291)乳がんサバイバーとコレステロールとスタチンとベルベリン

図:女性ホルモンのエストロゲンは血中のコレステロールや中性脂肪の値を低下させ、血管内皮を保護し動脈硬化を予防する作用がある。閉経後や乳がんでホルモン療法を受けている場合は、エストロゲンの減少によって、コレステロールや中性脂肪が増え、動脈硬化が促進される。黄連や黄柏に含まれるベルベリンには、がん細胞の増殖抑制やアポトーシス誘導などの抗がん作用があり、抗エストロゲン作用によってホルモン療法の効果を高め、さらにコレステロール降下作用や肥満抑制作用など、乳がんサバイバーに有用な多彩な作用を持っている。

291)乳がんサバイバーとコレステロールとスタチンとベルベリン

【閉経するとコレステロールが高くなる】
がん再発の予防のために、野菜の豊富な食事や運動や標準体重の維持を目標にしているがん患者さんは多くいます。しかし、閉経後の女性の場合、このようなヘルシーな食生活や運動を実践しているにもかかわらず、「体重が減らない」「コレステロール値が高い」という相談を良く受けます。特に、乳がんでホルモン療法を受けている場合、「コレステロールが高いので、どうしたら良いか」という相談をよく受けます。
コレステロールは脂肪の一種で、細胞膜の構成成分やステロイドホルモン、性ホルモン、胆汁酸、ビタミンDの材料として生命維持に重要な役割を果たしています。しかし、血中コレステロール値が高い状態(高コレステロール血症)が続くと動脈硬化が促進されるので、食事療法や薬によってコレステロール下げるような治療が行われます。
女性は閉経後、高脂血症になりやすくなります。女性ホルモンのエストロゲンはコレステロールや中性脂肪を低下させる作用があるのですが、閉経後はエストロゲンが低下するためです。
女性の場合、閉経までの間(エストロゲンがある間)は男性に比べて動脈硬化になりにくく、動脈硬化による病気(狭心症や心筋梗塞や脳血管障害)になる確率も男性に比べて低いことが知られています。しかし、閉経後はこのエストロゲンが極端に低下するため、動脈硬化が進んでいきます。女性における虚血性心疾患の発症は、閉経を境に急激に上昇することが知られています。
エストロゲンはステロイドホルモンの一種で、その受容体(エストロゲン受容体:ER)は細胞内にあります。エストロゲン-受容体複合体は核内へ移動し、特定の遺伝子の転写を活性化することによって効果を現します。
エストロゲンは脂質代謝に対して多彩な作用を示します。エストロゲンは、肝臓に働きかけて、悪玉コレステロールと言われるLDLコレステロール(low density lipoprotein cholesterol)の受容体を増やし、血中のLDLコレステロールの肝内取り込みを増やし、その結果血中のLDLコレステロールや総コレステロールの値が低下します。さらに、善玉のHDLコレステロールの合成を促進する作用もあります。
その他にも多彩な機序でコレステロールや中性脂肪を低下させ、また、血管の内皮細胞や平滑筋細胞やマクロファージなどにも作用して動脈硬化抑制作用を示すことが知られています。したがって、エストロゲンの分泌が盛んな閉経前にはコレステロールは高くなりにくく、閉経後はエストロゲンの減少によって、高脂血症が起こり、動脈硬化が進行しやすくなるのです
抗がん剤治療を受けると卵巣機能が低下して閉経が早く起こります。しかも、抗がん剤治療で血管もダメージを受けるので、動脈硬化が起こりやすくなります。ホルモン依存性(エストロゲン受容体陽性)の乳がんの場合は、薬で閉経状態にしたり、アロマターゼ阻害剤によって体内のエストロゲン産生を低下させる治療(ホルモン療法)が行われます。このようなエストロゲンの産生を阻害する乳がんのホルモン療法を受けている乳がんサバイバーの場合は、特にコレステロールの上昇や動脈硬化の進行が問題になります
このような閉経後高脂血症の場合、コレステロールの少ない食事や運動などによってある程度は改善できますが、血中コレステロール値を正常値に維持することが困難な場合も多いようです。それは、
食事からのコレステロールは3割程度で、7割くらいは糖質や脂肪酸を材料にして体内(肝臓や皮膚、腸粘膜、副腎、卵巣、精巣など)で合成されているからです。つまり、いくら食事からのコレステロール摂取を減らしても、体内で合成される量の方が多いので、食事療法や運動では限界があるのです。

