454)抗腫瘍免疫の増強法(その10):メラトニン

図:①ヘルパーT前駆細胞(Th0)は1型ヘルパーT細胞(Th1)と2型ヘルパーT細胞(Th2)に分化誘導される。
②Th1細胞はインターフェロン・ガンマ(IFN-γ)や インターロイキン-2(IL-2)を分泌して細胞性免疫に関与し、③Th2細胞はIL-4, IL-5, IL-6, IL-10などを分泌して液性免疫に関与する。④ヘルパーT前駆細胞(Th0)がTh1細胞になるためにはマクロファージや樹状細胞から分泌されるIL-12が必要であり、⑤一方、Th2細胞となるためにはT細胞から分泌されるIL-4が必要とされている。⑥Th1細胞はナチュラルキラー(NK)細胞やキラーT細胞(⑦)を活性化してがん細胞を攻撃する。メラトニンはTh1細胞を活性化してキラーT細胞の働きを高め、さらにナチュラルキラー(NK)細胞を活性化する。

454)抗腫瘍免疫の増強法(その10):メラトニン

【メラトニンは体内時計を制御する】
生体の生理機能は昼夜常に同じ状態を保っているわけではなく、ほぼ1日を周期として変動する概日リズム(サーカディアンリズム)が存在します。
私達の体の中(脳)にはいわゆる『体内時計』があり、昼夜サイクルの時間を刻みながら、体の多くの機能に活動と休息のリズムを与えています。これをサーカディアンリズム(circadian rhythm)と言います。ラテン語で「サーカ」は「約」、「ディアン」は「1日」という意味で、日本語では「概日リズム」と言います。
メラトニンは睡眠を促すホルモンで、脳のほぼ真ん中にある『松果体』と呼ばれる、松かさに似たトウモロコシ1粒くらいの大きさの器官から放出されるホルモンです。
夜暗くなると、メラトニンが松果体から分泌され始め、メラトニンが増えると睡魔が襲ってきます。そして、生体リズムは睡眠や体息に適したものに調整されます。
朝、太陽光線が目に入ると、松果体にその刺激が伝わりメラトニンの分泌が抑制されます。
これによって覚醒スイッチがONとなり、諸々の生体機能は昼間の活動に適応した状態になります。
ところが夜の時間帯に強い光を浴びると、メラトニンの産生が減って寝つきが悪くなります。昼夜サイクルを無視した生活をすると体内時計の調子が狂い、体調を損ねる原因となります。
夜間に光を浴び続けると、メラトニンの分泌が低下し、免疫力が低下し、がんの発生が増えることが報告されています。

図:メラトニンは脳の松果体から分泌される。①夕方になって暗くなると松果体からメラトニンの産生が始まる。②夜間にメラトニンの血中濃度が上昇し、真夜中(午前2時から4時ころ)にピークに達する。夜間のメラトニンの濃度は日中の5~10倍に達する。③メラトニンは分泌開始から10~12時間で分泌を中止し、急激に血中濃度が低下し、午前7時ころに最低になって覚醒する。

メラトニンの原料は必須アミノ酸のトリプトファンです。トリプトファンに2種類の酵素が働いてセロトニンに変わります(トリプトファン → 5-ヒドロキシトリプトファン → セロトニン)。
セロトニンは神経細胞と神経細胞のつなぎ目(シナプス)で情報伝達の役目をする神経伝達物質の一つです。このセロトニンに2種類の酵素が働いてメラトニンが合成されます(セロトニン → N-アセチルセロトニン → メラトニン)。
メラトニンの化学名はN-アセチル-5-メトキシトリプタミン(N-acetyl-5-methoxytrypamine)です。
セロトニン → メラトニンという段階は、体内時計(視交叉上核)からの指令が来ないとスタートしない仕組みになっています。すなわち、目から入った光の情報は視神経と通って脳にある視交叉上核に伝えられ、さらに神経によって松果体に連絡が入ってメラトニンの合成が制御されます。
メラトニンは松果体から分泌された後、血液に乗って全身に運ばれ、最終的には肝臓で代謝されます。唾液や脳脊髄液、卵巣の卵包液、胆汁中にも移行します。血液脳関門や胎盤も通過します。メラトニンは松果体の他にも、網膜や消化管や皮膚や骨髄からも産生されることが明らかになっています。

