がんの予防や治療における漢方治療の存在意義を考察しています。がん治療に役立つ情報も紹介しています。
「漢方がん治療」を考える
340)大豆製食品は乳がんの再発率と死亡率を低下させる
図:女性ホルモンのエストロゲンは、乳腺細胞や乳がん細胞の細胞膜にあるエストロゲン受容体に結合して増殖を刺激する。大豆イソフラボン(ゲニステイン、ダイゼインなど)はエストロゲンと構造が類似し、エストロゲン受容体に結合するが、エストロゲン様作用を示す場合とエストロゲン作用を阻害(拮抗)する作用を示す2面性を持っている。昔は、乳がん患者の大豆製食品の摂取を禁止する意見もあったが、最近の複数のコホート研究の結果は、「乳がん患者は大豆製食品を多く摂取する方が、再発率も死亡率も低下する」ことが明らかになっている。
340)大豆製食品は乳がんの再発率と死亡率を低下させる
上海でのコホート研究の結果が出る2009年以前は、ホルモン依存性の乳がんの患者さんは、大豆製食品を避けるべきだという意見が主流でした。
しかし、上海のコホート研究では、「ホルモン療法中でも大豆製食品を多く摂取する方が再発率が低い」という結果が得られています。
その後の同様な研究でも、大豆製食品が乳がん患者の再発や死亡のリスクを低下させる結果が得られています。乳がん診断後の大豆製食品の摂取と再発率や死亡率を検討した5つのコホート研究のメタ解析が報告されていますが、この論文でも、乳がん患者は大豆製食品を多く摂取する方が予後がよいという結論になっています。
この問題について今までの経緯を整理し、最近のコホート研究の結果を紹介します。
【大豆は乳がんの発生を予防する】
大豆の摂取量が多いと乳がんの発生頻度が低くなることが複数の疫学研究で示されており、その発がん予防効果は、大豆に含まれるイソフラボン(ゲニステインやダイゼインなど)の寄与が大きいと考えられています。
大豆イソフラボンは女性ホルモンのエストロゲンに似た化学構造を持ち、細胞のエストロゲン受容体に結合します。しかし、体内のエストロゲン量によって、大豆イソフラボンがエストロゲン作用を示す場合と、エストロゲン作用を阻害する場合(抗エストロゲン作用)の2面性があり、乳がんの発生や再発に対する影響は複雑です(トップの図参照)。
乳腺組織はエストロゲンによって増殖し、乳腺組織から発生する乳がんの多くもエストロゲンによって増殖が促進されます。閉経前のようにエストロゲンの血中濃度が高いときは、大豆イソフラボンはエストロゲンとその受容体との結合を競合阻害することによってエストロゲンの作用を低下させ、乳がんの発生を抑制すると考えられています。
大豆イソフラボンはエストロゲン受容体に結合してエストロゲン作用を引き起こす活性がエストロゲンの1000分の1から10万分の1と極めて低いからです。したがって、大豆を日頃から多く摂取すると乳がんの予防になると考えられています。
しかし一方、乳がんになってしまうと大豆イソフラボンは乳がん細胞の増殖や再発を促進する可能性が指摘されていました。
【乳がん患者の大豆摂取が問題になるわけ】
更年期障害の症状や骨粗しょう症の改善に大豆イソフラボンのサプリメントが利用されています。これは、更年期になってエストロゲンが低下したために起こる更年期障害や骨粗しょう症を、エストロゲン作用をもった大豆イソフラボンを使って治療しようという考えです。
大豆イソフラボンのエストロゲン活性は弱いのですが、その血中濃度は閉経後女性のエストロゲン濃度(数十pg/ml以下)の1000倍以上(数十ng/mlから数μg/mlのレベル)であるため、体内のエストロゲンが低下した状態ではエストロゲン補充療法の代わりになるというわけです。
エストロゲン依存性(エストロゲンの受容体を持ちエストロゲンで増殖が促進される)の乳がんの治療後は、乳がん細胞のエストロゲン受容体とエストロゲンの結合を阻害する抗エストロゲン剤(タモキシフェン)や、体内のエストロゲン産生を低下させる薬(アロマターゼ阻害剤など)を使ったホルモン療法が行なわれます。
