307)「乳がん患者に高麗人参は使えない」にどの程度の根拠があるのか?

図:高麗人参の主要な活性成分であるジンセノサイド類は、女性ホルモンのエストロゲンと似た構造を有し、エストロゲンと同じような作用を示すフィトエストロゲン(植物エストロゲン)の一種と考えられている。したがって一般的には、エストロゲン依存性の乳がんの増殖を促進する可能性があるので、乳がん患者は高麗人参を使ってはいけないという警告がなされている。しかし一方、ジンセノサイドやその他の成分に様々な抗腫瘍効果が報告されており、高麗人参の摂取が治療の副作用を軽減し、抗腫瘍効果を高め、乳がんサバイバーの生存率を高めるという報告もある。このように乳がん患者の高麗人参の使用の是非に関して全く正反対の考えがある。

307)「乳がん患者に高麗人参は使えない」にどの程度の根拠があるのか?

【高麗人参などGinsengはがん治療に頻用されている】
高麗人参(Panax ginseng;朝鮮人参やオタネニンジンとも言う)や紅参(Red ginseng;高麗人参を蒸して加熱処理したもの)や西洋人参(Panax quinquefolius;英名American ginseng)や田七人参(Panax notoginseng)は、ウコギ科 (Araliaceae)のトチバニンジン属(Panax)の薬用植物で、これらはジンセン(Ginseng)と総称されています。Ginseng類は古くから世界中の伝統医療や民間療法で滋養強壮薬として使用され、サプリメントや健康食品としても人気があります。
各種のストレスに対する抵抗力を高め、体力や免疫力を高め、造血機能や蛋白合成を促進し、ダメージを受けた組織の修復や回復を促進するので、がん治療の副作用軽減の目的でもよく使用されます。また、アポトーシス誘導作用や浸潤・転移の抑制など直接的な抗がん作用も報告されており、再発予防や進行がんの治療の補助としても利用されています。
このようなGinseng類の主な薬効成分はジンセノサイド(ginsenosides)というトリテルペンサポニン(triterpene saponins)群で、数多くのジンセノサイドが分離されています。ジンセノサイドの種類によって薬効は異なり、また人参を経口摂取した場合、ジンセノサイドは腸内細菌で代謝されて吸収されるなど、その薬効薬理や代謝は極めて複雑で、不明な点も多くあります。
Ginseng類は多くのがんの治療に利用されますが、「Ginsengを乳がん患者に使用できるか」という点に関しては相反する研究結果が出ており、まだ十分にコンセンサスは得られていません。Ginsengに女性ホルモンのエストロゲンと似た作用があるため、ホルモン依存性乳がんにGinsengは禁忌という意見が一般的に受け入れられています。しかし一方、Ginsengを服用している乳がん患者は死亡率や再発率が低いという疫学研究の結果も報告されています。

