がんの予防や治療における漢方治療の存在意義を考察しています。がん治療に役立つ情報も紹介しています。
「漢方がん治療」を考える
276)コーヒーのがん予防効果
図:コーヒーには抗酸化作用や抗炎症作用などがん予防に有効な成分が多く含まれる。コーヒー摂取の多い人は肝臓がんや子宮体がんや膵臓がんなど幾つかのがんの発生率が低いことが多くの疫学的研究で明らかになっている。
276)コーヒーのがん予防効果
【コーヒーは肝臓がん・子宮体がん・膵臓がんなどを予防する】
昔はコーヒーの発がん性が問題になっていました。コーヒーの成分の中に発がん性の疑われている成分が含まれているからです。国際がん研究機関(IARC)の発がん性リスクを分類した最新のリストでも、コーヒーとコーヒー酸(Caffeic acid)はグループ2B(Possibly Carcinogenic:ヒトに対する発癌性が疑われる)に分類されています。
コーヒーには発がん作用のあるアクリルアミドが含まれているため、膀胱がんの発生リスクを高める可能性が指摘されているのです。アクリルアミドはアミノ酸の一つであるアスパラギンとブドウ糖が高温で反応することで生成され、加熱調理した食品(ポテトチップスやほうじ茶やかりんとう、など)に多く含まれ、IARCの分類ではグループ2A(Probably Carcinogenic:ヒトに対する発癌性がおそらくある)に分類されています。コーヒーは焙煎で200℃程度に加熱されるので、アクリルアミドが比較的多く含まれ、このアクリルアミドによって膀胱がんのリスクを高めることが懸念されています。
しかし、現実問題として、こられの食品中に含まれるアクリルアミドによる発がんリスクはほぼ無視できると考えられています。むしろ、コーヒーに含まれる抗酸化物質やカフェインによる発がん予防効果や抗がん作用の方が勝っていると考えられています。コーヒー酸(カフェ酸:Caffeic acid)もグループ2B(ヒトに対する発癌性が疑われる)になっていますが、最近ではその抗酸化作用や抗がん作用の方が注目されています。そして、最近の報告では、コーヒーを多く摂取している人は肝臓がんや子宮体がんや膵臓がんなど幾つかのがんの発生を予防する効果が報告されています。
コーヒーのがん予防効果に関する疫学研究やそのメタ解析の結果が数多く報告されています。たとえば、コーヒー摂取量とがんの発生リスクを検討した59の臨床試験の報告をまとめたメタ解析の結果が報告されています。
(Coffee consumption and risk of cancers: a meta-analysis of cohort studies. BMC Cancer. 2011; 11: 96.)
この論文によると、全てのがんにかかるリスクは、コーヒーをめったに飲まない人を1.0とすると、日頃からコーヒーを飲んでいる人は0.87(95%信頼区間:0.82~0.92)、非常に多く飲む人(high drinkers)は0.82(95%信頼区間:0.74~0.89) という結果でした。つまり、コーヒーを多く飲んでいる人は、ほとんど飲まない人に比べてがんにかかるリスクが2割程度低くなるという結果です。この論文によると、コーヒー1杯当たり3%の発がんリスクの低下になるということです。1日6杯までのコーヒー摂取はがん発生の観点から悪い影響は認められないと結論しています。
コーヒーのがん予防効果はがんの種類によって異なり、肝臓がん、子宮体がん、前立腺がん、大腸がん、膵臓がん、口腔がん、咽頭がん、食道がん、白血病ではコーヒーの発がん予防効果が認められているとこの論文では書かれています。一方、胃がん、肺がん、卵巣がん、腎臓がんでは予防効果は認められなかったということです。この論文では乳がんに対しても予防効果があるとなっていますが、他の論文などによると、乳がんではコーヒーのがん予防効果は認められないという結果が出ています。腎臓がんについても研究によって異なる結果が出ています。
予防効果(発がんリスクの低下率)が1~2割程度の弱い場合には、研究報告によって異なる結果が出ます。いくつかのがんについては予防効果ははっきりしませんが、全体的には、コーヒーにはがんの発生を予防する作用があると言えます。特に肝臓がんや子宮体がんではコーヒーによる予防効果がはっきりでています。厚生労働省研究班の大規模追跡調査によると、コーヒーを飲むのが週2日以下の人の子宮体がんの発生リスクを1とした場合、毎日3杯以上飲む人の発生リスクは0.38に低下していました。肝臓がんでもコーヒーを飲む人は発がん率が半分くらいになることが報告されています。
