がんの予防や治療における漢方治療の存在意義を考察しています。がん治療に役立つ情報も紹介しています。
「漢方がん治療」を考える
121) 新薬はなぜ私たちを失望させるのか
図:がんの治療薬の開発における前臨床試験における培養細胞やマウスの実験モデルはヒトのがんに対する効果を予測する方法として多くの欠点がある。2004年3月号の米国のフォーチュン誌の記事は、新薬があまり効果を発揮していない理由を考察していて参考になる。
121) 新薬はなぜ私たちを失望させるのか
新しいがんの治療薬は次から次に開発され、使用されています。
抗がん剤の多くは、がん細胞が分裂する過程を阻害することによって分裂している細胞を殺します。したがって、がん細胞以外でも細胞分裂をしている正常細胞(免疫細胞、骨髄細胞、腸粘膜など)も殺すので、つらい副作用を引き起こします。
近年は、がん細胞の増殖に関与する分子に直接作用する分子標的薬が開発されています。
このような新薬の開発によって、がんの治療効果が良くなっているのは確かです。しかし、生存期間の延長においては、まだそれほど劇的な改善は得られていません。進行がんの患者が期待するのは数年間以上の延命効果ですが、現状はせいぜい数ヶ月の延命効果と言わざるを得ません。
世界最大の英文ビジネス誌であるフォーチュン(Fortune)誌の2004年3月号に、フォーチュン誌の編集長であるクリフトン・リーフ(Clifton Leaf)氏が、「Why we're losing the war on cancer(なぜ私たちはがんとの戦争に負けているのか)」という題の有名な記事を載せています。この記事の中で、リーフはがん治療の進展が遅い理由をいろいろと考察しています。
この記事の中から、新しく開発された治療薬に私たちが失望することが多い理由を考察した部分を抜粋して紹介します。
【がんの実験モデルの欠点】 私たちの細胞の働きは遺伝子(DNA)によって調節されている。ある種の遺伝子が異常(変異)を起こすと、無制限に増殖し、さらに他の臓器や組織に転移する。これががん(癌)である。そして、がんの研究は、まず変異した遺伝子が引き起こす細胞の分子メカニズムを解き明かし、ついでそれを阻止する薬を見つけることが中心になる。 人間のがん細胞の研究で最も多く利用されている方法の一つは、ヒトのがん細胞をシャーレの培養液の中で育て、それを免疫不全のマウスに移植して増殖させ、開発中の医薬品を投与して、マウスに移植した人間のがんが縮小するかどうかで評価する実験法である。 これは抗がん剤の開発における前臨床試験の一つであるが、このような前臨床試験の多くが、人間に発生したがんの治療に対する有効性を予測することができない、ということは20年も前から多くの研究者は気づいている。 ヌードマウスと病院のガウンを来た人間の間には、遺伝子構造や臓器システムに類似性はあるが、この2つの種は、生理機能や組織構造や代謝率や免疫システムや細胞内分子伝達系など様々な点において違いがある。 したがって、マウスと人間に発生したがん細胞にはかなりの違いがある。 アメリカの最も有名ながん研究者のひとり、マサチューセッツ工科大学(MIT)のロバート・ワインバーグ(Robert Weinberg)博士は、「がん研究全体において解決されなければならない根本的問題は、治療という観点から見た場合、人間のガンの前臨床モデルのほとんどが、とんでもない代物だということ」と言っている。 ハーバード大学のブルース・チャブナー(, Bruce Chabner)教授も同様の不満を述べている。研究者がマウスに作り出している”インスタント腫瘍(instant tumors)”は、人間に発生するがん細胞のもっともたちの悪い性質を正確に有していない。この性質というのは、人間のがん細胞では遺伝子変異が次から次に発生することである。つまり、人間のがん細胞は極めて複雑な遺伝子変異をもっている。 「もしマウスの高血圧を治す薬を見つければ、それは人間の高血圧にも有効だ。その安全性については言及できないが、血圧を下げる効果があることは確実である。」と、国立がん研究所(NCI)のがん治療部門を何年間も運営してきたチャブナー博士は言っている。 多くの研究者は同様な方法でがんの研究を行ってきた。すなわちマウスの細胞のがん遺伝子やがん抑制遺伝子を変異させて作成したがん細胞を使っている。 「がん研究者は肺がんの実験モデルを確立したと言っているが、しかしそれは人の肺がんの実験モデルではない。なぜなら、人間の肺がんは100種もの変異があるからだ。遺伝学的にこれ以上複雑なものは誰も見たことがないだろう。」とチャブナー博士は言っている。 かつて製薬会社のイーライリリー社でがん研究と臨床試験を担当していたホーマー・ピアス(Homer Pearce)氏も、マウスの実験モデルは人間のがんの治療薬の効果を評価する目的では全く不適当であるという意見に賛成である。「多くのマウスのがんがその薬で治っている。しかしその薬は人のがんにはあまり効いていない。人間のがん治療では転移するがんを治療しなければならないからだ。