がんの予防や治療における漢方治療の存在意義を考察しています。がん治療に役立つ情報も紹介しています。
「漢方がん治療」を考える
254)アロマターゼ遺伝子の乳がん特異的プロモーターの活性を阻害する植物成分
図:アロマターゼは副腎で産生されるアンドロゲンをエストロゲンに変換する。アロマターゼはCYP 19A1という一つの遺伝子でコードされていて、卵巣、胎盤、骨、脳、皮膚、脂肪組織などで発現しているが、その発現は組織特異的なプロモーターで制御されている。乳がんに特異的なアロマターゼ遺伝子のプロモーター領域が知られており、そのプロモーター活性を阻害する天然成分が報告されている。
254)アロマターゼ遺伝子の乳がん特異的プロモーターの活性を阻害する植物成分
【抗エストロゲン剤とアロマターゼ阻害剤】
乳がんには、女性ホルモンのエストロゲンに対するレセプター(受容体)を持ち、エストロゲンの刺激によって増殖するホルモン依存性乳がんと、エストロゲン受容体を持たずにエストロゲンとは関係無く増殖するホルモン非依存性乳がんの2つのタイプがあります。
乳がんのホルモン療法というのは、ホルモン依存性乳がんに対して、エストロゲンが作用しないようにすることで乳がん細胞の増殖を抑える治療法です。
このホルモン療法剤には、エストロゲンとエストロゲン受容体の結合を阻害する薬(抗エストロゲン剤)と、エストロゲンの産生を抑える薬(LH-RHアゴニスト、アロマターゼ阻害剤)があります。
抗エストロゲン剤として使用されている薬はタモキシフェン(商品名:ノルバデックス、タスオミン)です。タモキシフェンは乳がん細胞のエストロゲン受容体にエストロゲンと競合的に結合することによって抗エストロゲン作用を示します。
LH-RHアゴニストは脳下垂体に作用して性腺刺激ホルモンの分泌を抑える作用を持ち、その結果卵巣からのエストロゲンの分泌を抑える薬で、閉経前の乳がん患者さんに使います。
閉経後は卵巣からのエストロゲンの産生は止まりますが、脂肪組織や肝臓などにあるアロマターゼという酵素が、副腎から分泌される男性ホルモン(アンドロゲン)をエストロゲンに変換するので体内でエストロゲンが産生されています。このアロマターゼの活性を阻害することによってエストロゲンの産生を低下させ乳がん細胞の増殖を抑える薬がアロマターゼ阻害剤です。
【植物成分のエストロゲン作用と抗エストロゲン作用とアロマターゼ阻害作用】
乳がんの漢方治療においては、他のがんとは異なる注意が必要です。それは、植物にはエストロゲン作用をもつフィトエストロゲンという成分が含まれている場合があるからです。フィトエストロゲンは場合によってはホルモン依存性乳がんの増殖を刺激することがあるので、注意が必要なのです。
例えば、クロ-バ-や大豆などのマメ科の植物にはフィトエストロゲンが多量に含まれていることが知られています。生薬では葛根湯(かっこんとう)に使われる葛根(カッコン:クズの根)や高麗人参や甘草などに含まれています。
レッドクローバーに含まれるフィトエストロゲンはそれを食べたヒツジなどの草食動物を不妊にするほど強力なエストロゲン作用を持っています。(246話参照)
タイやミャンマーの山岳地帯に生息するマメ科クズ属のプエラリア(Pueraria mirifica)には強力なエストロゲン作用をもつミロエステロール(Miroesterol)などの植物エストロゲンが多量に含まれており、更年期障害の緩和や美肌効果や乳房を大きくする(豊胸)目的でサプリメントとして利用されています。このような強いエストロゲン作用をもった成分はホルモン依存性乳がんの増殖を促進する可能性があります。
一方、抗エストロゲン作用をもった生薬も知られています。
夏枯草、黄蓮、霊芝などにエストロゲンの作用を阻害する作用が報告されています。また、マンゴスチンの果皮に含まれるキサントンにアロマターゼ阻害作用があることが報告されています。したがって、ホルモン依存性の乳がんの場合には、夏枯草、黄連、霊芝、マンゴスチン果皮(キサントン)を利用すると抗腫瘍効果を高める効果が期待できます。(143話参照)
さらに、最近の報告で、乳がん特異的なアロマターゼ遺伝子のプロモーター活性を阻害する植物成分が報告されています。
【アロマターゼ遺伝子と組織特異的プロモーター発現】
ヒトのアロマターゼは58kDa(キロダルトン)の蛋白で、1980年代に胎盤のミクロゾーム分画から分離されました。アロマターゼをコードする遺伝子はCYP19A1 という遺伝子で、この遺伝子は約123kbで、第15染色体短腕(15q21)に存在します。
この123kbの遺伝子の内、タンパク質をコードする領域は約30kbで、9つの転写されるエクソン(II~X)があり、転写の開始は第IIエクソンからです。エクソン(exon)というのは、DNAの塩基配列中で成熟mRNAに残る部分(タンパク質をコードしている領域)です。
第1エクソンはタンパク質をコードしない部分で組織特異的な発現を調節する複数の異なるプロモーターが存在します。つまり、アロマターゼ蛋白質をコードする領域の上流に転写を調節する複数のプロモーター領域があり、組織によっ異なるプロモーターが使われます。I.3は脂肪組織特異的、I.4は皮膚の線維芽細胞と前脂肪細胞(preadipocytes)、I.6は骨、I.fは脳、I.7は血管内皮細胞という具合です。(上図参照)
正常な乳腺組織ではCYP19遺伝子の発現はプロモーターI.4によって調節され、IL-6, IL-11、TNF-アルファ(腫瘍壊死因子アルファ)、グルココルチコイドによって影響を受けます。