エストロゲン作用のある大豆イソフラボンを多く摂取すると、ホルモン療法の再発予防効果を妨げる可能性が理論的に考えられます。実際に、ホルモン依存性乳がんの培養細胞や移植腫瘍を使った実験では、大豆イソフラボンが抗エストロゲン剤やアロマターゼ阻害剤の抗腫瘍効果を弱める結果が得られています。
このような研究結果から、エストロゲン依存性乳がんの治療後やホルモン療法中には、大豆イソフラボンのサプリメントの摂取は危険であると警告されていました。
例えば、がんの補完代替療法の有効性と安全性をまとめた米国ハーバード大学からの論文の中では、「乳がんに対する大豆サプリメントは重大な危険がある」として「使用に反対」という結論になっています。エストロゲン受容体陽性の乳がん患者は使用を避けるべき、特にタモキシフェン服用中の患者は、相互作用の可能性について警告すべきと記載されています。(Ann Intern Med 137: 889-903, 2002年)
また、がん患者の栄養と運動に関して米国がん協会がまとめた2006年のレポートでも「大量の大豆を摂取すると、その中に含まれるエストロゲン作用を持った成分の影響でエストロゲン受容体陽性の乳がんの進行を早める可能性があるので、大豆粉末や大豆イソフラボンのサプリメントを摂取してはならない」と記載されています。(CA Cancer J Clin 56:323-353, 2006年)
さらに、豆腐や納豆のような大豆製食品も制限すべきだという意見を記載した論文もあります。大豆製食品を摂取して得られる血中濃度(10μM以下)において、ゲニステインが、エストロゲン依存性乳がんの増殖を促進し、抗ホルモン剤のタモキシフェンの効果を阻害することが、培養細胞や動物実験で示されているからです。
【乳がん治療後も大豆摂取はメリットの方が大きい】
前述の基礎研究の結果からは、エストロゲン依存性乳がんの場合は大豆製食品の摂取は問題があると考えられますが、逆に大豆製食品の摂取が多いほど乳がん治療後の死亡率や再発率が低下することを示すコホート研究の結果がまず2009年に報告されました。(JAMA 302:2437-2443, 2009年)
これは中国の上海で行なわれた乳がん患者の追跡調査で、手術を受けた乳がん患者5042名を対象に、大豆蛋白とイソフラボンを指標にして大豆製食品の摂取量と再発率および死亡率の関係を検討しています。
その結果、大豆蛋白の摂取量の多い上位4分の1のグループでは、摂取量が少ない下位4分の1のグループに比べて、死亡の相対リスクは0.71、再発率は0.68に低下していました。大豆イソフラボンに関しては、摂取量の多い上位4分の1のグループでは、摂取量が少ない下位4分の1のグループに比べて、死亡率は0.79、再発率は0.77に低下していました。
大豆蛋白の摂取量が少ない下位4分の1のグループの4年死亡率が10.3%、4年再発率は11.2%であったのに対して、大豆蛋白の摂取量が多い上位4分の1のグループの4年死亡率は7.4%、4年再発率は8.0%でした。
この関係はエストロゲン受容体陽性・陰性やタモキシフェン使用の有無に関係なく共通して認められ、タモキシフェン服用中の場合でも、大豆食品を多く摂取するグループの方が、摂取量が少ないグループよりも死亡率と再発率は低下しました。
さらに、大豆食品の摂取の多い上位4分の1のグループでは、タモキシフェンを服用するのと同じくらいの再発予防効果が認められています。大豆蛋白とイソフラボンの摂取量と死亡と再発のリスクの逆相関関係は、大豆蛋白が1日11g、イソフラボンが1日40mgに達するまでは、直線的に用量依存的でしたが、この量を超えると、再発や死亡を予防する効果は低下しました。
大豆製食品からの大豆イソフラボンの1日摂取量は米国では3mg以下、アジアの国々は20~50mgと言われています。つまり、日本で平均的に食べられている量の大豆製食品はタモキシフェンを服用している場合でも問題はなく、むしろ再発予防効果を高める可能性を示しています。