【メラトニンは様々な生体機能を調節する】
メラトニンはヒトの体内時計を調節するホルモンとして、快適な睡眠をもたらし、時差ぼけを解消するサプリメントとして評判になりましたが、最近の研究で若返り作用抗がん作用免疫増強作用なども報告されています。
メラトニンの分泌異常が不眠や時差ぼけや抑うつ、ストレス、生殖能力、免疫異常やある種のがんの発生と関連している可能性が報告されています。
がんとの関連においては、特に、乳がんとの関連が研究されています。例えば、夜間の電灯が、メラトニンの分泌の低下を引き起こし、乳がんの発症に関与している可能性を指摘する「乳がん発生のメラトニン仮説」も提唱されています。
盲目の人には乳がんが少ないという報告や、夜間勤務の人には乳がんが多いという報告があり、これらはメラトニンが多く分泌される状況にあると乳がんの発生が抑えられ、夜間勤務のようにメラトニンの分泌が抑えられると乳がんが発生しやすい可能性を示唆しています。
実際に、メラトニンの主要代謝産物の6-sulfatoxymelatoninの尿中排泄量が多い人(体内でのメラトニンの産生量が多い)ほど乳がんの発生率が低いことが報告されています。
メラトニンのレベルががんの発生や進展に関与するという報告は乳がん以外にも、前立腺がん、大腸がん、脳腫瘍、子宮体がん、肝臓がんなどで報告されています。
夜勤の多い看護師や、国際線の乗務員のように概日リズムが慢性的に乱れやすい職業の人では、他の職業の人に比べて、乳がんや前立腺がんの発生率が高いことが報告されています。
例えば、乳がんの発生率を検討した疫学研究のメタ解析では、国際線の乗務員では70%、交代制勤務の職種では40%の乳がん発生率の上昇が認められています。前立腺がんに関しては、国際線の乗務員では40%の発生率の上昇が認められています。(Naturwissenschaften 95: 367-382, 2008)
世界保健機関(WHO)の附属組織で人間への発がんリスクの評価を専門に行っている国際がん研究機関(IARC)は、2007年に概日リズムを乱す交代制の仕事(shift-work)を、発がん作用の可能性がある(group 2A)と分類して発表しています。
メラトニンには抗酸化作用や免疫増強作用やその他多くのメカニズムによって抗腫瘍効果を発揮します。
メラトニンの抗腫瘍効果は、多くの臨床試験で確かめられています。
メラトニンは神経ホルモン(neurohormone)や神経免疫調節物質(neuroimmunomodulator)という表現が使われています。つまり、神経伝達物質やホルモンやサイトカインなど様々な生理活性物質の働きに作用して神経系や免疫系を制御する生体応答修飾物質(biological response modifier)としての作用を示し、中枢神経、免疫、内分泌、消化管、心血管、腎臓、骨など多くの生体機能を調節しています。そして、その効果は一般的に抗老化やがん予防の方向で作用します。
メラトニンの産生は加齢とともに分泌量が減少します。60歳以上になると夜間のメラトニンの増加もほとんど認めなくなります。これが、高齢者が感染症やがんの発症を起こしやすくなる理由の一つという意見もあります。
したがって、メラトニンをサプリメントとして補うことは、加齢とともに低下する抗酸化力や免疫監視機構の働きを若いレベルに維持する効果が期待できます。マウスやラットを使った実験では、メラトニンの補充で寿命を延ばせることが報告されています。

図:年齢によるメラトニン分泌量の違いを示している。①新生児はメラトニンの分泌はほとんどないが、②徐々に増加して小児期にピークになる。③思春期を超えるとメラトニン分泌は減少し始める。④中年期には加齢とともにメラトニン分泌量が減少し続ける。⑤60歳を超えるとメラトニンの分泌はごくわずかになる。⑥メラトニンの血中濃度は午前2時から4時くらいをピークに夜間に上昇するが、加齢とともに減少し、60歳以上になると、分泌量は極めて低下する。

