がんの予防や治療における漢方治療の存在意義を考察しています。がん治療に役立つ情報も紹介しています。
「漢方がん治療」を考える
845)がん治療におけるホスホジエステラーゼ5(PDE5)阻害剤の有効性
図:動脈の内面を覆う血管内皮細胞(①)の中で、様々な刺激で一酸化窒素(NO)合成酵素(NOS)が活性化され、L-アルギニンからNO(一酸化窒素)が生成される(②)。内皮細胞で生成されたNOは血管平滑筋細胞内のグアニル酸シクラーゼを活性化し(③)、サイクリックGMP(cGMP)を生成する(④)。cGMPはcGMP依存性プロテインキナーゼ(プロテインキナーゼG)を活性化し(⑤)、タンパク質リン酸化や細胞内カルシウム濃度の制御を介して(⑥)、血管平滑筋の弛緩や血管拡張を引き起こす(⑦)。これらの作用は、血管や心臓やその他の臓器の保護、抗がん剤や放射線治療の副作用軽減と抗腫瘍効果増強、骨髄由来抑制細胞の阻害による抗腫瘍免疫の増強などの多彩な抗腫瘍効果と関連する(⑧)。cGMPはホスホジエステラーゼ5(PDE5)で分解される(⑨)。RDE5阻害剤はcGMPの細胞内濃度を高い状態に維持するので、⑧で示した様々な抗腫瘍効果が増強する(⑩)。
845)がん治療におけるホスホジエステラーゼ5(PDE5)阻害剤の有効性
【一酸化窒素は血管を拡張する】
動脈は外膜、中膜、内膜の3つの層で構成されています。
外膜は血管の外側を保護する結合組織の層です。中膜は平滑筋で構成され血管の伸び縮み(拡張と収縮)を担当する層です。内膜は内皮細胞と内皮下組織からなっており、内膜の一番内側に内皮細胞があります。
血管が拡張するには血管内皮細胞の存在が必要で、血管内皮が内皮依存性弛緩因子(endothelium derived relaxing factor, EDRF)を遊離して血管平滑筋を弛緩させていることが1980年に報告されました。
この内皮依存性弛緩因子の本体が一酸化窒素(NO)であることが1980年代に明らかになり、ほぼ時を同じくして、NOがアルギニンから合成されること、NOがグアニル酸シクラーゼを活性化してサイクリックGMP(cGMP)の産生を増大することが見出されました。
1998年のノーベル生理学・医学賞は一酸化窒素のシグナル機能の発見に重要な貢献をした3人の科学者に授与されています。
ガス状分子であるNOをシグナル分子とする新規な情報伝達系が、血圧制御や血小板凝集阻害等のさまざまな生理作用を引き起こすことが明らかにされています。
つまり、血管内皮細胞で産生されたNOが血管平滑筋の可溶性グアニル酸シクラーゼを活性化して細胞内サイクリック GMP(cGMP)を増量させ血管平滑筋を弛緩させることによって血管を拡張することが明らかになりました。(下図)
図:動脈の内面を覆う血管内皮細胞(①)の中で、様々な刺激で一酸化窒素(NO)合成酵素(NOS)が活性化され、L-アルギニンからNO(一酸化窒素)が生成される(②)。内皮細胞で生成されたNOは血管平滑筋細胞内のグアニル酸シクラーゼを活性化し(③)、サイクリックGMP(cGMP)を生成する(④)。cGMPはcGMP依存性プロテインキナーゼ(プロテインキナーゼG)を活性化し(⑤)、平滑筋を弛緩する(⑥)。cGMPはホスホジエステラーゼ5(PDE5)で分解される(⑦)。
生体内での NO 産生は NO 合成酵素(NOS)による L -アルギニンから L -シトルリンへの変換反応の副産物として生じます。
NOS には3種類あり、主な発現部位やカルシウム依存性により神経型(nNOS)、誘導型 (iNOS)、内皮型(eNOS)の3種類に分類されます。
nNOS と eNOS は恒常的に発現しており、生理的作用に関与するNO の発生源となっています。一方、iNOS(誘導型NOS) はマクロファージなどの貪食細胞が殺菌能を示す際に必要となる大量の NOを産生します。炎症応答でマクロファージでiNOSが誘導され、大量のNOが産生されウイルスなどの病原菌を死滅させます。
恒常的に発現が認められるeNOS や nNOS は細胞内カルシウム濃度に反応して活性化されます。そのため、eNOS は血管壁に対するずり応力の変化に反応して NO 産生量を増大させることが知られています。そのため軽度の運動などを行ない血流量が増加するとずり応力が増大し、血管内皮細胞からのNO産生が増大します。