【コレステロール降下剤スタチンの抗がん作用】
食事療法や運動などを行っても高コレステロール血症が続くときは、血中コレステロールを減らす薬が必要になってきます。コレステロールが高い状態を長く放置すると動脈硬化が進行し、心筋梗塞や脳血管障害のリスクが高くなるからです。
コレステロールを低下させる薬には作用機序が異なる幾つかの種類がありますが、最も多く使用されているのがコレステロールの体内合成を阻害するスタチン(Statin)という薬です。スタチンは、コレステロールを合成するメバロン酸経路の律速酵素の一つであるヒドロキシメチルグルタリルCoAレダクターゼ(HMG-CoA還元酵素)の阻害剤の総称で、プラバスタチン(商品名:メバロチン)やシンバスタチン(商品名:リポバス)やフルバスタチン(ローコール)など多くの製剤が販売されています。スタチンはHMG-CoA還元酵素をを拮抗的に阻害してコレステロール合成を抑制し、その結果、肝臓のLDL受容体が増加し、血中LDLの肝臓内取り込みが促進され、LDLコレステロール値を低下させます。また善玉コレステロールのHDLコレステロール値を増加させる効果もあります。スタチンは高脂血症患者での心筋梗塞や脳血管障害の発症リスクを低下させる効果があることが明らかになっています。
また、スタチンにはがん予防効果や抗がん作用がある可能性も指摘されています。スタチンによるメバロン酸経路の阻害は、がん細胞のシグナル伝達に影響し、がん細胞の増殖や転移の抑制、血管新生阻害、アポトーシス誘導などの抗がん作用が、培養細胞を使った実験や動物実験で報告されています。そこで、スタチンの服用とがんの発生率を検討した大規模臨床試験が多数行われています。いくつかの臨床試験では、スタチンの摂取ががん予防効果を示した結果もありますが、最近のメタ解析の論文によると「スタチンの服用はがんの発生リスクを低下させる効果は無い」という結論になっています。Lack of Effect of Lowering LDL Cholesterol on Cancer: Meta-Analysis of Individual Data from 175,000 People in 27 Randomised Trials of Statin Therapy. PLoS ONE 7(1): e29849 )
したがって、がんの発生や再発予防の目的ではスタチンの服用はメリットが無いのですが、動脈硬化性疾患を予防し、全死因死亡率を低下させる上では、コレステロールが高い場合はスタチンによる治療は有用です。

【ベルベリンのコレステロール降下作用と抗がん作用】
ベルベリンは(berberine)黄柏(オウバク)黄連(オウレン)などの生薬に含まれるベンジルイソキノリンアルカロイドの一種です。
黄柏(オウバク)はミカン科のキハダまたはシナキハダの周皮を除いた樹皮で、抗炎症および抗菌作用があります。漢方では、苦味健胃薬・整腸薬として胃腸炎・腹痛・下痢に応用されます。胆汁分泌促進作用が認められ、黄疸の治療にも使用されます。主に下半身(泌尿生殖器系や下肢)の炎症に用いるとされています。
黄連(オウレン)は、日本の本州以南に自生、または栽培されるキンポウゲ科の常緑多年草のオウレン(Coptis japonica)のひげ根を除いた根茎です。大腸菌や黄色ブドウ球菌や赤痢菌など多くの病原菌に対して殺菌作用や抗菌作用を示します。さらに、健胃作用・止瀉作用・抗炎症作用・肝障害改善作用・中枢抑制作用(鎮静作用)・鎮痙作用・血圧降下作用・動脈硬化予防作用・コレステロール降下作用などの薬理作用が報告されています。黄連の熱水抽出エキスには、消化酵素の活性化、マクロファージ(異物を取り込んで消化する食細胞)の活性化の効果も報告されています。
漢方治療では、気分のいらいら・興奮・のぼせ・不安・不眠などの精神症状や、下痢・嘔吐などの胃腸炎、出血(鼻血、吐血、下血)、各種炎症性疾患(湿疹・結膜炎・気管支炎・口内炎など)に対して使われます。このような薬効は、がん治療においても役立ちます。のぼせやいらいらを軽減する効果は更年期障害の改善にも役立ちます。
黄柏と黄連の薬効は、それらの主成分のベルベリンによります。
ベルベリンのコレステロール降下作用や抗がん作用に関しては極めて多数の研究が報告されています。
コレステロール降下作用に関しては、生薬成分の中でベルベリンが最も注目されています。2004年のNature Medicineに次のような論文があります。