【メラトニン受容体はGタンパク質共役型受容体】
メラトニンの多くの作用は、細胞膜に存在するメラトニン受容体を介して起こります。
メラトニン受容体にはMT1MT2の2種類が知られています。MT1は抗けいれん作用や血管収縮作用などに関与しています。一方、MT2は血管拡張作用に関与しています。その他、受容体を介して、メラトニンは免疫調節作用、心筋保護作用、体重増加を抑制する作用、エストロゲンの作用を阻害する作用など様々な作用を発揮します。
メラトニン受容体はGタンパク質共役型受容体(G protein coupled receptor : 略してGPCR)です。
細胞膜受容体には多くの種類が知られていますが、そのうちもっとも大きなグループを構成しているのがGタンパク質共役型受容体で、α-ヘリックスというらせん構造で親油性の部分が、細胞膜(脂質二重層)を内外に行ったり来たりを7回繰り返しているので「7回膜貫通型受容体」という名称で呼ばれることもあります。
GPCRが活性化されると、細胞内のGタンパク質と呼ばれるタンパク質を介してシグナルを細胞内に伝達するために、「Gタンパク質共役型受容体」という名前がつけられています。
GPCRは多数の種類があって多様な生理機能に関与しているので、既存の医薬品の半数くらいが、何らかの形でGPCRの機能に影響を及ぼすことによって薬理作用を示すと考えられています(434話参照)。
つまり、メラトニン受容体がGタンパク質共役型受容体の一種であるということは、メラトニンが生体機能の調節において重要な役割を担っていることを意味しています

図:Gタンパク質共役型受容体(GPCR)は細胞膜を7回貫通する特徴的な構造から7回膜貫通型受容体とも呼ばれている。細胞膜を貫通する部分をつなぐ細胞外のループ状の部分にシグナル分子(リガンド)が特異的に結合する鍵穴様の領域が存在する。Gタンパク質は細胞膜の細胞内側に存在し、α、β、γの3つのサブユニットから構成される三量体を形成している。αサブユニットはGTP(グアノシン三リン酸)あるいはGDP(グアノシン二リン酸)のどちらかを結合できる。三量体のGタンパク質はGDPが結合した不活性な状態で細胞膜に存在している。GPCRにリガンドが結合するとGPCRの構造が変化して三量体Gタンパク質のαサブユニットのGDPが外れてGTPが結合する。GTPが結合して活性化状態になったGタンパク質αサブユニットは、受容体(GPCR)やβサブユニットやγサブユニットと解離して、酵素やイオンチャネルなどに作用して、その下流のシグナル伝達経路を活性化する。このようなメカニズムでGPCRは光・匂い・味などの外来の刺激や、神経伝達物質・ホルモン・イオンなどの内因性の刺激を感知し、細胞内に伝達する働きを担っている。

【メラトニンはTh1サイトカインの産生を高める】
松果体と免疫系との関係が最初に指摘されたのは90年前(1926年)です。猫に松果体抽出エキスを投与すると免疫システムが活性化することが報告されています。
1970年代には、マウスの動物実験でメラトニンを産生する松果体を切除すると、胸腺の重量が減少し(130mgから70mgに減少)、胸腺のリンパ球の増殖が停止するなど免疫系の働きが顕著に低下することが報告されています。松果体はメラトニンを産生する器官です。
1980年代後半から、メラトニンが免疫細胞に直接作用することが報告されています。その作用メカニズムは、免疫細胞におけるメラトニン受容体の分布の解析から解明されています。
リンパ球にメラトニン受容体が存在することは1992年に報告されています。胸腺や脾臓やリンパ節など免疫組織においてメラトニン受容体(MT1とMT2)が発現していることが確認されています。
Tリンパ球や単球の表面にメラトニン受容体があり、メラトニンはこの受容体を介してリンパ球や単球を刺激して、インターフェロンγ(IFN-γ)やインターロイキン(IL)1,2,6,12などの免疫反応を増強するサイトカイの分泌を促進する作用があります。これらのサイトカインは1型ヘルパーT細胞(Th1)を増やし、キラーT細胞(細胞傷害性T細胞)による細胞免疫を増強します。
1型ヘルパーT細胞(Th1)とは細胞性免疫を亢進するヘルパーT細胞です。
リンパ球にはB細胞・T細胞・ナチュラルキラー細胞などがあります。
B細胞は抗体を使って細菌やウイルスを攻撃するもので、これを「液性免疫」といいます。IgEという抗体の一種が関与するアレルギー性疾患はこの液性免疫が過剰に反応する結果発生します。