【コーヒーを多く飲むほどC型慢性肝炎の進行速度が遅くなる】
がんの種類によっては、臨床試験によって異なる結果が出ている場合も多くあります。がん予防効果が弱い場合には、研究内容によっては統計的に有意差が出たり出なかったりするためと思われます。そのような中で、コーヒーによるがん予防効果が最も明らかに出ているのが肝臓がんです。いろんな研究報告をまとめると、コーヒーを多く摂取している人は肝臓がんの発生率が4~5割程度も低下すると考えられます。
コーヒーを多く飲んでいる人は肝臓がんの死亡率が低いという疫学的研究結果は日本や欧米の研究グループから多数報告されています。コーヒー摂取と肝臓がん発症リスクとの関連について検討した10件の研究(肝臓がん患者2,260例)のメタ解析を行った結果が2007年にイタリアの研究グループから報告されています。この研究では、南欧と日本で行われた症例対照研究 6 件(肝臓がん1,551例)と日本で行われたコホート研究 4 件(肝臓がん709例)が含まれています。解析の結果、コーヒーを飲まない群と比べてコーヒー摂取群では肝臓がん発症リスクが全体で41%低下していました(症例対照研究では46%,コホート研究では36%の低下)。全体としてコーヒーの摂取量別の肝臓がんリスクの低下は,少量~中等量飲用群が30%,大量飲用群が55%でした。(Bravi F, et al. Coffee drinking and hepatocellular carcinoma risk: a meta-analysis. Hepatology 46: 430-435.2007)
この2007年のメタ解析の結果はコーヒーの肝機能への好ましい効果を示唆するものですが,肝疾患のある人はコーヒーの摂取を控える可能性や、negative dataは発表されない傾向にあるという出版バイアスも考えられますので、前向きの大規模な比較対象試験で効果が証明されるまではまだ最終結論は出せないという状況でした。しかし、米国で行なわれた前向き大規模臨床試験でも、コーヒー摂取によってC型慢性肝炎の進行が抑えられることが示されました。
この研究は米国国立がん研究所など複数の研究機関が参加している「C型肝炎の肝硬変に対する抗ウイルス長期治療(the Hepatitis C Antiviral Long-Term Treatment Against Cirrhosis Trial :HALT-C)」研究の被験者を対象にして、C型肝炎による線維性架橋形成か肝硬変が肝生検で確認され、ペグインターフェロンとリバビリンの併用治療でも持続的ウイルス学的反応が達成できなかった766名について検討されました。
3.8年間の追跡の中で3か月ごとに、慢性肝疾患の進行、肝関連死亡、肝性脳症、肝細胞がん、胃・食道静脈瘤出血、肝線維化の進行などが評価され、コーヒーの摂取量と慢性肝炎の進行の度合いが比較されました。その結果、1日に3杯以上コーヒーを摂取すると、慢性肝炎の進行度が半分くらいに低下することが示されました
(Freedman N.D. et al, Coffee intake is associated with lower rates of liver disease progression in chronic hepatitis C. Hepatology 50: 1360-1369, 2009)
シンガポール在住の中国人男女で中年から老年の63,257人を対象にした前向きコホート研究(Singapore Chinese Health Study)でも、肝臓がんの予防効果がはっきりと示されています。対象者は1993年から1998年の間にコーヒー摂取量やその他の食事の内容や生活習慣の要因を調査し、2006年12月31日の段階で362人が肝臓がんに罹っていました。コーヒーあるいはカフェインの摂取の多いほど肝臓がんの発生が少なく、例えば、1日3杯以上のコーヒーを飲む人は、コーヒーを飲まない人に比べて肝臓がんの発生率が44%少なかったという結果が得られています。(Coffee consumption and reduced risk of hepatocellular carcinoma: findings from the Singapore Chinese Health Study. Cancer Causes Control. 22(3):503-10. 2011)
