がんの予防や治療における漢方治療の存在意義を考察しています。がん治療に役立つ情報も紹介しています。
「漢方がん治療」を考える
273)標準治療を補完するメラトニンと漢方薬の相乗効果
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図:漢方薬とメラトニンには免疫力や抗酸化力を高める効果や直接的な抗腫瘍効果(増殖抑制やアポトーシス誘導など)が報告されている。さらに、漢方薬とメラトニンはそれぞれ、標準治療の奏功率と生存率を高め、副作用を軽減する効果が臨床試験のメタ解析などで示されている。したがって、この2つを併用すると、相乗効果によって標準治療の補完療法としての効果が高まる。
273)標準治療を補完するメラトニンと漢方薬の相乗効果
【がん治療における「体の治癒力を高める治療」の必要性】
標準治療はがん細胞を取り除く(攻撃する)ことを優先して、体の抵抗力や治癒力に対する配慮が乏しいという欠点が指摘されています。体の治癒力を妨げている治療法も少なくありません。これが西洋医学におけるがん治療の最大の弱点になっています。
漢方薬やサプリメントなどを使った補完療法の主な目標は、このような標準治療の欠点を補うことにあります。
多くの場合、体力や抵抗力や治癒力を高める治療(漢方薬など)と標準治療を併用すると、標準治療の副作用の軽減だけでなく抗腫瘍効果(奏功率や生存率)を高めることも多く研究で明らかになっています。
体に備わった抗がん力(体力や免疫力など)を十分に高めることができれば、がんを攻撃しなくても、がんの進展を抑えることができる場合もあります。がん細胞を徹底的に攻撃するのではなく、生体の免疫力や治癒力を高めることでがんの進行をストップさせ、がんと共存しながら寿命を全うするという考え方も、これからのがん治療には必要とされます。
標準治療の副作用軽減と抗腫瘍効果増強の効果が臨床試験で検討されている補完療法として、メラトニンと漢方薬が最も報告が多いようです。この2つは、標準治療との併用においてランダム化比較試験のメタ解析などで有効性が認められています。例えば、以下ののような報告があります。
【臨床試験のメタ解析で証明されたメラトニンの抗がん作用】
メラトニンは脳の松果体から産生されるホルモンの一種で、その分泌は光によって調節され、生体の概日リズム((サーカディアン・リズム))を調節する作用があり、米国では不眠や時差ぼけのサプリメントとして販売されています。
メラトニンは睡眠を誘導する作用の他、抗酸作用や免疫増強作用やがん細胞の増殖抑制効果など、様々な抗腫瘍効果があることが明らかになっています。
Tリンパ球や単球の表面にメラトニン受容体があり、メラトニンはこの受容体を介してリンパ球や単球を刺激して、インターフェロン-ガンマ(IFN-ガンマ)やインターロイキン(IL)1,2,6,12などの免疫反応を増強するサイトカイの分泌を促進する作用があります。IL-2の産生によってナチュラルキラー細胞が活性化されます。
メラトニンはリンパ球内のグルタチオンの産生を増やしてリンパ球の働きを高める効果が報告されています。
メラトニンは免疫細胞を活性化するだけでなく、抗がん剤によるダメージからリンパ球や単球を保護する作用もあります。ストレスによる免疫力の低下を抑え、感染症に対する抵抗力を高める効果が、動物実験で示されており、メラトニンを服用するとNK細胞の活性が高まることが人間を使った研究でも確かめられています。
手術前後に服用すると、創傷治癒を早める効果や、免疫力を高めて感染症を予防する効果があります。乳がんのホルモン療法の効き目を高める効果や、末期がん患者に投与して生存期間を延ばす効果が報告されています。
メラトニンは抗がん剤や放射線治療の副作用を軽減し、さらに抗がん剤や放射線による抗腫瘍効果を増強して生存率を高める効果が多くの臨床試験で報告されています。
メラトニンの有効性を検討した複数の臨床試験をまとめて解析したメタ解析の結果やシステマティックレヴューの論文が最近報告されています。
