がんの予防や治療における漢方治療の存在意義を考察しています。がん治療に役立つ情報も紹介しています。
「漢方がん治療」を考える
846)腸内細菌が産生するイノシンが免疫チェックポイント阻害剤の効き目を高める
図:大腸内には多数の腸内細菌が存在し(①)、その量や組成が免疫チェックポイント阻害剤(②)などの免疫療法の抗腫瘍効果に影響する。一部の腸内細菌が産生するイノシン(③)がチェックポイント阻害剤の応答率を高めることが報告されている(④)。
846)腸内細菌が産生するイノシンが免疫チェックポイント阻害剤の効き目を高める
【腸内細菌叢の組成は個々人で大きく異なる】
人間の腸内には、種類にしておよそ1,000種類、数にして数十兆もの細菌が生息しており、これらの腸内細菌の集団を腸内細菌叢と言います。腸内フローラや腸内ミクロビオームと呼ばれることもあります。
腸内細菌は個々に生命活動を行うだけでなく、細菌の間で、さらには、宿主である人間との間で、いろいろな形で影響を与え合っています。
近年、腸内細菌叢の研究は大きな発展を遂げています。その背景には、二つの解析技術の急速な進歩があります。一つは、メタゲノム解析といわれる腸内細菌のゲノム配列の網羅的な解析法です。もう一つは、メタボロミクスといわれる腸内細菌の代謝物の網羅的な解析法です。
メタゲノム解析を支えているのは、次世代シーケンサといわれるDNA配列解析装置であり、近年、ゲノム配列解析は高速化し、コストも大幅に下がっています。
メタボロミクスを支えているのは、代謝物を分離する液体クロマトグラフィーと、分離された代謝物の構造を決定する質量分析装置の高感度化です。
このメタゲノム解析とメタボロミクスの発展によって、腸内細菌叢の研究が急速に進んでいるのです。
腸内細菌叢のメタゲノム解析は、 人間の腸内細菌叢を構成する細菌の種類やその数が個々人で大きく異なることを明らかにしました。この腸内細菌叢の違いが、病気の治療にも影響することが明らかになってます。
例えば、免疫チェックポイント阻害剤の抗PD-1抗体(オプジーボ)を用いた免疫療法は一部の患者に著効を示しますが、全く効果が認められない患者も多くいます。このような患者間の不均一性には、がん組織のPD-1/PD-L1の発現状態も重要ですが、さらにマウスの実験などから、腸内細菌叢の組成の違いの関与が指摘されています。
【腸内細菌叢が免疫チェックポイント阻害剤の効き目に影響する】
抗PD-1抗体治療に対する腸内細菌叢の関与を指摘した3つの論文が、2018年の1月のScienceに連続して報告されました。
まず、最初の論文は、フランス、米国、スウェーデンなどの30の研究部門に所属する48人の研究者が著者になっています。
Gut microbiome influences efficacy of PD-1-based immunotherapy against epithelial tumors.(腸内細菌叢は、上皮性腫瘍に対する PD-1 ベースの免疫療法の有効性に影響を与える)Science. 2018 Jan 5;359(6371):91-97.
この論文では、進行期の肺がん、腎臓がん、膀胱がん患者における抗 PD-1抗体(オプジーボ)による免疫療法の転帰に対する抗生物質の影響を調べました。免疫療法の開始前2か月または開始後1か月以内の抗生物質の使用は、生存率の低下と関連していました。抗生物質は腸内細菌を死滅して腸内環境異常を引き起こすためと考えられます。
実際、免疫療法前および免疫療法中の腸内微生物叢の定量的メタゲノム分析により、抗 PD-1抗体療法の非応答者と比較して、抗 PD-1抗体療法で効果が認められた患者(応答者)は特定の細菌種、特にアッカーマンシア・ムシニフィラやルミノコッカス属が豊富であることが明らかになりました。
抗 PD-1抗体療法に対する効果と腸内細菌との因果関係は、無菌または抗生物質で処理されたマウスでの糞便微生物叢移植(Fecal microbiota transplantation:FMT)実験を使用して調査されました。
抗 PD-1抗体免疫療法が効いた患者の糞便微生物叢を無菌マウスに移植すると、抗PD-1抗体に対する応答反応が認められました。しかし、免疫療法に反応しなかった患者の糞便細菌を無菌マウスに移植すると、抗PD-1 抗体に対する反応は認められませんでしたが、マウスにアッカーマンシア・ムシニフィラを経口投与すると抗 PD-1 抗体に対する反応を回復することができました。
この研究は、一部の患者が抗 PD-1抗体免疫療法に反応しない理由を部分的に説明しています。アッカーマンシア・ムシニフィラの大腸内レベルが有意に増加している患者は、免疫チェックポイント阻害剤 抗PD-1 抗体療法の効果が出やすいことを示唆しています。
2番目の論文は米国のテキサス大学 MD アンダーソンがんセンターを主体とする研究グループで20の研究部門に所属する70人の著者からなるかなり大掛かりな研究です。
Gut microbiome modulates response to anti-PD-1 immunotherapy in melanoma patients.(腸内微生物叢は黒色腫患者の抗 PD-1 免疫療法に対する反応を調節する)Science. 2018 Jan 5;359(6371):97-103.
