768)新型コロナウイルス感染症に対するアルテミシニン誘導体の効果

図:新型コロナウイルス感染症(COVID-19)では、感染の早期には風邪やインフルエンザのようなウイルス性呼吸器感染症の症状(発熱、咳、倦怠感など)を呈し、体内ではコロナウイルスが増殖し、ウイルスに対する防御反応(抗ウイルス反応)が起こる(①)。多くの患者はこの時期に自然に良くなる。一部の患者では発症から7日目前後から息切れや低酸素症などの肺炎の症状が現れる(②)。さらに一部の患者は重症化して、急性呼吸窮迫症候群(ARDS)や敗血症や多臓器不全を引き起こして、場合によっては死に至る(③)。ステージIIとIIIの状況では、感染者の免疫反応による過剰な炎症が症状悪化の原因となっている(④)。治療においては、ウイルスが増殖している発症早期には抗ウイルス作用を持つ治療薬を投与し(⑤)、過剰な炎症反応が起こっている中等症以降には抗炎症作用を持つ治療薬を投与する(⑥)。マラリア治療薬のアルテスネイトは抗ウイルス作用と抗炎症作用を持ち、COVID-19に対する治療効果が報告され、世界保健機関(WHO)が臨床試験を行なっている。

768)新型コロナウイルス感染症に対するアルテミシニン誘導体の効果

【世界保健機関(WHO)がCOVID-19に対するアルテスネイトの臨床試験を開始した】
世界保健機関(WHO)は新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の治療薬として有効かどうかを、既存の3種類の薬(アルテスネート、イマチニブ、インフリキシマブ)について臨床試験を行うと8月11日に発表しました。以下のサイト参照。

https://www.who.int/news/item/11-08-2021-who-s-solidarity-clinical-trial-enters-a-new-phase-with-three-new-candidate-drugs

この臨床試験(Solidarity PLUS trial)はWHO加盟の52カ国の600以上の病院で、数千人規模の患者を募集して行うWHOが主導して行う臨床試験です。
WHOは既存候補薬のCOVID-19入院患者への有効性を検証するため、ランダム化比較試験(Solidarity trial)を2020年3月から実施しています。これまでにレムデシビルヒドロキシクロロキンロピナビルインターフェロンβ-1aの4剤について評価が行われ、いずれも有効性が確認されず、すでに試験が打ち切られています。
そこで、新たな候補薬剤としてマラリア治療薬のアルテスネイト(Artesunate)、慢性骨髄性白血病や消化管間質腫瘍などの治療に使われるチロシンキナーゼ阻害剤のイマチニブ(Imatinib)、関節リウマチやクローン病などの自己免疫疾患の発症に関与している腫瘍壊死因子α(TNFα)の作用を阻害するヒト/マウスキメラ型抗ヒトTNFαモノクローナル抗体のインフリキシマブ(Infliximab)の3つが、いずれも独立した専門家委員会によって選択されました。

アルテスネイトは抗ウイルス作用と抗炎症作用があります。試験では、重度のマラリアの治療に推奨される標準用量を使用して、7日間静脈内投与されます。
イマチニブは経口のチロシンキナーゼ阻害剤で、肺毛細血管漏出を阻止することが報告されています。1日1回、14日間経口投与されます。
インフリキシマブは炎症性サイトカインのTNF-αを阻害して、過剰な炎症反応を阻止し、サイトカインストームを治療する効果が期待されています。

ちなみに、レムデシビルは2020年5月特例承認を受けて使用可能になっています。一部の臨床試験で臨床症状の改善を短縮するという結果が出ていますが、WHOが主導して行ったSOLIDARITY trialではコロナ患者の死亡率低下に「ほとんどあるいは全く」効果がないという結論で、WHOはレムデシビルの使用を推奨していません。
しかも、日本ではレムデシビルは中等症・重症例での使用になっています。抗ウイルス剤はウイルスが増殖している早期(軽症)の段階でないと効果は期待できません。肺炎になったりサイトカインストームが起こっている中等症・重症例は抗炎症剤が治療の主体で抗ウイルス剤は効果は低いという意見が多くあります。

