290)がん微小環境をターゲットにしたがん治療

図:がん治療においては、がん組織だけに目を向けるのではなく、体の治癒力や抵抗力や免疫力を高める「全人的(holistic)」な視点も必要。さらに、がん組織をターゲットにする場合でも、がん細胞だけでなく、がん細胞の増殖や転移に重要な役割を果たす「がん微小環境」を構成する炎症細胞や線維芽細胞や血管なども重要。がんの漢方治療においては、『体の治癒力』と『がん細胞』と『がん微小環境』の3つをターゲットにして、それぞれに効果のある生薬を組み合わせることによって、抗がん作用を相乗的に高めることができる。

290)がん微小環境をターゲットにしたがん治療

【がんとの共存を目指す漢方治療の3つのターゲット】
がんの漢方治療の目標の一つに「がんとの共存」があります。がん細胞を消滅できなくても、増殖を抑えることによって延命ができます。
がん細胞の増殖を抑えて共存を目指す手段としては、1)がん細胞に直接作用させる方法、2)体の免疫力や抵抗力や治癒力を高める方法、3)がん細胞の増殖に影響するがん微小環境に作用する方法の3つが考えられます。
がんの漢方治療を行うとき、いつもこの3つの観点から生薬の組合せを考えます。つまり、
1)がん細胞に直接作用して増殖を抑えたり、細胞死(アポトーシス)を誘導する作用をもつ生薬として半枝蓮(ハンシレン)や白花蛇舌草(ビャッカジャゼツソウ)、竜葵(リュウキ)など多くの抗がん生薬が知られています。これらの抗がん生薬から様々な抗がん成分が見つかっています。(22話45話66話219話220話参照)
2)免疫力や抵抗力や治癒力を高めてがん細胞の増殖を抑える効果は、βグルカンなどの免疫増強作用をもつ成分や、ストレスに対する抵抗力を高めるアダプトゲンと言われる高麗人参、田七人参、黄耆、枸杞子、アシュワガンダなどの生薬や薬草の効能を利用します。漢方治療は胃腸の状態を良くして栄養状態を良くし、組織の血液循環や新陳代謝を高めて免疫細胞が活性化しやすい状態にします。免疫増強作用を有するβグルカンとサポニンや精油成分は相乗効果によって免疫力を高めます(123話参照)
アダプトゲン(adaptogen)という言葉は、ハーブや薬草を使う伝統医療や自然療法において、様々なストレスに対する体の適応能力や抵抗力を高める効果がある薬草や薬草由来成分を指す用語として使用されています。がん治療においては、手術や抗がん剤や放射線などの治療によって多大な身体的ダメージを受け、さらに、不安や心配などによる精神的ストレスの負担が増えるので、心身の適応能力や抵抗力を高めるアダプトゲンは役に立ちます。(アダプトゲンについては138話参照)
3)さらに近年、がん組織の線維芽細胞や炎症細胞や血管やリンパ管や結合組織などの「がん微小環境」が、がん細胞の増殖や転移や悪性化進展などに重要な役割を果たすことが明らかになっています。がん細胞の増殖や浸潤や転移といった生物学的な特性は、細胞の遺伝子異常のみで決定されるものではなく、がん細胞のおかれた微小環境や間質細胞との相互作用の強い影響下にあるのです。

