277)がんの統合医療:政治家と厚労省と日本医師会の思惑と国民皆保険制度の関係

図:西洋医学による標準治療に様々な伝統医療や補完・代替医療を組み合わせる統合医療の有用性が世界中で検討されている。日本でも関連する業界や学会・研究会や政治家や厚生労働省や日本医師会などが、それぞれの立場と思惑で意見を述べ行動しているが、「統合医療推進は国民皆保険制度の崩壊を招く」という懸念が統合医療推進の最大の問題点となっている。

277)がんの統合医療:政治家と厚労省と日本医師会の思惑と国民皆保険制度の関係

【自民党の「統合医療推進」のプロジェクトチーム】
世の中のいろんなことが、政治家や官僚や業界の思惑や力関係で決まっています。医療関係においても、病院の株式会社化や混合診療導入など医療の自由化を求める意見が一部の政治家や経済人などからある一方、日本医師会や厚労省は、「医療の格差が生じる」「国民皆保険が崩壊する」という理由で真っ向から反対しています。
統合医療の問題も同様で、(関係団体や業界や米国の意向を受けてか?)自民党も民主党も統合医療を推進しようという立場で発言し、官僚(厚生労働省)は政治家の指示を無視することもできないので検討するふりをするために研究会を立ち上げ、日本医師会は真っ向から反対するという構図でここ何年も推移しているようです。
今週、以下のような記事がありました。

自民党、「統合医療」推進で政策提言へ-今通常国会にも提出 2012年3月29日
近代西洋医学に、漢方やはり・きゅう、健康食品などを取り入れた「統合医療」の推進に向け、自民党は党内のプロジェクトチーム(PT、座長=橋本聖子参院議員)で議論を重ねている。PTでは、政策提言をまとめて今通常国会に提出したい考えだ。
橋本座長は、統合医療の推進により、医療費の自然増を抑制できるとの期待感を示し、国に調査・研究機関がないことを問題視している。PTでは、統合医療を推進すべきとの方向性では一致しているものの、各論をめぐっては意見が分かれており、政策提言の内容は「今後も勉強会を重ねて決める」という。
27日の勉強会では出席議員から、「整体・マッサージなどにいかがわしいものがあるから、統合医療に対する誤解や偏見が解けない」など、有効性・安全性を評価する仕組みづくりの必要を指摘する意見が出された。

統合医療推進で恩恵を受ける業界関係者は、健康食品関連や伝統医療や鍼灸・整体・マッサージや民間療法など多方面にわたり、数百万人とも思われるので、選挙の票集めの思惑もあるのかもしれません。これらの政治家が統合医療の問題点や実情をどの程度理解しているのかは、あるいは真剣に考えているのかは不明ですが、勉強会や情報集めという段階で何年間も足踏みしていて、ほとんど進歩していないことだけは確かです。

【「統合医療」推進へ、厚労省検討会が初会合】
今週は以下のような記事もありました。

「統合医療」推進へ、厚労省検討会が初会合 2012年03月26日
厚生労働省は26日、「統合医療」のあり方に関する検討会(座長=大島伸一・国立長寿医療研究センター総長)の初会合を開き、従来の近代西洋医学に、漢方やはり・きゅう、サプリメント療法などを取り入れた統合医療の推進に向けた議論を始めた。定義や概念を明確にした上で、有効性や安全性の評価方法や、推進のために必要な取り組みなどを検討する。
統合医療の推進は、民主党が2009年の衆院選前に発表した「政策集インデックス2009」に盛り込まれており、10年1月には当時の鳩山由紀夫首相が、施政方針演説で「健康寿命を延ばすとの観点から、積極的な推進について検討を進める」と述べていた。ただ、統合医療の定義や範囲は確立していないのが現状。関係学会や海外の機関などがそれぞれ提唱しているが、共通認識はなく、厚労省でも明確に定義していない。このため検討会ではまず、統合医療の概念を議論する。その上で、有効性や安全性の評価方法や、推進のために必要な取り組みなどを検討する。
初会合では、統合医療の範囲や定義について、関係団体からヒアリングを行った上で、自由に意見交換した。ヒアリングでは、日本統合医療学会の渥美和彦理事長が、統合医療は漢方やはり・きゅうといった伝統医学や、温泉療法などの相補・代替医療と、近代西洋医学を組み合わせたものだと説明。推進のメリットとして、▽がん難民や難病の患者に対し、近代西洋医学による治療手段が尽きた際の選択肢が増える▽既存の治療を伝統医学や相補・代替医療に代えることで、医療費を節減できる―などを挙げ、「未来の医療は統合医療になる」と強調した。さらに、東日本大震災の際には、電気、水、ガスなどのライフラインが絶たれた近代西洋医学は能力を発揮できず、統合医療が大きく貢献したと指摘した。
意見交換では羽生田俊委員(日本医師会副会長)が、安全性を担保する仕組みが必要だと強調。「安全性、有効性が確立されなければ推進できない」と述べた。

