224)『新しい漢方がん治療』の提案

図:中国医学や漢方医学で伝統的に使用されてきた薬草(生薬)だけに固執せず、他の伝統医療や民間療法や健康食品として使用されている薬草・ハーブや抽出・分離した薬効成分などを利用すると、より効果の高い漢方がん治療が実践できる。


 224)『新しい漢方がん治療』の提案


 【がんの漢方治療には多様な考え方がある】
漢方がん治療」というのは、「漢方薬を用いたがん治療」のことです。「漢方がん治療」という特別な用語がある訳ではありません。私が2001年にがんの漢方治療に関する一般向けの書籍を主婦の友社から出版したとき、そのタイトルを「からだにやさしい漢方がん治療」としました。それ以来、私は「漢方薬を用いたがん治療」を「漢方がん治療」と呼んでいます。
漢方がん治療の主な目的は、1)抗がん剤や放射線や手術など標準治療の補完(副作用軽減、合併症の予防、低下した体力や免疫力の回復促進、抗腫瘍効果の増強など)、2)末期がん患者の症状緩和や延命を目的とした代替医療、3)がん治療後の再発予防の3つです。
「抗がん作用のある漢方薬」あるいは「がん治療に役立つ漢方薬」を私は「抗がん漢方薬」と呼んでいます。抗がん漢方薬は、食欲や体力や免疫力を高める生薬や、抗がん作用のある生薬などを組み合わせて作ります。体の治癒力や回復力を高めるためには、胃腸の状態や血液循環や新陳代謝を良くする必要があります。冷えがある場合は、冷えを改善することが治癒力を高めることになります。抗炎症作用や抗がん作用をもつ成分は、がん細胞の増殖や悪性化の抑制に役立ちます。
このような目的のために、複数の薬草(生薬)を組み合わせて作成した「漢方薬(中医薬)」を用いるのです。症状や治療の状況に応じたオーダーメイド(テーラーメイド)の漢方処方は、中医学の「弁証論治」を基本にしながら、生薬成分の薬効に関する科学的知識の活用も大切です。その意味では、「傷寒論」などの中医学や漢方の古典書物(文献)の記述に固執する必要は無いと考えています。
中国医学では4000年以上の歴史の中で、薬草の薬効や利用法を経験的に見つけ、その知識が蓄積されてきました。複数の生薬を組み合わせることによって薬効を高め、あるいは新たな薬効を作り出し、さらに副作用を軽減するノウハウを蓄積し、有名な処方が伝えられてきました。
例えば、元気(生命エネルギー)や体力を高める目的では、単に高麗人参や黄耆や甘草などをそれぞれ単独で用いるより、それらを組み合わせた処方(例えば補中益気湯や十全大補湯など)が個々の生薬の薬効の相乗効果によって体力増強効果を高めることができます。
また、気や血や水(津液)を補う補法を行うときは、それらの巡りが悪いとき(気滞、お血、水滞)は、その程度に応じて巡りを良くする生薬(理気薬、駆お血薬、利水薬)を併用することが大切であり、巡りを良くすることによって補剤の効き目は良くなります。
気・血・水の巡りが悪いときに、気・血・水の量を増やすだけの漢方処方を服用すると病状や症状を悪化させることがあります。体を元気にするつもりががんを元気にしてしまうことになるのです。
抗がん剤治療による副作用(食欲や体力や免疫力の低下)を軽減するためには、胃腸粘膜や骨髄やリンパ組織のダメージの回復を促進する必要があります。そのためには、元気(生命エネルギー=「気」)を高める生薬(補気薬)、造血機能を高める生薬(補血薬)、血液循環や新陳代謝を良くしてダメージを受けた組織の修復を促進する生薬(理気薬・駆お血薬・利水薬)など、薬効の異なる複数の生薬を組み合わせることが必要です。
漢方治療が他の健康食品と異なるのは、複数の生薬を組み合わせて薬効を高めるノウハウを4000年に及ぶ臨床経験の中で蓄積してきた点にあります。
ただ、中医学や漢方医学におけるがん治療の考え方には、いくつもの「流派」のようなものがあります。中医学の理論の発展の歴史をみると、たえず新しい流派ができては百家争鳴が続いています。
西洋医学でも、「抗がん剤治療は受けてはいけない」という意見や、「低用量の抗がん剤治療」を推奨する意見など、異なる考え方があるのと同じです。免疫療法でも、「抗がん剤治療が免疫力を低下させるので免疫療法と抗がん剤治療の併用はできない」という意見がある一方、「抗がん剤治療で低下する免疫力を補うために免疫療法を併用する」という意見もあります。
