がんの予防や治療における漢方治療の存在意義を考察しています。がん治療に役立つ情報も紹介しています。
「漢方がん治療」を考える
42)癌と瘀血
図:がん患者では「瘀血」の状態になっていることが多いので、組織の血液循環を良くする駆瘀血薬は、がん治療において有用な効果を発揮する。
42)癌と瘀血
【血液循環が悪いと組織の治癒力が低下する】
血液は、酸素を運搬する赤血球、血管の傷を塞ぐ血小板、生体防御に働く白血球などの血球成分と、いろんな栄養素や蛋白質・脂質などを含む血漿成分から構成されます。「血のめぐり」は、専門用語で「血液循環」といいます。組織や細胞の活動に不可欠な酸素と栄養物の供給および代謝産物である炭酸ガスや老廃物の除去が、血液循環によって行なわれています。したがって、血液循環が悪くなることは、そのまま組織の働きが悪くなることを意味します。各血液細胞の機能が正常でも、栄養を十分含んでいても、血液循環が正常でなければ用をなしません。
漢方診療では患者さんの組織の治癒力を判断するときに、皮膚や爪や舌の色を参考にします。皮膚や爪がどす黒い、口唇や歯肉や舌が暗紫色、皮下出血しやすいなどの所見は組織の血液循環が悪く、治癒力や回復力が低下していると判断できます。
抗がん剤や放射線照射はフリーラジカルを産生し、フリーラジカルによる組織の酸化障害は血液循環を障害します。抗がん剤や放射線治療の副作用を予防するために体力や免疫力を高める十全大補湯(じゅうぜんだいほとう)などの補剤を使用する場合には、血液循環を良くする生薬(駆瘀血薬(くおけつやく))を併用すると効果を高めることができます。
【瘀血とは】
「瘀血(おけつ)」というのは、血が何らかの原因により流れにくくなった状態を示す漢方独自の用語です。瘀血の「瘀」の原義は「へこみ押さえられたために流れが詰まっている状態」であり、停滞を意味しています。現代医学的には、うっ血・末梢の血液循環障害・血液凝固能の異常・出血を伴う組織の損傷など血液循環の異常に伴うさまざまな病態の複合した症候群と考えられます。
瘀血では舌の所見が特徴的であり、舌が暗紫色・青紫色あるいは紫色を呈します。紫色の斑点を認めたり、舌下静脈の怒脹を認めたりします。
女性は瘀血になりやすく、更年期障害や月経痛、生理不順などの原因にもなります。動脈硬化によって起こる狭心症や心筋梗塞も瘀血によって起こります。
瘀血の発生は気虚、陽虚、気滞など「気」の異常とも密接に関連しています。すなわち、血液を循環させるエネルギーは生命エネルギーである「気」が関与するからです。
気虚や陽虚では全身の機能が低下するため、循環系の機能も低下して血流の停滞を引き起こします。気の滞りである「気滞」では、血管運動神経系の失調を通じて血流を停滞させます。
逆に、瘀血が発生すると、血液循環の異常によって、多くの臓器の機能が低下し、気虚や気滞、水滞の原因にもなります。
特に、瘀血と気滞は密接に関連しており、「瘀血は気滞を、気滞は瘀血を生じる」という密接な関連があるため、瘀血の治療においては、血の巡りを良くする駆瘀血薬だけでなう、気の巡りを良くする理気薬を適切に併用することがポイントになります。
【組織の治癒力・回復力を高める駆オ血薬】
昔から、野菜は血液をきれいに保ち、動物性食品(肉)は血を汚くすると信じられてきました。実際、野菜の中には抗酸化物質や血小板凝集抑制作用を有する成分が多く含まれているため、野菜や生薬の摂取は血液の循環を改善し、新陳代謝や免疫力を向上し、治癒力を増強されることも期待でき、結果として癌の予防や治療の効果を高めることができます。生薬には、血液凝固や末梢循環に作用する生理活性物質が多数見つかっており、抗酸化作用の強い成分も多く含まれています。
瘀血を改善する生薬を「駆瘀血薬(くおけつやく)」と呼び、血液の質を改善して流れを良くする作用を持っています。作用機序としては、末梢血管の拡張、血小板凝集の抑制、抗酸化・フリーラジカル消去、赤血球変形能増強、血液粘度低下などの作用が指摘されています。
例えば、牡丹皮の主成分ペオノール(paeonol)や桂皮のケイヒアルデヒド(cinnamic aldehyde)はトロンボキサンA2の産生を抑制したり活性を阻害することにより、強力な血小板凝集抑制作用を示します。川芎などのセリ科植物の成分であるテトラメチルピラジンやフェラル酸にも血小板凝集を抑える作用が報告されています。一般に香味野菜には血栓を予防する効果が強いことが知られており、生薬の中にも血栓形成を抑制するものは多く知られています。
血中のコレステロールや中性脂肪が高い状態(高脂血症)では血液の粘稠度が高まります。赤血球膜の柔軟性が低下すると赤血球変形能が低下して毛細血管での血液の流れが停滞します。桂枝茯苓丸や当帰芍薬散や桃核承気湯などの代表的な駆瘀血剤には血液粘度低下作用や赤血球変形能増強作用が科学的研究で証明されています。