メタ解析(メタ・アナリシス)とは、複数の同じテーマの研究結果のデータを統合して統計的に分析する研究手法です。ひとつ一つの臨床研究では症例数が少なくて統計的な精度や検出力が不十分であったり、研究間で結果が異なるなど、明確な結論が得られないことがあります。これを解決するために、過去に行われたランダム化比較試験の中から信頼できるものを全て選び、統計的に総合評価を行うことによって、その治療法の有効性を評価する方法がメタ解析です。メタ解析の手法を使い、過去の多くの臨床試験の結果からその有効性を吟味することを「システマティックレビュー」(systematic review)と言います。最近の報告として以下のような論文があります。
Melatonin as Adjuvant Cancer Care With and Without Chemotherapy: A Systematic Review and Meta-analysis of Randomized Trials.(化学療法の補完療法としてのメラトニン:無作為化比較臨床試験のシステマティックレビューとメタ解析)Integr Cancer Ther. 2012 Dec;11(4):293-303 |
【要旨】 背景;メラトニンは強力な抗酸化作用、抗がん作用、免疫増強作用、ホルモン調節作用など様々な作用を持つ。多くの臨床試験でメラトニンのがん治療における有効性が示唆されている。この論文では、抗がん剤治療、放射線治療、支持療法、緩和治療におけるメラトニンの有効性を1年生存率、奏功率、副作用の観点から検討した。標準治療にメラトニンを併用した場合の効果を検討した無作為化(ランダム化)比較臨床試験すべてを検討した。 結果:21の臨床試験のデータを解析した。これらの臨床試験の対象はすべて固形がんであった。全ての臨床試験をプールした解析ではメラトニンを併用しなかった場合を1.0としたメラトニンを併用した場合の相対比は、1年死亡率は0.63 (95% 信頼区間= 0.53-0.74)であった。(つまり、1年目の死亡率はメラトニンを服用しなかった場合の63%に減少)。一方、奏功率に関しては、完全奏功が2.33 (95% 信頼区間 = 1.29~4.20)、部分奏功が1.90 (1.43~2.51)、病状安定が1.51 (1.08~2.12)であった。 抗がん剤とメラトニンとの併用を検討した臨床試験のみを解析すると、1年目の死亡率の相対比は0.60(95%信頼区間 = 0.54~0.67)、完全奏功は2.53 (1.36~4.71)、部分奏功は1.70 (1.37~2.12)、病状安定は1.15 (1.00~1.33)であった。 メラトニン服用によって体力低下、白血球減少、吐き気、嘔吐、低血圧、血小板減少などの副作用の頻度を著明に低下した。 結論;メラトニンは抗がん剤や放射線治療や緩和ケアを受けているがん患者全てに対して、生存率を高め副作用を軽減する効果がある。 |
The efficacy and safety of melatonin in concurrent chemotherapy or radiotherapy for solid tumors: a meta-analysis of randomized controlled trials.(固形がんの化学療法あるいは放射線療法におけるメラトニン併用の有効性と安全性:無作為比較対照試験のメタ解析)Cancer Chemother Pharmacol. 2012 May;69(5):1213-20. |
【要旨】2011年11月までに論文報告されている、固形がん患者の抗がん剤治療あるいは放射線治療におけるメラトニン併用の有効性を検討した無作為化(ランダム化)比較対照試験で信頼度が高い8つの臨床試験(患者総数761名)についてメタ解析を行った。メラトニンの投与量は1日20mgであった。メラトニン併用によって奏功率が向上した。 抗がん剤あるいは放射線療法のみの場合の奏功率(完全奏功+部分奏功)16.5%に対してメラトニン併用の場合は32.6% (相対比1.95: 95%信頼区間 1.49~2.54, P<0.00001)。 