がんの予防や治療における漢方治療の存在意義を考察しています。がん治療に役立つ情報も紹介しています。
「漢方がん治療」を考える
402)医薬品の再開発と適応外使用(その3):非がん治療薬を組み合わせたがん治療
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/13/81/02b77c8b0a144d0d616561b02f95b577.jpg)
図:がん治療において一つの作用機序だけでは強い抗腫瘍効果は得られない。複数の作用機序でがん細胞の増殖を阻止すると相乗的に抗腫瘍効果を高めることができる。副作用の少ない既存薬を組み合わせるがん治療法が研究されているが、そのターゲットとしてワールブルグ効果(がん細胞におけるグルコースの取込みと解糖系の亢進)、アポトーシス抵抗性(Bcl-2の発現や活性の亢進)、血管新生(血管内皮細胞増殖因子(VEGF)の産生亢進)、炎症(シクロオキシゲナーゼ-2(COX-2)や活性酸素や炎症性サイトカインの産生増加)、細胞分裂に必要な微小管などがある。これらのターゲットに作用する既存薬を組み合わせると、副作用が少ない方法でがん細胞の増殖を抑制できる。
402)医薬品の再開発と適応外使用(その3):非がん治療薬を組み合わせたがん治療
【「副作用の少ない薬を組み合わせるがん治療」が行われない理由】
がんが進行して全身に転移すると、手術や放射線治療の適応が無くなり、抗がん剤が中心の治療になります。
しかし多くの場合、抗がん剤治療の効果は限定的で、しかも副作用のために食欲や体力が低下したり、生活の質(QOL)が悪くなるという問題もあります。
また、がん治療に使われる薬は極めて高額です。日本では高額療養費制度があるので、一定額を超えた分は戻ってきます。例えば、12ヶ月に3ヶ月以上の多数回の高額の支払いがあれば、1ヶ月当たり70歳以下の上位所得者(月収53万円以上)で83,400円、一般で44,400円、低所得者で24,600円を上限にしてそれ以上の支払いは支給されることになっています。つまり、普通の場合で、高額な抗がん剤治療を行っても1年間の自己負担は50万円程度(月収53万円以上で年間100万円程度)ですみます。
したがって、高額な抗がん剤を使用しても、患者さんの経済的負担は軽減されるので、治療を続けることができます。
(しかしこれが、日本では必要性の少ない安易な抗がん剤治療が行われている一つの理由だという意見もあります。患者さんの経済的負担が少ないので、医者は気兼ねなく抗がん剤治療を行えます。しかし国の医療費負担は増え、製薬会社が大儲けするという構造になっています。外資系製薬会社が日本市場へ進出するのは高額な新薬を多く使うからだと言われています。)
しかし、自己負担の上限があるといっても、1年間に50万円以上の出費は多くの人には負担が大きいと思います。
抗がん剤治療を続ければがんが治るという保証があれば我慢はできますが、通常は数年で使える薬が無くなり、その間強い副作用で苦しむという問題があります。このような抗がん剤治療の多くの問題点の存在から、抗がん剤治療を拒否するがん患者さんも多くいます。
ある薬ががんの標準治療で使用されるためには、単独で明らかな抗腫瘍効果(腫瘍縮小効果)を示す必要があります。単独の投与で抗腫瘍効果が証明できないと抗がん剤として認可されないからです。しかし、このような腫瘍縮小効果を追求した抗がん剤は副作用も強い傾向にあります。
抗がん剤治療においては、抗腫瘍効果を高めるために複数の抗がん剤を併用しますが、多くの場合、副作用も強くなります。細胞毒性のある薬を併用すると抗がん作用が強化されるのと比例して副作用も強くなります。
単独では抗腫瘍効果が極めて弱く(あるいは認めない)薬でも、そのような薬を複数組み合わせてがん細胞の増殖を抑制できる場合もあります。それぞれ単独では副作用の少ない薬の組合せは、副作用も比較的少なくてすみます。
しかしこのような治療は標準治療では受け入れられません。非がん治療薬をがん治療の目的で使用すると適応外処方になるので、原則的には保険診療では使用できないからです。
抗炎症薬のcelecoxib(セレコックス)や糖尿病治療薬のメトホルミンや胃酸分泌阻害剤のシメチジンなど、がん治療における有効性が示されている薬も、がんに保険適応が認められるまでは標準治療には使用できないことになります。
このような理由で、「副作用の少ないがん治療」という考えは標準治療では実現しにくい状況にあるのだと思います。
【がん治療に使える非がん治療薬の例】