【一般的には、ホルモン依存性乳がんにGinsengは使用しない方が良いことになっている】
乳がん治療のガイドラインではハーブの使用を制限していますが、その主な理由はそれらに含まれるフィトエストロゲン(植物に含まれるエストロゲン様作用をもつ成分)などのエストロゲン様活性が治療に影響すると考えるからです。大豆イソフラボンやGinseng類のジンセノサイドなどのフィトエストロゲンには、タモキシフェンなどの抗エストロゲン剤の効果を阻害する可能性が懸念されています。高麗人参に含まれる成分のエストロゲン活性を示す実験結果が多く報告され、高麗人参はホルモン依存性の乳がん患者には使用してはいけないという意見が一般的です。
乳がんの培養細胞を使った実験で、高麗人参などのGinseng類に含まれるある種のジンセノサイドがエストロゲン受容体に結合して乳がん細胞の増殖を促進するという実験結果が多数報告されています。また、高麗人参は臨床的にも更年期障害の症状の改善に効果があることが報告され、その作用機序として、高麗人参に含まれる成分のエストロゲン様作用や、卵巣に直接働いてエストロゲンの分泌を促進する効果などが指摘されています。
高麗人参摂取後に乳房圧痛や閉経後の膣出血、男性の乳房腫大などが認められたという報告があり、これは高麗人参のエストロゲン様作用によると考えられています。
韓国では産後の授乳中に紅参(高麗人参を加熱処理したもの)を服用させることは禁忌になっています。紅参は卵巣からの卵胞ホルモン(エストロゲン)の分泌を促進し、その結果、脳下垂体からのプロラクチン(乳汁分泌ホルモン)の分泌を抑制するからです。
代替医療や自然医学の第一人者アンドルー・ワイル博士の「Spontaneous healing(日本語訳:癒す心、治る力;自発的治癒とはなにか)角川書店, 1995年」の中には、「チョウセンニンジンにはエストロゲン的な作用があり、ホルモンのバランスを崩している女性、子宮筋腫・乳腺症・乳がんといったエストロゲン依存性疾患の女性は使うべきでないと考えられている」と記述されています。
また、国立健康・栄養研究所の「健康食品の安全性・有効性情報」のデータベースでも「乳がん、子宮がん、卵巣がん、子宮内膜症、子宮筋腫のようなホルモン感受性の病気の人は使ってはいけない」とはっきりと記載されています。
したがって、「ホルモン依存性の乳がん患者は、高麗人参や紅参や西洋人参などGinseng類の使用できない」というのが一般的な意見と言えます。ただし、この意見を支持しない基礎研究や疫学研究の結果も多く報告されています。

【高麗人参が乳がんに対して抗腫瘍作用を示すという研究も多い】
乳がんの培養細胞を使った実験では、高麗人参エキスがエストロゲン作用を示すという論文が多く報告されていますが、逆の結果も同じくらいの数の論文が出ています。ある種のジンセノサイドが抗エストロゲン作用を示すとか、ホルモン作用とは関係なく抗がん作用(増殖抑制やアポトーシス誘導や転移抑制など)を示すという実験結果も多く報告されています。例えば、以下のような論文があります。

American ginseng and breast cancer therapeutic agents synergistically inhibit MCF-7 breast cancer cell growth.(アメリカ人参と乳がん治療薬は乳がん細胞株 MCF-7の増殖を相乗的に阻害する)J Surg Oncol 72:230-9, 1999
【論文の要旨】アメリカ人参 (Panax quinquefolius L.) はエストロゲン様活性があって更年期障害を緩和することが報告されている。pS2蛋白は、乳がん細胞がエストロゲンで刺激されると合成が促進される蛋白質(エストロゲン依存性遺伝子)。
アメリカ人参のエキスを添加した培養液でエストロゲン依存性の乳がん細胞(MCF-7)を培養すると、エストロゲンを添加したときと同じようにpS2蛋白の遺伝子発現を活性化した。しかし、アメリカ人参はエストロゲン(エストラジオール)とは対称的に、用量依存的に細胞増殖を抑制した。
エストラジオールは乳がん細胞の細胞分裂を促進するのに対し、アメリカ人参エキスは細胞周期を促進する作用はなかった。
乳がんの治療に使われる薬とアメリカ人参を併用すると、増殖抑制効果が増強した。培養細胞の実験のレベルでは、アメリカ人参と乳がん治療薬を併用すると効果が高まるという結論が導きだされた。
(注:つまり、アメリカ人参はエストロゲン依存性の乳がん細胞に対して、エストロゲン依存性の遺伝子発現であるpS2蛋白の量を増やす作用があり、エストロゲン様活性を持っている。しかし、アメリカ人参エキスには増殖促進は認めなかったので、乳がんに対しては有害ではなく有益に働くと言える、という結論であり、エストロゲン様活性があるから乳がんに使えないということにはならないことをこの研究グループは報告している)