「血管壁のずり応力」とは、血液の速度や粘度によって血管内皮細胞が受ける外力に応じる力(外力による変形に抵抗する力)です。
血管内皮細胞から産生されるNOが様々な血管病態に関連している事が明らかになっています。例えば、加齢や動脈硬化、糖尿病に関係する血管弛緩反応の減弱は、血管内皮細胞機能の減弱が関連しています。
動脈硬化は、血管の一番内側にある内皮細胞の機能低下によって始まります。内皮細胞は、血流が速くなると、血管拡張物質である一酸化窒素(NO)を産生して放出します。すると、一酸化窒素は中膜にある平滑筋に作用して、その結果、平滑筋の緊張がゆるんで血管が広がります。
血管を広げる働きは、放出される一酸化窒素の量に左右され、一酸化窒素が不足すると血管は硬くなり、逆に十分に出ていると血管をやわらかい状態に保つことができます。
【ホスホジエステラーゼ5(PDE5)阻害剤は血管を拡張する】
勃起不全治療薬のsildenafil(バイアグラ)やtadarafil(シアリス)やvardenafil(レビトラ)はホスホジエステラーゼ5(Phosphodiesterase 5:PDE5)の特異的阻害剤です。
PDE5は一酸化窒素(nitric oxide: NO)の細胞内セカンドメッセンジャーであるcyclic GMP(cGMP)を分解する酵素であり、陰茎海綿体に豊富に存在します。PDE5阻害薬は、PDE5の作用を競合的に阻害し、陰茎海綿体平滑筋細胞内のcGMP 濃度を高めることで、性的刺激に反応して起こる陰茎海綿体平滑筋の弛緩に由来する勃起を促進します。
つまり、PDE5阻害剤はcGMPの分解を阻害し、cGMPの濃度を高めることによって血管平滑筋を弛緩する作用があります。(下図)
図:神経細胞や血管内皮細胞から一酸化窒素(Nitric Oxide: NO)が産生され(①)、NOは血管平滑筋細胞のグアニル酸シクラーゼを活性化する(②)。活性化したグアニル酸シクラーゼはGTPをサイクリックGMP(cGMP)に変換する(③)。cGMPはプロテインキナーゼGを活性化し(④)、タンパク質リン酸化や細胞内カルシウム濃度の制御を介して(⑤)、血管平滑筋を弛緩して血管を拡張する(⑥)。ホスホジエステラーゼ5(Phosphodiesterase 5:PDE5)はcGMPを分解する(⑦)。バイアグラやシアリスなどのPDE5阻害剤はPDE5の活性を阻害することによってcGMPの分解を阻止して血管拡張を促進する。
前立腺肥大症治療薬として保険適用されているザルティアという薬の有効成分はtadarafil(シアリス)と同じです。肺動脈性肺高血圧症の治療に使われるアドシルカもtadarafilです。
近年PDE5阻害剤には毎日飲むことによって前立腺肥大症だけではなく、血管内皮細胞保護作用や心筋保護作用や免疫増強作用などの作用が期待できることが明らかになっています。敗血症や多臓器不全にも効果が期待できることが報告されています。前立腺がんを予防するという報告もあります。
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、高血圧や心疾患の持病のある人は重症化しやすく、心血管疾患の既往歴に関係なく、死亡例では急性心筋障害と心不全が多く見られています。
COVID-19の臨床症状は主に呼吸器症状として現れますが、重症例では急性の心血管疾患や心機能低下を伴う例が多く報告されています。このような重症化例にPDE5阻害剤による治療の可能性も検討されています。
【ホスホジエステラーゼ5(PDE5)阻害剤は血管や心臓を保護し、がん治療の効果を高める】
PDE5阻害剤は勃起不全の治療以外にも、様々な病気の治療に効果があることが明らかになっています。
PDE5阻害剤には、血管や心臓を保護する作用や免疫力を高める作用などがあり、心臓病や糖尿病やがんの治療にも効果があります。以下のような論文があります。米国バージニア州のバージニア・コモンウェルス大学(Virginia Commonwealth University, VCU)のポーリー・ハートセンター(Pauley Heart Center)の研究グループからの総説論文です。
PDE5 inhibitors as therapeutics for heart disease, diabetes and cancer (心臓病、糖尿病、がんの治療薬としてのPDE5阻害剤)Pharmacol Ther. 2015 Mar; 147: 12–21.
