がんの予防や治療における漢方治療の存在意義を考察しています。がん治療に役立つ情報も紹介しています。
「漢方がん治療」を考える
870)抗がん剤治療はなぜ失敗するのか(その3): ケモカインが増殖と転移を促進する
図:抗がん剤治療によってがん組織はダメージを受ける(①)。ダメージを受けた組織を修復するために、がん組織中の線維芽細胞からケモカインや増殖因子が産生される(②)。がん細胞はケモカインや増殖因子に対する受容体が刺激され、増殖が亢進する(③)。ケモカインや増殖因子は骨髄の血管内皮前駆細胞や炎症細胞(マクロファージなど)をがん組織に動員する(④)。その結果、抗がん剤でダメージを受けたがん組織は血管の新生・増生や炎症性サイトカインの産生、酸化ストレスの亢進が起こる(⑤)。その結果、がん細胞の増殖が促進され、浸潤や転移が促進される(⑥)。
870)抗がん剤治療はなぜ失敗するのか(その3): ケモカインが増殖と転移を促進する
【間質の細胞ががん細胞の増殖や転移に影響する】
がん細胞だけでは生存も増殖も転移もできません。
がん細胞が生存し増殖していくためには、がん細胞に酸素や栄養を与える血管や、生存や増殖を支持する因子を産生する線維芽細胞や炎症細胞の存在が必要です。転移するためには、ケモカインやケモカイン受容体や増殖因子などの働きが必要です。がん細胞が血管内に侵入するためには、血管周囲マクロファージの手助けが必要です。
正常な臓器や組織の場合は、その臓器や組織に固有の細胞(粘膜上皮細胞や肝細胞や筋肉細胞など)に対し、それらの間に入り込む結合組織や血管や神経や線維芽細胞などを間質(Stroma)と言います。
がん組織の場合は、がん細胞以外の結合組織やその中に存在する炎症細胞や免疫担当細胞や線維芽細胞や血管やリンパ管などからなる部分が間質になります。そしてこのようながん組織の間質は、がんを取りまく特徴的な微小環境を構築しており、「がん微小環境」と言われます。(下図)
図:がん組織はがん細胞だけでなく、間質に存在する様々な正常細胞から構成されている。がん細胞の増殖や転移は、がん細胞と間質細胞の相互作用によって決められる。がん細胞だけでは増殖も転移もできない。マクロファージや線維芽細胞や骨髄由来細胞や血管内皮細胞など様々な細胞ががん細胞の増殖や浸潤や転移に関わっている。(参考:Transl Cancer Res. 2013 August 1; 2(4): 309–319のFig1)
がん細胞と間質は種(seed)と土壌(soil)の関係と同じで、土壌が悪ければ種は育たないのと同じで、がん細胞の増殖や転移に間質(=がん微小環境)が重要な役割を果たしていることが明らかになっています。すなわち、がんの増殖・浸潤・転移のしやすさは、がん細胞自体のもつ特性のみならず、がん細胞と微小環境との相互関係が深く関わっているのです。
例えば、がんの増殖や転移には、腫瘍血管の新生が極めて重要で、炎症細胞から産生される増殖因子などが血管新生を促進しています。また、がん間質中の線維芽細胞はがん関連線維芽細胞(Cancer associated fibroblasts: CAFs)と呼ばれ、血管新生を促進したり、がん細胞の増殖や浸潤や転移などに関与することが知られています。
このがん関連線維芽細胞は正常組織の線維芽細胞とは異なる性質を持っていて、がん細胞の増殖を助ける働きがあります。例えば、がん細胞を正常な線維芽細胞を混ぜて移植しても腫瘍を形成しないのに、がん関連線維芽細胞と一緒に移植すると腫瘍を形成するという実験もあります。これは、がん細胞とがん関連線維芽細胞の両者の間で液性因子(増殖因子やサイトカンや化学伝達物質など)を介した相互作用や、細胞間の接触や細胞成分の移動を介した相互作用などががん細胞の増殖や転移や悪性化に大きな影響を及ぼしていることを示しています。