【乳がんに対する大豆製食品の効果は複数のコホート研究で確かめられている】
一つの研究結果だけではまだエビデンスが高いとは言えませんが、複数の大規模なコホート研究で同じような結果が得られれば、それは事実と言えます。
乳がんと大豆製品の摂取量を検討したコホート研究のメタ解析の論文として以下のような報告があります。
Soy isoflavones consumption and risk of breast cancer incidence or recurrence: a meta-analysis of prospective studies.(大豆イソフラボンの摂取と乳がんの発生や再発のリスク:前向き研究のメタ解析)Breast Cancer Res Treat. 125(2):315-23. 2011年
【要旨】
大豆摂取と乳がん発生リスクの関連を検討した多くの疫学研究の結果は一致していない。この研究では、大豆イソフラボンの摂取量と乳がんの発生および再発のリスクの関連を明らかにする目的で、前向き疫学研究のメタ解析を行った。
2010年9月1日までに報告された前向き研究を検索し、乳がんの再発率との関係を検討した4つの研究と、乳がんの発生率との関係を検討した14の研究を選び出し、メタ解析を行った。
大豆イソフラボンの摂取量は乳がんの発生率と逆相関の関係にあった(相対比=0.89; 95%信頼区間:0.79-0.99)。しかしながら、大豆のがん予防効果はアジア人を対象にした研究でのみ認められ(相対比=0.76; 95%信頼区間:0.65-0.86)、欧米人を対象にした研究では認められなかった(相対比=0.97; 95%信頼区間:0.87-1.06)。
大豆イソフラボンの摂取量は乳がん治療後の再発率とも逆相関した(相対比=0.84; 95%信頼区間:0.70-0.99) 。
大豆イソフラボンの摂取量と乳がんの発生リスクとの関係においては、用量依存性は認めなかった。
今回の研究では、大豆イソフラボンの摂取が乳がんの発生を減少させる効果はアジア人では認めたが欧米人では認めなかった。乳がん再発のリスクと大豆摂取量との逆相関の関係に関して、さらなる検討が必要である。
Soy food intake after diagnosis of breast cancer and survival: an in-depth analysis of combined evidence from cohort studies of US and Chinese women.(乳がん診断後の大豆製食品の摂取と生存:米国女性と中国女性のコホート研究を統合した詳細な解析)Am J Clin Nutr. 2012 Jul;96(1):123-32
【論文要旨】
研究の背景:大豆イソフラボンは抗エストロゲン作用と抗がん作用を有するが、同時にエストロゲン様作用も示すので、乳がん患者における大豆製食品の摂取に関しては議論がある。
目的:米国と中国の乳がん患者データベースである「the After Breast Cancer Pooling Project」のデータを用いて、米国女性と中国女性を対象にして、乳がん診断後の大豆製食品の摂取量と乳がんの転帰(再発や死亡)の関連を検討した。
研究方法:米国の2つのコホート研究と中国の1つのコホート研究から、1991年から2006年の間に浸潤性乳がんと診断された9514人の患者を対象とした。大豆製食品からの大豆イソフラボンの摂取量(mg/日)は、検証食物頻度質問票(validated food frequency questionnaires)を用いて評価し、ハザード比と95%信頼区間を統計的に解析した。
結果:平均追跡期間7.4年間の間に1171人の死亡(このうち乳がんによる死亡は881人)と1348人の再発を認めた。米国と中国の2国間に大豆イソフラボンの摂取量に大きな違いがあったが、データ解析を2国間で別々に行った場合も統合して行った場合も、米国女性と中国女性のどちらにおいても、大豆イソフラボンの摂取量と再発は逆相関した。