つまり、マウスの実験モデルには欠陥があるということを理解しなければならない。」 「企業や大学などの研究者の99%は動物の移植腫瘍を使っている。なぜマウスの移植腫瘍の実験モデルがそんなに多く使用されているのか。その答えは簡単だ。それは、この実験モデルが非常に便利で、容易に操作できるし、腫瘍の大きさも簡単に計測できるからだ。」と、製薬会社ジェネンテック(Genentech)社の分子腫瘍学研究の副社長であるビシュバ・ディキット(Vishva Dixit)は言っている。 この問題を製薬企業は十分に理解しているが、それを修正しようとはしない。 毎年、製薬会社はこれらのモデルを使用して数億ドルを浪費している、とワインバーグはいう。 さらに落胆させることは、薬を開発する研究者がこのような欠陥のある実験モデルを信頼しているために、人間のがんに本当に効く薬が見逃されている可能性もあるということである。 マウスのがんに効く薬が人間のがんには効かない場合があると同様に、その逆にマウスのがんには効かないが人間のがんには効く薬もあるのだ。このような間違った実験モデルのせいで、人間のがんに本当に効く可能性のある何十万という化合物が、過去20年の間に捨て去られたかもしれない。 MDアンダーソン病院の研究者兼臨床医で、イレッサなどの肺がんの治療薬の臨床試験を担当したロイ・ハーブスト(Roy Herbst) 博士は、そのようなことがしばしば起こっているということを確信している。 もし、多くの人がその問題に気づいているのであれば、なぜそれを改めようとしないのか。 その理由は、「第一に、マウスの実験モデルと代わりうる適当な実験モデルが無い。第二にFDA(食品医薬品局)の怠慢で、いまだにマウスの実験モデルが薬の有用性を予測する方法として認めているからである」とワインバーグ博士は言う。 【私たちは良いアイデアが不足している】 「鶏が先か卵が先か」という質問と同じような悩ましい問題が、がん研究にもある。医薬品を評価するFDA(食品医薬品局)の間違った基準が先なのか、薬をテストする製薬会社の不完全な実験モデルが先なのか? 薬の開発の初期段階においては、欠点だらけの動物実験の結果から研究者はその薬が人間の腫瘍にも効果があるであろうと間違った考えをもたらす。 さらに、最後の段階の臨床試験において、FDAが有効性を評価する指標としてがんの縮小率を採用している。 マウスや人間の腫瘍が縮小するのを見て、薬がそのような効果をあげていることを知るのは刺激的である。腫瘍が縮小するのは直感的に良い現象だと思う。 したがって、腫瘍の縮小率が多くの臨床試験における評価基準となることは不思議では無い。 しかし、腫瘍の縮小はそれだけでは、実のところ、がんがさらに進行するという予兆にすぎない。 抗がん剤や放射線で腫瘍が縮小すれば、手術で切除しやすくなる。しかし、がん細胞を完全に取り除くことができなければ、腫瘍の縮小は生存の確率を高めるものでは無いという悲しい事実がある。 多くのがんは、診断されたときにはぶどうの実ほどの大きさになっており、そのがん組織の中には数十億個のがん細胞が存在する。 そしてがん組織が見つかるころには、すでに一部のがん細胞は原発巣から離れて血液やリンパの流れに乗って全身に転移している。 この転移が多くのがん患者の死亡原因となっている。 それで、がん研究者はこの油断ならない現象について何年も研究してきているだろうと思うかもしれないが、事実は全くその逆である。 フォーチュン誌は、1972年まで遡って国立がん研究所の助成金について調べたが、転移に関する研究を主にしている申請は全体の0.5%未満がであることが明らかになった。昨年助成金が与えられたおよそ8900の研究申請のうち、92%は転移という言葉すら含まれていなかった。M.D.アンダーソンがんセンターのフィドラー(Josh Fidler)によれば、がん研究者は転移に関する研究を避ける傾向にあり、その理由は難しく、非常に成果の上げにくい分野だからであり、代わりに、研究者は、実験室で測定可能な結果を生むとわかっている技術や手段に集中する。 製薬会社もがんの死亡の直接原因である転移のメカニズムの解明や、転移を防ぐ薬の開発は困難であることを十分に知っているので、腫瘍の縮小(これはがん患者の生存とは関係ない)に集中するのである。そして、腫瘍の縮小で評価された新薬が数多く認可されている。 2003年8月に発表されたBritish Medical Journalの論文は、最近発売された新薬に対して手厳しい評価を与えている。1995年から2000年の間にヨーロッパで承認された12の新しい抗がん剤の臨床試験の結果を、2人のイタリアの薬学者が検討している。これら12の薬のどれも、生存期間や生活の質や安全性において、それまでの薬と比べて優れた面が無いことを明らかにしている。 しかし、これらの新薬はそれまでの薬よりも数倍も値段が高く、中には価格が350倍のものもあった。 【なぜ新薬は私たちを失望させるのか】 新薬開発における欠点だらけの実験モデル。腫瘍縮小率へのこだわり。細胞内の細かい分子メカニズムだけに注目し、体全体の働きに対する視点の欠いた要素還元主義。 