この研究では、抗 PD-1 免疫療法を受けている112人のメラノーマ患者の口腔および腸の細菌叢を調べています。抗 PD-1療法の効果が出た応答者と非応答者の患者の腸内微生物叢の多様性と組成に有意差が観察されました。すなわち、抗 PD-1 療法に反応した患者は、ベースラインで腸内細菌叢の多様性が高いことがわかりました。抗 PD-1療法の効果が見られた患者から採取した糞便を無菌マウスに移植すると、このマウスの全身免疫および抗腫瘍免疫が強化されました。
3番目の論文は米国イリノイ州のシカゴ大学の研究グループからの報告です。
The commensal microbiome is associated with anti-PD-1 efficacy in metastatic melanoma patients.(共生微生物叢は、転移性黒色腫患者における抗 PD-1 効果と関連している)Science. 2018 Jan 5; 359(6371): 104–108.
この報告では、抗 PD-1免疫療法での治療前の転移性黒色腫患者の便サンプルを分析し、抗PD-1免疫療法に対する臨床反応との関連を解析しています。その結果、共生微生物組成と抗PD-1免疫療法に対する臨床反応との間に有意な関連性が観察されました。
抗 PD-1免疫療法に臨床反応を示した 4 人の転移性黒色腫患者で アッカーマンシア・ムシニフィラの増加が観察されました。治療に応答した患者の糞便を無菌マウスに移植すると、腫瘍制御の改善、T細胞応答の増強、および抗PD-L1療法の有効性の向上につながる可能性が示唆されました。つまり、アッカーマンシア・ムシニフィラなどの特定の腸内細菌ががん患者の抗腫瘍免疫に影響を与える可能性を示唆しています。
以上の3つの研究報告は、がん治療における抗 PD-1 抗体と組み合わせた腸内微生物叢の重要性を示しています。無菌マウスを使用してヒト患者の糞便をマウスに移植することにより、腸内細菌叢の役割を実証しました。抗 PD-1 抗体治療に応答しなかった人から腸内細菌叢を移植されたマウスは、応答した人からの腸内細菌叢を移植されたマウスよりも免疫チェックポイント阻害剤療法の効果が低かったのです。
つまり、抗 PD-1 抗体治療のレスポンダー(応答者)の良好な腸内細菌叢が全身および抗腫瘍免疫応答を増強するのに対し、非レスポンダーの腸内細菌叢は宿主の抗腫瘍免疫応答の障害を引き起こしていることを示唆しています。
図:免疫チエックポイント阻害剤の抗PD-1抗体を投与すると、抗腫瘍効果が認められるレスポンダー(応答者)と非レスポンダー(非応答者)が存在する。無菌マウスに患者の糞便を移植し、がん組織を移植し、抗PD-1抗体で治療を行うと、非レスポンダーからの糞便を移植されたマウスと比べて、レスポンダーの糞便を移植されたマウスでは、腫瘍サイズの縮小率がより大きく、腫瘍組織内の活性化Tリンパ球の数が多かった。
これらの研究からアッカーマンシア・ムシニフィラの重要性が明らかになっています。
この3つの論文の腸内細菌と抗PD-1治療に対する応答性を解析したデータをまとめて解析した論文があります。この論文は米国のフロリダ大学医学部からの報告です。
Microbiota and cancer immunotherapy: in search of microbial signals(微生物叢とがん免疫療法:微生物シグナルの探索)Gut. 2019 Mar; 68(3): 385–388.