【間質の細胞ががん細胞の増殖や転移に影響する】
がん組織はがん細胞と間質から構成されます。間質(Stroma)は基質とも言い、正常な臓器や組織の場合は、その臓器や組織に固有の細胞(粘膜上皮細胞や肝細胞など)に対し、それらの間に入り込む結合組織や血管や神経や線維芽細胞などを言います。
がん組織の場合は、がん細胞以外の結合組織やその中に存在する炎症細胞や免疫担当細胞や線維芽細胞や血管やリンパ管などからなる部分が間質になります。そしてこのようながん組織の間質は、がんを取りまく特徴的な微小環境を構築しており、「がん微小環境」と言われます。
がん細胞と間質は種(seed)と土壌(soil)の関係と同じで、土壌が悪ければ種は育たないのと同じで、がん細胞の増殖や転移に間質(=がん微小環境)が重要な役割を果たしていることが明らかになっています。
すなわち、がんの増殖・浸潤・転移のしやすさは、がん細胞自体のもつ特性のみならず、がん細胞と微小環境との相互関係が深く関わっているのです。
例えば、がんの増殖や転移には、腫瘍血管の新生が極めて重要で、炎症細胞から産生される増殖因子などが血管新生を促進しています。また、がん間質中の線維芽細胞はがん関連線維芽細胞(Cancer associated fibroblasts: CAFs)と呼ばれ、血管新生を促進したり、がん細胞の増殖や浸潤や転移などに関与することが知られています。このがん関連線維芽細胞は正常組織の線維芽細胞とは異なる性質を持っていて、がん細胞の増殖を助ける働きがあります。例えば、がん細胞を正常な線維芽細胞を混ぜて移植しても腫瘍を形成しないのに、がん関連線維芽細胞と一緒に移植すると腫瘍を形成するという実験もあります。これは、がん細胞とがん関連線維芽細胞の両者の間で液性因子(増殖因子やサイトカンや化学伝達物質など)を介した相互作用や、細胞間の接触や細胞成分の移動を介した相互作用などががん細胞の増殖や転移や悪性化に大きな影響を及ぼしていることを示しています。
このようながん微小環境(がんの間質)をターゲットにしたがん治療(Tumor stroma-directed therapy)も検討されています。
がん細胞は遺伝子変異が起こり薬剤耐性や悪性化進展が起こるので、薬が効きにくくなりますが、がん細胞の増殖や転移を促進するがん関連線維芽細胞や腫瘍血管は遺伝子的に安定なので、薬剤に対する感受性は変わらないという利点があります。
免疫担当細胞やがん関連線維芽細胞が産生する増殖因子や炎症性サイトカインやフリーラジカルやプロスタグランジンなどの伝達物質などの産生を阻害し、がん細胞を取りまく環境を変えることによって、がん細胞の増殖や浸潤や転移や悪性進展を防ぐことも可能です。
このがん微小環境に影響する生薬やその成分の研究も行われています。例えば、漢方薬に使われる生薬には、抗酸化作用シクロオキシゲナーゼ-2阻害作用などの抗炎症作用がん細胞の浸潤や転移に関与する蛋白分解酵素を阻害する作用がん細胞の上皮-間葉移行を阻害する作用炎症細胞や免疫担当からの炎症性サイトカインや増殖因子の分泌阻害作用などの薬効をもった成分が含まれており、このような効果はがん細胞の悪性進展や転移を抑制します。
がん細胞はがん微小環境の作用によって上皮-間葉移行を起こして浸潤・転移能を獲得しますが、タンジンに含まれる水可溶性成分のSalvianolic Acid Bが、上皮-間葉移行で重要な役割を持つTGF-β系のシグナル伝達を阻害することによって、上皮-間葉移行を阻害することが報告されています。(199話参照)
ミルクシスルに含まれるシリマリンにも同様な作用が報告されています。(シリマリンについては270話参照)
アシュワガンダのウィザフェリンA(Witheferin A)やアブラナ科植物に含まれるベンジル・イソチオシアネイト(Benzyl isothiocyanate)、野菜に含まれるルテオリン(Luteolin)などにも上皮-間葉移行を阻害する作用が報告されています。また、生薬は抗炎症作用や抗酸化作用を持つ成分の宝庫です。したがって、このようながん微小環境に作用してがん細胞の増殖を抑える生薬を利用した治療戦略も可能性が高いと言えます。
漢方薬を使ってがんをおとなしくさせるという治療戦略において、がん細胞だけをターゲットにするのではなく、がんの間質と体全体の治癒力も重要であるということです。『体力や免疫力や治癒力を高める効果』、『がん細胞に直接作用する効果』、『抗炎症作用などのがん微小環境に作用する効果』の3つの観点から漢方薬の処方を考えることががんの漢方治療においては重要です。

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