402)医薬品の再開発と適応外使用(その3):非がん治療薬を組み合わせたがん治療

図:がん治療において一つの作用機序だけでは強い抗腫瘍効果は得られない。複数の作用機序でがん細胞の増殖を阻止すると相乗的に抗腫瘍効果を高めることができる。副作用の少ない既存薬を組み合わせるがん治療法が研究されているが、そのターゲットとしてワールブルグ効果(がん細胞におけるグルコースの取込みと解糖系の亢進)、アポトーシス抵抗性(Bcl-2の発現や活性の亢進)、血管新生(血管内皮細胞増殖因子(VEGF)の産生亢進)、炎症(シクロオキシゲナーゼ-2(COX-2)や活性酸素や炎症性サイトカインの産生増加)、細胞分裂に必要な微小管などがある。これらのターゲットに作用する既存薬を組み合わせると、副作用が少ない方法でがん細胞の増殖を抑制できる。

402)医薬品の再開発と適応外使用(その3):非がん治療薬を組み合わせたがん治療

【「副作用の少ない薬を組み合わせるがん治療」が行われない理由】
がんが進行して全身に転移すると、手術や放射線治療の適応が無くなり、抗がん剤が中心の治療になります。
しかし多くの場合、抗がん剤治療の効果は限定的で、しかも副作用のために食欲や体力が低下したり、生活の質(QOL)が悪くなるという問題もあります。
また、がん治療に使われる薬は極めて高額です。日本では高額療養費制度があるので、一定額を超えた分は戻ってきます。例えば、12ヶ月に3ヶ月以上の多数回の高額の支払いがあれば、1ヶ月当たり70歳以下の上位所得者(月収53万円以上)で83,400円、一般で44,400円、低所得者で24,600円を上限にしてそれ以上の支払いは支給されることになっています。つまり、普通の場合で、高額な抗がん剤治療を行っても1年間の自己負担は50万円程度(月収53万円以上で年間100万円程度)ですみます。
したがって、高額な抗がん剤を使用しても、患者さんの経済的負担は軽減されるので、治療を続けることができます。
(しかしこれが、日本では必要性の少ない安易な抗がん剤治療が行われている一つの理由だという意見もあります。患者さんの経済的負担が少ないので、医者は気兼ねなく抗がん剤治療を行えます。しかし国の医療費負担は増え、製薬会社が大儲けするという構造になっています。外資系製薬会社が日本市場へ進出するのは高額な新薬を多く使うからだと言われています。)
しかし、自己負担の上限があるといっても、1年間に50万円以上の出費は多くの人には負担が大きいと思います。
抗がん剤治療を続ければがんが治るという保証があれば我慢はできますが、通常は数年で使える薬が無くなり、その間強い副作用で苦しむという問題があります。このような抗がん剤治療の多くの問題点の存在から、抗がん剤治療を拒否するがん患者さんも多くいます。
ある薬ががんの標準治療で使用されるためには、単独で明らかな抗腫瘍効果(腫瘍縮小効果)を示す必要があります。単独の投与で抗腫瘍効果が証明できないと抗がん剤として認可されないからです。しかし、このような腫瘍縮小効果を追求した抗がん剤は副作用も強い傾向にあります。
抗がん剤治療においては、抗腫瘍効果を高めるために複数の抗がん剤を併用しますが、多くの場合、副作用も強くなります。細胞毒性のある薬を併用すると抗がん作用が強化されるのと比例して副作用も強くなります
単独では抗腫瘍効果が極めて弱く(あるいは認めない)薬でも、そのような薬を複数組み合わせてがん細胞の増殖を抑制できる場合もあります。それぞれ単独では副作用の少ない薬の組合せは、副作用も比較的少なくてすみます。
しかしこのような治療は標準治療では受け入れられません。非がん治療薬をがん治療の目的で使用すると適応外処方になるので、原則的には保険診療では使用できないからです。
抗炎症薬のcelecoxib(セレコックス)や糖尿病治療薬のメトホルミンや胃酸分泌阻害剤のシメチジンなど、がん治療における有効性が示されている薬も、がんに保険適応が認められるまでは標準治療には使用できないことになります。
このような理由で、「副作用の少ないがん治療」という考えは標準治療では実現しにくい状況にあるのだと思います。