Evaluation of estrogenic activity of plant extracts for the potential treatment of menopausal symptoms.(更年期症状の治療に使われる植物抽出物のエストロゲン活性の評価)J Agric Food Chem 49:2472-9, 2001
【論文の要旨】この論文では更年期症状の治療に使われている植物についてそれらのエストロゲン活性を調べている。red clover (Trifolium pratense L.), chasteberry (Vitex agnus-castus L.), hops (Humulus lupulus L.) はエストロゲンレセプターαとβに対して結合して、エストロゲン活性を示した。これらはエストロゲンの刺激で発現が誘導されるpS2 (presenelin-2)遺伝子の合成を促進し、アルカリフォスファターゼやプロゲステロンレセプターの発現を誘導した。しかし、高麗人参 (Panax ginseng C.A. Meyer) とアメリカ人参 (Panax quinquefolius L.) は pS2 mRNA の発現を誘導したが、エストロゲンレセプターへの結合活性は認めず、アルカリフォスファターゼやプロゲステロンレセプターの発現は誘導しなかった。
(注:つまり、高麗人参やアメリカ人参はエストロゲンに似た作用をして、それは更年期症状の改善につながる効果を持っているが、エストロゲンレセプターを介した作用ではなく、乳がん細胞に増殖的に作用するという証拠はないことになる)

American Ginseng Transcriptionally Activates p21 mRNA in Breast Cancer Cell Lines.(アメリカ人参は乳ガン細胞のp21蛋白の遺伝子発現を活性化する)J Korean Med Sci 16 Suppl:S54-60, 2001
【論文の要旨】アメリカ人参(American ginseng)は培養細胞の実験で乳がん細胞の増殖を阻害することが報告されている。p21 というのは、細胞周期を止める働きをする細胞内の蛋白質。
エストロゲン依存性の乳がん細胞株 (MCF-7)とエストロゲン非依存性の乳がん細胞株(MDA-MB-231)はともに、アメリカ人参のエキスを培養液に添加すると、p21蛋白の遺伝子発現が促進されて、細胞の増殖が抑制された。エストロゲンの17-beta-estradiol やフィトエストロゲンのゲニステイン( genistein )はp21蛋白の遺伝子発現に影響しなかった。
(注:この実験で17-beta-estradiolは乳がん細胞の増殖を促進したが、アメリカ人参は増殖を抑制した。つまり、人参のエストロゲン様活性による増殖促進より、細胞周期に働きかけて増殖を止める作用の方が強いと考えられる)

Anti-proliferating effects of ginsenoside Rh2 on MCF-7 human breast cancer cells.(ヒト乳がん細胞MCF-7に対するジンセノサイドRh2の増殖抑制効果)Int J Oncol 14:869-75, 1999
【論文の要旨】高麗人参(Panax ginseng)から分離されたジンセノサイドRh2 (G-Rh2) はある種のがん細胞に対して増殖抑制、分化誘導、 発がん予防効果を示す。ヒト乳がん細胞MCF-7に対するジンセノサイドRh2の増殖抑制効果のメカニズムを検討した。ジンセノサイドRh2は、用量依存的(濃度が濃いほど効果が強くなること)に乳がん細胞の増殖を抑制し、がん細胞の細胞周期を静止させた。ジンセノサイドRh2は細胞分裂を促進するサイクリンD3の発現を抑制し、細胞増殖を抑制するp21蛋白の発現を促進することにより乳がん細胞の増殖を阻害することが示唆された。