さらに、ペグインターフェロン(peginterferon)と抗ウイルス薬のリバビリン(ribavirin)を使ったC型慢性肝炎の治療効果がコーヒー摂取によって影響されるという報告があります。この論文は米国の国立がん研究所(NCI)からの報告です。コーヒーを多く摂取している人はC型慢性肝炎から肝硬変や肝臓がんへの進行が遅れるという事実から、C型慢性肝炎の治療(インターフェロンと抗ウイルス薬)に対するコーヒーの影響が検討されました。前述の「C型肝炎の肝硬変に対する抗ウイルス長期治療(the Hepatitis C Antiviral Long-Term Treatment Against Cirrhosis Trial :HALT-C)」研究の被験者のうち、ペグインターフェロンα-2a(180 μg/wk)とリバビリン(1000-1200 mg/day)の治療の開始前にコーヒー摂取量を記録した885例を対象にしています。治療効果をウイルス量の減少の程度で評価し、コーヒー摂取量との関連を解析しています。その結果、コーヒーを1日3杯以上摂取している人はコーヒーを飲まない人に比べて、ペグインターフェロンとリバビリンの治療効果(ウイルス減少量)が高いという結果が得られています。(Coffee consumption is associated with response to peginterferon and ribavirin therapy in patients with chronic hepatitis C. Gastroenterology. 140(7):1961-9. 2011)
以上のようないろんな研究結果から、C型肝炎の患者さんは、コーヒーを多く摂取すると、肝硬変や肝臓がんへの進行を抑え、インターフェロンやリバビリンの治療効果も高まる事が期待できます。
【コーヒーのがん予防成分】
コーヒーには、おそらく千種類以上の成分が含まれています。その中で、がん予防効果や抗がん作用がある成分として、カフェイン、ジテルペン(diterpenes)のカフェストール(cafestol)とカーウェオール(Kahweol)、ポリフェノール(コーヒー酸、クロロゲン酸など)、コーヒーメラノイジン(coffee melanoidin)などがあります。
ジテルペンのcafestolとKahweolは、発がん物質を活性化する第1相酵素(phase I enzyme)の活性を阻害し、発がん物質を解毒する第2相酵素(phase II enzymes)を活性化し、さらに抗酸化酵素(SODやカタラーゼなど)の発現を高めて、酸化ストレスに対する抵抗力を高める作用が報告されています。
フラボノイドなどのポリフェノール類は抗酸化作用によりがん予防効果を発揮します。クロロゲン酸(chlorogenic acid)は抗酸化作用やインスリン感受性を高める作用があります。インスリン感受性を高めることは血中インスリンの濃度を低下させ、がん予防に効果があります。メラノイジンは糖とアミノ酸が加熱によって重合して生成する褐色から黒色の色素成分で、抗酸化作用や血糖降下作用などがあります。
コーヒー酸(カフェ酸:Caffeic acid)はDNAメチル化阻害や細胞増殖阻害作用や抗炎症作用などが報告されています。しかし、これらの作用は培養細胞や動物実験での研究結果であり、人体内での抗がん作用については不明です。
岐阜大学医学部病理学教室の森教授の研究グループは、コーヒーには大腸がんや肝臓がんの発生を抑える効果があることを、ネズミを使った実験で示しています。発がん予防効果のメカニズムとして、コーヒーに含まれるクロロゲン酸などのポリフェノール類やメラノイジンなどによる抗酸化作用が指摘されています。
野菜や果物から抗酸化物質を多く摂取していると一般的に考えられていますが、米国人は他の食品よりもコーヒーから抗酸化物質を最も多く摂取しているという報告もあります。日本人でもコーヒーを多く摂取している人は、ポリフェノールなどの抗酸化物質の摂取源はコーヒーと言えます。コーヒーは非常に抗酸化成分の多い飲料と言えます。
また、コーヒーは血糖を低下させたりインスリン抵抗性を改善して2型糖尿病を予防することが明らかになっています。コーヒーに含まれるクロロゲン酸はglucose-6-phosphataseを阻害して血糖を低下させることが知られています。