1年生存率は抗がん剤あるいは放射線療法のみの場合が28.4%に対してメラトニン併用の場合は52.2%(相対比1.90:95%信頼区間 1.28~2.83, P<0.001) 抗がん剤あるいは放射線治療による副作用: 血小板減少:メラトニン非併用群が19.7%に対して、メラトニン併用群では2.2%( 相対比 0.13; 95% 信頼区間, 0.06~0.28; P < 0.00001)。 末梢神経障害:メラトニン非併用群が15.2% に対してメラトニン併用群では 2.5% (相対比 0.19; 95% 信頼区間, 0.09~0.40; P < 0.0001)。 倦怠感:メラトニン非併用群が49.1%に対してメラトニン併用群は17.2%; (相対比 0.37; 95% 信頼区間, 0.28~0.48; P < 0.00001). 効果は固形がんの種類に限らず認められた。問題になるようなメラトニンの副作用は認めなかった。 結論:メラトニンは固形がんの抗がん剤や放射線治療と併用することによって奏功率と生存率を高め、副作用を軽減した。 |
以上のメタ解析の結果を簡単にまとめると、抗がん剤治療や放射線治療にメラトニンを併用すると奏功率や1年生存率は約2倍になり、副作用は2~3割程度に軽減するという結果です。多くの臨床試験によって、抗がん剤や放射線治療や緩和ケアを受けているがん患者全てに対して、メラトニンは生存率を高め副作用を軽減する効果があるという結論です。メラトニンを標準治療に併用することは極めて有効性が高いと言えます。
【標準治療の副作用軽減と効果増強が認められている漢方治療】
漢方薬が抗がん剤治療や放射線治療の副作用を軽減し、抗腫瘍効果を高めて生存率向上や延命に効果があることは多くの報告があり、このサイトでも多くの論文を紹介しています。メタ解析の検討で有効性を示した報告としては以下のようなものがあります。
1)進行した非小細胞性肺がん患者に対して、白金製剤(シスプラチンやカルボプラチン)を中心とした抗がん剤治療において、黄耆を含む漢方薬を併用した場合の効果を検討した34のランダム化臨床試験(患者総数2815人)の結果をメタアナリシスの統計的手法で検討した。黄耆を含む内服の漢方薬を抗がん剤治療に併用した場合、抗がん剤単独の場合と比較して、12ヶ月後の死亡数が30%以上減少し、奏功率やQOL(生活の質)の改善率は30%以上上昇し、高度の骨髄障害の頻度が半分以下になるという結果が示された。(J Clin Oncol. 24:419-430, 2006)。(第18話参照) |
2)肝臓がんの抗がん剤治療に漢方治療を併用すると、抗がん剤のみで治療した場合に比べて、12ヶ月後、24ヶ月後、36ヶ月後の生存率はそれぞれ1.55倍、2.15倍、2.76倍に向上し、抗がん剤治療によって腫瘍が縮小する率(率奏功率)は1.39倍に上昇することが、26件の臨床試験(対象患者総数2079例)のメタアナリシスで示された。(Integr Cancer Ther. 4:219-229, 2005(105話参照) |
メタ解析ではありませんが、臨床試験で漢方治療の有効性を認めた報告は多数あります。つまり、適切な漢方治療を併用することによって、抗がん剤や放射線治療の副作用軽減だけでなく、生存率や奏功率を高める効果が得られることが明らかになっています。
【メラトニンと漢方治療の併用は相乗効果が期待できる】
以上のように、メラトニンと漢方治療は、抗がん剤や放射線治療や緩和ケアの補完療法として有効性のエビデンスが高いといえます。そして、メラトニンと漢方治療の2つを併用すると、抗酸化力、免疫力、がん細胞の増殖抑制やアポトーシス誘導作用などで相乗効果が期待でき、補完療法としての有効性が相乗的に高まると思われます。
実際に私の経験でも、抗がん剤や放射線治療との併用において、漢方治療やメラトニンをそれぞれ単独で行うより、両者を併用した方が効果が高いことを確認しています。当院(銀座東京クリニック)で行う標準治療の補完療法として漢方薬とメラトニンは使用頻度が最も高い治療法です。
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