がんの予防や治療における漢方治療の存在意義を考察しています。がん治療に役立つ情報も紹介しています。
「漢方がん治療」を考える
289)一次線毛とAurora-Aキナーゼとがん治療
図:細胞が一次線毛を形成すると増殖を停止する。がん細胞はいろんな異常によって一次線毛を形成できなくなっているので増殖を停止できない。細胞分裂の過程で必須のオーロラAキナーゼの活性を阻害すると、がん細胞は細胞分裂の途中で障害を起こして自滅する。しかし、正常細胞は一次線毛を形成して増殖を停止するので生存できる。一次線毛は細胞増殖のスイッチとしての役割の他、細胞外の情報を細胞内に伝えるアンテナの役割を持ち、増殖因子の受容体やイオンチャンネルやトランスポーターやシグナル伝達因子などが集まっている。丹参に含まれるタンシノン類やアシュワガンダ葉に含まれるウィザノンや梅エキスに含まれるトリテルペノイドにオーロラAキナーゼ活性を阻害する作用が報告されている。
289)一次線毛とAurora-Aキナーゼとがん治療
【オーロラ-Aキナーゼ阻害剤の抗がん作用】
先週(6月12日)の新聞報道に次のような記事がありました。
『がん細胞を狙い撃ち=死滅促す仕組み解明―薬開発に期待・愛知がんセンター』
人間などの哺乳類の細胞にある突起物「一次線毛」の働きを利用し、がん細胞だけを死滅させる仕組みを解明したと、愛知県がんセンター研究所の稲垣昌樹部長らの研究グループが11日、名古屋市で記者会見して発表した。研究成果は米科学誌「ジャーナル・オブ・セルバイオロジー」に掲載された。稲垣部長は「より副作用の少ない薬の開発に力を与えると思う」と話している。
一次線毛は各細胞に一つずつ存在。細胞分裂を起こす時は隠れているが、アンテナを伸ばすように細胞から突き出ると、分裂が停止することで知られる。がん細胞には存在せず、がん治療への応用が期待されていた。
稲垣部長によると、研究グループは人間の子宮頸(けい)がんの細胞と正常な網膜細胞をそれぞれ培養。一次線毛の働きを抑え、細胞分裂するのに必要な酵素「オーロラA」をそれぞれの細胞から取り除き、2、3日置いて観察した。その結果、がん細胞の方は中途半端に細胞分裂が進み、異常な状態で停止した上、自浄作用が働き死滅した。一方、正常な細胞は一次線毛が飛び出し、正常な状態を保ったまま細胞分裂が停止したという。 [時事通信社:2012年 6月 12]
この記事のもとになった論文の要旨を以下に紹介します。
Trichoplein and Aurora A block aberrant primary cilia assembly in proliferating cells.(トリコプレンとオーロラAは増殖している細胞における異常な一次線毛形成を阻害する)J Cell Bioo. 197(3):391-405, 2012
要旨:
一次線毛はアンテナ様の細胞小器官であり、分化や感覚機能やシグナル伝達を調節する作用がある。細胞がG0期からG1期に移行するとき、一次線毛は消失し、増殖している細胞では一次線毛の形成は厳密に阻止されている。しかしながら、この阻害のメカニズムは不明である。この論文では、静止している細胞では、基底小体(basal body)からトリコプレインが消失し、一方、増殖している細胞では、母中心子(mother centrioles)と娘中心子(daughter centrioles)にトリコプレインが局在していることを報告している。
トリコプレインを発現させると血清除去で培養している細胞(訳者注:本来は細胞増殖が止まって一次線毛が形成されるべき細胞)において一次線毛の形成が阻害される。一方、トリコプレインを細胞から消失させると、血清添加培養液で培養している細胞(訳者注:本来は増殖しているので一次線毛は消失する)で一次線毛の形成が誘導される(訳者注:したがって細胞増殖は阻止される)。
トリコプレインは、細胞周期のG1期(細胞分裂が終了し次のDNA合成が始まるまでの間の期間)において、主に中心子におけるオーロラAキナーゼの活性化を行う。培養細胞を使った実験で、トリコプレインはオーロラAキナーゼに直接結合して活性化した。トリコプレインによる一次線毛形成の阻害には、トリコプレインの中心子への局在だけでなく、オーロラAキナーゼに結合して活性化する必要があった。
トリコプレインあるいはオーロラAキナーゼを欠失させるとG0/G1で細胞周期が停止した。しかし、同時にIFT-20を欠失させて一次線毛形成を阻止すると、この形質(つまりG0/G1での停止)は元に戻った(つまり、増殖を開始した)。以上の結果は、トリコプレインとオーロラAキナーゼの経路は、一次線毛の形成を持続的に阻害する過程で重要な役割を果たすことによって、細胞周期のG1期に進むのに必須であることを示している。
