がんの予防や治療における漢方治療の存在意義を考察しています。がん治療に役立つ情報も紹介しています。
「漢方がん治療」を考える
178)組織の治癒力・回復力を高める活血化瘀法
図:がん患者の多くは「瘀血(おけつ)」の病証を持っている。血行を促進して瘀血を解消する治法を「活血化瘀法」という。活血化瘀法は、駆瘀血薬(活血化瘀薬)によって血液の浄化や組織の血液循環を良くすると同時に、瘀血を引き起こしている原因に応じて、補気薬や理気薬、補陽薬、補血薬、清熱解毒薬などを併用する。それぞれの生薬の薬性や薬効の特徴を理解して、患者の病状や症状に応じて適切に用いると、がん患者の症状や病状の改善に役立つ。
178)組織の治癒力・回復力を高める活血化瘀法
【瘀血とは】
「瘀血(おけつ)」というのは、血液が何らかの原因により流れにくくなった状態を示す漢方独自の用語です。瘀血の「瘀」(ヤマイダレに於)の原義は「へこみ押さえられたために流れが詰まっている状態」であり、停滞を意味しています。
現代医学的には、うっ血・末梢の血液循環障害・血液凝固能の異常・出血を伴う組織の損傷など血液循環の異常に伴うさまざまな病態の複合した症候群と考えられます。
瘀血の徴候として、皮膚がどす黒い・小静脈のうっ血・皮下溢血・皮膚粘膜の紫斑点・口唇や歯肉の暗紫色化など微小循環障害による症状がみられます。血行障害によって阻血性疼痛が起こり、その疼痛は固定性で刺すような深部痛のことが多く、持続時間が長く、夜間に増悪することが多いという特徴をもっています。
瘀血では舌の所見が特徴的であり、舌が暗紫色・青紫色あるいは紫色を呈します。紫色の斑点を認めたり、舌下静脈の怒脹を認めたりします。
女性は瘀血になりやすく、更年期障害や月経痛、生理不順などの原因にもなります。動脈硬化によって起こる狭心症や心筋梗塞も瘀血によって起こります。
血液は、酸素を運搬する赤血球、血管の傷を塞ぐ血小板、生体防御に働く白血球などの血球成分と、いろんな栄養素や蛋白質・脂質などを含む血漿成分から構成されます。組織や細胞の活動に不可欠な酸素と栄養物の供給および代謝産物である炭酸ガスや他の老廃物の除去が血液循環によって行なわれています。
したがって、血液循環が悪くなることはそのまま組織の働きが悪くなることを意味します。各血液細胞の機能が正常でも、栄養を十分含んでいても、血液循環が正常でなければ用をなしません。ダメージを受けた組織の修復を促進するためには血液循環を良好にすることが必須条件になります。
【活血化瘀法とは】
組織の血液循環を促進して瘀血の状態を解消する治法を「活血化瘀法」といいます。
生薬の中には、血液凝固や末梢循環に作用する生理活性物質が多数見つかっており、抗酸化作用の強い成分も多く含まれています。このように血液の質を改善(浄化)し流れを良くする(血行促進)する生薬を「駆瘀血薬(くおけつやく)」あるいは「活血化瘀薬」と呼びます。作用機序としては、末梢血管の拡張、血小板凝集の抑制、抗酸化・フリーラジカル消去、赤血球変形能増強、血液粘度低下などの作用が指摘されています。
例えば、牡丹皮の主成分ペオノール(paeonol)や桂皮のケイヒアルデヒド(cinnamic aldehyde)はトロンボキサンA2の産生を抑制したり活性を阻害することにより、強力な血小板凝集抑制作用を示します。川芎などのセリ科植物の成分であるテトラメチルピラジンやフェラル酸にも血小板凝集を抑える作用が報告されています。一般に香味野菜には血栓を予防する効果が強いことが知られており、生薬の中にも血栓形成を抑制するものは多く知られています。