一方、ウイルス感染細胞やがん細胞など自分の細胞に隠れている異常を発見して、Tリンパ球などが直接攻撃する免疫の仕組みを「細胞性免疫」といいます。

この液性免疫と細胞性免疫の制御は2種類のヘルパーT細胞 (Th) のバランスによって決まります。ヘルパーT細胞は、B細胞やT細胞の増殖や働きを調節するタンパク質(サイトカイン)を分泌して、液性免疫と細胞性免疫のバランスを調節しており、そのサイトカインの産生パターンから、Th1(1型ヘルパーT) 細胞とTh2(2型ヘルパーT) 細胞に分類されます。
Th1細胞はインターフェロン・ガンマ(IFN-γ)や インターロイキン-2(IL-2)を分泌して細胞性免疫に関与し、Th2細胞はIL-4, IL-5, IL-6, IL-10などを分泌して液性免疫に関与します。ヘルパーT前駆細胞(Th0)がTh1細胞になるためにはマクロファージや樹状細胞から分泌されるIL-12が必要であり、一方、Th2細胞となるためにはT細胞から分泌されるIL-4が必要とされています。
メラトニンはTh1細胞を活性化して細胞性免疫を増強することが知られています。

図:ヘルパーT前駆細胞(Th0)は1型ヘルパーT細胞(Th1)と2型ヘルパーT細胞(Th2)に分化誘導される。
Th1細胞はインターフェロン・ガンマ(IFN-γ)や インターロイキン-2(IL-2)を分泌して細胞性免疫に関与し、Th2細胞はIL-4, IL-5, IL-6, IL-10などを分泌して液性免疫に関与する。ヘルパーT前駆細胞(Th0)がTh1細胞になるためにはマクロファージや樹状細胞から分泌されるIL-12が必要であり、一方、Th2細胞となるためにはT細胞から分泌されるIL-4が必要とされている。がん細胞を攻撃するのはTh1細胞である。
 
がん患者ではTh2サイトカインが優位になっており、このTh2サイトカインの優位性が腫瘍の進展と関連していることが知られています。したがって、がん患者におけるTh2優位性の状態を逆転することは、がん治療において有用であると考えられています
IL-2の産生によってナチュラルキラー細胞が活性化されます。ナチュラルキラー細胞はがん細胞を攻撃して排除する働きがあります。

メラトニンはMHCクラスII分子(腫瘍組織適合抗原複合体クラスII)の発現を促進することによって、樹状細胞やマクロファージからのT細胞への抗原提示を促進することが報告されています。
メラトニンはリンパ球内のグルタチオンの産生を増やしてリンパ球の働きを高める効果が報告されています。
メラトニンは免疫細胞を活性化するだけでなく、抗がん剤によるダメージからリンパ球や単球を保護する効果もあります。この効果はメラトニンの抗酸化作用が関与しています。

ストレスによる免疫力の低下を抑え、感染症に対する抵抗力を高める効果が、動物実験で示されています。

臨床試験では、肺がんや大腸がんなどで、インターロイキン-2による免疫療法と併用して、抗腫瘍効果の増強が確認されています。

以上ように、多くの研究から、メラトニンはTh1サイトカインの産生を高め、NK細胞やキラーT細胞の活性を増強し、がん細胞を排除する免疫力を高め、抗がん剤やストレスによる免疫力低下を軽減する効果があることが確かめられています。

ただし、自己免疫疾患(慢性関節リュウマチなど)やリンパ球の腫瘍(悪性リンパ腫やリンパ性白血病など)の場合は、メラトニン投与により病気が悪化する可能性がありますので、これらの疾患の場合には使用は危険です。
 
