がんの予防や治療における漢方治療の存在意義を考察しています。がん治療に役立つ情報も紹介しています。
「漢方がん治療」を考える
767)新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対する生体防御:自然免疫と獲得免疫とピドチモド
図:新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)が細胞に感染する(①)。ウイルス感染細胞をナチュラルキラー細胞(NK細胞)やマクロファージが認識して攻撃し、自然免疫が発動してウイルスを感染細胞と一緒に排除する(②)。ウイルス抗原が放出され(③)、樹状細胞に取り込まれる(④)。ウイルス抗原を貪食した樹状細胞はリンパ節に移動して抗原の情報をT細胞やB細胞に渡して活性化する(⑤)。B細胞はウイルス抗原に特異的な抗体を産生してウイルス粒子の結合して排除する(⑥)。ウイルス抗原特異的なT細胞(キラーT細胞)がウイルス感染細胞を攻撃して排除する(⑦)。このような抗原特異的な免疫応答が「獲得免疫」となる(⑧)。ピドチモドは自然免疫を活性化し、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対する免疫力を活性化する(⑨)。
767)新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対する生体防御:自然免疫と獲得免疫とピドチモド
【免疫力が低下していると感染症が重症化しやすい】
感染症に対する治療は、病原体を選択的かつ特効的に死滅させる薬の使用が主体です。つまり、細菌に対しては抗生物質を使い、ウイルス感染症に対しては抗ウイルス剤を使います。
問題は、その病原菌に対して有効な薬がない場合です。この場合は対症療法しかできません。
現在流行している新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対しては、レムデシビルなどの抗ウイルス剤は使用されていますが、特効薬というほどのレベルの有効性はありません。
しかし、若くて体力や抵抗力のある人は、ほとんどが自然に治ります。普通の風邪やインフルエンザと同様に、発症しても軽症ですみ、1週間程度で治癒します。
これは、体には感染症に対する防御力や抵抗力や治癒力があるためです。ウイルスに感染すると、最終的には抗体ができて、ウイルスを完全に排除します。
しかし、高齢者や基礎疾患があって免疫力が低下していると、ウイルスの増殖を抑えきれず、重症化します。抗がん剤治療中のがん患者さんも免疫力が低下しているので、重症化しやすいと報告されています。
免疫力が低下した方が、健康なに人では問題とならないような病原体に感染することにより発症する感染症を日和見(ひよりみ)感染と言います。COVID-19で重症化する理由は、基本的には日和見感染と同じです。免疫力など生体防御力の低下が主な原因になります。生体防御力の低下の原因としては、加齢による免疫老化の他に、栄養不良による免疫細胞の機能低下も重要です。
ウイルスに対する抗体や細胞性免疫をあらかじめ作り出すのがワクチンです。ワクチンを接種しておけば、ウイルスに対する免疫応答が速やかに発動して、ウイルスが感染しても、初期の段階でウイルスを排除するので、重症化を防げます。
しかし、免疫力が低下し、栄養不足があると、ワクチンによる予防効果も減弱します。
ワクチンは、試験問題を事前に知ってから試験に臨むのと似ています。問題を知って、答えを前もっと考えておくと、試験会場ですぐに答えを書くことができます。しかし、事前に答えを勉強していても、物忘れが酷くて、試験場で答えを思い出せなければ、問題を前もって知っていたことが意味がなくなります。
ワクチンを接種したから安心ではなく、日頃から栄養状態を良くし、免疫力を低下させない注意が必要です。栄養不足の他にも、睡眠不足や運動不足や精神的・肉体的ストレスなども免疫力を低下させます。
【感染症に対する抵抗力とは】
感染症に対する抵抗力として、以下のようなが仕組み(生体防御機構)が私たちの体には備わっています。
1)皮膚や粘膜のバリヤーによる物理的な防御:
ヒトの皮膚は多数の扁平上皮細胞が重なり合い、さらにその表面には堅い角質層があるために微生物が侵入するのを困難にしています。
消化管の粘膜もバリヤーになっており、抗がん剤などで粘膜上皮がダメージを受けると病原菌が体内に入りやすくなります。
鼻毛は微生物や異物が侵入するのを防ぐ働きをしており、気道粘膜繊毛上皮の繊毛運動や咳・くしゃみ・涙といった反射反応も異物を排除するのに役立っています.