この報告では、抗PD-1治療に対する応答者(レスポンダー)においてより多くのアッカーマンシア・ムシニフィラのシグナルがあったと結論つけました。
これらの結果は、選択的微生物叢移植における重要なプロバイオティクスの 1 つとして アッカーマンシア・ムシニフィラアと組み合わせたがん免疫療法が、近い将来、患者により良い臨床結果をもたらすことが期待されることを示しています。
臨床効果や毒性に対する感受性など、化学療法、放射線療法、免疫療法に対するがん患者の治療反応において、腸内微生物叢が重要な役割を果たしていることを示す証拠が増えています。このような魅力的な発見は、腸内微生物叢を操作して抗がん治療の効果を高める可能性を示唆しています。
アッカーマンシア・ムシニフィラアと同様に、ビフィズス菌群が免疫チェックポイント阻害剤に対する応答の改善に関連していることも報告されています。さらに、酪酸産生菌ががん患者のチェックポイント阻害剤への反応に影響を与えることが報告されています。
京都大学の研究グループからは、固形がん患者におけるニボルマブまたはペムブロリズマブによる治療への臨床反応と腸内細菌叢の短鎖脂肪酸との関連を指摘する研究結果が報告されています。以下のような報告があります。
Association of Short-Chain Fatty Acids in the Gut Microbiome With Clinical Response to Treatment With Nivolumab or Pembrolizumab in Patients With Solid Cancer Tumors.(固形がん患者におけるニボルマブまたはペムブロリズマブによる治療への臨床反応と腸内細菌叢の短鎖脂肪酸との関連)JAMA Netw Open. 2020 Apr 1;3(4):e202895.
この研究ではプログラム細胞死-1阻害剤(PD-1阻害剤)で治療された固形がん患者の糞便および血漿中の短鎖脂肪酸を解析しています。糞便中の酢酸、プロピオン酸、酪酸などの短鎖脂肪酸の高値は無増悪生存期間の延長と関連する結果が得られています。
この研究では、糞便中の酪酸の濃度はキノコ類の摂取量が多いほど高いこと、キノコの摂取量と無増悪生存期間の延長が有意に関連する結果が得られています。また、野菜の摂取も短鎖脂肪酸の量を増やしました。
キノコや野菜の多い食事が免疫細胞を活性化し、免疫チェックポイント阻害剤などの免疫療法の効き目を高める機序として、短鎖脂肪酸の産生の関与を示唆しています。
以上から、オプジーボなどの免疫チェックポイント阻害剤やその他の免疫療法を受けるときは、アッカーマンシア・ムシニフィラと酪酸菌と乳酸菌など善玉菌を増やすことは有用だと思います。
せっかく免疫療法を行うのであれば、腸内細菌叢を味方につけるか敵に回すかで、レスポンダー(治療に応答する人)になるかノンレスポンダー(免疫療法が効かない)になるかが決まるという研究結果は重要です。
【免疫チェックポイント阻害剤の効果に腸内細菌が産生するイノシンが影響する】
微生物代謝産物のイノシンが抗腫瘍免疫を活性化しているという研究結果が報告されています。
以下のような報告があります。カナダのカルガリー大学の研究グループからの研究で、Scienceに発表されています。
Microbiome-derived inosine modulates response to checkpoint inhibitor immunotherapy.(腸内細菌叢由来のイノシンは、チェックポイント阻害剤免疫療法に対する反応を調節する)Science. 2020 Sep 18;369(6510):1481-1489.
腸内細菌のいくつかの種は、チェックポイント遮断免疫療法の有効性の強化と関連していますが、マイクロバイオーム(腸内細菌叢)が抗腫瘍免疫を強化するメカニズムは不明です。この研究では、がんの4つのマウスモデルで免疫チェックポイント阻害剤の有効性を大幅に強化した3 つの細菌種 ( Bifidobacterium pseudolongum、Lactobacillus johnsonii、およびOlsenella属) を同定し、分離しました。
Bifidobacterium pseudolongum(ビフィドバクテリウム・シュードロングム)が産生するイノシンが、免疫療法応答の増強に関与していることを明らかにしています。
免疫療法によって誘発された腸バリア機能の低下は、イノシンの全身移行を増加させ、抗腫瘍 T 細胞を活性化しました。イノシンの効果は、アデノシン A2A受容体の T 細胞発現に依存していました。
つまり、微生物代謝産物のイノシンが、T細胞のアデノシン A2A受容体に作用して抗腫瘍免疫を活性化しているという結論です。
Bifidobacterium pseudolongumはビフィズス菌の一種です。Lactobacillus johnsonii(ラクトバチルス・ジョンソニ)は乳酸菌の一種です。
Olsenella 属 は 2001 年 に Lactobacillus uli が 再分類されて提唱された菌属であり、現在 4 菌種が存在します。つまり、乳酸菌です。
これらの腸内細菌が産生するイノシンが免疫チェックポイント阻害剤の抗腫瘍効果を高めるということです。
アッカーマンシア・ムシニフィラもイノシンを産生することが報告されています。以下のような総説論文があります。
Inosine, gut microbiota, and cancer immunometabolism. (イノシン、腸内細菌叢、がん免疫代謝)Am J Physiol Endocrinol Metab. 2023 Jan 1;324(1):E1-E8.