【メラトニンは酸化ストレスを軽減する】
メラトニンには受容体を介さないメカニズムでの作用もあります。その代表が抗酸化作用です。
メラトニンはヒドロキシルラジカルや過酸化水素や一酸化窒素ラジカルなど様々なフリーラジカルを消去する活性を持っています。さらに、抗酸化酵素の発現を亢進する作用もあります。このように、メラトニンは細胞の酸化ストレスを軽減する作用を発揮します。
脳細胞の酸化を防ぐことにより、痴呆やアルツハイマー病やパーキンソン病を予防できるのではないかと期待されています。メラトニンは細胞膜や血液脳関門を容易に通過できるので、脳の神経細胞の酸化障害を防ぐことができるのです。

メラトニンの抗酸化作用は、活性酸素だけでなく、一酸化窒素や過酸化脂質など様々なフリーラジカルを消去できることが特徴です。毒性の強いヒドロキシラジカルはメラトニンによって効率的に消去されます。不飽和脂肪酸の酸化によって生じるペルオキシラジカルを消去する活性はビタミンEよりも高いことが知られています。メラトニン1分子は4つ以上のフリーラジカルを消去できます。

メラトニンはフリーラジカルを消去して自身が酸化されても、酸化剤(pro-oxidant)として副作用は起こらないと言われています。
つまり、他の抗酸化剤は、フリーラジカルを消去すると、自身は酸化されて酸化剤(プロオキシダント)となって、他の物質を酸化するようになるのですが、メラトニンは酸化されても安定で、他の物質を酸化することはありません。

さらに、グルタチオンペルオキシダーゼ、スーパーオキシドデスムターゼ、カタラーゼなどの細胞内の抗酸化酵素の活性を高める効果も報告されています。
逆に、フリーラジカルを産生する酵素(リポギシゲナーゼ、一酸化窒素合成酵素など)の産生を抑制する効果も報告されています。

このような多方面の抗酸化作用によって、メラトニンは細胞膜の脂質や細胞内の蛋白、核内のDNA、ミトコンドリアにおける、フリーラジカルによるダメージを防ぎ、その結果、これらの細胞成分の酸化によって生じる病気(がん、動脈硬化、神経変性疾患など)を防ぐ効果を発揮します
組織の酸化障害を軽減する効果は炎症を抑える効果になるため、メラトニンは抗炎症作用を持つと言えます。

活性酸素などのフリーラジカルによる遺伝子の酸化障害は細胞のがん化の原因として重要です。また、抗がん剤や放射線治療による副作用の原因もフリーラジカルによる正常組織のダメージです。
がんの発生や再発の予防、治療による副作用軽減においてメラトニンが有効である理由として、免疫増強作用と同時に抗酸化作用の関与が大きいと考えられています。
 
【メラトニンはがん細胞の増殖を抑える】
メラトニンは免疫力や抗酸化力を高めてがんに対する抵抗力を増強するだけでなく、がん細胞自体に働きかけて増殖を抑える効果も報告されています。

メラトニンには、がん細胞の増殖・転移を阻害する作用が報告されています。例えば、がん細胞による成長因子の取り込みを阻害する作用、テロメラーゼ活性を阻害してがん細胞のアポトーシスを誘導する作用、がん抑制因子のP53の発現を制御する効果などが報告されています。
メラトニンは培養細胞を使った研究で、乳がん細胞のp53蛋白(がん抑制遺伝子の一種)の発現量を増やし、がん細胞の増殖を抑制することが報告されています。

メラトニンは腫瘍組織の血管新生を阻害する作用があります。腫瘍組織における血管新生は低酸素が引き金となります。低酸素は低酸素誘導因子(hypoxia inducible factor;HIF)という転写因子の活性を高めます。HIFは血管内皮増殖因子(VEGF)やエンドセリンなど血管新生に必要な遺伝子の発現を促進します。メラトニンはHIFの活性を抑制し、VEGFやエンドセリンなど血管新生に働く増殖因子の発現を低下させ、血管新生を阻害するのです。
また、エストロゲン依存性のMCF-7乳がん細胞を使った実験で、エストロゲンとエストロゲン受容体の複合物が核内のDNAのエストロゲン応答部位に結合するところをメラトニンが阻害することによって、エストロゲン依存性の乳がん細胞の増殖を抑えることが報告されています。
動物実験では、乳がん、前立腺がん、悪性黒色腫、白血病などで、がんの増殖を抑える効果が示されています。
人間の腫瘍においても、メラトニン摂取によって多くの固形がんで生存率を向上させる効果が報告されています。
 