インスリン抵抗性や高血糖(糖尿病)は大腸がんや肝臓がんのリスクを高めることが報告されていますので、糖尿病を予防する効果が発がん抑制に関連している可能性もあります。さらに、コーヒーに含まれるカフェインが酸化的リン酸化を刺激してがん細胞のアポトーシス感受性を高める作用も報告されています。コーヒーによる抗炎症作用の関与も指摘されています。
昔は、コーヒーはがんを促進するといわれたこともありましたが、コーヒーを飲んでも、がんに悪いことはなさそうです。ただし、砂糖の過剰な摂取はがんを促進する可能性がありますので、砂糖は控えめの方が良いと言えます。
【漢方薬とコーヒーの肝臓がん予防効果】
コーヒーに含まれる抗がん成分は、他の植物にも含まれていますので、漢方薬のがん予防効果を考える上でも、コーヒーのがん予防効果の研究結果は重要です。コーヒーは多くの人が摂取しているので、大規模なコホート研究ができます。漢方薬のがん予防効果を検証することは困難ですが、コーヒーのがん予防効果が明らかであれば、漢方薬によるがん予防効果も可能性が高いと言えます。がんの漢方治療を長く実践し、多くの経験を積んで来た立場で言うと「コーヒー摂取で肝臓がんの進行が半分に遅らせることができるのであれば、適切な漢方治療を行えば、もっと予防効果を高めることができる」と思っています。
日本人の肝臓がんのほとんどはB型かC型の肝炎ウイルスの持続感染者で、慢性肝炎・肝硬変を経て肝臓がんに至るという経過をたどります。慢性肝炎や肝硬変になった肝臓は、肝臓全体が発がんしやすい状態になっているため、一つの腫瘍を消滅させても、他の場所に新たにがんが発生するリスクが高いのが特徴です。最初にみつかった肝臓がんを治療したあと5年以内に70%以上が再発しています。
肝臓がんの発生を促進する要因は、炎症の持続によって活性酸素の害が増えることと、細胞死に伴って細胞の増殖活性が促進されることです。したがって、肝臓の炎症や活性酸素の害を抑えることが肝臓がんの再発予防の基本になります。
コーヒーはアカネ科の常緑樹のコーヒーノキの果実(コーヒー豆)を焙煎して作ります。コーヒーに含まれているポリフェノールなどの抗酸化成分は植物由来の生薬にも多く含まれています。ウイルス性慢性肝炎の進行や肝臓がんの発生をコーヒーが抑制するということは、慢性肝炎や肝臓がんに対して漢方薬の効果が期待できる根拠にもなります。漢方薬には、コーヒー以上に、抗酸化成分や、抗炎症成分やがん予防成分が含まれているからです。
小柴胡湯(しょうさいことう)や十全大補湯(じゅうぜんたいほとう)などのエキス漢方製剤を使った研究で、漢方薬の肝臓がん予防効果を示唆する報告があります。たとえば、山梨大学医学部第一外科のグループは、エキス製剤の十全大補湯(TJ-48)が肝臓がん手術後の再発を予防する効果を報告しています(Int J Cancer 123:2503-11, 2008)。この報告では、外科治療を受けた48例について、十全大補湯(TJ-48)を外科治療の1ヶ月後から投与した10例と、対象群(TJ-48非投与)38例とに分けて検討しました。平均追跡期間25.8ヶ月の間に、肝臓がんの再発は対象群が38例中26例(68.4%)、TJ-48投与群が10例中4例(40%)でした。再発がみつかるまでの平均期間は、対象群が24ヶ月であったのに対してTJ-48投与群は49ヶ月でした。さらに、マウスに発がん物質のジエチルニトロサミンを投与して肝臓がんを発生させる実験で、通常の飼料を与えた群(対象群)とTJ-48を1.6%の量で加えた飼料を与えた群(TJ-48投与群)で比較したところ、TJ-48投与群では明らかに肝臓がんの発生が減少していました。十全大補湯はニンジン、オウギなど10種類の生薬から作られます。動物実験などで抗酸化作用、免疫増強作用、発がん抑制作用などが報告されています。十全大補湯の肝臓がん再発予防の作用機序として、肝臓に存在するクッパー細胞や好中球の活性化を抑え、炎症性サイトカインや活性酸素の産生を抑える効果を指摘しています。さらに、がん細胞を殺すNatural Killer T細胞(NKT細胞)を活性化する効果も報告されているため、抗炎症作用や抗酸化作用や免疫増強作用などの複数の作用メカニズムが関与している可能性が指摘されています。
以上のように、コーヒーを1日3杯以上飲むだけで慢性肝炎の進展や肝臓がんの発生率が半分くらいに低下することから、適切な漢方治療を行なえば、さらに慢性肝炎の進展や肝臓がんの発生を防ぐことが可能だと言えます。
« 275)ゲフィチ... | 277)がんの統... » |