【要旨】
勃起不全の治療のために、シルデナフィル(sildenafil: Viagra™)、バルデナフィル(vardenafil: Levitra™)、およびタダラフィル(tadalafil: Cialis™)を含むホスホジエステラーゼ5(PDE5)阻害剤が開発された。さらに、シルデナフィルとタダラフィルは、肺動脈高血圧症の治療に使用されている。
2002年にシルデナフィルの心保護効果を示した最初の報告以来、心血管疾患およびがんに対するPDE5阻害剤の使用に関する前臨床および臨床研究において大きな進展があった。
PDE5阻害剤が心筋虚血/再灌流傷害、ドキソルビシン心毒性、虚血性および糖尿病性心筋症、心肥大、デュシェンヌ型筋ジストロフィー、および心筋修復の幹細胞効果の改善に対して強力な保護効果があることを数多くの動物研究が示している。
メカニズム的には、PDE5阻害剤は、一酸化窒素合成酵素の発現の増加、プロテインキナーゼG(PKG)の活性化、PKG依存性硫化水素の生成、およびグリコーゲンシンターゼキナーゼ-3β(ミトコンドリア透過性遷移孔のすぐ近位に存在するマスタースイッチで心筋保護のエンドエフェクター
)のリン酸化を通じて、心筋虚血/再灌流傷害から心臓を保護する。
さらに、PDE5阻害剤は、ドキソルビシンを含む標準的な化学療法薬に対する特定の種類のがん細胞の感受性を高める。
PDE5阻害剤を用いた多くの臨床試験は、心血管疾患およびがんに対する潜在的利点に焦点を当てている。これらの臨床試験の結果はまちまちであるが、基礎科学者や臨床研究者は、PDE5阻害剤の新しい臨床用途の探求に強い関心を寄せ続けている。
将来の新しいメカニズム的検討と注意深く設計された臨床試験によって、心血管疾患とがんに対するPDE5阻害剤の新たな薬効が明らかにされることを期待する。
【PDE5阻害剤は抗がん剤の効果を高める】
がん治療におけるPDE5阻害剤の有用性は多く報告されています。以下のような報告があります。
The Rationale for Repurposing Sildenafil for Lung Cancer Treatment(肺がん治療のためにシルデナフィルを転用する根拠)Anticancer Agents Med Chem. 2018;18(3):367-374.
【要旨】
現在、シルデナフィルが抗がん特性を持っていることを示すかなりの証拠がある。この論文では、シルデナフィルを肺がん治療の補助療法として使用する根拠を検討する。 現在、肺がんは治療の選択肢が不十分な疾患であり、全身化学療法に反応する患者はわずか 20%程度であり、治療効果を改善する方法を探究する必要がある。
シルデナフィル単独、および化学療法剤とシルデナフィルを組み合わせた場合のがん細胞に対する生化学的、生理学的および代謝的影響に関する文献を検索した。
ほとんどの研究は、シルデナフィルが単剤療法としても補助療法としても、がん細胞に対して細胞傷害作用を示すことを明らかにしている。
シルデナフィルは、in vitro と in vivo の両方の実験系で、補助療法として使用すると、がん細胞のアポトーシスを促進する。特に、げっ歯類の実験では、シルデナフィルを併用した場合は、化学療法単独と比較して腫瘍サイズより縮小した。
シルデナフィルは、がん細胞による薬物排出を減少させ、肺組織への血液灌流を増加させる薬剤としても証明されており、健康な組織と比較して、肺がん細胞に送達される化学療法剤の投与量を増加させる可能性がある。
さらに、他の肺疾患に対するシルデナフィルの証明された臨床効果は、右心室機能や生活の質など、患者の転帰を改善できることを示唆している。
シルデナフィルはまた、CYP3A4 の阻害剤として作用することにより、ドセタキセルおよび肺がん治療に使用される一部の低分子阻害剤の半減期を延長する可能性がある。
これらの証拠は、シルデナフィルの肺がん治療薬としての使用に関する臨床研究を強く正当化すると結論つけることができる。
以下のような報告もあります。
Sildenafil potentiates the antitumor activity of cisplatin by induction of apoptosis and inhibition of proliferation and angiogenesis(シルデナフィルは、アポトーシスの誘導および増殖と血管新生の阻害により、シスプラチンの抗腫瘍活性を増強する)Drug Des Devel Ther. 2016 Nov 16;10:3661-3672.