厚生労働省は、厚生労働大臣からの指示(つまり、民主党の政策の一つ)に従って検討会を立ち上げただけで、この問題を本気で検討する気がないのは明らかです。政府から指示があったので無視するわけにはいかないので、アリバイ作りに検討会を立ち上げた様に思えてなりません。いろんな方面から意見を聞いて問題点を整理し、統合医療を推進するために取り組みなどを検討すると言っていますが、2年前に「統合医療に対する厚生労働省の取組について(統合医療プロジェクトチーム第2回会合)2010」の資料で、その方針は決まっていたはずです。しかし、その後、具体的なことは何もせず、自然消滅的に終了しています。
また意見を聞くことから始めるというのは、2010年の統合医療プロジェクトチーム第2回会合の時点と同じスタートから始めるということで、厚労省には統合医療の問題を具体的に先に進めようという意志はないようです。
(統合医療プロジェクトチーム第2回会合の資料はこちらへ
当時(2010年4月)の厚生労働大臣(長妻昭)も、同プロジェクトチームの主査の足立信也厚生労働政務官も代わっており、副主査の阿曽沼慎司医政局長は厚生労働事務次官に昇進し、担当者も2年間の間に別の部署に変わったりして、結局、「統合医療プロジェクトチーム」から「「統合医療」のあり方に関する検討会」に変わっても、継続性は全くないようです。
この会合で統合医療について説明している日本統合医療学会の渥美和彦理事長は、このような会合や検討会で何回も同じことを言っているようです。2年前の統合医療プロジェクトチーム第2回会合でも同じことを説明しています。政治家や厚生労働省の勉強会や検討会で説明しても、ほとんど徒労に終わっていることに渥美氏は気づいているはずですが、政治的なことが好きな人ですので、それで満足しているのかもしれません。

【民主党の統合医療推進】
前述のように、民主党が2009年の衆院選前に発表した「政策集インデックス2009」に「統合医療の推進」が盛り込まれており、2010年1月には当時の鳩山由紀夫首相が、施政方針演説で「健康寿命を延ばすとの観点から、積極的な推進について検討を進める」と述べています。民主党政策集INDEX2009の医療政策詳細版に以下のような項目があります。

●統合医療の確立ならびに推進
漢方、健康補助食品やハーブ療法、食餌療法、あんま・マッサージ・指圧、鍼灸、柔道整復、音楽療法といった相補・代替医療について、予防の観点から、統合医療として科学的根拠を確立します。アジアの東玄関という地理的要件を活かし、日本の特色ある医療を推進するため、専門的な医療従事者の養成を図るとともに、調査・研究の機関の設置を検討します。

このような政策の一環として、2010年1月に当時の長妻昭厚生労働相は統合医療に関するプロジェクトチーム(PT)を厚労省内に設置する意向を示し、2月5日に第1回会合が開かれ、4月26日に前述bの第2回会合が開かれています。このときの関連記事として以下のようなものがあります。

統合医療のプロジェクトチームが初会合

厚生労働省は2月5日、統合医療の今後の取り組み方策などを検討する「統合医療プロジェクトチーム」の初会合を開きました。プロジェクトチームでは、多種多様な分類の医療の取り組みの現状を把握するため、厚労省の関係部局に対し調査を実施します。同プロジェクトチームは、足立信也厚生労働政務官を主査、阿曽沼慎司医政局長を副主査に、省内の課長などで構成されます。
統合医療については、「多種多様であり、科学的根拠が乏しいものも少くないとの指摘もある」とした上で、「統合医療の施術者の資格化のためには、日本の医療の基本である西洋医学との役割分担、それらの有効性・安全性等について明らかにすることが必要」と指摘。同プロジェクトチームでは、現状の把握と今後の取り組む方策を検討するとしています。初会合で足立政務官は、「目の前にあることから一つずつエビデンスを積み上げていくことが何よりも大事だ」とあいさつしました。また、同省における取り組みの現状を把握するため、26日を期限に、受け付けた要望書や予算措置、研究実績などを、省内を対象に調査を実施することを決めました。

「統合医療プロジェクトチーム」第2回会合で資料が配布され方針が決められましたが、その後何一つ実行されていません。この後の状況を示す記事として以下のようなものがあります。