【メラトニンは抗がん剤や放射線治療の副作用を軽減し、生存率を高める】
メラトニンは抗がん剤や放射線治療の副作用を軽減し、さらに抗がん剤や放射線による抗腫瘍効果を増強して生存率を高める効果が多くの臨床試験で報告されています。以下のような結果が報告されています。
 
1)手術不能の肝細胞がんの肝動脈化学塞栓療法(TACE)による治療前後にメラトニン(20mg/日)を服用すると切除手術の実施率と生存率を高める効果が報告されています。
100例の手術不能の進行した肝細胞がんを、肝動脈化学塞栓療法(transcatheter arterial chemoembolization ,TACE)のみを施行した50例(TACE単独群)と、TACEの施行前後にメラトニンを投与した50例(TACE+メラトニン群)にランダム(無作為)に分けて2年以上追跡し、生存率と切除手術実施率などを比較しています。
TACEはリピオドールと抗がん剤(マイトマイシン C、アドリアマイシン、5-FU)を肝動脈内に注入する塞栓術を6週ごとに3回施行し、メラトニン(20mg/日、午後8時に内服)はTACE前7日間とTACE後21日間投与しました。
TACE治療後に切除手術が可能であったのは、TACE群が4%、TACE+メラトニン群は14%で、メラトニン投与によって統計的に有意(P<0.05)に切除率が向上しました。
6ヶ月、1年、2年後の生存率は、TACE単独群が82%、54%、26%であったのに対して、TACE+メラトニン群では100%、68%、40%であり、いずれもメラトニン投与により統計的に有意(P<0.05)な生存率の向上を認めました。
TACE施行後の肝障害(ALT,ASTなどで評価)はメラトニン投与により軽減し、メラトニンの抗酸化作用による肝細胞のダメージ軽減効果が示唆されました。さらに、免疫増強の指標となる血中IL-2濃度は、TACE単独では増加しなかったが、メラトニン併用群ではIL-2の増加が認められました。
以上の結果より、メラトニンはTACEによる肝障害を軽減し、免疫力を増強し、生存率と切除手術施行率を高める効果が認められました。したがって、進行した肝細胞がんの肝動脈化学塞栓療法(TACE)においてメラトニンを1日20mg投与することは臨床的に有効と考えられます。(Hepatobilliary Pancreat Dis Int. 1:183-186, 2002)
 
2)ホルモン療法(タモキシフェン)を受けている進行した乳がん患者において、1日20mgのメラトニンの服用に延命効果があることが報告されています。ホルモン依存性の乳がんの治療のあと、再発予防の目的で抗エストロゲン剤のタモキシフェンなどが投与されますが、1日20mgのメラトニンはその再発予防効果を高める効果が期待できます。
 
3)悪性脳腫瘍(神経膠芽腫)30例のランダム化比較試験で放射線照射単独群の1年生存率が6.3%に対して、放射線照射と1日20mgのメラトニンを併用した群の1年生存率は42.9%でした。(Oncology 53:43-46, 1996)
 
4)転移を有する進行性非小細胞性肺がん患者100例を対象に、シスプラチンとエトポシドの抗がん剤単独群50例と抗がん剤+メラトニン治療群50例に分けたランダム化比較臨床試験では、神経毒性の副作用は抗がん剤単独群が41%に対してメラトニン併用群が18%、血小板減少は抗がん剤単独群が20%に対してメラトニン併用群は14%でした。10%以上の体重減少は抗がん剤単独群では41%に対してメラトニン併用群では6%、体力低下は抗がん剤単独群では35%に認められ、メラトニン併用群では8%でした。これらの差はいずれも統計的に有意でした
完全寛解と部分寛解を足した奏功率は、抗がん剤単独群が18%に対して、メラトニン併用群では35%。完全寛解率は抗がん剤単独群では0%でしたが、メラトニン併用群では4%に認められました。抗がん剤単独群では2年以上の生存率は0%でしたが、メラトニン併用群では5年以上の生存率が6%(49例中3例)でした。(J Pineal Res 35:12-15, 2003)
 