がん細胞は様々なケモカインや増殖因子を分泌して、血管内皮細胞や炎症細胞や線維芽細胞などの間質細胞をがん組織に動員しています。一方、動員された線維芽細胞やマクロファージやリンパ球も様々な因子を産生・分泌してがん細胞の増殖や浸潤や転移を促進しています。つまり、がん組織内ではがん細胞と間質の細胞の相互作用によって増大や転移が制御されているのです。
図:がん細胞は、間質の炎症細胞(マクロファージなど)や線維芽細胞や血管によって生存や増殖が維持され刺激されている。がん細胞と間質細胞は密接に相互作用を行うことによってがん組織は増大する。したがって、がん治療においてより効果的な抗腫瘍効果を得るためには、がん細胞と同時に、間質の細胞もターゲットにすることが重要。
このようながん微小環境(がんの間質)をターゲットにしたがん治療(Tumor stroma-directed therapy)も検討されています。
がん細胞は遺伝子変異が起こり薬剤耐性や悪性化進展が起こるので、薬が効きにくくなりますが、がん細胞の増殖や転移を促進するがん関連線維芽細胞や腫瘍血管は遺伝子的に正常で安定なので、薬剤に対する感受性は変わらないという利点があります。
免疫担当細胞やがん関連線維芽細胞が産生する増殖因子や炎症性サイトカインやフリーラジカルやプロスタグランジンなどの伝達物質などの産生を阻害し、がん細胞を取りまく環境を変えることによって、がん細胞の増殖や浸潤や転移や悪性進展を防ぐことも可能です。
つまり、がんの治療戦略においては、がん細胞だけをターゲットにするのではなく、がんの間質と体全体の治癒力も重要です。
がん治療は「がん細胞に直接作用する効果」だけでなく、「抗炎症作用や血管新生阻害などのがん微小環境に作用する効果」と「免疫力や治癒力を高める効果」の3つを同時にターゲットにする視点が重要だと思います。
がん細胞は正常な間質細胞を自分の都合の良いように操るハッカー(他人のコンピューターに侵入して制御したり破壊する人)だという考え方があります。つまり、がん細胞自身の増殖や生存を維持するために正常細胞を動員してがん細胞の増殖に有利な間質組織(微小環境)を作っています。
本来は宿主のためにがん細胞に立ち向かわなければならないのに、がん細胞に操られて、がん細胞の味方になっていると言えます。正常細胞からの指令もがん細胞からの指令も、間質細胞にとっては区別ができないと言うことかもしれません。
国を守る正規軍であっても、司令官が反逆して命令すれば反乱軍になるのと同じです。
図:がん細胞が正常組織に浸潤して組織を破壊し、さらに免疫細胞ががん細胞を攻撃するために免疫細胞や炎症細胞が集まって、がん組織内は慢性炎症状態にある。がん組織中のがん細胞や線維芽細胞などからケモカインや増殖因子が産生される(①)。がん細胞はケモカインや増殖因子に対する受容体が刺激され、増殖が亢進する(②)。ケモカインや増殖因子は骨髄の血管内皮前駆細胞や炎症細胞(マクロファージなど)をがん組織に動員する(③)。その結果、がん組織において血管の新生・増生や炎症性サイトカインの産生、抗腫瘍免疫の抑制が起こる(④)。その結果、がん細胞の増殖が促進され、浸潤や転移が促進される(⑤)。
【白血球やマクロファージの移動はケモカインで制御されている】
免疫や炎症や創傷治癒などの生理機能の制御にはサイトカイン(cytokine)というタンパク質が重要な働きを担っています。
サイトカインはリンパ球や炎症細胞(マクロファージや好中球など)などから分泌され、細胞表面の膜上にある受容体に結合することによって、受容体に特有の細胞内シグナル伝達の引き金となり、極めて低濃度で生理活性を示します。
ケモカイン(chemokine)は細胞遊走活性を主機能とするサイトカインの一群で、様々な細胞の移動や局在を制御に関与している低分子量(8~12 kDa)のタンパク質です。