新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)に感染してウイルスが体内で増殖し、5から7日間程度の潜伏期を経て発熱、 倦怠感、咽頭痛、咳などのウイルス感染症状が出て発症します。この時期には新型コロナウイルスが体内で増殖しています
多くの患者は発症から1週間から10日間くらいで症状が軽快して自然に良くなりますが、一部の患者では発症から約7日目前後くらいから、息切れなどの肺炎の症状が増悪し、さらに一部は重症となり集中治療室での治療が必要になることがあります。
この時期は、ウイルスの量は減少しており、感染者の免疫反応による過剰な炎症が症状悪化の原因と考えられています。
COVID-19の治療は、ウイルスが増殖している発症早期に抗ウイルス作用を持つ治療薬を投与し、過剰な炎症反応が起こっている発症約7日目以降には抗炎症作用を持つ治療薬を投与する、というのが現在の標準的な考え方となっています。

図:新型コロナウイルス感染症(COVID-19)では、感染の早期には風邪やインフルエンザのようなウイルス性呼吸器感染症の症状(発熱、咳、倦怠感など)を呈し、体内ではコロナウイルスが増殖し、ウイルスに対する防御反応(抗ウイルス反応)が起こる(①)。多くの患者はこの時期に自然に良くなる。一部の患者では発症から7日目前後から息切れや低酸素症などの肺炎の症状が現れる(②)。さらに一部の患者は重症化して、急性呼吸窮迫症候群(ARDS)や敗血症や多臓器不全を引き起こして、場合によっては死に至る(③)。ステージIIとIIIの状況では、感染者の免疫反応による過剰な炎症が症状悪化の原因となっている(④)。治療においては、ウイルスが増殖している発症早期には抗ウイルス作用を持つ治療薬を投与し(⑤)、過剰な炎症反応が起こっている中等症以降には抗炎症作用を持つ治療薬を投与する(⑥)。

【アルテスネイトは抗ウイルス作用と抗炎症作用の両方を持つ】
WHOの専門家委員会がCOVID-19の治療薬の臨床試験(Solidarity PLUS trial)の対象にアルテスネイトを選択したのは、それまでに有効性を示唆する報告が多数あったことを意味します。
実際、多数の報告があります。
例えば、以下の論文はデンマーク、ドイツ、香港の研究グループからの報告です。 

In vitro efficacy of artemisinin-based treatments against SARS-CoV-2(SARS-CoV-2に対するアルテミシニンを使った治療のin vitroでの有効性)Sci Rep. 2021 Jul 16;11(1):14571.

【要旨】
重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)によって引き起こされるコロナウイルス病2019(COVID-19)に苦しむ患者のための効果的で手頃な治療が必要である。Artemisia annua抽出物、アルテミシニン(artemisinin)、アルテスネイト(artesunate)、アルテメーター(artemether)のSARS-CoV-2に対するin vitroでの有効性を報告する。
後者の2つ(アルテスネイト、アルテメーター)は、抗マラリア薬として承認された医薬品有効成分である。
SARS-CoV-2スパイク糖タンパク質の免疫染色に基づく解析によって、Artemisia annua抽出物、アルテミシニン、アルテスネイト、アルテメーターの全てが、VeroE6細胞、ヒト肝細胞がんのHuh7.5細胞、およびヒト肺がん細胞のA549-hACE2細胞に対するSARS-CoV-2の感染を阻害することを明らかにした。 抗ウイルス効果に対する細胞タイプの違いには明らかな差は認めなかった。
アルテスネイトが最も強力であることが証明された。様々な細胞タイプに対する感染を50%阻止する有効濃度(EC50)は、アルテスネイトが7〜12 µg / mL、続いてアルテメーター(53〜98 µg / mL)、Artemisia annua抽出物(83〜260 µg / mL)、アルテミシニン(151〜208 µg / mL) であった。
治療および細胞生存率アッセイに基づいて計算された選択性指数(selectivity indices :SI)は、ほとんどが10未満(範囲2〜54)であり、治療域が小さいことを示唆している。
A549-hACE2細胞での添加時間実験により、アルテスネートはウイルスの細胞内侵入後のレベルでSARS-CoV-2を標的としていることが明らかになった。アルテスネイトのピーク血漿濃度の最高値は50%有効濃度(EC50)に達することが示された。
COVID-19治療としてのこれらの化合物の有用性をさらに評価するには、臨床試験が必要である。

次の論文は中国からの報告です。

Anti-SARS-CoV-2 Potential of Artemisinins In Vitro(インビトロでのアルテミシニンの抗SARS-CoV-2の可能性)ACS Infect Dis. 2020 Sep 11;6(9):2524-2531.