Berberine is a novel cholesterol-lowering drug working through a unique mechanism distinct from statins(ベルベリンはスタチンとは異なる特徴的な作用機序で働く新規のコレステロール降下剤である)Nature Medicine 10, 1344 - 1351 (2004)
この論文では、まず肝臓がんの培養細胞を使ってLDL受容体の発現量を増やす作用がある成分を見つけるために、中国の伝統医学で使用されている700種類の生薬から分離された活性成分をスクリーニングしました。その結果、ベルベリンに最も強いコレステロール降下作用があることが判りました。ベルベリンは肝臓のLDL受容体のmRNAの安定性を高め、LDL受容体の蛋白量を増やすことを動物実験や培養細胞を使った実験で示しています。さらに、32人の高脂血症患者にベルベリン(1回500mgを1日2回)を3ヶ月間服用させると、血清コレステロールが29%、中性脂肪が35%、悪玉コレステロールであるLDL-コレステロールが25%低下したという結果が得られています。

Nature Medicineは、医学研究の分野ではトップレベル(2011年のインパクトファクターは25.43で医学研究分野では1位)の学術誌です。ベルベリンは中国では感染性下痢の民間薬としても1950年代から中国で使用されており、その安全性は十分に証明されています。そのベルベリンがスタチンとは別の機序でコレステロールを低下させ、しかも人間での有効性が確認されているので、このような超一流の学術雑誌に掲載されたのだと思います。
別の研究グループからもベルベリンの脂質降下作用や体重減少効果が報告されています。

Lipid-lowering effect of berberine in human subjects and rats.(人間およびネズミにおけるベルベリンの脂質低下作用) Phytomedicine. 2012 Jun 25. [Epub ahead of print]
この研究では、肥満の白人を対象に、ベルベリンを12週間投与(1回500mgを1日3回)しました。その結果、体重が一人平均5ポンド(約2.3kg)減少し、血中の中性脂肪が23%減少、コレステロールが12.2%減少しました。副作用は全く認めなかったということです。

コレステロールの合成を阻害するスタチンと、コレステロールの肝臓での取り込みと代謝を促進するベルベリンは、それぞれ作用機序が異なるのでコレステロール降下作用において相乗的に作用することが臨床試験で示されています。次のような論文があります。

Combination of simvastatin with berberine improve the lipid-lowering efficacy.(シンバスタチンとベルベリンの組合せは脂質低下効果を促進する)Metabolism 57(8): 1029-37, 2008
この論文では63例の高コレステロール血症の患者を対象に、シンバスタチンとベルベリンを併用するとLDL-コレステロール値が31.8%減少し、それぞれを単独で投与した場合と比べて統計的有意にコレステロールと中性脂肪を低下させることが示されています。

黄連や黄柏の抽出エキスやベルベリンには、様々な抗がん作用が報告されています
例えば、黄連はがんを移植したマウスの実験で悪液質改善作用が報告されています。その機序として、炎症性サイトカインの産生抑制やがん細胞増殖の抑制作用などが示唆されています。(Cancer Lett. 158:35-41, 2000)
がん性悪液質というのは、がん細胞やがん組織の炎症細胞などから炎症性サイトカイン(炎症反応を調節する蛋白質)が過剰に産生される結果、食欲不振や体重減少や倦怠感などの症状が起こり、体が消耗していく病態です。末期がんにおいても、悪液質を改善することは延命効果が期待できます。
培養細胞を使った実験では、黄連の抽出エキスやベルベリンが、がん細胞にアポトーシス(細胞死)や増殖抑制の効果を示す結果が多く報告されています。
最近の報告では、
乳がん細胞のホルモン療法の効果を高めることが報告されています。(Biochem Biophys Res Commun. 378:174-8, 2009)
この報告では、エストロゲン受容体拮抗薬(タモキシフェン)と、オウレンの抽出エキスあるいはベルベリンを併用すると、抗腫瘍効果が相乗的に増強されました。さらに、アロマターゼ阻害薬(Fulvestrant)と併用した場合も、抗腫瘍効果が増強されました。その機序として、ベルベリンには、乳がん細胞の増殖を促進するEGFR, HER-2, BCL-2, COX-2のがん細胞内の発現を低下させ、増殖を抑える作用があるインターフェロン-βやp21蛋白の発現を増やす効果が示唆されています。このような増殖に関連する遺伝子の発現に影響を及ぼすことによって、黄連やベルベリンはエストロゲン依存性の乳がんに対するホルモン療法の効果を高めることが期待できます。