「統合医療PT」発展改組へ、民主党・統合医療議連が再スタート
厚生労働省が昨年2月に立ち上げた「統合医療プロジェクトチーム」発足を契機に、国の医療政策が大きく転換するか期待されが、与党の政権基盤の弱体化などにより、省内での具現化に向けた動きは足踏み状態となった。その後、昨年12月に細川律夫厚労大臣は、日本統合医療学会の渥美和彦理事長に対し、「平成23年度は統合医療プロジェクトチームを発展的に改組し、統合医療検討会を発足させるべく準備を始める」とした。今年5月には、民主党の「統合医療を普及・促進する議員連盟」が役員会で鳩山由紀夫元首相をあらためて会長に選出、統合医療の推進へ再スタートを切っている。今後の政府、議連による建設的な議論、取組が期待される。

民間(日本統合医療学会の渥美和彦理事長など)から要請があるから、政治家もいろいろと対応しているようですが、今の混乱した政治状況では、具体的な話は進まないと見た方がよさそうです。  

【日本医師会は統合医療に反対】
日本医師会は統合医療も混合診療もTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)参加も「国民皆保険が崩壊する」という理由で反対しています。以下のような記事にその姿勢が示されています。

2010年3月
日本医師会の中川俊男常任理事は3月10日の定例記者会見で、統合医療推進の背景には混合診療を解禁し、市場原理主義に立ち返る狙いがあるのでは、との疑念を示した上で、「このような流れに強く反対する」との日医の見解を発表した。
2月5日に開かれた厚生労働省の「統合医療プロジェクトチーム」の第1回会合で示された統合医療の定義では、伝統医学や自然療法などの「相補・代替医療を近代西洋医学に統合して、患者中心の医療を行うものが統合医療である」としている。
これに対して日医は、統合医療の定義が国民や医療関係者に浸透しておらず、まず医療界で議論する必要があるとした。また厚労省は、統合医療でなければ「患者中心の医療」でないかのような整理をしているとして、「非常に問題」とした。その上で、▽厚労省が行っている調査、研究をもとに地道な議論を積み重ねるべきであり、拙速に「統合医療推進」の検討に進むべきではない▽鳩山由紀夫首相は統合医療に「医療費削減」を期待しているが、特に2006年以降の医療費抑制で地域医療が崩壊したことを忘れるべきではない▽足立信也厚労政務官は「予防医療」と「統合医療」を関連付けているが、例えば医療費適正化計画の下に始まった特定健診・特定保健指導の検証はこれからであり、その結果を慎重に見極めるべきと主張した。
さらに、日本ではエビデンスの下で有効性や安全性が確認された医療や漢方薬は公的保険に採り入れられているとして、「今、あえて科学的根拠が確立していない統合医療が推進される背景には、混合診療を解禁し、市場原理主義に立ち返ろうという狙いがあるのではないかとの疑念を抱かざるを得ない」と強調、「このような流れに強く反対する」とした。中川常任理事は、「なぜこんなに唐突に統合医療が出てくるのかをいろいろ考えた。(先の)総選挙のマニフェストでも民主党は(統合医療について)書いていた。やはり選挙を意識しているのかと考えたが、確かではない」と語った。民主党の「政策集インデックス2009医療政策(詳細版)」には、「統合医療の確立ならびに推進」が掲げられている。

日本医師会の懸念や反対の理屈には、私自身はある程度は賛成です。日本の国民皆保険制度は、世界から高い評価を受けています。確かに、統合医療がむやみに推進されれば、混合診療解禁につながり、医療格差が広がり、国民皆保険制度が弱体化あるいは崩壊するという懸念はあるかもしれません。(混合診療については257話を参照)
結局のところ、政治的には統合医療推進の議論はうやむやになって、少なくとも今後も10年以上は現状とあまり大差ないと思われます。(日本では過去10年間以上、ほとんど進展はなかった)
がんの統合医療を受けたければ、標準治療は保険診療機関で受け、補完・代替医療を受けたい希望があり経済的に余裕があれば、自己責任で選択して自由診療の医療機関で受けるしか無いという状況が続くと思われます。
米国では、伝統医療や補完・代替医療の研究が国をあげて具体的に行われ、多くの人が利用しています。その背景には、米国では医療費が高いので、病気になった場合、より安価な民間療法や伝統医療やサプリメントなどを利用する場合が多いことが挙げられています。このような動きはヨーロッパに拡大し、更に、最近はアジアに広がり、中国、韓国、マレーシア、インドなどでは、米国と同様に国策として統合医療を推進しています。これらの展開は、各国政府が統合医療の導入によって国民が多くの利益を受けると考えているからです。
一方日本の場合は、国民皆保険制度によって、最先端の医療が安く誰でも受けられるので、米国のような動機は働かないため、補完・代替医療も統合医療も議論が盛り上がらないようにも思います


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