【要旨】
シルデナフィルは、勃起不全の治療に使用される最初のホスホジエステラーゼ 5 阻害剤である。 しかし、最近の研究では、シルデナフィルの抗腫瘍効果が示唆されている。 この研究では、シルデナフィルの抗がん活性を、固形腫瘍を移植したマウスをつかったin vivo実験系、およびヒト乳がん細胞株 MCF-7を用いたin vitroの実験系で評価した。 さらに、シスプラチンの抗腫瘍活性に対するシルデナフィルの影響を調査した。
メスのマウスにエールリッヒ腹水がん細胞を移植し、担がんマウスは、対照(生理食塩水)、シルデナフィル(シルデナフィル5 mg / kg /日、15日間毎日経口投与)、シスプラチン(シスプラチン7.5 mg / kg、エールリッヒ腹水癌移植の12日目に1回腹腔内投与)、およびシスプラチンとシルデナフィルの併用療法のグループにランダムに割り当てられた。
治療期間の最後に腫瘍体積を測定し、さらに、アンギオゲニン、血管内皮増殖因子、腫瘍壊死因子-α、Ki-67、カスパーゼ-3を測定し、DNAフローサイトメトリー分析、および組織病理学的検査を行った。
実験結果は、シルデナフィルが腫瘍体積を30.4%減少させ、アンギオゲニンと腫瘍壊死因子-αと血管内皮増殖因子の発現を有意に減少させた。 さらに、カスパーゼ-3 レベル(アポトーシスの指標)はシルデナフィル治療で大幅に増加した。 さらに、シルデナフィルはがん細胞の増殖活性を抑制した。 シルデナフィルは、腫瘍の壊死を誘発した。
さらに、シルデナフィルは、in vitro で MCF-7 に対する細胞傷害活性を示し、in vivo および in vitroの実験系において、 シルデナフィルはシスプラチンの抗腫瘍活性を増強した。
これらの結果は、シルデナフィル自体に抗腫瘍活性があり、さらにシスプラチンなどの従来の化学療法剤の抗腫瘍効果を増強する作用があることを示している。 これらの効果は、シルデナフィルの抗血管新生、抗増殖、およびアポトーシス誘導活性に関連している可能性がある。
【PDE5阻害剤はがん治療の副作用を軽減する】
以下のような報告があります。
Sildenafil improves radiation-induced oral mucositis by attenuating oxidative stress, NF-κB, ERK and JNK signalling pathways(シルデナフィルは、酸化ストレス、NF-κB、ERKおよびJNKシグナル伝達経路を抑制することにより、放射線誘発性口腔粘膜炎を改善する)J Cell Mol Med. 2022 Aug;26(16):4556-4565
【要旨】
放射線誘発性口腔粘膜炎は、効果的な治療法がない頭頸部放射線療法の一般的で線量を制限する合併症である。以前の研究では、ホスホジエステラーゼ 5 阻害剤であるシルデナフィルには、抗炎症作用と抗がん作用があることが明らかになった。この研究では、ラットの放射線誘発性粘膜炎に対するシルデナフィルの効果を調査した。
2種類の線量の放射線 (8 Gy および 26 Gy X 線) を使用して、軽度および高度の口腔粘膜炎を別々に誘発した。 対照群とクエン酸シルデナフィル(5、10、40mg/kg/日)を投与されたラットの 3 つのグループが、放射線の各線量で照射を受けた。
放射線はマロンジアルデヒド(脂質過酸化分解生成物の一種)を増加させ、NF-κB、ERK、および JNK シグナル伝達経路を活性化した。 シルデナフィルは、マロンジアルデヒド濃度、一酸化窒素 (NO) レベル、炎症性サイトカイン(IL1β、IL6、TNF-α)を有意に減少させた。 シルデナフィルの最も有効な用量は、この研究では 40 mg/kg/日であった。 シルデナフィルはまた、NF-κB、ERK、および JNK シグナル伝達経路を有意に阻害し、bcl2/bax 比を増加させた。 さらに、高線量放射線は組織病理学的に粘膜層を強く破壊し、粘膜細胞のアポトーシスを引き起こした。
シルデナフィルは、粘膜構造のダメージを大幅に改善し、高線量放射線への曝露後の炎症細胞浸潤を減少させ、粘膜細胞のアポトーシスを減少させた。
これらの結果は、シルデナフィルが放射線誘発性口腔粘膜炎を改善し、炎症と酸化ストレスの減弱を介して粘膜細胞のアポトーシスを減少させることを示している。
シルデナフィルは内皮細胞を放射線誘発酸化ストレスから保護する作用があります。その結果、照射された部分の血管内皮細胞を保護する効果があります。
Sildenafil Protects Endothelial Cells From Radiation-Induced Oxidative Stress(シルデナフィルは内皮細胞を放射線誘発酸化ストレスから保護する) J Sex Med. 2019 Nov;16(11):1721-1733.
