぞれ転写因子 IRF3 および NF-κB を活性化します。これらの転写因子は、I 型 IFN およびサイトカインの発現を誘導し、I型インターフェロン応答および炎症応答を引き起こします。
【がん細胞はcGAS-STING経路が抑制されている】
膵臓がん約50%の症例で、cGAS-STINGシグナルが不活化されており、このシグナルの有無が手術後の生存率に関与していることが報告されています。
cGAS-STINGシグナル活性化症例では腫瘍免疫の中心となる細胞傷害性T細胞(キラーT細胞)の浸潤ががん隣接間質細胞内に観察され、がん組織内部まで到達しているものが多いことが報告されています。
つまり、cGAS-STINGシグナルによってキラーT細胞のがん細胞への浸潤を促進していることが示唆されています。cGAS-STINGシグナルを活性化して免疫細胞の浸潤を促進することで、免疫治療の効果を高める可能性が期待できます。
I 型 IFN ががん患者における CD8 + T 細胞の活性化と関連していることが示されています。
CD8 + T 細胞が豊富な腫瘍環境を促進すると、免疫チェックポイント阻害剤の応答性が高まる可能性があります。
STING の活性化が免疫チェックポイント阻害剤の効果を増強できることが実証されています。
以前は、化学療法薬はがん細胞に直接作用して細胞死を誘導すると考えられていました。しかし、いくつかの研究では、化学療法後の抗腫瘍免疫の活性化が観察されました。その後の研究では、化学療法による細胞死の増加により、免疫系を活性化する可能性のある危険関連分子が放出されると結論づけられました。
さらに最近の研究では、化学療法薬ががん細胞内の cGAS を活性化することによって直接的な免疫刺激効果も持つ可能性があることが示唆されています。
これらの新しい発見は、化学療法のパラダイムを単なる細胞傷害性薬剤から免疫賦活機能も併せ持つものへとシフトさせます。この認識により、現在、さまざまな化学療法薬の役割を再解釈し、化学療法と免疫療法の新しい用途を開発する必要性が高まっています。
【ジスルフィラムはSTINGを活性化する】
ジスルフィラムは、アルコール依存症の治療に使用される薬物です。ジスルフィラムはアルコールを分解する過程を阻害し、アルコールを摂取すると不快な体験を引き起こすことで、患者がアルコール摂取を避けるように働きかけます。
具体的には、ジスルフィラムは、アルコール分解の過程で重要な役割を果たす酵素であるアルデヒド脱水素酵素を阻害します。この酵素は、体内でアルコールが最初に分解されるときに生成される有害な物質であるアセトアルデヒドを無害な酢酸に変換します。ジスルフィラムによってこの過程が阻害されると、アセトアルデヒドが体内に蓄積し、これが頭痛、吐き気、顔面の赤み、動悸などの不快な症状を引き起こします。
アルデヒド脱水素酵素はがん細胞で発現が亢進しており、アルデヒド脱水素酵素の阻害剤のジスルフィラムはがん細胞の抗がん剤感受性を高めることが知られています。(739話、740話、741話参照)
ジスルフィラムはSTINGを活性化する効果が報告されています。以下のような報告があります。
Disulfiram combined with chemoimmunotherapy potentiates pancreatic cancer treatment efficacy through the activation of cGAS-STING signaling pathway via suppressing PARP1 expression(ジスルフィラムと化学免疫療法の併用は、PARP1 発現の抑制による cGAS-STING シグナル伝達経路の活性化を通じて膵臓がんの治療効果を増強する)Am J Cancer Res. 2023 May 15;13(5):2055-2065.
マウス同種移植腫瘍モデルを用いて、抗がん剤単独と抗がん剤+ジスルフィラム併用療法の抗腫瘍効果を比較したところ、ジスルフィラムと化学免疫療法の併用により、マウスの膵臓がん皮下同種移植腫瘍の増殖が有意に抑制され、マウスの生存期間が延長されることが判明しました。 併用療法群ではCD8 T細胞の割合が顕著に上昇し、複数のサイトカインが亢進することが明らかになりました。
さらに、ジスルフィラムは IFNα および IFNβ の mRNA レベルを亢進し、これらの効果は STING 経路阻害剤によって阻害されました。 メカニズム的には、ジスルフィラムがポリ (ADP-リボース) ポリメラーゼ (PARP1) 阻害を通じて STING シグナル伝達経路を活性化することが示されました。他の研究で、PARP1阻害がSTINGシグナル経路を活性化することが知られています。(詳しいことは省略)
【プロパゲルマニウムは抗腫瘍免疫を増強する】
プロパゲルマニウムはB型慢性肝炎の治療に使用されている経口薬です。商品名はセロシオンで、1994年に承認されてから使われている既存薬です。
プロパゲルマニウムは、IL-1、IL-2、IFN-γ産生増強などによって細胞傷害性T細胞(キラーT細胞)やNK細胞を賦活化します。
さらに、CCL2/CCR2経路を阻害しがん細胞の転移を抑制することが報告されています。
がん組織からCCL2というケモカインが分泌されています。ケモカインはサイトカインの一種で、白血球などの遊走を引き起こすタンパク質です。
CCL2は別名を単球走化性タンパク質-1と言い、創傷部位やがん組織にマクロファージや単球を動員する作用があります。がん組織に動員された腫瘍関連マクロファージはシクロオキシゲナーゼ-2(COX-2)から産生されるプロスタグランジンE2や、シグナル伝達兼転写活性化因子3(STAT3)の活性化によってM2型の腫瘍関連マクロファージになり、がん細胞の増殖や転移を促進します。(下図)
図:がん細胞からケモカインのCCL2が分泌され(①)、マクロファージのケモカイン受容体のCCR2に結合すると(②)、マクロファージはがん組織へと誘引され、腫瘍関連マクロファージとしてがん細胞の増殖を助ける(③)。腫瘍関連マクロファージはシクロオキシゲナーゼ-2(COX-2)から産生されるプロスタグランジンE2や、シグナル伝達兼転写活性化因子3(STAT3)の活性化によって(④)M2型の腫瘍関連マクロファージになり(⑤)、がん細胞の増殖や転移を促進する(⑥)。
がん組織内や周囲にいる線維芽細胞から、CCL2と呼ばれるタンパク質が過剰に分泌されて、がん細胞の周りに単球細胞(マクロファージ)を異常に呼び寄せています。プロパゲルマニウムはCCL2の働きを阻害します。
九州大学生体防御医学研究所の中山敬一教授らの研究グループは、プロパゲルマニウムをマウスに投与したところ、単球細胞の集積がみられなくなり、転移先でのがん細胞の増殖が抑えられることを報告しています。
プロパゲルマニウム治療で進行がんが消滅する例も報告されています。以下のような報告があります。
Propagermanium Induces NK Cell Maturation and Tends to Prolong Overall Survival of Patients With Refractory Cancer(プロパゲルマニウムはNK細胞の成熟を誘導し、難治性がん患者の全生存期間を延長する傾向がある)Anticancer Res . 2019 Sep;39(9):4687-4698.