ヒトを含む哺乳類細胞では、細胞分裂が停止している細胞では「一次線毛」というアンテナ状の突起物が細胞表面に形成され、細胞分裂を開始するときにこの一次線毛が消失します。つまり、一次線毛は、細胞の増殖と休止を切り替えるスイッチの役割を果たしています。
この研究グループ(愛知県がんセンター研究所・発がん制御研究部)が新たに発見した「トリコプレイン」という蛋白質は、一次線毛の形成を阻止する働きがあり、細胞からトリコプレインを人為的に欠失させると、細胞に一次線毛が形成されて細胞増殖が停止することを発見しました。このトリコプレインの働きは、細胞分裂に必須のタンパクリン酸化酵素(キナーゼ)のオーロラAキナーゼを活性化することです。つまり、トリコプレインがオーロラAキナーゼを活性化すると、一次線毛が消失し、細胞増殖が開始します。
オーロラAキナーゼの働きを阻害すると、正常細胞は一次線毛を形成し、細胞増殖が休止します。一方、がん細胞は、いろんな理由で一次線毛を形成できなくなっているので、中途半端に細胞分裂が進行しますが、オーロラAキナーゼの働きがないと細胞分裂を完結できないので、細胞分裂障害を起こして死滅するということです。
つまり、オーロラAキナーゼの阻害剤を投与すると、正常細胞の場合は一次線毛を形成することで細胞周期を停止することで細胞死を回避でき、一方、多くのがん細胞は死滅するので、がん細胞だけを選択的に死滅させることができるということになり、がん治療薬となる可能性が高いことを示しています。
記者会見するほどなので重要な発見かもしれませんが、まだ培養細胞の実験段階なので、この研究結果が実際にがん治療に応用できるかどうかは不明です。しかし、理論とおりに正常細胞を死滅させずがん細胞だけを死滅させることができれば、抗がん剤として非常に有用です。
一次線毛やオーロラAキナーゼはがん治療のターゲットとして以前から注目されており、すでに第III相臨床試験に入っているオーロラAキナーゼ阻害剤もあります。また、漢方薬や生薬成分の抗がん作用の研究でも、オーロラAキナーゼ阻害作用の観点からの研究が幾つか報告されています。例えば、丹参に含まれるタンシノンやアシュワガンダに含まれるウィザノンがオーロラAキナーゼを阻害する作用が報告されています。ウメ抽出エキスに含まれるトリテルペノイドにもオーロラAキナーゼ阻害作用が報告されています。
【一次線毛とは】
一次線毛(primary cilium)は、哺乳類動物の多くの細胞において、細胞増殖を止めるときに、細胞表面に出現する1本の突起様の細胞器官です。その機能は主に2つあります。中心体に作用して細胞分裂を止める作用と、細胞外の情報を得てそれを細胞内に伝えるアンテナのような作用です。
一次線毛をもっている細胞の多くは、細胞周期のG0期の細胞分裂を止めた分化した細胞か幹細胞です。これらの細胞が細胞分裂を開始するとき、この一次線毛は消失しますが、2つの細胞に分裂したあと、一次線毛が再度出現して、細胞周期は止まります。
中心体(centrosome)は微小管による構造物である中心子(centriole)と、それをとりかこむ周辺物質(pericentriolar material)により構成されます。中心子はS期に複製を開始し、G2/M期に成熟し、2個の中心子は分離し、中心体はM期において紡錘体の形成に寄与します。細胞が増殖を停止する(G0期に入る)と中心体は細胞膜の近傍へと移動し,母中心子が基底小体(basal body)となり一次線毛(primary cilia)が形成されます。
さらに、この一次線毛には、様々な受容体、イオンチャンネル、トランスポーター蛋白、シグナル伝達因子などが集まって、細胞のシグナル伝達に重要な役割を持っています。線毛に圧を加える機械的な刺激や、増殖因子やホルモンなどの化学的な刺激に反応して、これらの細胞外の情報を細胞内に伝えます。
このような作用によって、一次線毛は、細胞の分裂・アポトーシス・分化・移動などの調節に関わり、組織や臓器の発生や恒常性維持に重要な役割を果たしており、細胞のアンテナとしての多様な機能に注目が集まっています。そのため、一次線毛の形成異常は様々な発達障害や病気(嚢胞性腎疾患やBardet-Biedl syndromeやKartagener's syndromeなどの遺伝性疾患など)の原因になり、これをciliopathies(線毛病)という用語でまとめられています。がん細胞においては、一次線毛の形成ができなくなっており、これが細胞のがん化の原因なのか結果なのかは判っていませんが、がん細胞における一次線毛の形成不全ががん細胞の無秩序な増殖の重要な要因になっています。しかし、この一次線毛ができないというがん細胞の特徴を利用すると、正常細胞は死滅させず、がん細胞だけを選択的に死滅させることができる可能性があるということです。