がん以外の病気の漢方治療でも、流派によって処方が全く異なる場合があります。病気の原因を攻撃する「瀉法」を重視にする流派や、体の治癒力や抵抗力を高める「補法」を基本にする流派もあります。
がんの漢方治療でも、血液浄化や血液循環を良くする作用をもつ「駆お血薬(活血化お薬)」や、抗炎症作用や抗がん作用をもつ「清熱解毒薬」を重視する考え方が一般的ですが、しかし一方、がんは「寒毒」であり、冷え(陽虚)の改善が最も重要だと考える流派では、冷やす作用(解熱作用)がある清熱解毒薬を使用してはいけないと主張しています。
この違いは、がん治療における非ステロイド性抗炎症剤(NSAID)に対する考え方の違いと似ています。シクロオキシゲナーゼ-2(COX-2)ががんの発生や進展に関与しているため、COX-2阻害剤(celecoxibなど)ががんの予防や治療に役立つという報告が多数あります。COX-1とCOX-2を阻害するアスピリンを常用している人は大腸がんや乳がんの発生率が低下するという疫学データがあります。したがって、がん予防の研究領域では、NSAIDはがんの予防や治療に有用な薬と一般的に考えられています。
しかし一方、非ステロイド性抗炎症剤は解熱作用があって体を冷やして治癒力を低下させるので、がん患者には禁忌だという意見も根強くあります。「体を温めればがんが治る」という考えを重視しているグループでは非ステロイド性抗炎症剤の使用に反対しています。
NSAIDは炎症に伴って産生されるプロスタグランジンの産生を阻害することによって、発熱している場合には解熱作用を発揮しますが、平熱の場合にはさらに体温を低下させる作用はありません。したがって、NSAIDが体の治癒力を低下させるという考え方の科学的根拠は乏しいのですが。その可能性を完全に否定する根拠もありません。
ただ、私の考えとしては、がんの発生や悪性進展と慢性炎症との関連は密接であり、がんの病理学や分子生化学の知識を元にすると、がんを単純に「寒毒」とみなす意見には賛成しません。全身的には冷え(寒毒)が治癒力を低下させてがんの発生や進展を促進する作用を持ちますが、がん組織自体は、慢性炎症状態であり、熱をもっていると理解する方が妥当だと思っています。がん組織では物質代謝が促進しており、炎症性サイトカインの産生が亢進し、NF-kBやAP-1などの細胞増殖を促進する転写因子が活性化しており、がん組織自体は「寒」ではなく「熱」と考えています。「寒」は代謝の沈滞を示唆し、「熱」は代謝の亢進を示唆するので、やはりがん組織は寒とは言いにくいと思います。抗がん剤治療や放射線治療でがん細胞や正常細胞を死滅すると、その部分では炎症が起こっています。炎症は風邪や肺炎などと一緒で「熱毒」と考えるべきだと思います。
したがって、清熱解毒薬に含まれる抗炎症作用や抗がん作用のある成分はがん治療において有用(必要)だと思います。もし冷え(陽虚)が問題になるようだと、冷えを改善する補陽薬(附子、桂皮、乾姜、呉茱萸など)や「温」の性質をもった駆お血薬(当帰、川きゅう、延胡索、莪朮など)を多く併用すれば解決すると思います。
つまり、折衷案ですが、実際に私が行っているがんの漢方治療でも、抗がん作用を目的に清熱解毒薬を多く使うと同時に、体の冷えや物質代謝の沈滞を改善する目的で桂皮・乾姜・当帰・川きゅう、延胡索、莪朮、附子などを併用する頻度が極めて高いのが現状です。これはがん患者さんが冷えや代謝の沈滞(=陽虚)を根本的に持っているからで、その改善が治癒力を高める上で必要だからです。
この場合、補陽薬の作用を清熱解毒薬が相殺することはありません。寒熱に対する作用機序が異なるからです。清熱解毒薬は抗炎症作用によって炎症や熱がある場合に解熱作用を示しますが、補陽薬は代謝や血液循環を高めて温熱作用を示すので、効果の相殺はされません。つまり、清熱解毒薬の抗炎症作用や抗がん作用を利用しながら、体の冷えを改善することはできるのです。
がんの漢方治療においては、漢方的な考え方だけでなく、西洋医学(病理学や薬理学や生化学など)の知識も取り入れながら、フレキシブルに処方を考えるのが良いと思います。