このように生薬の微小循環改善(駆瘀血)作用のメカニズムには数多くのものが想定され、その薬理作用が科学的にも証明されてきています。
がんの漢方治療で常用される駆瘀血薬として当帰(とうき)・赤芍(せきしゃく)・川芎(せんきゅう)・延胡索(えんごさく)・欝金(うこん)・莪朮(がじゅつ)・三稜(さんりょう)・紅花(こうか)・桃仁(とうにん)・牡丹皮(ぼたんぴ)・丹参(たんじん)・地竜(じりゅう)などがあります。それぞれの駆瘀血薬には特徴があり、それらを理解して使い分けると種々のがん病態で効果を上げることができます。
当帰(とうき)は補血作用を持つ駆瘀血薬で、肉芽形成促進作用があるので、難治性の皮膚潰瘍などに黄耆(おうぎ)とともに使用します。川芎(せんきゅう)は憂うつ・抑うつなどを改善し、赤芍(せきしゃく)は抗炎症作用があるので炎症に伴う血液循環障害の治療に使用します。延胡索(えんごさく)は鎮痛効果をもち、さまざまな疼痛を緩和します。
欝金(うこん)はクルクミンなどの成分に抗腫瘍効果やがん予防効果が指摘されています。莪朮(がじゅつ)と三稜(さんりょう)は強い駆瘀血の作用により血腫や凝血塊などを吸収して除きます。がんに対する抑制作用があり、両者は一緒に使用されています。
紅花(こうか)は十全大補湯などの補血剤に併用することによって補血の作用を強めます。桃仁(とうにん)は豊富な油性成分を含み、腸管内を潤滑にして便通を良くします。炎症による充血によって疼痛を呈する場合に効果があります。牡丹皮(ぼたんぴ)は炎症に付随する微小循環障害によく用いられます。
丹参(たんじん)は血管拡張作用や血液循環改善作用があり、抗炎症作用や抗酸化作用も強く、慢性肝炎や心筋梗塞の治療にも使用されています。肝硬変における線維化を抑制し、がん細胞の増殖を抑える作用なども報告されています。地竜(じりゅう)は血管内外の凝血塊や血腫を溶解して除き、微小循環を改善します。
【駆瘀血薬はがん治療の効果を高める】
瘀血はがん患者の病態の基礎として多く認められます。がん組織が産生する生理活性物質や老廃物、炎症や酸化ストレス、抗がん剤やステロイド剤の連用など、多くの要因によってがん患者の血液は高粘稠・高凝固状態になり、瘀血病態が引き起こされています。オ血病態を改善することにより、組織の新陳代謝が高まり免疫力や治癒力が向上します。また、腫瘍患部に抗がん薬物を到達させ、免疫細胞によるがん細胞の攻撃力を促進します。
放射線治療では、低酸素状態でがん細胞の放射線抵抗性が著しく増大するため、低酸素のがん細胞の放射線感受性を高めることが大切です。丹参や地竜などの駆瘀血作用の強い生薬を併用することにより、温熱療法や放射線治療の効果を高めることが報告されています。中国では、駆瘀血薬の川芎や紅花を含む注射液を使用することにより、治療に必要な放射線線量を減らせることが報告されています。
駆瘀血薬を抗がん剤治療と併用することによって、抗がん剤の治療効果が高まることも報告されています。また、障害された正常組織の修復を促進するためにも、組織の微小循環を良好にすることは意義があります。
また、がんで手術を受ける場合でも、手術前に血液循環を良くして治癒力を高めておくと、手術後の経過が良く、合併症の予防や、再発・転移を抑える効果も期待できます。
組織の血流を改善することは、がん組織の血流も増加させることになって、増殖を速めるのではないかという疑問がでてきますが、その心配はありません。
がん細胞は、生体の血流が悪くても、自分で血管新生を誘導する物質を産生して腫瘍血管を増生させ、身体の栄養物を1人占めにしようとします。その結果、正常組織の栄養が障害されて抵抗力が低下し、がんの増殖が促進されます。したがって、正常な組織の血行を良くして、栄養を正常細胞に回すことは、がんが栄養物を1人占めしている状況を断ち切ることになり、がんの増殖を抑える方向に働くのです。
がん組織に増生してくる新生血管には、平滑筋細胞や神経支配が不十分であることが知られています。正常の細動脈の拡張や収縮は、自律神経や血管平滑筋の働きによって調節されています。生薬の中には、血管周囲の自律神経や平滑筋細胞などに働きかけて、血管拡張作用を起こすものが知られています。このような生薬を用いると、正常な組織の血流を増加させて、相対的に腫瘍へ行く血流を減らすことも可能になります。
組織の血液循環を良くし、血の滞りを防ぐことは、組織の新陳代謝や治癒力を高め、免疫力や抵抗力を高めることによってがんを予防する効果が期待できます。このような発想は、現代西洋医学では一般的ではありませんが、全身のコンディションを整えて、治癒力や免疫力を高める漢方医学の考え方は西洋医学の欠点を補うことができます。
漢方治療で使用される駆瘀血薬は、西洋医学のがん治療にない効果を発揮する漢方治療のポイントになっています。
(文責:福田一典)
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