【オーロラAキナーゼを阻害するとがん細胞が死滅する】
細胞が分裂するときには、様々なリン酸化酵素(セリン・スレオニンキナーゼ)が活性化されます。これらのキナーゼは総称して分裂期キナーゼと呼ばれ、CyclinB-Cdk1, NimAキナーゼ、Poloキナーゼ、Auroraキナーゼ、Wartsキナーゼ、その他のチェックポイント関連キナーゼに分類されています。これらのキナーゼが様々な基質をリン酸化し、相互に作用しながら、複雑な細胞分裂のイベントを遂行していきます。
Auroraキナーゼが欠損した細胞は異常な細胞分裂像を呈し、その時の染色した細胞内の形状がオーロラを思わせるので、Auroraキナーゼの名前が着いています。
哺乳類細胞のAuroraキナーゼにはA,B,Cの3つのホモログが存在し、Airora-AとBは増殖する全ての細胞で発現し、Cは精巣特異的に発現しています。その作用は非常に複雑ですが、細胞分裂に重要な役割を果たしています。Aurora-A は中心体に局在し、中心体の成熟と分離に必須の働きを行っています。中心体は一対の中心小体(centriole)およびそれを取り巻く中心小体外周物質から構成される細胞内小器官で、DNA と同様にS 期に複製され、分裂開始と共に分離し始めます。分裂期に入ると中心体はそのサイズが増大し成熟します。この中心体成熟にAurora-Aが不可欠です。
乳がん、大腸がん、卵巣がん、脳腫瘍など多く のヒトのがんで Aurora-A の遺伝子増幅や過剰発現が報告されています。
正常細胞では一次線毛が主体的に細胞周期制御を行っていることが明らかになっています。オーロラAキナーゼを阻害されると、正常細胞では一次線毛を形成することで細胞周期を停止するので細胞死を回避できますが、がん細胞では一次線毛形成の不全を来しているので、増殖停止が起こらず細胞分裂が進みますが、オーロラAキナーゼの活性が阻害されていると分裂を完遂できないので、分裂途中で自滅することになります。
つまり、オーロラAキナーゼの阻害剤は、正常細胞は死滅させずに、がん細胞を選択的に死滅させることができるという仮説が成り立つことになります。このように、がん細胞における一次線毛の形成不全を利用することで、増殖中のがん細胞だけを選択的に死滅させる新しい発想の新薬開発を期待できるということで、記者会見まで行われたということです。
【オーロラAキナーゼ活性を阻害する生薬成分】
オーロラAキナーゼが, ヒトの多くのがんで高頻度に過剰発現していることがわかって以来、オーロラAキナーゼの阻害剤は抗がん剤のターゲットとして注目されており、すでに幾つかの薬剤で臨床試験が行われています。現実的にそのように都合良くいくかどうかは、まだ不明ですが、愛知県がんセンターの研究では、オーロラAキナーゼの阻害剤は、正常細胞においては一次線毛の形成によって増殖が停止するので、正常細胞の障害は少なくて済む可能性が示唆されています。
漢方薬に使用する生薬でオーロラAキナーゼの発現や活性を阻害する作用に関する報告として以下のような論文があります。
Bioactive tanshinones in Salvia miltiorrhiza inhibit the growth of prostate cancer cells in vitro and in mice.(丹参に含まれる生理活性成分タンシノン類は培養細胞やマウスを使った実験で前立腺がんの増殖を抑制する) Int J Cancer 129(5): 1042-52, 2011
要旨:丹参に含まれるタンシノン類(tanshinones)の,クリプトタンシノン(cryptotanshinone)、タンシノンIIA(tanshinone IIA) 、タンシノン I(tanshinone I)は前立腺がんの培養細胞を使った実験で、用量依存的に細胞増殖を抑制し、アポトーシスを誘導した。最も抗がん活性が高いのはタンシノン Iで、50%増殖阻止濃度は3-6μMであった。正常の前立腺細胞に対してはタンシノン類は毒性を示さなかった。
タンシノン類の作用機序として Aurora A キナーゼの関与が示唆された。Aurora A キナーゼは前立腺がん細胞に高発現しており、Aurora A キナーゼの活性を阻害すると前立腺がん細胞の増殖が抑制される。タンシノン類はAurora A キナーゼの発現を抑制した。タンシノン類、特にタンシノンIはin vitroとin vivoの実験で血管新生阻害作用を示した。