【要旨】
重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)感染症の治療に有効な新薬候補の発見は、世界的なCOVID-19流行の制御にとって重要である。漢方薬に由来する古い抗マラリア薬であるアルテミシニンおよびその誘導体(アルテミシニン関連化合物)は、何百万人もの命を救ってきた。
アルテミシニン関連化合物はマラリアの治療のために開発されたが、抗がん、抗ウイルス、および免疫調節を含む複数の薬理学的活性を有することが報告されている。
アルテミシニン関連化合物には広範囲の抗ウイルス作用が報告されており、研究者はそれらがCOVID-19の治療に使用できるかどうかに興味を持っている。
9つのアルテミシニン関連化合物の抗SARS-CoV-2活性をin vitroで体系的に評価し、抗ウイルス作用の作用機序を検討した。
最後に、COVID-19に対する選択された化合物の治療可能性を予測するために、薬物動態予測モデルが確立された。
Arteannuin Bは、50%感染阻止濃度(EC50)が10.28±1.12μMで、最も高い抗SARS-CoV-2活性を示した。アルテスネイト(Artesunate)とジヒドロアルテミシニン(dihydroartemisinin)のEC50は、それぞれ12.98±5.30μMと13.31±1.24μMでArteannuin Bと同レベルのEC 50値を示した。
この有効濃度は、静脈内投与後の血漿で臨床的に達成できた。
興味深いことに、ルメファントリン(lumefantrine)はEC 50が23.17±3.22μMで、試験化合物の中で活性が低い方であるが、ルメファントリンは複数回投与後の血漿および肺内薬物濃度が高いため、治療上の有用性が示唆された。
作用機序分析により、arteannuin BとルメファントリンがSARS-CoV-2感染の細胞内侵入後の段階で作用したことが明らかになった。
この研究は、アルテミシニン関連化合物の抗SARS-CoV-2活性の可能性を明らかにし、抗SARS-CoV-2薬の研究開発の有力な候補を提供する。

以下は最近の総説論文です。

Repurposing Anti-Malaria Phytomedicine Artemisinin as a COVID-19 Drug.(COVID-19治療薬として転用された抗マラリア薬の植物由来医薬品のアルテミシン)Front Pharmacol. 2021; 12: 649532.

【要旨】
アルテミシニンは、抗炎症作用を有する植物由来の薬で、広範囲の抗ウイルス活性を持つことが報告されている。
アルテミシニンとその抗マラリア特性は中国の科学者Tu Youyuによって発見され、熱帯医学における画期的な進歩に貢献し、Tu Youyu博士は2015年のノーベル生理学・医学賞の受賞者の1人となった。
アルテミシニンは一般的に使用されている抗マラリア薬であるが、アルテミシニンは最近、潜在的なCOVID-19薬としての転用(再利用)が検討されている。
その報告されている抗SARS-CoV-2活性の作用機序は、感染プロセスのスパイクタンパク質媒介性およびTGF-β依存性の初期段階を阻害する能力、およびSARSの侵入後のウイルス複製に必要な細胞内イベントを阻止する能力に起因している。
さらに、アルテミシニンには抗炎症作用があり、高リスクのCOVID-19患者のサイトカインストームや炎症性臓器損傷の一因となる炎症性サイトカインの全身レベルを低下させる
アルテミシニンは、感染の初期段階で投与された場合、軽度から中等度のCOVID-19患者の病状の悪化を防ぐ可能性がある。

アルテミシニン誘導体のアルテスネイトは抗ウイルス作用と抗炎症作用があるというのが、COVID-19の治療に適している根拠といえます。

【アルテミシニン誘導体は抗マラリア薬として開発された】
青蒿(セイコウ:Artemisia annua)というキク科の薬草は中国伝統医学でマラリアなど様々な感染症や炎症性性疾患の治療に古くから使用されていました。
抗マラリア作用の活性成分がアルテミシニン(Artemisinin)で、その効果を高めたアルテスネイト(Artesunate)アルテメーター(Artemether)という2種類の誘導体が合成されています。これらは現在、マラリアの治療薬として世界中で使用されています(図)。
さらに、がん治療においても利用されています。

図:アルテミシニンおよびその誘導体(アルテスネイト、アルテメーター)は、現在マラリアの治療薬として世界中で使用されている。さらに、抗がん作用があることから、がんの代替医療にも使用されている。