放射線治療においてシルデナフィルを併用する価値はあると思います。
【ホスホジエステラーゼ5阻害剤は骨髄由来抑制細胞を阻害する】
勃起不全治療薬のバイアグラやシアリスといったホスホジエステラーゼ5阻害剤は抗腫瘍免疫を増強することが報告されています。以下のような報告があります。
Phosphodiesterase-5 inhibition reduces postoperative metastatic disease by targeting surgery-induced myeloid derived suppressor cell-dependent inhibition of Natural Killer cell cytotoxicity.(ホスホジエステラーゼ-5阻害は、外科手術によって誘導される骨髄由来抑制細胞依存性のメカニズムによるナチュラルキラー細胞の細胞傷害活性の阻害を標的化することによって手術後の転移を減少する)Oncoimmunology. 2018 Mar 1;7(6):e1431082.
原発腫瘍の除去に必要な手術行為が、免疫系を抑制し、がん細胞の転移を促進することが、動物実験やがん患者の検討で明らかになっています。そこで、手術前後において免疫細胞を活性化し、免疫抑制状態を改善する方法は、がん治療の効果を高めます。
この研究では、マウスの実験モデルを使って、外科手術によって骨髄由来抑制細胞(MDSC)が誘導され、ナチュラルキラー(NK)細胞機能の低下を引き起こすことを示しています。そして、手術前後のホスホジエステラーゼ5(PDE5)阻害剤のシルデナフィル(バイアグラ)の投与は、アルギナーゼ1とIL4Raの発現および活性酸素種の産生を抑制することによって、手術で誘発された顆粒球性の骨髄由来抑制細胞の機能を減少させ、NK細胞の抗腫瘍活性を高め、手術後の再発を減少させることを報告しています。
つまり、PDE5阻害剤が手術誘発性の骨髄由来抑制細胞の働きを阻害することにより手術後の転移や再発を減少させることを示唆しています。
以下のような報告もあります。
Tadalafil Augments Tumor Specific Immunity in Patients with Head and Neck Squamous Cell Carcinoma(タダラフィルは頭頚部扁平上皮がん患者における腫瘍特異的免疫を増強する)Clin Cancer Res; 21(1); 30–38.
頭頚部扁平上皮がん患者の免疫機能に対するホスホジエステラーゼ5(PDE5)阻害の生体内(in vivo)での効果を測定するために、無作為化前向き二重盲検プラセボ対照第II相臨床試験を行った報告です。
タダラフィル(シアリス)は免疫応答を増強し、ex vivoにおけるT細胞の増殖は、対照患者が1.1倍に対してタダラフィル投与群は2.4倍に増加させました。末梢MDSC数は、コントロール群が1.26倍の変化に対してタダラフィル投与群は0.81倍の変化で有意に減少させました。頭頚部扁平上皮がん細胞の細胞溶解物に対する腫瘍特異的免疫応答はタダラフィル投与患者において増強されました。
この論文の結論は「これらの試験結果は、タダラフィルが頭頚部扁平上皮がん患者の一般的および腫瘍特異的免疫を増強し、頭頚部扁平上皮がんの治療における有効性を示唆している。がん細胞の免疫監視機構からの回避、および全身および腫瘍特異的免疫の抑制は、頭頚部扁平上皮がん発症の重要な特徴である。この研究は、PDE5阻害剤であるタダラフィルが頭頚部扁平上皮がん患者の腫瘍特異的免疫抑制を阻止し、治療に適用可能であることを示している。」となっています。
ホスホジエステラーゼ5(PDE5)阻害剤の免疫調整作用とがんとの関連が最初に指摘されたのは2006年です。(以下の論文)
Phosphodiesterase-5 inhibition augments endogenous antitumor immunity by reducing myeloid-derived suppressor cell function(ホスホジエステラーゼ5阻害剤は骨髄由来抑制細胞の機能を低下させることによって生体内の抗腫瘍免疫を増強する)J Exp Med. 2006 Nov 27; 203(12): 2691–2702.
