がんの予防や治療における漢方治療の存在意義を考察しています。がん治療に役立つ情報も紹介しています。
「漢方がん治療」を考える
255)がん性疼痛と漢方治療
図:がんが増大すると神経や骨に浸潤して耐え難い痛み(がん性疼痛)が発生する。がんを縮小させる治療(放射線治療や抗がん剤)や鎮痛剤(非ステロイド性抗炎症剤やオピオイド系鎮痛剤)によって痛みを軽減する治療が行われる。漢方薬には鎮痛作用をもった成分による鎮痛効果の他、抵抗力と体力を高め体調を良くする効果などによって痛みを軽減する。抗炎症作用やがん細胞の増殖を抑える効果もある。さらに抗がん剤や放射線治療や鎮痛薬の副作用軽減にも効果を発揮する。痛みのコントロールや緩和ケアにおいて、漢方治療は様々な有用性を持っている。
255)がん性疼痛と漢方治療
【末期がん患者の7割以上ががん性疼痛に苦しんでいる】
がんが小さいうちは痛みはほとんど問題になりませんが、がんが大きくなると痛みの原因となります。
がん細胞そのものが痛みを発するわけではなく、がん細胞が増殖するために組織・臓器の内圧が上昇したり、近隣の組織や臓器に圧迫や浸潤して痛みが発生します。特にがん細胞が神経に浸潤したり骨に転移すると強い痛みが起こります。
末期がんになると、多くの患者さん(7割以上)でがんによる痛み(がん性疼痛)が問題になります。強い痛みが続くと夜ねむれなくなり、食欲が低下し、精神的にも不安定になったりします。
末期がんの緩和医療の基本は、痛みの軽減になります。がん性疼痛を緩和する手段は、疼痛の根本原因であるがん組織を縮小させることと、痛み止めの薬をつかって痛みを緩和することになります。
例えば、骨に転移したがん組織の部分に放射線照射を行うと、がん細胞が死んで痛みが軽減します。抗がん剤治療が効いて腫瘍が縮小すると痛みも軽減してきます
がん細胞を取り除けないときは、非ステロイド性消炎鎮痛剤(NSAIDS)や、モルヒネなどの麻薬性鎮痛剤を使って痛みを緩和します。
非ステロイド性消炎鎮痛剤は、炎症や痛みを引きおこすプロスタグランジンを合成するシクロオキシゲナーゼ(COX)を阻害することによって鎮痛作用を現します。麻薬性鎮痛剤は、神経線維を通じて脳まで達した痛みの信号を止めることによって鎮痛効果を発揮し、鎮痛効果の強さによって使い分けられます。
場合によっては、抗うつ薬や鎮静薬、副腎皮質ステロイドなどを併用して痛みを緩和します。
【がん性疼痛の緩和に漢方治療が役立つ】
がん性疼痛の軽減を目的とした漢方治療については日本ではほとんど研究されていませんが、漢方治療(中医学)の本場の中国や台湾では、がん性疼痛の治療における漢方治療の有効性を検討した臨床試験が多数行われています。それらの報告によると、1)漢方薬(中国では中医薬)は、それ単独でも西洋薬と匹敵する鎮痛効果を発揮する、2)漢方薬(中医薬)は西洋医学の鎮痛剤の副作用を緩和し効果を高める、3)西洋薬の鎮痛剤と漢方薬(中医薬)の併用は安全に行える、という結果が得られています。
例えば、以下のような論文があります。
Effectiveness of Taiwanese traditional herbal diet for pain management in terminal cancer patients.(末期がん患者の疼痛コントロールに対する台湾の伝統的薬膳の有効性)Asia Pac J Clin Nutr. 2008;17(1):17-22.