2)消化液や粘液などによる分泌物による抗菌作用:
食事から入った病原体は、強酸性の胃酸とタンパク分解酵素を含む胃液による殺菌作用で多くは死滅します。
涙や鼻汁や母乳に含まれるリゾチームは、細菌の細胞壁を構成するペプチドグリカンを酵素的に切断することによって殺菌作用を示します。
気道や消化管の粘液には免疫グロブリンのIgAが細菌やウイルスを死滅させます。
3)血液中の抗菌物質:
ラクトフェリンやトランスフェリンは細菌増殖に必要な遊離鉄を取り込み、遊離鉄の枯渇によって細菌の増殖を阻止します。
補体は抗原と抗体の複合体に反応して活性化され、溶菌と食作用を促進します。
インターフェロンはウイルスの感染で産生されウイルスの増殖を抑制します。リンパ球のB細胞は、細菌やウイルスなどの病原菌に対して特異的な抗体を産生して、これらの病原体を攻撃します。
4)抗菌性細胞(炎症細胞や免疫細胞):
ナチュラルキラー細胞はウイルス感染細胞など傷害された細胞を標的にします。好中球は盛んな遊走運動を行い、生体内に侵入してきた細菌や真菌類を貪食し殺菌します。マクロファージも体内に侵入してきた病原体を貪食して殺菌し、また炎症性サイトカインを分泌して免疫細胞を活性化します。
5)常在細菌による外来微生物の増殖抑制:
膣内のデーデルライン (Döderlein) 桿菌は乳酸を産生して膣内のpHを酸性に保ち他の病原体の侵入増殖を阻止しています。腸内の乳酸菌も腸内における病原菌(悪玉菌)の増殖を阻止しています。
例えば、消化管粘膜は皮膚や肺と同様に外界と接しており、生体内と外界とのバリアーとしても重要な役割を果たしています。
外界と境界をなす消化管粘膜は、常に食物である非自己抗原や多数の細菌などに曝されており、病原体や異物の侵入部位としては最も危険性の高い部位です。
腸管からの病原体や異物の侵入を防ぐために、粘膜内には免疫機能として腸管付属リンパ装置が発達しており、集合リンパ小節であるパイエル板(回腸部の集合リンパ小節)や孤立リンパ小節を備えています。
腸管上皮細胞間にも多数の免疫担当細胞が存在します。
体内の形質細胞の70 ~ 80% が腸管粘膜固有層に集まっているといわれ、二量体 IgA 抗体を多量に分泌し、腸上皮の分泌因子と結合して腸管表面で分泌型 IgA(s IgA)として生体防御を担っています。(下図)
図:消化管は皮膚・呼吸器と同様に外界と直接接し、生体のバリアーとしての機能も有し、腸管粘膜固有層には腸管付属リンパ装置が発達しており(①)、B細胞やT細胞などのリンパ球が集まった集合リンパ小節であるパイエル板(回腸部の集合リンパ小節)や孤立リンパ小節を備えている(②)。腸管上皮細胞間にも多数の免疫担当細胞が存在する(③)。体内の形質細胞(抗体を産生する細胞)の70〜80% が腸管粘膜固有層に位置しているといわれ、二量体 IgA 抗体を多量に分泌し、腸管表面で分泌型 IgA(sIgA)として生体防御を担っている(④)。sIgA産生の他に、杯細胞は粘液のムチンを産生し、パネート細胞はαデフェンシンやリゾチームを産生して、病原菌の侵入を防ぐ腸管粘膜バリアーを形成している(⑤)。
【自然免疫と獲得免疫】
免疫システムは病原体やがん細胞から生体を守る働きを担っています。この免疫システムは自然免疫と獲得免疫に分けられます。
自然免疫は先天的に備わった免疫で、微生物などに特有の分子パターンを認識して異物を攻撃します。マクロファージや好中球には細菌などの病原体に共通した情報を認識できる受容体を細胞表面に持っていて病原体を認識して貪食します。さらにマクロファージはナチュラルキラー細胞を活性化します。
一方、獲得免疫は,後天的に外来異物の刺激に応じて形成される免疫です。高度な抗原特異性と免疫記憶を特徴とします。(下図)