【要旨の抜粋】
この論文では、がん免疫と発がんにおける腸内微生物叢の役割を簡単に概説し、続いてイノシンががん免疫代謝に関与するメカニズムを理解する。
免疫系は、がん治療において2面的な役割を果たす。抗腫瘍免疫は、腫瘍抗原に対する T 細胞の活性化に依存するが、炎症性メディエーターは、腫瘍微小環境でがん細胞の増殖促進のシグナル伝達を引き起こす。
腸内細菌叢は生体の代謝と免疫に影響を及ぼす。代謝と免疫は発がんに関係する 2 つの主な要因である。 腸内微生物叢は、抗腫瘍免疫と腫瘍促進性の免疫反応の両方に影響を与えることが示されている。 ヒトの腸内細菌叢が免疫療法の効果、つまり応答と耐性の両方に関与しているという証拠が増えている。
イノシン-5'-モノリン酸デヒドロゲナーゼ (Inosine-5′-monophosphate dehydrogenase :IMPDH) は、哺乳類で広く発現する非常に保存的な酵素である。細胞シグナル伝達経路は、プリン代謝における重要な二次代謝産物であり伝達物質であるイノシンを使用する。
最近の研究では、さまざまな種類の腫瘍における免疫チェックポイント阻害治療に対する反応の重要な調節因子としてイノシンが特定されている。
いくつかの細菌種は、イノシンまたはその代謝物であるヒポキサンチンを産生し、免疫チェックポイント阻害療法時にイノシン-A2AR-cAMP-PKA 経路を介して Th1細胞の分化とエフェクター機能を誘導することがわかっている。
また、イノシンは、グルコースが制限された環境、つまり腫瘍微小環境での T 細胞代謝の代替炭素源として機能し、免疫チェックポイント阻害治療に対する感受性を高めながら T 細胞の増殖と分化を支援し、イノシン代謝が抗腫瘍免疫に寄与する可能性があるという考えを補強する。
抗腫瘍免疫はがん抗原に対するT細胞の刺激から開始されます。しかし、がん組織の微小環境においては炎症細胞ががんを促進します。がんの免疫療法において、腸内細菌は良い面と悪い面を有しています。
イノシンはプリン体の代謝で生成する代謝産物であり、様々な生理作用があります。ある種の細菌がイノシンとその代謝産物のヒポキサンチンを産生し、Th1細胞への誘導を促進して抗腫瘍免疫を活性化することが明らかになっています。さらに、腫瘍微小環境におけるグルコース制限環境で、イノシンはT細胞にエネルギーを供給し、シグナル伝達分子として作用することにより、抗がん治療を支援する可能性が指摘されています。 その結果、イノシンはさまざまなメカニズムを通じて抗腫瘍免疫応答を促進する可能性があります。
まず、イノシンについて説明します。
【イノシンはプリン体の一種】
痛風の原因として「プリン体」が問題になることがあります。痛風は血中の尿酸値が高くなって、尿酸が関節の中で析出して結晶化して、関節に強い痛みを引き起こす病気です。尿酸はプリン体が分解して産生されます。
プリン体は細胞の核酸に多く含まれます。体内では古くなった細胞が死滅すると、核酸中のプリン体が肝臓で分解されて尿酸になります。食品の中にもプリン体が含まれます。細胞核の多い肉や魚、とくにレバーや白子や明太子にプリン体が多く含まれ、このような食品を多く食べていると尿酸値が上昇して痛風になります。
図:体内で死滅した細胞に由来する核酸や食品中の核酸に含まれるプリン体が肝臓で分解されて尿酸が生成する。血中の尿酸値が上昇すると関節に尿酸が析出して尿酸結晶を作り、炎症を引き起こす。この腫れて疼痛の強い部分を痛風結節という。
核酸(DNAやRNA)を構成する塩基にはプリン塩基とピリミジン塩基があります。DNAを構成する4つの塩基のうち、アデニンとグアニンはプリン塩基、チミンとシトシンはピリミジン塩基です。
図:DNAの二重らせん構造は、シトシン(C)とグアニン(G)、チミン(T)とアデニン(A)がペアをなしている。シトシンとチミンはピリミジン塩基で、グアニンとアデニンはプリン塩基になる。
イノシン (Inosine)は、ヒポキサンチン (6-ヒドロキシプリン) とD-リボースからなる構造で、RNA中にまれに存在する微量塩基の一種です。ヒポキサンチン (Hypoxanthine) はプリン誘導体です。