Antiestrogenic effect of 20S-protopanaxadiol and its synergy with tamoxifen on breast cancer cells.(乳がん細胞に対する20S-protopanaxadiolの抗エストロゲン作用とタモキシフェンとの相乗効果)Cancer 109:2374-82, 2007
【論文の要旨】20S-protopanaxadiol (aPPD) は、高麗人参の活性成分であるジンセノサイドの主な腸内代謝産物。経口摂取された高麗人参のジンセノサイドは腸内細菌によって代謝され、aPPDとして吸収される。aPPDはステロイドホルモンと類似した構造を持ち、高麗人参の主要な薬効成分と考えられている。
この論文では、ヒト乳がん細胞のMCF-7細胞におけるaPPDとエストロゲン受容体の相互作用を、受容体結合アッセイ(receptor binding assay)で検討し、さらに乳がん細胞におけるエストロゲン誘導性遺伝子の発現や細胞増殖について培養細胞と動物実験で検討している。エストロゲンで増殖を刺激したヒト乳がん細胞MCF-7の増殖をaPPDは抑制し、抗エストロゲン剤タモキシフェンの抗がん作用を増強した。さらに、ヌードマウスに移植したMCF-7細胞の増殖をaPPDは抑制した。
このような実験結果から、高麗人参のジンセノサイドの主要な腸内代謝産物であるaPPFが、エストロゲン依存性の乳がん細胞におけるエストロゲン誘導性の遺伝子発現と細胞増殖を阻害し、さらにタモキシフェンの抗がん作用を相乗的に増強することが示された。
(注:Ginseng類に含まれるジンセノサイドは多種類あり、それぞれは腸内細菌などで代謝されて別の物質に変化して吸収され薬効を示す。したがって、Ginseng類に含まれるジンセノサイドをそのまま検討しても体内での薬効には結びつかない。ジンセノサイド類の主な腸内細菌代謝産物の20S-protopanaxadiolは乳がん細胞の増殖を抑制する方向で作用するので、Ginseng類を経口摂取した場合は増殖抑制的に作用することを示している。)

以上のように、Ginsengに含まれるジンセノサイド、あるいは高麗人参エキスがホルモン依存性乳がんの増殖を促進するという作用は認めないという論文は多くあります。基本的に、高麗人参に含まれるジンセノサイドはそのまま吸収されるわけではなく、腸内細菌で代謝されてから吸収されます。したがって、高麗人参のジンセノサイドの主要な腸内代謝産物である20S-protopanaxadiolがホルモン依存性の乳がん細胞の増殖を抑えたという2007年の論文の結果が最も合理性があるようにも思います。
しかし、培養がん細胞を使った実験で相反する結果が出ていると、培養がん細胞を使ったin vitroの実験(試験管内での実験)の結果から、人体での乳がんにおける高麗人参使用の是非を判断することは不可能という結論になります。人体での臨床試験の結果から考察する必要があります。

【ヒトでの研究も乳がんに対する高麗人参の影響は様々】
以下のような論文があります。

Association of Ginseng Use with Survival and Quality of Life among Breast Cancer Patients.(高麗人参と乳がん患者の生存と生活の質の関連)Am. J. Epidemiol. 163 (7): 645-653.2006
【論文の要旨】
中国の上海における前向きコホート試験(the Shanghai Breast Cancer Study)において1996年8月から1998年3月の間に募集された1455例の乳がん患者のグループ(コホート)を対象に、補完医療として高麗人参(朝鮮人参)を使った場合の生存率と生活の質(QOL)に対する影響を検討した。対象患者は2002年12月まで追跡調査された。
対象患者の約27%が乳がんと診断される前から日常的に高麗人参を摂取していた。
高麗人参を一度も摂取したことのない乳がん患者と比較して、日常的に摂取していたグループでは死亡率の顕著な低下を認めた。非摂取群を1とした場合の高麗人参摂取群のハザード比は、全死因死亡率が0.71 (95% 信頼区間: 0.52~0.98) 、乳がんに関連した死亡および再発は 0.70 (95% 信頼区間: 0.53~0.93)であった。
乳がんと診断されてから摂取を開始した群で、特に現在も服用中の場合は、生活の質(QOL)の改善を認め、精神面および社会面でのQOLの向上に効果を認めた。高麗人参の使用量が増えるほどQOLの改善効果を認めた。
(注:この研究では、ホルモン依存性と非依存性を分けずに乳がん全体での比較しか行っていないという問題がありますが、一般的には、乳がんの3分の2程度はホルモン依存性なので、高麗人参を摂取することによって乳がん全体で死亡率や再発率が3割も減少するということは、ホルモン依存性の乳がんに対して高麗人参が悪影響を及ぼす可能性はなく、むしろ再発を抑え生存率を高める可能性の方が大きいと考えられます。)