【抗がん作用を強めるためには生薬だけに固執しない方法も必要】
臨床経験に基づいた生薬や漢方処方の知識は、昔から使われてきた生薬に限定されることになります。漢方薬の処方内容は、中国で4000年以上の歴史の中で発展してきたため、使用される生薬も中国で古くから使用されているものに限られます。つまり、「漢方がん治療」も基本的には、古くから使用されてきた生薬を使った漢方薬が主体になります。中国では、何千という生薬が使われていますが、日本では、そのうち代表的な数百のものが主に用いられています。
しかし、古くから使用されてきた生薬だけを用いた漢方薬の処方では、進歩が無いと言わざるを得ません。西洋医学によるがんの標準治療が日々進歩していることを考えると、昔ながらの理論や経験や古くからある生薬だけに固執していると古くさい医学になってしまいます。漢方がん治療も進歩する必要があります。
例えば、中国医学以外の伝統医学や民間療法で使用されている薬草の中には、薬効の優れたものもあります。そのような薬草やハーブを漢方薬の処方に加えてみることは有用です。そのような薬草やハーブとして、私ががんの漢方治療に実際に利用しているものとして、アーユルヴェーダ医学で滋養強壮作用と抗がん作用が知られている「アシュワガンダ」、肝細胞を保護し肝障害を軽減するハーブとしてヨーロッパで使われている「ミルクシスル」、抗がん作用のあるキサントンを含む「マンゴスチン果皮」、抗がん作用のあるコルジセピンを多量に含む「サナギタケ」などがあります。
最近は薬草やハーブから活性成分を抽出して比較的安価に販売されています。例えば、赤ぶどうの皮や赤ワインに多く含まれるレスベラトロールについては前回(223話)と前々回(222話)に紹介しましたが、抗がん作用や寿命延長作用などが報告されています。
赤ワインに多く含まれているといっても、赤ワイン1リットル当たり数mgで、薬効を期待できる1日数百mgから数グラムを赤ワインから摂取することは不可能です。しかし、98%以上の純度で抽出精製されたレスベレラトロールが、1グラム当たり数十円(1kg当たり数万円程度)でサプリメントの原料として販売されています。このような抽出されたレスベラトロールを使って1日数100mgを摂取すると、レスベラトロールの抗がん作用や寿命延長効果が期待できます。
ただし、レスベラトロールだけを服用しても、あまり効果が期待できないという報告があります。その理由は、腸管からの吸収が悪いことや、血中に吸収されても、肝臓などで代謝(糖が付いて不活性化される)されてしまうからです。しかし、レスベラトロールと他のフラボノイド(ケルセチン)やカテキンとの併用だと、レスベラトロールが低濃度でも、これらの相乗効果で強い抗がん作用を示すことが報告されています。したがって、フラボノイドやカテキンが豊富な漢方薬に、抽出したレスベラトロールを加えてみる価値はありそうです。
レスベラトロールは水に極めて溶けにくいのですが、これを溶けやすくする方法として、ガンマシクロデキストリンがあります。223話で紹介したように、ガンマシクロデキストリンで包接すると、レスベラトロールの溶解度と腸管からの吸収効率を高めることができます。
また、他の生薬成分の中にはサポニンなど水に不溶性の成分を溶かしやすくする成分も豊富に含まれています。したがって、レスベラトロールのように抽出した成分で、水に溶けにくいものでも、ガンマシクロデキストリンや他の生薬成分(サポニン)などを利用すれば、生体利用率(バイオアベイラビリティ:bioavailability)を高めることができ、さらに、他のフラボノイドやカテキンやアルカロイドやトリテルペノイドなどの薬効成分との相乗効果で、強い抗がん作用を得ることができるのです。
生薬やハーブから、がん治療に有用な成分が見つかっています。たとえば、牛蒡子や花椒に含まれる抗がん成分のバイオアベイラビリティを高める目的でもガンマシクロデキストリンを利用すると抗がん作用を強化することができます。がんの漢方治療に使う生薬の量は多くなりがちですが、生薬の量が多くなれば水の量も増やす必要があり、煎じ薬の量が多くなって飲むのが大変です。抽出効率を高めて、煎じる生薬の量を減らす工夫(生薬を粉砕する、抽出成分を利用など)も必要かもしれません。
「漢方薬の原料は天然の生薬だけ」という固定概念に縛られる必要は無いと思います。料理でも、味の素(グルタミン酸ナトリウム)やうまみ成分(イノシン酸ナトリウム)や味醂(みりん)や味噌(みそ)のような抽出物や合成物や加工したものを利用すると、味や栄養価を高めることができます。同様に、漢方薬の薬効を高めるために、薬草から抽出した成分や加工した製品を利用することは有用です。
また、漢方治療だけでなく、薬効が証明されたサプリメントや天然成分を併用すると、さらに漢方がん治療の効果を高めることができます。
このような観点から、銀座東京クリニックでは、通常の生薬(中国産や国産)以外に、海外の薬草やハーブ(アシュワガンダなど)や抽出した成分(レスベラトロールなど)を加えた「抗がん漢方薬」を作成して治療に使っています。
さらに、抗がん作用が報告されている天然由来成分のサプリメント(キサントン、ジインドリルメタン、アルテミシニン誘導体など)や、その他の治癒力や抗がん力を増強するサプリメントや医薬品(メラトニン、低用量ナルトレキソン療法、アルファリポ酸など)などを併用すると、さらに抗がん作用を高めることができます。このような根拠のある複数の代替医療を組み合わせることによって、治療後の再発をほとんど完全に抑えることが可能になり、進行がんでもがんとの共存や縮小効果によってかなりの延命効果を得ることができます。
つまり、古くから使われている生薬を組み合わせた伝統的な漢方治療だけに縛られずに、新しい薬草や抽出した天然成分などを利用してフレキシブルに薬効を高まることを追求することが、新しい漢方がん治療になると思います。


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