イノシンはしばしばtRNAに含まれ、特にアンチコドン部位に存在する場合にはmRNAに対してゆらぎ塩基としての作用が知られています。これは、イノシンが持つヒポキサンチン部位が、複数の種類の核酸塩基 (シトシン、アデニン、ウラシル) と水素結合により会合して塩基対を形成できることに由来します。
イノシンは生体内では特に筋肉に多く含まれています。
イノシンのリボース部位の5'位にリン酸が導入された構造の化合物は、イノシン酸 (Inosinic acid) と呼ばれています。イノシン酸は、肉類の中に存在する天然化合物です。イノシン酸のナトリウム塩は、鰹節に含まれるうま味成分として知られています。
イノシンは、放射線曝射ないし薬物による白血球減少症や、亜急性硬化性全脳炎患者における生存期間の延長などに効能のある医薬品として承認され、使用されています。
サプリメントとしても製品化されています。細胞中に取り込まれるとATPサイクルを活発化させることから持久力向上効果が期待され、スポーツ選手が多く摂取しています。
図:イノシン (Inosine)は、ヒポキサンチン (6-ヒドロキシプリン) とD-リボースから構成される。イノシン酸はイノシンのリボース部位の5'位にリン酸が導入された構造の化合物で、イノシン酸のナトリウム塩は、鰹節に含まれるうま味成分として知られている。
【イノシンの摂取は抗腫瘍免疫を高める】
腸内細菌によるイノシン産生に期待しなくても、イノシンはサプリメントで販売されてるので、イノシン自体を摂取しても効果が期待できると思われます。以下のような報告があります。
Inhibition of UBA6 by inosine augments tumour immunogenicity and responses.(イノシンによるUBA6の阻害は、腫瘍の免疫原性と応答を増強する)Nat Commun. 2022 Sep 15;13(1):5413.
この論文では、抗 PD1 と抗 CTLA4 の併用療法を受けている黒色腫を有するマウスからの血漿サンプルの代謝プロファイリングによって、イノシンを含む高レベルのプリン代謝産物が免疫チェックポイント遮断療法に対する感受性を高めることを示しています。
マウスモデルでは、イノシン補給は、T細胞媒介性細胞毒性を増強し、免疫療法の効果が出るような微小環境を生成することを示しています。腫瘍が本質的に免疫チェックポイント遮断療法に抵抗性であっても、イノシン補給は免疫チェックポイント遮断療法に対するがん細胞の感受性を高めます。
イノシンは腫瘍細胞のUBA6を直接阻害し、UBA6のレベルが低いほど腫瘍の免疫原性が高くなり、これはヒト黒色腫の免疫チェックポイント遮断療法後の良好な結果に反映されていることがわかりました。
Uba6の遺伝子除去を行った移植マウスメラノーマおよび乳癌細胞は、野生型腫瘍よりも免疫チェックポイント遮断療法に対して高い感受性を示します。
つまり、イノシンは、UBA6依存性経路を介してがん細胞の免疫原性を高め、免疫チェックポイント阻害に対する感受性を増強するというメカニズムです。
UBA6というのはubiquitin-like modifier activating enzyme 6(ユビキチン様修飾因子活性化酵素 6)のことです。ユビキチン化カスケードの開始酵素として機能するユビキチン活性化酵素の 1 つです。
ユビキチン化は非常に複雑で高度に制御された翻訳後修飾の一つで、細胞内の数千ものタンパク質がユビキチン化酵素によるカスケードによりユビキチンの修飾を受けています。標的タンパク質のプロテオソーム分解におけるユビキチン化の役割はよく知られていますが、タンパク質分解以外にも酵素の活性化や膜動態の調節、標的タンパク質の局在化などにおいてもユビキチンは重要な役割を持っています。
UBA6のレベルが低いほど腫瘍の免疫原性が高くなり、免疫チェックポイント遮断療法の効果が高くなります。
イノシンは、UBA6を阻害し、UBA6が高発現している腫瘍の腫瘍免疫原性を高めることにより、免疫療法に対する腫瘍固有の耐性を克服し、免疫チェックポイント阻害療法の効き目を高めるというメカニズムです。(下図)
図:(左図)がん細胞内のUBA6はインターフェロン(IFN)シグナル伝達やがん抗原の発現を阻害する。その結果、免疫チェックポイント(PD-1)の阻害剤(抗PD-1抗体)を投与しても、キラーT細胞のTCR(T細胞受容体)はがん抗原を認識できず、がん細胞を攻撃しない。