基礎研究から臨床試験を経て行われている新薬開発のシステムには、このような多くの問題点がある。このような欠点だらけのプロセルが、新薬が国から認可される唯一の方法であることに、多くのがん患者は不満を感じている。 2003年2月、がん研究の専門家から構成される委員会は、「臨床試験は時間がかかり骨が折れる仕事であり、様々な規則に縛られ、大きな変化やより良い財源も無い。このような臨床試験のシステムは非効率的で、鈍感で(目的を正当に達成せず)、不当に費用がかかる」と結論づけています。 この臨床試験のプロセルが利益にならないとがん患者は知っているので、成人のがん患者の97%は臨床試験に参加したがらない。 臨床試験には2つの大きな問題点がある。 まず第一に、臨床試験は長い期間と莫大な費用がかかるということは、その臨床試験を実施する製薬企業は、FDA(食品医薬品局)に認可されやすい薬の開発を優先する。株主は企業に投資に対する見返りを求めている。したがって、臨床試験を行う企業は、失敗しやすい画期的な新薬の開発でなく、従来の薬を少し改良しただけの成功する率の高い薬の開発を優先している。つまり、新薬の開発のために要する、平均12~14年の期間と8億ドルもの費用のため、勇気のある新しい発想による画期的な新薬を開発するリスクを受け入れがたくなっている。 さらに、このシステムは、最も有望な新薬を、病気の進行した患者にテストすることを製薬企業に求めている。この場合、病気を治すことではなく、「腫瘍を縮小させる効果」など特定の活性を評価する方が簡単である。 進行したがん患者では、がん細胞は全身に広がり、がん細胞の遺伝子変異も多くなって悪性度が高まっている。早期のがん患者には効果が期待できる薬も、進行がんでは効果が出にくくなっている。 第2の問題点はさらに大きい。臨床試験は間違ったゴールに向かって行われている。つまり、病気を治す(生命を救う)というゴールではなく、科学的に正しいことを目標にしている。 これは臨床試験が悪い治療だという意味ではない。臨床試験の患者は特に良い治療を受けている。 しかし、臨床試験が行われる真の理由は「治療Xは治療Yより勝っているか?」という仮説をテストすることにある。そして多くの場合、非常に長い期間かかって得られた結果は大した利益をもたらさない。 もし、10年以上かかって、既存の薬によるスタンダードな治療に比べて新しい薬の腫瘍縮小率が平均10%高いということが判っても、それで何人の患者を救えることになるのだろうか。 大腸がんの治療薬としてErbitux(エルビタックス)とAvastin(アバスチン)が2月に認可された。 それぞれ、臨床試験に必要な患者を集めるだけで何ヶ月もかかった。 臨床試験に参加する医師は難解な事前に設定されたプロトコールに従って薬を患者に投与し、多くのデータを集める。 約400例の末期の大腸がん患者に対して、標準の抗がん剤治療にアバスチンを併用すると、平均4.7ヶ月の延命効果が認められた。(その前に行われた乳がんの臨床試験では有効性は認められなかった。) この臨床試験で対象になったような進行した大腸がんの生存期間は16ヶ月以下であるので、4.7ヶ月の延命効果は十分な有効性だと多くのがん専門家は考えている。 エルビタックスの場合はどうだったか。確かに、腫瘍を縮小させる効果は認められた。しかし、患者の生存期間を伸ばす効果は認められなかった。一部の患者では薬の効果が認められたが、平均の生存期間は向上しなかった。 しかし、エルビタックスは、他の治療薬の効果が認められなくなった後に使用するサードラインの治療薬として認可された。1週間に2400ドルも費用がかかる薬である。 人間での試験の初期の段階で医師や研究員がすでに知っていた「どちらの薬も、大腸がんで亡くなる年間57000人のうちごくわずかしか救うことができない」という事実を確認するために、数千人の患者と数年の期間と、膨大なデータと莫大な費用がかかったということを思い出さなければならない。 |
医学や科学の輝かしい進歩によって、心臓病や脳卒中など多くの病気の死亡率が低下し、検査法の進歩によってがんの早期発見も増えています。早期発見の増加によって、がんの治癒率はみかけ上は良くなっています。
しかし、がんで死亡者数は減ってはおらず、進行がんの治療に関してはあまり進歩が無いと言わざるを得ません。
その理由としてこの記事の内容は参考になります。
腫瘍の縮小率は生存期間の延長とは無関係ということは良く知られています。腫瘍縮小率へのこだわりや、細胞内の細かい分子メカニズムだけに注目した要素還元主義的な方法論について、リーフ氏は疑問を投げかけています。
また、製薬会社の利益追求が、がんのメカニズムや抗がん剤開発の最強の推進力であることは間違いありません。
QOL(生活の質)の改善を目指しながら、体全体の治癒力や抵抗力を高めてがんとの共存や延命を目標にする漢方治療の考え方や方法論があまり注目を浴びないのは、このようながん研究の体質にあるのかもしれません。
(文責:福田一典)
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