225)『新しい漢方がん治療』:(その2)

図:複数の生薬を煮出した煎じ薬に、抗がん作用が知られている天然成分(レスベラトロール、オレアノール酸、カフェ酸フェネチルエステルなど)を加えることによって、抗がん作用を強めることができる。


 225)『新しい漢方がん治療』:(その2)


 前回(224話)は、中国医学や漢方医学で伝統的に使用されてきた薬草(生薬)だけに固執せず、他の伝統医療や民間療法や健康食品として使用されている薬草・ハーブや抽出・分離した薬効成分などを利用すると、より効果の高い漢方がん治療が実践できるという観点から、銀座東京クリニックで実践している『新しい漢方がん治療』について紹介しました。
近年、抗がん作用を有する薬草から活性成分が抽出・精製されて比較的安価に販売されるようになりました。このような薬草由来の天然成分を漢方煎じ薬に添加することの意義について、もう少し考察します。

【漢方がん治療の基本は扶正培本と去邪】
がんの漢方治療の目標は大きく分けて2つあります。体の自然治癒力(体力や免疫力や回復力など)を強化することと、がん細胞を死滅させる(あるいは増殖を抑える)ことの2つです。
人間の正常な生理機能を維持し、外部からの病邪(病気を引き起こす原因)に抵抗する自然治癒力(抵抗力や回復力など)や生命力を漢方では「正気(せいき)」と言い、この正気を強化する治療法を「扶正培本法」と言います。扶正(ふせい)」というのは、「正気(せいき)を扶(たす)ける」という意味で、「培本(ばいぽん)」とは正気を生み出す元を強化することです。すなわち、扶正培本法とは、体内の正気を助けてこれを強め、正気を生み出す元を強化することであり、全ての病気に対する漢方治療の基本です。
一方、病気の根本原因のがん細胞は「病邪」ということになり、がん細胞(=病邪)を取り除く治療法を「去邪法」といいます。(「去」は「示の横に去」)
がんの漢方治療においては、がん細胞(病邪)を除去する「去邪法」と、体の抵抗力(正気)を強化する「扶生培本法」という二つの戦術的方法をバランスよく応用することが基本となります。
抗がん剤治療と併用するときは扶生培本法を主体にし、がんを攻撃する治療を行っていないときは、抗がん作用の強い生薬を多く加えた去邪法の比率を高くします。
(扶正培本法と去邪法については196話参照)
さて、漢方治療というのは、複数の生薬を組み合わせて、熱水で煎じて(煮出して)できた煎じ液を服用します。煎じ薬の中に様々な薬効成分が含まれていて、それが体の治癒力を活性化したり、がん細胞の増殖を抑える効果を発揮します。
しかし、煎じた液体を服用するので、摂取できる薬効成分の量には限界があります。生薬を煎じる場合には、生薬の重量の10~20倍の水を加えて煎じます。一方、1日に飲める煎じ薬の量はどう頑張っても1リットルが限界です。
例えば、生薬200グラムに水を2リットル加えて、半分まで煮詰めて1リットルにして1日3回に分けて服用するのが限界かもしれません。この場合、生薬200グラムが1日の限界に近いと言えます。実際は1日1リットルも飲めない人がほとんどですので、1日の生薬の量はもっと少なくするしかありません。そうなると、摂取できる薬効成分に限りがあることになります。
体の治癒力を活性化するには適度な刺激の方が良く、過度な刺激はかえって免疫細胞の疲弊や臓器の負担を高めて、逆効果になることもあります。したがって、高濃度の薬効成分は必要ないため、扶正培本の目的だけであれば、通常の漢方薬だけで十分な効果が期待できます。第14話参照)
しかし一方、がん細胞の増殖を抑えたり死滅させる効果においては、通常の漢方薬だけでは力が弱いと言わざるを得ません。がん細胞を死滅させるような抗がん成分を持った薬草を煎じ薬に使うときでも、その抗腫瘍効果は用量依存的であるため、大量の生薬を煎じた漢方薬を服用しないと効果は期待できません。大量の煎じ薬を服用するのは大変です。そこで、がん細胞を攻撃する目的での漢方薬の作成には、生薬から抽出された抗がん成分を利用するという方法が役立つ可能性があります。