炎症性疾患や自己免疫疾患やHIV-1感染(エイズ)などの発症や病態に重要な役割を果たし、がん細胞の増殖や転移にも関与しています。
ケモカインがケモカイン受容体に結合すると受容体の種類に応じた細胞内シグナル伝達系が活性化され、細胞の移動や増殖や生存や遺伝子発現などが亢進されます。(下図)
図:ケモカイン受容体はGタンパク質に共役した7回膜貫通型の受容体(Gタンパク質共役受容体)で、これにケモカインが結合することによって細胞内のシグナル伝達系が活性化されて、細胞の移動や増殖の制御に関わる。多数のケモカインとケモカイン受容体が知られており、生体内で多彩な細胞の活動を制御している。
ケモカインはよく保存された4個のシステイン残基の配置からCXC、CC、XC、CX3Cの四つのサブファミリーに分類されます。CXCおよびCX3Cケモカインでは最初と2番目のシステイン残基の間に1個あるいは3個のアミノ酸残基が存在し、CCサブファミリーではそれらは連続しています。
全てのケモカインはGタンパク質共役受容体のケモカイン受容体を活性化して作用します。
現在までに、ケモカインは50種類程度、ケモカイン受容体は約20種類が見つかっており、その機能は極めて多彩で複雑です。
臓器や組織は恒常的あるいは炎症などの刺激によりケモカインを放出し、ケモカイン受容体を発現する細胞(リンパ球やマクロファージなど)はケモカインの濃度勾配や発現部位に従って移動(遊走)します。どのリンパ球がどの臓器に移行するかは,ケモカインと受容体の種類によって厳密に制御されています。
【がん細胞のケモカイン受容体が活性化して浸潤・転移が起こる】
がん細胞の転移や浸潤の制御で、ケモカインとケモカイン受容体が重要な働きをしていることが明らかになっています。
ケモカインがケモカイン受容体に結合すると受容体の種類に応じた細胞内シグナル伝達系が活性化され、細胞の移動や増殖や生存や遺伝子発現などが亢進されます。がん細胞の場合には、ある種のケモカイン受容体の活性化が浸潤や転移を亢進しています。
臓器や組織は恒常的あるいは炎症などの刺激によりケモカインを放出し、ケモカイン受容体を発現する細胞(リンパ球など)はケモカインの濃度勾配や発現部位に従って移動(遊走)します。どのリンパ球がどの臓器に移行するかは,ケモカインと受容体の種類によって厳密に制御されています。
がん細胞の転移においてはケモカイン受容体CXCR4とそのリガンド(受容体に結合して活性化する物質)のCXCL12のシグナル伝達系が重要と考えられています。
CXCL12はSDF-1(stromal cell-derived factor 1)とも呼ばれます。
ケモカイン受容体のCXCR4 が乳がん細胞に過剰に発現しており、乳がん細胞は肺より産生されるケモカインCXCL12 に導かれ、肺へ転移することが2001年にNature 誌に報告されました。(Involvement of chemokine receptors in breast cancer metastasis. Nature. 410:50–56.2001年)
つまり、乳がん細胞は単に血流に乗って偶然に肺に定着するのではなく、肺組織のケモカインCXCL12によって誘導されて肺に定着するというメカニズムです。
ケモカインのCXCL12は肺、肝臓、骨(骨髄)、脳、リンパ節に多く発現しており、これらの臓器は乳がんを含め多くのがんが転移する臓器と一致します。
つまり、乳がんを含めCXCR4を発現している多くのがん細胞は、そのリガンドであるCXCL12の豊富な環境に定着し、増殖しやすいということです。それは、ケモカインのCXCL12ががん細胞の増殖や生存を促進するからです。
したがって、がん細胞におけるCXCR4の発現を減少させたり、その働きを阻害すると、がん細胞の浸潤性増殖や転移を抑制できることになります(下図)。
