がんの予防や治療における漢方治療の存在意義を考察しています。がん治療に役立つ情報も紹介しています。
「漢方がん治療」を考える
35)「科学的根拠」と「常識」の違い
図:西洋医学の治療法は、科学的な根拠を最重要視し、普遍性と再現性を重視する。一方、漢方医学では、臨床経験に基づいた個別性や偶然性をも考慮した治療法を体系化している。このような考え方の違いが、お互いの医療が補完しあう理由であり、西洋医学と漢方医学を併用した統合医療の根拠となる。
35)「科学的根拠」と「常識」の違い
【伝統医学や経験医学の全てを科学で説明することは限界がある】
医学において「科学的」だと認められるためには、生理学や生化学や薬理学や病理学など西洋医学が認める「科学的」な方法論と知識で、治療の効果やメカニズムを論理的に証明する必要があります。「科学的」に証明されないかぎりは、その医療はたとえ効果があっても合法的なものとはなり得ないというのが現代医学の考え方です。しかし、科学が全ての医学現象や薬効メカニズムを説明できる保証はありません。
例えば、偽薬でもそれを本物の薬だと信じて飲むとある程度の効果が現れるというプラシーボ(偽薬)効果のメカニズムを、現代医学はまだ科学的に説明できていません。
それはプラシーボ効果がその人の性格や周りの言葉に左右されるような曖昧な現象であり、再現性や普遍性が乏しくて客観的な評価ができないからです。
プラシーボ効果を大脳生理学の現象に置き換えて物質面から解析する研究もありますが、「心の働き」と「自己治癒力」という2つの複雑系の現象を結びつけて、物質レベルで説明することは、極めて困難です。しかし、物質レベルで詳細に説明できなくても、「心の働きが体の治癒系に影響する」という漠然とした常識的な解釈で、プラシーボ効果の本質を理解するには十分だと思います。
漢方が科学的か非科学的かという問題は、それが生理学や生化学で証明できるのかという問題にすり替わっています。西洋医学の研究者が「漢方を科学的に解明しないといけない」といっています。確かに漢方を生理学や生化学や薬理学などの科学的な言葉で説明できるように研究する必要があります。しかし、臨床効果のある医療の全てが科学の言葉で証明できるとはかぎりません。治療経験に基づいて発展してきた経験医療には、現代科学の知識を超えた真理に基づいている可能性もあります。画期的な科学的発見の多くが、偶然という経験的知識から得られていることとも似ています。むしろ、科学で説明できないものの中から、経験的に効果のある治療法を発展させてきた点に、漢方治療が西洋医学の限界を補うことができる根拠があるのです。
【漢方の効き目は「常識」で理解できる】
漢方の効き方の特徴を言い表す言葉がいろいろあります。例えば、「自然治癒力を高める」「体のバランスを整える」「体質を変える」「未病を治す」「滋養強壮作用」などです。これらは、個人差の大きい体質や体力、あるいは目に見えない体の失調を対象とするため、病気の原因を追求する機械的生命観に支配された理論医学が苦手な領域です。したがって科学的な説明や根拠を求める立場では限界もあります。
漢方では、どのようにしたら臓器機能の不調和を正常化でき、体の治癒力や抵抗力を活性化できるかをいつも考えています。長い歴史の中での治療経験から、治癒力を高めたり体のバランスを改善するための方法論を集積し独自の理論を体系化してきました。漢方薬の使い方においては単なる経験だけでなく、漢方独自の理論があります。その漢方理論は科学や統計という手法がなかった数千年前に治療経験の積み重ねの中から体系化されたもので、科学の基準では理解できない点が多くあり、経験的要素が多いため非科学的という批判を受けがちです。
目に見えない「経絡」や実体のない「気」や「陰陽」というものを理論基盤としていることは科学として受け入れ難く、薬草を組み合わせて薬を作る事は極めて曖昧な治療法と多くの人が感じています。「漢方は科学的でない、合理的でない」という意見がでてくるのは当然の事だと思います。
しかし、漢方薬で使われる生薬の成分や薬理作用の研究は十分行われており、体に対してどのような効果を発揮するかは多くの研究がなされています。ただ、複数の成分が相互に作用しあって効果を出していることや、天然の生薬では成分が不均一であることなどの理由があって、再現性や普遍性を求める科学の基準には達しないという問題はあります。試行錯誤的に体と病気に合った薬を選ぶという手法は理論医学を基本とする西洋医学では考えられないことですが、個人差の大きい病気の治療においては常識的に納得できる手法であることは理解できます。
「常識」というのは、科学的根拠だけでなく、経験的あるいは論理的に納得できるものも判断基準としています。非科学的で判りにくい漢方の考え方も、「常識」レベルの判断基準で見直してみると、非常に納得できる医学体系であることが理解できます。
漢方薬の作用に物質的な科学的根拠を求めるだけでなく、論理的あるいは常識的に納得できる根拠も重視しないと、漢方を含めて伝統医療の役割や良さを正しく評価することは困難だと思います。
(文責:福田一典)
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