【要旨】台湾では多くのがん患者が、西洋医学の標準治療に加えて漢方薬で治療を受けたり、伝統的な薬膳(薬草を使った食事)による治療を受けている。この論文では、台湾の伝統的な薬草を使って食事(Taiwanese traditional herbal diet:薬膳のような食事)の末期がん患者の痛みに対する効果を、様々な進行がん患者2466例を対象に検討した。
末期がん患者の症状として、耐え難い痛み(79.2%)、体力低下(69.0%)、食欲低下(46.4%)、発熱(36.5%)、呼吸困難(31.1%)、下肢浮腫(30.9%)であった。2466例の末期がん患者をランダムに次の3つのグループに分けた。
(1)台湾伝統薬膳グループ(1044例):鎮痛効果を目的とした漢方薬(芍薬と甘草を1:1)と、台湾伝統の滋養強壮スープ(百合の根、蓮の実、ナツメ)を摂取。
(2)通常の病院食(909例)(3)コントロール群(513例)
それぞれの食事を7日間摂取し、痛みの程度を評価した。
薬膳を摂取したグループでは、痛みの程度が他のグループと比べて、統計的に有意に低下した。
この研究は、台湾で最もレベルの高い国立台湾大学醫学院附設醫院(National Taiwan University Hospital)からの報告です。芍薬と甘草の2種類からなる芍薬甘草湯(しゃくやくかんぞうとう)は日本でも痛みの軽減効果があることが多くの研究で報告されています。さらに滋養強壮効果のある漢方薬や食事は痛みの軽減にプラスになることをこの研究は示しています。つまり、西洋医学と伝統医学(ハーブ治療)の併用は相乗効果で末期がん患者の痛みを軽減し、QOLを高める効果が期待できます。
Chinese herbal medicine for cancer pain.(がん性疼痛に対する中医学治療)Integr Cancer Ther. 2007 Sep;6(3):208-34.
【要旨】目的:がん性疼痛に対する中国伝統医学の使用に関する臨床試験の状況をまとめた。
方法:がん性疼痛の治療における中国伝統医学の使用に関する1986年から2006年の間に報告された臨床試験の論文(英語あるいは中国語)を調査し、該当する論文は115編あった。
結果:がん性疼痛の軽減を目的とした様々な中国伝統医学の治療法(外用薬、経口薬、注射薬、吸入薬、など)が行われている。115の臨床試験のうち41はランダム化比較臨床試験で、西洋薬の鎮痛剤との比較やプラセボとの比較などであった。これらの臨床試験の結果より、(1)中医学によるハーブ治療はがん性疼痛のコントロールに有効で、その効果は西洋薬の鎮痛剤に匹敵する、(2)中医学によるハーブ治療は西洋医学の鎮痛剤の副作用を軽減する、ということが示唆された。
結論:中国伝統医学(中医学)はがん性疼痛のコントロールに有効で、比較的安全で副作用は少ない。
中国では中西医結合といって、西洋医学の治療と伝統医学の中医学の治療の併用が盛んに行われています。がん性疼痛のコントロールにおける中医学のハーブ治療の有効性を検討する臨床試験が数多く実施されており、多くの臨床試験がハーブ治療の有用性を報告しています。
【痛みに対する漢方治療】
がんを縮小させたり痛みを取る作用は、西洋薬に比べると漢方薬は弱いと言わざるを得ません。しかし、生薬の中には鎮痛効果の高い成分を含むものもあります。
例えば、アスピリンは柳の樹皮の鎮痛作用の研究から開発されました。医学の父と呼ばれるギリシャの医師ヒポクラテスは、ヤナギの樹皮を鎮痛・解熱に用いたと言われ、中世にはヤナギの樹液を煮て、その苦い煎じ湯を痛みの治療に用いていました。アスピリンと同じようにシクロオキシゲナーゼを阻害して抗炎症作用や鎮痛作用を示す成分は生薬(生姜、丹参、黄柏、ウコンなど)から多く見つかっています。モルヒネはケシの未熟果実の乳液に含まれる成分ですが、漢方薬で使用する生薬の中にも、ケシ科の薬草の中に鎮痛効果をもったものが知られています。鎮痛効果を有する生薬として以下のようなものがあります。