図:がん細胞はケモカイン受容体CXCR4を多く発現しており、そのリガンドのCXCL12(SDF-1とも言う)が結合すると運動や増殖能が高まる。がん組織の線維芽細胞はCXCL12を分泌することによってがん細胞の増殖や転移を促進する。また、骨髄の血管内皮前駆細胞はCXCR4を持っているので、がん組織から産生されるCXCL12によってがん組織に動員されて血管新生が促進される。脳や肺や肝臓や骨(骨髄)やリンパ節はケモカインCXCL12が豊富であるため、それに誘導されるようにがん細胞はこれらの組織や臓器に定着して転移巣を形成する。したがって、がん細胞のサイトカイン受容体CXCR4の発現や活性を阻害すれば、がん細胞の増殖や転移を阻止できる。
【高用量の抗がん剤投与はがん細胞の浸潤性や転移を促進する】
標準治療における抗がん剤治療は、最大耐用量(副作用に耐えられる最大量)の抗がん剤を投与することが基本になっています。
抗がん剤の投与量を増やせば増やすほど、がん細胞を死滅させる効果は強くなります。しかし一方、抗がん剤の投与量が増えれば増えるほど正常細胞のダメージによる副作用が強くなり、投与量が限界を超えれば患者さん自身が抗がん剤によって死亡してしまいます。
患者さんが副作用に耐えられる(死なない)範囲で最大限の投与量を設定するのが最も抗腫瘍効果が高いというのが、現在の抗がん剤治療の基本になっています。
この方法は白血病や悪性リンパ腫のように抗がん剤が効きやすい腫瘍の場合は有効ですが、抗がん剤が効きにくい腫瘍の場合は、むしろ高用量の抗がん剤投与は、正常細胞のダメージによる副作用が強くなるだけでなく、がん細胞の増殖や浸潤や転移を刺激する可能性が指摘されています。
例えば、高用量の抗がん剤投与によってがん組織が強くダメージを受けると、がん細胞やがん組織の間質にいる線維芽細胞(がん関連線維芽細胞:cancer associated fibroblast)などからダメージを受けたがん組織を修復するため様々な炎症性サイトカインやケモカインや増殖因子などが産生されます。このような因子によって血管内皮前駆細胞(endothelial progenitor cells)が骨髄から動員されて、血管形成が促進されて、がん細胞の増殖や転移が促進することが明らかになっています。
骨髄の血管内皮前駆細胞はケモカイン受容体のCXCR4を持っているので、がん組織から産生されるケモカインのCXCL12によってがん組織に動員されて血管新生が促進されます。
抗がん剤投与ががん細胞の増殖能や浸潤能を高めることも指摘されています。次のような報告があります。
An undesired effect of chemotherapy: gemcitabine promotes pancreatic cancer cell invasiveness through reactive oxygen species-dependent, nuclear factor κB- and hypoxia-inducible factor 1α-mediated up-regulation of CXCR4. (抗がん剤治療の好ましくない作用:ゲムシタビンは活性酸素の産生に依存した、NF-κBと低酸素誘導因子-1の転写活性により誘導されるCXCR4の発現上昇によって膵臓がん細胞の浸潤性を亢進する)J Biol Chem. 288(29):21197-207.2013年
米国の南アラバマ大学のMitchell Cancer Institute(ミッチェルがん研究所)からの報告です。論文の概要は以下です。
抗がん剤はがん細胞にダメージを与えて死滅させることを目的にしています。しかし、抗がん剤治療によって、がん細胞がさらに悪性化したり、増殖が盛んになることがあります。