図:細菌やウイルスなどの病原菌に対して好中球やマクロファージやナチュラルキラー(NK)細胞が排除する。抗原による感作の必要のない第一次防衛機構が「自然免疫」となる(①)。病原菌の抗原が樹状細胞に取り込まれ(②)、抗原を貪食した樹状細胞はリンパ節に移動して抗原の情報をT細胞やB細胞に渡して活性化し(③)、病原菌に対する抗原特異的な免疫応答によって病原菌を排除する(④)。この抗原特異的な免疫応答が「獲得免疫」となる(⑤)。
病原微生物が侵入したり、何らかの原因で炎症が起こると、血管から顆粒球や単球などが遊走して来ます。このように炎症反応によって集まってきたり、あるいは組織に常在していた樹状細胞やマクロファージは、侵入した細菌やウイルス粒子、あるいは死滅した細胞の死骸や断片などを取り込み、リンパ液の流れに沿って所属リンパ節に移動します。
樹状細胞やマクロファージは取り込んだタンパク質を分解し、その結果産生されたペプチド(アミノ酸が数個から数十個つながったもの)をMHC(major histocompatibility complex:主要組織適合抗原複合体)分子の上に提示します。
活性化した樹状細胞はリンパ節で手当たりしだいにナイーブT細胞(まだ一度も活性化されたことのないT細胞)とくっつきあって、何かを確かめます。ナイーブT細胞はその表面にT細胞抗原認識受容体(TCR)を持っています。樹状細胞の表面に提示されたMHC+抗原ペプチドとピタッとくっつく受容体(TCR)をもったナイーブT細胞と出会うと、そのT細胞を活性化します。
抗原を提示して活性化している樹状細胞にはCD80/86という補助刺激因子が発現しており、T細胞のCD28と結合し、刺激を送ります。
さらに、活性化した樹状細胞はサイトカインを放出しており、ナイーブT細胞はそれを浴びることになります。
このようにT細胞抗原認識受容体(TCR)を介するシグナルとCD28を介する補助刺激とサイトカインによる刺激を同時に受けたTリンパ球は初めて活性化し、TCRの特異性を保ったままで分裂・増殖して自らのクローンを増やします。
CD4陽性T細胞(ヘルパーT細胞)は、Th1またはTh2のパターンを示すサイトカイン産生細胞へと分化します。
CD8陽性T細胞(キラーT細胞)は成熟し、細胞質内にパーフォリンやグランザイムなどを含んだ細胞傷害顆粒を持つエフェクター細胞になります。
エフェクター細胞はリンパ節を離れ、胸管を経て循環血液中へと流れ込み、血流に従って全身を巡ります。炎症の起こっている組織から産生されるサイトカインやケモカインなどの作用でエフェクターT細胞は炎症部位に集まり、病原菌やがん細胞の攻撃に参加します。
図:病原菌(細菌やウイルスなど)に由来する抗原(①を未熟樹状細胞(②)が取り込んで成熟して抗原を提示するとき(③)、MCH(major histocompatibility complex:主要組織適合抗原複合体)分子にペプチド抗原を載せて細胞傷害性T細胞やヘルパーT細胞に提示する(④)。このとき、MCH+ペプチド抗原にぴったり結合するTCR(T細胞受容体)を持つT細胞は、補助刺激因子(CD28とCD80/86など)や樹状細胞から放出されるサイトカインの働きで活性化され、抗原を認識するT細胞がクローン性に増殖し(⑤)、病原菌を抗原特異的に攻撃する(⑥)。
この様に病原菌やがん細胞に対してリンパ球が抗原特異的に攻撃する場合、T細胞やB細胞などのリンパ球がクローン性に増殖する必要があります。「リンパ球のクローン性増殖」とは、ターゲットとなる病原菌やがん細胞に特異的に反応するリンパ球が細胞分裂を繰り返して同じ細胞を増やすことです。
【トル様受容体が自然免疫を発動させる】
生体は「自己にない分子パターンを認識する」というメカニズムで細菌やウイルスや真菌などの病原体を認識して、自然免疫を発動させます。
また、細胞傷害に伴って放出される細胞内分子を「危険シグナル(danger signals)」として認識し、自然免疫や炎症を発動させます。
このような自然免疫の発動で重要な役割を果たしているのがトル様受容体(Toll-like Receptor: TLR)です。