肺がんや大腸がんなどに対する抗がん剤治療にメラトニン(10~40mg)を併用すると、副作用が軽減し、生存率や生存期間が向上することが複数の臨床試験で示されています。
1996年から2007年の間に行われた33の臨床試験の結果(総患者数:2446人)をまとめたメタ解析の結果、メラトニンは様々ながんに対する抗がん剤治療において、神経障害、骨髄抑制、体力低下、悪液質、下痢などの副作用を軽減することが示されています
メラトニンは抗がん剤や放射線によるダメージから造血前駆細胞を保護する作用が報告されています。
また、手術前後に服用すると、創傷治癒を早める効果や、免疫力を高めて感染症を予防する効果も報告されています。
 
【緩和医療におけるメラトニンの効果】
メラトニンは免疫増強作用や抗酸化作用やがん細胞の増殖を抑える作用があるので、末期がんに対しても症状の改善や延命効果が期待できます。
メラトニンには、がん性悪液質を改善する効果があります。がん性悪液質とは、がん細胞が出すTNF-αなどの炎症性サイトカインなどによって、食欲不振や倦怠感や体重減少などの症状が現れる病態で、がん患者の死期を早める原因となっています。
末期がん患者にメラトニンを投与すると、体重減少や食欲低下や倦怠感や抑うつ症状が改善し、延命効果があることが多くの研究で示されています。
末期がんの緩和治療におけるメラトニンの有効性を検討した臨床試験として以下のような結果が報告されています。
 
1)抗がん剤に抵抗性を示し転移のある非小細胞性肺がん患者を、緩和治療のみとメラトニン投与(1日10mg、午後7時内服)に無作為の2群に分けて比較したところ、メラトニン投与によりがん細胞の増殖が抑えられ生存率の改善が認められました。 保存的治療のみの患者の平均生存期間が3ヶ月であったのに対して、メラトニンを服用した患者の平均生存期間は6ヶ月であり、1年以上生存した患者は、保存的治療のみが32例中2例であったのに対して、メラトニン服用者では32例中8例でした。
 
2)緩和治療を受けている転移性脳腫瘍の患者50例を対象にしたランダム化臨床試験では、メラトニン(1日20mg,午後8時服用)によって、1年後の生存率や平均生存期間が著明に改善しました。
 
3)メラトニン(18mg/day)と魚油(ω3系不飽和脂肪酸)30ml/dayの併用で体重増加の傾向が認められています。(Person, 2005)
 
4)末期がんにおける緩和医療において、メラトニンを1日20mg服用することによって1年後の生存率が高まることが複数の臨床試験で報告されています。
 
5)インターフェロン-γなどの多くのサイトカインの産生を調節することによって免疫細胞を活性化する効果が報告されています。
 
以上のような多くの臨床試験の結果から、がんの抗がん剤治療、ホルモン療法、放射線治療、免疫療法、外科治療、緩和医療の際にメラトニンを1日10から40mgを服用するのは有効と言えます。
さらに、抗腫瘍免疫の活性を高める方法を組み合せれば、有効ながん治療法になります。(下図) 
 
図:①メラトニンは1型ヘルパーT細胞(Th1細胞)を活性化してナチュラルキラー細胞(NK細胞)やキラーT細胞の働きを高める。②Th1細胞はIL-2やIFN-γの産生を亢進し、キラーT細胞の活性を高めてがん細胞に対する細胞性免疫を増強する。③骨髄由来抑制細胞(MDSC)と制御性T細胞(Treg)はキラーT細胞の働きを抑制する。④COX-2阻害剤のセレコキシブ(Celecoxib)はPGE2の産生を阻害してMDSCとTregの増殖や活性化を阻止する。シメチジンとシクロフォスファミドはMDSCの活性や生存を阻害する。⑤セレコキシブ、シメチジン、シクロフォスファミドはいずれも血管新生阻害作用がある。⑥イミキモドはトル様受容体TLR7を刺激して未熟樹状細胞の成熟・活性化を促進し、ピドチモドは樹状細胞の成熟とIL-12産生を促進して1型ヘルパーT細胞(Th1)を増やし、ナチュラルキラー細胞(NK細胞)を活性化する。
 
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