延胡索(エンゴサク):ケシ科のエンゴサクの塊茎で、強い麻酔作用・中枢に対する鎮静・鎮痛作用が動物実験で確かめられています。気滞やお血により生ずる様々な疼痛(胸痛・腹痛・月経痛など)に優れた効き目をあらわすといわれています。中国では鎮痛を目的とする注射薬としても使用されています鎮痛作用の活性成分としてtetrahydropalmatine等のアルカロイドが知られています。
防已 (ボウイ):ツヅラフジ科のオオツヅラフジのつる性の茎及び根茎です。オオツヅラフジは日本各地の山野で見られる藤の木の一種です。ボウイは関節浮腫、腹水などの利尿や関節痛、リウマチなどの鎮痛薬として漢方処方に配合されます。成分はシノメニン(sinomenine)を始めとするベンジルイソキノリンアルカロイドで、モルヒネと同じモルヒナン骨格をもち、鎮痛作用も生薬の中では強力です。炎症を取り除く作用もあるので関節炎、筋肉炎の急性期から、慢性期の鎮痛にまで広く用いられます。
附子(ブシ):キンポウゲ科のハナトリカブトその他同属植物の子根を加熱加工したものです。強心・末梢循環改善・代謝の亢進・脳の興奮性増大などに働いて、極度に低下した新陳代謝機能の振興剤として用います。薬理作用として、鎮痛作用、強心作用、血管拡張作用、肝臓での蛋白質生合成促進作用、抗炎症作用、抗ストレス作用、などが報告されています。 Aconitine系アルカロイドのメサコニチン(mesaconitine)はドーパミンを介し中枢性の鎮痛作用を示します。
白し(ビャクシ):セリ科の多年草ヨロイグサなどの根を用います。華岡青洲が用いた全身麻酔の通仙散にも配合されています。
川きゅう(センキュウ):セリ科の多年草センキュウの根茎を用います。頭痛、腹痛、筋肉痛、生理痛など様々な疼痛に使われています。
威霊仙(イレイセン):キンポウゲ科のサキシマボタンヅルの根です。関節痛、筋肉痛、神経痛などの痛みや手足のしびれや麻痺に使用されています。
その他にも鎮痛作用の強い生薬やその成分が多く知られています。これらを組み合わせると、西洋薬に匹敵するような鎮痛効果が期待できます。
漢方では痛みを気血水で説明し、その異常を正常化することが痛みの軽減につながると考えます。
つまり、1)気が虚したり(気虚)、気が滞ったり(気滞)して気の巡りが悪いとき、2)血が虚したり(血虚)、血が滞ったり(お血)して血の巡りが悪くなったとき、3)水が滞った場合(水滞、水毒)に痛みが発現するととらえ、そのような気血水のアンバランスを正すことによって痛みを緩和させるという考えで治療を行います。実際、気血水の巡りを良くするということは、消化管や循環器や呼吸器や内分泌などの働きを良くすることであり、体調を良くして痛みを緩和させることに寄与できます。
がん性疼痛のコントロールにおける漢方治療の役割として、体調を良くしたり、西洋薬の副作用を緩和することも重要です。
モルヒネの副作用には吐き気・嘔吐、ねむけ、便秘などがあり、これらの症状を緩和する西洋薬がありますが、漢方治療で穏やかに副作用を緩和させることも可能です。漢方的に体調を良くすることは鎮痛薬だけで緩和できない痛みを軽減することができます。
西洋薬の鎮痛剤を主体にしながらも、漢方治療で諸臓器の働きを良くし、さらに鎮痛作用をもった生薬を利用することによって、がん性疼痛をうまくコントロールすることができます。
実際に、末期がんで漢方治療を行うと、痛みが軽減することは良く経験します。臓器機能や体調を良くすることは生活の質(QOL)を高めることなります。さらに体力や抵抗力を高め、延命効果も期待できます。
痛みのコントロールを含め、緩和医療に漢方治療は様々な有効性を発揮できるので、末期がんの緩和ケアに漢方治療をもっと利用するべきだと思います。
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