トル様受容体(TLR)は動物の細胞表面やエンドソームにある受容体タンパク質です。TLRは、細菌やウイルスや原虫や真菌などに共通して保存されている病原体関連分子パターン(pathogen-associated molecular patterns)を認識します。
細胞がダメージを受けたとき、通常であれば細胞内に隠れている細胞内成分が放出され、炎症細胞や免疫細胞を活性化します。このような炎症を引き起こす細胞内成分をダメージ関連分子パターン(damage-associated molecular patterns;DAMPs)と総称しています。
DAMPsは細胞傷害に伴って細胞から放出され、周囲の組織や細胞に危険を知らせるアラームのような役割を担う因子のことです。
DAMPsが細胞外や細胞膜上に露出するような細胞死が起こると、炎症反応が引き起こされ、ダメージを受けた組織の修復が起こります。DAMPsもトル様受容体を介して自然免疫を始動させます。
トル様受容体が認識する成分として、細菌表面のリポ多糖(LPS)、リポタンパク質、鞭毛のフラジェリン、ウイルスの一本鎖RNAと二本鎖RNA、細菌やウイルスのDNAに含まれる非メチル化CpGアイランドなどがあります。ある特定の分子を認識するのではなく、一群の分子を認識するパターン認識受容体です。 これらの受容体にリガンドが結合すると、そのシグナルによって自然免疫の応答が発動されます。
図:細菌やウイルス由来のリポ多糖、脂質、タンパク質を認識する TLR1,2,4,5,6はいずれも 細胞表面に存在し、細胞表面で微生物の表層成分を認識しシグナルを伝達する.一方,核酸を認識する TLR3,7,8,9はいずれもエンドソーム(エンドサイトーシスによって細胞内へと取り込まれた様々な物質の選別・分解・再利用などを制御する細胞内小器官)などの細胞内オルガネラ膜に局在し、エンドソームでリガンドを認識しシグナルを伝達する。(参考:Immunotherapy. 2009;1(6):949-964.のFig1)
現在問題になっている新型コロナウイルスも、コロナウイルスのタンパク質やRNAがトル様受容体によって病原体関連分子パターン(pathogen-associated molecular patterns)として認識されることによって自然免疫と獲得免疫が発動します。したがって、免疫機能が正常に働けば、風邪やインフルエンザと同様に自然治癒します。免疫力が低下していると重症化しやすくなります。
【ピドチモドは自然免疫と獲得免疫の両方を活性化して感染症を予防する】
ピドチモド(Pidotimod;3-L-pyroglutamyl-L-thiazolidine-4carboxylic acid)は、免疫増強作用を示すペプチド様構造の生体応答調節療剤(Biological Response Modifiers)の一種です。(構造は下図)
動物およびヒトの細胞を使った実験で、自然免疫と獲得免疫の応答を増強し、その作用は生体内の実験(in vivo)でも確認されています。さらに、多くの臨床試験で感染症に対する有効性が確認されています。
例えば、上気道感染症や尿路感染症を頻回に繰り返す小児を対象にした臨床試験で、ピドチモドは感染症の発症頻度を減少させる効果が確認されています。感染症を発症する頻度の減少し、発症しても症状が軽いという結果が報告されています。
特に小児を対象にした臨床試験が数多く行われており、ウイルス感染に対する抵抗力の増強や、学校を休む日数の減少などの有効性と、安全性が極めて高いことが報告されています。
ピドチモドの免疫増強効果は老化やダウン症候群やがんのような免疫低下を起こしやすい状況でより高い効果が認められています。