体の免疫監視機構はがん化した細胞を排除しようとします。しかし、がん細胞は骨髄から免疫抑制性の細胞をがん組織に動員して、免疫監視機構から逃れようとします。これが骨髄由来抑制細胞です。腫瘍組織内のキラーT細胞が数が多いほど、がん患者の生存期間が長いという報告がありますが、骨髄由来抑制細胞はキラーT細胞の数と働きを低下させます。
シルデナフィル(バイアグラ)やタダラフィル(シアリス)は骨髄由来抑制細胞の働きを抑制して、免疫監視機構を正常化します。
骨髄由来抑制細胞はがん細胞由来のGM-CSFやVEGFやIL6によって誘導され、アルギナーゼ-1(arginase-1)と誘導性一酸化窒素合成酵素の産生を亢進してT細胞機能を抑制します。ホスホキエステラーゼ5阻害剤は一酸化窒素とアルギナーゼ-1の両方の産生を阻害してT細胞機能を正常化します。
【敗血症や多臓器不全による死亡を抑制する】
敗血症や多臓器不全の実験モデルでバイアグラ(Sildenafil)などのPDE5阻害剤の有効性が報告されています。以下のような報告があります。
Sildenafil Treatment Attenuates Lung and Kidney Injury Due to Overproduction of Oxidant Activity in a Rat Model of Sepsis: A Biochemical and Histopathological Study(シルデナフィル治療は、敗血症のラットモデルにおける酸化活性の過剰産生による肺および腎臓の損傷を軽減する:生化学的および組織病理学的研究)Clin Exp Immunol, 166 (3), 374-84, Dec 2011
【要旨の抜粋】
敗血症は、感染に対する全身性の炎症反応であり、死亡の主要な原因である。シルデナフィルは、環状グアノシン一リン酸(cGMP)特異的ホスホジエステラーゼ5(PDE5)の選択的かつ強力な阻害剤である。
ラットの盲腸結紮と穿刺による敗血症モデルに対するシルデナフィルの保護効果を検討した。
それぞれ10匹のラットから構成される次の4つのグループに分けた。
1)10 mg / kgのシルデナフィルを投与した敗血症ラット
2)20 mg / kgのシルデナフィルを投与した敗血症ラット
3)シルデナフィルを投与しない敗血症ラット
4)偽手術(sham-operated)された対照群
すべてのグループは16時間後にされ、肺、腎臓、血液サンプルが組織病理学的および生化学的に分析された。
シルデナフィルは、敗血症ラットにおいて、グルタチオン(GSH)を増加させ、ミエロペルオキシダーゼと脂質ペルオキシダーゼの活性と、スーパーオキシドジスムターゼのレベルを減少させた。
シルデナフィル非投与群やシルデナフィル10 mg / kg投与群と比べて、シルデナフィル20 mg / kg投与された敗血症ラットは、組織病理学的分析において炎症スコアを有意に改善した。
シルデナフィル20 mg / kg投与した敗血症ラット群は、最も低い炎症スコアを示した。
シルデナフィル治療は、敗血症ラットにおいて、腫瘍壊死因子(TNF)-αの血清レベルを低下させた。
以上の実験結果は、シルデナフィルは、活性酸素による酸化傷害の軽減とTNF-αの産生低下を介して、ラットの盲腸結紮と穿刺によって誘発する敗血症モデルにおいて引き起こされる肺と腎臓の損傷を防止する高度に有効な保護剤であることを示している。
ラットの盲腸を結紮して穿刺すると腸内細菌が腹腔内に漏れて腹膜炎が発症します。人間では虫垂炎の炎症が高度になって壁が破れて腹膜炎を起こした状態と同じです。この実験モデルでは、腹膜炎によって敗血症が起こります。
敗血症は、感染症が進行して、さまざまな臓器の機能不全が現れる病態です。このラットの敗血症モデルでシルデナフィル(バイアグラ)が、炎症を軽減し、臓器傷害を抑制するという結果です。
以下のような実験もあります。
Tadalafil: Protective Action against the Development of Multiple Organ Failure Syndrome(タダラフィル:多臓器不全症候群の発症に対する保護作用)Braz J Cardiovasc Surg. 2017 Jul-Aug; 32(4): 312–317.