乳がん組織では、CYP19遺伝子の発現はプロモーターI.3とプロモーターIIによって調節され、プロテインキナーゼAやcAMP依存性のシグナル伝達経路によって活性化されています。プロモーターI.7も乳がんに関連したアロマターゼ発現に関与している事が明らかになっています。このプロモーターの変換によって乳がん組織では、正常乳腺組織に比べてアロマターゼの発現と活性は増加し、乳がん細胞の周囲の脂肪組織におけるエストロゲン産生を亢進しています。プロスタグランジンE2はcAMP-プロテインキナーゼA依存性経路を介してプロモーターI.3とIIを活性化します。(つまり、プロスタグランジンE2は乳がん細胞のアロマターゼ産生を亢進)
乳がん組織では正常な乳腺組織より高度のアロマターゼ活性が存在します。この乳がん組織内でのアロマターゼによるエストロゲン産生が、乳がんの進展に重要な役割を果たしています。
正常な組織でのアロマターゼ活性の低下は、骨粗しょう症や肝臓の脂肪沈着、脂質代謝異常などの副作用の原因となります。したがって、正常な他の組織のアロマターゼの活性は阻害せず、乳がん組織(乳がん細胞や周囲の線維芽細胞など)のアロマターゼ活性のみを阻害する薬が理想的です。
乳がん細胞のアロマターゼ発現に関与するプロモーターI.3およびプロモーターIIの活性を選択的に阻害する薬ができれば、乳がんのアロマターゼ活性は阻害して、骨や脳のアロマターゼ活性は阻害しないため、乳がんの増殖を抑えて、副作用を防ぐことができます。
【乳がん特異的なアロマターゼ遺伝子プロモーターをターゲットにした天然成分】
アロマターゼ遺伝子のプロモーターI.3およびIIを阻害する物質として、酪酸ナトリウム(sodium butyrate), ペルオキシソーム増殖剤活性化受容体アゴニスト(peroxisome proliferator activated receptor (PPA agonists), レチノイド-X受容体アゴニスト(retinoid X-receptor (RXR) agonists,)p38とJNKのシグナル伝達の阻害剤などが知られています。しかし、これらは強い副作用があります。
天然成分としては、レッドクローバーのバイオチャニンA(biochanin A)、大豆のゲニステイン、多くの植物に含まれるケルセチン、甘草のイソリクイチゲニン(isoliquiritigenin)、ぶどうの皮のレスベラトロール、ぶどう種子エキス(グレープシードエキス)が、アロマターゼの遺伝子のプロモーターI.4、I.3/IIの活性を阻害することが報告されています。
レッドクローバーに含まれるバイオチャニンAはアロマターゼの乳がん特異的プロモーターのI.3/IIを阻害する活性があります。
ゲニステインはバイオチャニンAの代謝産物で、プロモーターI.3/IIの活性を阻害してアロマターゼの発現を阻害するだけでなく、アロマターゼ活性そのものも阻害します。
甘草に含まれるイソリクイチゲニン(Isoliquiritigenin )も、乳がん細胞のCYP19 プロモーター I.3 とII の活性を阻害する効果が報告されています。
Grape seed extract(ブドウ種子エキス)にはポリフェノールが多く含まれ、その70%以上がプロアントシアニジン(proanthocyanidins)です。このプロアントシアニジンは強力な抗酸化作用を持ちます。さらに、乳がん特異的なアロマターゼ遺伝子のプロモーターI.3/IIとI.4 の活性を阻害することが報告されています。ブドウ種子エキスは乳がんの予防効果が期待され、臨床試験も行われています。
赤ブドウの皮に含まれるレスベラトロール(resveratrol)もアロマターゼの乳がん特異的な発現を抑制することが報告されています。
また、シクロオキシゲナーゼ活性の阻害剤はアロマターゼ遺伝子の発現を抑制することが知られています。丹参、ウコン、生姜、黄柏などシクロオキシゲナーゼの活性を阻害する生薬も多く知られています。
このように、抗エストロゲン作用を持つ生薬(夏枯草、黄連)、アロマターゼ活性を阻害するマンゴスチン果皮のキサントン、乳がん特異的なアロマターゼ遺伝子のプロモーター活性を阻害するグレープシードエキス、レスベラトロール、甘草のイソリクイチゲニンなど、それにシクロオキシゲナーゼ阻害作用のある丹参、ウコン、生姜、黄柏などを併用すると、相乗効果でホルモン依存性乳がんに対する抗腫瘍効果を高めることができるかもしれません。
参考文献:Potential utility of natural products as regulators of breast cancer-associated aromatase promoters(乳がん関連性のアロマターゼ遺伝子プロモーターの制御物質としての天然成分の有用性)(Reprod Biol Endocrinol. 2011; 9: 91.)
http://www.rbej.com/content/pdf/1477-7827-9-91.pdf
マンゴスチン果皮成分のキサントン含有サプリメントについてはこちらへ:
乳がんの漢方治療については、以下のサイトで詳しく解説しています。
http://www.ginzatokyoclinic.com/breast-cancer-kampo/breast_cancer-Kampo.html
(漢方煎じ薬についてはこちらへ)
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