膵臓がんの治療に使われている抗がん剤のゲムシタビンに対する膵臓がん細胞の耐性のメカニズムとして、ケモカインのCXCL12とその受容体CXCR4のシグナル伝達系が重要な関与をしていることが報告されています。
この論文では、膵臓がん細胞株2つ(MiaPaCaとColo357)を使った実験で、ゲムシタビン投与が、用量依存性および時間依存性に培養膵臓がん細胞におけるCXCR4の発現を亢進する結果を報告しています。
具体的には、CXCR4の発現量は、ゲムシタビンの低用量の投与で3~4倍、高用量の投与で最大40倍の発現量の増加が認められています。膵臓がん細胞の培養液にゲムシタビン添加後1時間でmRNAが増えだし、48時間後にはmRNAは30倍、蛋白質は20倍に増加したと報告しています。
膵臓がん細胞におけるゲムシタビンによるCXCR4発現誘導は、細胞を抗酸化剤のN-アセチル-L-システインで前処理すると消失するので、活性酸素の産生に依存していることを示しています。
そして、CXCR4の発現誘導は、がん細胞におけるNF-κBとHIF-1αの蓄積と相関していました。
つまり、ゲムシタビンによって活性酸素の産生が高まって酸化ストレスが亢進すると、増殖シグナル伝達系のERK1/2とAktが活性化され、さらに転写因子のNF-κBと低酸素誘導因子-1α(HIF-1α)の活性が亢進します。このNF-κBとHIF-1αはどちらもCXCR4遺伝子の発現を促進する作用があります。
培養細胞の実験では、膵臓がん細胞をゲムシタビンで処理すると、CXCL12勾配に対する膵臓がん細胞の移動性と浸潤性が高まることが示されています。
ゲムシタビン治療によって生き延びた膵臓がん細胞は、より運動性と浸潤性が高まるということです。つまり、標準治療で行われている高用量のゲムシタビン治療は膵臓がん細胞の増殖や浸潤や転移を促進するという好ましくない結果を生む可能性があるという報告です。
幾つかの抗がん剤はがん細胞の酸化ストレスを高めてがん細胞を死滅させます。がん細胞を死滅させるだけの十分な酸化ストレスが与えられれば、がん治療に有効ですが、完全に死滅できなければ、逆にがん細胞を悪化させることになるということです。
このように、通常の高用量の抗がん剤投与を行うと、血管の増生やがん細胞の浸潤性や転移性が亢進することになり、そのメカニズムとしてケモカインCXCL12とその受容体CXCR4の関与が存在するということです。
CXCL12-CXCR4シグナル伝達系の他に、CCL2というケモカインとその受容体のCCR2もがん組織では発現が亢進し、がん細胞の増殖や生存に関与しています。
CXCL12はStrtomal derived factor 1(間質由来因子1)とも呼ばれ、本来は炎症などにおいてリンパ球や造血幹細胞の移動に関与しています。
CCL2は別名をmonocyte chemotactic protein-1(単球走化性タンパク質-1;MCP-1)と言い、創傷部位やがん組織にマクロファージや単球を動員する作用があります。
CCL2はがん関連線維眼細胞やがん細胞から分泌され、がん細胞に存在するCCR2に結合してがん細胞の増殖や生存や浸潤を亢進します。
がん関連線維芽細胞はCXCL12やCCL2のようなケモカインだけでなく、HGF(Hepatocyte Growth Factor)などの様々な増殖因子や活性酸素を産生することによってがん細胞の増殖や浸潤を促進しています。
そして、抗がん剤治療によって強いダメージを受けると、損傷を受けたがん組織のダメージを修復する目的でケモカインや増殖因子を産生して血管内皮前駆細胞やマクロファージを動員し、その結果、がん細胞の増殖や浸潤は促進され、がんはさらに悪化するという経過を辿ることになります。
これが、高用量の抗がん剤治療がうまくいかない理由の一つです。
抗がん剤治療のターゲットはがん細胞だけでなく、間質の細胞(線維芽細胞やマクロファージなど)とがん細胞の相互作用についても十分に考慮することが重要です。