台湾から、乳がん患者に処方されている漢方薬に関する調査結果が報告されています。
Prescription pattern of chinese herbal products for breast cancer in taiwan: a population-based study.(台湾における乳がん患者に対する漢方薬の処方パターン:地域住民を対象にした研究) Evid Based Complement Alternat Med. 2012;2012:891893. Epub 2012 May 28.
【論文の要旨】
研究の背景:症状を改善する目的で投与される漢方薬(中医薬)治療は、乳がん患者の間では多く行われている。この研究は台湾における乳がんの女性における漢方薬の利用の実態を調査することにある。
方法:国立健康保険リサーチ・データベース(the National Health Insurance Research Database)に登録されている100万人の中から乳がんの女性患者を選び出し、乳がんの治療目的で処方される漢方処方名や処方頻度を検討した。漢方薬の使用のオッヅ比はロジスティック回帰分析で行った。
結果:女性の乳がん患者の81.5%(N = 2,236) が中国伝統医学の中医薬を使用していた。そのうち18%は乳がんの治療目的で中医薬を服用していた。乳がん治療の目的で処方された中医薬の中で最も頻度が高かったのは加味逍遥散(Jia-wei-xiao-yao-san)であった。処方頻度の高い10の中医薬処方のうち7処方は当帰を含み、6処方は高麗人参を含んでいた。この当帰と高麗人参は乳がん細胞に対する抗腫瘍効果を相乗的に高めることが報告されている。
結論:当帰と高麗人参を含む中医薬(漢方薬)が乳がん患者に多く処方されていた。これらの中医薬の効果は、医療提供者によって考慮されるべきである。
(注:人参のエストロゲン作用は良く知られていますが、当帰もエストロゲン作用があるという報告は多数あります。確かに、人参と当帰にはがん細胞に対する抗腫瘍効果が報告されていますが、人参と当帰のエストロゲン作用の問題についてはこの論文では言及されていません。台湾では、乳がん患者に高麗人参や当帰を含む漢方薬を積極的に使用しているということかもしれません。)

乳がんサバイバーの症状の改善にエストロゲン作用をもった植物サプリメントの有用性を報告した論文もあります。以下の論文は米国カリフォルニア州のベックマン研究所(Beckman Research Institute)の人口科学科のがん病因部門(Division of Cancer Etiology, Department of Population Sciences)からの報告です。
Estrogenic botanical supplements, health-related quality of life, fatigue, and hormone-related symptoms in breast cancer survivors: a HEAL study report.(乳がんサバイバーにおけるエストロゲン作用のある植物サプリメント、健康関連の生活の質、倦怠感とホルモン関連症状:HEAL研究レポート)BMC Complement Altern Med. 2011 Nov 8;11:109.
【要旨の抜粋】
背景:エストロゲン作用のある植物サプリメント(estrogenic botanical supplement;以下EBSと略)の摂取が、乳がんサバイバーの健康関連の転帰にどのように影響するか不明な点が多い。
方法:健康・食事・身体活動とライフスタイル(the Health, Eating, Activity, and Lifestyle)に関する研究(HEAL研究)に参加している767名の乳がんサバイバーを対象に、EBSの利用と、健康関連の生活の質(QOL)、倦怠感、ホットフラッシュや夜間の発汗など15のホルモン関連症状の関連について検討した。
結果:EBSの使用全般やEBSの種類や数と、QOLや倦怠感やホルモン関連症状の間に関連は認めなかった。しかし、ある種のEBSの使用者とEBS非使用者の間には次のような関連を認めた。
大豆サプリメントの利用者は総合的な身体健康状態のスコアー(physical health summary score)が高かった(オッズ比=1.66; 95%信頼区間1.02-2.70)。
フラックスシードオイル(亜麻仁油)の利用者は、精神面での健康状態のスコアー(mental health summary score)が高かった(オッズ比=1.76, 95%信頼区間1.05-2.94)。
高麗人参の利用者は、倦怠感や幾つかのホルモン関連症状を強く訴えた(全てのオッズ比は1.7以上で、全ての95%信頼区間は1を除外した)。
レッドクローバーの使用者は体重増加や夜間の発汗や集中力困難の症状を少なく訴えた。(全てのオッズ比は約0.4で全ての95%信頼区間は1を除外した)
アルファルファの使用者は睡眠障害を少なく経験した(オッズ比=0.28, 95%信頼区間0.12-0.68)。
ジヒドロアンドロステロンの使用者はホットフラッシュの程度が軽くなった(オッズ比=0.33, 95%信頼区間0.14-0.82)。
結論:エストロゲン作用のある植物サプリメントは乳がん患者のQOLの様々な面において影響を及ぼすことが示された。しかし、さらなる研究が必要である。
(注:この研究は症状の改善に関することだけで、再発率や死亡率に対する影響は検討していません。この研究では、高麗人参を服用していたグループでは、倦怠感やホルモン関連症状を強く訴えたという結果になっています。上海の研究では高麗人参の摂取は再発率や死亡率を低下させ、QOLを良くするという結果になっており、米国ベックマン研究所の研究と中国上海のコホート研究の結果は正反対です。米国の研究では、倦怠感やホルモン症状の強い人がそれを治すために高麗人参を摂取しているためかもしれないと、論文の中で考察しています。つまり、高麗人参を摂取する人は倦怠感などの症状が高い人が元々多く含まれていたので、人参を摂取していないグループと比較すると、人参を摂取したグループの方が症状が強かったという結果になったのかもしれないというバイアスがあったという可能性が示唆されています。)