ピドチモドの免疫刺激作用のメカニズムとして、樹状細胞の成熟を促進し(HLA-DRと補助刺激分子の発現亢進)、樹状細胞からのサイトカインの産生を刺激してT細胞の増殖とTh1フェノタイプ(細胞性免疫に関与)への分化誘導、ナチュラルキラー細胞(NK細胞)の機能亢進と貪食能の亢進などが報告されています。
ピドチモドはインターロイキン-12(IL-12)の産生を高める効果があります。IL-12は当初「NK細胞刺激因子」の名称で報告されたように、NK細胞に対する著明な活性化作用を特徴とするサイトカインです。IL-12はT細胞やNK細胞に対して細胞増殖の促進、細胞傷害活性誘導、IFN-γ産生誘導、LAK細胞誘導などの作用を示します。
このように、ピドチモドは自然免疫と獲得免疫の両方を活性化し増強します(下図)。
図:ピドチモドは未熟樹状細胞を活性化して成熟樹状細胞に分化させる(①)。成熟樹状細胞はリンパ節に移動し、CD4+T細胞(ヘルパーT細胞)とCD8+T細胞(キラーT細胞)に抗原提示によって活性化する(②)。リンパ球のTh1フェノタイプを促進してIL-12, TNF-α,インターフェロン-γ(IFN-γ) の産生を亢進し、B細胞からIgGと分泌型IgAの産生を亢進する(③)。一方、Th2フェノタイプを抑制して抗アレルギー作用を示す(④)。ピドチモドはNK細胞、マクロファージ、好中球など自然免疫も活性化する(⑤)。これらの総合作用によって感染症やがんに対する免疫力を増強する(⑥)。
ピドチモドは1日400〜800mg程度を1日1〜2回に分けて空腹時に服用します。
経口摂取での生体利用率(bio-availability)は42〜44%で、血中の半減期は約4時間です。体内では代謝されずにそのままの形で尿中から排泄されます。
安全性は極めて高く、副作用は少なく、感染症を繰り返す小児や高齢者への使用が行われています。
【ピポチモドの再評価】
ピドチモドの免疫増強効果は1990年代初期から報告があります。感染症の予防や治療に有効であることが複数の臨床試験で明らかになっています。
幾つかの国(イタリア、ギリシャ、中国、ベトナム、コスタリカ、ドミニカ共和国、エルサルバドル、グアテマラ、ホンジュラス、メキシコ、パナマ)で医薬品として販売されています。
ピドチモドの免疫増強作用と感染症予防効果は注目されています。以下のような複数の総説論文があります。
Pidotimod: a reappraisal.(ピドチモド:その再評価)Int J Immunopathol Pharmacol. 22(2):255-62.2009年
【要旨】
ピドチモド(Pidotimod)はペプチド様の合成化合物で、自然免疫と獲得免疫を活性化する生物活性を持つ。
動物およびヒトに由来する培養細胞を用いたin vitroの実験で、自然免疫および獲得免疫を亢進する強い活性が認められ、生体内(in vivo)の研究でも同様の効果が認められた。
このような活性は臨床試験で確かめられ、上気道感染症や尿路感染症を頻回に繰り返す小児を対象にした臨床試験で、ピドチモドは感染症の発症頻度を減少させる効果が確認されている。
同様の臨床効果は、成人における再発性の呼吸器感染症を対象にした臨床試験でも確認された。興味深いことに、このようなピドチモドの免疫増強効果は老化やダウン症候群やがんのような免疫低下を起こしやすい状況でより明らかな効果が認められた。
Efficacy and safety of pidotimod in the prevention of recurrent respiratory infections in children: a multicentre study.(小児の再発性呼吸器感染症の予防におけるピドチモドの有効性と安全性:多施設臨床試験)Int J Immunopathol Pharmacol. 27(3):413-9.2014年
【要旨】
急性呼吸器感染症は、小児科医にとって重要な疾患であり、特に他の疾患を持った小児は呼吸器感染症に罹患しやすいので予防のための対策が必要である。