図:抗がん剤治療によってがん組織はダメージを受ける(①)。ダメージを受けた組織を修復するために、がん組織中の線維芽細胞からケモカインや増殖因子が産生される(②)。がん細胞はケモカインや増殖因子(③)に対する受容体が刺激され(④)、増殖が亢進する(⑤)。ケモカインや増殖因子は骨髄の血管内皮前駆細胞や炎症細胞(マクロファージなど)をがん組織に動員する(⑥)。その結果、抗がん剤でダメージを受けたがん組織は血管の新生・増生や炎症性サイトカインの産生が亢進し、抗腫瘍免疫が抑制される(⑦)。その結果、がん細胞の増殖が促進され、浸潤や転移が促進される(⑧)。
【CXCR4の発現の多いがんは予後が悪い】
ケモカイン受容体CXCR4を多く発現している乳がんは再発や転移の率が高く、生存率が低いことが複数の臨床試験で明らかになっています。これらの臨床試験をメタ解析した報告があります。
この論文では、乳がん組織のCXCR4の発現量と再発率や生存率の関係を検討した13件の臨床試験(乳がん患者数3865名)を対象にしてメタ解析を行い、乳がん組織のCRCR4の発現量が多いほど、リンパ節転移や遠隔転移が多く、無増悪生存期間も全生存期間も短くなるという結果を報告しています。
Expression of CXCR4 and breast cancer prognosis: a systematic review and meta-analysis.(CXCR4の発現と乳がんの予後:系統的レヴューとメタ解析)BMC Cancer. 2014 Jan 29;14:49. doi: 10.1186/1471-2407-14-49.
【要旨】
研究の背景:ケモカイン受容体のCXCR4は、特に乳がんにおけるがん細胞の発生や進展において重要な役割を担っている。しかしながら、乳がんの予後とCXCR4の臨床的な関与についての検討はまだ少ない。本研究では、CXCR4発現と乳がん患者の予後との関連に関して明らかにする目的で、今まで報告された研究のメタ解析を行った。
方法:PubMedやMEDLIBEやISI Web of Scienceのデータベースを検索して、CXCR4発現と乳がんの臨床病理学的特徴と予後との関連についてメタ解析を行った。
結果:13件の臨床試験(乳がん患者数3865名)を解析した。CXCR4発現とリンパ節転移(pooled RR =1.20, 95% CI: 1.01-1.43, P<0.001)および遠隔転移(pooled RR =1.52, 95% CI: 1.17-1.98, P = 0.125)との間には相関を認めた。CXCR4の過剰発現は無再発生存期間(RR = 0.77, 95% CI = 0.70-0.86, P = 0.554)と全生存期間(RR = 0.70, 95% CI = 0.59-0.83, P = 0.329)と関連した。
しかしながら、エストロゲン受容体やプロゲステロン受容体やerbB-2の発現などの乳がんの幾つかの指標とCXCR4発現との間には関連は認めなかった。
結論:我々のメタ解析は、CXCR4発現と乳がんの予後との関連を明らかにした。CXCR4の過剰発現は、リンパ節転移や遠隔転移のリスクを高め、全生存期間や無再発生存期間を悪くする要因となっている。
CXCR4の発現が多いほど予後が不良という関係は乳がん以外のがんでも示されています。以下のような報告があります。
CXCR4 over-expression and survival in cancer: a system review and meta-analysis. (がんにおけるCXCR4過剰発現と生存との関係:系統的レビューとメタ解析)Oncotarget. 2015 Mar 10;6(7):5022-40.