マウスに前立腺がん細胞を移植した実験では、タンシノンIはがん細胞の増殖を抑え、その機序として、アポトーシスの誘導、血管新生阻害、Aurora A キナーゼの発現抑制が示唆された。毒性(体重減少や食餌摂取の減少など)は認めなかった。以上のことから、丹参に含まれるタンシノン類は前立腺がんの予防や治療に有効で安全な成分であることが期待される。
Bioactive tanshinone I inhibits the growth of lung cancer in part via downregulation of Aurora A function.(生理活性成分タンシノンIはオーロラA機能を低下させることによって肺がん細胞の増殖を阻害する) Mol Carcinog. 2012 Mar 2. doi: 10.1002/mc.21888. [Epub ahead of print]
要旨:肺がん細胞の培養細胞を使った実験で、丹参の活性成分であるタンシノン類(クリプトタンシノン、タンシノンI、タンシノンIIA)による肺がん細胞の増殖に対する作用を検討した。培養細胞を使った実験で、タンシノン類は肺がん細胞の増殖を阻害した。最も効果が高いのはタンシノンIで、細胞周期の停止とアポトーシスを誘導した。培養細胞のオーロラAキナーゼの作用を欠失させるとタンシノンIの作用が消失したので、タンシノンIの増殖抑制作用はオーロラAキナーゼをターゲットにしていることが示唆された。
マウスに肺がん細胞を移植する実験でタンシノンIは用量依存的に肺がんの増殖を抑制した。体重1kg当たり200mgのタンシノンIを投与すると、がん細胞の増殖抑制、アポトーシスの誘導、血管新生の阻害、オーロラAキナーゼの発現の抑制を認め、腫瘍の重量は34%減少した。しかし、食事の摂取量や体重には変化は認めなかった。これらの結果から、タンシノンIは肺がんの治療に有効で安全性の高い成分であり、オーロラAがタンシノンIの抗がん作用の主要はターゲットであることが示唆された。
同様な作用は乳がんでも報告されています。乳がん細胞においてタンシノンがオーロラAキナーゼの活性を抑制するという報告です。(PLoS One. 2012;7(4):e33656. Epub 2012 Apr 2.)
ただ、このタンシノンによるオーロラAキナーゼの発現抑制に関するこれらの論文は同じ研究室からの報告であるため、他の研究者によって追試されているというわけでは無いので、どれだけのインパクトがあるかは不明です。
アシュワガンダの葉に含まれるウィザノンがオーロラAキナーゼの働きを阻害するという報告があります。
Ashwagandha derived withanone targets TPX2-Aurora A complex: computational and experimental evidence to its anticancer activity.(アシュワガンダ由来のウィザノンはTPX2-Aurora A複合体をターゲットにする:コンピュータ解析と実験による抗がん作用の根拠)PLos One 2017: 7(1): e30890. Epub 2012 Jan 27
オーロラAキナーゼの活性化にはTPX-2 (targeting protein for Xenopus kinesin-like protein 2)という蛋白質と結合する必要があり、アシュワガンダに含まれる抗がん成分のウィザノンはこのオーロラAキナーゼとTPX-2の複合体に作用して、その働きを阻害する作用があるという報告です。
その他にも、梅エキスに含まれるトリテルペン類にもオーロラAキナーゼ阻害作用が報告されています。ただし、培養細胞を使った実験のみで、その阻害活性を示す濃度がかなり高い(数百マイクログラム/ml)ので、人が内服した場合の効果の保証はありません。
現在、オーロラAキナーゼの阻害剤は抗がん剤として期待せれ、開発が進んでいます。薬草や生薬などからも、オーロラAキナーゼの活性や発現を抑制する天然成分が見つかっており、漢方薬の抗がん作用にも、オーロラAキナーゼをターゲットにした作用機序が関与している可能性は高いと思います。オーロラAキナーゼの活性や発現を抑制する生薬を使った漢方薬に、内服で微小管形成を阻害する作用があるノスカピンを併用すると、がん細胞の分裂期(G2/M期)で増殖を止め、細胞死を誘導する効果が増強するかもしれません。
◎ アシュワガンダの根と葉はクリニックでも販売しています。(詳しくはこちらへ)
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