小児においては免疫システムが十分に発達していないことも感染症を発症しやすい理由になっている。
本研究では、ロシアの5つの場所で呼吸器感染症を罹患しやすい小児を集め、ピドチモド投与群と対照群に分けて30日間の投薬を行い、6ヶ月間の経過観察で急性呼吸器感染症の罹患頻度を比較した。
さらに、血清中の免疫グロブリンの濃度を、薬を投与する前と投与開始30日後で比較した。
病気を持って急性呼吸器感染症を発症しやすい小児157人を対象に、ピドチモド投与群とプラセボ投与群の2群に分けた。
3つの時点で比較した結果、いずれも急性呼吸器感染症の発症頻度はピドチモド投与群で統計的有意に低下した。
6ヶ月後の比較では、対照群では79例(100%)に急性呼吸器感染症の発症を認め、ピドチモド投与群では72例(92.3%)であった。
免疫グロブリンの数値も、ピドチモド投与群で良好なプロフィルを示した。
疾患を有する小児を対象にした試験で、30日間のピドチモドの投与で急性呼吸器感染症の発症頻度を3ヶ月間にわたって低下させ、発症した場合でも症状は軽く、回復が早かった。
Pidotimod: the state of art.(ピドチモド:その現状)Clin Mol Allergy. 2015; 13(1): 8.
【要旨】
抗生物質やワクチンの発達にもかかわらず、呼吸器感染症の罹患率は依然として高い。特に免疫系が未熟な小児や、老化によって免疫力が低下している高齢者においては、呼吸器感染症を予防する手段は重要である。そのような理由から、免疫系を活性化し増強する医薬品は、感染症の予防や治療において益々重要性を増している。
ピドチモド(Pidotimod:3-L-pyroglutamyl-L-thiazolidine-4carboxylic acid)は2つのペプチドが結合したような構造の合成化合物で免疫調整作用を有する。
本論文では、呼吸器感染症を繰り返す小児や高齢者を中心にして、ピドチモドの臨床効果に関する報告をまとめた。
ピドチモドは免疫調整作用を示し、自然免疫と獲得免疫に働く免疫細胞の機能を活性化し、患者の臨床症状を改善した。
ピドチモドは細菌に対する唾液腺IgAの濃度を高め、気道粘膜の上皮細胞のトル様受容体と接着分子の発現を亢進して気道粘膜の感染症に対する抵抗性を高めた。
アトピー性皮膚炎の患者を対象にした研究では、ピドチモドは抗アレルギー作用を発揮するようにTリンパ球のバランスを制御した(Th1優位にした)。
気管支喘息の患者に対しては、ピドチモド投与によって呼吸器機能が改善した。
主な臨床効果として、感染症を罹患する頻度の減少と症状の軽減が認められ、その結果として、抗生物質や対症療法薬の使用量の減少、仕事や学校を休む日数の減少、死亡率の低下が認められた。
これらの研究結果は、ピドチモドの有効性を示している。さらに多くの臨床研究によって高い安全性が認められており、重篤な副作用や催奇形性は認められず、副作用の頻度も極めて低かった。
Immunostimulants in respiratory diseases: focus on Pidotimod(呼吸器疾患の免疫刺激薬:ピドチモドに焦点を当てる)Multidiscip Respir Med. 2019; 14: 31. Published online 2019 Nov 4. doi: 10.1186/s40248-019-0195-2
【要旨の抜粋】
ピドチモドの有用性と免疫刺激剤としての役割は、数十年にわたって議論されてきた。しかし、まだ不明な点も多く残されている。
この論文の目的は、主に利用可能な免疫刺激剤の役割の有用な最新のレビューを提供することであり、呼吸器疾患におけるピドチモドの使用とその潜在的有用性に特に焦点を当てている。
ピドチモドは、気道感染症における抗生物質の必要性を減らすことで有用性を示している。