Coptis extracts enhance the anticancer effect of estrogen receptor antagonists on human breast cancer cells.(黄連エキスはヒト乳がん細胞におけるエストロゲン受容体拮抗薬の抗がん作用を増強する)Biochem. Biophys. Res. Commun. 378(2):174-178, 2009
論文要旨:エストロゲン受容体拮抗薬は乳がんの治療に広く用いられているが、その有効性や薬剤耐性の問題が残っている。この研究は、抗炎症作用のある生薬として利用されている黄連のエキスが抗エストロゲン剤の効果を高めるかどうかを検討する目的で行なった。エストロゲン受容体陽性のヒト乳がん細胞MCF-7細胞において、黄連の粗抽出エキスおよびその活性成分であるベルベリンは、抗エストロゲン剤の増殖抑制効果を相乗的に増強した。アロマターゼ阻害剤のfulvestrantと併用した場合も、黄連の粗抽出エキスおよびその活性成分であるベルベリンは抗腫瘍効果を増強した。
遺伝子発現の検討では、ベルベリンは乳がん細胞の増殖を促進する EGFR, HER2, bcl-2, COX-2 の発現を著明に抑制した。一方、増殖を抑制する作用があるインターフェロン-βとp21の発現は著明に抑制された。
以上のことから、黄連のエキスは、複数の遺伝子の発現に影響して、エストロゲン依存性の乳がんのホルモン療法の効果を増強する効果があることが示された。

スタチンの抗がん作用については、前述のように基礎研究ではその可能性が指摘されていますが、臨床試験では発がん予防効果は否定的です。しかし、スタチンとベルベリンを併用すると抗腫瘍効果が増強するという報告があります

Antitumor effects of the combination of cholesterol reducing drugs.(コレステロール降下剤の組合せによる抗腫瘍効果) Oncology Reports 26: 169-176, 2011
この論文は培養細胞と移植腫瘍を用いた動物実験ですが、スタチンのLovastatinとベルベリンを併用すると抗腫瘍効果が相乗的に増強したことが報告されています。

【高脂血症の乳がんサバイバーの漢方治療とサプリメント】
野菜の豊富な食事や適度な運動や標準体重の維持は乳がんの再発予防に有効です。このような食生活と生活習慣はコレステロールを低下させる効果もあります。しかし、ホルモン療法によって体内のエストロゲンが減少すると、コルステロールが上昇し、動脈硬化も進行します。上記のように、コレステロールは食事からの摂取を減らしても、体内で合成される方が多いので、食事療法や運動では限界があるのが乳がんサバイバーにとっての問題です。実際、乳がん患者さんや、あるいはホルモン療法とは関係ない他のがんでも閉経後の患者さんから「食事療法を徹底し、運動もしているのにコレステロールが減らない」という相談はかなり頻繁に受けます。
コレステロールがどの程度になったら薬を服用すべきかという問題も議論があります。現在では、コレステロールの正常値の上限は220mg/dlですが、1980年代までは240mg/dlでした。
コレステロールが高いと動脈硬化性疾患による死亡率が高くなりますが、逆に低すぎても死亡率が上がることが知られています。コレステロールの低い人は抵抗力が低下し、感染症やがんになるリスクが高いと言われています。血中総コレステロールが180 ~200mg/dLが最も死亡率が低下するということになっています。
乳がんを含め閉経後のがんサバイバーの方で、食事療法や運動でコレステロールが低下しない場合(例えば280mg/dl以上)、スタチンなどのコレステロール降下剤の使用は、動脈硬化性疾患の病気を予防するという点で有効だと言えます。
高コレステロール血症が軽度の場合(240~260mg/dl程度)は、
黄柏や黄連のようなベルベリンの多い生薬を含めた漢方治療も有効です。利胆作用(胆汁分泌を促進する)のある山梔子(サンシシ)や苬蔯蒿(インチンコウ)もコレステロールを低下させる効果があります。スタチンを使った治療を行うときに、このような漢方薬併用すると、コレステロール降下作用とがん予防効果(再発予防効果)やQOLの改善(更年期障害など)の改善に有効です。
また、糖尿病治療薬のメトホルミンはAMP依存性プロテインキナーゼを活性化し、インスリン感受性を高め、脂質代謝を活性化し、さらにがんの再発予防に有効です。(メトホルミンに関しては217話参照)
ベルベリンにもAMP依存性プロテインキナーゼの活性化の作用があります。
ω3不飽和脂肪酸の魚油の
ドコサヘキサエン酸(DHA)エイコサペンタエン酸(EPA)R体αリポ酸もコレステロールを降下させる作用とがん予防効果が期待できます。
以上をまとめると、乳がんサバイバーで閉経後あるいはホルモン療法中のコレステロールの高値を改善し、同時にがんの再発予防効果を高める方法として、1)動物性脂肪やコレステロールを多く含む食品の摂取を減らす2)運動3)黄柏、黄連、山梔子 、苬蔯蒿を加えた漢方薬4)DHA/EPA、5)R体αリポ酸6)メトホルミン、などが有効だと言えます。これらの治療は、体重を減らす効果も期待できます。

 

◯ 乳がんの漢方治療については、こちらへ

 

 

(漢方煎じ薬についてはこちらへ

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