【がん治療に使える非がん治療薬の例】
がん以外の病気の治療薬で、がんの再発予防や治療に有用性が指摘されているものは多数あります。これらの中から、人間での効果が報告されているもの、副作用や安全性について問題の少ないもの、作用メカニズムがある程度判っているものなどが、「非がん治療薬の組合せによるがん治療」の候補になります。
がん治療の領域において、既存薬の再開発(Drug Repositioning)が注目されていることは第400話で紹介しています。
単独では抗腫瘍効果の弱い非がん治療薬を組み合わせて、がん細胞の増殖を抑える方法を検討した研究論文も最近よく見かけるようになりました。
例えば、2-デオキシグルコースメトホルミンはそれぞれ単独では抗腫瘍効果は弱いのですが、2-デオキシグルコースは解糖系を阻害し、メトホルミンはミトコンドリアで酸化的リン酸化を阻害するので、両方を併用すると高い抗腫瘍効果が得られることが報告されています。(384話参照)
2-デオキシグルコースとメトホルミンの抗がん作用に対してがん細胞は細胞内のBcl-2(アポトーシスを阻害するタンパク質)の活性上昇やBax(アポトーシスを誘導するタンパク質)の活性低下などによって、細胞死を避けようとします。したがって、Bcl-2の活性を阻害したりBaxの活性を高めるような薬があるとがん細胞を死滅させる効果を高めることができます。
メベンダゾール
のような微小管阻害剤やCOX-2阻害剤のcelecoxibにはBcl-2ファミリーのタンパク質の発現や活性に作用してアポトーシスを誘導する作用が報告されています。
その他、がん細胞の進展を抑制する抗炎症作用血管新生阻害作用微小管重合の阻害によって細胞分裂を阻害する作用などの効果を組み合わせると、がん細胞の増殖を抑える効果が期待できます。
正常細胞とがん細胞の違いをターゲットにして、がん細胞の増殖を抑制しようという試みです。このがん治療法のターゲットと候補の薬として次のようなものが考えられます。

ワールブルグ効果

がん細胞はグルコースの取込みと解糖系が亢進し、ミトコンドリアでの酸化的リン酸化が抑制されています。このワールブルグ効果を正常の方向に仕向けるとがん細胞は死滅します。2−デオキシグルコースジクロロ酢酸ナトリウムメトホルミンなどが利用可能です。

血管新生

がん細胞はVEGF(血管内皮細胞増殖因子)などの因子を分泌して腫瘍組織を養う血管を新たに作ります。血管新生の過程を阻止すればがん細胞の増殖を阻止できます。サリドマイド、COX-2阻害剤のcelecoxib(商品名:セレコックス)、駆虫薬のメベンダゾール401話参照)などが利用可能です。また、メトロノミック・ケモテラピー(低用量のシクロフォスファミドの頻回投与など)も血管新生を阻害する効果があります(397話参照)。
シクロオキシゲナーゼ-2(COX-2)VEGFは相乗的に血管新生を促進し、がん細胞の増殖や転移を促進していることが明らかになっています。COX-2阻害剤のセレコキシブ(celecoxib)はCOX-2活性とVEGFの産生の両方を阻害する作用があります
セレコックスは単独では抗腫瘍効果は弱いのですが、多彩な抗腫瘍のメカニズムを持っているので、他の抗がん治療薬と組み合わせると相乗効果が期待できます。(下図)



図:COX-2阻害剤のCelecoxibは、COX-2阻害作用だけでなく、様々なターゲットに作用して抗腫瘍的に働く。この図に記載されている他にも、抗腫瘍免疫を抑制する骨髄由来抑制細胞(myeloid-derived suppressor cells)を阻害して抗腫瘍免疫を高める作用も報告されている。
 
細胞分裂亢進
 
がん細胞が増殖するために細胞分裂が亢進しています。細胞分裂を阻害する薬は標準治療で使われている抗がん剤に多くあります。その代表が微小管形成をターゲットにしたタキサン系ビンカアルカロイドです。しかし、これらは末梢神経障害などの強い副作用があります。副作用があまり無く微小管形成を阻害する既存薬としてメベンダゾール401話)やノスカピンが利用可能です。メベンダゾールは駆虫薬、ノスカピンは非麻薬性鎮咳薬として使用されています。この2つはチュブリンのコルヒチン結合部位に結合してチュブリンの重合を阻害します。コルヒチン結合部位に作用する微小管阻害薬は神経障害を起こさないと言われています。
 
炎症亢進
 
がん組織では炎症細胞が浸潤し、活性酸素や炎症性サイトカインの産生によって、がん細胞の増殖や血管新生が促進されます。炎症を増悪させるNF-κBなどの転写因子の活性を抑制したり、プロスタグランジン産生を高めるシクロオキシゲナーゼ-2(COX-2)の活性を阻害すると、がん細胞の増殖を抑制できます。COX-2阻害剤のcelecoxib(セレコックス)などの非ステロイド性抗炎症剤が利用できます。COX-2によって産生されるプロスタグランジンは血管新生を促進し、がん細胞のアポトーシス抵抗性を亢進し、抗腫瘍免疫を抑制する作用があります。COX-2阻害剤のセレコックスは多数のメカニズムで抗腫瘍効果を発揮します(前述)。
 