がん以外の病気の治療薬で、がんの再発予防や治療に有用性が指摘されているものは多数あります。これらの中から、人間での効果が報告されているもの、副作用や安全性について問題の少ないもの、作用メカニズムがある程度判っているものなどが、「非がん治療薬の組合せによるがん治療」の候補になります。
がん治療の領域において、既存薬の再開発(Drug Repositioning)が注目されていることは第400話で紹介しています。
単独では抗腫瘍効果の弱い非がん治療薬を組み合わせて、がん細胞の増殖を抑える方法を検討した研究論文も最近よく見かけるようになりました。
例えば、2-デオキシグルコースとメトホルミンはそれぞれ単独では抗腫瘍効果は弱いのですが、2-デオキシグルコースは解糖系を阻害し、メトホルミンはミトコンドリアで酸化的リン酸化を阻害するので、両方を併用すると高い抗腫瘍効果が得られることが報告されています。(384話参照)
2-デオキシグルコースとメトホルミンの抗がん作用に対してがん細胞は細胞内のBcl-2(アポトーシスを阻害するタンパク質)の活性上昇やBax(アポトーシスを誘導するタンパク質)の活性低下などによって、細胞死を避けようとします。したがって、Bcl-2の活性を阻害したりBaxの活性を高めるような薬があるとがん細胞を死滅させる効果を高めることができます。
メベンダゾールのような微小管阻害剤やCOX-2阻害剤のcelecoxibにはBcl-2ファミリーのタンパク質の発現や活性に作用してアポトーシスを誘導する作用が報告されています。
その他、がん細胞の進展を抑制する抗炎症作用、血管新生阻害作用、微小管重合の阻害によって細胞分裂を阻害する作用などの効果を組み合わせると、がん細胞の増殖を抑える効果が期待できます。
正常細胞とがん細胞の違いをターゲットにして、がん細胞の増殖を抑制しようという試みです。このがん治療法のターゲットと候補の薬として次のようなものが考えられます。
①ワールブルグ効果:
がん細胞はグルコースの取込みと解糖系が亢進し、ミトコンドリアでの酸化的リン酸化が抑制されています。このワールブルグ効果を正常の方向に仕向けるとがん細胞は死滅します。2−デオキシグルコース、ジクロロ酢酸ナトリウム、メトホルミンなどが利用可能です。
②血管新生:
がん細胞はVEGF(血管内皮細胞増殖因子)などの因子を分泌して腫瘍組織を養う血管を新たに作ります。血管新生の過程を阻止すればがん細胞の増殖を阻止できます。サリドマイド、COX-2阻害剤のcelecoxib(商品名:セレコックス)、駆虫薬のメベンダゾール(401話参照)などが利用可能です。また、メトロノミック・ケモテラピー(低用量のシクロフォスファミドの頻回投与など)も血管新生を阻害する効果があります(397話参照)。
シクロオキシゲナーゼ-2(COX-2)とVEGFは相乗的に血管新生を促進し、がん細胞の増殖や転移を促進していることが明らかになっています。COX-2阻害剤のセレコキシブ(celecoxib)はCOX-2活性とVEGFの産生の両方を阻害する作用があります。
セレコックスは単独では抗腫瘍効果は弱いのですが、多彩な抗腫瘍のメカニズムを持っているので、他の抗がん治療薬と組み合わせると相乗効果が期待できます。(下図)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/51/b7/29dce5a2adf78cbb6a8b92696d35f42a.jpg)
図:COX-2阻害剤のCelecoxibは、COX-2阻害作用だけでなく、様々なターゲットに作用して抗腫瘍的に働く。この図に記載されている他にも、抗腫瘍免疫を抑制する骨髄由来抑制細胞(myeloid-derived suppressor cells)を阻害して抗腫瘍免疫を高める作用も報告されている。
このアポトーシスは多数のタンパク質によって制御されていますが、中心になるのがBcl-2やBaxと呼ばれるタンパク質群(Bcl-2ファミリー蛋白質)です。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3c/2a/a8f3a23bef054e5a03073e3de79084c4.jpg)
さらに、抗腫瘍免疫を高めるシメチジンや血管新生阻害作用を増強するメトロノミック・ケモテラピー(低用量のシクロフォスファミドなど)を併用するのも有効です。
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