【要旨】
イントロダクション:多臓器不全症候群(Multiple organ failure syndrome)は、様々な原因による重度の外傷に関連する病態であり、高い死亡率を呈する。炎症関連性の多臓器不全症候群では、その発症初期において虚血再灌流傷害を引き起こす。
一酸化窒素の上昇は、環状グアノシン一リン酸(cGMP)の産生を介して、全身性の血管収縮および血小板誘発性の過剰凝固を抑制することができる。
タダラフィルはcGMP分解を減少させることによって、血小板誘発性の過剰凝固の抑制に加えて、広範な血管拡張を引き起こし、組織を保護し、多発性臓器不全症候群の発症を防ぐ可能性がある。
方法:多臓器不全の実験モデルは、定位微小神経外科の両側性前視床下部病変モデル(the stereotaxic micro-neurosurgical bilateral anterior hypothalamic lesions model)を通じて誘発された。 Wistarラットを以下の群(1群10匹)に分けた。
a)非手術の対照群
b)手術を受けた対照群
c)手術の2時間後にタダラフィル投与を受けた群
d)手術の4時間後にタダラフィル投与を受けた群
e)手術の8時間後にタダラフィル投与を受けた群
動物は、神経外科手術の24時間後にされ、脳、肺、胃、腎臓、および肝臓の5つの器官の組織病理学的検査を行った。
結果:この実験モデルでは、主にびまん性に拡散した微小血栓によって引き起こされた播種性の多臓器病変を伴う多臓器不全症候群の病状をもたらした。
微小神経外科手術の2時間後のタダラフィルによる治療は、多臓器不全病変の58.75%の低下を示し、非常に有意なレベル(P <0.01)で、実験的な多臓器不全病変の発生を減少させた。
微小神経外科手術の4時間後のタダラフィルによる治療も、49.71%と非常に有意なレベルで多臓器不全病変を減少した(P <0.01)。最
後に、神経外科処置の8時間後のタダラフィルによる治療は、実験的に誘発された多臓器不全重症度スコアの30.50%(P <0.05)の統計的に有意な減少をもたらした。
結論:ホスホジエステラーゼ5阻害剤であるタダラフィルは、使用した用量とタイミングで、実験的に誘発された多臓器不全から保護することが示された。
虚血再灌流傷害 (ischemia/reperfusion injury)は血流(酸素)供給が遮断されて虚血(低酸素)に陥った組織に、再度血流が灌流された際に引き起こされるさまざまな障害で、活性酸素の生成による細胞障害などで引き起こされます。
播種性血管内凝固症候群(disseminated intra vscu1ar coagulation, DIC)では、微小血栓形成を伴う微小循環障害による多臓器不全が起こります。
敗血症では、サイトカインや活性化好中球や活性酸素による血管内皮障害に起因する微小循環障害臓器障害が発症します。(下図)
図:敗血症などの重症感染症では、活性化した単球やマクロファージは組織因子(①)を産生して血液凝固因子を活性化する(②)。活性化した単球やマクロファージは炎症性サイトカインのIL-1, IL-6, TNF-αの産生を亢進する(③)。活性化した好中球はタンパク分解酵素のエラスターゼや活性酸素種の産生によって血管内皮細胞を傷害する(④)。炎症性サイトカインや活性酸素は血管内皮細胞に作用し、組織因子の産生を亢進し血液凝固因子を活性化する(⑤)。活性化した血液凝固因子はトロンビンを活性化し(⑥)、フィブリノゲンからフィブリンを産生して血液を凝固させて血栓を形成する(⑦)。このように、敗血症では血液凝固能が亢進し、血栓ができ易い状況にある。
急性炎症が起こると、マクロファージや好中球が組織に浸潤し、炎症性サイトカインや活性酸素種を産生して組織や細胞を傷害します。
急性肺障害患者では,肺胞洗浄液中や血液中の好中球エラスターゼが増加することが知られています。エラスターゼはプロテアーゼ(タンパク分解酵素)の一種で、血管内皮細胞や肺組織を破壊する作用をします。
このような血管内皮障害や血小板凝固による微小血栓形成による微小循環不全を抑制するメカニズムでPDE5阻害剤は敗血症による多臓器不全の発生を抑制する可能性が指摘されています(下図)。