(右図)イノシンを投与するとイノシンはがん細胞内のUBA6を阻害し、インターフェロン(IFN)シグナル伝達を亢進し、がん抗原の発現を促進する。その結果、免疫チェックポイント阻害剤で活性化されたキラーT細胞はがん抗原特異的にがん細胞を攻撃し、がん細胞を免疫学的に排除できるようになる。
【イノシンの経口投与が病気の治療に使われている】
イノシンを産生する腸内細菌を増やすのも大切ですが、イノシンはサプリメントとして販売されているので、イノシンを直接摂取するのも良いと言えます。実際にイノシンのサプリメントが病気の治療に使われています。以下のような報告があります。
Oral Inosine Persistently Elevates Plasma antioxidant capacity in Parkinson's disease(経口イノシンは、パーキンソン病の血漿抗酸化能力を持続的に高める)Mov Disord. 2016 Mar;31(3):417-21.
【要旨の抜粋】
血清尿酸値が高いほど、パーキンソン病の進行が遅いことが予測されている。この研究では、経口イノシンが血漿または 脳脊髄液の抗酸化能、または初期パーキンソン病の酸化的損傷に影響するかどうかを検討した。
経口イノシン投与を開始して6 か月の時点で、抗酸化力はプラセボと比較して軽度グループの参加者で 29% 高く、中等度グループの参加者で 43% 高かった。
以上から、経口イノシンが血漿抗酸化能の用量依存的で持続的な上昇を引き越した。
イノシンを摂取すると、尿酸に分解されて血中や脳脊髄液中の尿酸の量が増えます。尿酸は濃度が高くなって関節に尿酸結晶が析出すると痛風になりますが、尿酸自体には強い抗酸化力があります。
つまり、イノシンを服用すると尿酸が増えて、血中や脳脊髄液の抗酸化力が亢進して、パーキンソン病の進行を遅らせるということです。
イノシンは、尿酸の血中濃度を上昇させ、血液脳関門を通過して脳脊髄液の尿酸濃度を上昇させることができる経口サプリメントといえます。
痛風の既往や抗尿酸血症がなければ、免疫チェックポイント阻害剤治療を行なっているときに、1日500mgから1000mgのイノシンの内服は試してみる価値はあります。
◉ アッカーマンシア・ムシニフィラの詳細は以下のサイトで解説しています。
http://www.f-gtc.or.jp/Akkermansia/Akkermansia_muciniphila.html
アッカーマンシア・ムシニフィラは食品(水溶性食物繊維、ポリフェノール類、ドコサヘキサエン酸)、メラトニン、メトホルミン、ケトン食(βヒドロキシ酪酸)などで増やすことができます。
さらにアッカーマンシア・ムシニフィラのプロバイオティクスも米国で販売されています。
がん治療において腸内細菌叢の改善は副作用の軽減と抗腫瘍効果の増強に有効であることが、最近の多くの研究で明らかになっています。具合的には、乳酸菌、酪酸菌、アッカーマンシア・ムシニフィラを増やし、悪玉菌(腐敗菌)を減らし、粘液産生を増やして粘膜バリアを強化し、酪酸などの短鎖脂肪酸を増やすことが目標になります。
以下の製品は米国のPendulum社が販売しているアッカーマンシア・ムシニフィラのプロバイオティクスです。
1カプセルに、Akkermansia muciniphila(アッカーマンシア・ムシニフィラ)を1億個と、水溶性食物繊維のイヌリン435mgを含有します。1個(30カプセル入り)を8000円(税込)で処方しています。
使用(処方)に関するご質問などはメール(info@f-gtc.or.jp)か電話(03-5550-3552)でお問い合わせ下さい。
アッカーマンシア・ムシニフィラのプロバイオティクスは日本では医薬品でもサプリメントとしても承認されていません。当院では、米国でサプリメントとして販売されている製品を、薬監証明を取得して、厚労省の許可を得て輸入し、処方薬として治療目的で使用しています。
イノシンを併用すると、さらに免疫療法の効き目を高めることができます。
イノシンも処方しています。
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