フィトエストロゲンはエストロゲン様作用によって乳がんの増殖を促進する可能性がありますが、状況によっては抗エストロゲン作用によって乳がんの予防効果を示すこともあります。血中エストロゲン濃度が低いときにはフィトエストロゲンはエストロゲン様作用を示し、血中エストロゲン濃度が高いときにはフィトエストロゲンは抗エストロゲン作用を示すので、乳がんの予防になるという考え方もあります。フィトエストロゲンのブラックコホシュ(black cohosh)が乳がんの発生を予防する効果があるとか、乳がん治療後の更年期症状の緩和に有効という研究結果も報告されています。基本的には、乳がんサバイバーはエストロゲン作用のあるサプリメントは摂取しない方が良いことになっていますので、乳がんサバイバーにフィトエストロゲンのサプリメントを使っている臨床試験があるのが不思議ですが、これは、「乳がんに対してフィトエストロゲンを投与してはいけない」という考え自体がコンセンサスを得られていないことを示唆しています。実際、中国や韓国や台湾では、乳がんでも高麗人参を多く摂取しているようです。

【ホルモン依存性乳がんと高麗人参のまとめ】
高麗人参のエストロゲン様活性は1980年代から知られていて、乳がんに対する懸念もかなり前から指摘されています。確かに、高麗人参に含まれるジンセノサイドの中には、エストロゲン受容体に対する弱い結合活性を示すものもあります。しかし、上記に紹介したように、乳がん細胞を用いた多くの実験結果を考察すると、乳がんの治療に高麗人参が悪影響を及ぼすという結論を出すには、まだ研究は不十分です。
培養細胞でエストロゲン活性が示されている成分がヒトの体内では存在しない可能性すらあります。つまり、高麗人参の成分の人間での代謝や、実際に体内で存在する活性成分の種類や濃度については不明な点も多く残っていることを考慮しておく必要があります。したがって、基本的には、培養がん細胞を用いたin vitro(試験管内)の実験をいくら検討してもあまり意味がありません。
高麗人参が更年期障害の治療に役立つのは経験的に知られています。この効果は高麗人参の成分のエストロゲン作用だけでは説明できません。更年期障害に対する高麗人参の効果は、低下した内分泌機能を高めたり、自覚症状の緩和、ストレスに対する適応力を高めることなどによる間接的な効果も大きい可能性もあります。たとえ、エストロゲン様作用があっても、乳がんを促進するとは限りません。
例えば、大豆イソフラボンにはエストロゲン様作用があるので、以前は、ホルモン依存性乳がんの患者さんは大豆製食品も食べない方が良いという意見もありましたが、上海のコホート試験の結果、ホルモン依存性の場合でも、むしろ大豆製食品を多く摂取した方が再発率が低いことが明らかになり、それ以降はホルモン依存性乳がんの患者さんも大豆製食品を多く摂取しても問題ないと考えられるようになりました。
放射線治療中の抗酸化剤の使用は、理論的には放射線治療の効き目を弱める可能性がありますが、臨床試験ではむしろ抗腫瘍効果を高めるという結果も得られています。つまり、人体内ではいろんな条件がからみあっているので、単純な理論通りにはいかないようです。
以上のように高麗人参のエストロゲン活性に関する研究結果は様々で、コンセンサスを出すことは困難ですが、乳がん患者に対する高麗人参の使用に関しては、原時点では以下のようにまとめることができると思います。(高麗人参の他のGinseng類も同様です)