血中のコレステロールや中性脂肪が高い状態(高脂血症)では血液の粘稠度が高まります。赤血球膜の柔軟性が低下すると赤血球変形能が低下して毛細血管での血液の流れが停滞します。桂枝茯苓丸や当帰芍薬散や桃核承気湯などの代表的な駆瘀血剤には血液粘度低下作用や赤血球変形能増強作用が科学的研究で証明されています。
このように生薬の微小循環改善(駆瘀血)作用のメカニズムには数多くのものが想定され、その薬理作用が科学的にも証明されてきています。
がんの漢方治療で常用される駆瘀血薬として当帰(とうき)・赤芍(せきしゃく)・川芎(せんきゅう)・延胡索(えんごさく)・欝金(うこん)・莪朮(がじゅつ)・三稜(さんりょう)・紅花(こうか)・桃仁(とうにん)・牡丹皮(ぼたんぴ)・丹参(たんじん)・益母草(やくもそう)、地竜(じりゅう)、大黄(だいおう)、乳香(にゅうこう)、没薬(もつやく)などがあります。それぞれの駆瘀血薬には特徴があり、それらを理解して使い分けると種々のがん病態で効果を上げることができます。
当帰(とうき)は補血作用を持つ駆瘀血薬で、肉芽形成促進作用があるので、難治性の皮膚潰瘍などに黄耆(おうぎ)とともに使用します。
川芎(せんきゅう)は気と血の両方の流れを良くし、憂うつ・抑うつの症状を改善し、気や血の滞りに起因する様々な痛みに良く効きます。
赤芍(せきしゃく)は抗炎症作用があるので炎症に伴う血液循環障害の治療に使用します。
延胡索(えんごさく)は鎮痛効果をもち、さまざまな疼痛を緩和します。
欝金(うこん)はクルクミンなどの成分に抗腫瘍効果やがん予防効果が指摘されています。
莪朮(がじゅつ)と三稜(さんりょう)は強い駆瘀血の作用により血腫や凝血塊などを吸収して除きます。がんに対する抑制作用があり、両者は一緒に使用されています。
紅花(こうか)は少量(3~6g)では穏やかな活血養血作用を有し、十全大補湯などの補血剤に併用することによって補血の作用を強めます。多めに用いると強力な活血化瘀作用を発揮するので、出血中の場合は少なめに用いないと出血を助長する恐れがあるので注意が必要です。
桃仁(とうにん)は豊富な油性成分を含み、腸管内を潤滑にして便通を良くします。炎症による充血によって疼痛を呈する場合に効果があります。桃仁は紅花と相性が良くしばしば一緒に配合されます。
牡丹皮(ぼたんぴ)は炎症に付随する微小循環障害によく用いられます。
丹参(たんじん)は血管拡張作用や血液循環改善作用があり、抗炎症作用や抗酸化作用も強く、慢性肝炎や心筋梗塞の治療にも使用されています。肝硬変における線維化を抑制し、がん細胞の増殖を抑える作用なども報告されています。薬性が「寒」なので、熱性の病態に使用されます。また、紅花と同様に、瘀血を取り除き、血の新生を促す作用があります。「一味の丹参の効は、四物湯に匹敵する」といわれ、丹参は「一味四物湯」と呼ばれることがあります。
益母草(やくもそう)も薬性が寒で、熱性の瘀血に使用されます。婦人科疾患に多用され、乳腺炎などの炎症にも使われます。利尿作用があり、むくみを改善する効果があります。
地竜(じりゅう)は血管内外の凝血塊や血腫を溶解して除き、微小循環を改善します。
大黄(だいおう)は腸蠕動を刺激して瀉下通便の作用をもたらし、腸管内の腐敗物を除去します。組織の微小循環改善に働くとともに、抗炎症・解熱・化膿抑制の効果(清熱解毒)を示します。鎮静作用があり、のぼせ・いらいら・不眠などを改善します。
疼痛に対しては止痛の効果に優れる川芎・欝金・莪朮・乳香・没薬・延胡索などを選びます。頭痛など身体上部の痛みには川芎、腰や膝など下部の痛みには牛膝をよく用います。
炎症や発熱がある時は、薬性が「寒」の丹参・益母草や、抗炎症作用のある欝金・牡丹皮・赤芍のような駆瘀血薬に、清熱作用のある黄連・黄芩・山梔子などを併用します。便秘がある時は、大黄を使用します。