青蒿からアルテミシニンを発見し、抗マラリア薬を開発した中国の女性科学者の屠呦呦(Tu Youyou)博士は、2015年のノーベル生理学・医学賞を受賞しています。
2015年ノーベル生理学・医学賞は「寄生虫感染症に対する新規治療物質に関する発見」で北里大学特別栄誉教授の大村智氏および米ドリュー大学名誉リサーチフェローのウィリアム・キャンベル(William C. Campbell)氏、「マラリアの新規治療法に関する発見」で中国中医科学院教授の屠呦呦(ト・ユウユウ)氏の3人に贈られています。
大村智博士とウィリアム・キャンベル博士はイベルメクチンの開発に関する業績が受賞理由です。

屠呦呦博士の受賞理由の「マラリアの新規治療法」というのはアルテミシニン誘導体のことです。
マラリアは、熱帯・亜熱帯地域の70ヶ国以上に分布し、全世界で年間3~5億人、死者は100~150万人と言われる感染症ですので、その治療薬としてのアルテスネイトなどのアルテミシニン誘導体の開発は、ある本では「伝統薬から開発された医薬品としては、20世紀後半における最大の業績」という表現がなされているほど、医学において重要な成果だと言われています。
青蒿(セイコウ)という生薬は強力な解熱作用があり、中国医学でマラリアなど様々な感染症や炎症性性疾患の治療に古くから使用されていました。
1972年に中国の湖南省長沙市の郊外で発掘された馬王堆漢墓は2100年以上前に作られた墓(古墳)ですが、その中から見つかった「五十二病方」という医書の中に、青蒿が記載されています。

青蒿はartemisia annuaという植物です。artemisiaとはヨモギのことで、青蒿はキク科ヨモギ属の植物です。 英語ではsweet Annieやwormoodと呼ばれ、和名はクソニンジンとかカワラニンジンと呼ばれています。
ベトナム戦争中に南ベトナムで組織された南ベトナム解放民族戦線(通称ベトコン)を援助するために中国軍がベトナム戦争に従軍しましたが、密林でマラリアに感染して病死する兵士が多く、そこで毛沢東の命令でマラリヤの治療薬の開発が国家プロジェクトとして1967年に開始されました。その指揮を取ったのが、当時37歳の屠博士でした。
屠博士は1970年代に、その薬効成分のアルテミシニン(Artemisinin)を分離し、アルテミシニンやその誘導体のアルテスネイト(Artesunate)アルテメーター(Artemether)の抗マラリア薬としての有効性を確認しました。 そして近年、このアルテミシニン誘導体が抗がん物質として注目を集めています。

図:中国の女性科学者の屠呦呦(Tu Youyou)博士は、2011年のラスカー賞受賞に続いて、2015年度のノーベル医学生理学賞を受賞した。屠博士は、古くからマラリアの治療に利用されてきた青蒿(Artemisia annua)という薬草から活性成分としてアルテミシニン(Artemisinin)を発見した。

新型コロナウイルス感染症の治療薬として検討されてきたヒドロキシクロロキンはマラリアの薬として開発されたクロロキンの誘導体です。ヒドロキシクロロキン自体もマラリア治療に使用されています。ヒドロキシクロロキンはCOVID-19の臨床試験では有効性が認められていません。
クロロキン耐性マラリアの治療薬として開発されたのがアルテミシン誘導体のアルテスネイトです。COVID-19でも、抗ウイルス活性はアルテスネイトの方がヒドロキシクロロキンより強いことが示されています。
アルテスネイトはマラリア治療とCOVID-19治療の両方において、ヒドロキシクロロキンより優っているということです。
WHOの臨床試験では重度のマラリアの治療に推奨される標準用量を使用して、7日間静脈内投与されます。入院中の患者に、効果を高める目的で静脈内投与が選ばれています。
しかし、内服(経口)でも吸収効率は高く、通常のマラリア治療には内服薬が使用されているので、内服でもある程度の効果は期待できると思います。

アルテスネイトはがんの代替療法でも有名な薬です。私自身、アルテスネイトは開業した20年前から使用しています。マラリアの薬として世界中で使用されているので、簡単に入手できる薬であり、米国ではサプリメントとしても販売されています。
最近は駆虫薬や糖尿病治療薬や抗真菌薬や抗ウイルス薬などがん以外で使用されている薬をがん治療に転用(再利用)するドラッグ・リポジショニング(Drug Repositioning)あるいはドラッグ・リパーポジング(Drug Repurposing)が注目されています。
アルテスネイトは20年くらい前からがん治療に転用されています。つまり、転用薬によるがん治療の最初の例と言っても良い薬です。
アルテスネイトの抗がん作用については181話251話615話で解説しています。

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