がんの予防や治療における漢方治療の存在意義を考察しています。がん治療に役立つ情報も紹介しています。
「漢方がん治療」を考える
122) 安眠のがん予防効果
図:不眠は体内の概日リズムの乱れを起こしてがんの発生を促進する。安眠を促す漢方治療は不眠を改善して概日リズムを正常化することによってがん予防効果を発揮する。
122) 安眠のがん予防効果
【体内時計の乱れはがんを促進する】
体の生理機能は昼夜常に同じ状態を保っているわけではなく、ほぼ1日を周期として変動しています。これを概日リズム(サーカディアン・リズム)といいます。私たちの体の中には体内時計があり、昼夜のサイクルに合わせながら、体の多くの機能に活動と休息のリズムを与えているのです。
ところが昼夜サイクルを無視した生活によって生体機能の概日リズムが乱れると、睡眠障害や倦怠感や胃腸障害などの体調不良を引き起こし、健康を悪化させる原因になります。
がんの発生率を高める可能性も指摘されており、夜勤の多い看護師や、国際線の乗務員のように概日リズムが慢性的に乱れやすい職種の人では、他の職業の人に比べて、乳がんや前立腺がんの発生率が高いことが報告されています。
例えば、乳がんの発生率を検討した疫学研究では、国際線の乗務員では70%、交代制勤務の職種では40%の乳がん発生率の上昇が認められています。前立腺がんに関しては、国際線の乗務員では40%の発生率の上昇が認められています。(Naturwissenschaften 95: 367-382, 2008)
移植腫瘍を用いた動物実験では、電灯の照射時間を変えて概日リズムを乱すとがん細胞の増殖が促進されることが報告されています。
以上のような証拠から、世界保健機関(WHO)の付属組織で人間への発がんリスクの評価を専門に行っている国際がん研究機関(IARC)は、2007年に概日リズムを乱す交代制の仕事(shift-work)を、発がん作用の可能性がある(group 2A)と分類して発表しています。
24時間行動可能な近代のライフスタイルは生体の概日リズムを乱す要素が多くなっており、人間のがんの発生リスクとして無視できなくなったことを意味しています。
概日リズムの乱れが発がんリスクを高め、がん細胞の増殖を促進する理由は様々な要因が関与していると考えられます。
概日リズムの乱れた生活は、体調不良や免疫力の低下、内分泌系や消化器系の不調の原因になり、がん細胞に対する抵抗を低下させることは容易に予想できます。
さらに、体の概日リズムの調節に重要な役割を担っているメラトニンとの関連が指摘されています。メラトニンは脳の松果体から産生されるホルモンの一種で、その分泌は光によって調節されます。すなわち、目から入る光によってメラトニンの産生は少なくなり、暗くなると体内のメラトニンの量が増えて眠りを誘います。
夜間に強い光を受けるとメラトニンの分泌の低下を引き起こし、乳がんの発症に関与している可能性を指摘する「乳がん発生のメラトニン仮説」が提唱されています。盲目の人には乳がんが少ないという報告や、夜間勤務の人には乳がんが多いという報告があり、これらはメラトニンが多く分泌される状況にあると乳がんの発生が抑えられ、夜間勤務のようにメラトニンの分泌が抑えられると乳がんが発生しやすい可能性を示唆しています。
尿中のメラトニンの量の少ない人は乳がん発症率が高いことを示す研究結果も複数報告されています。
メラトニンには免疫力や抗酸化力を高める作用や、がん細胞の増殖を抑える効果があるので、メラトニンの体内産生が少ないとがんになりやすいという意見があります。
いずれにしても、規則正しい生活リズムを維持することはがんの発生や再発の予防に有効です。
朝は日の出とともに起き、日中は適度に日光を浴び、夜間は夜更かしをせずに十分に睡眠をとるという健康的な生活リズムは、がん予防効果のあるビタミンDやメラトニンの体内産生を高めて、がん予防にも効果があると常識的に理解できます。
仕事の関係で概日リズムの乱れが避けられない状況の場合は仕方ないのですが、そうでない場合は、できるだけ規則正しい生活と睡眠を十分にとることががんの予防や治療にも有効です。
【安眠作用のある食品や漢方薬】
体内の概日リズムを規則正しくする方法は、生活のリズムを規則正しくすることが基本になります。
さらに、不眠がある人は安眠(やすらかにぐっすり眠ること)作用のある食品や漢方薬の利用が役に立つ場合があります。安易の睡眠薬に頼るのではなく、食べ物や漢方薬で治す努力も大切です。
不眠は神経質な人に多く、あれこれと思い悩み、神経を消耗させる結果、ますます眠れなくなる悪循環に陥っています。そのような場合は、神経を鎮め、ゆったりとした気分になることが大切です。就寝前にはコーヒ、紅茶、緑茶や刺激物は避けます。
金針菜(キンシンサイ)はユリ科の多年草で、花のつぼみは色が黄色で形状が細いことから金針菜と名付けられています。つぼみの中には花粉が詰まっていて、ビタミンやミネラルが豊富で滋養食品として中国で食べられています。
脳内のメラトニンを増やすという研究報告もあります。
金針菜30gを水で30分煮て、滓を取り去り、氷砂糖を加えてからもう一度2分間煮て、睡眠1時間前に飲むと不眠を改善する効果があると記載されています。(葉橘泉:食物中薬与便方)
漢方薬では、不眠を改善する効果がある生薬として、五味子(ゴミシ)、竜眼肉(リュウガンニク)、酸棗仁(サンソウニン)、大棗(タイソウ)、茯苓(ブクリョウ)、霊芝(レイシ)、遠志(オンジ)などがあります。
複数の生薬を組み合わせて作る漢方薬は、不眠の原因や症状に応じて以下のような処方が使用されます。
酸棗仁湯(サンソウニントウ):体力の低下した人で、心身ともに疲労して眠れない場合。精神不安や精神過敏を伴い、夜間眼がさえて眠れない。
加味帰脾湯(カミキヒトウ):体力が低下し、貧血気味で、精神不安や思い悩みが強い状態で眠れない場合。
抑肝散(ヨクカンサン)、抑肝散加陳皮半夏(ヨクカンサンカチンピハンゲ):神経過敏で興奮しやすく、怒りやすい、イライラする場合。
その他にも、冷えを改善したり、胃腸の状態を抑したり、自律神経や内分泌系の不調を改善すると不眠が良くなる場合もあります。
症状に合わせた漢方薬の処方は、漢方薬に詳しい薬剤師や医師に相談するのが大切です。
不眠の原因を是正し、体内の生体機能の概日リズムを規則正しくして、がんに対する抵抗力を高めるうえでも、漢方治療は役に立ちます。
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