ピドチモドは自然免疫応答と適応免疫応答の両方に影響を与える免疫調節活性を備えた免疫グロブリン(IgA、IgM、IgG)およびTリンパ球サブセット(CD3 +、CD4 +)のレベルを増加させる。
In vitro実験で、ピドチモドはTLR2(Toll Like Receptor 2)とHLA-DR分子の発現亢進、樹状細胞の成熟と炎症誘発性分子の放出の誘導、Tリンパ球の増殖とTh1表現型への分化の刺激、および食作用の増加を引き起こすことが明らかになっている。これらの作用はすべて、喘息、慢性閉塞性肺疾患(COPD)、再発性気道感染症などのいくつかの呼吸器疾患に潜在的に有用である。
Pidotimod: In-depth review of current evidence(ピドチモド:現在のエビデンスの詳細なレヴュー)Lung India. 2019 Sep-Oct; 36(5): 422–433.
【要旨】
免疫刺激剤であるピドチモドは、20年以上にわたって研究されている。現在の証拠は、子供だけでなく大人のさまざまな適応症における有用性を示している。
その免疫刺激活性は、喘息の有無にかかわらず小児の再発性呼吸器感染症の管理においてしっかりと確立されている。標準治療単独と比較して、標準治療にピドチモドを追加すると、再発が大幅に防止され、急性エピソードの重症度と期間が減少し、最終的に小児科診療所への訪問が減少し、学校での欠席が減少する。
成人では、ピドチモドは慢性気管支炎および慢性閉塞性肺疾患(COPD)の急性感染性増悪の予防および治療に有効である。さらに、肺炎、手食物口病、気管支拡張症、慢性特発性蕁麻疹などの適応症で評価されている。
小児(24の研究)と成人(8の研究)の集団で実施された合計32の研究から、この詳細なレビューはピドチモドの現在の証拠を議論する。さらなる調査により、ピドチモドの免疫刺激活性はさまざまな免疫疾患にまで拡大する可能性がある。
【ピドチモドは新型コロナウイルス感染症の発熱の期間を短縮する】
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が流行してからは、COVID-19患者でのピドチモドの有効性を検討する臨床試験も行われています。以下のような報告があります。
Pidotimod in Paucisymptomatic SARS-CoV2 Infected Patients(症状の乏しい新型コロナウイルス感染症患者におけるピドチモド)Mediterr J Hematol Infect Dis. 2020 Jul 1;12(1):e2020048.
これはイタリアからの報告です。
2020年3月から4月にかけて、急性呼吸不全や肺炎の兆候がなく、発熱と咳を伴うSARS-CoV2陽性患者を登録しました。
ピドチモド投与群は、ピドチモド800mgを1日2回10日経口投与され、非投与群と比較されました。
その結果、ピドチモドの投与により症状の緩和が認められ、特に発熱が大幅に軽減されました。(下図)
図:比較的軽症のCOVID-19患者に対して、ピドチモド投与は発熱期間の有意な短縮を示した。
以上のように、新型コロナウイルスの感染や重症化予防に、免疫力を高めておくことは重要です。ワクチンを接種しても免疫システムの活性が低下していると十分な効果は得られません。
高齢者はワクチンの副反応(発熱、倦怠感など)の発生率が低いと報告されていますが、これはワクチンに対する免疫応答が低下していることを示唆しています。
栄養状態の改善、十分な睡眠、適度な運動、ストレスをためない生活などで、免疫力を高めておくことが重要です。
サプリメントではメラトニンとビタミンD3が有効です。
薬ではピドチモドが有効です。
◉ メラトニンのCOVID-19に対する効果についてはこちらへ(696話)
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