この研究では、難治性の口腔がん(8例)と胃がん(15例)の患者がプロパゲルマニウム(30mg/日)を投与されました。プロパゲルマニウムの投与はナチュラルキラー細胞(NK細胞)の成熟を促進し、がん細胞のアポトーシスが増加しました。胃がん患者の全生存期間の中央値は172日で、2人の患者は肺または肝臓の転移が消滅しました。口腔がん患者の生存期間も延長する傾向が認められました。
以上から、プロパゲルマニウムは細胞傷害性T細胞(キラーT細胞)やNK細胞を活性化し、抗腫瘍免疫を増強してがん細胞を死滅する効果があると考察しています。
その他、ピドチモド(450話)、メラトニン(454話)、IP6&Inositol(778話)などもNK細胞を活性化します。
【特異的免疫と非特異的免疫の両方をバランス良く高めることが大切】
がん細胞は、遺伝子の突然変異によって正常な増殖制御を失うことで発生します。さらに、がんが進行する過程で、ゲノムの不安定性に基づく遺伝子変異を蓄積します。これらの遺伝子変異は正常とは異なる変異タンパク質を作ります。この変異タンパク質は免疫系に「非自己」として認識され、免疫応答の標的として免疫反応を強く誘導する抗原となります。このような抗原をネオアンチゲン(neoantigen)と言います。
ネオアンチゲンはがん細胞の遺伝子変異の結果、アミノ酸が置き換わって新規に生じた抗原で、もともとの宿主体内には存在しなかった抗原であるため、がん細胞を排除するキラーT細胞のターゲットになります。つまり、ネオアンチゲンはがんワクチンの候補となります。
免疫系は正常な「自己」の抗原には反応しませんが、ネオアンチゲンは正常な細胞には存在しないため「非自己」として認識されて強い免疫反応の標的になるのです。
ナチュラルキラー(NK)細胞は、MHC(主要組織適合遺伝子複合体)クラスI分子が喪失した細胞を認識して攻撃すると考えられています。MHCクラスI分子は、自己と他者を識別するマーカーのような細胞表面の分子で、がん細胞やウイルス感染細胞では、このMHCクラスI分子の発現が低下していることがあり、その変化(自己性の喪失)を認識しています。したがって、がん細胞やウイルス感染細胞でもMHCクラスI分子が発現しているとNK細胞で破壊されません。
一方、特異的免疫の細胞傷害性T細胞(キラーT細胞)ががん細胞を認識するためには、がん細胞がMHCクラスI分子を発現しておく必要があります。MHCクラスI分子の発現が低下したがん細胞はキラーT細胞の攻撃から逃れることになりますが、キラーT細胞から逃れたがん細胞はNK細胞が攻撃することになり、NK細胞とキラー細胞は相補的に働くことになります。
したがって、免疫力を高めてがん細胞を攻撃するときには、特異的免疫(キラーT細胞)と非特異的免疫(ナチュラルキラー細胞)の両方をバランス良く高めることが必要です。
上記で解説した方法は、NK細胞活性だけでなく、ヘルパーT細胞やキラーT細胞や抗体を産生するB細胞の活性化にも効果が期待できます。これらを複数組み合わせて抗腫瘍免疫を十分に高めることは、がんの再発予防や治療効果を高める上で極めて有用な方法です。
図:キラーT細胞(細胞傷害性T細胞)はがん抗原を認識してがん細胞を攻撃する(がん抗原特異的免疫)が、MHC(主要組織適合遺伝子複合体)クラスI分子の発現が低下したがん細胞はキラーT細胞からの攻撃から逃れることができる。一方、ナチュラルキラー細胞(NK細胞)は、MHCクラスI分子が喪失した細胞を認識して攻撃する(非特異的免疫)。NK細胞とキラーT細胞は相補的に働いてがん細胞を破壊するので、免疫力を高めてがん細胞を攻撃するときには、特異的免疫と非特異的免疫の両方をバランス良く高めることが重要。
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