1)高麗人参に含まれる成分の中にはエストロゲン受容体に対して結合活性を有するものが存在し、また、培養細胞を用いた実験では、エストロゲン依存性の乳がん細胞の増殖を促進する結果も報告されています。しかし、これに反する実験結果も多く発表されており、乳がん細胞に対する抗がん作用を示す報告もあります。つまり、乳がん細胞に対する高麗人参のエストロゲン作用や抗がん作用についてはコンセンサスは得られていません。
2)現時点では、ヒトの体内において、高麗人参が乳がん細胞の増殖を促進したり再発を促進するという十分な証拠はありません。抗がん剤治療やホルモン療法の効果を妨げる可能性も十分な根拠はありません。しかし、体内での乳がん細胞に対する高麗人参のエストロゲン作用の可能性を否定できる証拠も不十分です。
したがって、安全性の証明が不十分なもの(疑わしいもの)は使用しないという原則に基づくと、コンセンサスが得られていないという理由のため、現時点では、エストロゲン依存性の乳がんに対して、高麗人参を使用するのは十分な注意が必要です。(ホルモン治療中はできるだけ使用しない方が良いと思います)
3)ただし、抗がん剤治療中の高麗人参の使用は問題ないと考えられます。高麗人参は体力や免疫力やストレスに対する抵抗力を高め、ダメージを受けた組織の修復や回復を促進します。抗がん剤は増殖の早い細胞ほど効き目を発揮します。細胞分裂するときに分裂を邪魔して細胞を殺すので、細胞分裂をする方が抗がん剤が効きます。したがって、たとえ高麗人参にエストロゲン作用があったとしても、細胞分裂を刺激するのであれば抗がん剤治療中には好都合になります。つまり、抗がん剤治療中の場合は、エストロゲン様作用はデメリットにはならないと判断できます。
4)ホルモン依存性乳がんで抗がん剤治療中以外で高麗人参を使う必要がある場合(体力低下が強いなど)は、1日2グラム以内が無難です。WHOやドイツのコミッションEは、高麗人参は乾燥したものを1日1~2gであれば、全く安全と評価しています。前述の上海のコホート研究での平均使用量は1.3g/日です。
病気の治療に使うときは、通常1日に3~6g程度で、場合によってはそれ以上を使うこともあります。
健康増進の目的で摂取する程度の1日1~2g程度であれば多分問題無いと言えますが、病気に治療に使う量(1日3g以上)の場合に問題ないかどうかは不明です。
5)今後の研究結果次第で、上記の内容は変わる可能性があります。人間での臨床試験の結果が少ないので、今後の大規模なコホート試験の結果が必要です。個人的には、高麗人参のエストロゲン様作用より他のメカニズムによる抗がん作用の方が勝っている可能性が高いと思っていますが、国立健康・栄養研究所のデータベースなどでホルモン依存性乳がんの使用が禁止されている以上、現時点では抗がん剤治療中以外はGinseng類の使用はできるだけ控えておいた方が無難だと思います。

◎ 台湾の医療ビッグデータを解析した報告では、ホルモン依存性乳がんに高麗人参を用いた漢方薬の使用は問題が無く、むしろメリットがあることが報告されています(610話参照) 

 

 

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