図:重症感染症においてはマクロファージや好中球などの炎症細胞が活性化され(①)、炎症性サイトカインや活性酸素や好中球エラスターゼの産生が亢進し(②)、これらは血管内皮細胞を障害し、血管透過性を亢進し、微小血栓の形成を促進する(③)。その結果、全身性の微小循環障害が起こり(④)、肺や心臓や肝臓や腎臓など多臓器に機能障害が引き起こされて多臓器不全になる(⑤)。バイアグラ(sildenafil)やシアリス(tadarafil)などのホスホジエステラーゼ5(PDE5)阻害剤は、血管内皮細胞の保護作用や微小血栓形成抑制作用などによって微小循環障害を抑制することによって多臓器不全の発生を阻止する(⑥)。
【PDE5阻害剤は肺線維症の発症を抑制する】
以下のような報告があります。
Phosphodiesterase-5 Inhibition by Sildenafil Citrate in a Rat Model of Bleomycin-Induced Lung Fibrosis(ブレオマイシン誘発肺線維症のラットモデルにおけるクエン酸シルデナフィルによるホスホジエステラーゼ-5阻害)Pulm Pharmacol Ther, 23 (3), 215-21, Jun 2010
【要旨の抜粋】
cGMP特異的ホスホジエステラーゼ(PDE)5の選択的かつ強力な阻害剤であるシルデナフィルは、一酸化窒素(NO)依存性メカニズムを介して作用するヒト海綿体に供給する細動脈の平滑筋細胞に弛緩効果がある。
この研究は、ブレオマイシン誘発肺線維症のラットモデルにおいて、組織ダメージや酸化還元状態、および炎症を起こした臓器への好中球浸潤に及ぼすクエン酸シルデナフィルの効果を検討した。
Sprague-Dawleyラット(200-250g; n =7-8 per group)に塩酸ブレオマイシン(5mg/kg in 0.9%NaCl)を麻酔下に気管内投与して肺線維症を誘発した。
対照ラットには、等量の生理食塩水を気管内投与した。
治療群では、ラットをクエン酸シルデナフィル(1日あたり10 mg / kg;皮下投与)または生理食塩水で14日間治療した。
別のグループのラットでは、シルデナフィル注射の5分後に、NG-ニトロ-l-アルギニンメチルエステル(l-NAME、0.9%NaClで20 mg / kg)を皮下投与した。
断頭後、肺を切除して肺組織を採取し、病理学的評価や、マロンジアルデヒドとグルタチオンのレベル、およびミエロペルオキシダーゼ活性の測定、およびアポトーシスの評価を行った。
血清中の腫瘍壊死因子-α(TNF-α)とインターロイキン(IL)-1ベータを測定した。
肺線維症のグループでは、肺組織における脂質過酸化の増加、グルタチオン含有量の減少、ミエロペルオキシダーゼ活性とアポトーシスの増加が認められた。血清TNF-αおよびIL-1βレベルは、コントロール値と比較して肺線維症グループで高かった。
シルデナフィルは、肺組織のマロンジアルデヒド量とミエロペルオキシダーゼ活性を低下させ、グルタチオン量を上昇した。しかし、病理学的組織病変の程度とアポトーシス(細胞死)のレベルは統計的有意差は認めなかった。
l-NAME投与は、GSH含有量に対するシルデナフィルの効果を阻止した。
結論として、ブレオマイシン誘発肺線維症のラットへのクエン酸シルデナフィル投与は、脂質過酸化、サイトカイン産生および/または放出と好中球蓄積の抑制を介して有益であると思われる。
NG-nitro-L-arginine methyl ester(L-NAME)は、一酸化窒素合成酵素の阻害剤です。シルデナフィルの効果がL-NAMEの投与でキャンセルされたということは、シルデナフィルがNOの産生を介して臓器保護作用を示すことを意味します。
つまり、シルデナフィル(バイアグラ)はPDE5阻害作用による一酸化窒素を介するメカニズムで、抗炎症作用と抗酸化作用と組織保護作用を発揮し、ブレオマイシンによる肺線維症の発生を抑制するというメカニズムです。
以上のように、多くの報告で、がん治療におけるPDE5阻害剤の併用の有効性が報告されています。抗がん剤治療や放射線治療を受けるときにPDE5阻害剤の併用は副作用を軽減し、抗腫瘍効果を高める効果が期待できます。手術後の免疫力低下や転移の予防にも効果が期待できます。このような目的では、半減期の長いタダラフィル(tadarafil)を1日か2日に5mgから10mgを併用する価値はあると思います。
PDE5阻害剤は血管の状態を良くするので、抗老化と寿命延長にも有効です。
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