アポトーシス抵抗性
 
がん細胞はアポトーシス(細胞死)に抵抗性になっています。がん細胞内でのアポトーシスの制御に重要な関与をしているのがBcl-2やBaxといったBcl-2ファミリー遺伝子です。アポトーシスを阻止するBcl-2の活性や発現を抑制し、アポトーシスを誘導するBaxの活性や発現を促進するとがん細胞を死にやすくできます。メベンダゾールやcelecoxibにそのような作用が報告されています(後述)。
 
【Bcl-2活性を阻害するとアポトーシスが起こりやすくなる】
アポトーシスというのは細胞死の一種です。抗がん剤などで細胞がダメージを受けた場合、ダメージが自分で修復できる範囲を超えると細胞を死を選びます。
このアポトーシスは多数のタンパク質によって制御されていますが、中心になるのがBcl-2Baxと呼ばれるタンパク質群(Bcl-2ファミリー蛋白質)です。
Bcl-2 ファミリー蛋白質には、アポトーシスを抑制するBcl-2-サブファミリー(Bcl-2, Bcl-Xlなど)と、アポトーシスを促進する Baxサブファミリー(Bax、Bakなど) および BH3-onlyサブファミリー (Bid、Bim、Badなど)があります
Bcl-2およびそのファミリー蛋白質の主な作用部位はミトコンドリア膜で、このミトコンドリア膜の透過性を制御することにより、細胞の生死を決定しています。
ミトコンドリアの膜透過性が亢進すると、膜間スペースに存在するアポトーシス誘導蛋白質(シトクロムcなど)が細胞質に漏出します。漏出したシトクロムcカスパーゼと呼ばれる蛋白分解酵素群を段階的に活性化してアポトーシスが実行されます。
Baxはアポトーシス実行時のミトコンドリアの膜透過性亢進に必須の分子として働き、
Bcl-2はBaxと直接結合してBaxの働きを阻止します。
Bcl-2のようなアポトーシス促進蛋白質の活性が、Baxのような抑制蛋白質の活性を凌駕した場合に、ミトコンドリア膜透過性亢進が誘導され、アポトーシスが実行されます。
Bcl-2サブファミリー蛋白質(Bcl-2やBcl-xL)を過剰発現したがん細胞は多くのアポトーシス刺激(抗がん剤治療など)に対して強い抵抗性を示します。したがって、Bcl-2サブファミリー蛋白質の活性や発現量を抑制したり、Baxサブファミリー蛋白質の活性や発現量を高める効果は、がん細胞の抗がん剤感受性を高め、死滅しやすくなります。

図:Bcl-2はBaxと結合してBaxの活性を抑制している。抗がん剤や放射線照射などによって細胞を傷害されるとBH3ドメインをもつ蛋白質がBcl-2に結合してBcl-2を不活性化する。その結果フリーになったBaxはミトコンドリア外膜にて二量体(ダイマー)になって内腔を形成してミトコンドリアからシトクロム C を含む様々なタンパク質が細胞質内に流出し、蛋白分解酵素のカスパーゼ(Caspases)が活性化されアポトーシスが実行される。 
Bcl-2の活性が阻害されていないときにはBaxに結合してBaxが二量体を形成するのを阻止してミトコンドリア膜の透過性を抑制することによってアポトーシスを阻止している。
 
Bcl-2/Bcl-xLの阻害剤は開発中のものはありますが既存の抗がん剤としてはまだありません。
しかし、前回紹介した駆虫薬のメベンダゾールはBcl-2の活性を阻害する作用が報告されています。COX-2阻害剤のセレコキシブもBcl-2の発現を減らし、Baxの発現を増やす作用が報告されています。
このように、多彩な抗腫瘍効果を示し副作用の少ないメベンダゾールセレコキシブをベースにして、ワールブルグ効果を是正する2-デオキシグルコースメトホルミンジクロロ酢酸ナトリウム、血管新生阻害作用を示すサリドマイドを併用すると抗腫瘍効果が期待できます。
さらに、抗腫瘍免疫を高めるシメチジンや血管新生阻害作用を増強するメトロノミック・ケモテラピー(低用量のシクロフォスファミドなど)を併用するのも有効です。
このような副作用の少ない既存薬の組合せによるがん治療を最近行っていますが、手応えを感じています。
 
参考論文:Repurposing Drugs in Oncology (ReDO)-mebendazole as an anti-cancer agent.(腫瘍学における医薬品再開発:抗がん剤としてのメベンダゾール) Ecancermedicalscience. 2014 Jul 10;8:443. doi: 10.3332/ecancer.2014.443. eCollection 2014.

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