打撲などによる内出血の場合は、乳香・没薬・蘇木などを用います。
病状や症状に応じて、以上のような駆瘀血薬を使い分けながら血液循環を促進することが主体になりますが、さらに、瘀血を引き起こしている原因に応じて原因の解除も同時に行う必要があります。
瘀血の発生は気虚、陽虚、気滞など「気」の異常とも密接に関連しています。すなわち、血液を循環させるエネルギーは生命エネルギーである「気」が関与するからです。
気虚や陽虚では全身の機能が低下するため、循環系の機能も低下して血流の停滞を引き起こします。したがって、体力の低下がある場合(気虚)は補気薬(人参・黄耆など)を、体の冷えがある場合(陽虚)は、補陽薬(附子・桂皮・乾姜など)を併用する必要があります。
気の滞りである「気滞」では、血管運動神経系の失調を通じて血流を停滞させます。逆に、瘀血が発生すると、血液循環の異常によって、多くの臓器の機能が低下し、気虚や気滞、水滞の原因にもなります。特に、瘀血と気滞は密接に関連しており、「瘀血は気滞を、気滞は瘀血を生じる」という密接な関連があるため、瘀血の治療においては、血の巡りを良くする駆瘀血薬だけでなく、気の巡りを良くする理気薬(柴胡・青皮・陳皮・蘇葉・香附子・木香・烏薬など)を適切に併用することがポイントになります。
また、貧血がある場合(血虚)は補血薬(地黄・鶏血藤・何首烏など)を併用し、炎症が強い場合は清熱解毒薬(黄芩、黄連・半枝蓮・白花蛇舌草など)を併用する必要があります。
【駆瘀血薬はがん治療の効果を高める】
瘀血はがん患者の病態の基礎として多く認められます。がん組織が産生する生理活性物質や老廃物、炎症や酸化ストレス、抗がん剤やステロイド剤の連用など、多くの要因によってがん患者の血液は高粘稠・高凝固状態になり、瘀血病態が引き起こされています。
瘀血病態を改善することにより、組織の新陳代謝が高まり免疫力や治癒力が向上します。また、腫瘍患部に抗がん薬物を到達させ、免疫細胞によるがん細胞の攻撃力を促進します。
漢方診療では患者さんの組織の治癒力を判断するときに、皮膚や爪や舌の色を参考にします。皮膚や爪がどす黒い、口唇や歯肉や舌が暗紫色、皮下出血しやすいなどの所見は組織の血液循環が悪く、治癒力や回復力が低下していると判断できます。
抗がん剤や放射線照射はフリーラジカルを産生し、フリーラジカルによる組織の酸化障害は血液循環を障害します。抗がん剤や放射線治療の副作用を予防するために体力や免疫力を高める十全大補湯(じゅうぜんだいほとう)などの補剤を使用する場合には、血液循環を良くする生薬(駆瘀血薬(くおけつやく))を併用すると効果を高めることができます。
放射線治療では、低酸素状態でがん細胞の放射線抵抗性が著しく増大するため、低酸素のがん細胞の放射線感受性を高めることが大切です。丹参や地竜などの駆瘀血作用の強い生薬を併用することにより、温熱療法や放射線治療の効果を高めることが報告されています。中国では、駆瘀血薬の川芎や紅花を含む注射液を使用することにより、治療に必要な放射線線量を減らせることが報告されています。
駆瘀血薬を抗がん剤治療と併用することによって、抗がん剤の治療効果が高まることも報告されています。また、障害された正常組織の修復を促進するためにも、組織の微小循環を良好にすることは意義があります。
また、手術を受ける場合でも、手術前に血液循環を良くして治癒力を高めておくと、手術後の経過が良く、合併症の予防や、再発・転移を抑える効果も期待できます。
活血化瘀法は広い領域の疾患に応用されていますが、がんの漢方治療でも、症状や病状に応じた活血化瘀法の利用が効果を高めるポイントになります。
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