【抗がん成分を利用した漢方治療】
生薬から活性成分を抽出してそのまま服用する方法にはメリットとデメリットがあります。メリットは、薬効が出る十分な量を服用できることです。デメリットは、精製することによって、腸管からの吸収が悪くなるなど生体利用率(バイオアベイラビリティ)が低下する場合があることです。
食品成分や薬草やハーブからがん予防成分を抽出・精製して、サプリメントや薬剤として開発することが盛んに試みられています。例えば、ウコンに含まれるクルクミン、緑茶に含まれるエピガロカテキンガレート、大豆に含まれるイソフラボン(ゲニステインなど)、赤ワインに含まれるレスベラトロール、プロポリスに含まれるカフェ酸フェネチルエステル、アブラナ科植物に含まれるスルフォラファングルコブラシシン(抗がん作用のあるインドール-3-カルビノールやジインドリルメタンを生成)、ブドウに含まれるプロアントシアニジン、様々な植物に含まれる五環系トリテルペノイド(オレアノール酸、ウルソール酸など)などが、抗がん作用のあるサプリメントとして注目されています。(183話参照)
このような成分はがんの予防や治療に有効ですが、食品や漢方薬から摂取しようとしても、薬効が期待できる量を摂取することが困難な場合もあります。
例えば、レスベラトロールを多く含む赤ワインでも、レスベラトロールは1リットルで数10mgしか含まれていません。臨床試験の結果などから、レスベラトロールの抗がん作用を期待するには1日1グラム以上が必要なので、食品からの摂取は困難です。
緑茶には約10%のカテキンが含まれているので、緑茶を1日10杯くらい服用すると、抗がん作用を期待できるカテキンを摂取できますが、カテキンの腸管からの吸収は極めて低いので、緑茶のエピガロカテキンガレートがどの程度がん治療に効果が期待できるか議論があります。いずれにしても、抽出精製すると、これらの成分の腸管からの吸収が悪くなることが知られています。
そこで、このような精製した成分をがん治療に利用する際には、腸管からの吸収を良くして生体利用率を高める方法が必要になります。腸管からの吸収を良くする方法としてシクロデキストリンが有効であることを210話で紹介しています。
また、生薬に含まれるサポニンなどが水に不溶性の成分の溶解度を高め、生体利用率を高めることも知られています。したがって、煎じ薬として一緒に煎じると、抽出精製した水に不溶な成分の生体利用率を高めることができます。
たとえば、白花蛇舌草や夏枯草に含まれる抗がん成分として研究されているオレアノール酸やウルソール酸などの五環系トリテルペノイドは、がん細胞の増殖抑制やアポトーシス誘導など様々な抗がん作用と、肝臓障害を予防する効果などが報告されています。中国では、肝障害の薬としても使用されていますが、オレアノール酸はサプリメントの原料として比較的安価に販売されています。
白花蛇舌草や夏枯草に含まれる抗がん成分はオレアノール酸だけでは無いのですが、白花蛇舌草や夏枯草を煎じた漢方薬に、さらにオレアノール酸を加えると、抗がん作用を強化することができます。
生薬だけで抗がん作用のある煎じ薬を作る場合は、1日に数100グラムの抗がん生薬を煎じないと、十分な抗がん成分を摂取できません。しかし、前述のように数100グラムの生薬を使った煎じ薬は数リットルになるため飲むのが大変です。
負担なく服用でき、煎じ薬の抗がん活性を高める目的で、精製されたオレアノール酸やレスベラトロールやカフェ酸フェネチルエステルなどを利用することは有用だと思います。
この際、生薬と一緒に煎じると、他の成分との相互作用によって溶解度を高め、生体利用率や薬効を高めることができます。あるいは、煎じ薬とは別に、これらの成分とシクロデキストリンを混ぜた水溶液を作成し、溶解性と腸管からの吸収性を高めて、漢方薬と一緒に服用するという方法も可能です。
天然物から精製した抗がん成分は、水に不溶であったり、生体利用率が低いので、それだけ粉末で摂取してもあまり効果が期待できません。漢方煎じ薬やシクロデキストリンを利用すると、これらの抗がん成分の利用率も高まり、抗がん作用を高めることができます。
がんの漢方治療も、治癒力を高める扶正培本だけであれば、通常の漢方薬で十分に目的を達成できますが、がん細胞の増殖を抑えたり、抗がん作用を強化する目的では、抽出・精製した成分を添加する方法が必要だと思います。このような方法によって、体力や免疫力や治癒力を高める「扶正培本法」と、がん細胞を死滅させる「去邪法」の2つの目的を強化した抗がん漢方薬を作ることができます。


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