がんの予防や治療における漢方治療の存在意義を考察しています。がん治療に役立つ情報も紹介しています。
「漢方がん治療」を考える
96)放射線治療と漢方
図:放射線照射は電離によって直接DNAを切断する(①)。さらに、細胞内の水(H2O)と反応して活性酸素(ヒドロキシルラジカル)を発生してがん細胞を殺す(②)。正常組織に放射線の害が及ぶと組織障害や血行障害を引き起こして(③)、体力や免疫力や治癒力を低下させる(④)。活性酸素による酸化ストレス(⑤)は転写因子のAP-1やNF-κBを活性化し(⑥)、がん細胞を死ににくくして、放射線感受性を低下させる(⑦)。このような問題点を解決する漢方薬(⑧⑨⑩)を併用すると、放射線治療の副作用を緩和し、抗腫瘍効果を高めることができる。
96)放射線治療と漢方
【放射線治療中の漢方治療】
放射線をがん組織に照射すると、放射線の電離作用(分子の電子をはじき飛ばす作用)によってDNAは切断されます。さらに、がん細胞に含まれる水分と放射線が反応して活性酸素が発生し、この活性酸素(ヒドロキシルラジカル)による細胞障害作用によって、がん細胞が死にます。
最近では、病巣に正確に照射し、周囲の正常な細胞を傷つけないための工夫がされていますが、正常な組織に放射線が当たれば、その正常組織もダメージを受けます。粘膜や皮膚の潰瘍や肺線維症などを併発することもあり、稀に、放射線を照射した部位に新たながんを発生させることもあります。照射線量が大きいと、白血球の減少や吐き気などの全身症状を伴った副作用をもたらします。
放射線治療中の漢方治療では、放射線障害による食欲不振や体力低下や倦怠感に対しては補気・健脾薬(人参・黄耆・茯苓・大棗など)を使い、貧血や白血球減少など造血機能の低下に対しては補血薬(当帰・芍薬・地黄など)を用います。放射線治療を行うことにより気血水は損耗して基本的に虚に傾くため、多くの場合に補剤が必要になります。
さらに、活性酸素による組織の酸化障害は血液循環の障害(お血)の原因となっています。
酸化障害を受けた組織の修復を促進するためには、抗酸化作用と血液循環改善作用をもった駆お血薬(桃仁・牡丹皮・紅花など)で組織の治癒力を高めることが大切です。
以上のことから、放射線治療の副作用を予防する為には十全大補湯のような補気・補血剤と駆お血剤を併用することが基本になります。これは抗がん剤治療中の漢方治療と同じです。
放射線治療と抗がん剤治療に対する漢方治療の違いは、放射線治療では抗炎症作用をもった清熱解毒薬や冷やす作用のある生薬を加えることです。
漢方医学では放射線を一種の熱毒と考えます。放射線治療というのは「放射線でがん組織を焼き切る」というイメージがあります。放射線による正常組織のダメージも、火傷と同じように、組織が熱で傷害を受けていると認識します。したがって、放射線の副作用を緩和するために、炎症や酸化障害を抑える作用のある清熱薬や、血液浄化や解毒作用のある解毒薬を併用します。
「清熱解毒」という薬効を西洋医学的に解釈すると、抗炎症作用と体に害になるものを除去する作用に相当します。体に害になるものとして、活性酸素やフリーラジカル、細菌やウイルスなどの病原体、環境中の発がん物質などが考えられますが、「清熱解毒薬」には、抗炎症作用、抗酸化作用、フリーラジカル消去作用、抗菌・抗ウイルス作用、解毒酵素活性化作用などがあり、放射線治療の副作用緩和と抗腫瘍効果増強の2つに有用であることが理解できます。
清熱解毒薬に分類される生薬としては、黄連・黄ごん・黄柏・山梔子・夏枯草・半枝蓮・白花蛇舌草・山豆根・板藍根・大青葉・蒲公英などがあり、感染症や化膿性疾患に使用されるていますが、がんの予防や治療においても有用な生薬です。
また、冷やす作用と抗炎症作用がある天門冬は利水薬ですが、放射線障害を緩和する効果があるという報告があります。
以上のように、放射線治療による副作用軽減を目的とした漢方治療は、補気・補血・駆お血・清熱解毒薬の組み合わせが良いことが理解されます。このような生薬の組み合わせを考えるときに、がん細胞の放射線感受性(放射線照射による死にやすさ)を高める生薬を加えることも有用です。
【放射線治療の効果を高める生薬】
がん組織の放射線感受性に関連する主要な要因に酸素欠乏状態があります。実際の腫瘍組織中にはおよそ10ー50%の酸欠細胞が存在しており、これらの酸欠細胞の放射線感受性は、有酸素下の3分の1程度しかありません。つまり、血流が悪くて酸素欠乏状態のときには放射線治療が効きにくくなります。
漢方における駆お血薬は微小循環を改善し、血流量を増やし、血液流速を速め、腫瘍組織と内部の繊維蛋白の凝集を破壊することで、細胞の酸欠状態を改善します。中国では、駆お血薬の川きゅうや紅花を含む注射液を使用することにより、治療に必要な放射線線量を減らせることが報告されています。莪朮と三稜の組み合わせは、血腫や凝血塊を溶解・吸収して除く作用があると言われています。
うこん(欝金)に含まれるクルクミンにはがん細胞の放射線感受性を高めるという報告があります。がん細胞に酸化ストレスが加わるとアポトーシスという細胞死が起こりにくくなります。放射線照射はがん細胞に酸化ストレスとなり、転写因子のAP-1やNF-kBが活性化され、アポトーシスが起こりにくくなって、放射線の殺細胞効果に抵抗性になります。
クルクミンはこの過程を阻害して放射線によるがん治療の効果を高めることが報告されています。クルクミンなどのセスキテルペン成分を多く含む莪朮や欝金を使うことは根拠があります。
地竜はミミズの皮を乾燥したものですが、血液循環を良くする効果があり、放射線の効き目を高める効果も報告されています。
【放射線治療後の漢方治療】
放射線治療後は、ダメージを受けた正常組織の修復を促進し、さらに免疫力や抗酸化力を高めて再発を予防することが目標になります。放射線治療のあと長い期間を経て照射部位に新たながんが発生することもあります。この晩期後遺症のがん発生(2次がん)を予防することも大切です。
補剤や駆お血薬や抗がん生薬を組み合わせ、免疫力と抗酸化力、組織の血液循環や新陳代謝を高めておくことは、再発を予防する上で役に立ちます。
以上のような適切な漢方治療を放射線治療に併用すると、がん細胞の放射線に対する感受性を高め、副作用を予防して治療効果を増強し、また治療後の再発を予防することにより、がん患者の生存期間を長くし、生存率を高めることができます。
実際に、放射線治療と漢方治療を併用して延命効果があることが臨床試験でも確かめられています(第77話参照)。
(文責:福田一典)
(漢方煎じ薬の解説はこちらへ)
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