【要旨】
C-X-Cケモカイン受容体4(CXCR4)は多くのタイプのがんにおいて過剰発現していることが多い。がんの予後とCXCR4発現との関連については不明な点も多いが、CXCR4の阻害をターゲットにしたがん治療薬の開発が進んでいる。
がん患者における無再発生存期間や全生存期間とCXCR4発現との関連を検討した85件の臨床試験(対象は11,032人)をメタ解析した。
解析の結果、CXCR4過剰発現は、がん種の違いに拘らず、無再発生存期間(HR 2.04; 95% CI, 1.72-2.42)と全生存期間(HR=1.94; 95% CI, 1.71-2.20)の短縮と有意な相関を認めた。
サブグループの解析ではCXCR4発現と無再発生存期間の短縮は、造血器腫瘍、乳がん、結腸直腸がん、食道がん、腎臓がん、女性性器がん、膵臓がん、肝臓がんで有意な関連を認めた。年齢や偏り(バイアス)のリスク、調整のレベル、追跡期間の中央値、地理的な違い、がんの発見手段、論文の発表年、試験の対象人数などの違いに拘らず、CXCR4発現と予後不良の間に有意な関連を認めた。
CXCR4過剰発現と全生存期間の短縮の関係は、造血器腫瘍、乳がん、結腸直腸がん、食道がん、頭頚部がん、腎臓がん、肺がん、女性性器がん、肝臓がん、前立腺がん、胆のうがんで認められ、この関係は年齢や調整レベルや報告年や発見手段や追跡期間とは関係なく認められた。
結論として、CXCR4の過剰発現はがん患者の予後不良と関連していることが明らかになった。
このように、 乳がんや大腸がんや肺がんなど多くのがんにおいて、がん細胞の遊走性の亢進や、その結果として起こる転移や浸潤にCRCR4とCRCL12のシグナル伝達系が関与していることが明らかになっています。
また、細胞に遊走能力を与えることがケモカインの主要な役割と考えられていましたが、細胞遊走以外も様々な細胞機能の変化をもたらすことが明らかになっています。
つまり、CXCL12とCXCR4のシグナル伝達系はがん細胞の増殖や血管新生を促進する作用が明らかになっています。
がん組織内の線維芽細胞がCXCL12(stromal-derived factor 1とも言う)を分泌することによってがん細胞の増殖や運動や走化性を亢進しています。つまり、がん組織の間質にいる線維芽細胞がCXCL12を分泌することによってがん細胞の生存や増殖を支持しているのです。
血管新生に関与する血管内皮前駆細胞(endothelial progenitor cells)はCXCR4を発現しているので、がん組織の線維芽細胞などがCXCL12を多く分泌すると血管内皮前駆細胞をがん組織に集めて血管新生を促進します。
つまり、CXCL12-CXCR4シグナル伝達系を阻害することは、がん細胞の増殖や転移を抑制する効果が得られることになります。
がん関連線維芽細胞や血管内皮前駆細胞はがん組織にリクルートされた正常細胞ですが、がん細胞の味方になってがん細胞の増殖や浸潤を支えていることになります。がん関連線維芽細胞や血管内皮前駆細胞はがん治療のターゲットになります。
図:がん組織には線維芽細胞(がん関連線維芽細胞)が存在する(①)。がん関連線維芽細胞はケモカインのCXCL12を分泌する(②)。CXCL12はがん細胞に発現するケモカイン受容体CXCR4に結合することによって、がん細胞の増殖や浸潤や転移を促進する(③)。がん組織から産生されるCXCL12は骨髄から血管内皮前駆細胞(CXCR4を発現している)をがん組織に動員して腫瘍血管を増生する(④)。高用量の抗がん剤治療は組織を損傷することによってがん細胞のCXCR4の発現を高め、がん関連線維芽細胞からのCXCL12の産生を増やす(⑤)。その結果、がん細胞の増殖や浸潤や転移を促進する(⑥)。したがって、抗がん剤治療中はがん細胞のCXCR4の発現や活性を阻害すると、抗がん剤治療に伴うがん細胞の悪化を防げる。
以上のように、抗がん剤治療はケモカインの産生を刺激することによって、がん細胞の増殖や浸潤・転移を促進する可能性があります。抗がん剤治療が失敗する要因になります。
新刊紹介
抗がん剤治療が失敗する理由を解説し、その原因に対処する補完医療についても解説しています。さらに、抗がん剤治療の止め時を適切に判断し、終末期における「生活の質」と「死の質」の両方を良くすることの大切さを解説しました。死を早める可能性もある「無駄な抗がん剤治療」を避けるためには、医師の言いなりにならずに、患者自身が正しい知識を得て、もっと考える必要があると思います。
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