2国のデータを統合した解析において、1日10mg以上の大豆イソフラボンの摂取は全死因死亡率 (ハザード比: 0.87; 95%信頼区間: 0.70~1.10)と乳がんによる死亡率(ハザード比: 0.83; 95% 信頼区間: 0.64~1.07)においては統計的有意差はないが減少傾向を認め、再発率においては統計的有意に減少を認めた(ハザード比: 0.75; 95% 信頼区間: 0.61~0.92)。
結論:米国と中国における大規模なコホート研究の解析では、1日10mg以上の大豆イソフラボンの摂取は、全死因死亡率と乳がん死亡率を低下させる傾向にあり、再発を低下させる効果については統計的に明らかであった。
Post-diagnosis Soy Food Intake and Breast Cancer Survival: A Meta-analysis of Cohort Studies.(乳がん診断後の大豆製食品の摂取と生存:コホート研究のメタ解析)Asian Pac J Cancer Prev. 2013;14(4):2407-12.
【要旨】
研究の背景と目的:乳がん診断後の大豆製食品の摂取量と生存率との関係に関しては、データが一致していないs。そこで、より正確な評価を行うためにメタ解析を行った。
方法:乳がんの診断後の大豆製食品の摂取量と予後の関係を検討したコホート研究を検索し、それらをメタ解析した。
結果:5つのコホート研究(対象患者11,206人)を解析した。乳がん診断後の大豆製食品の摂取は死亡率(ハザード比: 0.85, 95%信頼区間: 0.77~0.93)と再発率(ハザード比: 0.79, 95%信頼区間:0.72~0.87))の低下と関連していた。
摂取量の最も多い群と最も少ない群の比較でも、乳がん診断後の大豆食品摂取は死亡率(ハザード比: 0.84, 95%信頼区間: 0.71~0.99)と再発率(ハザード比: 0.74, 95%信頼区間: 0.64~0.85)の低下と関連していた。
エストロゲン受容体が陰性の場合も陽性の場合も、閉経前と閉経後のどちらにおいても、大豆食品の摂取は死亡率の低下と関連していた。
結論:このメタ解析の結果は、乳がん診断後の大豆製食品の摂取は乳がんの生存率を高めることが示された。
以上のように、最近の複数のコホート研究の結果から、乳がん患者さんが大豆製食品を多く摂取する方が生存率を高めるうえで有効のようです。
ただし、大豆イソフラボンのサプリメントを摂取することの是非については、これらの研究では判断できません。これらのコホート研究の結果は大豆食品から大豆イソフラボンを多く摂取することはメリットがあるということです。
同じ大豆イソフラボン40mgでも、大豆製食品から摂取する場合と、精製した大豆イソフラボンを摂取する場合では、がん予防効果がかなり異なります。大豆の中にはイソフラボン以外の抗がん成分も含まれていて、それらの総合作用で再発予防効果に寄与している可能性があるからです。
食事から摂取できる量では大豆イソフラボンの血中濃度が10μMを超えることはありませんが、10μMを超える濃度になると、がん細胞のアポトーシス誘導効果や血管新生阻害作用など様々な抗がん作用を示すことが報告されています。しかし、臨床試験で有効性と安全性が証明されるまでは、エストロゲン依存性の乳がん患者が精製した大豆イソフラボンのサプリメントを積極的に摂取することは推奨できません。
現時点では、エストロゲン依存性と非依存性に拘らず、またホルモン療法中でも、大豆製食品を全く食べないよりは、日本人の平均的なレベル(1日3皿程度)を摂取する方が良さそうです。少なくとも、通常量の大豆製食品の摂取がホルモン療法の効果を阻害したり、再発を促進する可能性は低いと言えます。
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